深夜も深まった時間。人は寝静まり、辺り一面、世界は闇の中へと包まれていた。
しかし、私には周囲が朧気ながら見えている。それは私の手に握られた炎の短剣が、周りを僅かに照らしているからだ。
私の前にあるのは、ポツンと立つ普通の一軒家。
灯はついていない。この家に住んでいる一家は、今別の場所に泊まっているので、中はもぬけの殻だ。
住宅街からも離れているため、周りに人気もない。
この場にいるのは、私──東ミズハと、阿岡入理乃。そして黒曜富夢の三人だけだ。
皆、魔法少女の姿に変身している。側から見たら、ローブに着物に白黒衣装という、ちょっとしたコスプレ集団に見えるだろう。
「さあ、ミズハ。あれが、お前を竹林へのいじめに加担させた子の家だよ。憎いんなら、早くやっちゃいなよ」
リノちゃんが歌うように、そう私に言った。
ニヤニヤ、くつくつと笑う様は、まるで化物のようで。
ああ、こんなに小さいのに、彼女はどうしようもなく壊れたんだな、と胸が痛くなってしまう。
しかし、こうしてしまったのも一部は私のせいだ。
……仲の良かった妹のような従姉妹が──順那が自分のせいで魔女化したからって、やけになって縄張り争いなんて起こさなければ、リノちゃんはさらに狂わずに済んだ。
たとえ、何かの代わりにされようとも、情を持ってくれていたのは本当のことだったのだから。
だが反面、これは仕方がないことだとも思う。
リノちゃんは愛を歪んだ形でしか認識できないし、知らない。
だからいずれ、その歪みは大きな狂気となって、彼女を支配していただろう。
事実、“別の時間軸”の未来では、リノちゃんはとんでもないことをやらかしたみたいだし。
「ミズハ。リノの言う通り、貴女の手でやりな。貴女はこの家に住んでる子のせいで、魔女になったんだ。その報復は、今しかできない」
対して、富夢は冷徹私を支持を下す。
彼女はリノちゃんとは別の意味で狂っていた。
目が、あまりに冷たいのである。人の大切なものを石ころのように扱い、それを砕くことに何の感情も抱いていない。
……きっと私も、二人のように狂っているに違いない。
少しの逡巡はあれど、自らの望みのために悪逆をやろうとしているのだから。
「……ごめんなさい」
一言謝ると、私は炎の短剣を振るった。
飛びちった火の粉が民家に着き、瞬く間に燃え広がっていく。
煙が夜空にたなびき、灰の嫌な臭いが辺りに充満する。
炎に包まれた家は黒いシルエットとなり、バキバキと柱から倒壊していった。
それはあまりに傷ましく、しかし同時に清々しい。物が壊れる光景は、ある種の美しさがある。
私は家が燃える様子を、ぼんやりと眺めていた。
中に人がいないこともあるだろう。自分でやったのに、どこか罪悪感がない。あるのは、ただ作業が終わったという淡々とした実感のみだ。
……やはり、私は一度“魔女”になったのだ。すっかり、心の一部が死んでいる。
「……アハハ。アハハハハハハハハ!!燃えろ燃えろ燃えろ!!私は、それだけで愛される!!燃えろ燃えろ!!アハハ……アハハハ!!」
リノちゃんが支離滅裂な言葉を吐きながら、醜悪に顔を歪ませて隣で笑う。
これをサチちゃんが見たらどう思うのか。とても同一人物には見えないだろう。
だが、これが彼女の本性なのだ。普段の態度は何重にも被った仮面でしかない。
「……ミズハ、お疲れ様。これで、ここに住んでいた子の“契約”する動機ができたよ」
ぽん、と肩に手をかける富夢。私はそれをしばらく見つめてから、耐えきれなくなって払い除けた。
「何がお疲れ様よ。……ふざけるな。こんな仕事をさせやがって」
夜見鳴子が率いるグループは、寝巣扉都市圏で不幸を巻き散らしている。
それも、小さなものから大規模なものまで。そうやって“目的”のために魔法少女候補が契約する“動機”を無数に作り出しているのだ。
今回の仕事も、その一環。魔法少女の素質がある子が住む家を、家族共々居ないすきに焼き払うことで、契約させようという計画らしい。
