ヴィラン名 『チェンソーマン』 作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない
俺さあ!今がちょうどイカれてて面白いわ!!
「……今まで、迷惑かけてすいませんでした」
「……」
合宿所の一部屋。暗くなった外からは、宿泊している雄英高校生の楽しげな声が聞こえてくる。自炊の時間で盛り上がっているのだろう。それをデンジは聞きながら、頭を下げるアキの横で欠伸をしていた。
(い〜な〜、俺もあっち行きたかった)
「ア…アキ、くん…!」
「反省してます。ガキの我儘にずっと付き合わせてしまってて、すいませんでした」
「……ううん。謝るのは、むしろ私たちの方」
マンダレイはアキに近寄り、今まで合わせられなかったその視線をしっかりと合わせてそう言った。
「逃げててごめん。あなたの事を気遣っている素振りをして、目を背けてた。…ずっと言えなかった事があったの」
「あなたの家族を、助けられなくてごめんなさい」
その言葉と同時にマンダレイは──、否、プッシーキャッツの全員が、アキに深く頭を下げた。
「………」
アキはじっとその姿を見る。あの惨劇から、自分の中にある心は四六時中憎しみで蠢いていた。だからプッシーキャッツは鬱陶しかった。特訓の邪魔をしたり、夜に部屋にやってきて分かったように諭してきたり──。
「……アンタたちのせいじゃない」
しかし、嫌いにはなれなかった。方法は何であれ、自分を気にかけてくれていたのは気付いていた。気付いて尚、復讐の道を歩んだのは自分だ。感謝はあれど、間違っても彼女達を糾弾する事は間違っている。
アキはそう思っていた。
「だから頭上げてくれ。…もう、お互い謝ったでしょ」
「…アキくん」
「…そーだね、アキの言う通り!よーーし!!今夜は無礼講じゃーい!飲むぞ飲むぞー!!」
「ウオオオオオオオオオオ!!!」
「ししし!あちきお酒持ってくるねー!」
「…え!?な、ダ、ダメよ、今合宿途中なんだから!」
どったんばったん。そんな擬音を立てながら、プッシーキャッツは扉を開けて出て行った。
「…はぁーー」
それを見届けたアキはしゃがみながら目頭を揉み、大きく溜息を吐いた。
(…悪い気分だ)
確かにアキはプッシーキャッツとの蟠りは解消した。だが復讐は諦めていないのだ。希望を持たせて後から落とすという思いもよらない事態となった今、流石のアキも少しは申し訳ないと思い始めていた。
アキはその姿勢のまま、この事態の諸悪の根源を見上げる。そいつは両手をまっすぐ目の前に伸ばし、手のひらを握ったり閉じたりしながら目を瞑っていた。
「…何してんだ」
デンジは目を開く事なく呟く。
「胸揉む練習」
アキは再び深く、溜息を吐いた。
「ふあああ……」
「…!デンジ!」
「お、パワ子じゃん」
三日目の朝。欠伸をしながら練習場に向かうデンジに、パワーが飛びついて来た。
「もう帰りたい!」
「まだ三日目だぜ〜。お前訓練何してんの?」
「ワシは出した血液を長く操作する練習じゃ!つまらん!」
「ふーん…お前ちゃんとしてんのな〜」
「デンジは何をしとるんじゃ?」
その問いかけにデンジは思わず答えようとしたが、彼の冷静な部分がそれを引き止める。
(そーだ、言うなって言われてた…。しかも多分こいつに言ったら──)
『ナニ!?そんな面白そうな事をしとったのか!ズルい!サボり!ワシもやる!』
「……ってなるよなぁ〜〜」
「何じゃ!」
ガンガンと側頭部を叩いてくるパワーに、嫌な予感が止まらないデンジは、黙秘をする事に決めた。
「ん…まあ、キッツイやつ」
「へー。そうじゃ、聞いとくれデンジ!昨日な、ワシは嫌じゃと言ったのに、イツカがカレーの苦い野菜を食べさせて来たのじゃ!しかしじゃな、そこはオールマイトにも敵わないと言わせたこのワシがな、なんと華麗な──」
デンジの思惑通り、自分に興味のないモノ、または不利益のありそうなモノを基本的に無視するタイプのパワーは、すぐさま話を他の話題に切り替えた。
そんなパワーの話を右から左へ聞き流していたその時、デンジの視界に映る者が居た。
「ん…?アキじゃん」
「…」
木に寄りかかり、こちらを見つめるアキは口を閉ざしたまま、手に持っていた物をデンジに投げ渡す。
難なくそれを掴んだデンジは、渡された物を見て怪訝な顔を浮かべた。
「……ボール?」
「行くぞ」
戸惑うデンジに構う事なく、アキは歩き始める。おそらく付いて来い、と言う意味なのだろう。
「なんじゃこのガキ?」
しかし、それを良しとしない暴君が一人、そう呟いた。
「デンジ、あんなヤツほっといて行くぞ!ワシはNo. 1ヒーローに、そしてデンジはそのサイドキックにならないといけない!」
「俺サイドキックなの?ヤダよ、俺がヒーローな」
「駄目じゃ!」
「おい」
漫才を繰り広げ始めた二人に、前を歩いていたアキが振り返る。その冷たい目には少しの苛立ちが混ざっていた。
「デンジ、行くぞ」
「ええ〜…俺?」
「何じゃお前さっきから!ガキはガキらしく一人で遊んどけ!ワシらは忙しいんじゃ!な、デンジ!」
「…まあな〜、ブートキャンプ行かねーとめんどくさそーだし」
「ガハハハハハ!!そりゃそうじゃ!さっさと帰れ!」
勝ち誇った様子でアキを煽り散らかすパワーは、とても年上とは思えなかった。そんなパワーを一瞥し、アキは少し口の端を上げて、口を開いた。
「──マンダレイさんに有る事無い事言っちまうぞ」
その言葉を聞き、デンジの脳内に雷が落ちる。
(…マンダレイさんに?…変なこと言われちまったら、どうなる?──今までやって来た俺の努力、無意味…?)
