魔法少女こゆり☆マギカ   作:鐘餅

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今回も一万文字を超えてしまった。そして三人サブキャラでます。こいつら本編で活躍してあげられるかな……。


指切り

 あたしはサチと仲直りした後、大人しく歌羽の言うことに従うことにした。

 “本物の愛”が失われていないと分かった以上、あたしにはもう躍起になる理由が存在していなかったのだ。

 それに、あたしはあたしがやったことに対する責任を取らなければならない。いくら弱い子を助けていたとはいえ、多くの魔法少女を傷つけてしまったのは事実だから。

 

 歌羽があたしに下した指示は、二つだった。

 一つ目は魔法少女を傷つけたことに対する罰則を受け入れること。

 二つ目は牛木草の共同体──プライマリーカラーへ参加することだ。

 

 どうもプライマリーカラーのリーダー、恵比寿小豆は、あたしに首輪をつけておきたいらしい。

 それも当たり前だろう。あたしみたいな奴にまた暴れられたら、治る縄張り争いも治まらない。

 

 こうしてあたしはプライマリーカラーに入り、罰としてある程度のグリーフシードを没収されることとなった。

 これらのグリーフシードは怪我をさせた子達の治療用に使うとのことで、謂わば慰謝料の代わりだ。

 あまりに軽い罰則だが、あたしが弱い魔法少女を助けていたのも事実なので、このくらいの方が穏当に済むと判断された。

 事実あたし以上に暴れ回った魔法少女には、縄張りの剥奪というあたしとは比べようもない罰が与えられたという。

 

 このように恵比寿小豆は、リーダーとして公平な指示をし、縄張り争いを行なっていた魔法少女を一気に取り締まった。

 以来、プライマリーカラーの牛木草内における地位はぐっと向上した。

 素早く実績を上げたことが、結果として力の証明になったのだ。

 そして力が証明されたのならば、それ以降のことにも人間は期待を抱けるものである。

 この一件のことを聞きつけるや否や、一部が手のひらを返したように一気にプライマリーカラーに加入。恵比寿小豆が流した噂もあって、雰囲気に流された子達が次々に新たな共同体へと入っていった。

 

 そのおかげで調停役の人達はてんてこ舞いだ。

 激化する縄張り争いの仲裁に、新人魔法少女達の愚痴や不満といったクレームの殺到。そしてグリーフシードの融通の仕方の取り決め。

 彼女達は日々を仕事に忙殺され、まるで死んだ魚のような目をしていた。

 

 それは歌羽も例外ではない。会うたびに目の下に隈を作っており、苦笑いを浮かべていることが多くなった。

 しかしそんな風なのに、歌羽は何処か充実そうにしている。まるで、これが自分のやりたかったことだと言わんばかりに。

 

 あたしは色んな意味でこの人の凄さを再確認させられた。

 “虚”の時にも感じたが、彼女はどんな時であろうと自分の意志や勇気を持とうとしている。

 どんなに苦しくても前に進み、変わろうとしているのだ。

 

 そういう古鐘歌羽の弱くも強い部分が、あたしには眩しく、そして魅力的に思えた。

 だってその姿は、かつてあたしが願った理想の自分そのものだから。

 あたしはどんなに情けなくても、血反吐を吐いたとしても、自分のやりたいようにやりたかった。

 それを実践してる人が目の前にいたら、普通に憧れる。

 だから、この人に付いていきたい。この人をずっと支えていきたいと、自然とそう感じるようになるのに時間はかからなかった。

 多分、彼女に救われたのもそれに拍車をかけただろう。

 古鐘歌羽は、最早あたしの中で中心に位置するだけの存在となっていた。

 

 ……なんだか、ようやく“信念”というものを見つけられたような気がする。

 これが本当にあたしのやりたいことだというのなら、あたしはあたしのすべてを捧げよう。

 

 それがあたしの祈りの原点──すべてをなくし、再び愛を得た、あたしがやるべきことだから。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「ところで話変わりますけど、最近の子達、共同体のことちゃんとプライマリーカラーって呼んでくれないんですよね。“原色”とか“プライマリー”とか短めるんですよ。どう思いますか、歌羽ちゃん」

