魔法少女こゆり☆マギカ   作:鐘餅

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プロローグ
プロローグ


 小さな影が、こちらへと向かってくる。

 それは、よく見てみると奇妙な動物だった。

 とんがった耳に、そこから伸びてる毛。真白な体に、背中にある不思議な模様。

 見た目はどちらかというと、犬とか猫より、マスコットといった感じ。だから、こいつのデザインをぬいぐるみにして売れば、そこそこ売れるんじゃないかっていうくらいには、普通に可愛らしい。

 ……まあ、中身はまったく可愛くない。ていうかむしろうざいんだけどね。

 

「こんばんは、キュゥべえ」

 

 あたしは椅子にあぐらをかいた姿勢のまま、手を振った。キュゥべえはぴょん、と隣の椅子に座った。

 

「こんばんは、相変わらず変なところに住んでいるんだね」

「む……。変なとこじゃないわよ」

 

 いや、キュゥべえの言いたいことは、まじで良く分かる。普通の人……、普通の魔法少女なら、こんなところ住み着かないもの。

 あたしは辺りを見渡す。

 前方には、どこまでも遠くまで続く線路。背後には木で出来た駅舎。そして上を見上げれば、どう見ても雨風から座席を守れないほど錆びた屋根。

 ここは、いわゆる鉄道の廃駅のプラットホームだ。殆ど昔から誰も使わなかったけれど、とうとう二年前に鉄道がなくなって、ここは捨てられた。

 で、今はあたしが勝手に、根城の一つにしてる。何故なら最高の隠れ場所だからだ。

 一般人は当然誰も近寄らないし、魔法少女もあたしがこんなとこに住んでるなんて考えない。魔女も来ないし、屋根もついてる。

 だから、ここは全然変なとこじゃないのだ。そう、全然変なとこじゃないのだ(大事なことだから二回目)。

 

「他にも住みやすいところはあると思うけどね。ホテルとか、たくさんあるじゃないか」

「……別に良いじゃない。あたしが何処に住もうが、あたしの勝手だしぃ?」

 

 キュゥべえにわざわざ言わないけど、あたし、ホテルなんかに住みたくないのよ。

 そんなの余計に魔力を食うだけじゃない。ただでさえ食べ物を得るために毎日魔法を使って、グリーフシードもかつかつだってのに、住処までに魔力なんて使えないわ。

 

「そもそもキミは、何故そんなにころころ住居を変えるんだい?」

「そういうのが、性に合ってるの」

 

 あたしは、一つの場所に定住しないって決めているのだ。

 留まるとしても、長くても数ヶ月、短ければ数日程度。あちこちを放浪して、風のように生きるのがあたしの生き方。

 そういうの、気楽で良いじゃない?勿論、辛いこともあるけれど、縛られるのってつまらないじゃない。

 

「まあ、お喋りはここまでにして。今日も行くよ、インキュベーター」

 

 そう言うと、あたしは椅子から立ち上がって肩を差し出す。するとキュゥべえは仕方なさそうに、あたしの肩に飛び移った。

 あたしはそれに満足げに微笑むと、駅から出て行った。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ソウルジェムを手の平に乗せ、魔女を探して街の中を歩く。

 魔女というものは、基本的には世の中の影に潜んでいる。だから、悪意に満ちた場所や、人がいない暗い場所なんかを好む。そういったところを重点的に回るのが、魔女探しのセオリーだ。

 でも今回は、ちょっとそれから外れて魔女を探している。あたしはあえて、人が多い場所を回っていたのだ。

 

「何でそんな非効率的な探し方をしているんだい?」

 

 案の定、肩に乗っているキュゥべえから突っ込まれる。あたしはよくぞ聞いてくれた、と得意げに語って見せた。

 

「だって、ここ最近“色”が活発になってきているじゃない。だったら魔女だって“色”に散々追い回されてるはずだよ。そしたら、中にはこういう風に考える奴がいてもおかしくないじゃない?“人が多い場所に隠れてた方が、あえて見つかりにくいのではないか”って」

