色梨こゆりへ
色々と状況を説明する前に、まずは私がその場に居ないことを謝らせて下さい。
貴女は妹を失い、さぞショックを受けていることでしょう。
それを慰め支えてあげるべきなのに、私は自分の都合で貴女の側から離れることを選びました。
これは何も、一時的という意味ではありません。
突然ではありますが、私は貴女との関係をここで断ち切り──すべてを白紙といたそうと思ったのです。
もちろん、貴女一人だけでなく、船花ちゃんとも縁を切ろうと思っています。
理由はいくつかありますが、その一つは貴女達が、私達にとって都合が悪い存在になったことです。
私は昔から、愛を得ることが出来ませんでした。
どんなに努力して良い成績をとっても、どんなに頑張って結果を残したとしても、親は私を無視しました。
周りは私を疎み、妬み、見下し、いじめました。そうせずとも、薄っぺらい期待と乾いた称賛しかくれません。
誰も私を見てくれませんでした。
やがて、私は愛をあきらめ、私は決して愛される存在ではないのだと自分を納得させました。そうしなければ、自分を保っていられなかったんです。
そんな私に最初に愛を与えくれたのは、菊名夏音という少女でした。
彼女は私と仲良くしてくれる、ただ一人の友達でした。今でも船花ちゃんと同じくらい大切な親友だと思っています。
しかし、私は彼女が怖くなった。
……本当に私を思ってくれているのか、分からなかったんです。
だから、彼女にいつか裏切られるかもしれないと思うと、耐えられませんでした。
私はキュゥべえと契約を結び、親友との縁を無かったことにしました。そして私は魔法少女となり、とある魔女狩りの時に船花ちゃんと出会い、再び別の親友を得ました。
私は夏音ちゃんを裏切り、船花ちゃんをその代わりとしたのです。
……ミズハと仲良くなったのも、同じように親の代わりが欲しかったからです。私はずっと年上の、自分が甘えても良い対象を探していて、それがたまたまミズハと条件が合致していたから、仲良くしていました。まあ、結局のところ裏切られましたが。
色梨こゆり。貴女も例外ではありません。貴女はミズハの代わりです。
実のところ貴女は、口調も年もミズハと同じなのです。おまけにちょっと面影が似ていて、まさにミズハの代わりとしては最適でした。
利用してやろうというのは、ほぼ建前のようなもの。……実際は、仲良くしていこうと心のどこかで思っていました。
呪いの効力が中途半端に強くないのも、特訓をつけていたのも、そのせいです。
また私は、自分が威張り散らせる相手も欲しいと思っていました。立場の弱い相手ならば、弱気な私でも好きにできる。正直に言えば、大切に思いたかったから、裏切られないようにしたんです。
しかし、貴女達に対する気持ちが、昨日で変わってしまいました。
貴女達は気づいていないと思っているでしょうが、私はサチちゃんが覗き見をしていることには気づいていました。
それは船花ちゃんが、ピーピングという望遠鏡型の魔法道具を無断で使い、私を探し始めたからです。私は自分の魔法道具には必ず、自分以外の誰かが使った時、そのことを知れる仕掛けを組み込んでいます。
それですぐに、ああ、覗き見するつもりなんだなあって分かりました。
あの時の怒りは、自分でも言うのは何ですけど、とてつもないものでした。思わず、地団駄を踏んでしまうぐらいにはね。
その後、私は怪しまれぬために、いつもと同じように貴女を特訓させ、それが終わると姿を隠し、貴女と船花ちゃんのカフェでの会話を盗み聞きしました。
……その会話は私にとって衝撃的でした。
船花ちゃんがあんなことを思っているなんて、一度も考えたことがなかったから。
自分の考えが一変に否定されて……、船花ちゃんの思いに触れて、ごまかしていた自分が揺らぎました。
何を信じ、何をしたかったのかも分からなくなった。
そういう意味では、貴女達は憎たらしくてしょうがありませんね。
私は貴女達が怖くなりました。いえ、正確にいうと、貴女達から愛をもらうのが怖くなったというべきでしょう。
