放課後、さゆりに用事で、一人で出掛けなければならないと伝え(その日、さゆりは委員会があったのだ)、あたしは先に学校を出て行った。
いつもならば、この時間帯、あたしは他の子の仕事をやっていた。でも今日は呼び止められないように急いで出て行ったから、仕事はまったくしていない。
あたしは複雑な気持ちだった。
あたしはずっと、他のクラスメイトの仕事を我慢してやってきた。でも、自分の意思ではないといえ、始めてその仕事をほったらかしてしまったのだ。それも、結構簡単に出来てしまった。
今までのあたしの苦悩は何だったんだ、という感じだ。
かなり後ろめたくもある。あたしが我慢していることによって、他のあたしと同じ位置にいる子達は被害を免れている。あたしが逃げてしまえば、その子達に矛先が向かうだろう。
だが、仕方がない。申し訳ないが、人命の方を優先しなければならない。あたししか魔女は倒せないのだ。これ以上、多くの人を犠牲するわけにはいかない。
「やあ、こゆり」
自宅で準備をし、外にちょうど出た時、キュゥべえが時間通りにやってきた。今度はびびりはしなかった。こちらに来ると前もって分かっていれば、それほど驚きはしない。
「……こ、こんにはキュゥべえ」
あたしはこそこそと小声で話す。
一般人はキュゥべえを視認することができないらしい。実際、さゆりの前を通り過ぎた時、彼女は気づかなかった。
そして周りには、当然ながら少なからず通行人がいる。普通に返事を返せば、あたしはただの変人にしか見えないのだ。
「目立つことを気にしているのかい?それなら、そんなに小さな声で話さなくても、テレパシーを使えば良いよ」
「テレパシー?」
「魔法少女は心の声を相手に届けることができるんだよ。試しにやってご覧」
あたしは若干困った。試しにやってご覧、と言われても、やり方なんか分からない。
とりあえず、あたしは伝われ、と思いながらキュゥべえを凝視する。そうすれば、なにか力が働いて、テレパシーが使えそうだと思ったのだ。
「…………」
「…………」
互いに黙る。あたしは無心に心の声が届くように祈り続けた。
「……どうしてボクをじろじろ見ているんだい?」
……やがて、不思議に思ったのだろう。しばらくしてから、キュゥべえが首を傾げた。
あたしは顔を少し赤くさせた。自分がいかに、変でズレた行動を取っていたか、理解したからだ。
「やり方が分からないのかい?魔力を使って、ただ念じれば良いだけだよ?」
……うるさいわね。そんなん、初めてだから分からないわよ。
とりあえず、キュゥべえの言うように魔力というものを使おうと、意識の奥底へとイメージを膨らませる。
すると、不思議な感覚があたしに突然襲いかかった。まるで、視覚、聴覚などの五感に匹敵するような器官が、いきなりあたしの体にできたような感じだ。あたしは、その期間で自分の内で漲る“何か”を認識する。
それは言葉で言い表すとしたら、“オーラ”だろうか。その“オーラ”が、自分の身体中を駆け巡っている。これが、魔力というものかもしれない。内側で何か得体の知れないものがあるような、変な心地だった。
あたしは何とか、その魔力の流れを自身の制御下に置く意識をして、その力をキュゥべえに向けて発した。
『こんな感じ?』
「そうだよ。やればできるじゃないか」
どうやら、何とかテレパシーは出来たらしい。あたしはほっとしたと同時に、キュゥべえに内心、上から目線な奴だな、と思った。
『そ、それで、この後どうすれば良いの?』
あたしは先程のようにテレパシーで尋ねる。一度できてしまえば後は慣れるようだ。それほど苦労は感じない。
「魔女を探すためには、まずは魔女の魔力を探知しなければならないんだ。ソウルジェムを元の状態に戻してかざしてみて」
『うん』
指輪を卵形の宝石へと形状を変え、手のひらに乗せる。
白い宝石は、相変わらずいつ見ても、ぞっとするくらい美しい。
「魔女の魔力を感知すると、ソウルジェムが光るんだ。その光を頼りに、魔女を探すんだよ」
『でも全然光ってないけど……』
「そこには、魔女はいないということだよ。魔女がいる場所や魔女の魔力に近づかなければ、ソウルジェムは反応しない。自分の足で歩いて、反応する地点を探らないといけないんだ」
要するに、ダウジングみたいなもんなのか。
地味……、というか、えらく効率悪い探し方ね……。魔法少女っていうくらいなのに、シビアすぎ。
何でこういうところは杜撰なのだろう。もっと便利な魔法やアイテムよこせよ。
『……ほ、他に手掛かりは……』
ソウルジェムの光を頼りに探せとか、結構無茶苦茶だ。ここら一体をしらみ潰しに歩き回るなんて、どんだけ時間かかると思ってんだよ。最低でも一ヶ月とか二ヶ月かかるじゃん。その間、絶対被害拡大したらどうするのよ。
何かコツみたいなのがないと、やってられない。というか、探せないでしょ。
