魔法少女こゆり☆マギカ   作:鐘餅

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愛される資格

 どうだろう、と私は、廃れた廃屋跡地にて、目の前のものを睨み付けていた。

 それは、限界まで使用したグリーフシード──通称、枝垂桜の魔女と呼ばれる魔女の卵──と、二枚の和紙だ。

 二枚の和紙にはそれぞれ、魔女の結界から採取した物質をすり潰し、付着させてある。

 私はグリーフシードと二枚の和紙を組み合わせ、“魔女の結界”のみを展開させる道具を作ろうとしている。

 魔女の結界には、そのフィールドが魔女に有利に働くことも多い。そういう時に、別の新たな魔女の結界を展開させれば、こちらの有利な場所に上書きできないかと、前々から私は考えていたのだ。

 当然、実用化するためには魔女を孵化させないようにしなければならない。

 そこで、魔女の孵化を抑制する物質を採取して、実験を繰り返しているのだが……、正直行き詰まっている。

 紙に付着させる量が多ければ“結界”が展開せず、少なければ魔女が孵化してくる。

 今回は上手く調整した自信があるが、さてはて、結果はどうだろうか。

 

 私はグリーフシードの針の両方を和紙で隙間なく覆うと、今度は矢を召喚し、それで中心部を器用に繰り抜く。そして、その矢を小指ぐらいのサイズまで小さく縮小させると、何もない中心部に矢をはめた。

 ソウルジェムを指輪の状態にしたままで、穢れをグリーフシードに吸わせる。グリーフシードはすぐに黒い魔力を発し、桜が幾重にも咲き乱れる風景へと周りが歪んでいく。

 しかし、喜びも束の間だ。一分後には結界が霧散し、元の風景に戻っていた。

 

「……失敗か」

 

 辟易とし、グリーフシードをぽいっと後ろに無造作に放る。それは見事、失敗作というラベルが貼られてある箱の中へと入った。

 今日はもう道具の実験はこの辺にしよう。次の作業に移らないと時間がやばい。

 

 私は廃屋に入り、奥の部屋のドアを開ける。

 その室内は自分でやったとはいえ、少し異様だ。

 壁にはびっしりと、余すところなくパイプや突起物が伸びているんだから。何より、その中央に生えているクリスタルの結晶が、インテリアとしてて見てもおかしい。

 まあ、クリスタルなのは見かけだけで、実際は硬化させた紙を加工して作ったものだけど。

 

 この部屋の名前はカース。その名の通り呪いをもたらす装置が仕込まれた部屋であり、こゆりにかけてある呪いもカースによるものだ。

 その呪いは複数の効果があり、一つ目が体の支配権を奪う。

 二つ目が私の情報を許可なしでは他人に言えないようにする。

 そして三つ目が、私の判断でソウルジェムに負荷を与えることができるようにする、だ。

 これにより、呪いをかけた対象を自由に手駒に出来、いざという時に処分もできるという優れものの装置だ。ちなみに遠隔で呪いをいつでも発動できるし、自動的に何かあったらこちらに知らせるようになっているから、ずっとこゆりを監視しなくても良い。

 反面、欠点は結構あって、ソウルジェムがまだ安定していない新人にしか使えないし、メンテナンスも大変だ。

 それと、カースは対象者のソウルジェムを弄ることで、自身と見えないラインを作り、そこから魔力を送ることで呪いをかける仕組みとなっている。だからそのラインをぶち壊されれば、呪いも消えてしまう。

 まあラインは頑強かつ見つかりづらいから、破壊されることはないだろう。巧妙に隠されているから、いかに探知に優れていようと気づくことも出来ない。

 それに、こゆりが呪いから自由になったとしても、そのソウルジェムは事前に私のソウルジェムとも魔力の道で繋げてある。その道から幻痛を送ってやれないこともない。

 

「……」

 

 呪いのことを考えていたせいか、ふいにこゆりの顔が思い浮かんだ。

 それに引っ張られるように、誰からも見捨てられたくない、という彼女の言葉が頭の中で反響する。

 

