その後、うた達はバイクの座席を椅子代わりとし、しばらく話をした。
話題は、サチやこゆりのことについて。サチが自ら、自分達のことを話したいと言ってきたのだ。
それは彼女の願望──自分達を受け入れてもらいたい、という思いからだろう。
しかし、うたはただ付き添いで来ただけでありサチを受け入れたのは柘榴だ。
だから、うたはその話を自分も聞いて良いのかと尋ねたのだが、サチは別に良いと答えた。
誰かにただ話したいのだと。分かってもらわなくてもいいから、心に溜め込んだものを解消したいのだと、寂しそうに笑うのである。
それが嘘だというのはみえみえで、うたは胸が張り裂けそうになる。
だが、やはり彼女を受け入れられる度量というものをうたは持っていない。
うたには自信がない。うたが持っている心はずっと空っぽなのだ。
そんな奴が、他人をどうこう出来るのか?出来るわけがない。権利なんてものもない。
かと言って完全に見捨てることも憚られ、複雑な気分のままうたはサチの話を聞いていた。
サチは色梨こゆりや阿岡入理乃のこと、自分のことを含めて出来る限りの事情を話し、キュゥべえもその補足などをしてくれた。
それはどれもが驚きの連続で、そして予想以上に重たい内容だった。
柘榴でさえ、サチの話を聞いている内に段々と口数が減る。
その中でも、特にこゆりの過去は一際辛いものだったように思う。
幼い頃から周囲に馴染めず孤立し、自分を殺して家族だけを支えに生きてきたこゆり。
そんな状況で彼女はキュゥべえと契約し、やがて出会った入理乃に希望を見出したものの、何故か妹が魔女によって殺される。
挙げ句の果てに入理乃はいなくなり、真実を受け入れてもらおうとした家族からは魔法少女の力で拒絶されて、現在進行形でホームレス生活だ。
そりゃあ不安定にもなるし、あの人間不信っぷりも納得だ。
むしろ、あそこまで気丈でいられるのだから大したものである。下手したら自殺しててもおかしくない環境だっていうのに。
……初対面の時、こゆりは突然現れたうたに非常に驚いたような顔をしていたが、その胸の内では一体どんな感情があったのだろう。
おじいちゃんは、間違いなくこゆりに優しくしただろう。彼は超が付くほどのお人好しだ。
そんなおじいちゃんに、こゆりが何も感じないはずがない。
もしかするとおじいちゃんとの時間は、こゆりにとっては救いだったのかもしれない。
だから──うたが来たとき、あんなにも驚いた顔をしたのだろうか。
……今思えば、もう少し気を使うべきだった。それに、随分と酷いことも言ってしまった。
後悔しても遅いが、……ものすごくあの時の自分を殺してやりたい。
それから、それから──
うたは止めどなく、頭の中でこゆりに関する思考をぐるぐるさせる。
それはサチの話を聞いて、こゆりへの印象が大分変わったからだろう。
実は今まで、こゆりにはあまり良い思いは抱いていなかった。
縄張りのことで少しいざこざがあったし、何より初対面の時におじいちゃんのそばに居たから、警戒心が上がってしまった。
だが、今は同情的な気持ちの方が強い。
だから、嫌うに嫌えないし、嫌いたくないとも思う。
……ちなみにサチに対しても、その事情を知ったことでこゆりと同じく大分同情的にはなったが、それでも疎ましいという感情だけはなくならなかった。
本当、自分ながらクズだと思うのだが、やっぱりサチは本質的に純粋だから嫉妬してしまうのである。
「……あの、それでサチはその……、仲間が欲しいってこゆりに言ったんだよね?」
「うん……」
あらかた話して疲れたのか、サチは柘榴の質問にため息をつくように頷いた。