「魔女はだいたい、人気のないところにいることが多い。例えば路地裏とか、廃ビルとか、人が寄り付かないところだ。しかしその一方で、賑わっている繁華街などに現れることもある。彼女達は人を食うからね。だから、人がいない場所、人が多く寄る場所。その両方を中心に調べると良いよ」
キュゥべえのアドバイスに、あたしは唸ずきながら考える。
人の多い場所……は大体の目星がつく。大型デパートとか、駅の近くとか、人が集まるところは分かりやすい。
だが、問題は人気のない場所だ。そんなところ、当然寄りもしないから、全然知らない。
スマホで調べのも、ちょっと無理があるかもしれない。人気がないということは、注目されていない場所ということだ。そういう場所がわざわざネットに書き込みされてるとは思えない。まあ、そこら辺はキュゥべえにでも聞いて探すとしよう。キュゥべえならば、詳しいだろう。
と、そこでふと気がつく。
まずは、事件現場の近くを探すのはどうだろう。事件を引き起こしたのが魔女ならば、現場周辺にいる可能性が非常に高い。いないとしても、何らかの痕跡が残されているかもしれない。行ってみる価値は充分ある筈だ。
『ねえ、事件があった場所って、魔女と関係しているよね?』
「そうだね。まさか、初めに事件があった場所体調べるつもりかい?まあ、それが一番現実的な方法だけどね」
『うん。……事件の後、どうなってるのか気になるし』
ポケットからスマホを取り出して、最近起こった牛木草の事件を調べる。
その事件を、時系列にまとめるとこうなる。
一番最初は、一週間前に起きた四人の少女の行方不明事件。学校はばらばらだが、少女二人は牛木草市にある牛木草中学で、あたしが通う、ミヤノ木学園中学校とはそこそこ近い。
二番目に起きたのが、今日から五日前に発声した、コンビニでの窃盗事件。犯人は初老のホームレス男性で、既に捕まっている。
三番目は、男子高校生の自殺事件だ。明るい生徒で、いじめにもあってなかったらしい。事件発生の日時は、コンビニ窃盗事件の一日後に発生。つまり、今日から四日前に発生した事件だ。
四番目は二番目と同じ窃盗事件だ。ただし、コンビニではなく、その付近のデパートで、あたしもよく買い物に通うくらいには、地元ではよく知られている場所だ。事件が起こった日時は、今日から三日前。犯人は捕まっていない。
そして最後の五番目の事件。昨日起きた通り魔殺人事件だ。事件被害者は女性一人に、男性三人。内、女性が死亡している。男性三人は無事だが、二人は意識不明だ。
こうして改めて事件のことを調べてみると、その異常性がよく分かる。とても短い時間で、必ず事件が起きているのだ。しかも同じ地域内でだ。普通じゃ考えられない事態だ。
ネットも随分な騒ぎになっているようだし、大分皆混乱しているようだ。……あたしは今友達と一緒にいないし、ネットもニュースもあまり見ないから、事件のことを知らなかったけれど……。
「どこからいくつもりだい?」
『二番目の事件が起きた場所から』
とりあえず、一体の魔女が一連の事件の原因と仮定するとして、時系列順に事件を起こしていると考えると、事件が起こった場所を辿って移動しているはずだ(憶測だが)。
とすると、事件が起こった順番で回るのが一番なのだが、生憎時間がかかりすぎる。行方不明者四人の家族の証言では、少女達はそれぞれ事件前日、普段通り家で過ごしており、次の朝に忽然と姿を消していたというのだ。つまり、最後の目撃情報は家というわけだが、少女達がこっそり家を抜け出した可能性もある。
まあ……、要するに、何処から調べれば良いのか分からない事件なのだ。本格的に調べるには、労力をかなり費やさなければならないだろう。調べるのは、一番最後で良い。
よって、一番をすっ飛ばして二番目から調べる。場所もコンビニだからはっきりしてるし、ここからも比較的他の場所からは近い。
庭の方へ行き、そこに止められてある自転車の鍵を開ける。家の前まで移動させると、キュゥべえが籠の中へ入ってから、あたしも座席に跨った。
◆◇◆◇
コンビニは事件が起きた後だというのに、いつも通りだった。店内にも入ってみたが、従業員はなんだか締まりのない、緊張感に欠けた顔をしている。
まあ、犯人も捕まっている。そして、この従業員が直接現場に居合わせたわけではないのかもしれない。そういう態度はどうかと思うが、仕事場で事件があっても、少し他人事のように感じるのは分からなくもない。
とりあえず自転車を一旦止めて、卵形にしたソウルジェムを持ってコンビニ周辺を回ってみる。
やはりコンビニの窃盗事件は魔女絡みなのか、ソウルジェムは光っている。しかし、さっきからその反応は一定していて、しかも弱い。感覚的に伝わってくる、キュゥべえ曰く、魔女の魔力というものも薄い気がする。
人気のない路地裏などにも行ってみたものの、反応は変わらない。
まさか、もういないのだろうか。
これだけ探しているんだ。それなのに、反応が変わらないなんて、魔力の痕跡だけしか残っていないんじゃないの?