それを私にやれってんだから、胸糞悪い話だ。
しかもその子、竹林をいじめたグループのうちの一人だし。
命令だから仕方なくやったけど、本当ならやってなかった。
「どういうつもりよ。私の気持ちも知らずに……」
「そう言われてもねえ。これでも一応気は使ったつもりだよ?」
「どこが──」
「だって、貴女ここに住んでる子のせいで、何もかもめちゃくちゃになったんでしょ?さっきも言ったけど、だったら報復のチャンスを奪っちゃダメだよね?」
呆気からんとする富夢に、思わず無言になる。
私は、竹林のことがそこまで嫌いではなかった。それなのに、この家に住んでる子にいじめを強要され、私の人生は不幸な方向へ捻じ曲がった。
だから確かに……私は彼女に対してはっきりと恨みを持っていたのだ。
「……でも、こんなことをして一体何になるの?本当に、私達の理想の世界が作れるの?」
私は無理やり話題を切り替えようと、今更な質問を口にする。
すると、面白がるように富夢は笑い、
「できるぜ。新人魔法少女を増やすのは、つまりは因果の糸を紡ぐことだからねえ」
「何それ?どういうこと?」
「……“鹿目まどか”の時と、似たようなもの……、だよ……」
そこに、今まで笑っていたリノちゃんが割り込んでくる。口調は元通りの、辿々しいものとなっていた。
「彼女は暁美ほむらのせいで……、すべての原因の中心となって膨大な因果を背負うことになり、やがて“女神”に至るまでの力を手に入れた……。
それと同じように……、私達は、“夜見鳴子”という存在を……、すべての厄災の中心にさせて力をつけさせ……、この世界を改築する。
そのために“夜見鳴子”の手足たる私達が、新人魔法少女を増やし……絶望の連鎖を引き起こすんだよ……」
「うーん……、分かったような……、分からないような……」
私は微妙に理解できず、首を傾げる。
あんまり頭の出来はよろしくないので、因果がどうのこうの言われてもピンとこない。
「ま、そこら辺は後で“結界”に戻ったら、一から説明するよ。今はさっさとずらかろ。警察来ちゃまずいしね」
そう言うと富夢はマイペースに欠伸をしながら、くるりと背を向けて歩いて行った。
リノちゃんも再び笑いながら、それに続いていく。
私だけが一人、暗い表情でその場に残る。炎の臭いは、いつまでも肺にこびりついていた。
◆◇◆◇
柘榴との再会は、小豆さんから共同体の話があって、数日してからのことだった。
うたはその日、からりと晴れた青空のもと、外をぶらついていた。
休日だったので、特に何かをやる気にもなれず、かといって家でだらけていると親に怒鳴られるからだ。
しかし、普段からたるいたるいと言っているうたである。バイクにのってどこかへ行く気にもなれず、うたは適当に徒歩で近所の本屋などの店を転々としていた。
その内、路地裏で魔女の結界を見つけ、放置もできずこれを撃破。
そしてまた散歩の続きをしよう……といったところで、魔女狩りに来たであろう柘榴に偶然にも出会したのだ。
正直、めんどくせ〜、という気持ちになったのは言うまでもない。
「あ、久しぶり!ずっと会いたかったよ〜」
「……うん。お久しぶり」
元気よく柘榴が挨拶するのを、うたは適当に返事を返す。
契約する前の明るい性格のうただったら積極的に挨拶してるんだろうけど、今のうたはそれを失っている。
なので、やはりあのギャルっぽい友達同様、ぐいぐいくる柘榴は苦手なのだ。
「あれからどう?元気?」
「まあ、ぼちぼち……。柘榴の方こそどう?うまくいってる?」
辺り触りのない質問に、うたは先ほど同様、適当に質問を投げ返す。
取り繕うのも疲れるので、自然と投げやりになる。
「うん。毎日すっごく楽しくて充実してるよ。特に魔女を見ると、面白いなーって思うんだ。知ってる?あいつらよく見ると、意外と愛嬌があったり、仲間同士で喧嘩してたりするんだよ。不思議だよね」
「……うたは貴女の方が不思議だよ」
相変わらず柘榴は異端というか、変わっている。
