入理乃は和紙をマントのように羽織ると、あたしにもう一枚魔法で生み出した大きな和紙を渡して、駆け出し始めた。
あたしも慌てて和紙を羽織ると、彼女を追いかけて問いかける。
「どうしてマンションに行かなきゃ行けないの!?」
マンションに魔女はいないのだ。行ったところで、意味などあるはずがない。
入理乃は面倒臭そうに間を置くと、ただ前方を見ながら、あたしに振り返らずに答えた。
「お前、マンションに強い魔力反応があるって言ってたよね。あれ、結構おかしいんだよ。かなり時間が経ってるんだから、魔力はかなり薄まっているはず。普通ははっきり残りはしない」
「じゃあどうして……」
「……考えられるのは一つしかない。その魔力は目印として残していったものなんだよ」
「目印……?」
「餌場としての目印だと思う。……呪いを撒き散らされた場所には、人々の負の感情が向いやすい。そこは魔女にとって好ましい環境だから……」
全身の毛が逆立つ。入理乃が慌てるのも道理だった。
このままでは、魔女が目印を目指して一直線だ。多くの人が、魔女に喰われてしまう。
「だが、それだけでどうして魔女がマンションに向かっていると言えるんだい?道路から離れて、別の場所に取り付いているかもしれないよ?」
「じゃあこゆりは、何でそこから魔女を追いかけられなかったの。道路の魔力反応は、時系列を考慮するに、目印ではなく確実に魔女自身の痕跡なんだよ?足跡だってはっきり残っているよね?」
入理乃は路地裏へと入り込みながら、早口で説明した。
「……要するに魔女は道路の先から進んでいないってことなの。魔女がまた来た道を戻っていったから、足跡が曖昧になったんでしょうね。多分、私達を撹乱させるために、魔女はわざと道路にまで移動して事件を起こしたんだ……」
……そうだとしたら、かなり恐ろしい。
知性とは武器である。知性による策略は、弱者を強者にするのだ。生物の中でも弱い人間が地球の頂点にあるのも、その知性のお陰なのである。
だから、単純な力の強さに、頭の良さが加わってしまったら、それはもうとんでもない脅威な訳だ。まさに鬼に金棒。弁慶に薙刀といった感じだろう。
あたし達は、マンションまでの道を急ぐ。
入理乃の先導の元、遮蔽物を飛び越え、通路を突っ切り、人が到底通れないような、そんなあたし達魔法少女にしか通行できないルートを進んでいく。
やがて十五分後、マンションが立ち並ぶ団地が見えてくる。入理乃はジェムを卵形にして、様子を確認する。その宝石の光は、強く激しく明滅していた。
入理乃の読みは当たっていたのだ。魔女は、この場所にいるに違いない。
けど、魔女が何処にいるのかまでは分からなかった。集中して魔力の気配を探るものの、その発生源が見つからない。
真っ白い煙がいっぱいの部屋では、それを出している物体が何であるか視認するのは難しい。視界が一面真っ白になって仕舞えば、人は盲目になる。
それと同じ状態にあたしはなっていた。辺り一体の魔力の反応が大きすぎて、大元の魔女の場所が見分けられない。
「こっちだね」
しかし入理乃は瞬時に団地の一角を指す。そして、迷わずそこへと歩き出す。
どうやら一瞬で、魔女が何処にいるのか見分けられたらしい。
「ど、どうして分かったの?」
「魔法少女やってるうちに、色々な魔女を探して戦ってたら、自然と見分けられるようになった」
つまりは、部屋の構造を時間をかけて、完璧に把握したということだろうか。
盲目であっても、物体の位置が分かっていれば、全体像は掴める。だから、煙を出している物体を簡単に見つけることが出来たのだ。
「まあ、入理乃は一年間魔法少女をやっているベテランだからね。こればっかりは、分からなくてもしょうがないさ」
キュゥべえがフォローしてくれる。
まあ……、成り立てとずっとやっている奴じゃあ差が出て当然ではあるか……。
でも若干入理乃に負けたの、なんか悔しいのよね……。あたしも、そのうち、魔女をすぐに見つけられるようになりたい……。
「……こゆり」
しばらくして前を歩く入理乃が止まり、目線を上に上げる。
ちょうど死角で、他のものから影になっているマンション。その屋上に、二人の人影がいる。
