「ねえ」
「……」
「ねえってば」
「……」
礼拝堂の裏手の壁に背を預け、女の子座りをしているあたし。そのあたしに対して、歌羽が右隣で時折呼びかける。まるで、仲の良い友達に声をかけるかのような調子で。
それに、あたしは答えない。すっかり暗くなった夜空の方を見る。
サチが卵型にしたソウルジェムの光で辺りを照らしているが、しかしあたしは歌羽の表情を見たいと思わなかった。故に、そっぽを向いていたのである。
それは何も──そう、何もコンタクトを取りたくないというあたしなりの意思表示だ。こうしてれば、いつか必ず相手は諦める。そこまで長い時間かまってられるわけがないから、あたしのことなんて見逃してくれる。
そんな気がして、理屈の部分ではあり得ないと分かっていながら、あたしは内側に閉じこもる姿勢を取り続ける。
なんともまあ、我ながら稚拙で幼稚な作戦だ。実際あたしは半ば怒りが転じて子供のように拗ねており、膨れっ面をしていた。
「ねえ、こゆり。いつまでそうしてるつもりなの、こゆりちゃん?」
そして、そのことを分かっているのだろう。呆れたような、というか少し怒ったような声音で、歌羽が再度あたしの名前を呼ぶ。
当然あたしは歌羽の方を向かない。強情なあたしの態度に、彼女は、はあ、とため息をついた。
「やっぱり何回呼びかけてもだんまりするんだね。そんなにうた達と話したくない?」
まあ、この状態じゃあ嫌にもなるだろうけど、と歌羽は手に持っているものを鳴らす。それはあたしの両腕を拘束する三本の長い鎖、その末端である。彼女は地面から生えていた鎖を魔法によって地面から離し、自身が持てるように細工したのだ。
おかげで歌羽に手綱を握られ、いざ逃げようとしても鎖を引っ張られたり、またあの酩酊感を発生させられて逃げられない。
実に嫌な気分だ。誰かに支配されることなど、元来好きじゃない。
「拗ねててもしょうがないよ。そりゃこんな形で拘束して悪いとは思うけど、でもこゆり、絶対こういう強引な手法じゃないと話をしてくれないでしょ?」
あたかも仕方がなかったんだという口ぶりで、あたしの左隣で柘榴が言う。
彼女の話によれば、もともと今日の夜、サチをあたしに呼び出させた上で、話し合いはするつもりだったらしい。
つまり虚が来ようとこないと、こうなることはどっちみち必然だった。だから良い加減に素直になりな、という上から目線で、柘榴はさっきからあたしの口を開こうとする。歌羽同様、彼女は厄介な尋問官だった。
そんな中で救いだと思われたのは、歌羽の隣で立つサチが、あたし同様無言でいてくれることだけだった。
それは見方を変えれば責めているともとれる態度だったが、同時に温情をかけてくれているとも受け取れた。
そのため僅かに心持ちが楽になり、ますますあたしは突っぱねる意思を強くしてくれたのだ。
「……」
絶対、絶対口を聞くもんか。あたしはヤケクソ気味にそう心の中で唱え続ける。歌羽や柘榴が仕切りに何か言ってくるが、それもすべて聞き流す。
あたしは何も見たくななかった。あたしは何も考えたくなかった。あたしは何も、状況に向き合いたくなくなかった。
自分の心にある矛盾と空っぽさを、自覚したくなかったのだ。
そうして、意固地になって丸まっていると──突如として白い光が飛び込んできた。
「おーい、歌羽ちゃーん」
飛び上がらんばかりに驚いたのも束の間、すぐに聞き覚えのある声がした。徐々に足音と光がこちらに近づき、複数の人影が側に立った。
それは三人の魔法少女だった。一人は新緑の着物にエプロンを着た人物、弦家角。
あと二人は赤のマントに赤ドレスを着た少女と、青い甲冑を着込んだ少女だ。こちらは見覚えがない。だけど新人っぽくも見えなかったので、恐らく魔法少女になってそれなりの時間がたっているだろう。
「待たせて悪かったね」
白い光──懐中電灯を向けながら、家主さんが軽く謝る。歌羽はいくらか顔色が良くなっていたのもあってか、電話の時ほどかしこまった態度ではなく、ある程度慣れたように、いえいえと首を振った。
「あの、預かっていたっていうちっちゃい子はどうしたんですか?」
「母親の無事を伝えて、警察に届けてきたよ。流石にほったらかしでここに来るわけにはいけないしね」
「────」
家主さんの言葉に、あたしは今更のようにあの幼い少女のことを思い出す。
どうやら歌羽と家主さんの会話からするに、母親は助かっているらしい。
思わず、ほっとしてしまう。本当に良かった。それこそ死んでしまったら、あの幼い少女は一生苦しむことになっていただろうから。
「そっちの二人は、応援できてくれた子達ですか?」
歌羽が家主さん以外の少女達の方に目を向ける。二人は気さくな様子で挨拶すると、
「ちょうど暇してたしね。一般人の怪我人ときいちゃあ、無視できないでしょ?」
「それに魔法少女は助け合いです。これくらい、手伝いますよ」