「その可能性は考えてもいなかったよ。捻くれ者のキミらしい、興味深い着眼点だね」

 

 ……キュゥべえって、どうしてこう的確に嫌なとことをついてくるのかしらね。本当、むかっ腹が立つわ。後でぐりぐり〜って頭をしてやろうかな。

 

 そんなことを思いつつ、あたしは目の前に広がるビル街を見渡した。

 ここら辺には元々、こんなものはなかった。ただ空き家ばかりがあって、薄暗い幽霊でも出そうな場所だった。

 それが五年前、再開発によってビル街に変わったのだ。おかげで深夜だというのに、結構街中は明るくて騒がしい。……まあ、二年前はここまでじゃなかったと思うけど。

 ちょっとあたしは、複雑な気分になった。

 過去に囚われないと決めているのに、あたしは未だに過去を懐かしいと感じている。そのことが、何よりも過去に囚われている証明のように思えたのだ。

 

 あたしはかぶりを振ると、ビル街を抜ける。お洒落と評判の大型ショッピングモールにまでやってくると、ソウルジェムが光った。魔力反応を感知したのだ。

 その魔力反応を頼りに、従業員用の駐車場に回り、非常口と書かれたドアを開ける。ソウルジェムが、一際強く輝く。どうやらここに、

魔女がいるらしい。

 

「君の考えはビンゴだったね、こゆり」

 

 珍しくキュゥべえが褒める。

 ……いや、本当に褒めてんのかどうかは分かんないけど。もしかしたら褒めてないかも。ビンゴだったね、って言ってるだけもの。

 

「あらよっと」

 

 魔力を操作して、魔女の住処、結界をこじ開ける。するとその入り口が、不可思議な文様として正面に可視化した。

 

「んじゃ、魔女狩りといきますか〜」

 

 あたしは気だるげにソウルジェムを掲げた。魔力の光が体を包み込み、あたしの服を別のものへと変換していく。

 光が収まると、あたしはフード付きのワンピースを着ていた。魔法少女としては、比較的地味な格好だ。派手な部分は、ベルトにあるソウルジェムくらいなものか。

 そんな格好に不釣り合いな、武骨なウォーハンマーを召喚して手にする。それは体の一部と感じるほどしっくり馴染んでいて、柄も七十センチぐらいだから、かなり取り回しやすい。

 あたしはその感覚に頷くと、結界へ足を踏み入れようとした。

 と、瞬間、ある事に気がつく。

 結界の魔力が、かなり乱れている。この魔力パターンは……、誰かがいる?しかも結構苦戦している感じがするわね。

 

「助けるかい?」

 

 尋ねてくるキュゥべえ。勿論、即答した。

 

「助けない。でも、魔女は倒す」

「それは助けると同じ意味なのでは?」

「違う違う。全然違うから」

 

 あたしは、グリーフシード欲しさに魔女を倒しに行くだけだ。助けに行っているわけじゃない。中で先に戦ってる子のことなんて知らないし、あたしには関係ない。

 

 あたしはハンマーを携え、紋章の中へ飛び込む。

 刹那、体が捕食されるように結界の奥へ奥へと体が引っ張られた。

 進む度に扉が現れては、あたしはそれを潜り抜けて先へ行く。あたしはまるで、トンネルを通っている感覚に陥った。

 

 やがて、最後の扉が開かれ、広大な空間が広がる。

 そこでは、線路が無数に入り乱れるように走っていた。だが駅舎などは見当たらず、踏切らしきものもない。あるのは、線路を避けるように等間隔で生えた、電線がない電信柱だけだ。

 その色合いは、サイケデリックと呼ぶに相応しいものだ。空がやけに黄緑色で、電信柱は蛍光色。かなり目に痛い配色だ。

 そんな世界を打ち壊すように、さっきから、ドドドド、とタンパが発するような豪音が鳴り響いている。

 その音源は、外套姿の魔法少女が持っている機関銃。彼女が銃弾のような針を、機関銃から打ち出しているのだ。

 その攻撃の対象は、髪が長い女性姿の上半身……、いわゆるテケテケである。服装は少女のせいかボロボロで、血みどろだ。全身から酷い異臭がする。

 あれはたぶん……、いや、絶対に魔女だ。仮に、テケテケの魔女とでも呼んでおこう。

 