 改めて私は、下らないな、と思った。

 ……昔、親に振り返ってもらおうと賞を取りまくっていた時期が私にもあったが、やるだけ無駄だった。

 元々私の両親は、家の都合で政略結婚した。お互い仲は覚めきっていたし、子供である私なんて彼らからすれば厄介者。だから、私のことなんてどうでも良いのだ。

 そして周囲に愛を求めても、私のことを本当の意味で見てくれる人はいなかった。向けられるのは、嫉妬や羨望と言った感情だけ。私を蹴落とそうとする奴や、利用しようとする奴しか近寄ってこない。

 周りは私をいつでも虐めてくる。私は“天才”であるのに、どうしようもなく弱者で、強者には勝てない。

 やがて、私は理解した。

 人間は互いのメリットをまず第一にしか見ない。そして私は元々から、愛される資格がない人間だったのだ。

 ……私はその事に気がついた時、どれだけ救われたことか。

 私はずっとずっと、何故皆が私に優しくないのか分からず、人間や世界に恐怖して震えていた。それが理解した途端、一面闇だった世界がほんのりと明るくなったのだ。

 

 だからこゆりも、さっさと折り合いをつけたらいいのにと思う。そしたら、クラスメイトからいじめられずに済むというのに。

 大体、何だってあんなにもミズハと境遇が似ているんだろう。これは何かの偶然なんだろうか。

 こゆりのことを思うと、自然とミズハのことまで色々と思い出してしまう。

 リノちゃんと呼ぶ声。一緒によく遊んだゲーム機。あの悲しそうな顔。

 どれもが鮮明に蘇る。もう、脳味噌の隅っこに追いやったってのに。

 

「忌々しい……」

 

 私はそう吐き捨てると、気分を変えるためにカースのメンテナンスに取り掛かろうとする。

 しかし調度、ポケットに入ったスマホから呼び鈴が鳴った。

 私は無視することもできずスマホを取り出す。確認すると、画像に表示された電話番号は船花ちゃんのものだった。

 

「もしもーし!!入理乃!?私だけど!!」

 

 通話ボタンを押した瞬間、船花ちゃんの戯けたような大きな声が耳に飛び込んできた。

 相変わらず彼女は元気だった。その明るさに、こっちまで救われる気持ちになる。お陰で、ミズハのことを忘れられそうだ。

 

「もしもし……、船花ちゃん」

「何だよー、入理乃。その暗い声はさあ。もうちょっとテンション上げられないの?」

 

 返事を返すと、船花ちゃんは少し拗ねたような感じになった。私が淡々とした声だったので、あまり喜んでないと勘違いしたのかもしれない。

 そこで私は、ストレートに気持ちを伝えることにした。

 

「私……、これでも、嬉しいと思ってるよ……。むしろかけてくれてありがとう……。私……、気分が落ち込んでたから……、船花ちゃんのおかげで元気になったよ……」

「……!!」

 

 船花ちゃんが息を飲んだ。恥ずかしくなったのか、ああ、だの、うう、だのと言葉を辿々しく発する。

 

「そ、それなら早くそう言ってよねえ。もう、入理乃のくせに勘違いさせやがって……」

 

 言葉が汚いながらも、実に嬉しそうだった。最後にはえへへ、と小さく笑っている。

 その反応はなんとも可愛らしく、ちょっとそれが面白い。やはり船花ちゃんはちょろいなあ。

 

「……あの、何か用かな……」

「ん?用とか特にないよ。ただ暇だったから、電話かけたんだよ。まあこの船花様が電話をかけたんだ。何か面白い話の一つや二つしてよね」

 

 何とも船花ちゃんらしい、上から目線な答えだった。

 しかし、普通ならば眉をひそめてしまいそうなそれも、私には嬉しかったりするのだ。

 船花ちゃんは逆に、どうでも良くない人には性格を隠す。つまりは、この態度こそが、私のことを認めてくれてる証拠なのだ。それに口調のわりに、悪い子でもない。

 

「……そんで、最近どう?忙し過ぎてテメエ、体調崩してないよねえ?」

 

 何だかんだ言いながら、現にこうして船花ちゃんは心配してくれている。

 私が表情を綻ばせて、ううん、と否定すると、彼女はほっとしたような溜息がした。

 

「と、ところでさ、早島の様子……、どうなの?」

 

 牛木草に行っている間、船花ちゃんには早島を任せてある。そんな彼女とせっかく話せているんで、ついでに私は早島の状態を聞いた。

 すると船花ちゃんは、案の定愚痴るように言った。

 

