悪魔の祝福
「……ねえ、私って何ですか?私って、一体誰なんですか?」
一面真っ白い部屋の中で、私はそう、目の前の少女に問いかける。
すると彼女は、ちょっと困ったような顔をした。
やっぱり、彼女にも答えられないらしい。当たり前だ。その質問の答えは、容易には出せない。
しかし聞かずにはいられない。
私という存在は酷く曖昧で、そして嘘に塗れている。私は自分を“自分”として定義できないのだ。だからこそ、私を定義してくれるのは他人だけ。私が何か、という質問に答えられるのは、私以外の誰かだ。
「……」
少女は手に持っていたものを撫でる。
それは、見た目は何の変哲も無い、ただの古風な望遠鏡。しかし、私はこの望遠鏡が普通の望遠鏡では無いことを知っている。
この望遠鏡は、あらゆる世界を見ることができる。それがどんなに一欠片の遠く小さな世界であっても、確かに存在しているならば、観測可能だ。
それを使って、少女は世界にたった一人取り残された私を拾ってくれた。
曰く、私に興味があったから、だそうだ。
……まったく、この人らしいというか、何というか。
少女は唐突に、ゆっくりと望遠鏡を覗き込む。
何のつもりでそんなことをしているのか、さっぱり分からない。彼女はどうしてこのタイミングで、他の世界なんて見ているんだろう。
そう思っていると、しばらくして少女は望遠鏡を目から離れさせる。
その顔は、相変わらずこちらを憐れむようなものだった。
「何を見ていたんですか?」
「別の世界の“貴女”を見ていたんだよ。ほら、“貴女”って複数体いるからね」
「それは、“私”ではありません」
私は顔を思いっきり、歪めてみせた。
私は“私”以外、本当の自分だと認めない。だから他の私だろうとも、“私”と呼んじゃいけないのだ。
「……そうだったね。ごめんね、ノカ」
「その名前もやめて下さい」
もう、私は何者でもない。私は誰にもなれない。
名前とは、存在の定義づけだ。名付けられた瞬間、その存在は固定する。
私は、名前なんていらない。そんなもので、私は“私”以外の何かになりたく無い。
「そんなことを言われても、こちらは何と呼べば良いの?流石に名無しはまずいでしょ?」
「確かにそうですけど。でもそれなら……、もっとカッコいいのが良いです。例えば鮮血殺人卿とか──」
「却下で。やっぱりノカが良い」
「……」
……何でよ。良いじゃん、鮮血殺人卿。
そりゃあ、血生臭い名前だとは思うけど、それが逆にカッコいいのに……。
「それで、どうだったんです?他の個体の様子は」
あたしは気を取り直して少女に聞く。少女は望遠鏡を弄りながら答えた。
「……良く見えなかったけど、でも彼女は自分が何者か、答えを見つけたみたいよ」
それはそれは……、珍しいこともあるんだね。私と同じ存在だということは、その個体もまた偽物だということ。つまり、彼女もアイデンティを失っているはずなのだ。
だが、それを自力で得たというのか。
感服すぎて、言葉がない。称賛されるべき快挙だろう。
「……しかし、その個体はどうやって自分の答えを見つけたんですか?」
「さあ?」
「さあって……」
すると、彼女はしょうがないでしょうと、とでも言うように、
「そこまでは見えなかったから、何とも言えないの」
それならば、まあ仕方がないか。
どんなものでも観測可能とはいえ、望んだものすべてを見ることはできないのだ。この望遠鏡は、そこまで万能ではない。
少女は、私を安心させるためか、胡散臭いくらいにっこりと笑った。
「でも、貴女も何れ、答えは見つけられるんじゃないかな。こうやって、私みたいに観測し続ければ」
「……そうでしょうか」
「少なくとも、諦めたらそこで試合終了だよ」
ほら、今日も観測を続けるよ、と彼女は望遠鏡を私へと放り投げた。大切なものである筈なのに、その扱いは些か雑だった。
私は望遠鏡をキャッチすると、横についた数字式のダイヤルを弄った。ここを動かすと、ある程度見たいものを指定できるのだ。