「ヒィ!!離れて、離れてよぉ!!」

 

 魔法少女がパニックになりながら、悲鳴を上げる。それもそのはずで、魔法少女が絶えず機関銃を打っているにも関わらず、テケテケの魔女は前進し続けているのだ。

 様子からみるに、攻撃は多少利いている程度で、まあ魔女からすればちょっと痛いだけだろう。気にしている素振りはまったくない。これでは、魔法少女が怖がるのも頷ける。

 最早あの魔法少女が魔女にやられるのは、時間の問題と言えた。しかし、さらに駄目押しとばかりに、ここで魔法少女にとって恐らく一番最悪のことが起こった。

 銃弾たる針が尽きたのだろう。機関銃が、突然針を打ち出すのを止めた。

 少女の顔が絶望に染まる。その機関銃は、この場で唯一の頼みだったのだ。それが動かなくなったということは、高所で命綱が切れたのと同じ意味だ。

 テケテケの魔女の速度が速まり、魔法少女へ鋭い爪が生えた手を振り上げる。魔法少女は諦めたように、ぎゅっと強く目を瞑った。

 あたしは魔女が魔法少女に襲いかかる前に、軽くハンマーを投擲する。

 瞬間、ごしゃ、と醜い音が響く。テケテケが吹き飛び、遠くの地面へ激突した。

 

「……助けないんじゃなかったのかい?」

「あたしは助けてない。攻撃のタイミングが、たまたま被っただけ」

 

 肩でとやかく言うキュゥべえに反論しながら、あたしはブーメランのように戻ってきたウォーハンマーをキャッチする。そして膝から崩れ落ち、その場に座り込んでいる魔法少女に近づいて、顔をじろじろ見た。

 外国人なのか、堀が深い目元に、はっきりとした鼻筋。眼鏡をかけており、頬にはそばかすがある。水色が混じった銀髪は上でお団子にされていて、魔法少女の証たるソウルジェムが、お団子を結ぶリボンについていた。

 見かけたことがない魔法少女だ。戦闘慣れしている感じでもないし、十中八九、契約したての“新色”だろう。

 

「……この子知らない子なんだけど、また契約したの?」

「しょうがないじゃないか。マチルダが強く契約を望んだんだ。それに僕としても、彼女との契約は実に好ましいものだからね」

 

 抗議すると、キュゥべえはすぐに言い訳じみた言葉を喋った。

 もちろん、悪びれもしておらず、むしろ堂々としている。態度で、こちらは一切非はありませんと言い返しているのだ。

 もう何度もこのことで抗議しているが、キュゥべえはこういった対応しかしない。本気で何も悪くないと……、いや、それが悪いことだと、彼らは認識できないからだ。

 彼らに善悪は図れない。反社会的なことは理解できるくせに、その根幹部分にある感情を、キュゥべえは正しく把握できないのだ。

 こちらとしては、勘弁してくれよといった感じだ。

 ここのところ、ただでさえ魔法少女が増えて“色”が活発になってきてるってのに、ここに来て魔法少女が一人追加?絶対ろくなことにならないし、荒れるじゃない。そういうの、もう嫌なんだけどなあ……。

 

「なーにが好ましい、よ。体よく利用できそーだとか思ったんでしょ?そんで、骨の髄まで食いつくそってんでしょ。正直言いなさいよ、正直に」

「心外だなあ。そこまで言われるだなんて……」

「お前は言われて当然だよ」

 

 こいつはあたしの家族を殺したうえに、あたしを騙して魔法少女にしたのだ。

 罵らなきゃわりに合わないわよ。そうしないと、やってられない。

 

「あの……。何の話をしてるの……?」

 

 あたしらが話しているのを割り込むように、魔法少女が声をかける。自分だけ置いてけぼりにされたせいか、若干、表情が困惑気味だ。

 あたしは、ちょっと悪いことしたな〜と、頭を少し掻いて、

 