「別に“原色”でも“プライマリー”でもどっちでも良いんじゃないんですかね……」

 

 ──廃倉庫、その中では、五つの机とパイプ椅子が円状に向き合うよう並べられ、五人の少女がそれぞれの席に付いていた。

 

 正面にいるのは、ワインレッドの髪をセミロングにした少女、恵比寿小豆だ。彼女は高校の制服と思わしきブレザーを着ており、参考書や教科書を広げながらこの場にいる全員に時折話しかけている。

 当然この場にいるメンバーは皆困ったような顔をしており、特に小豆の右側に座る、オレンジ色の髪をツーサイドアップにした少女──古鐘歌羽は、面倒臭そうに頬杖をついていた。

 

「まあでも、プライマリーカラーって名前自体、少し長いと思いますしね……。ここはもう、うた達も短く原色って呼称した方が良いのではないでしょうか、サクトさん」

 

 歌羽はあまりに小豆さんがしつこかったらしく、うんざりとしたように溜息を吐く。

 そして、同意を求めるように向かい側、正面から見て左手に位置する少女に声をかけた。

 すると少女はうんうんと頷き、紺色のロングヘアを揺らした。

 

「確かにそうかもだな。原色という名前の方が、私も短くて好きかもだな〜」

「サクトちゃん、貴女まで何を言い出すんですか。プライマリーカラーはちゃんとプライマリーカラーという名前で──」

「でも面倒くさいんだなぁ」

 

 一刀両断。

 紺色の少女はのんびりとした口調で、小豆さんの発言を切り捨てた。

 

 彼女の名前は碌炉(ろくろ)サクト。四人いる調停役のうちの一人であり、紺色のロングヘアが綺麗な小柄な少女である。穏和で童顔。服装もオーバーオールと子供っぽいが、調停役の中では最強かつベテランだ。

 歳も小豆さんと同じであり、仲も一番良いらしい。そのため誰に対しても穏やかなのに、小豆さんには容赦がないのだった。

 

 そんなサクトさんに頬を膨らませ、小豆さんがぶすっとする。

 彼女は親友とはお話にならないと思ったのだろう。今度はここにいる中で一番気の弱そうなメンバー──歌羽から見て左の席、自分から時計周りに数えて三番目に座る、薄紫色の髪の少女に話しかけた。

 

因幡(いなば)ちゃんはどう思います?原色と略すのって、ありですか?」

「わ、私はその……、プライマリーカラーっていう名前は好きですけど……、あ、ありだと思います。皆そう呼ぶのなら、そっちの方に呼び方を統一した方が良いんじゃないかな……、なんて」

 

 因幡、と呼ばれた少女は、控えめな態度でそう答えながら、肩まである豊かなサイドテールを弄る。

 一見おどおどしているように見えるが、しかし彼女も調停役の一人だ。

 少女──伊具奈因幡(いぐないなば)は、己の意見は歌羽並にはっきりと言うタイプである。

 流されがちに見える発言だが、彼女の主張は一定の筋が通っていた。

 

 そのためか小豆さんはぐうの音も出ずにしばらく黙りこけ、そうして駄目もとで……と言わんばかりに、サクトさんの右隣、因幡さんから見て左隣の席にいるピンク髪の少女に目を向けた。

 

「ニッカちゃんは?共同体の名前は──」

「アタシ原色って名前に賛成ー!!」

「分かってましたけど最後まで言わせて下さいよ、マジで」

 

 手を上げて元気な声を出すセミロングの少女。

 その彼女に言葉を遮られ、小豆さんは呆れ顔になった。

 

 このいかにも明るい感じの少女が最後の調停役、白亜日華(はくあにちか)である。

 ニッカという愛称で親しまれており、ぱっちりとした赤い目が特徴の美人だ。明朗快活、天真爛漫ではあるが、小豆さんに言わせれば大分現実主義者とのことで、十五才と調停役で最年少ながら、最も治安維持に貢献している。

 ただしこの中では最弱で、新人である歌羽との模擬戦でも負けているらしい。

 まあ、かといって弱いわけではなく、どちらかといえば歌羽との相性が悪いだけらしいが。

 

