魔法少女こゆり☆マギカ   作:鐘餅

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一万文字超えてるのでいつもより少し長いです


饗宴にて狂う

 チケットの地図、それから魔女の魔力反応を頼りに、あたしは道を進んでいく。

 足を前に動かすごとにどんどんと人気は無くなっていき、家が少なくなっていった。

 

 そうして雑木林の中に入り、やがて辿り着いたその最奥にあったのは、西洋風の大きな建物だった。

 白い屋根の天辺には十字架の飾りがついており、赤煉瓦を積み上げてできた壁にも似たような意匠が施されている。

 恐らく、教会……、もしくは礼拝堂といった施設なのだろう。

 あまりこういったところに縁がないので、断定はできないのだけど。

 しかし、雰囲気こそなんとか壮麗さを保ってはいるが、窓ガラスに少しヒビが入っていたり、周囲には雑草が生い茂っている。

 もうこの礼拝堂は使われておらず、廃墟になってしまっているのだ。

 

「反応は……」

 

 一応念のために、魔力を探る。

 すると、衣装のベルトに付けられたソウルジェムの光が強く明滅。やはり、ここに魔女がいるらしい。

 

「……ここまで追いかけさせて何企んでんだか分かんないけど、今度こそ狩らせてもらうわよ」

 

 軽口をわざと叩き、あたしは気合を入れた。

 正直あの“声”のこともあって恐怖しているのだけれど、それは今は胸の内に無理やり抑えつけなければならない。

 

 感謝されたいわけでもないし、ましてやこの件が終わったら関わることはないのかもしれないけれど、あたしはあの幼い少女の母親を助けなければならない。そうすることで、幼い彼女に恩を着せたいのだ。

 ……どうせあたしなんて、誰からも愛されないの“かも”しれないしさ。ならせめて、その存在だけでもその身に刻み付けたい。

 

「たのもー……」

 

 礼拝堂の観音扉に手をかける。それは軋んだ音を立てながら、ゆっくりと開いていった。

 

 警戒しながら中に入る。

 カビ臭い臭いが鼻につき、埃が舞った。

 

 そこそこ広い空間が広がる。

 真っ直ぐに伸びる道。その両脇には木の長椅子がそれぞれ十個ぐらい並べられ、それなりの人数が座れるだろう席が確保されてある。

 正面、奥の壁にある大きなステンドグラスは、イエスキリストが天に登っている様子を描いており、その周りには天使や聖人の姿が見受けられた。

 精巧さと良い、芸術性と良い、思わず息を飲んでしまうぐらいに美しい。

 ステンドグラスの前のスペースはほかの場所より一段高く、演壇となっている。壇上には質素だが高そうな演台があり、その上には教典と思わしき本があるが、それ以上のことは分からない。

 また、周囲の白い壁や床にある装飾は、どれも豪奢な作りだ。

 廃墟になってしまっているが、元々は権威ある場所だったのかもしれない。

 そう考えると、なんとも言い難い感傷がある。

 

 なんて、どうでも良い思いを抱えながらあたしは通路を歩いていく。

 そうして演壇の前に立つと、魔力の揺らぎに干渉した。

 

 変化はすぐに訪れる。

 あたしの目の前で、ステンドグラスは歪み、捻れ、コウモリのマークが浮かんだ空間の穴を出現させたのだ。

 結界の入り口──異界の扉だ。あの先に、魔女が住まう迷宮が広がっている。

 

 あたしは素手になっている掌に、最も得意な武器である硬鞭を造り出した。気休めかもしれないが、こうすることで心持ちは前向きになる。

 これで準備完了だ。ようやく、魔女をぶっ殺せる。

 

 あたしは改めて気合を入れ直すと、息を飲む。そうして、意を決して飛び込もうとしたその時──

 

「やっぱり来てくれたんだー。来てくれたんですね」

 

 漆黒の虚の孔から、突如として“右手”が生えた。

 

「……は?」

 

 思考が停止。あたしは体を強張らせながら呆然とする。

 ……訳がわからなかった。一体全体、何が起こっているのか。

 だってこんなこと一度もなかったし。その右手が何なのかも、理解が出来なかった。

 