一人は女性。中年ぐらいで少し痩せている。もう一人は年老いた男性で、サラリーマンなのかスーツを着ていた。
二人は性別も年も不揃いだ。だが、共通するものが一つある。揃って虚な目をしていたのだ。……それは遠くからでも、正気ではないと分かる程に空っぽな瞳だった。
「まさか……」
嫌な予感がした。
それを裏切らず、人影達はよろよろとした足取りで屋上の鉄柵に近づいていく。
前に、高いところから物を落としたら、どのように壊れるのだろうか、という動画を見たことがある。
それは確か教育番組のような内容で、硬いものや柔らかいもの、様々な材質の性質の違いについて説明がなされていた。
だが、……それが人に置き換わったら、どうなるのだろうか。
しかも、動画に映っていた物を落下させていた場所よりも、マンションは高そうに思う。
その結果がどうなるのか、イマイチ予想がつかない。
確実に分かるのは、この高さから落ちた人間は死ぬだろうと言うこと。そして、とんでもなく醜い姿になるだろうということだけだった。
二人の人間は、手すりに手をかける。
あたしは堪らず、駄目、という絶叫を出して手を伸ばす。だがそれも無駄なこと。彼らは手すりから身を投げ、地上目掛けて落下した。
そしてそのまま、ぐちゃりと潰れて──
「……ふっ!!」
その時、短い息が発せられた。見ると、入理乃が魔法少女に変身していて、地に手をつけている。
その手前の地面から、瞬く間に触手のような無数の紙の帯が生える。それは落ちる二人の人間を絡めとり、空中で受け止めた。
「降ろせ」
命令すると、紙の帯はその通りに優しく二人を下ろした。
入理乃は肝を冷やしていたのか、ほっとしたように脂汗が滲んだ額を腕で拭った。
あたしは地面に横たわっている彼らを見た。二人とも意識を失っているようだが、ぱっと見怪我らしきものはない。
安心感がどっち押し寄せてくる。あたしは入理乃に、最大級の感謝を込めてお礼を言った。
「ありがとう……」
「何でそこでお礼……?」
立ち上がりながら、心底不思議そうに入理乃は聞いた。
「……この人達を助けてくれたから」
あたしはただ見ているだけで、何も出来なかった。入理乃がいなかったら、彼らは死から逃れられなかっただろう。
だから自分が不甲斐ない分、感謝したかったのだ。
「そう」
興味なさげに、入理乃が答える。それは意外と淡白な態度だった。
入理乃は二人のうち、少し痩せている中年女性の首元を確認した。
今まで気づかなかったが、そこにはスライムに目玉が飛び出ている、不気味なマークが記されてあった。
「これは魔女の口づけだね」
「魔女の口づけ?」
「魔女が獲物につける印、といえば良いかな。魔女に操られている人にはこのマークが浮かび上がるんだよ」
じゃあ、やっぱりあの異様な彼らの状態は、魔女によるものだったんだ。
……ああいう風に、意思すらも奪いさって操り、目に見えないところで魔女は人を殺しているんだろうか。
その数は、一体幾つなんだろう。百なんて下らない。恐らく万は超える。
考えるだけで目眩がしてくる。
入理乃は羽織っていた和紙を消すと(ついでにあたしのも消えた)手の中に和弓と矢を呼び出し、構えてマンションの壁へと射った。
矢が刺さった瞬間、壁の一部が揺らぐ。そして、次には魔女の口づけと同じマークを出現させた。
「あれは……」
「魔女への結界の入り口さ」
キュゥべえがすぐに、あたしの疑問に答えてくれた。
あたしは、その結界の入り口に近づく。
……今までになく、緊張が走っていた。いよいよ、これより始まるのだ。あたしの魔法少女としての戦いが。
「こゆり、恐らく獲物を殺害するのを邪魔をされて、魔女は怒っている。突入したら、間違いなく魔女が真っ先に襲いかかってくるだろう。入理乃がいるからといっても、警戒を怠ったちゃいけないよ」
キュゥべえの注意に頷く。
言われなくても、魔女が危険な存在だというのは先程の後継で充分に分かった。
魔法少女に変身する。そして、前回と同じように武器を召喚しようと魔力を練り上げる。
……だがその直前で、ふとハンマーじゃなくて、別の武器だったら良いのに、と思った。
だってハンマーって、なんか心元ない。攻撃力はともかく、防御力がなさそうだ。
