結界は消えた。風景が路地裏へと戻っていく。
あたし達も変身をとき、普段の姿へと戻る。
ふう、と溜息をつく。
今回の魔女は、色んな意味で強敵だった。特に結界自体が罠として機能するなんて考えたこともなかった。
……やっぱり、慣れてきたから油断してたのかもしれない。これから先生き残るためにも、注意していかないと。
その思っていた時、突然ドン、という衝撃が体を走った。柘榴がはしゃいで、あたしと歌羽をまとめて抱きしめたのである。
「やったー!!勝てたよ!!」
「うぐ!!……く、首がしまって……」
腕の当たりどころ悪かったらしく、歌羽は青くなっている。
あたしの方は歌羽ほど苦しくはなかったが、すっかり戸惑ってしまった。
「な、ななな……、何をして……?」
「ハグだよ」
「そ、それは分かるけれども……!!」
だからって、いきなり抱きしめる奴がどこに居るのよ!!火が出るぐらい恥ずかしいんですけど!!
「ありがとう!!魔女狩りがこんなに上手くいくなんて思ってなかったよ!!これも二人のお陰だよ!!」
しかし、そんなあたしの心の叫びには気づかず(当たり前ではあるが)更に柘榴は抱きしめる力を強くする。
流石に助けてくれ!!とキュゥべえを見るが、彼は知らんぷりだ。
この野郎……。あとで痛い目みさせてやる……!!
「ぞ、ぞうがな……?こゆりはどもがく、うだ、あまり何もやっでないんだけど……?」
歌羽が喉を圧迫されているためか、濁音混じりの声で苦しそうに問い返す。
それにキュゥべえが柘榴の代わりに答えた。
「何を言っているんだ、歌羽。キミが指揮をとって、戦いに一番貢献したじゃないか。
まあそれを抜きにしても、魔女戦においては三人とも、初めての割に連携が取れていたと思うよ。キミ達、案外チームとしてやっていけるんじゃないのかい?」
「ち、チーム……、マジで?」
胡乱に思い、半目になって聞くあたし。歌羽も予想外の展開に返事に困ったような反応をしている。
だが、柘榴は本気にしたらしい。一層はしゃぎ、キラキラした目であたし達を見た。
「本当?なら、チームを組もうよ!!二人となら心強いし、魔女狩りも楽勝になるよ!!何より楽しそう!!」
「……」
あたしは思わず、その目から顔を背ける。
“楽しそう”とかいうふわついた理由が、何故かあたし自身を馬鹿にされているように気がして、気分があまり良くなかったのだ。
……それに、魔女狩りが楽勝になることなんてない。どうせ、あれは“まぐれ”だったんだから。
「……無理よ」
「……?」
柘榴がぽかんとする。あたしがあまりにもはっきりと、断ったからだろう。
「何で……?」
「……連携が取れたとか、気のせいだからよ。あれは歌羽が頑張って指示をしたからそなんとかなっただけ。また一緒に戦ったら、どうせガタガタになるわよ」
「それはただの屁理屈じゃないのかい?指示を聞くにしても、協力しようとしなければ、ああも上手くはいかなかった」
キュゥべえが何か言ってくるので、あたしはムッとして睨みつける。
「馬鹿言わないでよ!!上手くいっていたとしても、あれはまぐれ。まぐれなのよ!!だからあたしはこの子と一緒にいちゃいけない!!最初から組まないほうが良いに決まってる!!」
「……やれやれ。こうも情緒不安定だとやりにくいね」
小動物は困ったような仕草をした。
怒りが自然と込み上げてくる。だって、しょうがないじゃないか。さゆりが死んでから、どうしてか感情が止まってくれないんだもん。
「……ねえ、どうしても駄目なの?」
柘榴は悲しげ瞳を少し揺らす。あたしはそれに、首を縦に振った。
「……ていうか、良い加減離してくれるかしら。歌羽が死にかけてる」
「え、うわ、ごめん」
柘榴が慌てて抱きしめるのを止める。顔を青くさせるどころか、口から泡を出していた歌羽は解放されて、必死に深呼吸を繰り返している。
……そうしてしばらくたってから、彼女は何とか元の顔色に戻り、柘榴の誘いを断った。
「ごめん、柘榴。……うたも、チームは組めないかも。……悪いけど、団体行動って苦手でさ。上手くやっていける自信がまったくない」
「ええ〜……」
柘榴は僅かに眉を下げる。テンションがただ下がりなのは、見ていて明らかだった。
