家に帰ってきたあたしは、両親も用事で出かけているので、リビングで一人、ソファーに一人だらしなく寝そべりながら、入理乃をどうやって元気付けるのか考えていた。
意味もなくつけたテレビでは、さっきからニュースが流れている。
内容は、寝巣扉市の地域開発が順調に進んでいる、というものだ。
このまま二年後には、新たなテーマパークやビル街なんかが出来るらしい。
その完成予想図が画面に映し出され、ニュースキャスターが淡白な顔で解説する。
……この人、絶対心の中で興味ねえって思ってそうだ。お仕事ご苦労様です。世の中って世知辛いものね。
ていうか、寝巣扉だけじゃなく、最近牛木草でも地域開発ばっかりやってるけど、何になるんだろう。無駄な工事費とかかかるんじゃないの?そういうのより、廃屋とかどうにかしろ。
家の近くに一つあるんだけど、あれ結構怖いんだよ。取り壊して欲しいなあ……。
あーあ、ニュースつまんない。あたしはリモコンで、チャンネルを一から順に変えていく。
子供番組、再放送のバラエティ番組、ニュース、ニュース、ニュース、ニュース──
「……、ニュースしかない」
時間帯のせいか。……本当に時間帯のせいよね?普通もっと色々面白い番組あるだろうに。
……たまーにあるのよねぇ、こんな嫌がらせみたいなことが。
くそ、この気分を盛り上げてくれるものはないのか。
友情ドラマとか、友情ドラマとか、友情ドラマとか。
「楽しそうだね、お姉ちゃん」
その時、後ろからさゆりがやってきた。
自分の部屋で宿題をしてたはずなんだけど、もう終わったのだろうか。
「……あたし、そういう風に見えるの?」
あたしはテレビを消すと、ごろりとさゆりの方へ寝返りを打った。
「顔はそうじゃないけど、なんとなく雰囲気が浮ついてるから」
そうかな……。あたし、真剣に悩んでる最中なんだけど……。
「それより、ちょうど良かった。ちょっと相談に乗ってよ」
「相談?」
「最近、知り合いができてね。その子、仲が良かった人に裏切られて落ち込んでるんだけど、どうすれば元気になる?」
あたしはそれとなく、入理乃のことについて意見を聞いた。
ずっと考えていたのだが、まったく良い案が思い浮かばないのだ。
ここは一つ、友達が多いさゆりの意見を聞いてヒントにするしかない。
「珍しいね、お姉ちゃんがそんなことするなんて」
さゆりは意外そうに聞く。
「……そうね」
普段だったら、こんなに他人に介入することはなかったと思う。あたしは、そこまでお人好しじゃない。
でもそれ以上に、入理乃の考え方があまりに悲しくて、サチが報われなさ過ぎて、見ていられなかった。
だからこの手でそれを変えたい。そうすることで、あたしも変われる。
「お姉ちゃん……、大切な友達ができたんだね」
感慨深そうに頷くさゆり。
……なんか昨日のサチとは違う意味で、入理乃が友達だと勘違いされてる。
まあ、めんどくさいから訂正しないけど。
「あのさ、お姉ちゃんはその子のことをどこまで知っているの?」
「……あまり詳しくない」
趣味趣向。どんなことが苦手で、どんなことが好きか。周りに対してどう接して、どう思ってるのか。
現時点出入理乃についてあたしが知っていることは、これらのうちの表層部分。いや、それより浅いかもしれない。
とにかく付き合いが短いので、未だに何を考えているのか分からない時がある。
「だったら、まずは知ることから始めた方が良いんじゃない?知らないと、励ますときにどんな言葉選びをしたら良いか分からないでしょ。何か好きなものとか聞いて、交流を深めたら?」
「それは無理」
その交流を深めるっていう意見には賛成だけど、自分から何か好きなもの聞くとか出来ないし。
えー、丸々ちゃん、そんなの好きなんだー。マジで〜?ウケる〜、みたいな会話とか、したことないもん。
「じ、自慢じゃないけど、あたしのコミュ力最底辺だからね?だからもっとこう……、そんなあたしに相応しい方法じゃないと──」
「あるわけねえよ、そんなもの」
さゆりは、怖いくらい良い笑顔でばっさり切り捨てる。
……何だよ、何だよ。そんなの考えてみなきゃ分からないじゃん。それを最初から否定するとか、そういうの良くないのよ?