あーあ、手取り早く、防御力がありそうな盾とか呼び出せたら良いのに。まあ、そんな簡単に上手くいく訳が──
「……!?」
あたしは瞠目した。
あたしの手の中には、いつの間にか、大きな盾が召喚されていた。
それはずしりと、かなり重たい。形は大きな円形。見るからに丈夫そうで、それが頼もしく思える。
「お前、どうやって……」
入理乃は盾に釘付けになっているようだった。顔も、どういうことだ、と言わんばかりの表情をしている。
「あ、あたしにもさっぱり。ただ身を守れる武器が欲しいと思ったら、盾が出てきたの」
「……どういうことだろうね。キミの武器はウォーハンマーのはずなのに」
どうやらあたしが盾を出したことは、かなりおかしなことらしい。
そういや、入理乃は和弓だけしか使っていなかった。そこから考えるに、魔法少女の武装ってのは基本的に一つなのかもしれない。
でもあたしは、武器を二種類出している。もしかしてあたしは、他の魔法少女とは別に、武器を何本か所持しているのだろうか。
「……今度は別の武器を出すよう念じてみてくれないかい?もしかしたら、他の武器も出てくるかもしれない」
キュゥべえも同じことを考えていたのか、違う武器を出すよう言ってくる。
あたしはやってみる、と頷くと、盾以外の武器……試しに斧が出てくるように思い浮かべる。
そうして魔力を呼び起こすと、変化はすぐに起こった。突如、盾がぐにゃりと金属の液体に融解したのである。そのままその液体は生き物ように蠢きながら、一つの塊へと凝固していく。そして、あっという間に身長大の斧になった。
「……」
全員が言葉を失う。
その後も武器は、斧、剣、ナイフ、刀、槍と、想像した通りに変形していく。最早、何でもありだった。
「何なんだ、これ……」
思わず、ぼそりと呟いてしまった。ますます困惑が強まる。あたしの武器は一体どうなってんだよ。
「……その武器本来の姿にしてみたら?変形する以上、基本の姿があるはずだよ」
入理乃が提案する。それは、ナイスアイデアだった。
武器に、基本の姿になれと命令する。
すると、どろりと武器が手から滑り落ち、完全に融解した液体の状態で地面に広がった。
またもや、全員が言葉を失った。やがて、入理乃が目を見開きながら、結論づけた。
「まさか、……液体金属、……てこと?」
そうとしか思えなかった。
だって目の前で金属が液体になっているし、あらゆる武器に変形するのも、液体金属ならまあ納得がいく。あたしが操る魔法もキュゥべえ曰く金属操作らしいから、それにもぴったり当てはまる。
でも、正直戸惑ってしまう。液体金属とか、それもう魔法少女の武器としてありなのかよって感じだし、どう扱えば良いのか分かんない。
「……一応斧にしとけば?」
入理乃は微妙な顔をして言った。
「そうね……」
液体より、武器にしてた方がよっぽど使い勝手は良い。あたしは地面に広がった液体金属を、再び巨大な斧に変形させると、それを拾い上げた。
「じゃあ、行こうか」
手の震えを誤魔化し、ぎゅっと握りしめる。そしてマークの中へ飛び込んでいく入理乃に続いて、あたしも結界の入り口へと入っていった。
◆◇◆◇
ゴミ屋敷。
そんな言葉が、まず頭に思い浮かんだ。何故ならそこが、本当の意味で“ゴミだらけ”であったからだ。
腐臭がする腐った食べ物。破かれたチラシ。着古したであろう洋服。そういったものが、地面に足場もないほど埋め尽くされている。
その中央で叫びまくっているのが魔女なのだろうか。
全身のシルエットは辛うじて人の形をしているが、しかし体がどろどろの青い粘液だ。そしてその体の腹の辺りに、丸く赤黒い球体が浮かんでいる。人間の真似をしているスライムとでも言うべき姿だった。
なるほど、人を喰らう化け物だけあって気持ち悪い姿をしている。
ちょっとあたしは安心した。これが人間に似た姿だったら、どうしようかと思っていたのだ。
しかし化け物なら、心おきなくあたしでも攻撃できるというものだ。
「私の邪魔しないでよ」
和弓を構えながら、入理乃が言った。あたしは何となくで斧を構えながら、こくりと頷く。感じていた緊張が限界突破する。そのせいか、死地に赴く兵士は、多分今のあたしと同じ気持ちなんだろうなあ、というどうでも良い考えが頭に浮かんだ。
