──時間は先日、早島の空き地にて、サチと柘榴と、あとついでにキュゥべえといた時にまでに遡る。
その時うたは、小豆さんから来たラインを見て憂鬱な気持ちになっていた。
その内容は、明日午後一時に出来れば話がしたいというものだった。
場所は、プライマリーカラーがいつも話し合いの場に使っているという廃墟の倉庫だ。ご丁寧に写真や地図まで送られてきている。
しかも、小豆さんらしく文面は穏やかだが、さりげない言葉で絶対に来いと書かれてあって、それなりの強制力がある。
……つまり、それほど大事な話ってことなのだろう。
多分、共同体の基本方針に関する話だ。
以前小豆さんに呼び出され共同体に入るよう勧誘されたが、その共同体自体がどのような仕組みになっていて、どのような活動をしているのかはまだ説明がなされていなかったように思う。
それを教える準備が整った、と考えれば、まあ自然な流れではある。
もちろんそれが確定したわけじゃないし、もっと別件なのかもしれない。どっちにしろ面倒くさいことであるのは間違い無く、休日が明日も潰されるのを思うと、行きたくないなあと素直に思ってしまう。
……そういえば、行きたくない、で気づいたけど、
「……柘榴。もしかして貴女のところに、小豆さんってまだ行ってない?」
サチはともかく、柘榴は小豆さんの名前を聞いた時、少し首を傾げる程度の反応しか見せなかった。
そこから察するに、柘榴は小豆さんのことを知らないのだろう。
恐らく小豆さんは、まだ柘榴を勧誘してないに違いない。あの人いつも忙しそうにしてるし、それが原因でそこまで手が回っていないのかも。
「いや、さっきも思ったけど、小豆さんって誰……?」
案の定知らなかったらしく、柘榴は疑問を口にする。
その瞳には胡乱げな輝きはなく、純粋な興味のみがあるようだ。
彼女の顔は無表情だが、目に宿る感情は表情豊かである。
「牛木草で活動するベテラン魔法少女だよ。少し変わった人物で、横のつながりが薄い牛木草の魔法少女の中において、顔が広い。
しかし、キミのような新人とも既に彼女は顔見知りなのか。流石、小豆といったところか」
うたの代わりに小豆さんのことを説明したキュゥべえは、その後感心したように頷いた。
うたも、小豆さんの交友関係はすごいと思う。軽く話しただけで、魔法少女の名前がぽんぽんと飛び出してくるのだ。彼女ほど牛木草の魔法少女を把握している人はいない。
「でも小豆も柘榴には会えていないみたいだね。牛木草の共同体を作るという話をしていたから、もうすぐ会いに行ってもおかしくないだろうけど」
「キョードータイ?」
ぽかんとするサチ。
ピンときていないというより、言葉の意味そのものが理解が出来ていないのだろう。
うたは何だかそれが微笑ましくなって苦笑し、サチや柘榴のために今の魔法少女社会の事情を説明した。
「寝巣扉都市圏では、今新人の魔法少女がすっごく増えててね。縄張り争いが酷くなってきてるだってさ。牛木草も例外じゃなくて、いさ土とから魔法少女が流れてきて混乱は始まっている。それを防ぐために、牛木草全体で一つに纏まろうって、小豆さんは動いているんだよ」
「……ようは、バラバラになってる魔法少女を、一つのグループにしちゃおうってことで良いんだよね?」
「うん。その認識で良いと思う」
柘榴の確認に肯定しながら、改めて小豆さんはすごいことをしようとしているんだな、と実感する。
いくら交友関係が広いとはいえ、それで誰しもがついてくるわけではない。そこに信頼と実績とメリットがなければ、相手を納得させられないのだ。
そして、新人魔法少女には小豆さんの顔は効かないため、その関係を築くのにも相当手間がかかるだろう。
他にも、牛木草に流れてきている魔法少女への対処や、組織運営の管理など、問題は沢山だ。
本当に、こんな面倒くさいことをよくやろうと思ったものである。