赤い少女と青い少女がムカつくぐらい、にこやかに笑う。やる気充分って感じで、柘榴も同調するようにこくこくと頷いていた。
「で、そっちの鎖で腕がぐるぐる巻きになってる子が、お話にもあった風来坊ですか?」
「……」
あたしに興味でも湧いたのだろう。ふとこっちの方を向く青い少女。それににビビるように顔を強張らせ、あたしは出来るだけ体を縮こまらせる。赤い少女が、あらら、と苦笑いを浮かべた。
「なんか思ったより怖がりっていうか……、ここまで人見知りだとは思っていなかったよ。全然イメージと違うんだけど」
「ええ、驚きました。噂とはあてにならないものです」
あたしを見て、二人は意外そうな顔をする。あたしは怒って良いのか呆れて良いのか複雑な気分になり、一体どんな話が広まっているんだと考える。
この感じだと、絶対ロクな広まり方してないだろう。多分暴力鬼とか、そんなこと影でいわれてるんだろうなあ。
「こゆりちゃん」
家主さんがあたしに声をかけて来る。
あたしは警戒心を剥き出しにして更に縮こまり、俯くようにしてその視線から逃げた。
それでも構わず、家主さんは言葉を続ける。
「君が無事でよかった。本当に、無事で良かったよ」
「……」
「余計なことをするじゃないって顔してるね。でも、こんな言い方をして厚かましいかもしれないけど、僕はただ黙って君に任せるのは駄目な気がしたんだ。君があまりに不安定に見えたから。だから、どうか悪く思わないでくれよ」
家主さんはあたしの不満をすぐに見抜ぬいたのか、真剣な声音で何故歌羽達をここに来させたの説明する。
あたしは半分睨みつけるような目つきで彼女をチラリと見ると、剥れた表情を作って、ぼそりと礼を言った。
「ありがとうございました……」
「うん。どういたしまして」
和風メイドの少女が微笑む。それははっとなるくらい心を揺さぶるような微笑で。
しかし当の本人は、そんな笑みを作ったとは気付いていないのだろう。自覚のない様子で、柘榴に自分たちの手伝いをするようお願いすると(会話からするに、もしものことがあればこうすることは事前に決めてあったらしい)、歌羽に一言言ってから、柘榴と応援の二人を連れて礼拝堂の面へと回ってしまった。
あたし達はそんな彼女らを視線だけで見送り、その消えた背を見続ける。
後処理をしてくれる、とは言っていたが、それでも上手くやってくれるか少し不安ではあったのだ。
「家主さんと柘榴の申し出とはいえ、ちょっと押し付けて悪いなあ……」
歌羽が小さい声でそうぽつりと呟く。
そしてしばらく目を瞑るような仕草をすると、さて、と目蓋を開け、黙っていたサチの方へ視線を移した。
「サチ。もう家主さん達も行っちゃったよ。きっと処理を終わらせたとしても、あの人たちは面から出るだろうから、会話を聞くような無粋な真似はしないはず。……そろそろサチもこゆりに何か言ったら?」
「……」
「だんまりじゃいけないでしょ。何のためにうた、こんなことしてるの?」
再度、あたしの腕を拘束する鎖を鳴らしてみせる歌羽。
顔は温和だが、怒っているのだろうということは口調と声音から何となく分かる。
だがサチは怖気付いたように逡巡した。
「けど……」
「貴女が言いだしたんでしょ。こゆりに思いを伝えるために、彼女を逃がさないで欲しい。自分も逃げ出せないように、誰でも良いから立ち会って欲しいって」
「……」
「柘榴も柘榴で、貴女を信じて一般人の治療を手伝いに向かったんだよ。そして家主さんも……、きっと柘榴のその意向を汲んで、治療を手伝わせてると思う。それにうた、言ったよね?──伝えようとしないと何も伝わらないって」
歌羽が静かに論するようにサチを説得する。
その口振りから、サチが今まで黙っていたのは温情でも何でもなく、ただ怯えていただけなど気がつき、途端楽になっていた心が重たくなる。
だって、彼女は意思を伝えようとしてないわけじゃなかった。それなら、柘榴と歌羽と何も変わらない。厄介な尋問官その三である。
「────」
隣で息を飲む音が聞こえる。それはサチのものであり、その事実だけであたしは震え上がった。
サチが一言、小さく何かを呟く。そうして次に彼女はこちらを向いて、おずおずと
「何で私のこと、頼ってくれないの?」
ただそれだけを質問して来た。
「──、それは……」
その問いに、今度はこちらが息を飲む。
拗ねていた感情は消えて、混乱に変貌する。
あたしはてっきり、責められるのだと思っていたのだ。激しく罵られるのだと。
しかしサチのその言葉は、予想にかなり反するものだった。あたしは身構えていた分激しく動揺し、どうすれば良いのか分からなくなる。
そうしているうちにも、サチは我慢していたのか堰を切ったかのように喋りだし、自分の思いを吐露していった。
「……どうして私だけ仲間を作れば良いとか、悲しいこと言っちゃうの?