「……えーと、ごめんだけど、話は後にしない?魔女、動き出しているし」

「!!」

 

 思い出したように、外套の少女ははっとする。

 

 テケテケの魔女は、既に起き上がっていた。ハンマーが直撃したと思われる頭部は半壊していたが、それでも無事なようで、腕を使ってのそりのそりと張っている。あれだけの怪我で、痛みを感じないのだろうか。

 

「ひっ!!」

 

 少女は軽く声を上げ、後ずさった。焦りのせいか武器すらも手落として、それに気づいている様子でもない。

 随分とびびりで根性がない子だ。魔法少女になんて向いていない性格だろう。

 ……本当、凄く災難ね。こんな子、すぐに死んじゃうじゃない。

 まあ、あたしには何の関係もないけどね。この子のことなんて知らないし。何処でくたばろうが、それはこの子の自業自得だ。

 

 あたしは彼女のことをほったらかし、魔女へ向かう。その体を粉砕せんと、大きく戦鎚をふりかぶった。

 テケテケがすぐに後方へ大きくジャンプし、ウォーハンマーが避けられる。

 魔女は飛んだ勢いのまま電信柱に手をつける。鉄棒のように電信柱を起点にくるりと一回転すると、こちらへ飛びかかってくる。

 あたしはウォーハンマーで横から魔女を殴りつけ、攻撃を逸らした。

 爪による二撃目も防ぎ、魔女が距離を取ったのを見計らって、地面を叩く。するとあたしの固有魔法、金属操作が働いて、魔女の周りに無数の鉄の刺が隆起した。

 それらはテケテケを串刺しにし、拘束する。あたしは動けず、血を流しながらもがくテケテケの魔女に、悠々と近づいた。

 

「これで、終わりね」

 

 ウォーハンマーを大きく大きく振り上げる。魔力を込めると、白い電気が戦鎚に帯電し始めた。

 あたしは勝利を確信してほくそ笑み、そうしてハンマーを振り下ろそうとして──突如後ろから飛来してくる気配に気がついた。

 

「危ない……!!」

 

 魔法少女が叫ぶ。離れているのでその顔は分からないが、声は酷く慌てていた。

 だが、御生憎さま、あたしも伊達に“古色”ではないのだ。心配せずとも、あたしからしてみれば、こんな攻撃生温い。

 

「そんなの、きかないよ、っと!!」

 

 前を向いたまま、腕を後ろへ回す。上げていたウォーハンマーがくるりとあたしの横で弧を描き、背後から迫る何かを下から殴りつけた。

 嫌な感触が、柄を伝って感じられる。攻撃は、確かに直撃したようだ。

 僅かに後ろを見ると、そこには全裸の女体の下半身が立っていて、太腿を凹まさせてよろめかせていた。

 恐らく、魔女の一部だ。魔女が気を狙ってこの下半身を操り、奇襲を仕掛けたのだろう。

 上半身と下半身でそれぞれ別個に動くことができるなんて、なかなかユニークな能力だ。

 でもそれなら、こーんなしょぼいことじゃなく、もっと別のやり方で攻撃する方法がいくらでもあるだろうに。ちったぁ、あたしを楽しませろってんだよ。

 

「そんじゃ、いっちょやりますか!!よっこいせ、っと!!」

 

 ウォーハンマーに魔力を込めると、再度思いっきり地面を叩く。

 魔力が地面を伝い、上半身と下半身がいる場所に送られる。あたしの合図で、地中から鉄の木が生え、真下から魔女の体がそれぞれ貫かれる。

 魔女は絶叫すらせず、絶命する。結界が散り、あたし達は元の非常口前に戻ってきた。

 残念ながら、グリーフシードは見当たらない。どうやら、今回は外れだったらしい。

 あたしは、はあとため息をついてから、魔法少女の方を向いた。そこで、あたしは少しにんまりと笑った。

 魔法少女が目を見開き、あたしを見ていたのだ。あたしが華麗に魔女を倒したので、驚いているに違いない。

 その視線に、ちょっと気分が良くなってくる。やっぱ、こういう風に見られるの、悪い気しないのだ。

 