「……成長しと思ったら、すぐこれだよ」
「……もしかして、あたしがヘタレって言いたいわけじゃないわよね?」
「そうだけど。むしろ、それ以外ないでしょ」
流石は我が妹。あっさり認めやがった。
「あのさあ、もういっそのこと、遊びにでも誘ったら?」
「ええ……?」
嫌そうに顔を歪めると、さゆりは腰に手を当て、子供に説教をするお母さんのように言った。
「ここは思い切らないと駄目だよ。いつまで経っても前に進めやしないよ?」
……そう言われても、ハードル高いなぁ。
まずあたしは入理乃の手駒であり、何かを頼んだところで、聞き入れてもらえるとは思えない。
そして更に付け加えるなら、今は特訓期間中。そんな暇はないと一蹴されるだろう。
「ん?」
その時、床に放り投げていたスマホから、ブブ、という音が聞こえた。
あたしはソファから離れず、なんとか腕だけを伸ばしてそれを拾い上げ、画面をタップする。
「何だったの?」
「クラスメイトからライン」
内容は、明日、つまり日曜日、自分の家にあたしの宿題のノートを持ってこいというものだ。
どうせ、今回も黒板に書かれてあったことをメモし忘れたに違いない。まったく、だらしがない奴め。自分勝手過ぎる。
「こいつ、こゆりを何処まで……」
スマホを覗き込んださゆりは、怒り心頭といった様子で、画面を鋭く睨みつけた。
……本当に、あたしには勿体無い良い子だ。いつもあたしのために、怒ってくれる。まあ、生意気だけど。
「大丈夫」
「え?」
僅かに声を上げるさゆりに、あたしはらしくもなく、にっと歯を見せて笑った。
まあ、見てなさい。これでアンタも安心するから。
あたしはゆっくりと深呼吸をすると、一言、“やだ”と文字を打ち込んだ。
そして──指の震えを押さえつけて、相手に送信した。
「……どう?やるでしょ、あたし」
あたしは手でVサインをしてみせる。こゆりは驚いて、何も言えないようだった。
その顔がある意味間抜けだから、ちょっと気分が良い。さっきのお返しだ。
「ど、どんな心境の変化なの?」
やがて、恐る恐るといった感じで聞いてくる。あたしは起き上がりながら妹に答えた。
「ちょっと、あることがきっかけで目が覚めたの」
入理乃とサチ、彼女達からあたしは人に自分を出しても良いんだと学んだ。だから、クラスメイトのからかいに関しては、今のあたしに怖いものはない。
それに、ずっと抱いていたこの罪悪感は、孤独を恐れてるが故に感じていた感情だ。
つまり、これは自己防衛のために作り上げた錯覚。そんなものに従うのは誰のためにもならない。
「……お姉ちゃん」
さゆりは、心底ほっとしたような顔つきになった。
……どんだけ心配していたんだろうか。そこまであたしは駄目駄目じゃないんだけどなあ。
「“お守り”、渡したかいあったね。それを信じてくれたの?」
「良いや、“お守り”は信じてないよ。……あたしは、そういうの迷信だと思ってるから」
あたしは首から下げた“お守り”を、指でとんとんと軽く叩いた。
さゆりは、また始まったよとでも言いたげな、うんざりした表情になっている。
「あのね、さゆり。これはいつもの屁理屈とか、そういうのじゃないんだよ」
「屁理屈って自分で分かってるんだね……」
「まあね」
「何故ナチュラルに威張ってるの?」
あたしが胸を張ると、どうしてだがさゆりは呆れたような目をした。
困ったような仕草をすると、手でマイクの形を作り、あたしに向ける。
「色梨こゆりさん、質問です。どうして“お守り”を信じてくれないんでしょうか?」
「はい、さゆりさん。“お守り”とは所詮願掛けだからです。そこに勇気が湧き起こる不思議なパワーはありません。思い込みで勇気が出てたら、あたしはとっくにクラスメイトのからかいに反抗出来ていました。よってあたしは、“お守り”を信じません」
「……結局、屁理屈じゃない」
さゆりは呆れた目を、さらに遠い目にさせた。
……違うっつてんのに、どうして信じてくれないかなぁ。だってあたし、事実を言ってるだけだよね?