私は……、私はね、入理乃がいなくなって寂しかったの。あの子は、私のすべてで、親友で。そのあの子がいなくなって、私の心の中には穴が空いてしまったの。だから入理乃以外の理解者が欲しくて、私は仲間が欲しいって言ったんだよ。
でもね、それだけじゃないの……。仲間がほしいって言ったのは、こゆりのためでもある。こゆりも寂しい思いをしてるだろうなって思ったから、こゆりのためを思って私は……。それなのに、私の言うこと突っぱねて、素直に何なくて、マジでなんなの?信じられないんだけど。
……そのうえ、今度は勝手に風来坊とか呼ばれちゃうくらい、牛木草の縄張り争いに介入しちゃうしさ。人を守るのは立派なことだけど、人を傷つけてまでそんなのしちゃダメだよ。
私、貴女のやってること……、意味わかんない。何考えてんの、こゆり?
……悲しい思いをしてるから、こんなことをしているの?どうせ、どうせ泣いているくせに……、それをどうして言ってくれないの!?どうして……、何で!この気持ち、分かれよ!!……私は、……私は、そのことが何より悲しいんだぞ……」
気がつけばサチのその瞳からは、大粒の涙が溢れていた。それは声さえ上げていないが、かなりの大泣きだった。初めて会ってカフェで話した時でさえ、ここまで泣かれてはいなかったと思う。
その姿に、喉の奥が乾くような感覚。胸の内側が焼かれているみたいに、罪悪感でじりじりと痛む。
……本当に何で。何でこうなる。意味が分からないと叫んでいるが、しかしこちらだって意味が分からない。
サチはあたしを、どうしてそこまで心配してくれるんだ。どうしてあたしに頼られないことを悲しむ。
あたしにそこまでの価値はない。ましてや何もやってあげてないんだぞ?
……そう、何も。何も、あたしがサチのために役立てたことはなくて。それで何で無条件にここまで受け入れてもらってるんだろう。そんなの痴がましいにも程があるのに。
「サチ。よく言えたね。とっても偉いよ」
「……うん」
褒め称え、歌羽がゆっくりと頭を撫でる。サチはそれだけでこくりと頷くと、大粒の涙を拭い、ぐしゃぐしゃになった顔をにへら、と笑ってみせた。
それだけで信頼関係が結ばれているのがよく分かる。……本当、一体いつのまに仲良くなったんだろう。
「じゃあ、今度は貴女の番だね、こゆり。うた、サチも自分の思いを言ったんだから、こゆりも同じテーブルにつくべきだと思うよ」
無言で震えるあたしに、歌羽があたしの真正面に移動し、瞳を合わせようとしてくる。あたしは咄嗟に目を伏せ、家主さんや青の少女の時のように自分を守る体勢をとった。しかしそうした次の瞬間、顎をぐいっと上げられ、無理やり目線の位置を変えられる。
「人が話をしている時は、こっちを見る。うたや自分の思いを言ったサチに失礼でしょ」
歌羽は怒気を込めた目で射抜くように睨みつけ、あたしを叱り付ける。
それから逃れられない。歌羽には、あたしを逃がそうという甘い考えはない。
「サチは勇気を出したのに、どうして貴女はそんな彼女から目をそらそうとするの?
受け入れられないから?サチが嫌いだから?