「今日は何を見るの?」
少女が聞いてくる。私は側にあった椅子に座ると、しばらく考えて、そして答える。
「色梨こゆりの二年前を見ようと思います」
「そりゃあまたどうして?」
「気になるから」
色梨こゆりとは、この寝巣扉都市圏で悪名を轟かせている魔法少女だ。
“古色”でありながら“色”を作らない変わり者で、特定の住居も持たず、また特定の縄張りも持たない。他の魔法少女の縄張りで勝手に魔女狩りをしているが、戦闘能力も強いため、こゆりを止められる者は誰もいない。そのせいで、あらゆる場所で敵を作りまくっており、風来坊と忌み嫌われている。
ここまで聞くと、さぞ傍若無人のように思われるだろうが、少女の話によれば、こゆりは元々そういうタイプではないらしい。
過去のトラウマから、他人を信用できないだけなのだという。
だがら、そのトラウマとやらを見てみたい。こゆりの人格を歪めるに至った過去を抉り出し、私の答えを探す道程にしたいのだ。
「まあ、悪くないんじゃない?彼女は私が見込んだ魔法少女の一人だし。それにこゆりと君は対局でありながら似た者同士。学ぶことは多いんじゃないかな」
少女が明後日の方を向いて、伸びをする。
「似た者同士、ね……」
それは、私のことを言っているの?それとも、“私”について言っているのだろうか。
そういう、含みのある言い方は実に困る。
「それじゃあ、少しの間借りますよ」
返事代わりに、欠伸が返ってくる。思わず私は、呆れ顔になってしまった。
何て適当な人なのだろう。もうちょっと、こっちのことを気にかけてくれてもいいのにと思う。
まあ、いちいち気にしていても仕方がないかもしれない。この人はこういう人だと割り切ろう。真面目で硬い私も、そろそろ柔軟にならなければ。
私は望遠鏡のダイヤルの設定が、ちゃんと合っているか確認する。
そして、間違えていないことが分かると、望遠鏡に目を当てた。
視界が、灰色に切り替わる。
現実が置き去りにされ、今私の目の前に、過去が再現されていく。
同時に、浮遊感。私の時間も、どんどん現在の感覚を忘れて、過去へ向かっているのだ。
そうして、私は“観る”。
こゆりの過去を。こゆりの絶望を。
ああ、それはなんて愉快な、物語。
◆◇◆◇
六時間目が終わり、いつもの様にホームルームの時間がやってくる。
その時間には、時々学校からプリント類が配られる。それは、親への手紙だったり、生徒に向けたお知らせだったりするんだけど、今日はまた、違うものが配られてきた。
手元にあるプリントを見ると、「悩み相談アンケート」と書かれている。今日配られてきたのは、たまにある、学校側が生徒の事情を把握するために実施するアンケートだった。
教壇にいる先生が、最近いじめが流行っているらしいので、正直に書いてください、と決まりきった様な台詞を言う。
あたしは、少し冷めた気持ちになった。
誰がこんなアンケートに、素直に悩みなんて書くんだろう。大抵の子は、悩みなんか先生に相談したいなんて思わないっつーの。
あたしもアンケートに悩みなんか素直に書きたくない。だって、先生あれこれ聞かれるの、面倒だもの。
それに、この悩みは解決しなきゃいけないほど、深刻なものじゃない。
あたしも、何もありません、とアンケートに記入をして、前の席の子に渡した。
全員分を集め終わるのを先生がチェックすると、終わりの挨拶。ホームルームが終わり、放課後が始まる。
でもあたしの学校での一日は、まだ終わらない。もうちょっとだけ、あたしは学校にいなきゃいけない。
別に、部活とかは入っていないが、それでもあたしは残らねばないのだ。
「あ、色梨さん。この前頼んでたやつなんだけど……」
先生が部屋を出ていくと、早速女子のクラスメイトがすぐ来た。
あたしはため息を吐きたくなるのを我慢して、机の上に用意していた数学のノートを差し出した。