「あ〜、皆、皆プライマリーカラーって名前がそんなにどうでも良いんですか。まさか拘っているのは私だけなのでは……!!」

「ぶっちゃけ初めっからそうだな。ていうか小豆はそこら辺ウザくてキショイんだな」

「酷い……!!」

 

 頭を抱える小豆さんに、親友が毒舌を浴びせる。その相変わらずの容赦のなさに、小豆さんは更にショックを受けたようなリアクションをした。

 もちろんそれはコミニケーションの一環であり、互いに本気で喧嘩してるわけじゃない。

 現に小豆さんは明らかにふざけているし、サクトさんの顔には笑顔が浮かんでいる。

 そしてそのことを誰もが理解していたので、またかというような態度で、他の三人はそのじゃれ合いを見つめていた。

 

「……で、原色って略称はどうするんです?認めますか?」

 

 歌羽が疲れてきたのか、気怠げに言う。

 彼女は小豆さんに散々絡まれたので、少しそのノリに辟易としてきたのだろう。

 しかし小豆さんは変わらずに、ふむ……と考え込むと、今度はあたしの方へと、

 

「じゃあ、最後にこゆりちゃんの意見を聞いて決めましょうか。

 ねえ、こゆりちゃん。プライマリーカラーって正式に呼ぶべきですよね?それとも原色って貴女も呼びますか?」

「え、あたしですか?」

 

 突然話しかけられ、あたしは雑巾を動かしていた手を止める。

 この廃倉庫はすっかりプライマリーカラーの人達の溜まり場となっており、そのためかここに供えられた棚に皆ポンポンと私物(例えば小豆さん秘蔵のBLの◯ロ本とか、西洋かぶれらしい歌羽のよく分からんアンティークとか)をとにかく適当に放り込んでいくのである。

 おかげでかなり散らかっており、おまけに誰も掃除をしないので埃を被る一方だ。

 そこであたしが定期的にここに来て、棚の清掃をしている。

 今も小豆さん達が会議(と称したただのたむろ)をしている横で、雑巾で棚を拭いている真っ最中であった。

 

「一般魔法少女を代表して、この渾名をどう思うかぜひご感想を」

 

 小豆さんは何処か必死な様子で、縋るようにお願いする。

 あたしは一瞬苦笑いを浮かべそうになったが、一応真剣に考えて答えを出した。

 

「普通に良いんじゃないんですかね……。プライマリーカラーってのは、夜見鳴子の有名なオブジェの名前から来ているんですよね?そのオブジェの渾名も原色ですし、だったら共同体のプライマリーカラーの渾名も原色で良いかと」

 

 造形作家、夜見鳴子が生涯をかけて造ったと言われるオブジェ作品のシリーズ、“色彩”。

 その中でも最高傑作の一つと謳われているのが、プライマリーカラーと名付けられたシリーズ一作品目の立体である。

 それは一言で言えば、羽ばたく鳥を模したガラス製のオブジェだ。

 逸話によれば、元は大きなガラスの塊だったものを、夜見鳴子が様々な道具を駆使してその羽一本一本に至るまで鳥の形に削り出したのだという。

 着彩は“色彩”シリーズらしい様々な色の塗料が使われており、遠目から見れば虹色に光り輝いて見える。

 そして近くで見れば、更にその素晴らしさに誰もが息を飲むだろう。

 まさに原点にして頂点。天才芸術家、夜見鳴子の初まりの作品。故に原色、と呼ばれているのだ。

 

 しかしその名は夜見鳴子の死後に、批評家が勝手につけたものである。

 だからか、一部のファンの間ではちゃんとした名前で呼ぶべきだというお堅い層がいて、どうも小豆さんもその一派に属しているらしい。

 共同体の方にも、正式な名称のものに固執し続けている。

 まあ、同じ夜見鳴子ファンのあたしとしては、別に正式名称で呼ばなくて良いと思うけど。

 気持ちは分かるが、原色という渾名は非常にそのオブジェのことを表している名前だと考えているので、どっちを用いても変わらないような気がするのだ。

 