 そうやって固まっているうちに、“手”は徐々に結界の入り口からその身を出し、右腕、左足、と、徐々にそのシルエットが明らかになっていく。

 

 それは背の高い、一人の少女だった。

 すらりと長い手足。羨ましくなるぐらい白い肌。それらを大事に包むかのように、柔らかな素材で出来た黒いワンピースを着ている。

 だがその服は決して地味ではなく、むしろフリルがふんだんにあしらわれた派手な装いであり、まるで舞台衣装か何かのように思えた。

 髪は腰まで伸びた長髪。太陽の日をそのまま写したかのような鮮やかな赤みを帯びた橙色で、横に結び、肩にたらしている。

 都雅な雰囲気を出しているが、しかし肝心の顔はよく見えない。それは頭から被ったベールのせいで、常に目元には暗い影が出来ているのだ。

 

 得体の知れないやつだった。

 魔法少女の魔力反応もなく、かといって魔女の反応も返ってこない。

 そいつはそいつ独自の魔力を放っており、それがこの上なく異質であった。

 

 あたしはあまりの恐怖に、“声”の時同様、魔女のことも幼い少女のことも忘れる。

 少女は見ているだけで呼吸が止まりそうな、圧倒的なプレッシャーを放っていたのだ。

 それに当てられていると、自然と頭を垂れ、命の許しを乞いたくなる。

 あたしが蟻なら、向こうは像。気まぐれ次第でぺちゃんこだ。

 

「空っぽ。可哀想。空っぽ──ああ、嬉しい。貴女に会えて嬉しい。やったー、やったー」

 

 少女は演壇に降り立ち、無邪気にバンザーイ、と手を上げては下げるのを繰り返す。

 その声は、あのコウモリの魔女の結界で聞いた“声”と同じものだ。

 大分明瞭で意味も分かるが、調子が似ている。間違いない。

 

「ア、アンタ……、一体……」

 

 混乱の中、あたしはどうにか辿々しく少女に声をかけた。

 すると黒の少女はピタリと止まり、首を勢いよく六十度の角度に傾けた。

 まるで人形めいたような、不気味な動作。それなのに、口元に人間みたいな満面の笑みを笑み浮かべ、

 

「来てくれてありがとう。ありがとうございます。よく来てくれましたね。歓迎しますよ。空っぽ。矛盾。ありがとうございます。おめでとー。イエーイ、ヒューヒュー!」

 

 パチパチパチパチ。

 少女は軽く拍手を送る。

 こちらの言葉など聞いちゃいないし、また言っていることも支離滅裂だ。

 ──完全にイカれてやがる。

 

「……何なんだよ」

 

 あたしは顔を顰めて呟いた。

 まったく、置かれている状況の理不尽さに悪態をつきたくなってしまう。

 そうしないと、こっちまで少女の狂気に影響されて気が狂いそうだ。

 

 何もかもが、意味不明だ。

 この少女の正体は?

 何であたしに“声”をかけてきた?どうして、結界の入り口から出てきたんだ?

 尽きぬ疑問で頭の中が満たされていく。

 しかしそれを答えてくれるだろう黒の少女は、まともではない様子でぶつぶつと何かを言っている。

 

「矛盾。空っぽ。私が、私の、私は高尚だ。私より下のやつ。助ける。助けて、助けて下さい。助けないで。

 ……うん、良いの……、良いの良いの良いのよ。……大丈夫だから……さ。その……ええとね、勇気を出して……。

 ──ああ、そうだねその通り。リノ、大丈夫。さっすが友達。心配してくれてありがと〜」

 

 少女は右手の人差し指を立てて動かしながら裏声を出すと、何故か自分で自分を慰める。そうして、次には顔を輝かせてその指をリノと呼び、接吻を落とした。

 それは滑稽な一人芝居。だが、少女はその芝居を本気でやっているようだった。

 だからこそ、直視したくない。純粋な狂気が、そこにはあったから。

 

「ん、じゃあ貴女の名前教えて。漢字も教えて。してして。お願いします」

「……」

 

 一頻り盛り上がったところで、ようやくあたしとコミニケーションをしようという気になったらしい。少女は接吻した右手の人差し指であたしを指し、自己紹介するように求めてきた。

 