どちらにしろ、このまま黙っててもサチの方は納得できないよ。ならせめて、その訳ぐらい言ってあげるのが思いをぶつけたサチに対する礼儀ってもんじゃないの?これじゃあ、あまりにサチが可愛そうだよ」
「……、可愛そう?」
「そうだよ。これって無視されてるようなものなんだから」
歌羽の怒気が激しさを増す。彼女はより一層その目を鋭くさせると、
「これだけ心配かけといて、それで当の本人はそんなの知りませんじゃお話になんないんだよ。貴女には、貴女を救いたいというサチの思いを受け止める義務があるんだよ」
「……義務」
「……そう、これは義務だよ」
あたしは目を見開き、その言葉を繰り返す。
そういう表現の仕方をされるのが、少し意外に思えたのだ。
こういう時、皆よく綺麗事言ったりとかするし、曖昧な表現を使いがちである。しかしそうせずに、歌羽ははっきりと明確な言い方をした。
まるで誤魔化すのなんて嫌だとばかりに。
「だから、自分がどう思っているのか話して。それを聞かない奴は、ここにはいない。……貴女だって、自分の思いを伝えたいと願っているはずだと思うよ」
あたしの顎から手を離し、歌羽は自分の胸にその手を当てる。顔は真剣そのもので、どんな話だって受け入れるとそこには書かれてあった。
サチの方も、だいたい歌羽と似たような目をしている。
あたしはそれらをじっと見つめ、しばらく瞬きを繰り返して、そして──
「──馬鹿じゃないの?」
「は?」
言った途端、ぽかんとする歌羽。隣のサチも同様で、あんぐりと口を開けている。
それが何処か、心地よい。あたしは先程とは打って変わって、何故か急にすべてが馬鹿馬鹿しくて愉快な気持ちになり、アハハハ、と笑った。
「何がおかしいんだよ、テメエ」
突然のあたしの笑い声に、不快そうに訝しがるサチ。それがまた面白くって、あたしはニヤリと口角を歪に上げた。
「これが笑わずにいられるかしら!!全部馬鹿馬鹿しいのよ!!だってあたし、別に救われたいとか、寂しいとか、思ってないんだもの!!義務だとかなんだとか、意味不明!!そういうの迷惑だって話!!」
「──な」
歌羽とサチが、明らかに絶句したような顔になる。うん、実に良い気味だ。もっともっと、そんな顔をあたしに対してすれば良い。そうすればきっと、あたしのことなんてどうでも良くなるでしょ?
あたしは調子に乗って、演説する時みたいに大声で続きを言った。
「あたしね、親に化け物だって言われたの!!偽物だって!!
事実その通り化け物なのよ、あたしは!!みんな、みーんなぶち壊して不幸にしちゃう化け物!!人間じゃないの!!
そんな奴ってさ、別に救わなくて良くない?結局あたしってばいるだけで迷惑かける存在だもの!!」
「そ、そんなこと、あり得る訳──」
「ないとでも?……それこそあり得ないわよ」
サチの否定を、あたしは上から被せることで抑え込む。それでサチは何も言えなくなった。ただ先ほどのように絶句したままの顔で固まる。
あたしはくつくつと笑い、上機嫌になった。
「そう!!あたしがぜーんぶ悪い!!あたしがぜーんぶ不幸にする!!
昔からそうだったの。お前なんているだけで迷惑なんだって、周りはそんな空気ばっかり出してたの。あたしと喋ってると皆必ず顔をしかめたし、あたしのこと皆影口言ってたみたい。先生もこんなに手のかかる子は初めてだって、親に言ったぐらいよ?アハハ、馬鹿みたいよね?
そんなあたしがよ?ついに家族まで壊しちゃたんだー!これを化け物と言わずしてなんというのかしら!!こんなやつを、まだ救おうっての!?片腹痛くておかしいわ!!
こんな奴好きになるとかキチガイだって!!アンタら馬鹿!?あたしに構うなあたしに何かを与えようとするな!!──あたしに、救いを与えようとするなァ!!死ね!!」
あたしは勢いのままに叫ぶ。
最後あたり、何を言ったのか自分でもいまいち良く分からない。でもとても酷いことを言ったような気がする。
そのことに、つい心が痛んだ。でも、これで良いような気分になった。もうどうにでもなれって感じだ。
だって救われたいとか思ってないし。あたし自分のことなんてどうでもいいし。
むしろ、これで嫌われるなら──
「──何言ってんだよ、こゆり」
「……え?」
「……初めて会った時、受け入れてあげるって言ったのに。友達になってあげるって言ったのに……、どうしてそこまで嫌われようと必死になってるんだよ。そんな悲しい考え方しないでよ」
「……」
思わぬサチの発言に、あたしは呆けてしまう。
彼女は今、何と言った?あたしが嫌われようとしているだって?