「どーもこーもないよ。魔女は少ないし、グリーフシードは蓄えあるけど、倒してもぜんっぜん落とさねえしさあ。ちったあ、あのクソ魔女共もこの船花様と入理乃のために役立って欲しいわあ……」

 

 つまりは、いつも通りということらしい。私は変わりがないことにある意味安心する。

 そしてやはり、グリーフシード不足は深刻な問題だと痛感した。

 魔女が減っている原因は、経済活動が活発になっている寝巣扉都市圏へと人が動いているためだ。その流れをストップできないから、魔女の減少は私達では抑えようがない。

 だから、グリーフシードは他の土地から集めるしかなく、それを解決するのがこゆりという手駒な訳だが……しかし、このままこゆりにだけグリーフシードを集めるとしても、心許ないかもしれない。

 いっそのこと、魔女の養殖でも初めてみようか。幸い早島には神社跡地がいっぱいあるから、そこで育てれば魔女も隠し通せる。

 

「……なあ、入理乃」

「な、何……?何か心配事……?」

 

 唐突に、船花ちゃんが神妙そうに呼びかける。私はつい、反射的に問い返した。

 

「まあ、確かに心配事っちゃあ、心配事だけど」

 

 船花ちゃんは煮え切らない発言をした。そして、きっと浮かない顔をしているだろうな、と予想させる声で言った。

 

「使い魔……、放置して本当に良かったのかなって思ってさあ……」

「それは……」

 

 私は何も言えなかった。

 私達はミズハと争う前には、ちゃんと使い魔も狩っていた。

 だが、それが魔女減少の原因の一端となり、さらには縄張りが半分になってからは、流石に使い魔狩りを止めざる得なかった。

 船花ちゃんは、その事をずっと気にして落ち込んでいた。

 私は本音で言えば、使い魔を殺さないのは正しい判断に思える。しかしそんな風に考えている私に、下手な慰めが出来るだろうか。

 

「……仕方がないって分かっちゃいる。分かっちゃいるんだけど……」

 

 電話から聞こえてくる声は苦しそうだった。

 グリーフシードが得られなければ、魔力は回復できない。そして魔力を失えば、魔女を殺すこともできない。

 町を守るためには、町の一部を犠牲するしかないのだ。……これは船花ちゃんにとって大きなショックだっただろう。だって彼女は、早島のすべてを守りたいと考えていたから。

 

「……私は、船花サチは、自由だ。何をしても許される。だから、何も私は悪くないよね?私が使い魔を放置しているのは、許されるよね?」

 

 やがて、船花ちゃんは震える声で縋ってきた。私はようやく、そこで船花ちゃんがこちらに電話をかけてきた真の理由を理解した。

 私は自分を恥じる。何で今まで気づかなかったんだろう。彼女はああ見えても、繊細だというのに。

 

「うん、許されるよ……。大体、皆やってる……。私達だけが、責められることはない……」

 

 私は船花ちゃんが望む言葉を言ってあげる。それが相方としてしてやれる、唯一のことだった。

 

「……うん。ありがとう」

 

 彼女は落ち着いた声でお礼を言う。

 私はそれでも、心配だった。さっきので、少しは船花ちゃんの気が楽になれば良いのだが……。

 

「……何かごめんな。入理乃も大変だってのに」

「……良いよ。そんなに気にしなくて……」

「そうは言っても、テメエミズハのことで落ち込んでるじゃないか。入理乃にとってミズハは大切な──」

「ミズハなんて、大切じゃない!!」

 

 瞬間、私は叫んでいた。

 先ほどまでずっと、ミズハのことを忘れようとしていたのに、それを強制的に思い出されたこと。何より、船花ちゃんの口からミズハの名前が出たのが許せなかったのだ。

 私はスマホを割れんばかりに力強く握りしめ、捲し立てた。

 

「ミズハは私の思いを踏みにじったんだ……。ずっとずっと、側にいて慰めてやったのに、周りとは違うって思ってたのに。それどころか、船花ちゃんにまで手を出して、縄張りを奪いやがった……。あんな奴、大嫌い……!!」

「い、入理乃……。お前大丈夫か?」

 