そんな彼女にキュゥべえが、仕方がないよ、と言って慰めた。
「またチームが作りたいと思ったら、別の子を誘えば良い。牛木草にはまだまだ、色んな魔法少女がいるのだから」
「ちえ……、分かったよ」
すっかりいじけてしまったらしい。柘榴はそっぽを向く。
しかし、地面にあった“それ”を見た次の瞬間、不思議そうに首を傾げた。
「ん?何あれ?」
その視線の先にあったのは、アスファルトに刺さった、黒くて球状の宝石だ。
あたしも、今初めて気がついた。どうやらあの魔女は、“当たりだった”らしい。
「キュゥべえ、これ何なんなの?」
「グリーフシード。魔女の卵であり、ソウルジェムの穢れを取り除いて、魔法少女の魔力を回復できる便利な代物だ。時々魔女を倒すと落ちてくるんだ」
「へ〜、なら早速浄化を……って、いきなり何するの?」
無遠慮にグリーフシードに伸びる柘榴の手を、歌羽が自分の手で遮った。
驚いているあたしと柘榴の目の前で、歌羽は厳しい顔をして言った。
「……ここはこゆりの縄張りだから、勝手に拾っちゃ駄目。まずはこゆりにこのグリーフシードをどうするか聞かないと」
「どういうこと……?」
無表情のまま、僅かに小首を傾げる柘榴。
歌羽は沈んだ口調で、説明した。
「うたもさっき初めて知ったけど、その魔法少女がグリーフシードが手に入れられる範囲、つまり魔女の狩場が、そのまま魔法少女の間ではテリトリーになっているんだって。
今回は非常事態だったから一緒に戦ったけど、普通じゃ敵対行為なんだよ。だから、ここはこゆりの顔を立てないと……」
「……、何、その面倒くさいルール」
柘榴はテリトリーのことを初めて知った時のあたしと、全く同じような感想を口にした。
「……グリーフシードなんて、互いで融通し合えばいいじゃない。魔法少女ってのは危険な仕事なんでしょ?それなのに、自分達でいがみ合って馬鹿げてる」
「まあ、そうなんだけど、そう上手くもいかないんでしょ。赤の他人と協力できる奴はどれくらいいるの?皆、柘榴が思ってるより冷たいよ」
イラつくぐらいの綺麗事に、歌羽は自分の考えを述べる。
その意見は厳しくもあったが、正しいと思えるものだった。
この世の中、優しい人ばかりではない。悪意はいつもあたし達の身の回りで渦を巻き、いつ襲い掛かってきてもおかしくはないのだ。
でも、柘榴は、え〜、と言って訝しがっている。どうやら歌羽の言っていることが認められないらしい。
……ちょっと心配になってくる。いくらなんでも、警戒心がなさ過ぎるように思えたのだ。
「こゆり、グリーフシードはどうするんだい?」
「皆で使う」
キュゥべえが柘榴の肩から降りて、こっちへ寄ってくる。
あたしは魔女の種を拾いあげ、ぼそりと答えた。
「良いの?グリーフシードは貴重で大切なものだって……」
「別に良いよ。どうせ独り占めしたら、なんかあたしだけ悪者みたいになるし」
歌羽に気を使ってもらっておいて、そんな横暴な態度を取るのは流石にできない。
それにグリーフシードをあたしだけの物だと主張したら、柘榴が何か言ってきそうで面倒くさい。
「でも、これも今回限りよ。歌羽には既に言ったと思うけど、今後あたしの縄張りで魔女を狩ったら半殺しにするから」
グリーフシードを自分のソウルジェムに当てて浄化しながら、あたしは目の前の魔法少女達を睨みつける。
反応はやっぱりまずまずで、歌羽は釈然としないが仕方がない、といった雰囲気を出し、柘榴は面倒だな〜と真顔で呟いた。
そして、柘榴はあたしが歌羽にグリーフシードを渡している間にも、キュゥべえと話を続けた。
「ねえ、縄張りの問題ってどうにか何ないんの?」
「解決するのは難しいね……魔女狩りをするのは命がけだから、皆、見返りは自分の元に独占しておきたいんだよ」
「でも仲間同士で助け合えば……」
「テリトリー問題がある限り、魔法少女は基本孤立する。周りが敵だらけなのだから、簡単に他者を信じられないんだよ」
「……そうなんだ。だから、早島に行った時見かけた水兵の魔法少女の子は一人だったのか……」
何気なく柘榴が発した一言に、あたしは目を見開く。
早島。魔法少女。一人。