 その言葉は軽いが、圧はもの凄い。口元には一切の笑みはなく、少女から感じるプレッシャーは更に強まっている。

 

「色梨、こゆり……。色と果物の梨で“しきり”で、こゆりはひらがな……」

 

 あたしは仕方なく自分の名前を言う。それを聞いた少女は熟考する様に顎に手をやり、

 

「なるほどなるほど。色梨こゆり。

 こゆり。こゆり、こゆり、こゆり。ゆりこ、リユーコ……。いや、色梨……、色無し、色がない。……無彩色──モノクロ。

 うん。貴女は今日からノモロクちゃん」

「……ノモロク?」

「渾名。私だけの呼び名ですよ。おめでと。これで貴女は私のものだよ、ノモロクちゃん」

「は、はあ……」

 

 なんか勝手に変な名前つけられて、自分のものだ宣言された。

 なんだなんだこいつ……。何考えてんだか分かんねー。

 

「それでその……、ア、アンタは……?一体、何者なのさ……」

 

 今ならば答えてくれるかもしれないと思い、あたしは再度正体を問う。

 すると少女は胸を張り、これまた絶句するような答えを返してきた。

 

「ふふ。聞いて驚いて下さいね。我こそは殺人卿。ウロボロスの輪で首を吊って時間を繰り返した、この世で最も特別で高尚なもの。即ち──神様なんですよ」

「……か、神?」

「──そう。我こそは、神!!」

 

 指を天に突き上げ、自信満々にそう言い放つ少女。

 あたしは恐怖から一転、何言ってんだろうとぽかんとしてしまった。

 

 いやだって、自分のこと神様とか言うの正直痛いし。

 それに何処となく台詞自体が臭いし、何言ってんのか分からないぐらいカッコつけた言い回しが多いし。

 ……うん。はっきり言って中二病くさいんだわ。

 それでいてノリノリでいってんのが残念さに拍車をかけていて、雰囲気が台無しである。

 

「えーと。馬鹿にしてるわけじゃないのよね?」

 

 あたしは確認のために、苦笑いを浮かべながら訊いた。

 しかし、少女はその真意が分からなかったのか、笑顔を浮かべながら首を傾げた。

 

「……何で馬鹿にする必要あるんですかぁ?」

「必要っていうか……。冗談を言っておちょくってるのかと」

「おちょくるぅ?──それこそ私を馬鹿してる」

「……!?」

 

 急に少女の雰囲気が変わり、あたしは瞠目する。

 ベールの奥で輝く少女の瞳は、それこそ温和のようであったが──そのガラス玉のような眼球には、底無しの闇が宿っていた。

 ……“不快”。

 だだその負の感情を、少女は膨大に闇の中に込める。しかしあたしはそれだけで腰が砕けそうになり、ぞくりと毛が逆立った。

 

「……我こそは神。特別。特別なんだーよ?それがぁ?何で何でどうしてどうして、可哀想なお前ににににに、同情?下に見る?

 ……そう、私はだからこそ力ある!!故に、皆を救うのだ!!矛盾してるやつを救えるのだ。

 それを救えないと。神じゃないから救えないとお前は言うのですか?」

「い、いや……、そんなつもりでは……」

「そういうつもりだろ?お前。私のこと、プリマドンナにもなれぬ脇役だと!!肯定、肯定!!塵芥!!私は特別じゃないってふざけんな!!抗議します!!バン、バン、バン、バン!!」

 

 少女は訳の分からないことで癇癪を起こし、バン、バン、と言う度に、演壇に握り拳を叩きつける。

 相変わらずこっちの話を聞いちゃいない。あたしは、一瞬でも話が通じるのではないかという希望を持ったことに今更ながら後悔する。

 

「……ふう。叩きつけすぎて痛いよ。痛すぎるよぉ〜。これも全部私のせい。私が何も持ってないせいなんだ。ごめんねごめんよ、私ぃ。えーん!!