何で、どうしてそんなことが分かる。何で見透かしたように、“言い当ててしまう”。
こっちは必死になって、取り繕っていたってのに──
「……ち、違う違う違う違う違う!!何言ってんのさ!!あたしは別に嫌われようとか考えてないし。化け物なら嫌われて当然だって、ただそれを教えてあげるために、さっきのは言っただけだし!!」
あたしはバレているのにも関わらず、愚かにも誤魔化しを続ける。それはただの負け惜しみ。悔しくて悔しくて、自分の心を認めたくないという言い訳だった。
そのため、もちろんあたしの言葉は通じない。歌羽とサチは、あたしを哀れそうに見ている。
「何処が。あんなの、傷つきたくないって叫んでるのと一緒だとうたは思うけど。ていうか、嫌われようとしたのって、いっそ見捨てて欲しいと思ったからなの?」
歌羽がじとりと目を細める。あたしはそれに、反射的に肩を跳ねさせた。途端、少し呆れたようにサチが言う。
「……図星なのかよ」
「……」
あたしは声が出せず、その言葉を否定できなかった。
とうとう袋小路に追い詰められたのだ。退路を探そうにもそんなのは何処にもない。
「……それだけ、心の内側指摘されるのが嫌だったんだね。……もしかして、うた達のこと信じて良いのか迷ってるの?自分が救われて良いのか分からないから」
「────!?」
あたしは瞳孔を見開き、たらりと冷や汗を流す。
“見抜かれた”。
直感で、何となくそれを感じ取った。
「やっぱりこれも、図星なんだね」
あたしの反応から、歌羽が確信を得たらしい。妙に腑に落ちたように頷く。
「……うた、この子が何を思って縄張り争いに介入してたのか大体分かったわ」
「え、マジで?」
サチは驚いたように歌羽の顔を見る。歌羽は呆れたような、困ったような表情をすると、
「こゆり。貴女が自分の思いをどうしても言わないなら、仕方がないけどうたがそれを代わりに言ってあげるよ。……貴女さ、自分が“愛されて”良いのか分かんないんでしょ。その価値があるのか、見失ってるんだ」
「……」
「だからしっちゃかめっちゃかな行動してるんでしょうが。人から好かれたいから、魔法少女を助ける。でも好かれちゃいけないとも思っているから、仲間なんていらないって言う。そしてそういう思いがあるから、サチのところにも助けを求めない。何よりそんな自分にイライラするからこそ、弱い魔法少女を助ける時に、襲っている魔法少女の方に八つ当たりをする。貴女、……本当に矛盾していて、ぐっちゃぐちゃな状態なんだね」
最後の部分だけ、まるで同情しているような声を紡ぐ。
あたしは自分の思いをすべて言い当てられたことに呼吸さえ止まりそうなくらい驚愕し、唇を震わせた。
だって、だってそんなの、
「あり得ないじゃんか……」
「──、それは、肯定って意味で受け取って良いってこと?」
歌羽が意味のない確認をとってくる。
当然あたしはそれに答えない。答えたところで、歌羽はどうせこの思いを正しく理解してる。
だから代わりに、あたしは歌羽とサチの顔をしばらく見つめて、
「……どうして、あたしなんかを助けようとするの?」
そう、弱々しい声で訊いた。
「……」
今度は歌羽達の方が無言で黙る。あたしはようやく堪忍して、知ってるんだよ、とやけくそ気味になりながら吐き捨てた。
「……そう。あたしは、あたしを受け入れてくれる人がいるって知ってる。サチのおかげでそれを学んだ。世の中冷たいやつばかりじゃないことも、何となく分かる。……けどさ、それを自覚しておいて尚、あたしは疑問なんだよ。そいつらが、本当に裏切らないのかどうか」
入理乃はあたしを捨てた。あたしのことを大切にしてくれていた両親でさえ、あたしを愛してくれなくなった。
いくら良いやつでも、それが変わる時があるのだ。
そのことが、あたしは恐ろしい。それを味わいたくない。だから、人のことなんて信じたくない。
それに、
「あたしは、助けられる価値のない人間よ。だって、化け物なんだもの。あたしがこんなだから、お父さんもお母さんもあたしを拒絶した。あたしが不快に思われるだけのことしたから、あたしのこと嫌ったんだ。あたしが──すべて悪い」
「嘘だろ……、私はそうは──」
「思わないんだよね?……それも、知ってるわ」
またサチの言葉に、あたしは自分の言葉を被せる。しかしそれは否定ではなく、肯定。
あたしは自然と、彼女を突っぱねることを辞めていた。そうするための仮面が、もう通じなくなったから。
「でも、実際そうなのよ。……この手で家族を壊したのは紛れもない事実だから」
さゆりは、家族が何より好きだった。あの家族で過ごす時間を大切にしてる子だったのだ。
だから、自分が死んで皆が悲しむよりも、家族が壊れてしまう方がよっぽどあの子にとって辛いはずなのだ。あの子をこの世で一番理解しているあたしは、そう断言できる。