「二人とも、来るよ!!」
キュゥべえがあたし達に大声で警告した刹那、魔女が奇声と共に辺りへ粘液を飛ばす。
あたし達は飛んで回避し、そのまま散開した。
入理乃が魔女の横に走り込みながら、矢を器用に連射する。それは一極集中の点の攻撃。当たるたびに魔女の体を大きく穿ち、削っていく。
だが、効いていると思ったのも一瞬だ。攻撃が止むと、すぐに魔女は再生しする。
入理乃は今度は、面の攻撃を試した。放った矢を、数百もの白き杭に分裂せ、魔女へと浴びせたのだ。
虫食いのように魔女の体が次々と食い破られていく。
しかし、何も変わらない。同じように魔女は再生する。
彼女は二度も攻撃されたのが気に食わなかったのか、狂ったように雄叫びを上げながら粘液の腕を勢いよく伸ばした。その標的はもちろん入理乃だ。
「阿岡さん!!」
すぐさま飛び出し、横から粘液の腕へと斧を振り上げる。
怯んだようにぬるりと腕が引っ込められ、斬撃が避けられる。そして片方の腕を、鞭のようにあたしに振り上げてきた。
逃げようと思ったが間に合わない。仕方なく斧で防御する。魔女の攻撃の勢いで、あたしは少し後ずさった。
「こゆり、使い魔だ!!」
そこへ、煩い羽音と共に大量の黒い影が何処からともなく殺到した。
それは人間の最大最悪の天敵。トイレの汚れよりもしつこい、ずぶとき汚物。所謂、一般的にGのイニシャルで呼ばれる忌々しき台所の悪魔の群生だった。
あたしがびびっている隙に、入理乃が前に躍り出て矢を放つ。それは幾重もの紙吹雪の嵐へと姿を変え、周囲のごみを巻き上げながらゴキブリ共を吹き飛ばした。
「ちゃんと集中してよ。たかがゴキブリじゃない」
「ご、ごめん」
入理乃が横目で軽くあたしを睨みつけ、つい謝る。
本心で言えば、うっせえ!!Gは苦手なんだよ、と怒鳴ってやりたかったが。
羽音を羽ばたかせ、また吹き飛ばされた虫の軍隊がこちらへと向かってくる。足がひしゃげたり、胴体が真っ二つにされたりしてるのに、平気な感じで触覚を動かしている。流石G。いちいちしぶとい。後やっぱり気持ち悪い。
「やって」
入理乃の命令に、ぎゅっと斧を握る力を強くする。今度は迷惑かけないように、ちゃんとやらねばならない。
……あたしだって、無様な姿は晒したくないのだ。
斧に電気にも似た魔力を纏わせ、刃を地面に突き立てる。鉄の木々が地面から勢い良く生え、Gを一気に串刺しにする。
その間を縫うように飛ばされてきた魔女の粘液を、入理乃が矢で相殺させた。
使い魔が再び召喚され、こちらへ本来ないだろう牙を剥き出しにする。
しかし入理乃は、どうやら遠距離だけでなく近距離戦もいけるらしい。
彼女は迷わず和弓を振るう。仕込まれていたのか、末弭から槍が飛び出し、ゴキブリを切り裂く。続く二撃目で使い魔を完全に沈め、三撃目で、隣で密かに近づいていた使い魔を弭槍で貫いた。
その間にあたしは魔女へと向かいながら、斧を剣へと変形させる。魔女は人間大の大きさだ。ならば大振りな斧より、剣の方が小回りも効くし当たりやすい。
剣を振り上げ、切り上げる。斬撃が粘液の両腕を切断した。当然、魔女の腕はすぐさま回復する。
だが、あたしの狙いは、一瞬でも良いから攻撃手段を潰し隙を作ることだ。
掛け声を上げて、腹の赤い玉へと剣を振りかざす。確かな手応えと共に、ガラスが割れる音がした。
「────────!!」
魔女の悲鳴が響き渡る。人型の粘液は、赤い玉を失っただけでゴミの山に溶けていった。
◆◇◆◇
気がつけば、元の場所に放り出されていた。
ほんの十分程度の時間であったはずなのに、息があがっている。達成感よりも、疲労感の方が大きい。なんとかへたり込まないだけで精一杯だ。
対して入理乃は、小さいくせに全然疲れた様子を見せていない。スタミナの差が現れている。
「お疲れ様、二人とも」
キュゥべえの言葉が身に染みる。労われるのがこんなに嬉しいなんて、初めての体験だ。……まあ、お前戦ってないのに、よく言うよ、という不満もちょっぴりあるんだけど。
何はともあれ、これで一見落着だ。魔女を倒したんだから、被害もこれ以上起こらない。町の平和は守られたって訳だ。
……でもそれは、殆ど入理乃の力だ。
あたしは何も出来なかった。あたしでは、何も対処できなかった。