私は前述したとおり、今まで愛されてきませんでした。
愛を信用できず、私は私が思い描く、側にいて欲しい人物像を周りに押しつけることしかできなかった。そうすることでしか、安心できないんです。
……だから、今更、本気で愛されたって困ります。愛を得てしまえば、愛が壊れるのに耐えられない。私は愛を失う恐怖を味わいたくありません。
ならば、いっそのこと私は自分から愛を手放す。これ以上貴女達のそばに居ると、矛盾で押しつぶされてしまう。
貴女は多分、よりによって何でこのタイミングなのだと疑問に思うでしょうが、残念ながらそれはこの手紙では言えません。
ただ一言言えるのは、私は魔法少女というものに絶望してしまったということだけです。
願いで世界を自分勝手に改竄して、大きな力を持って調子に乗って、最終的には厄災となる。そんな魔法少女という存在に、私はあることが原因で、嫌悪感を覚えてしまいました。
私はこの憎悪に、従うことにしたんです。
……探したところで、無駄です。私は誰にも見つけられない。誰にも見られない。
この手紙は、船花ちゃんにも渡してあります。彼女も貴女の事情は把握しているでしょう。
貴女を運んできた、その牛木草のホテルの廃墟にキュゥべえを誘導しておいたので、三人で情報共有も今後のためにしておいた方が良いです。
それから、貴女の怪我については心配しないで下さい。知り合いに頼んで治してもらいましたから。
廃墟の小屋にあった死体も、その知り合いに頼んで然るべきところに置いておきました。後は警察が上手くやってくれるでしょう。
……ただ、貴女の妹の死体だけは別です。貴女の妹は、貴女と一緒にこの牛木草のホテルの廃墟に運んでおきました。
貴女が手紙を読み終えると同時に、彼女は姿を現すようになっています。
貴女の妹をどうするかは、貴女に任せます。打ち捨てるなり、警察に渡すなり、秘密にするなり、貴女が決めてください。
ああ、そうそう。貴女はもう私の手駒ではないので、呪いは解除しておきました。これで貴女は自由です。
私にはこれくらいしかできません。
……本当にごめんなさい。
さようなら。
◆◇◆◇
「何よ……、これ……!!」
あたしは手紙を持ったまま、唖然としていた。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。
手紙は意味不明かつ、最初から最後まで、自分のことばかりしか書かれていなかった。
色々処理はしてくれているようだが、すべて自分勝手な裁量の元に行なっている。
サチに何も言わず、無断であたしに呪いをかけたのとまったく同じだ。
阿岡入理乃のその思い、その行動は、あまりにも独善的過ぎた。
こっちのことを、まるで見てないってのが手紙からよく伝わってくる。
あたし達は、入理乃にとってその程度の存在だったのか。
だから、ガラクタみたいに捨てられた。積み上げてきた絆の全部を、すべて無駄にしやがりやがった。
そこにどれだけ思いが込められているのか、分かったうえで……。
一番、腹が立つのが、今この場にいてくれないことだよ。
あたし達が怖くなった?魔法少女に絶望した?
何があったか知らないけど、そんなことよりも、あたしを支えてよ。
……あたし、双子の妹がいなくなっちゃったんだよ?
自分の半身が裂かれたみたいな気持ちなの。心にぽっかり穴が開いて、寂しいの。
入理乃。貴女がいてくれたら、それは少しマシになってたよ。
なのに、どうして見捨てるの?あたしを一人ぼっちにしないでよ……!!
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……!!あたしをコケにしやがりやがってぇ……!!
「あたしは何のために……!!」
……くそ。何のためにあんなやつなんか信じようと思ったんだろう……!!
こんなことになるなら、信じるんじゃなかった!!
もう、こうなったら、こっちだって知らないわよ!!どこでも勝手にやってろ!!