以前目の前にいるクラスメイトに頼まれて、数学のノートを貸してくれるよう頼まれたのだ。
「……うん。写して良いよ」
「ごめんね、色梨さん!!」
受け取ると、女子がお礼を言って去っていく。
そして、今度は次の女子のやってくる。女子はわざとらしい、いかにも困ってます、という顔だった。
「色梨さん、例の件なんだけど……」
「……うん。日直の当番、でしょ?」
素直に頷く。断る理由が、あたしにはないから。
「さっすが、色梨さん。優しいわ〜」
それは言葉だけ見れば、ただの褒め言葉。だが、明らかに馬鹿にしたものだと……、見下したものだと、声音で分かる。
そんなに、あたしが馬鹿みたいに見えるのだろうか。
でも、そうかも。こんな奴に馬鹿にされても、あたしってば何も言い返せない。
こういう声を聞いてしまうと、あたしは固まってしまうのだ。
だから、ただ下向いて、頷くしかない。不甲斐ないけれどね。
「じゃあお願いね〜」
女子はそう言い残すと、帰っていく。その様子が妙にムカついた。
あたしの苦労も知らずに押し付けやがって、まったく……。
何となく嫌な気分になってきて、いらいらしてくる。こうなったら、黒板ピカピカにしてやろ。ここんとこ汚なかったし。
席から立ち上がり、黒板掃除を開始する。
あたしは黒板の角から角まで、チョークの粉を雑巾で拭き取り、黒板消しで端の端から黒板に書いてあったものを完全に消し去った。
三十分をかけて、黒板を出来る限り綺麗にする。あたしはレールに散り一つもないことを見て、満足した。
やっぱり、綺麗にするのって気持ちが良い。
「あ、色梨さん」
その時、タイミングを見計らったみたいに、またニヤニヤしながら別のクラスメイトがやって来る。そこまでするか、とでも思ってるのかしらね。
どうせ、また頼み事でしょ?そうやってあたしをからかってんでしょ?あたし、何も言えないし、幾らでも聞いてやるわよ。
「……今度は、何?」
「あたしさ、この後用事あるんだよね。そんで、掃除当番を代わって」
「うん……」
今日は、帰るのが遅くなりそうだな。……あの子、待ってなきゃ良いんだけど。
あーあ、あたしってば情けない。何であたしって、こうなんだろう。
◆◇◆◇
掃除当番を代わって、あたしはようやく学校での仕事を終わらせる。
そうして校門まで行くと、黒髪のショートヘアの少女が──双子の妹、色梨さゆりがいた。
案の定、あたしを待っていてくれたらしい。
「あ、お姉ちゃん!!」
ずっと待ってたのは地味にきつかったろうに、さゆりは明るい。
あたしに元気よく駆け寄って来る。
「……ん」
対照的に、あたしは元気なく手をあげる。掃除も全力でやらないと気がすまなくて、散り一つ残らないレベルまで掃除したので、ちょっと疲れたのだ。
帰り道へと、あたし達は歩き出す。
中学校に入ってこの二年間、帰り道の景色は何も変わらない。
都心部から外れていることもあって、普通の田舎みたいに家が疎らで、緑も多い。
いかにも都会って感じより、こういう落ち着いた風景は落ち着く。
学校は嫌いではないけど、好きでもない。気を使ってるから、凄く疲れる。でも、通学路だけは好きだ。行く時は億劫だけどね。
「ところでさ、……お姉ちゃん、今日もクラスの子から仕事頼まれたんだよね」
突然、さゆりがあたしにそう切り出してきた。当たり触りのない話をしている時だったので、あたしは一瞬びくりとしてしまった。
どうせバレているのに、あたしは目を泳がせる。さゆりはあたしのその反応から、やっぱりね、という表情になった。
「もうこれで何回目?お姉ちゃん、なんかクラスメイトがらいじめられてない?」
さゆりが怒ったように言う。そんな風にあたしを心配しなくても良いのに、さゆりはいちいちあたしのことを心配してくる。
あたしはうんざりした気持ちを込めて、反論した。
「……からかわれてはいるよ。でも、いじめじゃない。あたしは、いじめられてなんてない」