実行に移すだけでも、相当覚悟が必要だろうに。うただったら、絶対真似できない。
「ふーん。こゆりから牛木草の情報は聞いていたけど、そんな動きがあるとは知らなかったわ」
この場で唯一、牛木草出身者ではないからだろう。サチは興味なさげにぼやいた。しかし次の瞬間、
「……って、ちょっと待って」
と、今しがた発した自分の発言の違和感に、弾かれたように顔を上げる。
「私、牛木草の情報こゆりに逐一聞いてんのに、共同体のこと知らないとかおかしくね?まさかこゆりの野郎、意図的に小豆ってやつの情報話してないんじゃないの?それがこゆりの隠し事だったりするんじゃ……?」
「確かにその可能性は否定できないかもね。うた、小豆さんにこゆりや柘榴のこと聞かれたし」
うたはサチの言うことに頷く。
柘榴の方はまだでも、こゆりの方には向こうから接触し、勧誘しているかもしれない。
それをこゆりが悩み、サチに話をしていないというのは十分に考えられる話である。
「いや、まだこゆりの方にも小豆は行っていないよ」
しかし、すぐにうたたちの推察はキュゥべえによって否定された。彼は皆から注視されるなか、赤い瞳を一回瞬かせ、
「最近、風来坊と名乗る魔法少女が牛木草で出没しているという話を聞かないかい?」
「あー……、ちょっとだけ聞いたことあるかも」
柘榴が目を上に上げて、思い出すかのような仕草をとる。
だが、うたの方はまったく聞き覚えがなかった。
魔法少女の知り合いもあまりおらず、また積極的に魔女狩りをやっているわけでもないので、そういう噂話には疎いのである。
そしてそのことを見抜いているだろうキュゥべえは、早島にいるサチのためにも“風来坊”のことについてわざわざ話してくれた。
「その風来坊はね、牛木草で縄張りを奪われそうになった弱い魔法少女を、独断で助けているみたいなんだ。その特徴は、飾り気のないワンピース衣装。新人とは思えない戦闘能力。様々な武器。液体金属を操る固有魔法らしい」
「……それってどう考えても──」
「「「間違いなく、こゆりだね」だろ」でしょ」
異口同音。全員の考えが揃う。
というか、その情報で符合する人物は、あの意地っ張りな少女以外あり得ない。
「キミ達仲良いね」
「そーでしょ。私とうたとサチは友達だもん」
柘榴は胸を張る。
本当、さらっと恥ずかしい事言う奴だ。うた、死んでも絶対そんなこと言えない自信ある。
「ていうか、風来坊って……。あいつ何やってんだよ……」
呆れたような、それでいて何処か複雑そうな顔をするサチ。
さっきキュゥべえが言ったことは、どうやらサチも知らないことだったらしい。つまり、こゆりの隠し事の中に、“風来坊”のことも含まれているのだ。
そこにどんな考えがあるか、本人に聞くまでははっきりと分からない。
まあ、あの少女のことだから、単純に変な意地を張って言ってないだけ……ということなのかもしれないけれど。
「キュゥべえ、テメエ何でダンマリだったんだよ。教えてくれたら良かったのに……」
サチが若干腹を立てながら、小動物に抗議する。
しかし、そこはあのキュゥべえである。鉄面皮で、
「すまない。風来坊──色梨こゆりはほぼ一撃で魔法少女を撃退していたらしく、情報が錯綜してなかなか集まらなくてね。今回風来坊がこゆりだと断定できたのも、珍しく長時間戦闘をしていたのを、助けられた子が見ていたからなんだ」
「……ふん。そうですかよ」
拗ねたようにそう吐き捨てるサチ。
先程よりもご立腹のご様子で、ぶつぶつと文句を言っている。
うたは苦笑を内心でして、話を軌道修正した。
「それでその風来坊の話と、小豆さんがこゆりのもとへ行ってないっていう話は、どう繋がるの?」
「ボクは風来坊の情報を集めるため、つい数日前に小豆に会いに行ったんだ。彼女は共同体を作ることで牛木草の魔法少女を助けようとしている。だから、風来坊と何か関連性があるのではないかと疑ったんだ」
