出来れば、よろしくお願いします。
その仏壇は、入り口付近にある洋間の隅にあった。
それは質素であったが、周りがちゃんと掃除されてあり、線香も真新しい。
備え付けられた棚には、二つの写真が立てかけられている。
一つは、生前の夜見鳴子のもの。
そして二つ目は、黒髪の、十代前半の少女の写真だ。
色あせてこそいないが画質は悪く、十年前に撮られたであろう夜見鳴子の写真と比べてもあまり差がない。恐らくこの写真も、同時期に撮られたものなのだろう。
「あの、この子は一体……?」
気になって尋ねれば、ミキオさんは影のある目を落として答えてくれた。
「僕の孫。そして鳴子の姪、雨戸ナルだ」
……確かに言われてみれば、鳴子先生に似ている。いや、生き写しだ。夜見鳴子を若くすればこうなるだろうという顔をしている。
唯一違うところといえば、左目の近くにある泣き黒子ぐらいだろうか。
「……彼女も、亡くなったんですか?」
「ああ、八年前にね」
あたしはそれを聞いて、慰めを送ることはなく、そうですか、とだけ答えた。
……余計なことを言うべきじゃない、と思ったのだ。外野の人間が陳腐な言葉を使っても、逆に腹立たしいだけだ。
あたしは仏壇の前に座ると、手を合わせて目を瞑った。
神も仏もこの世にいやしないし、きっと死んだら人間の精神は消えるから、こんなことをしても夜見鳴子にあたしの思いは届かない。
しかし、そもそも“祈る”という行為は、故人を思う感情を強め、最確認することこそが本質。それは、死と向き合うための儀礼であり、その人を尊重するためのもの。……さゆりが死んだ今、あたしはそう思っている。
だから、あたしは夜見鳴子に祈りを捧げた。もちろん、雨戸ナルにも。きっと、望んで死んだわけじゃないから。
本当はお線香あげるとか、細かい礼儀なんかがあるんだろうけど、ミキオさんは何も言わなかった。
……ただその視線には、並々ならぬ思いは込められているように感じた。
「ありがとう、こゆりちゃん」
祈り終わったところで、ミキオさんが改めて礼を言った。
あたしは立ち上がりながら、いいえ、と首を振った。
「こっちこそ、ありがとうございます。……鳴子さんはあたしにとっても大切な存在ですし、こうして祈ることが出来ただけでも嬉しいです」
あの人は、あたしの代弁者だった。内に抱えたもやもやを、そのまま表現してくれていた。
彼女の作品を見れば、水知らずの他人にもあたしの気持ちが届く。
それが、どれだけあたしの救いになることか。
その感謝を捧げられたのは、純粋に喜ばしい。
「あの、長くいちゃってすみません。あたし、うちに帰ります」
あたしはペコリと頭を下げた。
本当は、もっとここに居たい。ミキオさんは良い人だし、何より夜見鳴子について色々聞いてみたくもある。
でも、彼のその優しさも、暖かさも、今のあたしには苦痛でしかない。
「……そうか。また、いつでもおいで。出来る限り歓迎するよ」
「はい……」
寂しそうにミキオさんが笑うので、あたしは少しバツが悪くなる。
……夜見鳴子は、父子家庭で育ったという。
つまり、夜見ミキオには妻はいない。そして、夜見鳴子の兄、雨戸五郎は寝巣扉市の有名なヤクザであり、十五年前に大量殺人の罪で死刑となっている。
さらに、姪の雨戸ナルも死亡しているとなると、多分ミキオさんに残された親戚はいないのではないだろうか。
彼は、本当の意味で一人ぼっちなのかもしれない。それも、ずっと長い間……。
「ミキオさん、貴方は──」
「ごめん、おじいちゃーん。本返すの忘れてたー!!」
尋ねようとしたその時、入り口の方で大きな声が聞こえた。
驚いていると、声の主は足音を響かせて開けっぱなしにしていたこの部屋に入ってくる。
「……。えーと、どちら様かな〜?」
それは何処かほわほわとした雰囲気の、分厚い本を持った少女だった。
ツーサイドアップにした艶やかなオレンジ色の髪に、落ち着いた茶色のワンピース。そして、肩にかけたベージュのバッグが特徴で、あたしを見るなり首を傾げている。
「……」
あたしは固まっていた。
それは、ショックを受けていからかもしれない。
ミキオさんが一人なんじゃないかと考えて、あたしは内心、彼が自分と同じなのだと思った。