 船花ちゃんが、先ほどは変わって私を案ずるように聞いてきた。

 私ははっとすると、苛つきのあまり、制御できなくなったのだろう目尻の涙を拭う。そして、それを悟らせないように勤めて平坦な声を出した。

 

「大丈夫……」

「そうは思えないけど……。もしかして何かあったのか?」

「そんなのないよ。……心配しないで」

「……じゃ、じゃあ、牛木草は任せるからな。早島はしっかり私が守るから、ちゃんとやれよ」

 

 船花ちゃんの返事に、私は誇らしくなった。

 彼女は私を愛していない。けれど私を頼ってくれている。私にメリットを見出しているから、私の存在を認めて、求めてくれてるんだ。

 私は満面の笑みを浮かべ、拳を握りしめた。

 

「期待しててね……。私ちゃんとやるから……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 毎日毎日、放課後には入理乃との特訓が行われた。そうしている内に一週間が経った訳だが、その中で阿岡入理乃について色々分かったことがいろいろある。

 彼女、あらゆることに無頓着というか、興味がない。

 例えば今日一緒にお昼時に喫茶店に入った時は、周りで食事の写真を撮っている人を見て、何であんなに拘るの、と本気で呆れていた。

 仕舞いには、テレビ番組の超大御所芸能人の名前にさえ首を傾げる有様だ。

 正直、こんな性格だとはまったく予想していなかった。今でも少々面食らっている。

 ……ただ、納得できないこともなくはない。入理乃はあらゆる分野で天才だ。結果としてどんなものにも興味を持てなくなったのだろう。

 だから、これは仕方がない。うん、仕方がない……、

 

「訳ないわよ……」

 

 あたしは小さく呟き、密かに嘆いた。

 ちらりと訓練場である空き地にて、せっせと紙をばら撒いて結界を張っている入理乃を見る。

 今日は土曜ということもあって、彼女は制服ではなく私服だった。

 だが、何というか……、一言で言えばあんまりな格好だった。

 安物の水色の長袖に、下も無地の水色のズボン。靴下は何ともオヤジくさい茶色で、靴に至っては使い古された小汚いスニーカーである。しかも色が水色だ。

 男子中学生か、こいつは。いや、男子中学生より酷いわ。

 水色、水色、水色で全部統一しやがって。統一するなら色の濃淡を考えろ、濃淡を!!

 あたしも別に、おしゃれに気を使うタイプではない。だが、入理乃を見ているだけですっごいヤキモキする……。本当に超どうにかしたい……、あの格好を。

 

 その内、入理乃が駆けて戻ってきた。どうやら結界を貼り終わったらしい。

 いや、それにしてもやっぱり、近くで見るとパジャマっぽい服だ。

 

「これでどんなに大きな音を出しても大丈夫。さあ、続きをやるよ」

「う、うん」

 

 びしっと、入理乃は前方を指差す。その先には五メートル間隔で、全長百センチの白い杭が刺さっていた。

 彼女はポケットからスマホを取り出す。そしてタイマーをセットして、私が手を翳すのを見計らうと、叫ぶと同時に画面をタップした。

 

「スタート!」

 

 あたしはその合図と共に魔力を放った。

 刹那、バキバキ、と五メートル先の杭の隣に鉄の木が生える。間髪入れずに魔力を放つと、さらに十メートル、十五メートル、二十メートルの杭の隣に鉄の木が生える。

 それは一定の時間で次々と木が生えているように見えるだろう。だが、実際は距離が遠くなる度に生えるのが遅くなっている。

 魔力を直接地面に送って生えさせているため、その分タイムラグが大きくなっているのだ。しかしこの方法でしか鉄の木は生成できない。だからこそ、そのタイムラグを短めるしかないのだ。

 

「ストップ!」

 

 五十メートル先に鉄の木が生え終わったその時、タイマーが止められた。

 鉄の木を消しながら、私は尋ねる。

 

「結果は?」

「二分」

 

 あたしはガクッと落ち込んだ。前回より二十秒も増えている。

 

「お前さあ、タイム全然縮まんないじゃん。一週間やってそれ?それじゃあ魔女逃げちゃうよ?」

 

 遠慮のない言葉が浴びせられる。それは落ち込んでいる私には痛い一言だ。ぐさっとそれが心に突き刺さった気がした。

 