それに合致する特徴を持つものは、あたしが知る中では、
つまり……、
「柘榴、アンタ、サチを見たの?」
「サチ……?」
柘榴と歌羽が、揃って訳が分らなさそうにする。早島にも魔法少女にも縁がないため、当然サチのことが分からないのだろう。
「早島で活動してる、あたしと同盟関係にある魔法少女よ。こう、肩まで髪があって、小学生ぐらい、いや実際小学生なんだけど、その中でも小柄な身長で、気の強そうな……」
「ああ……、確かに私が見たのはそんな感じの子だったかも」
ジェスチャーをしながらサチの容姿を説明すると、柘榴はそうだ、と頷いた。
「一体いつ見たの……?」
「三日ぐらい前かな。
早島で雑貨屋に行った時、丁度一人で静かだったからかな。裏で物音が聞こえたんだ。それで様子を確認したら、そのサチ?って子が魔女の結界から出てきてさ。私、もう興味津々になって、魔女のことが知りたくてキュゥべえと契約したんだ」
「……、なんてことを……」
それを聞いて、嘆いてしまう。
……あたしが言えた義理じゃないが、そんな単純な理由で契約してしまうなど、考えなしにも程がある。
それでどれだけ酷い目に合うか、あたしはつい最近になって思い知った。
だからこそ胸が痛く、キュゥべえの卑劣さに怒りが込み上げてくる。
多分この子はサチと同じタイプで、人を信じやすい。……将来あたしよりも嫌なことが起こるんじゃあ……。
ていうか、サチもサチで何やっているんだろう。あたしよりも魔法少女歴は長いんだから、一般人に見られないよう配慮はしていると思うんだけど。
……やっぱり、入理乃が居なくなって調子が悪くなっているのかもしれない。
それに気づけないなんて、あたしは馬鹿だ……。どう接して良いか分からないという言い訳でサチから逃げて、ほったらかしにしてしまってたのだ。
でも、とにかく柘榴のことだけは報告しないと……。柘榴、興味があるものには何でもツッコミたがるようだし、その内サチのところまで行くかもしれない。
「キュゥべえ、貴方うただけじゃなくて、他の子にもそういった詐欺みたいなことしてたんだね……」
歌羽がはっきりと“詐欺”という言葉を強調する。
表情もそれに合わせてか、少ししかめっ面になっていた。
しかし、この白い獣には通用はしない。淡々と流されてしまう。
「ボクは契約を望まれたから、柘榴に答えただけだよ」
何か問題でもと、キュゥベえはこちらを見ながら圧をかけてくる。
……あたしが柘榴について聞きたがっているのを、気がついたのだろう。
それで、この場では柘榴と契約した本当の理由は話さないと暗に伝えてきたのだ。
ま、こっちもそれで構わない。こういう話は、じっくりと二人で話すべきだ。
「うん。
あまりキュゥべえを責めないでやって。彼の言う通り、私が望んでなっただけだもん。魔法少女が危険だろうと、戦っていく覚悟は出来ているんだから」
柘榴はほぼポーカーフェイスながらも、キュゥべえを庇う姿勢をとった。
それが妙に、すれ違っているのを感じさせる。戦っていく覚悟〜とか言っている辺りも、拍車をかけてる。
恐らく、あたし達の言葉の意味を分かっていないのだろう。
「……こゆり。そのサチって子に、会わせてくれないかな?」
ふと、何故か歌羽が、そうせがんでくる。
あたしは、サチを他の人と対面させることに不快感を覚えたのだろう。一気に不信感が増し、無言で目つきを鋭いものにさせる。
そんなあたしの代わりに、キュゥべえが質問した。
「その理由は?」
「先週、他の場所で会ったベテランの牛木草の魔法少女に、早島の魔法少女が居なくなったから、キミも気をつけろって言われて……、その後色々気になって少し考えてさ、うた、気になることが出来たんだよね。
それを行方不明になった子と同じところで活動しているそのサチって子に、直接質問したいと思ったんだよ。……これは、うた達牛木草の魔法少女全員に関わることだから」
「……」
“牛木草の魔法少女全員に関わること”。
そう言われては、あたしもサチとは会うな、と強く言うことは出来なかった。
それは柘榴でさえ驚きのリアクションをとるほど、重要なことだったからだ。