 ……もーしょうがないなあ。私ったら泣いちゃってみっともない。頭を撫でてあげるよ。えー子供っぽすぎるぅ、それでも良いの、よしよしよしよし!ふええ!!何でなでるの!!でも落ち着いた。ありがとー!やはり我こそは、我らこそは神なり!!」

 

 少女は泣いたと思ったら、次の瞬間優しげに笑みを作って自分の頭を撫で、大袈裟なリアクションで照れると、最後にお礼を言って自分のことを神だと声高に叫んだ。

 そのころころ変わる行動には何の脈略もなく、理解不能だ。

 おまけに、自分で自分と会話しているマジキチっぷり。

 

 ……こいつは、狂人どころかマジもんの怪物だ。自分の中だけで自分が完結してる。

 

「よしよしよしよし、よーしよしよし。ようやく私のおかげで落ち着いたぁ。そう!!落ち着いたところでぇ、貴女をサクッと救っちゃいまーす!!コングラっチュレーション!!一回回ってピース!!イエイ!!」

 

 本人曰く落ち着いたはずなのだが、むしろ異常なテンションではしゃぐ少女。まるで服を自慢するかのようにターンをしてみせ、目の横であざとくピースなんて決めてみせる。

 ……その異常行動についていけない。それに、何を話してるんだかさっぱり分からないし。

 

「救うってどういうことなのよ……」

 

 最早、意思疎通できることを半分諦めながら質問する。だが今度は、少女はさっきと比べればいくらかまともな返事をしてきた。

 

「私ってばね、この通り誰よりも高尚なのです。つまり、時間を繰り返し繰り返し繰り返し抜いた私の悲願は、矛盾した人を救うことなのです。

 故に、私は貴女を神として救うの。“天才”で可哀想な貴女を、凡人で空っぽな私が救ってあげる」

 

 吐き気を催す言葉を平気で言って、壇上から見下すように、にこりと少女は微笑む。

 

 ──それは、唾棄すべき理論だった。

 こいつはあたしを救うと言っているが、それは究極的には自分のためだ。

 空っぽで何もないから、あたしを助けることで自分の価値を上げようとしている。

 そしてそんな自分を高尚だの神だの称しているのだ。

 歪んだ承認欲求と肥大化した劣等感。こいつの中には、それしかない。

 

 あたしはその狂人らしい思想に、言葉も出なかった。途方も無い嫌悪感が湧き上がり、それを上手く言語化出来なかったのだ。

 

「ア、アンタ、あたしを救うっていっているけど、具体的にはどうやって救うつもりなのよ……」

 

 やがて震える声で、その救いの手段を問う。

 少女はあたしを観察するようにじーと見ると、しばらくしてから演台の上にある本を手に取り、ページを開いた。

 

「──暗黒教典、教義その一。

 矛盾している人は、可哀想な人です。自ら思いに蓋をし、自らの手で首を絞め、自ら鎖で自分を封印する。そんな生きにくい道を選んでいる人が、矛盾している人です。そういう人は塵芥であり空っぽで、自分がないから他人を求めずにはいられません。つまりこの世で最も惨めな人なのです」

 

 朗々と読み上げる少女。

 その“声”は魅惑的な程に響き、心を鷲掴みにする。

 嫌悪感しかないのに、視線なんて逸せない。

 

「繰り返してください。矛盾している人は、可哀想な人です」

 

 彼女は復唱を要求する。

 途端、プレッシャーが重圧を増して襲いかかり、自然と口が開く。あたしは恐怖心から、素直に少女の言うことを聞いていた。

 

「……矛盾、してる人は……、可哀想な、人……です」

「惨めです。塵芥です──空っぽです」

「惨め……です。塵芥です……。……か、空っぽ、です」

 

 最後の方では少し擦れ、消えるほど小さな声になる。

 自分のことを、自分で悪くいうように強制される。そのことのなんと屈辱的なことなのか。

 

 あたしは涙腺にこみ上げてくるのを必死で我慢し、なんとか平静さを保った。

 しかし、少女はあたしのその様子に舌舐めずりし、面白がるような調子で揶揄う。

 

「ちょっとー、何で泣きそうなんですかー?もしかして貴女、強気のようでいて結構弱気なタイプなんですかー?リノと真逆のタイプ?かわいー、かわいそー。私と同じくらいかわいそーで惨めちゃ〜ん、何ですから〜」

「あ、あたしは……、惨めなんかじゃ──」

「──ない、なんて言い切れませんよね。だって貴女、愛されたいのに愛が信頼できないんですもの」

 

 あたしが言い切る前に、少女は言葉を被せた。

 誤魔化していた部分。心の弱い部分を曝け出していないのに、少女はそれをピタリと言い当てたのだ。

 その衝撃で、体が硬直する。思わず息も詰まった。

 

「どうしてそれを……」

「見ましたから。いえ、実際に見た訳じゃないんだけどね。教えてもらいましたから、“私”に。ええ、ええ、ええ、ええ。神である“私”は何でもお見通しなんです。その矛盾も、惨めさも、ぜんぶぜーんぶ!