だったら、コンビニ付近は諦めて、三番目の場所に行った方が良いだろう。時間もそれほどあるわけじゃ無いのだ。最低でも、夕飯時に帰らないとお母さん達に怒られる。
「あの……」
次の場所に行こうと、コンビニで止めた自転車の鍵を開けた時だった。
背後から、声をかけられた。
振り返ると、そこには一人の少女がいた。見かけぬブレザーの制服を着ていて、長い髪を下ろしている。気弱そうな印象で、何処か怯えた様子でこちらを見ている。年齢はまだ小学校高学年か、せいぜい高く見繕っても中学生くらい。確実にあたしと同年代か年下だろう。
「キミは……」
キュゥべえが驚いたように呟く。あたしも少し驚いていた。何で話しかけられたのか、さっぱり分からなかったからだ。
「えーと……、貴女は……?」
「……」
首を傾げると、少女はちょっと驚いたような顔をした。
え……、何?何かあたし、変な質問した?そんなことないはずだけど……。
「あたし……、嫌なこと言っちゃった?」
「……え、あ、そ、その……、そんなんじゃないの。ただ、私のこと……、知らないんだ、と思っちゃって……」
まあ、よく考えると当たり前だけど……、と少女はおどおどしながら言う。随分と喋るのが苦手な子らしい。きっと引っ込み思案なのだろう。
声をかけてきた理由が分からなくて、あたしは少女に問う。少女は、左手であたしの足元を指差す。その先にいるのは──キュゥべえだ。
「……貴女……、キュゥべえ連れてるってことは……、あの……、魔法少女よね?」
「……!?」
この子、キュゥべえを知っている!?いや、それ以前に見えている!?
あたしは戸惑いを隠しきれなかった。普通ならば、キュゥべえというものは視認できない。だから、キュゥべえを指差すことも、普通ならば不可能だ。
だが、この子はキュゥべえのことを認識して、彼を指差している。
しかも、魔法少女のことまで口にしているのだ。この子は……、まさか……、
「貴女も魔法少女……?」
「う、……うん。……そうだよ」
少女はキュゥべえを指すのを止めて、左手を今度はあたしに示す。その左手の薬指には、あたしのものと同じデザインの指輪がはめてある。指輪に変化したソウルジェム。魔法少女の証たる宝石だ。
でも、ちょっと信じられない。こんな何処にでもいそうな普通の子が、同じ魔法少女だなんて。
それに、ここら辺の魔法少女は皆いないんじゃなかったっけ。何であたし以外の魔法少女がここら辺の地域にいるんだろう。
「……阿岡入理乃。まさか、こんなに堂々と接触してくるなんて驚きだよ」
足元のキュゥべえに話しかけられると、入理乃、と呼ばれた少女の眉がぴくりと動いた。
……何だろう。キュゥべえの発言が何か気になったのかしら。
もしかしたら、この子はあんまりキュゥべえのこと好きじゃないのかもしれないわね。だって、少しぶすっとした顔になっているし。
「……って、阿岡入理乃?」
その名前、何か聞いたことがあるような……。
確か、隣の市、早島にある名門、阿岡家のお嬢様じゃなかったっけ?何でも、小学六年生にして超天才で、中学校や高校の問題まで何なく解いてみせたとか。スポーツも、県内の小学生記録を塗り替えるほど、運動神経抜群らしい。他にもあらゆる分野で幾つもの賞を受賞していて、時々、県の新聞にその名前が記載されているのを見かける。
そんな凄い子が、この子……?でも、そうは見えないというか……。イメージと全然違う……。もっと傲慢で高飛車な子だと思っていた。でも、当の本人はおどおどしていて、大人しそうで、とても天才とは思えない。