「お前のあの液体金属、遠距離の武器に変形できないんだから、こうやって金属操作を磨くしか遠くの敵攻撃できないじゃん。それなのに、こんなに時間かかるなんてあり得ないでしょ!?もうちょっとちゃんとやってよ!!」

 

 またぐさっと心に言葉の槍が刺さった。もう止めて下さいという感じだ。ちょっと容赦がなさすぎて涙が出そうなんですけど。

 

「大体、魔力の伝達方法が悪いんだよ。お前さあ、いちいち木を一本生やす度に魔力を放ってるでしょ?何でそんなのするの?」

「え?その方法駄目なの?」

「駄目って考えれば分かるでしょ。魔力の量を多めにして放って、それと平行して木を生やす方が効率良いし速いじゃん」

 

 やってみ、とスマホを構えながら入理乃が顎をくいっと前にやる。

 あたしはもう一度手を翳し、そして普段より多めの魔力を放った。

 五メートル地点に鉄の木を生やす。しかし魔力はまだ残っている。そのまま直進させ、十メートル、二十メートルと続けて鉄の木を生み出していく。その生える速度は極めて遅い。そしてのろのろと木は生え続けあと二つで四十メートルというところで、突然止まった。

 魔力がなくなってしまったのだ。

 

「……さっきよりめっちゃ遅くなってんだけど。九分だよ、九分。私の足の速さより負けてんだけど?」

「うぐ……」

 

 あたしは渋い顔で、唇をかみしめた。

 もう、そこまで言わなくて良いじゃない。それがここまでやれただけ、すごいことじゃん。ちょっとは褒めてよ。労うように。

 

「もう一回。目標は二分以下。それまで返さないからね!!」

 

 入理乃は休日なのを良いことに、徹底的に至極つもりらしい。

 僅かに悔しげな顔すると、その反応良いわあってなるのも微妙にウザい。

 くそ、こうなったら徹底的に頑張ってやる。そんでもってこのクソガキを見返してやる。

 あたしは鉄の木を全て消し、手を翳して構えをとった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が傾き始めた頃、あたしは肩で息をしてへたり込んでいた。

 あの後、散々やっては駄目だし、やっては叱られるの繰り返しだ。もうすっかり疲労困憊である。

 それでもタイムは確実に縮んでいて、少しは進歩したと思う。

 しかし入理乃は、不満げな……、いや、苛々したような顔をして、こんだけ見てるのにどうして出来ないのかな、とか、想定と違うから分かんない、とかぶつぶつ呟いている。

 そして仕舞いには頭がパンクしたのか、頭を抱え始めた。

 

「どうして上手くなんないのよ。こんくらい出来るでしょ!?」

「い、いや……」

 

 無茶言わないでよ。魔力を放ちながらその線上に木を生やすのだ。作業が二倍も三倍も増えて、それを同時にこなさなきゃいけないんだ。確かに効率は良いけれど、こんなの一日二日で上手くなるもんじゃない。何でそんなものも分かんないんだ、入理乃は。

 

「……別に魔力操作苦手じゃないんだから、普通に出来るよね?何で早く上達しないの?」

 

 入理乃のその発言を聞いて、ああ、成る程……と一人納得する。

 つまりは下手に天才だから、何でも出来るのが当たり前なのか。

 だから、上手く出来ない常人の気持ちがまったく理解できずに戸惑っているのだ。

 そういや、昨日も一昨日も、一週間前も、あたしが失敗すると不思議そうな顔してたっけ。あれはそういう意味だったのね。

 

「あーもう、こんなに原因が分かんないのは初めて!!」

 

 そして天才故にか、失敗にも耐性がないらしい。酷く戸惑った様子で、地団駄を踏んでいた。

 

「……あの、あたしが上手く出来ないのは、コツが分かんないからなのよ。だから、魔力が操作できないというか……」

 

 良い加減その姿も可哀想になってきたので、あたしは出来ない理由を入理乃に教えてあげた。しかし全然あたしの言いたいことが伝わっていないのか、彼女はきょとんし、訳が分らなさそうに訝しがった。

 

「コツ?ただ魔力を操るだけだよ?そこにコツがいるの?」

 