「……一体何が書かれていたんだい?」
「……ごめん、ちょっと今は話したくない」
あたしはキュゥべえから顔を背け、紙をぐしゃぐしゃに破り捨てた。
こんなもの、見たくもなんともない。
「ところで、こゆり。あそこに急に現れた死体は、キミの妹じゃないのかい?」
そう言ってキュゥべえが前足で指したのは、あたしの前方。向かい側に設置されたベンチの上だった。
そこにはさっきまでいなかった、さゆりの姿があった。
目は硬く閉じられ、服は新品同然のものになっている。しかし、血が止まっているとはいえ、その凄惨さは何も変わらない。誰がどう見ても、一発で死んだと分かる。
……こうして見ていると、胸が痛い。本当にさゆりは動かないんだなって再確認させられて、喪失感が大きくなっていく。
あたしは俯くと、一雫涙を流した。椅子から立ち上がってさゆりに歩み寄ると、ぎゅっと抱きしめる。
「……状況がよく分からないが、とりあえずその死体をどうにかしないと不味いね。警察にでも届けるかい?」
あたしの悲しみが分からないのか、気遣う様子すらなくキュゥべえは話しかけてくる。
……あたしはそんなキュゥべえが、冷たく思えた。
獣の姿だけど、人語を喋るから、何となく人間の相手をしている気分だった。しかし、今は違う。
まるで、無機質な機械と相対しているような気持ちだった。
「……警察には届けない。お母さんとお父さんにさゆりを届ける。そして全部を話す」
せめて、両親と顔を合わせて真実を伝えたい。もちろん、魔女や魔法少女のことも言う。
そうじゃなきゃ、さゆりが浮かばれないよ。
……それにきっと、あたしの言うことを彼らは信じてくれるはず。あたしは、彼らがさゆりのことを受け入れてくれるって信じている。
だって、掛け替えの無いあたしの家族なんだもの。
「それはお勧めしないよ、こゆり。キミが思っている以上に人間は強くない。ましてや──」
あたしは最後までキュゥべえが話し終わる前に、さゆりを抱き抱えて外に飛び出した。
その内容は最後まで予想がついていたから、聞きたくなかったのだ。
そして、それを否定できる自信もなかった。そうなったら、自分の中で支えていたものがぽっきり折れそうで怖かった。
あたしは、あたしが信じたいことを信じ続けたかったのだ。
……まあ、今思えば、それはただ入理乃に捨てられた寂しさを紛らわせたかっただけだったのかもしれないが。
◆◇◆◇
人から隠れながら、塀の上を走り、時には建物から建物へ飛び移る。
あたしは道なき道を移動して家を目指していた。
悲しいことに、入理乃に特訓された影響である程度の牛木草のルートは叩き込まれていたので、そこまで迷わずに済んでいる。
ちょっと複雑な気分だ。
時間は門限ギリギリの七時台で、(うちは割と放任主義なので、ある程度の自由は効くのだ)携帯にも連絡は届いていない。
これがもう少し遅ければ、最悪警察が動いていたかもしれなかったので、非常に運が良かったと言えるだろう。
しかし、サチからはまだ電話は来ていない。……まだ手紙に気付いていないのだろうか?
家の前に到着すると、あたしは周りを確認した後に素早く塀から二階の屋根へ飛び移り、自室の窓を開ける。
玄関で親に騒がれたら、近所の人が寄ってくるかもしれないと思ったからだ。こっちの方が、さゆりの死体が周りに見られる機会がぐっと下がる。
意外と物音はせず、侵入は成功した。あたしは、まだ日常の香りが残った自分の部屋を見渡す。
二つ並んだ勉強机。二段ベット。大きな本棚。
どれもがお揃いのあたし達の家具。あたし達双子が共有していた家具。それを使っている妹の姿が、目に浮かぶ。
しかし、この部屋のもう一人の主は、ここを歩き回ることはない。永遠にその機会はないのだ。
部屋を出て、あたしは重い足取りで階段を降りていく。
一階からは、皿洗いをしているのか水が流れる音と、バラエティー番組のテレビの音、そしてお父さんとお母さんの会話が聞こえてくる。
よく聞き取れなかったが、まあよくある話のようだ。
学費はどうするのか、給料はいつ上がるのか、家賃はどうするのか。
主にお母さんが意見を提案しながら、相談し合っている。
しかし、すべてが異質に聞こえる。音が、日常のものと感じられない。
「にしても、さゆりの奴、将来どうするつもりなのかしらねえ?」
もう少しで階段を降りきるだろうという直前で、足が止まった。
さゆりの話題が出たせいだった。
「もうすぐ冬よ?三年生になってもこの調子じゃあ、やばいわよ」
お母さんが困ったように言った。
就職への方向性が決まっているあたしに対して、さゆりは未だそれがなかった。
一応、高校への進学は決めていたが、理由も皆通っているからという漠然としたもの。むしろ、勉強嫌いなためか行きたくなさそうで、かったるそうにしていた。
ようは、やる気がなかったのである。
あいつはあたし以上にやるべきことはきっちりこなしたが、なんせ飽きっぽいためか、努力しようという熱意はなく、特定のものにのめり込めないタイプだった。
お母さんはそれを心配しているのだろう。
「ま、案外大丈夫じゃないのか?」
お父さんはお母さんとは反対に、能天気だ。彼は意外と、のんびり屋さんなのである。
そしてさゆりも、確実に父親似だったので、色々適当だった。
「そんな悠長な。貴女しっかり考えてるの?あの子のこと」
「考えてるさ。それにいってたぞ、あいつ。夢はできたって」
「夢?」
お母さんは嘘だろと言わんばかりに聞く。もし目の前に彼女がいたら、恐らく首を傾げているに違いない。
「頑張っている誰かを応援したいってな。……多分こゆりの影響だろうな」
あたしの……?