「それに他の人が言うように、プライマリーカラーという単語は長いです。短めの呼び方があるのは、一魔法少女的にはありですね」

「こゆりちゃんもそこまで言いますか。ああ、私はこの件に関しては皆と分かり会えないんですね……。リーダーだけに、ひとりーだー……」

 

 嘆いているのかいないのか、親父ギャグを言って小豆さんはがくりと俯いて見せる。

 それは正直言ってかなり酷いもので、とてつもなくしょうもない。

 これには、先程我慢していたあたしでも苦笑いを浮かべる。他の人達もあたしと同様に呆れたのか、溜息をついたり、困った顔をしていた。

 その中で唯一例外なのは、因幡さんくらいなものだろう。彼女は笑い上戸のようで、一人だけ冗談がツボに入って大笑いに耐えていた。

 

「……」

 

 ある意味微妙な空気が広がっていく。あたし達は変に気が抜け、脱力したような心地となってしまった。

 そんな雰囲気にこれ以上は不味いと思ったのか。ニッカさんが話を軌道修正する。

 

「えーと……さ、小豆ちゃん、小豆ちゃん。歌羽も言ってたけど、結局認めんの?原色って呼び方」

「……尺ですが、皆が言うのなら認めます。ええ認めますとも。今後共同体を呼ぶ時は、“原色”と基本的に呼称しましょう。何だかんだ、そっちの方が分かりやすいみたいですしね」

 

 渋々とながら、急に物わかりの良さを発揮して小豆さんは頷く。

 今までの態度はなんだったんだって感じだ。……まあ小豆さんのことだから、こうやって周りをかき乱して面白がってるだけなのかもしれない。この人、割とお茶目というか、愉快犯的なところがあるし。

 

「やれやれ……、皆さっきからそう思っているんだな。さっさと認めれば良いんだな」

「ですが、一応皆の意見は確認しなきゃいけないでしょう?こうして全員がそれぞれの考えを言って把握し合うのって、大事な意味があるんですよ?」

「……やっぱり小豆って、面倒くさいんだな」

 

 敵わないと言わんばかりに、サクトさんは複雑な顔になった。

 小豆さんはふらふらしているように見えて、時たまこうやってリーダーらしいところを見せてくるのだ。

 だから、ちゃんとしてとは叱れない。叱る理由ができない。小豆さんは頼りにならなさそうで、頼りになる。

 

「ふふ。褒めてくださってありがとうございます。サクトちゃん」

「……言ってろこのバカ、だな」

 

 そしてそのことを自身で理解しているだろう。小豆さんは、胸を張って得意げにする。

 当然、サクトさんは真面目に取り合わずに適当に返し、もやもやしているのか、歌羽のように頬杖をついて愚痴る。

 

「まったく、小豆の馬鹿はマイペースすぎて、古馴染みの私でも理解が出来んのだな。……と、この音は」

 

 ふと室内にノック音が響き、全員がドアの方を一斉に向いた。きっと“あの人”が帰ってきたのだ。

 あたしは雑巾を置くと、真っ先にドアの方に走って、ノックをしていた人物を迎え入れた。

 

「家主さん、お疲れ様です」

「こゆりちゃん、ただいま」

 

 その人物──セーターを着込んだ少女、弦家角があたしの歓迎にこりと笑ってから入ってくる。その手にはコンビニ袋が下げられており、歩く度に妙にガサガサと音が鳴っていた。

 

「皆、買ってきたよ」

 

 家主さんは調停役の人達のところまで行くと、コンビニ袋の中身を机の上に広げた。

 そこに並べられたのは、ポテトチップスにクッキーの箱、煎餅の包みにいちご味のチョコレート、そして袋に入ったドーナツにチョコケーキとバラバラのお菓子類だ。

 家主さんは調停役の人達の頼みで、コンビニにまでわざわざお菓子のお使いに行っていたのである。

 しかもあたしのリクエストまで聞いて。

 

 ……本当に家主さんは人が良すぎだ。

 優しすぎて、こうやってお使いに向かわせるのはなんだか気がひける。

 しかし他の人達は気にしていないようだ。皆我先にとお菓子を手に取り、各々好きな菓子を手に取って食べ始めている。小豆さんの影に隠れがちだが、基本調停役の人達はマイペースなのだ。