畜生、畜生ですよ、“私”のやつはー」

 

 可愛らしく頬を膨らませる。

 それに頭が痛くなりそうだった。意味不明な事ばかり言って、全然望んでいる答えを言ってくれないからだ。

 

「でも本当にノモロクちゃんは矛盾していて可哀想で惨めなやつですよー」

 

 少女はそう言うと、心底哀れそうにこちらを見てきた。

 ベールの奥にある瞳の闇は一層濃くなり、その目元は愉悦で細められる。

 

「貴女は小さい時から、周囲に馴染めなかった。話しかけてもどもったり、勢いで突っ走って自分の拘りを押し付けてしまった。

 それ故に嫌われて、ハブられて、その原因も小さかったからよく分からなくて。

 貴女には、さぞ周りが理不尽に思えたでしょうね。

 そんなどうにもならない世界で、好きでいてくれるのは家族だけ。家族といる時だけ、貴女の世界には色がついていた。

 しかし、それ以外はすべて灰色。偽物で嘘の世界。その世界に合わせるために、貴女は心を閉ざした。

 どんなにハブられようとも、どんなに周りと合わせようとも、どんなに好き勝手に扱われようとも、貴女は自分の意思を出さなかった。

 ずっとずーと、辛くて助けて欲しくて泣いていたのに、ね?」

「……、それは──」

「分かりますよ。認めちゃったら、押しつぶされちゃいますもんね。だって、望んだら望んだ分だけ絶望した時の反動も大きくなりますし、望む事自体に貴女は疲れている。何より自分が嫌いですもんね、貴女。無意識に救われるのは間違いだ!ってどっかしらで思っちゃってたんですよね?むしろ消えた方がマシだって。

 でもそうやって追い込んだ周りに対する怒りもあって、死ぬに死ねなくて。妹に迷惑をかけてでも、心を偽る事でしか生きる生き方も分からず。袋小路に自分を追いやって自縄自縛。……生きづらい人だねぇ」

「────」

「そしてそんな自分を変えたいと思って魔法少女になったのに。ようやく入理乃という希望を見出して、灰色だらけの世界に色がつき始めたのに。今度は家族をなくして入理乃に裏切られた。

 灰色どころか、世界は真っ黒になった。

 ぜんぶぜーんぶ真っ黒の虚構の世界。そこで心を閉ざしたとして、一体どこに行けばいいの?

 チームを組む?サチと仲良くし続ければいいの?分からない。それでイライラして癇癪を起こして叫んで周りに迷惑をかけて、本当にクズなんだから。サイテー。だけどしょうがないじゃん好かれたら裏切られるかもしれないし。

 本当理解できない。何もしてあげてないのに何でサチはあたしに構うの?嫌われてきたのに今更あたしのこと好きな子が現れるはずがない。どうしてどうしてどうして?

 救わないでよ。自分なんて嫌いだから、救われたいとも思っちゃいけないのよ。

 だけどね、愛して欲しいの。心から愛して欲しい。救って欲しいの。それに、この状況って酷くない?そんなにあたしって責められるべきなの?なんでみんなあたしを排除しようとするのよ。あたしを見ろよ、あたしを愛せよ。あたしのせいにするなよ。あたしが全部悪いのか?悪いだろうさ、悪いだろうとも!だって化け物だもんね!簡単に愛せよとか言うんじゃねえ!それともなんなのか。すべて被害妄想なのか?分からない分からない分からない分からない分からない──愛がなんなのか、分からない」

「っ……」

 