……“天才”によくある、自分に対する自信が感じられないのだ。この子は、こんな見るからに人見知りなあたしにもかなりビクビクしている。
「……う、……うん。私が阿岡入理乃……」
そう肯定すると、少女はしばらくの間、考えるように俯いた。その様は、何故か何処となく苛立っているような仕草にも見えた。
「キミの行動は、まったく予想がつかないからね。これ以上、余計で余分なことはしないでもらえないかな?入理乃、キミは今度は何をする気なんだい?」
「…………」
キュゥべえが聞くも、入理乃は答えない。ただじっと、黙って地面を向いたままだ。
「……阿岡さん?」
不審に思い、入理乃に声をかける。すると、彼女はあたしの腕を掴んだ。
「ちょっ、ちょっと!?」
あたしの声を無視して、入理乃は半ば強引に腕を引っ張っていく。
あたしよりも体格が小さいくせに、力は大人の男性じゃないかという程強く、抵抗もできない。……後から考えると、腕力を魔法で強化していたのだろうが、この時のあたしからすると訳が分からなかった。少女の力の強さに驚愕し、心の中であり得ないと叫び、混乱しまくった。
入理乃は数分歩くと、あたしを路地裏へ連れ込む。
彼女の左手の薬指が光り、その光が体を包み込む。それが弾けて消えると、入理乃の服が変わっていた。
着物に、厚底の下駄。頭には花飾りがあり、その中心には赤い宝石。手には、和風な衣装には似合わぬ金属の籠手がしてある。
……初めて見る変身に、あたしは目を見開いた。魔法と分かっていても、目の前で服が一瞬で変われば、驚いてしまう。まるで手品か何かを見ているような気分だった。
「何のつもりだい?キミは何をしようと……」
キュゥべえが再び聞くも、入理乃は無視し、袖から複数枚和紙を取り出すと、ばっとばら撒く。それらは生き物のようにそれぞれ自立して宙を舞ったかと思うと、空気に溶け出し、消え去った。
次に、大型の日本独自の弓──和弓を虚空から呼び出す。
そして同様に、長く白い矢を呼び出すと、番て弓を構えた。その矢を、あたしに向けられている。
「へ?」
あたしは変な引きつった顔になってしまった。唐突過ぎて、理解ができない。
手の先端が冷たくなっていく。
「こゆり!!」
キュゥべえが大声を出したのと、矢が放たれたのは同時だった。
あたしの中で恐怖が爆発する。頭が真白になり、あたしは悲鳴を上げ、無我夢中で魔力を放った。
刹那、がきぃん、と、何か硬いものに当たった音が、路地裏に響いた。
「……へえ」
入理乃の感心したような声。あたしは何が何だか分からず、恐る恐る目蓋を開いた。
「……へ?」
いつの間にか目の前に、あたしと同じくらいの高さの壁ができていた。銀色に輝いていて、触るとつるりとしていて硬い。恐らく材質は鉄だ。
自分の格好も変わっている。着ていた私服が、飾り気のないワンピースになっていて、白い宝石がついたベルトをしている。
それで、すぐに気がついた。あたしは無意識に変身し、目の前の壁を魔法で作り出したのだ。
「あ、あたし……」
自分の手を見る。全身が、未知なる力に興奮して震えた。あたしがこんな、鉄の壁を作るなんて凄いことをやってのけたのか。テレパシーもそうだけど、あたしは本当に魔法が使える……。信じられないけど、魔法を使った感覚が体の中にまだ残っている。
「それがキミの固有の魔法か……」
興味深そうに、キュゥべえが鉄の壁を見上げる。
「差し詰め、金属操作といったところかな?……なるほど、本人の意志が揺れ動いている時に願ったから、そういう魔法になったのか。キミの魔法は、キミの精神状態に由来する魔法なんだね」