 

「ほら、食べないの?」

「あ……、その……」

 

 悪いなあと罪悪感に打ちひしがれていると横から声がかけられる。見ると家主さんがいて、あたしが頼んだドーナツを手渡してきた。

 あたしは少々遠慮しながらそれを受けとる。

 

「じゃあ、頂きます……。本当に買っていただいてありがとうございます」

「うん、どういたしまして。でも、別にそんなかしこまらないで良いよ。もっと気さくにしてくれて構わないんだから」

「そう……、ですね……」

 

 あたしはそう答えながらも、俯いてしまう。

 この人が記憶喪失だと聞いているからか、必要以上に気を使わなければならないと思い、人見知りが発動してしまうのだ。

 まあ、だからといって特別苦手でもなく、嫌っているわけでもない。

 先程言った通り家主さんは本当に気がいいので、あたしの中で好感度は結構上に位置する。

 

「……皆楽しそうだね」

「……はい」

 

 部屋の隅に移動し、あたし達は壁を背に預けて五人の少女達を見た。

 彼女達は思い思いに過ごしており、すっかりあたし達など忘れてどんちゃん騒ぎをしている。

 小豆さんはポテトチップス片手に、チョコケーキを食べるサクトさんにちょっかいを出してキレられ、その横でニッカさんと因幡さん、歌羽の三人が、仲良くお菓子をシェアしながら談笑していた。

 ちなみにそれぞれのお菓子のチョイスは、ニッカさんがいちご味のチョコレート、歌羽がクッキー、因幡さんが煎餅である。因幡さんだけ、少し趣向が渋い。

 

「歌羽ちゃんもすっかり馴染んじゃって。まさかここまで仲良くなるとは思ってなかったよ」

 

 家主さんは実に感慨深そうに呟く。

 彼女の言う通り、歌羽はかなり仲がよさそうにニッカさん達と話しており、ちょっとこちらが嫉妬するくらい楽しそうだ。

 正直言って、少し寂しい気がしないでもない。

 だけど、

 

「……歌羽が心の底から笑っているのを見るのは、悪くないです。彼女が嬉しいと、あたしも嬉しくなるんで」

 

 歌羽はあたしとサチを救ってくれた恩人だ。その感謝は計り知れないほど深く、彼女という存在はそれだけで尊い。

 だから、歌羽が幸せそうにしているだけで、あたしは胸が暖かくなる。

 

「……、こゆりちゃん、君は……」

 

 あたしの言うことに、家主さんが息を飲んだ。そして少しだけ切なげに瞳を細めると、これまた儚げな笑みを浮かべた。

 

「……そっか。歌羽ちゃんのこと、大事なんだね。すっごくすっごく、大切なんだね」

 

 酷く悲しく、やり切れなさそうに、そして羨ましそうに呟く。

 あたしは思わずはっとし、複雑な感情から目を伏せた。

 

 どうやら何か、家主さんの中の琴線に触れてしまったらしい。

 ……多分それは、記憶喪失に関することだ。

 彼女にとって過去とは、ここ数週間のことしか指さない。彼女にとってその前の時間は、未知の世界だ。

 その世界に置き去りにしてきたものはきっと数多くあるだろうし、中には命に変えてでも守りたいものがあっただろう。

 そのことを考えると、こうして悲しげになるのも当然だ。

 

「……」

 

 あたしは何と言ったら良いか分からず、家主の方を向き続けた。本当なら何か気の利いた慰めの一つや二つ、かけるべきなのだろうが、生憎そんな器用なタチじゃない。

 あたしに出来ることと言ったらせいぜい、わざとらしく心配そうな顔をすることだけだった。

 

「……ありがとう。ごめんね、僕は大丈夫だから」

 

 気を使わせたことに罪悪感を感じたのか、家主さんは申し訳なさそうに謝る。

 しかし、あたしはいえ、と首を振った。

 

「こっちの方こそ不躾だったと思います。はい……」

「……また遠慮がちになっちゃって。君は腰が低いというかなんというか」

 

 腕を組み、何処か腹立たしそうにするセーターの少女。彼女はあたしの思っていることを見抜いているのかじと目を向けると、

 