それは、自然と行き当たる一つの可能性ではあった。
何故なら、両者の目的はある程度一致しているからだ。
だが、キュゥべえの言い方からするに、それは間違っていたのだろう。
現に彼自身、“独断”という言葉をこゆりに使用した。
「……結論から言うと、小豆は風来坊の正体を知らなかった。つまり、こゆりはまだ、小豆の管理下にない魔法少女ということだ」
「成る程ね。それでこゆりは小豆さんの勧誘を受けていないと。うた、何となくわかったよ」
うたはキュゥべえの説明に納得したことを口にする。
柘榴とサチの二人も、概ね話の内容は理解したようである。
しかし、ここで問題なのは、
「小豆さんがこゆりをどうするか、だよね」
「え?どういう意味だよ、それ」
うたの呟きに、サチがばっとこちらを見る。すると柘榴が、頭のこめかみに人差し指をやって、
「上手く言葉に出来ないけど、その小豆さん?にとって風来坊の存在は無視できないんじゃないのかな」
「何で?こゆりは悪いことしてないよ。ただ人助けを──」
「でも、勝手にやってることだよね?」
うたはサチの言葉に、自身の言葉を被せる
小豆さんは、牛木草を一つにまとめようとしている。それは、牛木草すべての魔法少女を自分の手で管理し、制御下におくということだ。
そんな中、イレギュラーなことはあってはならない。そういう意味でいえば、こゆりは正しく厄介な者というわけだ。
「それに、その手段も穏当なものじゃないんでしょ?撃退とか言ってたもんね、キュゥべえ」
うたがそう言えば、白い小動物に全員の注目が再び集まる。
彼はただ、うたを真っ直ぐ見つめ、しばらくしたのちに答えた。
「そうだね。彼女は、弱い魔法少女を襲う強い魔法少女を返り討ちにしてあげることで人助けをしているみたいだけど……、その方法はちょっと暴力的みたいだね。どうも、相手に軽い怪我を負わせているケースもあるみたいだし」
「な……」
絶句したようにサチが息を飲む。彼女は今はっきりと、こゆりが風来坊のことを秘密にしていた理由を理解しただろう。
しかしそのことを上手く飲み込めないのか、サチは困惑した表情をずっと浮かべている。
「何でこゆりはそんなことを……。あいつ、そういうことやるやつじゃないのに……」
「──もしかしたら、そうするくらい何かに追い詰められているとか?」
柘榴が首を傾げながら思案し、憶測を呟く。すると次の瞬間、サチが更に悲痛そうに顔を歪めた。彼女のことだから、自分で自分のことを責めているのだろう。
これにはやばいと思ったのか、柘榴も若干バツが悪そうにし、必死に取り繕うように、
「あ、その……今のはただの推測だから、そこまで気にしないで。それに本当だとしても、それは絶対サチのせいでもないから」
「どこにそんな証拠が……」
「証拠はない。ただの勘。でも、サチは良い子だからさ。そんな子が、こゆりを追い詰める真似できないよ」
「……」
柘榴は真っ直ぐサチの方を向いて微笑する。
サチはしばらく垢抜けたようにぽかんとしていた。
柘榴の在り方が、あまりに綺麗過ぎて。
それに嫉妬のような思いが燃え、そう思う自分に対する虚しさが同時に去来する。
しかし、それは今表に出すべきものでもない。笑顔の仮面を気持ち悪く貼りつけて、うたはサチを励ました。
「柘榴の言う通りだよ。そもそも、こゆりに聞かなきゃ本当の理由は分かんないんだから。だからこそ、ちゃんとお話しするんでしょ?」
「……うん。……でも、小豆ってやつがこゆりのことをどうするか分かんないのは……」
「うた、どうせ明日小豆さんのとこ行かなきゃいけないから、その時に聞いてあげるよ」
うたはサチの頭にぽんと手を置いて、ちょっとだけぎこちなく撫でる。ナルさんがよく、うたにしてくれたものだ。これをされると気持ちがいつも落ち着いた。
