「ちょっと、頼んでたのにどうしてやらなかったの?」
次の日、案の定学校に行くと、クラスメイトの女子達が詰め寄ってきた。お怒りなのか、話が違うと言わんばかりの表情をしている。まああたしがさぼるなんて想定外のことだろう。あたしは彼女達にとって、程の良い存在なんだから。
だが訳を説明できる筈もない。あたしは俯いたまま、小さくごめんなさい、と謝った。
「もう、色梨さんのおかげで、私ら大変だったんだから」
「そうそう。周りに迷惑かけないでよ」
「おかげで他に頼む羽目になったじゃない」
悪意の言葉が向けられる。傲慢な冷笑、嘲笑があたしに浴びせられ、自分の恥部を晒されたような気持ちになる。
……あたしはさっさと断らなければ、と頭の片隅で考えた。カラオケボックスで別れる際、入理乃にまたここに来いと言われたのだ。それに魔女だってまだ見つけてない。今日こそ見つけないとやばいのに……。
でもあたしに自分で断るなんて出来るんだろうか。こんな言いように言われているあたしに、勇気なんて出せるのか?
だがここではっきり言わないと、確実に遅れる。どうしようか、頭の中でぐるぐると考える。
「……!!」
ふと目を横に動かした、その時だった。遠くからこちらを見ている人影にあたしは気がついた。
その子は、同じクラスに所属する女子。だが目の前にいる子達とは違い、あたしのようにグループ内で地位が低い子だった。
あたしは瞬時に、彼女に仕事が押し付けられたのだろうということを察した。
ある程度予想していたくせに、声が喉の辺りで逆流した。
“どうしようか”なんて考え自体が、思考から消えていった。
「それじゃあ、さぼらないでね。色梨さん」
女子達はあたしが黙っているのを良いことに、今日の仕事内容を言うだけ言って去ってしまった。
あたしは一瞬、その背を少しだけ呼び止めたくなった。でも、止めておいた。どうせそんなの、やろうとしても出来やしない。
代わりに、ずっとあたしの方を見ていた女子へ顔を向ける。彼女はばれていないと思っていたのか、驚いたような表情をしていた。だが、あたしがそちらに歩み寄るに従って、眼差しが厳しくなっていった。
「あの、あたし──」
「何でちゃんとしないの……?」
話しかける前に、彼女は恨みがましそうに、あたしに小さな声で呟いた。
「アンタのせいで私までいじめられたじゃない……。何で私に迷惑かけるの……?」
あたしの罪悪感が増し、胸の内に広がっていく。それは傷に消毒をした時に生じる、あのじわりと染みていく痛みに似ていた。
あたしは言い訳をするみたいに辿々しく言った。
「……つ、次から、ちゃんとやる。貴女に迷惑かけないわよ……」
「本当に……?」
「も、勿論……」
あたしはこくりと頷く。
もしかしたら、また魔法少女関係で仕事をさぼらなければならない時が来るかもしれない。しかし、この子の前ではそうするしかなかった。
「しっかりしてくれないと困るよ……。素直にあいつらの言うこと聞いてて……」
彼女は苦しそうに眉を下げた。
あたしにこんなことを言うのは、多分彼女の本意ではないのだろう。彼女も難しい立場にいるのだ。
……でも、だからってわざわざあたしを責めなくても良いじゃない。
あたしだって、わざと迷惑かけたんじゃない。迷惑かけたくてさぼったんじゃない……。
……どうしてあたしがこんな目に合うの?精一杯他の子より頑張ってるのに……。
あたしは首にかけた“お守り”を握る。
さゆりはあたしに友人が出来るようにとこれをくれたけど、やっぱり無意味だよ。
……“お守り”なんて、所詮願掛けで紛い物。効果なんてあるわけがない。
それを信じることは……、あたしには無理だ。
◆◇◆◇
仕事を出来るだけ早く終わらそうと思ったのだが、いつも以上に押し付けられた量が多くて、約束の時間より大幅に遅れてしまった。
集合場所である空き地に何とか駆け込んだのだが、既にその場にいた入理乃は見るからに苛々していた。