思わず、ぴくりと反応してしまう。その会話にいつの間にか、あたしは聞き入っていた。
「あいつはさゆりとは正反対だからな。案外真面目だし、のめり込みやすい分一直線で、努力家だ。そんな奴を支えてあげたくなるのは、当然の感情じゃないのか?」
「そうなのかしら?私はそうは思わないわ」
「というと?」
「貴女、気付いてないかもしれないけど、さゆりはこゆりにコンプレックス持っているわよ?自分はこゆりと違って中途半端だ、なんか打ち込めるものもないし、全部つまらないって昔小学生のころ言ってたの。だから、さゆりを支えてあげたいとは、思えないんじゃないかしら」
妹の顔を覗き込む。
貴女がそんなこと思ってたなんて、知らなかったよ。あたしの方こそ、貴女が羨ましかったのに。
貴女は社交的で、外交的。明るくて、人に好かれて、悩みなんかあたし以外のことでは何もなさそうだったじゃない。あたしは、貴女を見るたびに落ち込んでいたのよ……?
「けど、それは昔の話だろ?」
「まあ、そりゃあそうだけど」
お父さんは、少し明るい口調で言った。
「きっと、誰かを応援したいって言うってことは、とっくにさゆりはそれを乗り越えているんだよ。あいつも強くなったのさ」
……弱かった心の成長、か。あたしよりも、随分と先をいっていたんだね、さゆりは。
やっぱり、お姉ちゃんより凄いね。その歩幅に、追いつけそうにないや。
「信じてやろうぜ?だって、これから何だから、さゆりも」
これから。
その言葉に、ぎゅっとさゆりを抱える手に力が入る。
だって、さゆりの夢はもう途絶えてる。さゆりは死んでしまったから。
……本当に、どうして貴女はこんな時に死んじゃったの?
お父さんの期待を無駄にして、お母さんの心配も報われなくしてさ。
酷すぎるよ、さゆり。
真実を話さなければ、という思いが一層強くなる。一瞬、隠しておこうとも思ったけど、そんなこと出来ない。
あたしはこの悲しみを、二人とも分かち合いたい。
「……お母さん、お父さん」
あたしはリビングに行くと、両親に呼びかけた。
二人は、ほぼまったく同じと言っていいタイミングであたしの方を見て──瞬間、バリン、という音が響いた。
予想通り、台所で皿洗いをしていたお母さんが、持っていたカップを床に落として割ってしまったのだ。
テレビの前のソファーに座っていたお父さんの目は、限界まで見開かれていた。本当に、面白いくらいに。
二人とも、あたしの腕の中にいるさゆりを見て黙っていた。
「……こゆり。どういうことだ、これは……」
不自然に強張った表情でお父さんが戸惑っている。
お母さんはさゆりの状態が酷かったからか、呆然としていた。
あたしは気まずさから、数分黙る。そして、苦しい口を無理やりこじ開けて答えた。
「……さゆりは……、魔女っていう化け物に殺されたの」
両親は、再び沈黙する。
シンクを叩きつける水の音と、不釣り合いなくらい明るいテレビの音が強調され、より空気がずしりとした質量を持った。
「何だそれは。ふざけてるのか?」
やがて、お父さんが尋ねる。
それは信じられないくらい、腹の底から絞り出された怒りの声。温和な彼が、そんな声を出したなんて思いたくない。
「ふざけてないよ。真剣に言っている。
……あのね。この世界には、人を殺す魔女っていう化け物がいるの。
それがさゆりを殺した。
あ、あたしも最近までその存在は知らなかったけど、キュゥべえが教えてくれたのよ。あ、キュゥべえってのは白くて小さな動物なの。それで、なんでも願いを叶えてやるから魔女を倒す魔法少女になれって言われて──」
あたしは話しながら、なんてしっちゃかめっちゃかな説明だろうと思った。
分かりづらいうえに、重要なことが伝わっていない気がする。頭の中で何度も何度も説明の練習をしたのに、完全に緊張で記憶が吹き飛んでいる。
しかし、あたしは一生懸命言葉を紡いだ。なんとか、分かって欲しかったから。
けど、お父さんは……ただただ、あたしを睨み付けていた。
「おい……。何だその安っぽい誤魔化しは?」
「ご、誤魔化し……?」
あたしはたじろぎながら、問いかける。
「だって、そんな非現実的なこと、あり得るわけないだろ……。どう考えたって、お前が本当のことを誤魔化しているとしか思えねえんだよ。そうなんじゃないのか!?ああ!?」
どんっと、お父さんは目の前のテーブルに拳を叩きつける。
あたしはびくっと肩を跳ねさせた。怖気付いて、声も上手く出せない。
「魔女?化け物?何だそれは?気がおかしくなったんじゃないのか?