魔女はうた達魔法少女にとっては、単なる倒すべき悪い敵でしかない。
それを、わざわざ生き物を見るような目で観察など、本来ならば考えもしないだろう。
「あ、でも……」
「ん?……何かあったの?」
急に言い淀むので、うたは心配になって聞く。
柘榴は数秒迷うように視線を彷徨わせると、
「いや、何かあったわけじゃないんだけどね。……その、ずっとこゆりとサチのことが、あれ以来気になってるんだよね……」
「あの二人を?どうして?」
「だってこゆり達、なんかすごい複雑そうで、寂しそうだったでしょ?だから、どうにかしてあげたいなぁって」
かなりのお人好し発言だ。そこには何の邪気も感じられず、ただ無垢な真っ直ぐさが込められている。
うたはそれを少し羨ましく、そして疎ましく思った。
純粋な子は嫌いではない。だが、同時に気に入らない。
どうしても、昔の小さい頃の自分を思い出す。
「でも、深入りはやめといた方がいいんじゃない?その善意は、二人にとっては余計なお世話かもしれないよ?」
うたはその醜い感情からやんわりと否定を混ぜた忠告をした。
柘榴は案の定、え、と少し驚きの声を上げた。
「確かにこゆりも不安定だったし、サチも入理乃の件でこたえてるんだろうなぁって思うよ?
だけど、複雑な事情に第三者が介入するのは、時として不幸を招くこともある。それは、傷口を不容易に抉るのとおんなじだよ」
かわいそうだから、という理由で手を差し伸べるのは美しい行いだ。
だが、傲慢でもある。憐憫を与えるのは、自分が優位だと見せつける行為だからだ。
それが反発を生み、心をさらに閉ざさせるきっかけにもなるのだ。特にこゆり辺りは、その反応が顕著に現れるだろう。
「だいたい、柘榴にとってこゆりもサチも他人じゃん。そんな相手を、どうしてわざわざ助けようと?」
お人好しだから、純粋だから、無知だから。
その理由はいくらでもあげられるのに、わざわざうたは嫌味ったらしく柘榴にそれを聞く。
少しでも世の中の厳しさを教えてやろうという、大人気ないからかいだ。
「馬鹿言わないで……。二人とも、もう他人じゃないよ。私にとっては、友達だよ」
「え……?」
棒読みだが、はっきりとした怒りの言葉にうたは瞠目する。
まさか、そんな意外な反応をされるとは思ってもいなかった。
これには、流石に困惑してしまう。
「ま、待ってよ。なんで一度会った人を友達認定するの?どう考えてもおかしいでしょ」
「おかしくないよ。私が仲良くなりたいと思った子は、誰であっても私にとっては友達だよ」
ほんのり、本当にほんのり、柘榴は眉の端を上げた。
人を疑わない、その瞳を共に細めて。
「逆になんで歌羽は、そう思えないの?……どうしてそこまで、人を警戒してばっかりなのさ」
「それは警戒しておいて損になることはないからだよ。人は、皆必ずしも優しくはない」
あんなに優しかったナルさんも、うたをおいていってしまった。
常連客でさえ、夜見鳴子が死んだ途端、モノトーンの誹謗中傷を始めた。
心の闇は、そう簡単に分かるものじゃない。ならば最初から疑ってかかる方が、まだ安心である。
それに期待していたら、その分だけ疲れてしまう。
「……でも、そうやって最初から否定するのは、私はなんか嫌だなぁ」
柘榴は、やはりうたとは違う意見を言う。
この子は、うたとは真逆の性質を持っているらしい。
うたがマイナスなら、柘榴はプラス。うたがネガティブなら、柘榴はポジティブだ。
だから、うたはそれ以上何も言えなかった。
思ったよりぐちゃぐちゃな感情が胸を内側から引っ掻き、暴れまわっているのがよく分かる。
小さい頃、うたも似たようなことをエルに言い、それがきっかけで彼女と仲良くなった。
しかしその後、夜見鳴子の事件やエルの家庭環境のこともあって離れ離れになり、再び会ったのは高校生になってから。
友達として復縁したものの、その距離感は以前のものとは違っていて、その絆はうたのせいでいとも簡単に崩れ去った。