話の内容は、何故“受け入れて欲しい”のか、というものに移行していた。
……サチ曰く、入理乃はサチにとって唯一無二の親友であり、他に友達はこゆりぐらいなものらしい。そのこゆりもまた精神的に追い詰められており、サチを気遣える余裕はない。
サチとこゆりの二人でいても、その孤独は癒せないのである。
だから、誰か自分達を救って欲しい。助けて欲しい、ということだった。
うたはここに来て、初めてサチの瞳に宿った期待の意味を知る。
あれはつまり、自分とこゆりのために、鬱屈した今の現状から抜け出したいというサチの願いだったのだ。
ある意味、それは当然の願望だろう。
サチもまた、こゆり同様辛い過去を持っている。
ずっと過干渉をしてくるが、自分を見ないサチの両親。そんな彼らに育てられた彼女は、常に愛に飢えていたに違いない。
だから、入理乃という親友はきっとサチのすべてで、特別なのだ。それを唐突に失ったら、誰だってその穴を埋めたいと思うだろう。
「こゆりは何て?」
「考えさせて欲しいって最初は言われた。……その数日後に、仲間は一緒に探してもいいけど、あくまでそれはサチの仲間だけだって」
サチの話を聞いて、そりゃそうでしょうな、と内心で納得してしまう。
こゆりの立場からすると、もう仲間など作りたくない、という思いろうが、サチのことを考えると完全に断りきれなかったのだろう。
こういう辺り、意外と根は優しいこゆりらしい。
「しかも、最近何かを隠してるみたいでさ……。どうせこゆりのことだから大したことしてねえと思うけど、何かもやっとすんだよ」
不貞腐れたように、サチはぶすっとする。
皮肉にも、入理乃も隠し事をしていたのにこゆりも同じことをやってしまっている。それが気に入らないのだろう。
「……どうして、何かを隠していると分かったんだい?」
「そりゃあ、あれだ。
会うたびに、すっげえ顔が強張ってんだよ。あと若干挙動不振になったりしてるし、自分の現状を話したがらないし。これはもう、何かを隠してるとしか思えないでしょ?
まあ、当人は自分がそんなリアクションしてるとは気付いてなくて、上手く隠し通せてると思ってるみたいだけど」
何そのポンコツエピソード……。
こゆりって、もしかしなくても天然の気がないだろうか。
物騒を仏像と聞き間違いて照れたりしてたし……。
「あーもう、あいつ、ムカつくんだよ!!
自分だって寂しい思いしてくるせにつっぱねやがってぇ!!ここ最近、妙にこっちに会いに来てくれたり、話をしに来てくれると思えば、仲間を探そうって言うと遠回しに話を逸らされるしぃ!!さっきも言ったけど何か秘密隠してるしぃ!!
本当、素直じゃないし何も言わない!!そゆとこ嫌い!!大嫌い!!」
怒りのボルテージが限界突破したのか、サチが強く頭を掻き始める。
それに、柘榴とうた、ついでにキュゥべえは三人揃って顔を合わせる。
「……それ、本人に直接ぶつければ?」
柘榴が全員が思ってることを代弁する。
しかし、サチはぶんぶんと勢いよく首を振る。
「む、無理無理無理無理無理!!こゆりだって大変だし精一杯なんだよ!!これ以上この船花様が!!普通に考えて!!聞けるか!!」
「……」
最早、困り果てて何と言ったら良いか分からない。
なんかサチって思った以上に……、その……、端的に言って面倒くさい。
超絶に不器用なんだろう。物言いははっきりしてるくせに、それを肝心の伝えたい人には気を使って言えないとか、もどかしいにも程がある。
本当、……これ、どうすれば良いんだ?
そりゃあコミュ障同士上手くいかないのは分かるけどさ、それにしたって、こゆりとサチ、どっちも問題があり過ぎない?