クラスにあるカーストのバランスのために、誰か特定の子を辱める。それが、あたしのクラスでも行われていて、今はあたしの番になっている。
でも、よくある話だし、いじめってほど深刻じゃない。せいぜい見えないとこで、仕事を押し付けられたり、少し無視されたりしてるだけ。それってからかいの域で、いじめにはなっていないよね。いじめはもっと、悲惨で酷いものだし。そういう子と比べたら、あたしなんかぬるいもんだ。
「だから、あたしの帰りなんて待たないで良いんだよ?……あたしを気にする必要はないんだから」
さゆりってば、このからかいが始まってから、あたしのために毎日毎日校門で待っている。
そこまでしなくても良いのだが、一人じゃつまんないと、あたしと無理やりにでも帰りたがるのだ。
姉としては、双子とはいえ妹と帰るのは恥ずかしい。元気付けられ、それが救いにはなっているけど、正直他の奴らに目を付けられるんじゃないかとも思う。
本音で言えば、一緒に帰るのはやめて欲しい。あたしなんかほったらかしてれば良いのだ。
あたしは全然、大丈夫だからさ。
「いやいや、そういう訳にはいかないよ」
さゆりは首を振る。我が妹ながら、なんて頑固なのだろう。二卵性双生児なんだから、あたしに似ないでよ。
「ていうか、これ絶対虐めだって!!」
「虐めじゃないって言ってるでしょ」
これは、からかいだ。あたしは絶対虐められてなんかない。そこまで落ちぶれてないし、嫌われちゃいない。
そんなの、絶対に認めない。
「やれやれ……」
あたしの頑固な態度に、さゆりは諦めたようにお手上げのポーズをしてみせた。根負けしたことに、あたしは内心勝ち誇る。ざまあみな。あたしの頑固さの方が、上なんだから。
「本当、面倒くさいお姉ちゃん……」
「面倒臭い言うな」
年長者に対して失礼な……。仮にもあたし、姉なんですけど。
「口の利き方がなっていないわよ。生意気妹」
「そっちこそ、何でそう、私に対しては横暴なのさ」
「そりゃあ、家族だから」
瞬間、さゆりは、あたしをじろっと見た。心なしか、こちらを非難しているようにも思える。
それがあたしには、何だか心をすべて見透かされているように感じられた。思わず気圧され、見透かされないように、ぶっきらぼうに聞く。
「な、何よ……。何か言いたいことでもあるの?」
するとさゆりは、真剣な表情になった。
「……そういう強気の態度を、どうして皆に出せないの?」
「それは……」
言い返せなくて黙る。さゆりは構わず、容赦なく続ける。
「お姉ちゃんってさ、皆には黙りよね。それで、頼まれたらなんでも断んない。だから、舐められたりからわれたりすんのよ。ちったぁ、そこら辺直せよ」
さゆりの言うことは、最もだった。
あたしは、クラスではいつも俯いて、何にも言わない。一応グループの中にはいるけど、意見など主張しない。ただ頷いて、幽霊みたいにグループの子にどこでもついていく。
自分から弱々しい態度を取れば、それは周りの子にからかってくださいと言っているようなもんだ。あたしがクラスで最底辺にいるのは、紛れもなく自分のせいだった。
「……けどさ、あたしできないよ。だって、そんなのしたって、見捨てられるだけじゃん……」
あたしの性格は、実に面倒臭い性格だ。
まず、拘りが強い。
そのくせ、大半のものは適当なのに、特定のものは妥協出来なくなる。掃除とかは良い例だ。
おかげで、周りにもずっと変な目で見られて、迷惑をかけてきた。
あたしが意見を主張すれば、皆あたしを白い目で見る。勘弁してよと注意もされる。
それで、小学校の頃に一度ハブられた。
それ以来、あたしは思い知った。自分を出しても、良いことなんか何もないのだ。あたしは皆に受け入れられない。あたしなんて、黙って俯いているのがお似合いなんだよ。
「……怖がってたって、意味ないじゃない。やってみなきゃ、分かんないよ」
「……そんなことないわよ」
あたしだって、頑張ったことはある。