なのにあたしは選択肢を間違えてしまった。よりによって一番大事なところで、失敗した。
「……それで、あの子の大切なものを踏みにじって壊しておいて、あたしだけ救われるなんて間違ってる。あの子は苦しみながら死んだはずなのに、あたしだけ酷い目に合わないのは間違ってる。あの子がもう愛されることはないのに、あたしだけ愛されるのは間違ってる。ね、あたしだけが救われるなんて、痴がましいでしょ?」
「……、そんな──」
「そんなじゃないの。嫌われてきたあたしには、嫌われるだけのものしかない。アンタだってあたしのこと受け入れても、最後には嫌っちゃうんだよね?……家族を壊した化け物は、嫌われて当然だよね?」
縋り付くように同意を求める。あたしはいつの間にか瞳から零れ落ちる滴をそのままに、
「──だから、救わないでください。あたしなんて、ほっといて。……あたしのことを、見捨ててください」
「……、こゆり……」
サチが悲しそうに眉根を下げる。それは、悲痛からくるものだろうか。
恐らくそうなのだろう。彼女は、あたしのせいで苦しんでいる。
そのくせに、そんな船花サチを見ていると辛い。バラバラに張り裂けそうな程に。
でも、ほったらかして欲しいという思いだけは止められず、サチがこちらを罵倒することを期待する。
……感情が矛盾している。歌羽が言うように、あたしの中はぐっちゃぐちゃだ。
本当に、どうしたら良いのか分からない。あたしは、何を望んでいる。あたしは、あたしは一体何を──
「こゆり。怯えてないで、さっさと手を伸ばしたら?その権利があるくせに、何でそれがないと決めつける」
「────!?」
歌羽の突然の叱責に、あたしは涙を引っ込ませる。その声が、あまりにストレートにあたしの心に突き刺さったのだ。
あたしは恐る恐る真正面の歌羽を見る。彼女は怒りに満ちた表情であたしを見下ろして、
「救われちゃいけないとか、一体誰がそんなの貴女に決めたよ。そんなのサチの思っている通り、ただの思い込みだろうが。凝り固まった考え方するなよ」
「……!?で、でもあたしは化け物だから──」
「──たとえそうだったとしても、心は人間でしょうが。何親に言われたからってその気になるの。全部悪いと思うの。貴女が何もかも悪いわけないでしょうが!もっと客観的な目をつけろ!目を!!」
怒鳴り、あたしへと指を突きつける。
あたしは歌羽の言うことに目を白黒させ、え?と仕切りに首を傾げさせた。
「ど、どう考えてもあたしが悪いのに。何でそんな冗談みたいなことを……」
「いやいやいや、そっちこそ何冗談言ってるの。親が子供を化け物扱いって、その時点でいくら何でも酷すぎだからね?うた、ぶっちゃけその両親にそこまで罪悪感感じなくて良いと思うんですけど。それに家族を崩壊させたって主張するけど、こゆりそこまでのことしたの?うたには貴女みたいなヘタレがそんなことできるタマには見えないね。家族が壊れたのは、不幸な事故みたいなものだったんじゃないの?」
「……」
思わぬ発言をポンポン投げかけられ、あたしは困惑を通り越して唖然としてしまった。
だってどれも、あたしが考えてもなかった視点なのだ。これにはキャパオーバーを超えてしまう。
「ば、馬鹿言わないでよ!!あたしが悪いって──あう!?」
堪らず怒鳴ろうとしたとき、頭頂部に軽い衝撃が走った。あたしは思わず短い悲鳴を上げる。恨みがましく歌羽を見ると、鎖を持っていない手の方が手刀となっている。それであたしにチョップを喰らわせたのだろう。
「な、何するのよ!」
「いや、悪い悪いうっさいから。うた、ついうっかり」
「うっかりじゃないわよ。地味に痛かったんだからね!?」
あたしは憤慨して抗議する。すると歌羽は舌を出し、まるで反省してないような調子でごめんと謝った。
「でも、悪い悪い言うのマジうっさいからやめて。不快。てか拗らせ過ぎ」
「はあ!?あ、あたしが拗らせてるだってぇ!?嘘でしょ!?」
「自覚ないんかい。誰がどー見ても拗らせすぎだと思いますけど。ねえ、サチ」
「え?ま、まあそうだな……」
それまで無言だったサチの方へと話題を振ると、途端彼女は何故か居心地が悪そうにした。
しかもぶつぶつと「私もそうだったからなんとも……」とか言っている。意味がマジで分からん。
「サチ。そんなしみったれた顔してないで、この舐め腐った根性してるこの子に何か言ってあげて。もっと言ってやらないと、貴女の気持ちはこの子に絶対届かないよ」
「……。……うん、分かった。伝えようとしないと、伝わらない、だもんね」
あたしへと何か言葉を投げかけるよう言う歌羽。それにサチがしばしばの沈黙の後、肯首する。
そうして意を決したように深呼吸をすると、
「バーカ!!」
と実に気持ち良さそうな顔で悪口をぶつけた。