「……私、名前とか詳しいことは聞いてないけど、早島の子が二人行方不明になってるってことはキュゥべえの話で知ってたよ。でも、それが何で牛木草の私達と関係があるの?隣の市で起きたことじゃない」
「だからこそ、だよ。いつだって、脅威が迫ってくるのは隣からだ」
歌羽はぎゅっと、拳を軽く握りしめた。
さっきから思っていたが、結構慎重なタイプよね、この人。見た目からは全然そんな印象ないのに。
「こゆり。歌羽は入理乃までとはいかないが、頭は多少良い。その気になっていることが、案外的を得ているかもしれないんだ。
彼女をサチに会わせてくれないかい?それが駄目ならせめて電話させてくれないかな」
「………良いわよ。事情が事情だから、サチに直接会わせてあげる。あと、すっごく嫌だけど、柘榴もあたし達と一緒に来て」
「え、私も?」
無表情だが、驚いたようなポーズをとる柘榴。あたしは呆れた眼差しを向けた。
「歌羽が言ってたでしょ。その気になっていることは、牛木草の魔法少女全員に関わるものだって。なら当然、柘榴も来るべきよ」
「……ああ、なるほど」
納得したようにそう呟く柘榴。その後数秒ほど黙り、
「……こゆり、こっちのこと考えてくれたんだ。グリーフシードも使わせてくれたし、意外と優しいんだね」
「ふぇ……!?」
ストレートに伝えられた言葉に、つい声を上げてしまう。
こういうのって、あまりされてこなかったのだ。全身がむず痒くなって仕方がない。
「あ、あう……」
恥ずかしさで顔を赤面させ、俯いてしまう。
しかも、あたしの反応に歌羽が意外そうにしているのが更に恥ずかしかったのだった。
◆◇◆◇
その後あたしは歌羽のスマホを借りると、サチへと連絡を取った。
サチは見知らぬ番号に驚いたのか、初めは警戒心を持って出たが、あたしだと分かるや否やほっとした声を出した。
あたしは丁寧に、一つ一つ事情を話した。特に柘榴の件については我ながら慎重に言葉を選んだ。
そのおかげか特にショックを受けた様子もなく、すんなりとサチはその話を流した。それどころか、早く歌羽と柘榴に会ってみたいと言いだし、集合場所を牛木草と早島の境にある空き地にすることを提案。そのまま切られてしまった。
「……と、いうわけで、この場所に来いってさ」
あたしは歌羽に引き続き許可を取ってスマホを使用し、インターネットの地図で集合場所を表示した。
その距離は、電車を乗れば十数分とかかりはしない。だが、柘榴はあちゃーというポーズを取った(もちろんポーカーフェイスで)。
「もしかして、電車代がないのかい?」
「実はそうなんだ。今日は寝坊して学校遅刻しちゃったから、財布忘れてきたんだよ」
「なら、お金を誰か貸してあげたら良いんじゃないかい……?」
「いや、その必要はないよ。二人とも、路地裏から出てちょっと歩道のところで待ってて。うた、すぐ戻ってくるからさ」
「あ、うん」
走ってここから歌羽は離れていく。あたし達は言われた通り、人通りが少ない開けた歩道に出た。
やがて、二十分ぐらい待った頃。道路の向こうから、うるさいエンジン音と共に黒い物体がこちらへやってきて、側で止まった。
それは、サイドカーをつけた中型のバイクだった。その上にはヘルメットをつけた歌羽が跨っている。
あたしは一瞬、キョトンとなった。歌羽のゆるふわな顔と無骨なバイクでは、ギャップがあり過ぎたのだ。
「歌羽、すっごい……。バイク乗れたんだね」
「お父さん、バイクが趣味だから無理やり免許取らされたんだよね。このバイクも、家に戻ってお父さんから借りてきたものだし」
しかし、それでもサイドカーをつけたバイクなどテレビの中だけでしか見たことがなかった。
こんなものを持っている時点で、歌羽の父親は相当バイクが好きなんだろうなあ。
「ボロっちいから遠慮せず乗って」
「ありがとう」
あたし達は礼を言い、サイドカーに乗り込む。座席に置いてあったヘルメットをつけ終わると、歌羽が頷き、
「時間もないから、制限速度ギリギリまで飛ばすよ。乗り心地悪かったらごめんね」
そう言って、バイクを発進。文字通り、かっ飛ばしたのだった。
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