けどさ、無駄だったんだよね。皆面倒くさがって、あっという間にあたしの周りからいなくなっちゃった。
……そうだ。どうせ無駄なんだ。どんなに頑張ったって、あたしは受け入れられない。
「……あたし自身を受け入れてくれる人なんて、本当にいるの?」
「いるよ、きっと……」
「いないわよ。だから、今のままが一番良いんだよ。あたしはまた、ハブられたくない」
もう、あたしのことなんかほったらかしてよ。あたしのことなんか心配しないで。
あたしは、これが最前なのだ。それを変えることなんか、あたしはしたくないのだ。
「……本当にそのまんまで良いの?そんな風に仮面を被ってるお姉ちゃんなんて、本当のお姉ちゃんじゃないわよ。意固地になってら、いつか自分を見失っちゃうよ。そっちの方向に頑固を働かせてどうするのよ」
「良いの、これで。我慢すれば、誰もあたしで嫌な思いしない」
強く言い放つ。さゆりは、ますます心配そうになった。
「お姉ちゃん……」
「……。ごめん……。先帰ってて……」
あたしはそう言うと、そっぽを向いた。今のさゆりの表情を、見ていられなかったのだ。
「……」
足音がして、次第にそれが遠くへ離れていく。正面を向くと、さゆりは背を向けてあたしより先を歩いていた。
あたしはそれを、ぼんやりと見送る。
鬱屈してくる。
あたしはこの場に居たくなくて、適当に歩き出す。
そうしながら、考える。あたし、何をやっているんだろうって。
こんなの、ただの八つ当たりだ。ますます自分がかっこ悪い。
あたしは、家族には自分を出すことができる。家族はあたしのことを受け入れてくれてるから。
でも、それを良いことに、あたしは家族を困らせてばっかりいる。さっきだって、そうだ。せっかくさゆりが心配してくれたのに、追い返してしまった。
……やっぱり、家族にも自分を出しちゃいけないのかも。
こうやって迷惑をかけるくらいなら、心配させるくらいなら、我がままとか言うべきじゃないよね。自分の感情なんて、ぶつけちゃいけない……。
あたしは、いるだけ迷惑な人間なんだ。……自分の拘りも、意見も、思いも、出しちゃいけないのよ。
あたしは、そうするのが一番だ。
何度も何度も何度も何度も何度も。あたしは自分に言い聞かせる。
自分を出してはいけない。自分を押し殺せ。自分を捨て去れ。人形みたいに機械みたいに皆を優先皆のことを第一にそれがあたしの──
「……本当に、そうなのかな」
ぽつり、と。ふいに、勝手に疑問が溢れでた。
脳裏に浮かぶのは、いつか自分を見失うよ、というさゆりの声。
「……あたし、このままだと、あたしじゃなくなるの?本当に我慢した方が良いの?」
絶対そうなんだって。口から勝手に漏れ出す言葉に対抗しようと、あたしは心の中で叫ぶ。
「……でも、あたしは……、あたしのままで……」
しかし、感情は止まらない。それどころか、堰を切ったみたいに、隠していた気持ちが次から次へ溢れてくる。
本当はあたしは……、あたしだって、今のままは嫌だよ。
からかわれるのも頭にくるし、見下されるのも気分が悪い。
こんな誰にでも良いなりの自分なんて、さゆりの言う通りあたしなんかじゃない。そんなあたしなんか、気持ち悪くて反吐が出る。
あたしは、もっと堂々として、胸を張りたいんだ。これ以上、自分を犠牲になんてしたくない。
あたしは、自分に誇り高くありたい。誰にも負けない、自分の意思を貫きたい。
……だけど、あたしやっぱり怖い。迷惑をかけるって思うと、遠慮をしてしまう。
それに自分を出したら、嫌われちゃう。あたしなんて、皆に受け入れられないよ。だったら今のままの方が良いんじゃないかな。
二つの思いが、あたしの中で鬩ぎ合う。頑固なせいか、どちらも曲げたくないと、矛盾したことを思ってしまう。
だから、選べない。どちらを選んでも、もう片方を捨てることになる。
……あたしは、どうすれば良いのだろう。どっちが果たして正解なの?