本当のことを話してくれよ。どうしてさゆりが死んでいる。何でこゆりが、死んださゆりを抱えている。
……もしかしてお前、殺したんじゃないんだろうな?そのことを認めたくなくて、変なことばかり喋ってるんじゃないよな?そうだと言ってくれよ。俺は何を信じれば良いんだよ……」
お父さんは頭を抱えた。
すっかり混乱し、動揺している様子だった。
確かに魔女なんてのを知らない人からしてみれば、こんな話は荒唐無稽。
そりゃあ、お父さんが激怒するのも当たり前だ。
……それでも、あたしは信じてくれると思ってた。信頼し合ってるから、こっちの気持ちを込めて伝えれば、きっと思いは届くんだと思ってた。
けど、それはあまりにも甘えた発想だったんだ。
……本当は言うにしても、覚悟してなきゃいけなかったんだ。
「あ、あたし、本当にあった話しをしているの。嘘ついてなんかないの。魔女はいて、そいつがさゆりを殺した!!
と、とにかく、あたしのことを信じて欲しい。あたしの話に少しでも良いから耳を傾けて!!」
「そんなアニメみたいな話をか?冗談じゃない」
あたしは訴えるが、父は首を振るだけだった。
本気であたしの頭がおかしくなっていると思い込んでるんだろうか。
なんて、冷たい目をしているんだろう。……この人は、こんな感情を出せたのか。
「……もう一度言う。魔女とかのことは言わず、真実を話せ。妄想喋ってないで、本当のことを誤魔化さないでくれ。俺、さっきから何が何だか分からないんだよ……」
「あたしは妄想なんて言ってない……」
駄目だ。いくら言っても、聞く耳を持ってくれない。
……しょうがない。こうなったら──
「分かったわよ。そこまで言うんなら、証拠を見せるわ……」
「それは、どういうことだ?」
あたしは訝しがる父への返答として、魔法少女に変身してみせた。
そして、側に液体金属を浮かせ、剣や盾、矛などの色々な形に変形させる。
お父さんとお母さんが、驚きの声を上げた。
……これで、分かった筈だ。あたしが話しているのが真実だって。
「……これが魔法だよ。あたしは──」
「……アンタ、本当にこゆりなの?」
「は……?」
今度は、その発言に息を飲む。
お母さんの顔に、表情がなかったのだ。まるでのっぺらぼうみたいに……。
……口元が、情けなく上がってしまう。だって、お母さんがあたしに変な目を向けるんだもん。おかしくなっちゃうよ……。
「な、何言ってるの?あたしは色梨こゆり……。貴女達の娘よ?何でそんなこと言うの……?」
「……私達の娘は、人間よ。こんな化け物みたいな得体の知れない力を操るわけがない……」
……化け物?あたしが?
まさかお母さん、この魔法少女の力が受け入れられないっていうの?
どうして?あたしは、何もしないよ?
だから、やめて……。あたしをそんな不気味そうに見ないで。怖がらないでよ……。
「お前の言っていたことは、正しかったのか?それなら、本当にさゆりは化け物に殺されて、こゆりはこんな訳の分かんない力を手に入れたってのか?理解できない……。こんなことが現実にあって良いのか?俺の娘達がどうして……。
ハハ……。俺は夢の中にいるのか?お前、本当にこゆりなのか?妻の言う通り、偽物なんだろ?」
お父さんもぶつぶつ呟いた後、一頻り笑って、お母さんと同じ顔になった。
……その表情は、あたしを拒絶しているって、言わなくても分かる。
偽物、偽物、偽物……。
両親は狂ったように繰り返す。
あたしも、訳が分かんなくなっていく。偽物という言葉に脳が侵食されていく。
その内、あたしって一体何なんだ、と思った。
今ここにいるあたしは……、本当にあたしなのか?