けれど、実際にミキオさんは孤独ではなく、家にまで遊びにくる知り合いがいたのだ。
だから、裏切られたような気持ちになってしまった。それどころか、苛ついてさえいる。
……やっぱり、あたしは捻くれてるんだろうな。さっきまで自分から出て行こうとしたくせに、急にこんなことを思うのだから。
そうやって呆然としている間にも、話は進んでいく。
ミキオさんはこっちを見ながら、あたしを勝手に紹介した。
「この子はこゆりちゃん。お腹を空かせていたようだから、ご飯を作ってあげようと思って家に連れてきたんだ」
「そんな、子犬拾ってくるようなノリで……?」
少女の言葉には、何処か呆れたような響きをしていた。まあ、当然だろう。普通あたしみたいのを自分のうちになんて連れてこないからね。
「いやあ、暇してたし寂しかったもんでね。ついつい」
しかし、ミキオさんはからからと笑うばかりである。悪く言えば、超軽い。
これには少女の方もムッとしている。
「あのさ〜、良い年なんだし、おじいちゃんもちょっとは警戒心もって行動してよ。本人を目の前にしてこう言うのもなんだけど、もしその子が乱暴してきたらどうするの?」
「それでも、困っている子は放っておけないさ。年長者としてはね」
「……どうしてそうお人好しでいられるかな。うた、全然分からないよ」
少女ははあ、と溜息をつきながら肩をすくめた。ほわほわした性格かと思ったが、見た目によらず案外幸が薄いというか、苦労人なのかもしてなかった。
「とにかく、これ、返すよ……、あっ……」
渡そうとしたところでつるりと本が少女の手を滑り、床に落ちる。
そこでようやくあたしははっとなり、慌てて本を拾おうとした。
同じように本を拾おうとする少女の左手と、あたしの左手が触れ、互いに視界に入る。
「!!」
あたしは瞠目する。
その少女の中指には、あたしのものとほぼ同じデザインの指輪がはめられていた。
それが意味することはつまり──
「貴女、それ……」
少女の方も、あたしの指輪を見たのだろう。驚愕して息を飲んでいる。
あたしは突然の魔法少女との邂逅に、厳しい顔をしてしまった。
「……ミキオさん、はい」
手を引っ込めてしまった少女の代わりに本を拾うと、あたしはそれをミキオさんに渡した。
彼は一瞬、意表を突かれたような顔をしたものの、すぐに温和な笑顔になって、お礼を言った。
「……ご、ごめん」
少女が、申し訳なさそうな表情をする。
しかし、微妙な気持ちにならざる得なかった。
一瞬だけだったが、少女の口元がこわばっていたのである。
『……話があるから、面に来て』
『分かった』
テレパシーを送ると、すぐに少女から返答が返ってくる。
こっちは結構緊張しているのに、向こうは全然そんなこと思ってなさそうだった。
そのせいか、あたしはちょっと不服というか、先程とは別の意味で微妙な気持ちになった。
「……食事、ありがとうございました。じゃあ、失礼します」
「うたも帰るね。バイバイ、おじいちゃん」
あたし達はミキオさんに別れを告げると、階段を降りて建物の外に出て行く。
そうして数分間歩いて、誰もいない路地裏へと回った。
改めて少女と相対する。
彼女はこちらを探るように、観察していた。恐らく、困惑して警戒心を抱いているのだろう。
あたしも、多分歌羽と同じ気持ちなんだけどね。
「……テレパシーで言ってたけど、話ってなあに?」
どうやらあたしと同じく、他人の顔色を伺うタイプらしい。恐る恐るといったように聞いてくる。
あたしは少し共感しながらも、確認する様に尋ねる。
「……アンタさ、うたって言ったっけ?ミキオさんとはどういう関係なの?」
「ん〜、仲の良いお友達かなあ?」
「友達……?」
思わず、眉がぴくりと動いた。
「うん。うたの家族、あのカフェの元常連客でさ、マスターであるおじいちゃんとも仲が良かったの。で、その縁で今でも交流が続いているんだ。……あ、後ついでに言っとくけど、正確には
そう言ってうた──いや、歌羽は、最後に訂正をしてくる。
でも、あたしはそんなことどうでも良く、やっぱりミキオさんの友達なのか、とがっかりしていた。