「まあ、こんな風に、“お守り”は信じられないけど……、でもね、さゆり。ここに込められた思いはあたしとって特別だから……。その……」
「……、それだけは信じてくれるんだね」
恥ずかしくて口籠ると、さゆりはその続きを言ってくれた。そして、口元を綻ばせた。
「周りくどい表現だなあ……」
あたしもそれに返すように、微笑した。
生憎、こちとら天邪鬼だ。だから“お守り”を渡した意味を理解してるけど、その通りにそのまんま、受け取ってやんない。
そんな曖昧なものより、貴女を信じる。
「あたし、本当の意味で大丈夫だよ。……これからは心配しないでね」
「……じゃあ、遊びに誘う勇気も持ってね」
「う……」
思い出したように、そういう痛いところを突くの止めて。
……くそ、せっかく巧妙に話を逸らそうと思ってたのに、失敗してしまった。所詮、浅知恵だったと言うことか……。
「わ、分かったわ。勇気を持つ。頑張って、一生懸命誘ってみる」
あたしは渋々と頷く。
一度決めた以上、引き返すことはできない。そして何より、あたし自身引き返したくはない。
だからこそ、一緒に遊ぶという案しかないのなら、嫌でもやるしかない。
こうなったら、何とかしてあたしと遊ぶようになるよう、徹底的に頑張ろうではないか。
「……」
“お守り”にさゆりは視線を移した。そして一瞬だけ──そう、一瞬だけ、複雑そうにした後、彼女は言った。
「強くなったね、……お姉ちゃん」
◆◇◆◇
お姉ちゃんが、最近変わった。
始まりは十日ぐらい前の夜。ふと、突然、顔を蒼白させ、私が話しかけても心ここにあらずといった感じになってしまった。
次の変化はその二日後で、今度は疲れたような表情で机に突っ伏していた。何かあったのか聞いても、何も話してはくれなくて、奇妙に思ったものだ。
そして三日、四日とたつうちに、その疲労感は増していっているようで、ここ数日は私より先に彼女は早く寝ている。
しかしこゆりは、それに連れて、感情を表に出すようになった。良くも悪くも、遠慮がなくなったのだ。
そして今日、ついに何かが大きく変わった。
私はその時悟った。本人が言った通り、お姉ちゃんはもう大丈夫だと。
私が支えてあげなくでも、これからは何とか、自分でやっていける。
私のこの孤独を癒してあげる役目も終わりなのだ。
それなのに、どうしよう。
まるで世界中の人類が滅んで、自分だけ生き残ってしまったような、そんな強烈な孤独感が、湧き上がっている。
……なんて醜い感情。自分でお姉ちゃんの成長を願って、わざわざお守りまで渡したくせに。
今気がついたけど……私、心の何処かで、お姉ちゃんが自分だけの物だと思って、それに優越感を感じていた。
本当は誰にも渡したくなかったし、勇気を出しなよと言いながらも、どうせ誰も仲良くなれないと高を括って、安心しきっていたんだ。
私も、どうやら自分で自分を誤魔化していたらしい。まったく、人のことはいえないなぁ。
……でも、今更お姉ちゃんに何て言えばいいのだろう。
他の人と仲良くせず、自分とだけいてよ、って都合良すぎ。私はそんな、情けないこと言えない。
私だって、私がやりたいことがしたいという思いもある。
私達は、これを気に離れなきゃ。この気持ちは我慢しなきゃ……。私がこゆりの邪魔しちゃいけない。
……たとえこの身が終わろうとも、私はお姉ちゃんが幸せであればそれで良いんだから。
◆◇◆◇
私は双眼鏡から目を離す。
一気に感覚が戻ってきて、過去が現実になった。
私がこゆりの昔を見ている間に移動したのか、少女はいつの間にか部屋の隅にある椅子に座って、湯飲みでお茶を飲んでいた。
「お帰り。何処まで見てきた?」
「まだまだ最初……、物語で言えばプロローグ部分ってところでしょうか」
「貴女らしい例え方だね」
少女は立ち上がると、お湯を沸かし、コップに紅茶を入れて来てくれた。
それは船花サチと阿岡入理乃の友情の象徴。私は静かに茶を嚥下し、すべてを胃袋に収める。
「こゆりの過去はどうだったかな?」
「結構面白いですね」
こゆりの様子はあまりにも滑稽で、腹の底から愉快だ。しかしそれが故に、意外と考えさせられる。
……充分、私の答えを探す手掛かりになりそうだ。色梨こゆりもまた、私と同じく自分自身に迷い、“正解”を探す同志なのだから。
「私は、可愛そうな奴が基本的に大好きで、そういう人を助けてやりたいんです。ですから、こゆりの過去に実際に立ちあいたかったですね」
……とくに、リノやしーちゃんが関わっているなら、尚更だ。
あの二人は“私”と最も繋がりがある魔法少女。彼女達に会えば、この私に与えられた役割を、少しでも真っ当できた。
「……ノカ。そうは言うけど、どうせ貴女はお兄ちゃんの真似をしたいだけでしょ?」
「……当たり前です。それが“私”であり、ゼンマイ人形の呪いの性質なんですから」
コップを少女に手渡す。すると空気に溶けるように、それは一瞬にして消えた。
「こゆりにも、何か渾名を考えないといけませんね」
こゆりは既に私にとって特別だ。ならば、きっちりと私だけの呼び名を考えて、存在の定義づけをしないと。
リノやしーちゃん、家主さんにコイ。彼女達のように、こゆりを私の中で自分だけのものにするんだ。
「そう言うなら、私にもその渾名を頂戴よ」
自分自身に向けて指を指しながら、少女は少し拗ねたようにねだった。私はわざと揶揄うように、んーと悩むふりをして、
「……まあ、良いですよ。いつまでも貴女じゃ可愛そうですし」
「私にぴったりのものを頼みよ」
「ええ。……それじゃあ、貴女の渾名は──」
今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?
-
キャラ
-
設定
-
展開
-
話のテンポの良さ
-
文章