 キュゥべえが肩を降り、魔法少女へ歩み寄る。

 魔法少女は人の良さそうな笑顔を浮かべる。完全に、キュゥべえを信用してなきゃできない表情だった。

 

「無事かい、マチルダ」

「うん。何処も怪我はないよ。この子が助けてくれたお陰で……」

 

 そこで、魔法少女はしまったという風に慌てて、立ち上がってあたしに向き直る。

 そして少し申し訳なさそうにお礼を言った。

 

「ありがとね。私を助けてくれて……。貴女がいなきゃ、本当に天国に行ってたよ……」

「……。えーと、何言ってんの?あたし、別に貴女を助けたつもりないから」

「へ?」

 

 きょとんとする魔法少女。

 あたしは彼女に言い聞かせるように、丁寧にしつこいぐらいに念を押した。

 

「良い?あたしはグリーフシードが欲しかっただけ。魔女を倒したかっただけなのよ。貴女はそこに、たまたまいただけよ。あたしはこれぽっちも貴女を助けようなんて、考えちゃいない」

「で、でも、あの時ハンマーを投げてくれなきゃ……」

「それは、魔女が隙だらけのタイミングだったから。つまり、チャンスだったから攻撃しただけ」

「そうなの……?」

 

 魔法少女が訝しげに聞くので、あたしはそうなんだって、と強く主張する。

 するとキュゥべえが、横槍を入れてきた。

 

「さっきと言い分が違うよ、こゆり」

「インキュベーター、マジ黙れ」

 

 余計なことばっか、言ってんじゃないよ。この子に勘違いされたらどうするの。

 

「この子……」

 

 魔法少女が面倒臭いものでも見るように、うんざりとした顔になる。

 ちょっと失礼だ。でも、このあたしに向かってそんな態度をするなんて、ますます“新色”っぽい。

 あたしは、この子のために忠告した。

 

「……貴女、“新色”だよね?なら、“古色”に対する態度は気をつけた方が良いよ。そのまんまじゃ、“色”に入った時も困るだろうし」

「“新色”……?“古色”……?“色”……?」

「“新色”は新人。“古色”はベテラン。“色”はこの地域で有力な魔法少女グループのことだよ。この地域では、そういった独特の呼び方があるんだ」

 

 首を傾げる魔法少女に、キュゥべえがさらに詳しく説明する。

 この地域、寝巣扉都市圏──寝巣扉市を中心に、牛木草市、いさ土市、トメ井市、飛雄角市で構成された都市圏──は、十年前から急速に都市開発を進め、大都会に生まれ変わりつつある地域だった。

 特にここ二年は異常な程発展を遂げており、様々な経済格差、人口増加による土地問題、文化を無視する若者と、文化を守ろうとする老人の軋轢など、色んな歪みを見せている。

 そんな歪みからか、魔法少女の数も二年で急増した。彼女達は新人であるが故に、他の縄張りを知らずに侵したり、グリーフシードを得られず、勝手に盗んだりと、多くの問題を発生させた。

 魔法少女が多い場所では、問題行動を防ぐ、土地自体を統率するリーダーや派閥というものがあるが、しかし寝巣扉都市圏は“前は魔法少女が平均的な数”しかいない普通の土地であったため、そういう存在はいないのだ。

 寝巣扉都市圏は、いわば無法地帯のようなものだった。何をしても良いし、どんな非道なことだろうと、見逃されてしまう。犯罪すれすれの行為をする者達が横行し、魔法少女社会は大混乱に陥っていた。

 そんな現状を変えようと立ち上がったのが“古色”──ベテラン魔法少女だ。彼女達はそれぞれ、後に“色”と呼ばれる魔法少女グループを結成し、その魔法少女を管理しようと努めたのである。