サチにも、その効果があったのだろうか。何故か妙に素直に、こくりと頷かれた。
それに内心ほっとすると、
「……あと、柘榴。貴女に共同体の話を伝えたって、小豆さんに言っとくから」
「あ、ごめん。ありがと」
柘榴が礼を言う。
うたはどういたしまして、と返すと、暗くなったスマホの画面をタップ。
素早く文字を打ち込み、明日の当日に混乱させないよう、サチや柘榴のことを書いて小豆さんにラインを返信する。
すると──
『サチちゃんと柘榴ちゃんの件、話は分かりました。しかし、どうせなら対面で質問のやりとりをした方が良いと思うし、二人にも話があるので、サチちゃんと柘榴ちゃんに明日来るよう、出来ればお願いできますか?』
「あ、そう来ましたか……」
返ってきた小豆さんのラインを見て、思わずうたはそう呟いてしまった。それが、ちょっと予想外の提案だったからだ。
しかし、ありがたい話ではある。サチと柘榴の二人と同行するのは気が疲れるが、これで面倒ごとが一気に片付くというものだ。
「何て返ってきたんだい?歌羽」
キュゥべえがうたに聞いてくる。うたはサチと柘榴の顔を見て、返信の内容を話した。
「実は──」
◆◇◆◇
──こうして、時は現在に至る。
うた達は今、倉庫の廃墟の中にいた。
そこそこ古いらしく、屋根や壁を支えている緑色の鉄骨の塗装は所々がはげかけ、床には少しヒビ割れが走っている。
広さは、学校の体育館ぐらいだろうか。大人数が入っても、きっと充分に互いに距離を取れる。
そんな空間の中心に机を置き、その間を挟むようにパイプ椅子が。北側には、うた、サチ、柘榴が座り、南側には小豆さんが座る。その隣では家主さんが立って、こちらと相対していた。
ちなみにこの場にキュゥベえはいないが、彼はまた別件の用事があるようで、今日は来れなかった。群体であるのに、その一部をこちらに向かわせることもしないくらい、何かをやっているのだろうか。
まあ、そもそもの話、よく分からん不思議な奴である。うた如きがあれこれと予想をしても、どれも一つも擦りはしないだろう。
つまり、あーだこーだと、キュゥベえがいないことに文句を言うのは時間の無駄だ。
むしろ、この状況はラッキーであるかもしれない。あいつは人の神経を逆撫し、話をややこしくさせるのだ。キュゥベえがいない方が、ずっと場は良い雰囲気になる。
「──本題に入りましょうか」
神妙な顔をした小豆さんが、胸の前で腕を組んで話し始める。そうしてうた達をその瞳に映し、
「と、すみませんがその前に、まずは自己紹介からしましょう。
私は、恵比寿小豆。共同体『プライマリーカラー』の発起人であり、暫定代表者です。魔法少女の活動期間は二年半ほどになります。そしてこちらが──」
「
そう言い終えると、家主さんは温和に笑う。その笑顔はとても本人に似合っていて、うたはよく笑う人なのかな、とぼんやりと思った。
「自己紹介ありがとうございます。うたは、古金歌羽っていいます。髪が短い方が船花サチで、長い方が江戸柘榴です」
三人を代表して、うたが紹介をし返す。両隣から何を勝手に、という視線が突き刺さるが、別に何も問題はないと思うのであえて無視した。
なんだかんだ考えるのも煩わしく、段々と彼女達に対する扱いが雑になってきている。
「はい。ありがとうございます。
……それで話の内容というのはですね、実は貴女達それぞれで違っているんですよ。しかし、決してそれは互いに無関係ではありません」
「無関係ではない……?」
「例えば、それは色梨こゆり──風来坊のことだったりね」
家主さんがそれを口にした刹那、サチが瞠目し、見るからに何かを言いたげに口をぱくぱくさせた。
サチにとって、それだけ色梨こゆりという存在はあまりに大きい。そのため、サチは動揺してしまったのだろう。