「この意味、分かるよな」
「分かるわけないじゃろ!デンジはバカなんじゃ!ほら行くぞ!」
じっと自分を見つめて、行動を待つアキ。ぐわんぐわんと体を揺らして催促するパワー。デンジが選んだ選択肢は──。
「そら!」
「…うっし、だいぶ上手くなってんじゃねえか」
見晴らしの良い蒼天の下、デンジとアキは再びキャッチボールをしていた。しかしボールを投げたデンジの顔は若干曇っている。アキはそれを見て、ため息を吐いた。
「…虎には、俺に構ってたって言えば何とかなるだろ」
「あ、マジ?」
「マジ」
一声でデンジの顔は一気に破顔し、勇ましくミットを構え始める。その姿を見て、アキは静かに笑みを浮かべた。
ボールが宙を踊る。
「…よっと。お前さ、ヒーロー嫌いなの?」
ミットの乾いた音がする。ボールが不細工に飛んでいく。
「──っと。…どうした」
ミットの乾いた音がする。ボールが宙を踊る。
「いや、さっきパワーがヒーローの話題出した時、お前ちょっと嫌な顔してたぜ」
ミットの乾いた音がする。ボールが不細工に飛んでいく。
「パワー…!?あいつ名前パワー?マジ?」
「マジ!」
「あっそ…。──別に嫌いじゃねえよ、ただ…俺には縁の無い話だからな、つまんなかっただけ、だ!」
ミットの乾いた音がする。ボールが宙を踊る。
「何でだよ。お前強えじゃん、ヒーローならねえの?」
ミットの乾いた音がする。ボールが宙を舞うことはなかった。
デンジはボールを持ったまま首を傾げる。
「…俺は人殺しになる予定だ。殺人犯がヒーローになったらやべえだろ」
「そうなの?じゃあ俺やべぇじゃん!」
「お前はやべえ奴だよ」
「失礼な!」
憤慨するデンジに、アキはボールを催促するように手招きをした。それに応じるデンジ。ボールは先ほどよりマシな軌道で飛んでいく。
「…お前さ、何のためにヒーローなるんだ?」
「…あ?何のためって、そりゃあ…」
胸揉むため。そう言おうとしたデンジだったが、己の心の中にある違和感に気付く。
(アレ?でも待てよ…、ヒーローになって胸揉むって言おうとしたけど…別に、俺今揉めるじゃん。アレ?)