「貴女がこゆりなわけがない!!さゆりがこんな風に死んでいるわけがない!!どうなっているのよぉ!!!!!アンタ、娘達に何したの!?娘を返せぇ!!」
お母さんの怒鳴り声。あたしの心をボロボロにしていく、言葉の刃。
あたしはその血を流す代わりに、失望の涙をこぼした。
「あたし、何もしてないし、偽物じゃないよ。どうしてあたしを受け入れてくれないの……?」
お母さんに近づいていく。すると、ばん、と勢い良く何かが頭に当たった。
視界の端で、見慣れたテレビのリモコンが落ちた。痛みとともに、左側頭部から血が出る。
「妻に近づくな!!貴様!!」
目を動かせば、リモコンを投げたであろう父がソファから身を乗り出していた。
怪我を治すと、ひっと小さい悲鳴を上げる。
あたしにも、冷たい感情が広がっていく。……きっと、あたしの顔は両親と同じになっているんだろうな。
「……お父さん、あたしがそんなに変に見えるの?何で?」
「……当たり前だろ。死んでいるさゆりを抱えていて、変な力を操る。これが……、変じゃなきゃなんだ。認められねえよ、こんなもの……」
お父さんの、人を見ない目。現実を見ないようにする目。
あたしは、悟る。
さゆりの死体。あたしの力。
それが、常軌を逸し過ぎていて、理解の範疇を超えていて、怖いんだ。だから、受け入れたくないんだ、あたしのこと。
……この二人はあんな風に娘達を心配していたけど、実際のところ、ずっとずっと人を信じていない。
そう思い込んでいたのは、あたしだけだったんだ。あたしだけが、無意味に、根拠もなく、無邪気に信じていた。
いや、それでも……、あたしが魔法少女なんかにならなきゃ、両親はあたしを信じてくれていただろう。
信じきれなくなったのは、あたしが化け物になっちゃったから。あたしが人間じゃなくなっちゃったから。
あたしが道を踏み外したからだ……。
……ここには、もういられない。
このままあたしが側に居続けたら、お父さんとお母さんが本当の意味で狂ってしまう。
化け物は正体が分かれば、人間とは寄り添えないんだ。
「……どうやっても、信じてくれないんだね。受け入れてくれないんだね、この変わっちゃったあたしを」
「……え?」
両親が一瞬キョトンとするうちに、あたしはさゆりを床に寝かせた。
せめて、現実を見せつけてやろうと思って。
液体金属を消して元の姿に戻ると、あたしは感情の赴くままに怒鳴った。
「ありのままのあたしを信じてくれないなら、もう良いや。よく分かったよ、普通の人と魔法少女が分かり合うことなんて出来やしないって。
……だったら、縁を切ってやるわよ。あたしはもう、アンタ達とは会わない!!
あたしは人間じゃないんだ!!化け物なんだ!!化け物は化け物らしく、好き勝手自由に生きていくわよ!!こんな家、出て行ってやる!!」
あたしは二階に駆け上がると、ボストンバックを物入れから出し、洋服や日用品など、思いつく限り詰めて行った。
そして、入りきらないまでにパンパンになったところで、二階の窓から外に飛び出した。
あたしは何なく、庭に着陸する。
魔法少女なら当然だ。こんな高低差くらい、なんてことない。まあ、普通の人間には無理だけど。
……ああ、そっか。よく考えれば、そうなのよね。
超人的な身体能力。魔女を殺す、魔法の力。
これが、化け物じゃなくて何だというのよ。お父さんとお母さんはやっぱり、正しい反応をしたんだ。
「キュゥべえ、魔法少女って人間じゃないんだね。でも、それなら魔法少女って何なの?契約時に、あたしに何をしたの?」
庭の茂みから姿を見せた、白い獣の方を向く。さっきから、気配がしていたのだ。
「キミの肉体から魂を抜きとり、それをソウルジェムに──魔法の石として固形化させたのさ。つまり、キミを魔女と戦える状態にしたんだ。串刺しにされても、最悪肉体が消えても、本体が別にあれば無事だろ?
流石に、脆いままの人間に力をそのまま与えても、簡単にやられるだけだしね」
キュゥべえは実に平坦な、抑揚のない口調でとんでもないことをペラペラと喋る。
あたしは、そこまで酷く驚きはしなかった。それは、魔法少女が化け物だって自覚したからかもしれない。
でも、魔法少女の正体を聞いて、また自分という存在が更に遠のいていった。
あたしはただの石ころ。そんなのが、果たして色梨こゆりと言えるのだろうかって。
だって、化け物どころか、これじゃあまるで生きていないのと同じじゃないか。
ねえ、さゆり。
あたし、これから先どうすれば良いんだろう。どこに行けば良いんだろうね。
あたしの居場所である家族も壊れちゃったし、願いの結果手に入れたであろう入理乃との関係も消えちゃった。
そんなあたしの存在って何?あたしは本当に、あたしっていえるの?