「記憶喪失だからとか、年上だからとか、そんな理由で僕のこと必要以上に気を使わなくて良いから。あくまで普通に、友達のように接してくれた方がありがたいよ」

「でも……」

「でもじゃないの。いつまで経ってもそんなんだったら、僕が寂しくて死んじゃう。というか絶賛死にそうだから」

 

 家主さんはらしくなく冗談を言い、緊張をほぐそうとしてくれる。

 あたしはそんな不器用な彼女の気遣いに驚くと共に、笑いが込み上げ、少しだけ笑い声を漏らした。

 

「な、何……?僕何か変なこと言った?」

「いえ、何も変なこと言ってませんよ。ただ、どうしてこんなにも家主さんが皆に慕われているのか、その理由が分かった気がしたんです」

「……?」

 

 不思議そうに家主さんが首を傾げる。

 あたしはその反応に更に笑い、本当に自分では分かってないんだな、とおかしく思った。

 

 家主さんは実に魅力的な人間だ。

 普段の笑顔だったり、さっきの気遣いだったりで人柄の良さが実に伝わってくる。さらに弱いところや誰もが持つ矛盾が何故か透けて見えて、それが彼女の魅力となって目が離せなくなる。……そのためか、いつの間にか絆されて、自然と信頼してしまうのだ。

 

「……やっぱり凄いです、家主さん。呪いのことも受け入れて、皆に慕われる魅力も持ってて。……どうしてそんな風な在り方が出来るんですか?」

 

 僻みからではなく、純粋な関心からあたしは質問を投げかける。

 すると家主さんはその質問自体が予想外だったのか、ぱちくりと目を瞬かせ、キョトンとした。

 そして次には本気で訳が分からなさそうに、

 

「……何で凄いと思うのかな。僕、最低な人間だし、立派でもないんだけど」

「え……?」

 

 自分を卑下する発言に、今度はこちらが目を見張る。まさかそんなことを言う人だとは思ってもみなかったのだ。

 

「何でそういう風に自分を……」

 

 あたしは困惑しながら家主さんへ問う。すると彼女はしまった、と言わんばかりに狼狽、珍しく目を泳がせた。

 

「……えーと。これ以上はちょっと言いづらいなあ。すまないけど、この話はなしにしない?」

 

 家主さんは何処か焦っているのだろう。話題を無理やり切り上げようとしてくる。

 あたしはこのまま追求したい気持ちに駆られたが、流石に家主さんが嫌がっているので、渋々ながらも首を縦に振った。

 

「ありがとう、凄く助かるよ」

 

 家主さんが礼を言う。その顔はほっとしており、随分とさっきの話題が嫌だったことを窺わせた。

 そうして数分黙ると、突然神妙になって、

 

「こゆりちゃん。唐突だけど、共同体、ちゃんと馴染めてる?」

「……ええ。皆優しくて、こんなあたしでも受け入れてくれてます」

 

 あたしは素直に答えた。

 今まで対人関係を上手く結べなかったあたしだが、このプライマリーカラーでは自分でも驚くほどちゃんとやれている。

 それもすべて、牛木草の魔法少女達のおかげだ。

 あれだけ散々暴れまわったのに、牛木草の魔法少女達はそれを快く許してくれた。

 それどころか、常にビクビクしてるあたしに歩み寄って、友達になろうとしてくれたのだ。

 ……そのことが、どれだけありがたかったことか。

 常に学校では疎まれてたし、あたしは他のところでも俯いていた。真に受け入れてくれる公共的なコミュニティは、この共同体が初めてだ。

 だからこそ、本当にあたしの居場所なんだなって感じられる。個人的には、家族のような情さえ沸き始めているのだ。

 

「皆のためなら、あたしでも頑張れるなって思います。……それこそ命をかけてでも、守りたい場所ですよ」

「……そう」

 

 あたしの返事に、家主さんが何かを考えるように俯く。

 そしてまた先程以上の時間をかけて黙って、

 

『──じゃあ歌羽ちゃんと共同体のためなら、君は死ねるんだね?』

「……は?」

 