こゆりは言わずもがな素直にならなさ過ぎだし、サチも変な意味で意地を張っているように思う。
「……普通に考えて、ね。なら、普通の状況じゃなきゃ、その思いを言えるってこと?」
しばらく考える素振りをしていた柘榴が、ふと、そんなことを呟いた。
それは何の変哲もない逆転の発想だったが、しかしサチにとっては驚きだったらしく、目を点にしている。
「は、はあ!?何言ってんの!?普通じゃない状況なんて、どんな状況だよ!」
「それは分からないけど」
無表情でのんびりと言う柘榴に、サチの顔は怪訝そうに歪められる。
そして、そこには呆れも混じっているようであり、何なんだよ、とサチは小声で文句を言った。
しかし柘榴はそれを聞いていないのかマイペースに、
「あ、でもでも、その思いは絶対伝えた方が良いよ。それだけで、こゆりとの仲は多少改善されると思うから」
「どこにそんな根拠が……」
「根拠なんてない。勘だよ、勘」
サチの呆れ顔が、今度は微妙な顔に変わる。
勘という、ふわっふわした答えに、サチはいささか失望しているようですらあった。
これは不味い、と何故か思ううた。
気がつけば、うたは柘榴のフォローをしていた。
「……うた、柘榴のように勘ではないけど、彼女の言うことは正しいと思うよ。互いの想いが伝わってないから、すれ違うんだ」
うたに、サチの、柘榴の、キュゥべえの視線が集まる。
それはむず痒く、煩わしく、面倒くさいもので。だから、目を逸らしたかったんだけど、うたはそうしなかった。というより、出来なかった。
体が言うことを聞かないのだ。本来の自分の思いとは違う、相反する感情が急に浮かび上がり、それがうたの言動を支配している。
サチの顔をちゃんと見て、うたは向かい合う。
「ぶっちゃっけ、こゆりにも結構問題はあるけど、貴女にも問題はある。
それは、直接こゆりにぶつかろうとしてないことだ。そんなんじゃ、いつまで経っても状況は進展しない」
「……」
「さっき、こゆりが何も言わないって怒ってたけど──それ、貴女もおんなじだと思うよ。……伝えようとしないと、何も伝わらない」
“伝えようとしないと、何も伝わらない”。
自分で言っていて、かなり不快な言葉だった。
伝えようとしたって、伝わらないこともある。
どれだけ感情を思いを意図を意思を込めても、相手が拒絶すればそれまでだ。
主人公が綺麗事言って、ヒロインの心を救うなんて展開、そうそう実現しない。
サチをこゆりに向き合わせて、それで傷ついたらどうするって言うんだ。
こんな無責任なこと言うなよ。らしくないだろう、古鐘歌羽。
でも、そう言い聞かせても感情が止まらない。勝手に口から、それが飛び出していく。
「そう……、何も伝わらないんだよ、何も。
あのね、サチ。貴女はまだ分からないだろうけど、気が付いたら既に手遅れなことっていっぱいあって、それはずっとずっと心の中に残り続けるんだよ。
でも今なら、間に合う──うた、サチみたいな純粋な子には、後悔もして欲しくないし、その純粋さを失って欲しくない」
はっきりと言ったうたのその発言に、柘榴が、サチが驚く。
キュゥべえは分からないが、ぴくりと耳を僅かに立てたことから、何かしら思うところがあったのかもしれない。
しかし、うたもうたで酷く驚いていた。いや、驚きというより、それは呆然といった方が正しいか。それほどまでに、自分の言葉が衝撃的だったのだ。
どの口が言う。何故お前がそんなことを口走る。
ああ、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
何が、何が、何が、何が、何が、何が、後悔をして欲しくないだの、失って欲しくないだの。一体、なんなんだよ。
うたは、何がしたいんだよ。うたは、こんなことを思っていたのか?