「……」
俯いたその時、首にかけてた“お守り”が目にが映った。
それは、銀プレート状の、銀色のペンダントトップ。そこに刻まれていたのは、鳴子百合の模様。
確か、鳴子百合の花言葉は──あなたは偽れない。
こんな時に、思い出すなんてね。
さゆり、あの時に言ってたな。
あたしはどんなことがあっても、あたしだって。自分を自分じゃなくしちゃうのは駄目だって。
「……あたしは、あたし……」
……そうね。
何事も、考え方次第なのかもしれないわね。
この石ころの姿になっても、このあたしの心は何も変えられていない。
つまりそれは、あたしが“色梨こゆり”そのものである証明なんだ。
俯いていた顔を上げる。
ちゃんと、前を向いて歩いていかなくちゃと思ったから。
あたしはキュゥべえの、血のような瞳を射抜くように睨みつける。
段々と、猛烈なまでに怒りが湧いてくる。
……いつか絶対、復讐してやろう。
あたしは根にもつタイプなんだ。あたしを魔法少女にしたこの恨み、死ぬまで忘れやしないわよ。
「意外だね。ソウルジェムが濁っていかないだなんて。キミは、絶望していないのかい?」
キュゥべえが首を傾げた。
彼は語る。
……多くの魔法少女が、ソウルジェムが魂という事実に錯乱してきたのだと。
例えば、見滝原というところでは、新人の魔法少女がその事実を知ったことがきっかけで、破滅したという。
それくらい、受け入れ入れがたいものなのだ。
しかし、あたしはめげている様子を見せなかった。それが、キュゥべえにとっては不思議なのだろう。
「……絶望はしてる。
でも、打ちひしがれたままじゃ、さゆりに示しがつかない」
あたしはいくらそこに残酷な現実があっても、受け入れる。
お父さんやお母さんのように現実から目を逸らさず、生きて生きて生き抜く。
それがきっと、あたしに出来る唯一のことだから、
「あくまで希望は失っていないということか。キミはボクが思っているより、ずっと強い心の持ち主のようだね」
……そうなのだろうか。よく分からない。
けど、あたしは出来れば、強くありたい。誰に受け入れてもらえなくても。
さゆりもそう、そう願っているはず。
◆◇◆◇
私は椅子に座りながら、カップの中の紅茶を飲んだ。
暖かくて優しい味。鼻腔を穏やかな香りが通る。
でも、何でかな。
ちっとも美味しく感じない。以前ならば、そうじゃなかったのに……。
「あ、ちょっと良いかな?」
声の方を振り向くと、富夢がいつの間にか紅茶が入ったマグカップを持って、私の横にある椅子に座っていた。
彼女は驚いているこちらに気が付いていないのか、部屋の窓から暗くなった外を眺め、マイペースに紅茶を飲み始めている。
こうして見ると、いかにも普通の中学生って感じだ。
まあ、実際は高校生らしく、それ相応に魔法少女歴も四年という大ベテランだとは聞いたが。
実際、立ち居振る舞いにも隙がなく、その雰囲気はぶっきらぼうながらも、頭の良さを感じさせた。
しかし、それ故に解せない。
そんなに長年魔法少女を続けていたら、あの夜見鳴子の危険性は分かっているはずだ。
それなのに、あろうことか自ら弟子になったというのだ。
いくら真実を知ったからとはいえ、私は“ああ”はなりたくない。
中々出来ることじゃないぞ、普通……。
「このお茶、師範からもらったんだけどさ、大量にあって困っちゃうんだよ。しかもずっと送りつけてくるんだぜ?あの人、ああいうとこ面倒くさいんだよねえ。てか、入理乃が入れ方分かって良かったよ。おかげでお茶を消費できるようになったし」
しばらくして、気安く富夢は話しかけてくる。そして、延々と師匠の愚痴を言ったところで、私に聞いてきた。
「でも、この茶の名前分かんねえんだよなあ……。貴女なら分かる?」
「……キーモン。中国のお茶」
私は若干困惑すると、ボソリと呟いた。富夢は純粋に感心したのか、すげえな、と、びっくりしていた。
「冗談のつもりだったんだけど、飲んだだけで分かるのか……」
「……別に、大したことじゃない。船花ちゃんのお義父さんが好きだったから、よくそのお茶葉を貰ってただけの話……」
そこで会話が途絶える。お互い、何を話して良いか分からなくなったからだろう。心なしか、富夢も困ったような表情をしていた。
……嫌いな顔だ。人と話すといつもこうで、うんざりする。
「唐突だけどさ、リノって呼んでいいかな?」
「え?」
「入理乃って名前、言いにくいんだよ。舌噛んじゃいそうでさぁ」
そんな理由で?と私は内心呆れてしまった。
しかも、リノという渾名が元々夏音ちゃんが考えた物だって知っているのに、それを自分も呼んでいいかだなんて、どうにかしている。
かなり無神経だ。