あたしはまた一瞬だけ、唖然となる。しかし次に呆れ果て、半目になった。
「何よ急に。何でそんなこと言うのよ」
「いや、バーカ、意外に何も言えなかったから」
「はあ……?」
あたしはますます訳が分からず困惑する。サチはそんなあたしにムカつくのか、先ほどとは違い目に鋭い光を宿らせて、あたしを睨みつける。
「だってこゆり、本当にバカだもん。自分を悪い悪いって変に拗らせて、やりたいこと我慢してるから。……素直に助けて、愛して欲しいって言えば良いのに。それだけで、何もかも一発で解決じゃん」
「……、そんな簡単に言われても……」
困る。……すごく困るよ。
あたし、そんなの出来ない。
あたしも自分の状況が酷いんだって分かってるし、そこから抜け出たしたいと常々願っている。
でも手を伸ばしても、目の前の先は暗闇の世界なのだ。いくら手探りで進んでも、何も見えないし、何もない。すべてが虚構のように思える。
だから──
「……どうせ本物の愛なんて、ないんでしょ?あったとしても、あたしが家族ごと壊しちゃった。なら何を信じれば良いの?──何も、信じられないよ」
「────」
あたしがそう思いを吐露した刹那、歌羽は目を伏せ、サチは喉の奥がつっかえたように急にまた黙り込んだ。多分そう安易に口出ししちゃいけないって思ったのだろう。
だが歌羽とサチは、それでもその場で熟考するような仕草をしてみせ、あたしに向き合おうとしてくれている。しかしそれも、あたしには無駄のように思える。何故ならあたしは、誰も信じようとしてないから──どうせ、あたしなんて……、誰かを好きでいることなど無理なのだ。
「さっきも言ったけど……、あたしなんてほったらかしておいて。救いなんて求めちゃいないのよ、あたしは……」
あたしはこの後に及んで、まだそんな突っぱねることを言う。そうすれば二人は呆れ果てて、きっとあたしのこと見捨ててくれるに違いないと、浅はかにも思ったからだ。
……そう必死に思いこまないと、やってられない気がした。
「あたしは、救われちゃいけない人間なのよ……。助けようとしないでよ……、甘い言葉であたしを騙すな……。こ、こんな最低なやつ、とっとと見捨てて仕舞えば良いんだ……」
首を振りながら、弱々しく喋る。
それと同時に、あたしは自分の中でも言い聞かせる。
あたしなど、家族を壊した化け物だと。そんなあたしには、誰かを愛する資格もないし、また愛される資格もない。
そうやって一人でいる方がお似合いで──
「誰が見捨てるかよ」
「……え?」
サチの強くはっきりした声に、驚きの声を上げる。その感情をぶつけられて、あたしはしばらく動けなくなった。
「誰が見捨てるもんか。こんなに思い悩んでるやつを、ほっとける訳ない」
「────」
「私、こゆり好きなだから受け入れるよ?だって友達だもん。ね?」
隣で笑顔の花が咲いた。
あたしは思わず目を瞬かせ、サチと初めて会った時にした会話を思い出す。
……あの時は、こんな物好きもいるもんなのだな、と酷く感慨深く思ったものだ。
それと似たようなことを、今のあたしも感じている。この子は本当に、あたしに似合わないくらい一途で純粋だ。
あたしがもう良いって言っているのに、こんなにも綺麗な笑顔をするのである。
……彼女の中で、あたしはそれだけ価値のある人物なのか。
そのことを、あたしは今まではっきりと考えたことがなかった。
この子は──サチは、さゆりみたいにあたしのことを存在ごと認めてくれてる。
「ほら、サチはそう言っているよ。……素直にその手を取りなよ。貴女が悩んでることなんて、全部全部思い込みなんだから」
歌羽はサチにしたように、静かにあたしを論する。あたしは彼女の瞳を見て、迷っている心をさらけ出したい。
「……本当に、そんなことして良いの?……また、人や自分を好きになっても良いのかな……?」
「──当たり前でしょうが。貴女が全部悪いんじゃないんだよ?だからまた、人を愛して、自分を愛せば良い」
歌羽があたしの望みを肯定する。
その一言で、はっとするほど世界が広くなったように感じた。
だって歌羽の言う通り、すべて、すべてあたしの思い込みの方が間違いだとしたら。
元からあるような気がしてくるじゃないか──一度失った本物の愛ってやつが。
こんなのまた、泣きそうになる。
「……人を信じられなくなる気持ちは、うたもすごく良く分かるよ。誰も彼も怪しく見えて、怖くなっちゃうんだよね?今もすっごく怖いでしょ?」
優しく、まるで同情するように訊いてくる歌羽。あたしは自然と俯くように首を縦に振る。
「怖いよ……、とっても」
「……それは、この船花様も?」
「うん、サチも歌羽も柘榴も、誰も彼も怖いよ」
あたしはずっと家族以外の人を信用してこなかった。