彼女の肩にいたキュゥべえは、いつものように無表情だった。怒っているのかいないのかよく分からない分、入理乃とは別の意味で怖い。
「何分待ったと思ってるのよ」
入理乃はこれだけ時間が経ってたんだぞ、とでも言うように腕時計を指し示す。早島は隣の市とはいえ、牛木草駅までは電車で約二十分かかり、そこからここまで歩くと、更に二十分かかる。その手間に待たされた時間まで加わったら、腹も立つことだろう。
あたしだって怒る。
「ご、ごめん」
「ごめんじゃないよ。私達には、時間なんてないの」
……ごもっともだ。こればっかりは大いに反省しないと……。
「それで、どうして遅れたんだい?」
「……。学校の子達に仕事を押し付けられて……。それで断れなくて……、遅れた……」
あたしは事情を伝えたくなかったが、正直に話した。
キュゥべえはあたしの境遇を知っているのだ。どうせ遅れた予想もついているだろう。
それに学校と違って訳を話せないということもないし、言わなくてもあの呪いで入理乃から命令されれば、どっちみち話さなければならない。
「お前……」
入理乃はあたしの話を聞いて、驚愕したように息を飲んだ。そして
少しだけ戸惑ったような素振りを見せると、確認するように質問してきた。
「こゆりはいつもそんな調子なの……?」
「いつもって……?」
「仕事を毎日押し付けられいるのかってこと」
「そうだけど……」
頷くと、入理乃は更に質問する。
「じゃあ、お前は何で押し付けられても逆らわないの?当然嫌に決まっているはずだよね?」
「えと……、それは、怖いから……」
「具体的には?どんな風に怖いの?何故怯えているの?」
「そう言われても……」
何と説明して良いやら……。拒絶されるのが怖いー、とか、迷惑かけるのが怖いーとか言う、そういうアバウトな理由だからなあ……。
というか何でやけに聞こうとするのよ。そんなに重要なこと、これ?
「……まあ良いや」
入理乃はふいに、興味を失ったようにそう呟いた。あたしはきょとんとし、キュゥべえは不思議そうに聞いた。
「まあ良いやって……、聞かなくて良いのかい?」
「……いつでも聞けるから、後でで良いよ」
入理乃は時計を一瞥する。こう話している間にも、五分くらいはもう経っていた。それ以上は、さっき自身で言った通り時間の無駄になるということだろう。
「ねえ、お前さ、昨日魔女探してたよね」
「何でそれを……」
まったく話した覚えがないので驚いていると、入理乃はその理由を淡々と言った。
「ずっと後からつけてたもん。だからそのくらい分かったよ」
「……」
こいつあたしのストーカーまでしてたのかよ。怖……。
「お前が追ってるのって、牛木草市で立て続けに起こっている万引きとかの事件を起こした魔女でしょ?最近目立っている事件なんてあれくらいだしね」
「うん。でも……あたし一応、夕食食べてから、また魔女探したんだけど、全然見つかんなかったのよ」
襲われて中断されたもんだから、その後も魔女探しを続行するしかなかったのだ。
お陰で夜、皆が寝ている隙に家を抜け出さなければならなかったのは内緒だが。
「え、お前そんなことしてたんだ」
入理乃が意外そうにする。
……ちょっとその反応は心外だ。そんなに不真面目に思われていたのだろうか。
「……基本、こちらの頼みを断らないし、特にやると決めたからには、一生懸命頑張るタイプみたいだからね」
一方のキュゥべえは微妙なコメントをくれた。……貶されちゃあいないが、これもこれで傷つくんだけど。
「けど、ちょうど良いや。今から私もその魔女を探すつもりだから、お前情報言いなよ」
ええ、と、突然のことにあたしは戸惑った。
魔女探しをするよう言ってきたのは、一緒に行動するのだからそこまで驚きじゃない。しかし、情報を言えと言ってきたのは予想外だった。
さっき“魔女を見つけられない”と言ったばかりのあたしなんて、大した情報も持ってない。入理乃からしたら、宛にならないんじゃないの?