「は、はあ……」
何言ってるのかさっぱりで、生返事をした。こんな時に何言ってんだこいつ、と、思わずキュゥべえに呆れる。
そのせいかすっかり気が緩み、壁がどろどろに融解していく。あたしが気を張っていないと、壁は持続しないのだろう。
壁の高さも下がっていき、隠されていた入理乃の姿が叙々に露わになる。
あたしはぎょっとした。彼女がまた弓を構えて、矢をあたしに向けている。
「こゆり、防御を!!」
あたしは声に動かされるように、魔力を地面に流した。今度は、無意識にではなく意識的だった。やり方は、感覚的にもう分かっている。
矢が放たれるより速いタイミングで、溶解した鉄がまた凝固して壁を形成する。
壁に矢が当たったのか、鉄板を落としたときのような音がする。それに続き、壁の向こう側から、かん、という軽い音がした。
視線が上を向く。入理乃が、大きく跳躍していたのだ。
これでは、壁を作り出した意味がまるでない。
不味い不味い不味い不味い不味い!!あたしは冷や汗を掻き、慌て出す。
入理乃は空中で新たな矢を番え、和弓の弦を引き絞る。矢は放たれた途端、無数の白い杭に分裂。恐るべき死の雨となって、あたしに襲い掛かった。
あたしは咄嗟に、側にあった角に逃れる。防御しようなんて考えは浮かばなかった。
耳を塞いでいるのに、雨の音が体全体にビリビリ響く。きっと轟音とは、こういう音のことを言うのだろう。
「……、何よ、あれ……」
雨が止んだのを見計らって、角からこっそり、着物の少女の様子を伺う。
入理乃は、鉄の壁に悠然と着地していた。その下──あたしがいた場所は、かなり酷いことになっている。無数の白い杭が、地面に刺さっていて、その先端はすべてアスファルトにめり込んでいる。
あの雨を食らっていたら、今頃あたしはこの場にいなかっただろう。絶対、穴だらけになって死んでいる。
鼓動が速くなった。言葉が出ず、口内が急速に気持ち悪い程渇いていく。
状況がよく理解できない。
何故あたしがこんな目に合っているの?突然魔法少女の子に会ったと思ったら、問答無用で襲われるとか意味不明!!何なのよ、一体!!こんなの、あんまりというか、あり得ないわよ。
あの子、シンプルに言ってやばい。おどおどしてたと思ったら、容赦なく攻撃してくるなんて、豹変し過ぎでしょ!!何考えてんの!?
「……こゆり、迎撃しないとこのままじゃ負ける。武器を出して立ち向かうんだ!!」
「嫌よ、無理に決まってるでしょ!?」
小さい声で怒鳴る。
何言ってんのよ、このけむくじゃら!!今出て行ったら、入理乃にやられるに決まってる。わざわざ目に見えた地雷を踏みに行くとか、阿保じゃないの!?
ここは、このまま逃げる方法を考えた方が絶対に良いって!!
「でもこんな場所に隠れていたって、すぐにバレる。それに逃げようとしても、入理乃からは逃げられないだろう」
キュゥべえが横を向く。その先は、建物の壁。逃げ込んだ角は、行き止まりだ。上に登れそうな出っ張りも、周囲の壁にはない。まさに、八方塞がりだ。
「なら、答えは一つしかない。立ち向かうしかないんだよ」
あたしはもう一度、入理乃の方を見る。彼女は辺りを見渡すことなく、弓も番ず、真正面を向き続けている。しかし、その目は鷹のように鋭い。
……うん、あの子に勝てる光景が想像つかない。これ、負けるわ。
もう、ここは逃げ一択だね。どうにかしてこの角から出て、かつ入理乃から離れるしかない。まともに戦ってなんていられるか。こちとら、魔女と戦ったこともないペーペーなのよ?