無条件であたしのことを好きになってくれなかったし、どう接すれば良いのかも分からない。
自分を出せている今でさえ、焦っちゃってどもったり詰まったりしてしまう。あたしの人見知りは筋金入りだ。
「でもうた、怖くても貴女には人を信じて欲しいな。そこまで愛して欲しいって思ってるんだ。……なら、手を伸ばすべきだよ。矛盾してるうただって、ある人のおかげで変わろうって思えたんだからさ」
歌羽が微笑する。
少し驚いて、あたしは信じられないと思った。
「……アンタが矛盾してる?えらい自信満々に見えたけど……」
「それは勘違いってものだよ、こゆり。うたに自信なんてない。……うた、貴女にうたの言葉が本当に届いているか、今だって不安でいっぱいだよ?」
弱々しい苦笑が浮かべられる。それは確かに本人の言う通り、自信満々とは程遠いものだ。
……それでもあたしに堂々と言葉をぶつけ、怒ったのか。勇気を出して。
「すごいな……。アンタ……、いや貴女は、どうしてそこまで出来るの?」
「分からない。けどうた、こゆりの考え方はムカつくから、関わるのはめんどくさいしたるいけど、見てられないの」
歌羽は身勝手な理由を述べる。
しかしあたしはそっちの方が、取り繕った綺麗事よりもよっぽど好感が持てた。
同情や憐憫といった傲慢な感情は、あたしには辛いだけなのだ。
「……こゆり。サチに心配かけたんだから謝って。それでそろそろサチとお互い手を取り合おう」
歌羽が指を鳴らし、あたしの腕を拘束する鎖を消す。自由になった腕を動かしながら驚いていると、もう逃げないでしょ、と言いたげな顔で歌羽が苦笑していた。
「……」
そのことに一瞬、よく分からない感情が走った。
あたしはバツが悪そうに、サチは眉根を少し恥ずかしがりながら相対する。
そうして数秒黙ると、
「ごめんなさい。……意固地になって。こんなあたしだけど、友達、続けてくれる?」
「うん」
サチがあたしの手をとって、頷いてくれる。
それだけで、もうあたしは色んな思いが溢れてきて、強く強く胸が締め付けられた。
……あたしは一体何をしてきたんだろう。勝手に自分で突っ走って、この子の気持ちにも寄り添おうとしなくて、殻に引きこもってばかりいて。
そんなの、この子の言う通り馬鹿だったんだ。
……“本物の愛”はなくなっていなかった。“愛”は確かにここにある。
この世界は決して、暗闇なんかじゃないのだ。
だから歩いて行けるし、信じられる。あたしは救われても──
「うた、サチ、こゆり。お話終わったの?」
「柘榴……」
その時、白い光が近づいてきた。見ると懐中電灯を片手に、植物をあしらった衣装に身を包んだ少女がこちらに歩み寄ってきている。
彼女があたし達の前に立つと、歌羽は首を傾げながら質問した。
「家主さん達はどうしたの?」
「一般人をどう運び出して警察に連絡するか話し合ってる。私はもう充分手伝ったから、そろそろ戻っていいよって言われたの。それと家主さん達から、こっちで全部やっとくから、心配しなくていいって伝えてってお願いされた」
「そっか。うた、本当に悪いことしたな……」
何処か居心地の悪そうな顔をする歌羽。そしてお礼をいつかしなきゃな、と呟いてから、柘榴の方を労った。
「お疲れ様」
「うん、ありがとう」
柘榴は無表情にお礼を返す。そして、あたし達の方を見てしばしば何かを考えるような仕草をした後、突然屈み、あたしとサチをまとめて抱きしめた。
「……!?な、何を……!!」
当然あたし達は困惑する。それにまた当たり前のように柘榴が答えた。
「……?用が終わったらやりたいようにやりなさいってうたが言ったからだけど。だから抱きしめたいな、と思って」
「いや、意味がわからんし、え?歌羽がそんなこと言ったの?」
そう質問しながら歌羽にちらりと視線を移すと、彼女は少し真っ赤になった顔を隠すかのように、そっぽを向いた。
どうやらマジで言ったらしい。その理由は、今更説明するまでもないだろう──柘榴が必ずこうすると分かっていて、歌羽は柘榴に好きにするよう言ったのだ。
「歌羽、貴女……」
「……」
歌羽は何も言わない。唇を尖らせ、不満げにするだけである。よっぽど柘榴にバラされたことに腹が立つらしい。
だが悪びれることもなく柘榴はキョトンとして首を傾げ、そうしてふいに薄く微笑して、
「こゆり、サチ。今までよく頑張ったね」
「────」
ぎょっと抱きしめる力を強くした。
あたしはそのことに何故か衝撃を受け、腕を縛っていた鎖を消してもらったときに感じた感情を思い出した。
近くで心臓の音がする。それが一体誰のものなのかよく分からないけど。でも、決して不快ではなくて。
あたしはその命の鼓動に耳を澄ましながら、ゆっくりと目を閉じた。
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