まあ、よく考えたら、今後ミキオさんとまた会う確率はかなり低いからがっかりも何もないんだけどね。多分、あたしの方から近付かないだろうし。
……もういっそのこと、ミキオさんのことはここできっぱり忘れよう。
そもそも、あたしなんかが普通の人と仲良くなっちゃいけないよね。
どうせあたしなんて、根暗だし影薄いし口下手だしホームレスだし、何より“化け物”なんだもん。あたしがミキオさんの側にいたら、彼もあたしの両親同様、不幸になるかもしれない。
「……歌羽は、よくミキオさんのところに行くの?頻度はどのくらい?」
あたしは感情を押さえつけながら、もう一つ言いたいことへの切り出しとして、先ほどとは別の角度からミキオさんに関することを聞く。
歌羽は目線を上げて考えてから、
「そーだね……。多い時で週に二日は来てるよ」
「……なら尚更言っとくけど、今後あたしのテリトリーに入る時は魔女狩りとかはやらないでね。ものすごく困るから」
「て、テリトリー?」
訝しげに歌羽は疑問の声を上げる。
……成る程、この反応、さては新人だな?だから、魔法少女のルールを知らないのか。
なら、ここは優しいあたしが教えてあげるわ。
「あのね、魔法少女は各々、魔女狩りをできる狩場を縄張りとして持ってるの。そして、そこで他の魔法少女が魔女が狩ったりするのは、敵対行為になるのよ」
「……もしかして、グリーフシードがあるからそういうことになってるの?」
「そうよ。特にあたしの場合、グリーフシードなしじゃ生きてけないわ。だからこそ、こうして事前に注意してるのよ」
……ホームレス生活をするためには、どうしても魔法に頼るしかない。つまり、グリーフシードはあたしの生命線。なくなれば、あたしは死ぬ運命にあるのだ。
すまないが、テリトリーについては気を張らせてもらう。
「勘違いしないで欲しいんだけど、これは別に、ミキオさんのところに行くな、という話じゃないわ。ただ、魔女関連はトラブルの種になるから、緊急事態以外はそういう部分に気を使って欲しいのよ。もし、勝手に魔女を狩ったら、……半殺しにしてやるわ」
あたしは最後の部分だけ、出来るだけ低い声で威嚇する。
瞬間、それが恐ろしかったのか、歌羽がギョッとした。
「そ、そんな恐ろしいこと言わないでよ。怖いんだけど」
彼女はしばらくしてから、ははは、と乾いた笑いをする。どうやら、嘘だと思いたいらしい。
しかし、あたしは真顔のまま表情を変えない。それは半分、本気だったからだ。
「まさか……。でも、どうしてそこまで……」
……やがて、こちらの思いを段々と理解したのだろう。彼女は一転して、不安げに眉を下げた。
それにあたしは、拳を強く握りながら言った。
「……ごめん。こればっかりはしょうがないのよ」
あたしは、もう二度と“自分のもの”を奪われたくない。
そして、それを害そうとする人には、容赦なくいくと決めたんだ。
そうしないと、何も手にすることは出来ないから。
「そっか。色々大変な思いをしてきたんだね」
歌羽何かを察したかのように、目を伏せた。
そして、その顔を更に悲しげにさせて謝ってくる。
「何も知らないのに、ミキオさんのところでああいってごめん。ミキオさん人が良いからいつも心配で、ちょっと過敏になってたかも」
「……そうなの」
適当に答えながらも、あたしはもやっとした。
同情されるのは、大嫌いなのだ。何だか見下されてるようだし、自分の惨めさを直視させられるうな気がする。
「まあ、……別に良いわよ。そんなの気にしてないし。むしろ、アンタ方こそ偉いわよね。ミキオさんを支えようとしてあげてるんだから」
あたしは珍しく、“素直”に褒めたたえてあげた。この悪感情を気づかれないように。
だが、歌羽の反応は何処か薄い。
「そういうつもりはないんだけどな。うたはただ、当たり前のことをしてるだけで、支えようなんて微塵も、……!!」
「ん?どうしたの?」
何故か急に顔色を悪くするので、心配になって歌羽に聞く。すると歌羽は、苦笑いを浮かべた。
「えーとね……、うた、ちょっと嫌なことを想像しちゃって。怖くなってしまったんだぁ。この先、魔法少女として頑張れるかなって……」
「……ああ」
もしかして、半殺しって言ったのが悪かったのだろうか?