うたの方は、やっぱりか、という気持ちになっていた。
小豆さんが持つネットワークならば、情報をかなり早くかき集めることができる。だからキュゥべえに聞かれた時にその正体を知っていなくても、その後に自力で風来坊=こゆりの図式に辿り着いていてもおかしくない。
もちろんこゆりには、まだ干渉してないだろう。牛木草の魔法少女に怪我を負わせているこゆりをどうにかする必要はあるだろうが、それを同盟者であるサチに無断で行うことは、多分ないと思うから。
──つまりサチをここに呼び出したのは、“こゆりに今から干渉する”と伝えるためであるとも言えるのだ。
「お前、こゆりのことどうするつもり?酷いことしないよね?」
やがて、感情を出来るだけ殺した声で、サチが小豆さんに問うた。
すると小豆さんは、
「出来る限りは。基本的に対話しようというのが、プライマリーカラーの理念ですから。といっても、その度合いは歌羽ちゃんの返答しだいで変わると思いますけど」
「え?」
と、意味深げにうたの方に視線を向けた。何故か、家主さんもうたに気の毒そうな顔をしている。
うたは当然戸惑って声を上げて、体を硬直させた。
ある種、空間に独特な空気が渦巻く。こういう時、大抵良いことは起こらないのをうたは知っている。
つまり、……ほぼ百%小豆さんの話は厄いということだ。
それを理解した瞬間、うたの中でエマージェンシーの声がこだまし、警戒度レベルが急上昇。拒絶の感情をわざと瞳に出し、うたは若干厳しい語調で聞いた。
「うた次第って、どういうことですか?」
「言葉どうりの意味ですよ」
「言葉どうりの意味?」
柘榴がその好奇心からなのか、前のめりになって復唱し返す。
少しの間、家主さんは瞑目すると、
「プライマリーカラーの方針としては、風来坊──こゆりちゃんを止めるってことで内部で意見が一致してる。こゆりちゃんがやっていることは、プライマリーカラーの活動には邪魔になるからね」
「……まあ、そうなりますよね。その判断は、間違っていないと思います」
「ありがとうございます。ああ、もちろん、こゆりちゃんがやっつけたという、他の子の縄張りを奪おうとした魔法少女にも、然るべき罰を受けてもらいます。……というか、今そうするように絶賛動いている真っ最中です」
小豆さんはそこで組んでいた腕を解き、リラックスさせるように机の上に乗せる。しかし、その顔の真剣さはより深くなり、自然とこちらの身も引き締まる。
ゴクリ、とうたは唾を飲み込んだ。
「プライマリーカラーは、牛木草をいくつかの地区に分け、その地区ごとに揉め事などや様々な問題に対処する調停役を置くことで、その治安を守ろうとしています。
今動いてくれている子達も、そういった調停役なのです」
広すぎる土地に、何十人もの魔法少女。それらを細く管理するのは、一人では無理だ。そのため、管理する場所を細かく分け、それぞれの担当をつけるという方法になったのだろう。それは独裁体制を阻止するためにも、理に叶っている。
だが──
「そう上手くもいってなくてですね。人員不足のせいで、その席が空いている地区も多いんです。歌羽ちゃんやこゆりちゃんが活動している地区もそういった地域で、それ故に現在こゆりちゃんを止めるべき担当の地区の人は……残念ながらいないんですよ」
消沈した声音で小豆さんは話す。
そこには気苦労が見て取れ、うたは少し同情心を抱いた。
こゆりに対処しようと他の地域の調停役を動かそうにも、小豆さんの様子からして出来ないんだろう。多分、忙しすぎて皆、手が回らないのだ。
「じゃあじゃあ、その調停役ってのをどうにかすれば、こゆりをどうにかできるの?なら、私その調停役になるからこゆりを止める。そんでサチもこゆりを仲直りしてみせるよ」
棒読みながら強く言い、柘榴は自分の胸に手を当てた。