現状維持?それとも、黙るのをやめて、自分を面に出すの?自分を蔑ろにするのを止めるの?
あたしは、もう嫌な思いはしたくないよ。傷つきたくもない。何より、決めた選択を変えるのも抵抗がある。
覚悟が、全然決まらない。あたしは、どうしようもなく臆病だ。
「分かんない……。正解を……、教えてよ」
あたしは耐えきれなくなって、自分の思いを呟く。そして、すぐに馬鹿馬鹿しくなった。
あたし、誰に聞いてるのよ。こんなの、誰も答えやしない。聞いているやつなんて、誰もいないじゃない。
「正解、とはなんだい?」
「……!?」
いつの間にか変な動物が目の前にいたので、あたしは叫び出しそうになった。
すんでのとこで、口を塞ぐ。まあ、周りに人気はなかったので、叫んだところで何も影響はなかっただろうが。
あたしは、目を見開きながらその変な動物を凝視した。
見たこともない動物だった。全体的に、なんか猫っぽいフォルムをしてて、真っ白い。四足歩行で、赤い目が不思議な印象を受ける。
何だこれ、とあたしは戸惑う。
ぬいぐるみ?何かのドッキリ?しかし、それにしては妙にリアルだ。それに、ちゃんと生きている気配がする。
でも、今いきなり現れたよね……?普通そんなことあり得る……?
「ボクにぜひ、その正解とやらの意味を教えてくれないかな。色梨こゆり」
「しゃ、喋った……!?」
な、何なのこいつ!?
あたし、何か夢見てんじゃないの……?絶対そうだよ。じゃなきゃ、こんな現実離れしたこと起こんないし。
もしかしたら、どこかで寝ちゃったのかも。こうしてクリアに思考できるのは……、まあたまにあることらしいし、そういう奴なんだろう。
そう考えないと、ちょっと辻褄が合わない。
「あ、貴方一体……?」
恐る恐る問う。すると動物が、尻尾を一振り。あたしを赤い二つのビー玉に映しながら答えた。
「ボクはキュゥべえ。こゆり、キミに魔法少女の契約をしてもらいたくてきたんだ」
「……ま、魔法少女?」
魔法少女ってあれよね?女児向けのアニメの……、ちっちゃい頃に見たアニメのヒロインみたいなやつよね。
それに、あたしがなれっていうの?
なんか、夢とはいえ、話おかしくない?何であたしなんかが魔法少女になるの……?
「どうして……、あたしなの?」
「キミに魔法少女の素質があるからさ」
あー……。なんかいかにもそれっぽい言葉だ。つーか、理由になってないよ。
なれる素質がありますね、だからなりましょうね、なってくださいねって……。
いくら何でも無理矢理すぎない?まあ、夢だから話しが変なのか。
ていうか、何で夢に魔法少女が出てくんの?あたし、魔法少女になんて一ミリも興味ないし、アニメも詳しくないしなあ……。
本当、変な夢だわ。覚めるなら、さっさと覚めて欲しいなあ……。
でも、一応聞いてみようかな。馬鹿馬鹿しいけど興味はあるし。
あたしは夢なので、無遠慮に素を出してキュゥべえ(随分と古風な名前。あたし、こんなネーミングセンス残念だっけ?)とやらに質問した。
「……魔法少女?ってのがなんか分かんないけど、それって何なわけ?」
「呪いを振り向く魔女と戦う使命を持つ者さ」
「あたし、その魔女と戦わされんの?」
「でも、ボクはキミの願い事を何でも一つ叶えてあげるよ。その対価としてね」
「……何でも?」
一気にうさんくさくなったんですけど。魔女?はひとまず置いておいて、何でも願い事を叶えるって、何よ。
嘘っぽいというか、なんというか……。これ、願いが叶う、って言っときながら、本当は願いなんて叶えてねえよ、っていう新手の詐欺じゃないの?