でもどうしようか。こう、相手の前に壁を作って、攻撃の邪魔とかする?でも、そんなの効果ない。入理乃にジャンプされたら、確実に終わりだ。
だったら、鉄の壁を作る要領で箱を作り、入理乃を閉じ込めよう。少しは足止めになるだろう。
よし、とあたしは深呼吸をする。
テレパシーの時のように、自分の魔力を内側から引き出し、武器を呼び出すよう念じる。
簡単に入理乃が捕まるわけもない。だからわざと遠くから攻撃をして、相手が防御した隙に、鉄の箱を作る。
武器が出た途端、手のひらに、木の感触が伝わった。ずしりと重い重量も、伝わってくる。
それは、ウォーハンマー、所謂戦鎚だった。柄の長さは、私の身長の半分ぐらい。特徴っぽい特徴もない、地味な武器だった。
本当は入理乃の武器のように、遠距離から攻撃できる武器が欲しかったが、仕方がない。
ここから投げて当てよう。こんなものでも、当たれば痛いだろうし。
「……キュゥべえ、今からあの子に攻撃して、それを囮にして行動を封じる。その隙にあたし逃げるから」
「……少し驚いたよ、こゆり。まさか僕の意見を聞かないなんてね」
肩に乗りながら、キュゥべえが意外そうにする。
キュゥべえの言葉に、あたしははっとした。……緊急事態とはいえ、あたし、自分の意思を出せてる。
迷惑かけるとか、そんなこと考える余裕がなかったせいなのだろう。
あたし、自分のことしか頭になかったんだ。
「……あたし──」
「だいたい分かったわ」
その声が聞こえた、次の瞬間、弦が鳴る音がした。
角の向こうから、矢が飛びこんでくる。それは有り得ない動きだった。普通、矢というものは真っ直ぐ進んで飛来するはずなのに、その矢は一人でに曲がって、こちらへ向かってきたのだ。
反射的に、防御姿勢をとる。しかし全くの無駄だった。
矢はあたしに当たる直前で、紙の帯に変わる。それは触手のようにあたしに纏わりついて拘束し、ぐるぐる巻きにする。あたしは立っていられなくなり、その場にどさりと倒れ込んだ。
「入理乃……」
「……妥当っちゃ、妥当な弱さか。まあ、色々使えそうな面もあったけど」
入理乃がこちらへ歩み寄る。しゃがみ込むと、あたしの顔を覗き込んだ。
着物の少女は、あたしの額に何かの紋様が描かれた、禍々しいお札を張る。そしてそっと手で触れて、魔力を流した。
「……!?」
瞬間、心臓に痛みが走った。何かの奥底が掻き乱されるような感覚がして気持ち悪い。息が窒息し、血の気が引いていく。
あたしは何をされたのだろう。当然重たい病気になったみたいだ。かなり苦しい。これ……、ちょっとやばい……。
「入理乃、こゆりに何をしたんだい!?まさか本当に殺すつもりなのかい!?」
流石にキュゥべえも慌て、声を荒げる。だが、入理乃は首を振って、愉快そうに答えた。
「こいつ、私の手駒にするの。裏切らない、私だけの操り人形にね」
二タリと笑う。その笑顔は、あのおどおどした子と同じ人物だとは思えなかった。
あたしは何とか、入理乃を睨みつける。
操り人形だが何だか知らないけれど、あたしを酷い目に合わせやがって。入理乃の理不尽さに、怒りが止まらない。
「なーに、私に逆らおうっての?自分の立場分かってないの?」
不機嫌さえを顔一杯に出す。入理乃は低い声を出し、私はお前よりも強い、と繰り返した。
「私のが強い。お前よりも強いんだよ。お前は私にこれぽっちも逆らえない。だからお前はただ怯えて、私に従ってろよ。弱者は弱者らしく逆らうんじゃないよ」
「……」
「……いい?今お前には、逆らえないよう呪いをかけている。これでお前は、私の手駒だ。私がお前を、これから徹底的に、容赦なく利用してやる……!!」
あたしは無言になってしまった。
彼女は何処と無く必死だった。自分に対して、何か言い聞かせているようだった。
その様子に、つい同情を覚えた。声が、顔が、泣きそうなくらい悲痛なものだったのだ。
あたしには、その感情が痛い程理解できた。だって、あたしも種類は違うとはいえ、同じ思いを少なからずしてきたから。
「……貴女、あたしが怖いの……?でもあたしの何を、そこまで怖がっているの?」
「……!?」
つい尋ねてしまった問いに、入理乃が動揺する。あたしも言った瞬間、しまったと青ざめた。こんな時に余計なこと言ってどうすんのよ。
「だ、黙ってろ!!変なこと言うな!!私の心を乱すな!!」
入理乃が怒鳴る。顔がすっかり怒りで真っ赤だった。
「良いか、私に逆らうんじゃない!!私の言うことを聞け!!」
そう言って、親指を立てて、それを勢いよく下にした。あたしはそれを、掠れゆく視界の中で見ていた。
気持ち悪い感覚が、増していく。奈落に落ちていくみたいに、意識が遠のいていく。
最後に、あたしは思う。これから、一体どうなってしまうのか、と。
今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?
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キャラ
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設定
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展開
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話のテンポの良さ
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文章