 暴かれていくあたしの過去。記憶。思い。

 すべて当たっている。当てられた上で、刻まれた傷をジクジクジク焼かれた。

 

 そんなの認めたくないのに。

 だけど、だけど、あたしはただ、ただ、ただ、ただ、ただ──

 

「何でこんなに惨めで、空っぽで……」

「そうです。貴女は矛盾してて、可哀想で、惨めで、塵芥です。空っぽなんですね。それを再確認できましたかー?」

「…………」

「直視しろ。その矛盾を。疑問を抱け。苦しめ。矛盾。空っぽ。塵芥が。私のように、時間を回って苦しめボケカス。

 ──愛してほしいって、さっさと認めろよ」

 

 少女の放つプレッシャーが質を変えて、また襲いかかる。

 

 瞬間、体の力が抜けていく。

 ぐるぐるぐるぐる、万華鏡のように頭の中で何かの文様が浮かび上がり、回る。嘘という揺籃に閉じ込められていた感情が放たれていく。

 

 認める?何を?どうやって?矛盾、空っぽ、あたしは……、

 

「愛して、欲しくないけど、愛が欲しいですぅ……」

 

 気がつけば漏れ出す、心の奥底からの願望。

 あたしは涙を瞳から溢れ出させ、感情のまま話す。

 

「寂しいんです。愛して欲しいんです。どうしようもなく愛が欲しい。でも愛が、愛が怖い。分からない。何をやれば良いか分からない。苦しい。助けて。助けて……」

「分かりました。助けてあげます」

 

 縋り付くあたしの求めに、“神様”は頷いた。

 あたしは闇の中に光明を見つけ出したときのような心境になり、瞳に輝きを宿す。

 

「本当……?」

「本当ですよ」

「──あ、ありがとうございます!!」

 

 手に持っていた硬鞭を落とし、飛び上がらんばかりに喜ぶ。

 麻薬に侵されたみたいにどうでも良くなるくらい嬉しい。

 

 ああ、ああ、ああ!!ありがたい、ありがたい!!

 あたしずっと苦しかったの!!もがけばもがくほど、状況が悪くなるばかりでさ!!

 でも神様は、そんな状況からあたしを救ってくれるんだ!!あたしを解放してくれる!!この自縄自縛の苦しみから!!

 どうにもならない現状から、嘘まみれの世界から、あたしを助けてくれる!!

 

「お願いします!!ぜんぶぜーんぶ、目の前が真っ黒なんです!!だから、今更あたしもどうなってもかまいません!!どうか、どんな手段でも良いからあたしを愛して救ってください!!」

「……ああ、その矛盾。その惨めさ。本当に、私好みの可哀想な人ですよ。特に自分がないっていうのが共感できて非常に良ポイントだよ。……思う存分、一切の容赦なく、救ってあげますからね」

「わーい!!ありがとうございますー!!」

 

 半狂乱になりながらお礼を言う。それくらい感謝して感謝し尽くさなければ!!

 自分なんてどうでも良いや!どうでもいいの!!どうでもね!!愛してくれさえすれば良い!!神様ね、そんなあたしに愛をくれるって!!世界は色とりどりになるよ、やったー!!やったー!!

 

「ふふふ、喜んでくれて何より。じゃあ、他の皆様も、ノモロクちゃんと一緒に救われちゃいましょうか」

 

 小躍りするあたしを前にして神様は微笑まれると、パチンと指を鳴らす。

 すると神様の背後──ステンドグラスに浮かぶコウモリのマークから、次々と人影が出てきた。

 

 それは年代もバラバラ、服装もバラバラな、十数名の老若男女だ。

 その中には、コウモリの結界の中で見たサラリーマン風の男性二人や、あの幼い少女そっくりの若い女性の姿が見える。

 皆、あたしのように喜色満面の笑みを浮かべ、涎を垂らしていた。

 

 本能的に理解する。彼らはあたしの同志だ。矛盾で苦しむ、自分の意思が出せない人達。

 だけどね、だけどね、もう大丈夫よ。貴女達も救われる。神様が救ってくださるもの!!