言ったら絶対酷いことになりそう。こういう展開って、ろくにならないこと多いし。
まあ、でも、これって夢だしねえ……。
「……むふ、むふふふふ」
自然と笑い声が漏れる。夢だと分かっても、何でも願いが叶うと言われたのだ。これが心躍らずにいられるものか。
でも何が良いかな……。
無難にお金にでもしておきますか。金さえあれば愛も買える。
この世は所詮金よ、金。金で人は動くもの。
あとあれとか……、願い事を増やして下さい……とか。
結構それが一番良いかも。そしたら何でもあたしの望み通り。お金も人の心も、あたしの思いのままじゃない。
久々に楽しい気分になってくる。もう、考えるだけで夢心地。いや、これ夢なんだけど。
「こゆり、それでどうなんだい?契約するかい?」
「あー、はいはい、契約すっから、ちょっと黙ってて。今願い事を考えてんだから」
キュゥべえの催促を適当にあしらい、あたしはお金と願い事のどちらにするか悩み出す。
しかし、ふとそこで気がついた。
別にお金、あたしには必要ないじゃない。
あたし、趣味にそれほどお金は使わない。つまり、お金があったとこで持て余すだけ。
願い事を叶えられる回数を増やすのも、考えてみれば、それはそれでちょっとお得感が消え失せる。一回切りだからこそ、特別感があるんだよね。
というか、既にあたしの望みは一つだけだ。
夢だけど、せっかく願い事が叶うのだ。言ってみるのも悪くはない。
あたしは試しに、この望みが叶うのかお願いしてみた。
「あたし、……正解を、答えを知りたい。どっちを選ぶべきなのか、分かんないから」
「つまり、その正解とは、キミが悩んでいる選択肢のどちらが最善なのか、という意味なんだね」
「そうよ。そういう意味」
「しかし、キミは一体何に悩んでいるんだい?それを教えてくれないかな」
キュゥべえが具体的に言え、と言ってくる。夢のくせに、こういうとこはしっかりしてんのね……。
まあ、普段だったら本音とか言えないんだけど、夢だから言っても良いだろう。別に、こいつ友達とかじゃないし、現実に存在してないし。
「……あたしね、周りの人に迷惑ばっかりかけるから、ずっと自分の意見とか黙ってきたの。けど、それは本当のあたしじゃない。でも、自分を出しても受け入れてもらえないかもしれない。だから、あたしはあたしを押し殺すべきなのか、それとも、あたしはあたしを貫き通すべきなのか、分かんないの」
「なるほど、そういうことか。その選択肢の正解を、キミは知りたいんだね?」
キュゥべえが確認するように聞いてくる。
そのせいか、あたしは変に緊張してきた。けど、あたしの意思は変わんない。
あたしは心のまま、思いを告げた。
「うん。今すぐじゃなくて良い。時間がかかっても良いから……、あたしはどっちを選ぶべきなのかを知りたい!!」
瞬間、光が生まれた。一瞬苦しくなったと思ったら、急に胸の内から飛び出したのだ。
それは、徐々に球体へと凝縮されると、一つの卵形の白い宝石になる。
その輝きは、生命の神秘が具現化したように美しい。あたしは、すべてを忘れて見惚れた。この世にこんなものがあるなんて、思えない。
「……おめでとう、こゆり。キミの願いはエントロピーを凌駕した」
静かにキュゥべえが祝う。でもあたしは呆然としていて、その言葉をしっかりと聞いていなかった。
だから──祝福だとしても、それが悪魔の祝福だなんて、気付けやしなかった。
ノカ
自分のアイデンティティを失っている少女。他人にしか自分の価値を見出せず、自分の存在意義に苦しんでいる。そのため、一緒に住んでいる別の少女の望遠鏡を覗き、他人の人生を観ることで、自分のアイデンティティを確立させようとしている。
性格は真面目でしっかり者だが、中二病気質で面食いという残念な少女。はっきりと物を言うためか毒舌で、何処か達観しているが故に冷静。頭がそこそこ良い。ちなみに、ノカという名前は仮名である。
今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?
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キャラ
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設定
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展開
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話のテンポの良さ
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文章