 いきなりのテレパシーとその発言の内容に、あたしは疑問の声を上げる。

 家主さんは口の前に人差し指を立て、あたしに黙るよう促した。

 

『ここからの話は周りに聞かれたくないだろうから、テレパシーでやるよ』

『え……、わ、分かりました』

 

 家主さんの圧に押され、あたしはそのままテレパシーで答えてしまった。

 もちろん、一体何なんだ、という気持ちで頭の中はいっぱいだ。

 それを彼女に聞くため、あたしは再び心の声を念として飛ばす。

 

『それで話ってのは……』

『……そうだね。単刀直入に言うと、この先何があったとしても、自分を投げ出すことはしないでってことかな』

『あたしが自分を投げ出す……?』

 

 訝しげに問い返す。

 だってそんなことなど、そうそうありっこない。

 この命は大事だし、進んで痛い目になど会いたくないではないか。

 そんな思いを目に込めるが、しかし家主さんは首を振り、その考えを否定した。

 

『君、さっき言ったじゃないか。命をかけてでも守りたいって』

『……そりゃ言いましたけど、でもあれは言葉の綾っていうか、それぐらい大事って意味で──』

『──でも、本当にそうする危険があるように僕は感じる』

『……』

 

 はっきりと言い切る家主さんの言葉に、あたしは思わず声を詰まらせる。

 家主さんはあたしに対して、同情や憐憫といった感情の念を届けた。

 

『君、歌羽ちゃんには心酔してるし、共同体には仲間意識があるでしょ。……どっちも悪いこととは思わないけど、だからってそれがすべてと信じこまない方が良いよ。きっといつか、……それらが自分を滅ぼす』

『……!?』

 

 心の中を言い当てられたような気がして、あたしは瞠目。何故そんなことが出来る、と警戒心から家主さんを無言で見つめると、彼女はテレパシーでその答えを言ってくれた。

 

『だって君、なんか僕と似ているところがあるから。それに分かりやすいし、見ているだけで何となく分かっちゃった。歌羽ちゃんに心酔してることとか、共同体に対する思いとか』

『……そうですか。でも、何でそれが身を滅ぼすことに繋がるって言い切れるんです?あたしがそこまで自分を蔑ろに出来るとでも?』

 

 あたしはやっと手に入れた信念がバカにされた気がして、声に刺を含ませる。

 しかしそれが通用しないどころか、ますます家主さんは哀れむような視線をあたしに向ける。

 

『……蔑ろに出来るでしょ。だってこゆりちゃんってば、自分の価値を自分の大切なものの価値の下に置いているよね?これまでの行動を見ていても、それは明らかだよ』

『確かにそれは……』

 

 言い返せないかもしれなかった。

 あたしってば共同体に入って以来、歌羽や他の魔法少女の手伝いばっかりしてる気がする。

 しかもいじめられている時と違って強制ではなく、自分から進んでやっているのだ。

 そうやって共同体のために働いていると、えもいわれぬ充実感に溢れて、楽しくて仕方ない。

 最近では自分のプライベートまで投げ打ってまで働いている。

 

『そんなんだったら、いつまで経っても誰も救えず、自分を傷つけるだけで終わりだ。こゆりちゃんはもっと自分を優先させてあげないと』

『……』

『すべてを投げ打ったところで、何にもならないんだからね』

 

 家主さんは何故か苦々しそうに、そしてそれに耐えるかのように唇の端を曲げ、あたしに忠告する。

 その胸の内には、一体どんな思いが渦巻いているのだろうか。

 家主さんの表情だけでは類推することすら出来ず、あたしはどうにももやもやしてしまう。

 

『……貴女、何を考えているんですか?』

『何をって……、僕は君に、もっと自分を大切にしてほしいなって考えてるけど』

 

 抱えているだろう感情について聞くと、明らかにはぐらかされたような返事が返ってくる。

 さっきの自分を卑下する発言と言い、かなり妙だ。

 その先に、家主さんにしか分からない何かがあるのだろう。

 あたしははっきりしないのに納得がいかなかったが、やはり踏み込むのは躊躇われて、口をつぐんだ。

 

『……』

 