「どんなに些細な情報であっても、それが案外魔女に直結している可能性も高いし、ベテランの視点から見れば気づけることもある。ここは一つ、入理乃に言ってみたらどうかな」
あたしの気持ちを察したのか、キュゥべえが言うように進めてくる。あたし如きが役に立てるのか、と迷いながらあの時のことを説明した。
まずあたしは、事件が起こった三番目の場所──自殺した少年のマンションに行った。
そこの周囲を回ってみると、やっぱり魔女反応があった。二番目の時のコンビニものと違い、ソウルジェムの光り方は強かったように思う。それから、何かちょっと反応に違和感があったが詳しくは分からない。だがこの違和感は五番目の場所でもあった。
四番目の場所──デパートの周りでも魔女の反応はあった。ソウルジェムの光り方はコンビニと同じくらいだ。
そして最後の五番目の場所──通り魔殺人事件が起きた道路では、最も強い魔女反応があった。だが辺りを幾ら探しても見つからず、時間もやばかったので切り上げたのだ。
「……違和感、ねえ」
あたしの説明を一通り聞いてから、入理乃は何か引っ掛かったのか、思案するように顎に手をやった。
「確認するしかないか……。という訳で、はい」
面倒くさそうに顔をしかめながら差し出されたのは、魔法で作り出した大きな和紙だった。前日、カラオケボックスから出て行った時に被らされたのと、同じものだった。
つまりそれが渡された意味は、姿を消せという意味で……。そしてそうする必要がある行動は、すなわち──
「さっさと被って。今から屋根伝ったりしてデパートまで行くから」
思わず顔が引きつる。そんなあたしをほったらかし、入理乃は自分の分の大きな和紙を作り出りだすと、それを頭から被った。
◆◇◆◇
デパートまで行く道程は、ただの地獄だった。
先を行く入理乃は、紙を被って透明化しているとはいえ(同じ紙を被っている者同士は、互いの姿が見えるようで、あたしは彼女を視認することができた)平気で人前に姿を晒すどころか、赤信号だというのに遠慮なく道路を横断し、ビルの壁をよじ登ったと思ったら、猿のようにぴょんぴょん別の建物へと飛び移っていった。
それについて行くのがどれだけ大変だったことか。魔法少女になったおかげで身体能力が馬鹿みたいに高くなったとはいえ、常時ハラハラしっぱなしだったし、入理乃が速すぎて置いていかれるかと思った。
だが、その道程は、デパートまで歩いて二十五分かかる時間を、たったの十分に減らしていた。
それは入理乃が、牛木草に住むあたしよりも牛木草の道を熟知しているからだった。
ここら一帯を自身の縄張りにしていたからこそ、詳しいのだろう。
入理乃はすぐに指輪を紫色の卵形の宝石へと変化させると、辺りに翳した。
ソウルジェムが、瞬く間に光の点滅をし始める。入理乃は合点が言ったと言うような顔をしてみせた。
「……やっぱり確認して良かった。私の考えは正しかったんだね」
「どういうことだい?入理乃」
入理乃はキュゥべえの問いの代わりに、ポケットから折り畳んだ紙を出して広げた。
覗き込むと、それはどうやら牛木草の地図らしいことが分かった。
随所に牛木草の名を関する施設の場所が記され、区画まで丁寧載っている。
入理乃の両手が一瞬発光した。すると地図に、等間隔で赤い点が四つ浮かぶ上がった。
「この点は、一つ目の事件を除いた、四つの事件の現場の位置だよ」
「!!」
あたしは地図を凝視した。
赤い点は縦にジグザクで並んでおり、上から数えて一番目の点はコンビニ、その右斜め下にある二番目は団地……、高校生が自殺したマンションがあった場所で、三番目は二番目から左斜め下にあるデパート。残る四番目は、三番目から右斜め下にある道路だ。
見事に並んでいる順番と、事件が起こった順番が一致している。
「……やっぱり魔女は、事件が起きた順番で移動したんだ」
「いや。それは絶対にない」
「え?」
即座に否定されて驚く。
入理乃は点のうち、上から一番目の点……、二番目に起こった事件現場の点を指した。
「お前と集合する前にコンビニ付近を見て回ったんだけど、そこで感じた反応は、魔女のものではなく使い魔のものだった。だから魔女は、コンビニには移動していない」
「使い魔?」
「魔女の手下。魔女が生み出す子分。魔女と同じく、呪いを振りまく存在だ」
要は魔女の劣化バージョンみたいなものか。そんで、そいつが事件を起こすこともあって、今回のコンビニの事件がそれに当てはまるってこと?