訳が分からない。矛盾してる。だって、うたは諦めてる筈だ。全部を馬鹿にして嫉妬して。
それが、こんな無意味な──
「……ありがと。うた」
「……、何が?」
しばらくの静寂の後、ふいに投げかけられたのは、サチのお礼の言葉だった。
うたはそれがとてもおかしく、訝しく思って、ゆっくりと顔を向ける。
彼女の双眼に映るうたは、動揺した様子もなく、普段通りだ。
良かった。うたの外面、ちゃんとしてる。
これで、醜い自分を隠せる。
「なんか、上手く言葉にできないんだけどさ。……伝えようとしないと何も伝わらないっていうのは、その……、その通りなのかなって……」
俯いて、サチはぼそぼそと喋る。だが、拙くともすぐそうやって言えるのは、彼女が素直だからだろう。
それは幼い故なのか、それとも元からそういう気質なのか。恐らく両方だろう。うたにはないものが、サチにはある。
「それに気づけたから……。だから、ありがとう」
ふにゃりと笑うサチ。
うたにはそれが、あまりに眩し過ぎて。胸の内を焦がすような、この思いは何なのだろうか。
……やはり、自分で自分が分からない。しかし強烈な虚無感は、少し和らいだような気がする。
「……気を使わないで。うた、思ったこと言っただけだもん」
穏やかではない心情を隠すため、最大限優しい声で言う。
その甲斐あってか、サチがいくらか明るい表情をした。
……それで良い。小さな子が、暗い顔をしててもしょうがない。
「結構うたって良いこと言うじゃん。私ちょっと見直したよ」
「……柘榴はうたをなんだと思ってるの?」
「え?幸薄い人かな?」
「……うた、その評価は心外だなあ」
というか、普通に失礼だろうよ。ちょっとどういうことだって、問い詰めてやりたい気分である。
まあ、そんなこと面倒くさいからやらないけど。
「サチ……。自分の思いをこゆりにぶつけてみるかい?」
それまで黙っていたキュゥベえがサチの足元で、確認する様に聞いてくる。
サチは一瞬だけど迷うような顔をした後、
「正直言うと、今のうたの言葉でちょっとやってみようかなって思ったけど……、やっぱり無理……、かもしんない……。でも、普通の状況じゃなきゃ──こゆりも私も自分から逃げれない状況なら、……言えるかも」
「……まさか、強制的に自分で自分を追い込むつもりなのかい?」
「“自分”では、無理だよ。だからここは、柘榴達の手を借りる」
そう宣言して、うた達を見てニヤリと笑った。
これ絶対あれだわ。この後なんか、絶対厄介なことに巻き込まれるわ。
……やっぱり、柘榴なんかに付き合わない方が良かったんじゃないですか?
ああ、畜生。面倒くさい。面倒くさ過ぎて、数十分前の自分を呪い殺したくなる。
「ん?」
ふいにポケットに入れていたスマホから、着信音が鳴り響いた。
取り出し、画面をタップして確認すると、それはラインの通知だった。
その送り主の名前を見て、どうしてこのタイミングで、と思う。内容も内容だし、また面倒くさいことが増えてため息が出る。
「そんな疲れた顔しちゃって、誰からラインが来たのさ」
「……小豆さん。恵比寿小豆さんだよ」
◆◇◆◇
闇の帳が落ちる時間に町を歩き周り、散策する。
それが、ここ最近のあたしの日課になっていた。
だから今日もあたしは、一人で夜の中を進んでいく。
回るのは、主に人がいない場所。
しかし、魔女や使い魔を探しているわけではない。そもそも、回っているのは自身のテリトリーではない。あたしはわざと、他人のテリトリーに勝手に入り込んで行動している。
もちろん、グリーフシードなどを奪うつもりはない。むしろ、そうやって他の魔法少女を苦しめている奴を探しているのだ。
既にここ数日で、五人もの魔法少女をやっつけた。
最初に会ったのは二人組で、姉妹だった。
次に会ったのは高校生で、見るからに陰気そうなやつだった。
その次に会った魔法少女は、見た目は大人しそうだったが、性格はあまり良くなかった。
全員、とても弱かった。
あたしの魔法少女としての素質は結構高いらしく、そのおかげで負けがない。
流石あたしだ。
彼女達に苦しめられていた魔法少女は、あたしに必ず感謝の言葉を言ってくれた。
助けてくれて、ありがとうございました。このご恩は必ず、返します、と。
だがその度に、違う、とあたしは首を振った。
だってこれは、そもそも弱い新人魔法少女を守るためにやっていることではない。
完全なる八つ当たりだ。