積み重ねた時間はなんだったのか。あの笑い合った日々は、時が経てば風化してしまうのだろうか。
……うたもエルも、昔のまま互いに純粋だったら、何もかも上手くいっていたのに。
年齢を重ねるたびに、人との付き合いがいかに上っ面のもので難しいかを突きつけられて、汚物塗れになっていく。
だから、うたはもう柘榴のように綺麗じゃない。根拠もなく人を信じれもしない。
それが成長というものなのだろうけど、元に戻りたいとも思ってしまう。
「あ、もちろん、歌羽も友達だよ。歌羽とも仲良くしたいなあ、って思うから。だからさ、そんな悲しいこと言わないでよ」
言い忘れてた、と言わんばかりに慌ててそう付け加える柘榴。
思わず、苦笑いしそうになってしまう。
まったく、訳が分からない。
柘榴のその仲良くなりたいという気持ちには、どんな基準があるのだろう。
少なくとも、自身がその基準を満たしているとは思えないのだが。
「……だったらさ、柘榴。友達だっていうんなら、例えばうたに何かあったら、助けてくれるの?」
嘲笑を混ぜ、悪戯っぽく聞いてみる。
おかしなことに、自分がどんどん感情的になっていて、変なところで突っかかってしまう。
冷静に平静に、常に穏やかでありたいというのに。まるでうたは、小さな子供のようである。
「助けるよ」
柘榴は、しっかりとした口調で答える。うたはそれに、念押しをして更に尋ねた。
「絶対に?」
「絶対に。そりゃそうでしょ。友達なんだからさ」
「そっかぁ……、やっぱりそっかぁ……」
当たり前のように頷かれ、ちょっと残念な気持ちになる。
ここは、否定して欲しかったのになあ……。それなら、こんな感情に少しでも折り合いがつけられたはずなのだが。
いやあ、まいったまいった。
堅牢無比な愚かで純粋なその性格を、切り崩すことなどうたには出来ないようだ。
ここまで来ると、逆にほったらかしておけないな、という気持ちが芽生える。
柘榴はみたいなタイプは、その行動の結果いつかしっぺ返しがやってくるだろう。それを考えるとどうにも胸糞悪くて、無関係ですと言えるほど割り切れやしない。
「なら、しょうがないよね〜……。こんなうたにそこまで言うんなら、こっちも貴女を助けるしかない……」
「え?それって……」
ため息まじりにやれやれというポーズを取ると、柘榴がキョトンする。
うたは首に手をやり、疲れた表情で答えた。
「助けたいんでしょ?こゆりとサチのこと。なら、貴女の友達としてうたが、それをサポートしてあげるよ」
「ほんと!?」
「ほんとほんと。……貴女のこと、どうにもほっとけないからさ」
どうせ何か言ったり止めようとしても、柘榴はこゆりとサチを助けようと動き出すはず。
それならいっそのこと、かったるいけど、大変なことが起きる前に柘榴のそばにいた方がいい。
まあ、流されがちなうたが何かをしたところで、無駄かもしれないけど。
「ありがとう!!歌羽!!」
「ぐぇ!!」
突然柘榴に抱きしめられ、体が圧迫される。
しかも良いところに腕が食い込んで、腸がメリメリいっている……!
その痛みたるや、このまま拗けてしまうのではないか、と思うほどだ。
しかし柘榴にはいたって悪意は感じられない。彼女はただ無邪気に、感極まってうたに抱きついただけなのだ。
「……ど、どういだし……、まして……」
苦し紛れにどうにか言葉を紡ぐ。
ギブです、無理です、開放してくださーい!と本音では叫んでいるが、そんなこととても言えない。
「うん!!よろしく!!」
そしてそれに気づかず、抱きしめる力を強くする柘榴……。
メキッ!!と腸に加わる圧力に付加がかかり、うたはそれを誤魔化すように、青い顔をしながら薄らと苦笑いを浮かべるのだった。
今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?
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