 

「神様に選ばれたのね。おめでとう!!おめでとう!!おめでとう!!」

 

 パチパチパチ。

 拍手を送る。彼らも拍手を送り返してくれた。

 心が繋がった気がする。嬉しい嬉しい嬉しいなあ。

 

「皆さま。どうぞ席におつきください」

「はーい」

 

 神様が壇上で、手をひらげて仰る。

 この場にいるあたし達信徒は行儀良くお返事を返すと、並べられている木の長椅子に座っていく。

 あたしはせっかくだから、右にある一番前の席に着いた。

 だって、こっちの方が神様のお声がよく聞こえるもの。

 

「さて。本日は皆さま、私、殺人卿のチケットを受け取っていただきありがとうございます。よくきてくれたね。可愛い可愛い馬鹿な信者達」

 

 神様は演壇の前に移動すると、周りを見渡し、化け物のように笑われた。

 あたし達はもうそれだけで感涙だ。隣の人なんて、神様のご慈悲に感謝をと叫んでいる。

 

「私は神!!私は誰よりも優れ、誰よりも秀で、誰よりも力があり、なにより誰にも負けない!私はこの世で最も特別で高尚な存在!!つまりあのクソ兄貴より上!!

 私は貴女達を踏みにじり、救う!!はい、喝采!!」

 

 ワー!!

 あたし達は声を上げて神様を称える。全身全霊で、血反吐を吐くぐらい、呼吸を忘れるぐらいに!!

 救われるぐらいなら何でもします!!このくらいで死んでも構いませんとも!

 

「この饗宴にて狂いましょう?狂えば狂うほど、私の価値は上がる!!私の空っぽな器は、貴女達の血でしか満たされないのです!!」

 

 神様は持っていた教典を演台に乱暴に叩きつけると、あたし達へと指を突きつけられた。

 

「私は命令する!!復唱!!

 暗黒教典教義その一、矛盾している人は、可哀想な人です!!」

「「「矛盾している人は、可哀想な人です!!」」」

「惨めです。塵芥です──空っぽです!!」

「「「惨めです。塵芥です──空っぽです」」」

 

 あたし達は声を揃え、神様の言うことを繰り返し、繰り返し、繰り返した。

 頭がぼんやりしていく。直前の記憶があやふやになっていった。

 ああ、あたしは何をしていた?あたしはなんだ?あたしはあたしはあああああああああああ──

 

「ああ、悩める人達。貴方方は本当に本当に、可愛そうな顔をしていますねぇ。自ら思いに蓋をし、自らの手で首を絞め、自ら鎖で自分を封印する。そのことのなんと生きにくいことか。貴方方は矛盾の権化と言えるでしょう」

 

 舞台にでも立っているかのような、大仰な口調。手を広げて、まるで踊るようにくるくる回っている。

 万華鏡みたいに、世界もぐるぐる、ぐるぐる。

 気が緩み、パカって、思いを閉じ込めていた心の箱が開く。あたしは手で顔を覆って、その思いを面に出した。

 

「何であたしは……。あたしは、あああああああ、愛が、愛が欲しい……。なぜ選べない。意思を貫き通せない。あたしは……あたしはァ……」

 

 イキテルカチ、ないんじゃない?

 アイサレルカチ、ないんじゃない?

 

 そうだよね、そうだよ、きっとソウダヨソウニキマッテル!

 マワリニメヲムケルヨユウモナイもの!!マワリガ怖いもの!!

 

「ぜんぶぜーんぶ、夢なら良いのに。ぜんぶ嘘なら嘘なら、嘘にして仕舞えば……!!逃げれば逃げ続ければ……、あたしは絶望せずに済む……!!」

 

 世界に色彩がないのなら、あたしもいろを失おう。

 アイサレルカチがない。アイする世界はない。この世界に、あたしの居場所はどこにもない!!