……まあ、確かにぶっそうな響きだものね。これから相手を注意するときは、もっとやんわりとした言葉選びをするとしようかしら、なんて、思った時だった。
「……!!」
禍々しい魔力が、肌をピリリと撫でた。
……これは、間違いなく魔女のものだ。
しかも反応からするに、あたし達の方に急速に近づいていっている。
「何でこんな時に限って……」
少し苛ついたように歌羽はそう吐き捨てると、こちらを向く。
これって緊急事態だよね?と、その顔は言っていた。
それに、あたしは短く頷き返した。
「急ごう。もう時間がないわ」
あたし達は、魔力反応がする方へと向かう。
勿論、最初から全力疾走だ。
あたし達の後ろには、ミキオさんの家がある。このままだと彼の命が危ないのだ。
やがて走っていると、魔力反応が急速に強まる。
魔女の元へ、あたし達が追いついたのだ。
だが、それでびびったのだろう。一秒もたたないうちに、魔力反応は遠ざかろうとする。
思わず慌てるが、しかし、反対方向から突如、無数の蠢く影の手が飛んできた。
そして、空中で魔女の魔力を捕縛すると、スマホの紋章──結界の入り口を露出させる。
その様子は、何もない虚空を掴み、そのまま空間ごと引き裂いたように見えた。
「……良かった。間に合った……」
そう呟きながら向こう側の角から出てきたのは、キュゥべえを肩に乗せた魔法少女だった。
身に纏っている衣装は、植物の衣装をあしらった可愛らしいものだ。
だが、表情はまったくと言って良いほどない。
赤く長いロングヘアや、目元を隠す前髪。さらには涼やかな顔立ちが、極寒の冬の如き印象を与えている。
「また、か」
彼女の登場に、場が静かになる。
歌羽は暗い顔をし、あたしもうんざりして、少ししかめっ面になる。
……何でこう次から次に魔法少女がやってくるかな。しかもキュゥべえもいつとか、洒落になんないわよ。
「……キミ達は色梨こゆりに、古鐘歌羽?奇遇だね、こんなところで会うなんて」
キュゥべえはあたし達を見ると、平坦な声でそう挨拶した。
顔も少女のように、ピクリとも動いていない。本当、見てるだけで腹が立ってくるわね。
「でも、ちょうど良かった。二人とも、柘榴の魔女退治を手伝ってくれないかい?」
「手伝い?」
首を傾げて、歌羽が問いかけの復唱をする。
「うん。柘榴はまだ、数日前に魔法少女になったばかりの新人でね。これが初めての魔女狩りなんだよ。だから、経験者のキミ達が彼女をリードしてくれると嬉しい」
いけしゃあしゃあと提案してくるキュゥべえ。
流石にあたしは、不愉快さを隠しきれなかった。
だって、キュゥベえはここのテリトリーがあたしのだって知ってる。だというのに、わざわざ新人の子を連れてきたのには、何か意味があるはずだ。
でも、絶対ろくでもないってことだけは分かる。
「……後で洗いざらい、全部吐き出させてやる」
「……?何か言った……?」
「別に。何も言ってない」
柘榴が聞いてくるので、あたしはぶっきらぼうに返した。
機嫌は、今最高に悪い状態だった。
「私も、出来れば二人と一緒に戦いたいと思う。こう見えても私、結構ドキドキしてるから」
しかしそうは言っているが、柘榴の表情はピクリとも動かない。
なんか、掴み所がないというか、ちょっと何考えているのか分かんない子だな……、おい。
「……もちろんよ。キュゥべえの頼みってのは尺だけど、むしろ共闘は、こちらとしては願ったり叶ったりよ。そうでしょ、歌羽?」
「うん。今は戦力が一人でも多くいた方が良いからね」
歌羽はあたしに同意する。
……しかし不安が続いているのか、若干乗り気ではなさそうだったが。
「じゃあ、倒しに行こうか」
あたし達は魔法少女に変身すると、マークの前へ歩み寄る。
そして、現実とは隔絶された魔の空間へと、飛び込んだのだった。
古鐘歌羽
高校一年生の、こゆりの隣に位置するテリトリーを守っている魔法少女。ホワホワとしている雰囲気を纏っているが、慎重かつ冷静であり頭もそこそこ切れる。この性格は願いで無理やり変えたものであり、そのせいか、私生活すらもうまくいっていない。すっかり心の奥底では疲れ切っており、何もかもがしんどくてめんどうだと思っている。また、知己のミキオを慕っているが、それ故に彼に関することには過敏になりやすい傾向にある。
今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?
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