悪いやつなら、とっちめても何も良心が痛まない。このむしゃくしゃしたもやもやをぶつけても、何も文句は言われない。
だから、あたしは“誰の味方”でもないんだ。
決して、助けることで認められたいとか、受け入れて欲しいとか、弱味に漬け込みたいとか、恩を来させたいとか、優しくされたいとか、感謝されたいとか、そんな卑しいこと思ってない。
救われたいと、どうしてあたしが願う。そもそも幸福ってなんだよ。
あたしの幸福の象徴は──家族は、嘘っぱちだったじゃないか。
全部嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。愛なんて、嘘だ。
「全部無い。無い、無い、無い、無い、無い。愛なんて、無い。
サチも入理乃もお母さんもお父さんもさゆりもキュゥべえも──信じない。信じられない。信じるものか。
だから──手に入れないと。本当の愛──」
とっ、とっ、とっ。
一歩を踏み出す度に、あたしの軽い足音がやけに響く。
それなのに、あたしは前に進んでいる気がしない。
小学生の頃の話だ。
運動会の入場練習の時、何人かの生徒が真面目に練習をやらず、先生達が怒ったことがある。
彼らはあろうことか、怠慢な生徒を叱らず全体の連帯責任とし、あたし達はその場で行進のやり直しをさせられた。
全体が揃わないとダメだ。
足が上がっていないとダメだ。
何度もそうやってダメだしされ、その時間が永遠に感じられたものだ。
まあ後から振り返ってみれば、たかだか一時間や三十分程度の長さだっだが。
そんなどうでも良い昔話を、あたしは何故か思い出していた。
それはあの時同様、今の状況がずっと続くかのような錯覚に襲われているからだろう。
しかし、永遠など真の意味で存在しない。あたしが何もしなくても、何かをしようとも、時は移ろっていくものである。
──今のあたしは、ずっとは続かない。
人気のない、河川敷を通っている際だった。
ふいに、本当にふいに、誰かの怒声が聞こえた。それと共に、何か暴力的な──何かを激しく叩きつけたような音が響く。
魔力反応を感じとる。これは魔女のものでもなく、ましてや使い魔のものでもない。このパターンは間違いなく魔法少女のものだ。
あたしは瞠目し、僅かな期待を伴って視線を彷徨わせる。
遠くに見える、ビル街の明かり。
側で流れている川の水面はその光を反射し、いっそ幻想的ともいえる光景を作り出していた。
しかし、その川にかけられた橋のすぐ近く、ちょうどあたしから見て真正面の場所で、綺麗な光景に似つかわしくない場面が繰り広げられている。
そこにいたのは、二つの人影。どちらとも、中学生くらいの魔法少女だった。
一人はセミロングの金髪で、フリルが付いたポンチョを着込んでいる。
それ以外に特徴らしき特徴はなく、見た目は凡庸。
武器である短槍を落とし、地面に手を付いている。
対する二人目は、紫色の修道服を着た少女だ。
頭巾から覗く青色に近い髪は肩より僅か上のあたりで切り揃えられ、
顔は猫のようで愛らしい。
だがその目は憤怒に濡れ、手に握られたフランベルジュはポンチョの少女の首元に向けられている。
「って、あの子……」
シスターの子に既視感を感じて一瞬疑問に思ったものの、すぐにそれに思い当たる。
彼女はあたしのテリトリーに侵入し、頭巾の少女を襲っていた魔法少女だ。
きっちり痛い目みせたつもりだったけど、まさかこんなところで同じことをしていたとは。本当、信じられない。
「誰がお前なんかに……!!やっと手に入れた場所なんだぞ!!そう簡単にやれるか!!」
「何を言っているんだ!!こうしてお前を倒した以上、もうこの縄張りはあたしのものだ!!あたしは、グリーフシードが必要なのよ!!」「それは私だって同じだよ……!!さっさと、いさ土に帰れ!!」
シスターの少女に脅されているにも関わらず、ポンチョの少女が負けじと吠える。
すると腹を立てたシスターの少女は、ポンチョの少女の髪を乱暴に掴み、自分の顔の方まで持ち上げた。
「ぐっ!!」
痛みで短い悲鳴を上げるポンチョの少女。シスターの少女は、彼女に向かって唾を飛ばす程大きな声を浴びせる。
「ごちゃごちゃ言ってねえで、渡せこの野郎!!もうここしかないんだよ!!ここしか!!このままじゃ、あたしはあの人を救えない!!」
「何のことを言って……」
「あたしに渡せぇ!!何もかもを!!」
激情にまかせ、シスターの少女はポンチョの少女を地面に叩きつける。
派手な音がして、ポンチョの少女は倒れた。その上に、揺らめく炎の形をした剣が掲げられる。