 家主さんはそんなあたしに、一瞬だけバツが悪そうな表情を浮かべた。だが、すぐに気を取り直すように首を振ると、真剣な顔になり、言い聞かせるようにあたしと目を合わせた。

 

『良いかい。自分を大切にしなきゃ、君は自分を見失うことになるだろう。自分を犠牲にするし、最悪命を落とす。それにもしも大切なものを失ったら、君みたいなタイプは自棄を起こしかねない。……そうなって欲しくはないんだよ』

『……ですが、あたしはやっと抱いた信念を貫こうと──』

『その信念を貫くのと、自分を大切にしないのは、同義じゃない』

 

 頭の中で、怒った響きが広がる。目の前には少しだけ目つきを鋭くさせた家主さん。

 あたしは一体何が正しいのかよく分からなくなった。

 だって、家主さんの言っていることが、あたしには完全に理解できない。あたしが自分を見失うとか、自棄を起こすとか、意味不明だ。

 それでも、これだけ家主さんが真剣だと変な説得力がある。故に、どれを信じれば良いのか迷う。

 

『訳が分かりません……。同義じゃないって、どういうことなんですか?』

『……それは僕が言っても意味がないよ。だけど分かんなくても良いから、僕の言ったことと向き合うと約束して』

『……』

『……ほら、指切り』

 

 小指を立てて、あたしへ向ける。あたしは少しだけ逡巡すると、仕方なくその小指に己の小指を絡ませ、指切りをするのだった。




碌炉サクト
一章のサブキャラ。四人いる調停役のうちの一人。魔法少女歴は一年半。
〜だな、〜なのだな、と語尾につける独特の口調の持ち主。小柄で童顔だがベテランかつ十八才と高年齢で、調停役の中では最強。小豆とも親交があり、彼女にだけは毒舌を吐いたりしてじゃれ合う。
性格は穏やかなしっかり者。情に流されやすく甘い部分があり、性前説を半ば信じているようなお人好しである。
ある日魔女結界に紛れ込んだ際、使い魔から逃げることをキュゥべえと契約し、結果として「速足」の固有魔法を得た。その魔法を生かし、圧倒的なスピードで接近、レイピアで弱点をつくという、一撃必殺の戦法を得意としている。なお魔法少女衣装は、青いゆったりとしたドレス姿である。

伊具奈因幡
一章のサブキャラ。四人いる調停役のうちの一人。魔法少女歴は一年で、年齢は十七才。
おどおどとした、大人しい印象の少女。しかしそれは態度だけで、歌羽並みに相手に自分の考えを伝え、他の調停役同様マイペースである。ちょっぴり腹黒という噂もあるが基本的には和を重んじ、場合によっては相手に寄り添う選択肢を取る。小豆曰く、お人好しであるサクトと現実主義者であるニッカを足して二で割ったような性格。
願い事は「潰れかけた実家の神社のご利益を高める」こと。古代時代に着られていたであろう古風な衣装に変身し、銅鐸による音波で攻撃する。また固有魔法の「波及」により、広範囲の敵にダメージを与えることが可能である。

白亜日華
一章のサブキャラ。四人いる調停役のうちの一人。愛称はニッカ。
魔法少女歴は半年かつ年齢も十五才とまだまだ若いが、これは新人や古参への配慮で、調停役はどこからも文句が出ないように、様々な立場の少女から小豆が抜粋している(年齢も、サクト十八→因幡十七→歌羽十六→ニッカ十五とバランスをとっている。本当はもっと色んな層から選抜したかったが、人材不足のため結局調停役は四人に収まっている)。
性格は天真爛漫、笑顔が明るい元気っ子。しかしかなり現実主義者であり、調停役の中では一番非情。身内以外のものはどうでも良いというスタンスをとり、仲間と認めた人が傷つけられると怒りを露わにする。
契約の際に願った祈りは、「親友に付き纏う同じクラスメイトのストーカーを、自分の手でボコボコにすること」。
固有魔法「獣化」により狼に変化し、その能力を生かした肉弾戦や、狼の嗅覚による索敵を得意とする。しかし能力の相性で歌羽より弱く、調停役の中では一番弱い。

今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?

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