「何を俯いてんの?」
入理乃が変身をとき、横たわっている女性のうち、女性の腕を自分の肩に回しながら言った。あたしも同じように変身を解くと、意識のない男性の腕を自分の肩に回して答える。
「……あたし、大して何も役に立ってなかったなって思って」
「そんなことないさ。キミは充分に頑張ったよ」
横からキュゥべえが歩み寄って、あたしを励ました。だが、気分は晴れない。本当にそうか?と思えてならないのだ。
「私から言わせてもらえれば、お前が事前に調べなかったら魔女見つけられなかったし、そこは役に立ったよ?」
「……だけど、あたしはその後は大して役に立たなかった」
男性を運びながら自虐的に微笑む。そんなあたしを、入理乃は隣でじっと見つめていた。
「……すごいわね、阿岡さんは。魔女の行き先を一人で見つけちゃうんだから。天才だよ」
これは決して皮肉で言っているんじゃない。純粋に褒めているのだ。
その頭脳、その分析能力は、大人顔負けだ。それは称賛されるべきものだし、讃えられるものだ。
「……、そうだね」
入理乃はあたしの言葉に頷いた。まるで、当然のように。
しかし、その顔はのっぺらぼうのように無表情だった。褒められても、それがどうしたの、といった感じだった。
「……でも、天才に何の意味がある訳?天才児の阿岡家のご令嬢なんて、何の意味もないじゃない」
「そんなことは……」
「そんなことはあるんだよ。……だって、才能なんてどうせ無駄だもん。欲しいものは何一つ手に入らない」
何か彼女なりに、天才というワードに思うところがあるのかもしれない。顔が苦々しいものに変わっていた。
「ご、ごめんなさい。余計なことを言って……。あたし、貴方の気持ちを何も考えてなかったわ」
あたしはすぐ、入理乃に謝った。
誰だって心の中に土足で踏み込まれれば怒る。あたしはそれを無遠慮に、容赦なくやってしまったのだ。
「……」
入理乃は何故か、そこで呆けたように固まった。しかしそれも一瞬のこと。すぐに無表情になると、近くのベンチへと女性を寝かした。
あたしはその隣に、男性を寝かせる。
幸い、日も傾いてきている。必ず誰かが帰ってくる時間帯だから、この人達もすぐに一般人が見つけてくれるだろう。
「……どうして、クラスメイトに仕事を押し付けられても逆らわないの?何がそんなに恐ろしいの?」
ふと、これまた唐突に、入理乃が後で聞けるからと言って中断した質問をこちらにぶつけてきた。
だが、その視線は、あたしとは別の方向──団地にある、ブランコしかない公園に向けられている。
「答えてよ。……私にはその感情が理解ができないのよ。分からないものは怖いのよ」
しばらく沈黙する。あたしは、入理乃の表情を見ることも出来なかった。
やがて、あたしは感情を整理しながら答えた。
「……誰からも、見捨てられたくないからよ。一人になるのが、あたしは一番恐ろしいの」
……そう、あたしはただ、役立たずだと言われたくないだけなのだ。従ってないと、自分が惨めで一人ぼっちみたいで怖いから。それ以外に、理由なんてない。
「何それ……。そんなの頑張っても無駄じゃない」
少女が呆れたように言う。嘲り……、というよりも、そこには哀れみの感情が込められているようだった。
「……、どういうこと……?」
「愛して欲しいと思っても、誰も貴女を愛してはくれないってこと」
ぞっとした。入理乃の目が、あまりにも達観したような目だったからだ。
入理乃のような、決して小学生がしては良い目じゃない。
彼女は諦めきったように続け、その恐ろしい目を細めた。
「……全部諦めれば?受け入れなよ。どうせ、誰にも愛されないって。自分がそういう存在だと分かれば、苦しまないよ」
「……入理乃。キミという人間は本当に……」
キュゥべえが小さい声で呟いた。しかし聞き取れず、その先は聞こえない。
ブランコは、少し風に揺れていた。それが何だか、寂しいように思えてならなかった。
今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?
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