 

「ああ、さゆり、さゆり、さゆり、さゆり。助けて、どうしたら良いのさゆり──」

 

 求めてやまない妹の名前を連呼する。

 周りの人たちも、それぞれ大切なナニカヲサケブ。

 

 クウカンガかなしみで満ちていく。ジゴクノヨウナ阿鼻叫喚。一回回ってハッピーハッピー。ピースをしたくなっちゃう。

 

 ウフフ悲しい哀しいかなしいなあ。空っぽ矛盾矛盾目元のシズクがわずらわしいのああああああああ、ハッピーハッピー嬉しいナアかなしいなあ泣きすぎておばあちゃんになっちゃいそうよウフフフフふふふ。

 

「分かります、分かります。貴方方の苦しみ、よく分かりますとも。私もそうでしたから」

 

 嘘臭い演技で泣き真似をするカミ。なのに、リカイされたようなキモチニナル。

 ウレシイ、嬉しい、うれしいヨォ。

 

 皆、泣イチャってるヨォ〜。隣のヒトなんか、モウスゴイ……。

 皆、カンセイアゲテル。アタシモカンセイアゲテル。コエハリアゲテ、アゲテル……。

 

「この苦しみが、永遠に続くのは耐えきれませんよね?この苦しみが、永遠に続いて欲しくありませんよね?」

 

 声がひゞく。アタシはウンウンうなづいた。もうクルシミタクナイ。

 

「苦しみから逃れる方法は一つしかありません。それは命を断つこと。肉体を滅ぼせば、魂は救われる。何故なら魂は自由だから」

 

 フワン、グワん、ぷワン。

 ミミナリガひどい。何かがアタシの頭を揺らし、陶酔サセテイル。

 メノ前が真っ赤っか。夕日みたいに真っ赤っか。

 

「その手段を貴方方に授けましょう」

 

 フイにポケットの中がヒカッタ。気になってポケットにテヲ突っ込んで光ってるモノを取り出すと、ソレはチケットだった。

 コウモリの魔女のケッカイでもらった、あのチケット……。

 マワリノ人も、同じようにポケットなどからヒカリカガヤクチケットを取り出して注視して居る。

 

 そうして皆が見守る中、チケットは光りな蛾ら楚の姿を変え、や画て──一振りの包丁となった。

 

「うわああ……」

 

 ナンダこれ。怖い。ウレシイ。きれいすぎて、思わずカンタンする。ミンナうっとりした顔で包丁の柄ヲナデタよ。

 

「さあ命を断ちましょう。死は唯一にして至高なる救い!!死者の私が与える、生者への復讐。さあ、ぐさっと刺しちゃってぇ!!さあ、さあ、さあ!!」

 

 神様は大声を張り上ゲ、アタシ達に命れいする。

 すると動キだすカラダ。あた死もミンナも包丁をモチ上げ、そのムネに刃をむけ瑠。

 これで終わりだ。これで、あたしの人生がお和る。ようやくオワレル。

 

 ……矛盾矛盾矛盾矛盾空っぽ空っぽ空っぽ、もう疲れた。救われたい。救われないなら、イッソシンダホウガイイよね?

 

「さゆり、さゆり、さゆり、イマイクカラネ!!」

 

 けたケタケタ!!

 笑いながら、救いを信じながら胸に刃を突き立テル!!

 

 こうしておしまいお終い──

 

「なんて、させてたまるものですか」

 

 ──その時、突如として何処かから声が響いた。

 

 次の瞬間、胸に到達しそうだった刃が止まる。見ると、床から生えた三本の鎖があたしの腕に絡みつき、その動きを拘束していた。

 

 驚いて目を見張り、同時に一気に明瞭になる思考。

 周りを見ると、包丁をその身に突き刺そうとした人達の腕も、あたしと同じような形で拘束されて、自死を防がれている。

 

「これは──」

 

 一体何が起こったのか分からない。自分が何をしていたのかすら、上手く理解ができない。

 しかし、ステンドグラスの反対側。そこから聞こえる人物の声だけははっきりと分かる。

 

「……危ないところだった。間に合わなかったらどうなっていたことか。久々に肝を冷やしたよ」

 

 背後に視線を移す。

 開け放たれた扉。その前に立つのは高校生ぐらいの少女だ。

 オレンジ色の髪をツーサイドアップにし、ミニハットに黒いドレスにを身に纏っている。

 

 彼女はらしくなく仁王立ちし、その手にある大きな鍵を“神様”に向けると、

 

「──調停役、古金歌羽として、牛木草の魔法少女を殺そうとした貴女をこれから排除させてもらう。うた、これでもおこりんぼだから容赦しないよ?」

 

 そう言って、絶対零度の瞳を細めるのだった。

 

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