「そこまで強情なら、いっそあたしが──」
「止めろ!!」
フランベルンジュが振り下ろされる前に、あたしはとっさに叫んだ。
シスターの少女の動きが、動揺したようにピタリと止まる。
あたしは魔法少女に変身して飛躍。その強化されたジャンプ力は、あたしの体を少女たちのもとへと一気に移動させた。
「……お前は」
いきなりのあたしの登場に、シスターの少女は震える声を縛り出す。
一方でポンチョの少女は混乱の二文字を顔に貼り付け、あたしを凝視していた。
「誰……?」
「……ただの“風来坊”よ。そいつみたいな奴をボコボコにして、ウザばらししてるの」
「じゃあ、お前も縄張りを奪いに──」
「勘違いしないで。縄張りとか、興味ない。興味あるのは、ただ相手をボコボコにすることだけだから」
警戒しているポンチョの少女に、あたしは冷たく言い放つ。
すると次の瞬間、ポンチョの少女が短く悲鳴を漏らした。
……おい、待て。なんでそんなに怖がる。何もしないって言ってんのに──
「良いところだったのに。また……、また邪魔しに来やがぁってぇええええ!!」
「うぉ!?」
何が、彼女の中でそこまでしゃくに触ったのか。
シスターの少女は突然髪を振り乱して怒りだし、側にいるポンチョの少女も忘れてこちらへ突撃。
まさに文字通り鬼のような形相をしながら、鋭く、しかし力強い突きが放ってくる。
あたしは咄嗟に小型の盾を召喚して身を守るが、それでもビリビリと、持ち手を握る手に衝撃が伝わる。
「死ねえ!!死ねえ!!死ねえ!!」
何度も何度も叩きつけられるフランベルジュ。
激情が少女の力を増幅させているのか、以前戦った時より、スピードもパワーも上がっている。
その練撃を苦労しながら受け流し、受け止め、あたしはなんとか堪える。
さっきから前進が一歩もできない。たまに盾でこちらから殴りつけても、その猛攻に返される。
「どいつもこいつも!!お前もあたしを笑いやがって!!何もできないと、そう思ってあたしを下にみるんじゃねえよ!!」
シスターの少女は被害妄想が酷いらしい。
根も歯もないのに自分が馬鹿にされていると思い込み、酷く憤怒している。
ちょっとやめて欲しいんですけど。あたしが何したってんだ。
「そうやってみっともなく怒っているんだから、下にみられてもしょうがないでしょ!!ガキか!!」
「誰がガキだよ!!今年で十五よ、あたしは!!」
「一つ年上かよ!!全然そんなふうに見えない!!」
「なら今からその見方を変えて、年下らしく年上を敬えぇ!!」
そう吠えるとシスターの少女は、盾で守っている正面ではなく、右側面から剣を差し込むように攻撃してきた。
狙いは右腕だ。持ち手を握れなくし、盾を使えなくさせる作戦だろう。
「……誰がお前みたいなのを敬うか!!」
しかし、あたしもただではやられない。
液体金属を召喚し、右腕に巻き付かせて硬化。不格好な、即席の籠手の完成だ。
その籠手と剣がぶつかり合い、ノーダメージとまではいかずとも深い負傷は免れる。
あたしはそのまま右腕を振り払うと、フランベルジュを思いっきり弾いた。
「くそ……!!」
シスターの少女が失敗に舌打ちをする。
あたしはすかさず一歩を踏み出し、渾身の力を込めて盾を押し出した。
シスターの少女の体が後方に思いっきり下がり、隙が生まれる。そこへ盾を変形させて作った、いわゆるフランキスカと呼ばれる投擲用の斧を容赦なく投げつける。
当然防御し、斧を弾くシスターの少女。
あたしは肉薄し、右腕の籠手に魔力を通す。液体金属は蠢きながらあたしの想像を反映させ、その身から一メートルもの鉤爪を生えさせる。
「とった」
呟き、姿勢は低く、右腕をバネが縮むように引かせる。
シスターの少女は息を飲むが、もう遅い。彼女が気がつく前に、腕を伸ばし──下から上へと爪を突き出した。
フランベルジュの刀身の、ちょうど半分あたりのところに爪がぶつかる。
そのせいで見事に剣は真っ二つになり、軽い音を立てて地面に落ちる。
それを、唖然とした表情でシスターの少女は見ていた。
「どうして。なんであたしは何も……。何でお前なんかに……」
「アンタがあたしより弱かった。それだけじゃないの?」
冷めたように言うと、シスターの少女は笑みをこぼした。
彼女の中で、怒りが別のものへと変換されているに違いない。愉快そうに、実に愉快そうに少女は笑い転げる。
「ははっ!!そうかよ!!あたしはやっぱ、この世界でも落ちこぼれかよ!!