すごく自信満々で、傲慢で、厚かましい態度である。だが、柘榴は誰よりも真剣に、純粋に、勇気を持って頼み込んでいた。
そんな彼女に、サチは感動したように唇を震わせ、小豆さんは目を細めて観察する。
そんな中で、家主さんは申し訳なさそうな顔をして、
「──残念だけど、君には任せられない」
「それは、私が役不足だから?」
「そういうことじゃないんだ。ただ、もう候補はすでに見つかっているから。ていうか、その話のためにそもそも歌羽ちゃんを呼んだんだし」
そう言ってから、うたを見た。
「……ま、まさか──」
その視線と口ぶりからある答えに辿り着き、うたは青ざめる。それはここに来る前に予想していた話よりも、遥かに最悪なものであった。
「うたみたいな奴が……?いやそんな……」
うた同様その答えに行き着いたのか、サチも困惑の表情を浮かべている。失礼だが、うたでは出来ないと思っているのだろう。
一方の柘榴は何故か、「……まあ、うたなら」と納得している。舐めた態度とってるくせに、実に不服だ。
「ちょ、ちょっと待ってください。話が急展開すぎて、頭が追いつきません。え?何ですか?うた、もしかして調停役になってこゆりを止めろって言われているんですか?違いますよね?」
うたは思わず、縋るように否定を求める。しかし小豆さんは表情を変えず、家主さんは不憫そうに苦笑する。
「否定してあげたいけど、違わないよ。小豆は君を調停役にしたがっている」
「……サ、サイデスカ」
クソッタレと、うたは心の中で思いっきり顔をしかめた。
これは、面倒くさいとかいう問題じゃない。やりたくない。やれるわけがない。
調停役と言葉を変えてはいるが、ようはその地区のリーダーと、プライマリーカラーの中枢メンバーになれと言われているようなもんである。
その責務の重さは想像をしているよりきっと何十倍も重く、そんなプレッシャーに耐えられるわけがない。
何より、うたは魔法少女という存在自体が嫌いなのである。
うたもそうだけど、どいつもこいつも願いで現実を捻じ曲げて、自分の都合の良いように変えているずるい連中だ。
そしてその結果として宿る魔法の力は、恐ろしく禍々しい。特にうたの能力なんか、その最たるものだろう。
とにかく、魔法少女はロクでもない存在なのだ。
そんな奴らのために、どうしてうたが身を粉にしなければならない。
「……うた、嫌なんですが。何故普通の魔法少女であるうたが、色々と巻き込まれる立場に立たなきゃいけないんですか?」
悪感情から、冷たく言い放つ。それが意外だったのか、両隣から驚いたような気配が伝わってくるが構わない。
うたは確かに間違ったことも言っているが、同時に正当な主張もしているはずなのだ。
そこを、うたは都合よく誤魔化したりしない。それが、ただ能天気にヘラヘラ笑ってエルを傷つけた、古鐘歌羽のけじめだ。
「話は理解できます。理解できますよ。こゆりを止めるのはうたも同意しますし、柘榴やサチのためならそれを手助けしたいとも思います。ですが、だからってそのためだけに調停役になりたくありませんよ。うたがこの共同体に入ったのは、自分の身を守りたいからであって、皆を守りたいからではない。小豆さんが大変なのは分かっていますが、そこまでする義理はうたにはありません。
……だいたい、どうしてうたなんですか。うた、どうせ何もできませんよ」
うたは、包み隠さず拒否の意を伝える。
その反応を内心で予想していたのか、小豆さんは苦笑し、
「まあ、そう言いますよね。突然ですし。ですが、私は貴女が調停役に適任だと思ったんですよ」
「何処が……」
「そうですね。決断力の速さとか、頭の回転が速いところとか。それでいて、汚い部分でも自分の意思を曲げずにこうやってはっきり言うところとか。何より、貴女は弱者の心が分かる人です──貴女は、貴女が思っているより何もできない人じゃありません。貴女は、やれる」