 だが、幾ら立派な志を持とうとも、“古色”達も所詮は人間。他の“古色”に支配されることを嫌い、互いのルールの敷き方に納得できず、争いが勃発。

 現在、この寝巣扉都市圏では、“古色”達が“色”を引き連れて、土地全体を支配しようと縄張り争いを繰り広げている。リーダーの下克上も平然と行われており、戦国時代もかくやという状況なのだ。

 

「……嘘。そんなことって……」

 

 キュゥべえの話をすべてを聞き終えると、魔法少女は愕然として震えた。

 そんな状況になっているなんて、予想できるはずもない。魔法少女が動揺するのも、無理はなかった。

 

「何とかならないの?皆、共通ルールを作ろうとしているだけなんだよね?……こんなのおかしいよ」

「誰だって、自分が美味しい思いをしたいからね。不利益が生じたり、損をするのは嫌なのさ」

 

 それに、問題行動を正そうとすればするほど、反発なんかも生まれるし、その反発からさらに別の問題行動も生まれて、周りに悪影響を及ぼしたりするんだよね。

 だから、二年前から何も変わっちゃいないし、進展もしてない。相変わらず、“古色”達は揉めている。混乱は、まだまだ続いているのだ。

 

「この地域は、生き残るのが難しい、魔法少女にとっては最低の環境よ。無所属は誰からも攻撃される。だから“色”に入っていた方がいいよ。そうすれば、とりあえず生き残れるから」

 

 何処にも所属していない者は、無法者だ。何をしても自由な代わりに、誰からも疎まれる。

 特に“新色”は酷い目にあいやすい。あたしだって最初の頃は殺されかけたのだ。安全のために、“色”の庇護下の下についていた方が良いだろう。

 

「……そうだね。さっさと何処かの“色”に入った方が良いかも」

 

 魔法少女は眼鏡の柄に触った。もしかしたら、不安になった時の癖かもしれない。

 

「けど、貴女は“色”に入ってるの?えーと……」

「こゆり。色梨こゆり」

 

 詰まったので、あたしは自分の名を名乗る。

 魔法少女も、こゆりね、と復唱してから、気づいたように今更自己紹介をした。

 

「私も名乗っておかなきゃね。私は、地水マチルダっていうの」

「……ハーフ?」

「いや、純ロシア人」

 

 それなのに、苗字が日本なのか。まあ、何か理由でもあるのだろう。親が日本に帰化したとか。

 

「それでこゆりは、“色”には所属していないの?」

「あたしは“無彩色”……、無所属だよ」

 

 するとマチルダが、心配そうな顔になる。無所属は危ないって言ったばかりなのに、そのあたしが無所属だからね。そりゃあ、そんな顔にもなる。

 

「それって危ないんじゃ……」

「あたしは平気。一応“古色”だし、貴女だって、あたしの戦っているところ見てたでしょ?」

 

 そう胸を張ったが、マチルダは心配するのを止めない。案ずるような視線であたしを見てくる。

 そのマチルダのお人好しっぷりに、逆にこっちが心配になってくる。だって、お人好しって基本良いことなんて何もない。自分を犠牲にして、他人のために頑張っちゃうし。

 

「心配せずとも、彼女なら大丈夫だよ。むしろ、実力はこの地域でも折り紙付きだよ。なんせ、特定の縄張りを持たずとも、その腕だけで二年間も一人で生き抜いてきたぐらいだからね」

「一人で……!?」

 

 マチルダは瞠目し、大きい声を出す。弱い彼女にとって、あたしみたいなのは、信じられないんだろう。

 

「貴女、仲間いないの……?」

「そうだけど、それが何か?」

 

 するとマチルダは、考えこむように目を伏せた。また、眼鏡の柄に触れ、しばらくの間黙り込む。

 そして、ぱっと思いついたように顔を輝かせた。

 

「ねえ、こゆり。良かったら、私と一緒にチームを組んでよ!!」

「はあ?」

 

 何言ってんだ、いきなりこの子は?