はははははははははは、……あたしの馬鹿。クソッタレ」
失望の声音を吐き出し、シスターの少女は首元に触れる。そこにあったのは、紫色に光り輝く十字架の意匠の宝石……、ソウルジェムである。
それを指先でなぞり、少女は先ほどとは打って変わって目元を悲しげに下げる。
「……あの、アンタ──」
「出てくよ。出てけば良いんでしょ。はいはい、分かってます分かってます。どうせあたしなんて、邪魔だと思ってんでしょ。ならお望み通り目の前から消えてやるよ」
シスターの少女は悪態をつくと、ふん、と鼻息を荒くして背を向ける。
そうして、そのまま闇夜の中へと歩いていった。
最後の最後まで小物臭い言動である。……なんか、入理乃に近いものを感じてしまう。まああちらは小学生だったので、年相応の性格ともいえるが。
「本当なんだったんだ……」
「それは……、こっちの台詞なんだけど」
戦闘の間に、己の体を治癒をしていたのか。外傷もなく、しかし疲弊した様子でポンチョの少女はなんとか立ち上がる。こうして相対してみると、結構背が低い。恐らく、百四十五センチ前後という感じだ。
「ともかく。アンタがいなきゃやばかったよ。助けてくれてありがとう」
「──」
お礼を投げかけられ、言い表すこともできない切なさが胸のあたりに広がっていく。
だから自分が喜んでいるのか、いまいち分からない。
でも、口角が自然とニヤケそうになるのだ。本当に奇妙だ。あたしは“誰の味方”でもないのに。
「……別に助けたわけじゃないって。でも、はいこれ」
「は?」
少女の手の平に、あたしはポケットから取り出したものを押し付けた。
それは、あと一回使えるぐらしか使えないグリーフシードである。
そのためか、少女はあたしの行動に驚いているようだった。
またその反応で、何かが昂る。もっと、もっともっと、そうやって、あたしを見てほしい。あたしを優しいやつだと思って、認めて欲しい。
「良いの?」
「良い良い。いっぱいあるからさ」
嘘だ。せいぜい三個ぐらいしかない。その三個も、どうせすぐ使ってしまう。けれどもこの子に認められるためなら、そんなの痛くも痒くもない。
でも──と、あたしはこの子を観察する。
……性格はいまいちよく分からないが、それほど優しいわけでもない気がする。
グリーフシードを渡した途端、あたしの罪悪感よりも喜びの方が勝った目をしていた。
「……今回も、サチの仲間を探すのは失敗か」
「え?」
「なんでもない。それじゃあね」
あたしは手を振ると、シスターの少女が去った方とは反対方向へと足を進めた。
闇夜の中へ、あたしは再度溶け込んでいく。その先にあるのが何なのか、不透明なままに。
今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?
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キャラ
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設定
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展開
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話のテンポの良さ
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文章