小豆さんは最後の方を、こちらに訴えるように強めた。
その意味が、まるで分からない。
うたには、訳が分からない。
ただ、それは心を見透かしたかのような言葉であり、うたが常に持っている無力感を真っ向から否定するものであった。
……こんなのは初めてだ。うたは誰にも、それこそおじいちゃんにさえ悩みを話したことなんかない。それなのにどうして──
「……そんな簡単に、やれるとか言わないでくださいよ。うたは無理です」
うたは先ほどより、攻撃的な響きを声にのせる。
何でもできる。何でもやれる。
うたが、一番嫌いな言葉だ。かつてのうたはそれを信じ、裏切られた。そしてそれをエルに言ったことで絆は崩壊した。
綺麗事など、この世で最も反吐が出る。
「私は、何も考えなしに言ってませんよ。
さっきも言いましたが、貴女は弱者の心が分かる人です。貴女は満たされていない。ずっとコンプレックスに苛まれている。だからこそ、魔法少女の心情を読むことに長けているのです。何故なら、魔法少女は基本的に貴女のように“満たされていない”子が多いから」
「────」
また、見透かしたかのような発言。それがうたの心にすんなり入り込んできて、周りに柘榴やサチがいるのも忘れて、呆けたような表情をしてしまう。
「貴女は、一体どこまでうたのことを……」
ここまでうたの感情を意図的に刺激してくるなんて。
どう考えても小豆さんは、こっちがどう思っているのか把握している。
それが魔法によるものかは不明だが、あまり良い気分ではない。
「秘密です♪」
ウィンクしてお茶目に笑う小豆さん。どんな方法でこちらを知ったのか、話す気は一切ない、ということらしい。
それにちょっとイラっときたのは内緒だ。この人、ここに来てからイメージが崩れに崩れまくっている。
「……ですが、どうせ調停役にならないにしろ、このまま何もしないほうが貴女にとってストレスなのでは?」
「……?」
言っている意味が分からず、うたは首を傾げる。小豆さんはうたの神経を逆撫するような慈悲深い目つきで、
「分かってないようなのではっきり言いますが、貴女は魔法少女という存在に対して、同情心を抱いている。自分と似た境遇の子がいっぱいいるから、自分を無意識のうちに重ねてるんですよ。だからこの現状を、どうも思わないはずがない。……どうにかしたいって、心の何処かで思っているはずなんです」
「……そうでしょうか?うた、そんなこと考えてません」
うたは、その断定を否定する。
確かに、この現状は酷い物だと言えるし、思うところがないではないが、それより巻き込まれるのは嫌だという考えの方が強い。
それに、この呪いのような無力感がうたをいつも蝕んでいる。
そんなうたが、自ら何かを変えたいなど、それこそ矛盾して──
「矛盾していることに、罪悪感を抱かなくても良いですよ。感情は複雑なものです。切り離すべき、こうあるべきって時点で間違ってます。……そういうところ、歌羽ちゃんは真面目すぎて頭が硬いと思います」
「────」
思考が停止する。心臓の音すらも、それに伴うように聞こえなくなった。
それは、衝撃と呼ぶのすら生温い驚愕。よく殴られたような、という表現を目にするが、正しくうたはそんな感覚に陥っていた。
「思いは矛盾するものですよ。嫌いなものを好きって思ったり、逆に嫌いなものを好きって思ったりするもんです。……だから、何もやりたくないって思いと、何かをやりたいって思う気持ちも、どっちも心の中で同居する場合もあるんですよ」
「……」
「なら、それらを無視せず、叶えれば良いじゃありませんか。それだけ嫌だって気持ちを、はっきりと言えるんです。やりたいって気持ちもも、この際自覚して、認めてあげましょう」
「……」