だが、逆らおうとも思えなかった。反抗するのも面倒臭かったのだ。
私はこくりと頷く。それを見て富夢は、じゃあ、と、リノ、と切り出してきた。
「貴女、本気でサチとこゆりと別れてきて良かったの?」
「……何で、そんなこと聞くの?」
そっちから誘ってきたくせに、変なの。それにあんなの、ほとんど強制的だ。“真実”を知ってしまったら、私は──
「リノにとってあの二人は、とても大切な人だったんでしょ?それを捨てるのって結構きついって知っているからね。それに、中途半端に捨てちゃうと、かえってそれが原因で潰れるし」
……富夢は何を思ったのか、自分の過去を話し始める。
幼い頃から黒曜富夢は母親に疑問を抱いていた。
裏でこそこそと何かをして、父親がいないときは必ずおめかしをして外に出ていくのである。その理由を尋ねると、殴られたり蹴られたりといった暴力を振るわれた。
しかし、それ以外では普通の母。富夢と父と仲の良い、優しい女性だった。
そのギャップが母親への嫌悪感を募らせていき、同時に父親への憐憫に繋がっていった。
そして、中学生あたりなる時は、彼女は嫌でも母親の行動の理由が分かるようになっていったのだ。
これは、父親への裏切りだ。そう考えた富夢は、キュゥべえに“母の秘密が父にバレる”ことを願った。
案の定、母親は長年に渡り他の男と浮気をしていた。
父親は当然怒り狂い、一ヶ月とたたず離婚。富夢はざまあみろと思いながら、母親を捨てて父親のもとへ付いて行った。
……だが、それを後悔する事件がしばらくして起こる。
母親が父親や子供に捨てられたことで鬱病となり、自殺しようとしたのだ。
富夢は精神的なダメージを負い、絶望から魔女化しかけた。
……幸いこの時は仲間に助けられたから良かったものの、それがなければ死んでいたところだった。
それ以来、中途半端な気持ちが破滅を生むことを知った。覚悟がなければ、執着を捨て去れなければ、何もなせないまま潰れてしまうことを富夢は知ったのだという。
「貴女には、私のように絶望はして欲しくない。
今のうちだ。今なら、船花サチのもとへ戻してあげられる。私は師範の弟子だからね。あの人は私に弱いから、頼めばなんとかなるかもしれない」
富夢は嘘を言っているようには見えなかった。私が頷きさえすれば、本気で私のために動いてくれるんだと思わせる気迫があった。
……確かに、これがサチちゃん達のもとへ帰る最後のチャンスかもしれなかった。
何も一日経っているわけじゃないし、謝ればサチちゃん達が許してくれる可能性だってある。
でも──
「……そんなのいらない」
私が船花ちゃん達を裏切った一番の理由は、愛が怖いからでも、魔法少女に絶望したからでもない。そんなのは、ただ後からついてきたものに過ぎない。
私の本当の目的は、船花ちゃん達を幸せにすること。私と船花ちゃん達が何の気兼ねもなく暮らしていけるようにすることだ。
夜見鳴子の側にいれば、この世界を変えることができる。
怖いもの全部、消してあげることができる。より安心なものにすることができるの。
そうすれば、私の大切な人達は死なないし、奪われない。ずっと私のものであり続ける。
……そのためなら何だってやる覚悟は出来ている。たとえ、“船花ちゃん達を殺すこと”になっても、私は構わないと思っている。
私は一人になりたくないの。もう、怖がりたくない。
安寧を、手に入れてやる。
「……そっか」
富夢は残念そうな顔をする。
「……私は貴女を逃してあげたかったのに……、それを拒否するなんて、もったいないねえ」
その先の運命は、過酷そのものだ。“実験”を行う中で、死ぬかもしれない。
それを富夢は案じてくれていたのだろう。複雑そうに、ため息を吐いていた。
しかし、まあでも、と。右目に怪しげな光を灯す。
「それでこそ、私の仲間になる資格があるのかもしれねえな。その歪み、気に食わないけど貴女のことは認めてあげる」
彼女は笑った。乱杭歯を覗かせて。
それだけなのに、何故かゾッとした冷気が首筋を撫でた。
こいつは、……思ったより“化け物”なのかもしれない。
しかし、だからこそ私は明るい希望のようなものも抱き始めていた。
彼女なら、怖いものをやっつけてくれるかもしれない。世界を幸せに変えてくれるかもしれない。
何かを変えられるのは、圧倒的な力だけだ。
黒曜富夢。
彼女は一体何者で、何を考えているんだろう。
どうやら、……私は彼女にどうしようもない興味を持ってしまったらしい。
……もっと知りたい。そうしなければ、怖くなくなるから──
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