 この子とあたしが組んで、チームを結成する?冗談じゃない。

 仲良しごっこなんてしたって、何の得があるわけ?ただ馴れ合ってるだけじゃない。

 

「嫌だよ、そんなの。あたしは“無彩色”のままでいい。ていうか、“色”に入るんじゃなかったの?」

「“色”に入るのはやめた!!」

「……マジで?」

 

 信じられない。意見をすぐ変えちゃうだなんて、あたしだったら、そんなのしないよ。

 この子……、結構、面倒臭い子だな。あたしとは別の意味で。

 

「素直に入っときなさいよ。あたしといたって碌なことにならないわよ?」

「それでも、私こゆりをこのままにするの、嫌だな。それにこゆり強いから、こゆりの側にいれば安全だし、私もこゆりに何かあったら助けられる。何より、魔女狩りも効率が良くなる!それに、一人って寂しくない?」

「……寂しい?」

 

 ……何それ。訳わかんないんだけど。

 思わず、戸惑ってしまう。胸の内がざわざわして、酷く不愉快だった。

 

「うん。私は一人って、寂しいと思うんだ。仲間がいた方が、楽しいよ」

 

 あたしの気なんて知らず、マチルダは言葉を続ける。人を疑わない、綺麗で眩しい笑顔で。

 

 あたしの中で、苛立ちが生まれる。知ったような口を聞かれて腹が立ったのだ。

 決めつけたみたいに、上から目線で偉そうに。

 仲間がいても、裏切ったり、裏切られたりするだけ。とても、他人なんか信用できないわよ。

 

「……ふざけんな」

「……?」

 

 マチルダがあたしの様子に不思議がる。あたしはますます腹立たしく思えて、マチルダに吠えた。

 

「他人なんて信用できない。他人はすぐ裏切るの。それをアンタは軽々しく……。……あたしを馬鹿にしてんの?」

「……そ、そんなつもりは!!私はただ……」

「あたしは、もう他人と分かり合おう、共にいようだなんて思えない。……どっか行きなさい。帰れ」

 

 ハンマーを向けて脅す。マチルダはそれをじっと見て、悲しそうに顔を俯かせた。

 

「……分かった。じゃあね、キュゥべえ……」

 

 変身を解くと、背を向けてマチルダが去っていく。あたしは、ふんと不機嫌に鼻を鳴らした。

 キュゥべえが、あたしの足元までやってくる。そのビー玉みたいな赤い目が、あたしを射抜いた。

 

「こゆり、何も追い返す事はなかったんじゃないかい?キミにとってもそう悪い話ではなかっただろう?」

「…………。悪い話に決まってるでしょ……」

 

 今更、そんなこと言われても困る。あたしの決心、踏みにじっているようなもんじゃん。

 

「そこまで、突っぱねるのかい?」

「ええ、あたしは、このままがいいから」

 

 そう言って、何度も心の中で頷く。これで良かったんだって。

 だが、どうしてなのだろうか。苦々しい思いが広がって、心臓をきゅぅと締め付けくる。

 何よ、これ。これじゃ、まるで後悔しているみたいじゃない。

 あたしは別に、寂しくない。今まで十分やってきたじゃない。

 あたしは今のままが一番良いの。他人なんて……分かり合えないんだから。

 

「そうだよ……」

 

 二年前を思い出せ。今更この信念を崩すな。

 あたしはあの時決めたじゃない。信じられるのは、自分だけだって。自分の気の向くままに生きようって。

 あたしは、自分から──




色梨こゆり
“無彩色”の魔法少女で、二年前から活動している“古色”。牛木草市出身。プロローグ時点では十六歳。一章では十四歳。
頑固で偏屈。天邪鬼で捻くれ者。拘りが強く、それを曲げることを何よりも嫌う。おまけに結構マイペースという、面倒くささの塊のような人物だが、寂しがり屋で、よく他人に相手をしてもらえないと拗ねてしまう。実は結構俗っぽい。
寝巣扉都市圏の各地を放浪しており、一定の場所に住まず、縄張りも持たない。仲間もおらず、他人にはキツイ態度を取る。“色”からは厄介者扱いされており、風来坊と忌み嫌われている。

今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?

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