「そもそも、貴女はどうして共同体に入るのを即答したんですか?ただ単に守ってもらいたくて入ったんですか?大の人間不信のくせに、怪しい私を完全に信頼するなんておかしな話じゃないですか。その時点で、貴女は変わりたい、変えたいと思ったんじゃないんですか?」
「……」
反論もできず、うたは黙る。ただ小豆さんの声だけが頭の中で反芻し、自分がどう思っているのかも、よく分からなくなっていく。
うたは、一体何なのだろうか。その疑問がつきまとっていて、矛盾はずっと悪い物だと思っていた。しかしそれは、おかしくないのだと肯定された。むしろ自然なことだと論された。
今までとは真逆の考えだ。
だが、それが本当ならば、小豆さんの言う通り、うたは本気で自分で自分を変えたいと思っているのか?契約しても、何も本質は変わらなかったのに。
──だが、胸の内側で、何かが動く。それは、小豆さんを試してやろう、結果は何も変わらないと嘲笑ってやろうという、黒々とした感情だ。
「そんなの……、うた、分かんないですよ。何もかも分からない。自分のことなんて、自分が一番分かんないです」
しばらくしてから、ぼそりとうたは呟いた。小豆さんはそれを真剣に聞いてくれている。
「矛盾が、おかしくない?うたの、この二つの相反する感情は、どちらも正しい?……めちゃくちゃ馬鹿馬鹿しいですね。ならば、どうしてうたはこんなに苦しむんですか。矛盾しているから苦しむんでしょう?」
「その通りかもしれません。しかし、そうやって決めつけている方が苦しみを生むんですよ?すべてを否定することになっているから。貴女はまず、そこを自覚すべきです」
うたの言い分を、小豆さんはバッサリと一刀両断する。それはもう気持ちがいいくらいで、思わず嘆息が出る程だ。歯向かう気持ちも、これには失せる。
「──そうですか。貴女の言いたいことは分かりましたよ。……ならば、そうまで言うなら自覚とやらをさせてくださいよ」
「残念ですが、そこまで甘やかしません。まあ、その手伝いぐらいならできますけど?」
「それが、調停役をやらせることですか?それって程の良い言い訳じゃありませんか?人員不足だから、うたに無理やりやらせようっていう」
指摘すると、小豆さんはまたもや苦笑いを浮かべた。いくらか当たっているらしい。
「歌羽ちゃんって結構言いますよね。否定はしませんが。……否定は、しませんよ?」
「二回も繰り返さなくて良いです」
ふざける小豆さんに、うたは容赦なく言う。
小豆さんはごめんごめんとばかりに少し舌を出し、
「で、どうしますか?……調停役、なりますか?」
「……」
穏やかな口調で問われ、うたは改めて考える。
「うたは──」
弦家住
年齢不詳、出身地不明、記憶喪失の魔法少女。その存在はキュゥべえでさえ分からず、謎が多い。また、東ミズハと顔は似ているが、その理由も不明である。覚えているのは自分の名前と家主という渾名だけであり、基本的には本人の希望で家主と呼ばれている。
性格は穏和で世話好きな、オカン属性の持ち主。しかし、その精神性には生まれながらの大きな歪みが存在しており、そのことを自覚しているが故に自己評価は低めで自罰的。それでも自分のことは受け入れており、“ありのままでいる”ことを信条として掲げている。
今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?
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キャラ
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設定
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話のテンポの良さ
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文章