「……ぃ!行ったぞボール!」
「──イッテエ!!」
その思考を無理やり中断させたのは、アキのまっすぐに飛んできたボールだった。ぶつかった勢いのまま倒れるデンジにアキは駆け寄る。
「おい大丈夫か!」
「……じゃん」
「は?」
何かを小さく呟くデンジ。アキはそれを聞き取ろうとデンジの口に耳を近づけた。
「──俺、ヒーローならなくても良いじゃん」
「…?」
「アレェ〜〜〜?」
首を傾げるデンジに、アキもまた首を傾げた。
「…つまり、お前は普通の生活がしたくてヒーロー目指してんのか」
「そーそー」
胡座をかいて座るデンジの横で、アキも座って話をしていた。アキはデンジの過去を改めて聞いた。劣悪な環境下に居たデンジは、亡き友人の願いである『普通の暮らし』を求めて今を生きていると。
それを踏まえて、アキは口を開いた。
「ヒーローって、普通の暮らしじゃないだろ」
「え…?」
デンジは唖然としてアキを見る。その視線を受け止めながら、アキは考えを話し始めた。
「ヒーロー活動はまあ…色々あるけど、主なやつが敵を捕まえるとかそういうのだろ?」
「うん」
「それって危ねぇ事だよな。怪我をするかもしれねえし、死んじまったりするかもしれねえ。そんな生活続けるなんて、普通じゃねえだろ」
「……」
確かに。とデンジはそう思った。デンジの価値観は雄英の人々と交流する事で、間違いなく一般的な物となっている。だが、それだからこそ、今のデンジには、ヒーローという職業が必ずしも自分の夢を叶えてくれる物だとは到底思えなかった。
頭を抱えてしまったデンジをアキは静かに見つめる。暫くそうやって眺めていたが、息を一つ吐き、膝を鳴らして立ち上がった。
「──ま、俺には関係ないし!キャッチボール再開しよーぜ」
「ええ〜〜…割と死活問題なんですけど」
「普通に暮らすんだったらボール投げながらでも考えられるだろ!」
「…ま、そっか!よーし準備しろアキ!」
明るい顔に戻ったデンジは、嬉々としてまたボールに手をかけた。
「金稼げる仕事って何だと思う?」
「……医者とか?」
「お、良いなそれ!じゃあ俺医者なろーっと」
「…俺が怪我したとしても絶対お前の病院行かねえ」
「はあ〜〜〜!?」
「あ、二人とも!おかえりなさい」
日が落ちてきた頃、合宿所に会話しながら戻ってきた二人をマンダレイが笑顔で迎えた。
「ただいま〜っす」
「…ただいまです」
「デンジくん、アキと遊んでくれてたのね。ありがとう」
「任せて下さいよ!仕方ねえですからね!」
「おまえ…」
確かに誘ったのは自分からだったが、途中ノリノリでサボってたのはどこのどいつだ、とアキは言いかけたが、それより先にマンダレイが口を開いた。
「本当に助かるわ。…それでね、急に話は変わるんだけど…今日、夜に肝試しをするの」
「肝試し?」
その疑問に、マンダレイは一つ頷く。
「クラス対抗肝試し。訓練の後にはやっぱり楽しいこともしないとね!それで、デンジくんはA組とB組どっちでもないでしょ?だから君には二つの組を驚かすお化け役になってもらおうと思って!」
「はあ…」
「…じゃ、俺は戻りますね」
自分には関係の無さそうな話だと判断したアキは、足早にその場を離れようとする。
「アキも参加しない?きっと楽しいよ」
「…いや、俺は良いです」
「…あ…ご、ごめんね」
「…いえ」
沈黙を残して、今度こそアキは去っていった。思わずデンジはマンダレイに視線を向ける。
「…振られちゃった。まだだったかー」
あはは、と笑うマンダレイにデンジはどこか肩透かしを食らった表情を見せた。それを見たマンダレイは悪戯な笑みを浮かべる。
「あれ?もしかしてショックでまた落ち込むって思った?」
「あー…まあ」
「ふふ。そういうのやめたの。うじうじして、何も行動しないのは、『マンダレイ』じゃないからね」
「……」
その憑き物が取れたような清々しい笑顔に、デンジは見惚れてしまう。そんな様子に気づく事はなく、マンダレイは先ほどの話を再開させる。
「…それで、どうかな?お化け役、やってくれる?」
「…ま〜良いですよ、暇だし」
「ほんと!」
マンダレイは煌めいた眼をさらに輝かせ、デンジの両手を握って、上下に揺さぶった。
「じゃあ、ポジションを伝えるわね!デンジくんには、ここを──」
「───って感じでお願いできる?」
「うーっす」
そこから数分驚かせる場所を説明され、デンジは頷いた。内容は、デンジが小道具を持ち、大声を上げて草むらから飛び出るというものであって、決して難しい事ではない。そのためデンジは気持ち半分程度で取り組もうとしていた。
(…まーてきとーにやるか。声出しゃ良いんだろ、簡単簡単)
「──じゃ、行ってきますね」
欠伸を噛み殺しながら、デンジはポジションに移動を開始しようとしたその時。
「………あ、そうだ。デンジくん」
マンダレイが、先ほどまでとは打って変わった神妙な声色でデンジを呼ぶ。
「はい?」
デンジが振り向くと、そこには目を細めて、どこか浮ついた様子のマンダレイがこちらを見ていた。
「え」
「ん…あの、ね?肝試しのあとさ…『約束』、守ろっかなーって」
「約束…?」
「……」
「……?」
沈黙がその場を支配する。部屋の中には、互いの息遣いだけが充満している。デンジの鼓動は、何故か速度を増していた。
「…その…聞いちゃったんだけど…。アキと話してた事…」
「え…?」
「…なんでも、言う事のやつ……」
その言葉を聞いたデンジは、一瞬何を言われたかわからなくなった。
デンジはマンダレイと約束をした。それは、マンダレイが何でも言う事を聞くかわりに、アキを説得させる約束。
そして、デンジはアキとその話題になった時、必ず何と言っていただろうか。
そう、それは───。
「肝試し、終わったらさ。…私の部屋来て。こんなおばさんで、良いならね」
デンジは誓った。この肝試し──必ず雄英生徒を泣かせる程驚かせると。