ややこしいなあ……。
「お前が違和感を感じたのは、先に使い魔の魔力反応を感じ取ったから。マンションと道路に使い魔以外の魔力の痕跡があったから、変に思ったんだよ」
「じゃあ……」
「ああ。間違いない。キミが違和感を感じた魔力は、魔女の反応だ」
そうすると、色々と納得がいく。
二番目と四番目は万引きの事件だった。
三番目と五番目はどちらとも死者が出ている。
この違いは、使い魔と魔女がそれぞれで起こした事件だったから。犯人が同じものは、共通点が出ている。
「しかし、この四つの事件の順番は実に奇妙だ。万引きが起き、その次の事件では死者が出て、また万引きが起きる。このサイクルにはどういった意味があるんだろうね。逆に入れ替わったりしても良さそうなのに」
……言われてみれば、確かにそうかもしれない。
魔女と使い魔は別個体だ。彼女達は独自に動き周り、事件を起こすことができる。当然事件が起きる順番は、万引き、通り魔殺人、自殺事件、万引き……、みたいに、不規則になるはずなのだ。
「それに一番目の行方不明事件との関係も分かんないし……」
「一番目は魔女とは関係ない」
入理乃がはっきりと断言する。
あたしは思わず、どういうことかと、地図から入理乃の顔に視線を移した。
すると入理乃は少し忌々しそうに歯を噛み締めた。
「……関係ないの。別の原因があるって私は知っているから」
……なら、行方不明事件と魔女の事件が被ったのはまったくの偶然?
「そんな偶然なんて……」
「信じられないだろうけど、偶然なんだよ。ねえ、キュゥべえ」
少女は肩に乗っているキュゥべえにも目をやると、嘲るように彼に同意を求めた。
「……キミの言っていることは正しい。行方不明事件は、魔女の事件とは何も関係がない」
しかし、キュゥべえはそんな態度も意に返さずに極めて普通に答えた。入理乃はあからさまに不機嫌になり、僅かに唇を噛み締めた。
入理乃を奇妙に思い、内心首を傾げる。
別の原因を知っていると言ってもいたし、一番目の行方不明事件の件で何かあったのだろうか。キュゥべえに対する態度も変だし……。
とにかく……ここであんまり詮索しない方が良さそう。何かいかにも地雷っぽいし、怒られるのは勘弁だ。
「さっきのキュゥべえが言ったことだけど──」
入理乃は無理やり話を戻すと、地図にある上から数えて二番目の点を指した。
「魔女が使い魔を放って、その後移動したからじゃないの?」
指を斜め上にある、一番目の点にスライドしてみせる。そして次に二番目の点に戻ると、入理乃はそのまま下にある四番目の点に指を移動させた。
「最初に魔女が上から二番目の点の場所──マンションに取り付いた。そこから使い魔が放たれ、一番目の点の場所──コンビニに向かい、万引きを起こした。マンションにいた魔女は、次の日に男子高校生を自殺させたのちに、そこから離れて移動。今度は道路に取り付くと、また使い魔を放った。そいつは前に放たれた使い魔同様、デパートで万引き事件を発生させ、再びその翌日に魔女が通り魔殺人事件を起こした。
……多分これが事の真相じゃないかな」
「……そうかも」
その説明は、十分信憑性があるものだった。
この動きならすべての辻褄が合う。時系列にも何の矛盾もない。
魔女の糸口が、やっと掴めた気がした。ここまで分かったのはすっごい進歩だよ。これなら魔女も見つけられる……!!
「でも、こゆりは道路付近で魔女を発見出来なかった。既に道路から離れているんだろうね……。次は何処に向かうやら……」
「……」
湧き上がった希望が、キュゥべえの言った言葉で搔き消える。
魔女の道のりを知っても、その後の魔女の行方までは分からない。つまり魔女の行き先を特定することが出来ない。
これでは、結局最初と同じである。手がかりが何一つない。
「次に魔女が向かう場所なら、だいたい予想はついている」
入理乃は地図を畳み、ポケットにしまいながら言った。そして、新たに何かに気づいたのか、急がないと不味い、と慌て始めた。
「すぐ行かないと……」
「ど、何処に?」
気圧されて恐る恐る聞くと、入理乃は空を睨みながら答えた。
「マンション……。男子高校生が自殺した場所……!!」
完全なる裏設定1
入理乃は当初、こゆりを襲う計画はなかった。彼女が使い魔か魔女を見つけ、その戦闘の様子をこっそり観察しようとしていた……のだが、こゆりがあまりに見つけるのが遅いので、仕方なく(痺れを切らしたともいう)入理乃は襲撃を実行。
路地裏の襲撃のさいに紙をばらまいたのは人避け+防音結界を張るため。その後は戦闘後を紙で覆うことで隠し、証拠を隠滅した模様。
ちなみにカラオケに連れて行った理由は、こゆりをどうにかするのと、キュゥベえとテレパシーをせずに話せる空間だからである。
今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?
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