 今度はこちらが、頭を抱えたくなる番だった。天才が必ずしも教えるのが上手くない、と何処かで聞いたことがあるが、まさしく入理乃がそれに当てはまるらしかった。

 

 しばらくして、入理乃は頭を抱えるのを止めて落ち着いた。そして腕を組みながらあたしの方へと視線を向ける。

 

「……とりあえず、お前が言ったことを明日のうちに考えてくるわ。このままじゃ、特訓上手くいかないし。お前のためにも、出来ることはやんないと」

「……。何でそこまで私のためにしてくれるの?」

 

 あたしはずっと思っていたことを口にした。

 正直、特訓などをここまでしてくれてありがたいとは思っている。だが、それにしたってこの一週間、あまりにも入理乃は親身になり過ぎだった。

 仕事をクラスメイトから押し付けられて遅れるのを許したり、差し入れを持ってきたり。

 手駒手駒言いながら、対応が酷かったのも最初だけで、妙なところは優しいし。

 そういうのが、何だが怖いのだ。また変なところで嫌なことされたらたまったもんじゃない。

 

「何でって……、私にメリットがあるからに決まってるじゃん」

「メリット?」

「お前を強くすればいざって時に私の手伝いさせることできるし、何よりもグリーフシードをその分だけ稼げるようになるでしょ?お前の特訓をする理由ははそれだけじゃないよ。特訓する中で、お前の能力の詳細を私は知ることができるんだよ。他にも特訓してやったって事でお前に恩を着せることも可能だし」

 

 だからって、それが優しくする理由にはならない。まったく話が繋がってない。

 私はどう言ったら良いのか分からず、瞳で入理乃へさらなる答えを追及する。それを入理乃は、若干面倒臭そうにしていた。

 

「何だよ、手駒のくせに生意気だなぁ……。さっきの答えで何の問題があるの?……もしかして、お前にもメリットがあることをやっているのが不思議なの?」

 

 そうだよ、とあたしが心の中で悪態をつきながら頷けば、入理乃はようやく、合点がいったような顔をした。

 

「あのね、人間関係って互いにメリットがないと成立しないでしょ?メリットがないと、人は裏切るからね。だから、特訓っていうメリットをお前にあげたんだよ。ちゃんと襲った理由を説明したのも、特訓の差し入れとかもそう。こっちの利点をお前に教えてあげていたんだよ」

 

 絶句するようなことを、入理乃はしれっと言ってみせた。その目は、あの背筋がぞっとするような、暗闇のような目だった。

 ……この子は歪んでるな、とあたしは感じた。

 その目を見ていれば分かる。彼女は本気で、人間は損得勘亭だけで動くと信じ切っているんだ。

 

「じゃあ私、帰るから」

 

 あたしがどう思っているのかも気づかず、少女はそう言って踵を返して帰っていく。

 あたしは複雑な気分で、それを見送っていた。

 粘液の魔女を倒した後、阿岡入理乃は言った。

 どうせ、誰にも愛されないと。あれが彼女の奥底にある本心なのだろうか。

 ……一体入理乃の過去に何があったというんだ。こんな悲しくて寂しい考え……、しちゃいけないわよ……。

 

「……おい」

 

 その時だった。ふいに、ガサガサ、と物音が聞こえたのは。

 目の前の空間が剥がれ落ちるように、小柄なショートカットの女の子が現れる。

 年は入理乃と同じくらいだろう。大人しそうな見た目だったが、しかしその印象を剣呑そうな目が掻き消していて、物凄く柄が悪い。すぐ側には、体を包めるくらい大きな和紙が落ちていた。

 

「貴女、誰……?」

 

 驚きながら聞くと、少女はこちらをきっと睨みながら答える。

 

「私は船花サチ様だよ。入理乃の相方だ」




船花サチ
入理乃の相方の魔法少女。小学五年生。わがままで強気な性格であり、粗野な言葉使いが特徴だが、それらは実の両親から過干渉を受けた反動であり、根は優しく純真。どうでも良い人には性格を隠す傾向にある。
現在は伯父と共に暮らしていて、彼が何よりも大切な存在となっている。健気な一面もあり、入理乃のことを何があっても信じようと心に決めている。

今後の小説の参考のために、アンケートを取ります。この小説で良かったところはどこですか?

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