「鬼殺隊レビュアーだったが…」抜かねば無作法な「世界に飛ばされた件…」 作:抜かねば無作法
長きにわたり活動を続ける火山。一見あらゆる生物の存在を拒むかのような地ではあるが、ここはあらゆる種族が存在する異世界。適応できる種族はそれなりに存在し、またここで採れる有用な物資も存在するため人々はたくましくこの地に根付いていた。
そしてそんな物資を必要とする商人や経営者の使いもこの地を目指すのは必然であった。
「そういえば何でわざわざ依頼してまで仕入れてきてもらうんでしょうか?街に売っていないとか…」
「街で買えなくはないが、この方が安く済むからな。」
「そうなんですか、具体的にはどのくらい?」
「まず直接火山地帯に買いに行く場合は50㎏で25000G、んで街で行商人から買うと75000G」
「三倍も違うんですか!!」
あまりの価格の違いに驚くクリム。しかしゼルは特段不思議とは思っていなさそうだった。
「まぁな、安全とはいいがたい輸送ルートだからその分費用が掛かるんだよ。それでも必要とするところは必要とするから、商人側も値段を足元見てさらに吊り上げるからこうなる。」
「それはまた…随分と世知辛いですね。ちなみに僕たちが行く場合は?」
「それはだな…っとお客さんだ。」
「お客さん?」
ゼルは質問に答える前に別の方向を見つめる。クリムもつられゼルが見ている方角を見ると断続的に噴火活動中の火山から岩らしきものが飛んでくるのが見えた。
「火山岩?いや違う…あれは、モンスター!!スタンクさん!黒死牟さん!」
スタンクと黒死牟も同じ方向を向いていた。既に臨戦態勢だ。
「……いつ見てもモンスターという妖は不思議なものだ…だが邪魔をするのであれば容赦はせぬ…」
黒死牟は刀を抜き月の呼吸の技でモンスターを迎撃しようとする。しかしそれをゼルが制止する。
「待て、ここは俺がやる。ここ1週間ほどで体が鈍ってるしな。」
「……良かろう…」
「アイスニードル!!」
両手をかざし魔法陣を展開するとそこから冷気の針と形容すべき攻撃が放たれ、火山岩に扮したモンスターを穿ち、活動を停止させる。
「ひゅーさすが。」
「凄い!でもまだ遠くの方のモンスターは残ってます!!」
「そう焦るなって、まぁ見てな。」
撃墜を逃れた岩石状のモンスターは地面に降り立つと、不利を悟ったのか仲間同士で合体をはじめ二体の大きなゴーレム状のモンスターへと変貌した。
「二体いるけど誰がやる?」
「一体は俺にやらせろ、俺もここ1週間での鈍りを解消したい。少し試したいものもあるしな。」
「俺もまだまだ物足りないな、それに確認しておきたいものがある。」
「……いいだろう…見せてみろ…」
迎撃態勢に入る二人に対し、黒死牟は手出しの必要は無しといった具合に刀を鞘に納める。
その代わりこれから起こることを見定めようとする。
「いいんですか?援護しなくても…」
「……問題は無い…それよりもこれから起こることをよく見ておくことだな…」
「一体何が起こるんです?」
「……奴らが見つけた《道》が《形》になったか…それを知る必要がある…」
意味深なことを言う黒死牟を他所にスタンク達はそれぞれの相手を迎撃し始める。
「とりあえず用意するのはこれぐらいで十分か、アイスニードル!!」
先ほどと同じ魔法陣を展開すると冷気の針が放たれゴーレム状の合体モンスターを穿つ。先ほどまでとは違い体格が大きくなっているためこの攻撃に込められた魔力量と空いた穴の大きさからみてクリムは倒しきれてはいないだろうと予想する。
しかしその予想に反しモンスターはそのまま倒れこみドスンと大きな音を立て、やがて崩れ去った。
「ええええええええ!!何で、あの魔力量の攻撃だといくら何でもあのモンスターはやられないんじゃ!?」
「ああ、何でって…そりゃ適当なところを撃ったら無理だろうけどコアを全部撃ち抜けば倒せるだろ。」
「コアを全部ですか?でも結構な数が合体してましたよね。それをすぐに全部見極めるなんて…」
ゼルの言いたいことを要約すればこうだ。一体一体の岩石モンスターをそれぞれ一つ一つの細胞に見立てるのならば、あのゴーレム状のモンスターは多細胞生物であり、その核を全部破壊すれば機能を停止するということらしい。
もちろん言葉にするのは簡単だが実行するのは難しい。合体したモンスターは合体する前とはかなり形状が異なっており、元のモンスターのコアがそれぞれどこにあるかが分かりづらくなっている。それを一つならともかく、すべてを短時間で見抜くなど普通では考えられない。
「い、一体どうやって見抜いたんですか?」
「どうやってって言われてもな…なんか集中して目を凝らせば見えるようになったんだよね、相手のマナだけじゃなく内部までも。」
「……なるほどな…どうやら貴様も《視える》ようになったということか…」
「多分ね、黒死牟の言っていた《世界》ってこういうものだったんだ。」
「ゼルの奴やるじゃねぇか。こいつは俺も負けてられないなと。」
一方負けてられないとばかりにスタンクも敵の攻撃をかわし大きく跳ぶ。そして腰に差した自身の愛刀を素早く抜刀すると、モンスターに斬りかかり
「……ついに《片鱗》が形になったか…ふふ…これは面白い…」
「あの一瞬で大きなモンスターを十二個に!?それに僕の気のせいですかね、スタンクさんの剣に白い炎のような何かが…」
「お、クリムにも見えるのか。実はこれ俺も何なのか分かんねぇんだよ、お前分かるか?」
「魔力とも違う、マナとも少し違う、なんだか不思議な感じです。元々の技ではないんですね。」
「そうなんだよ、いつの間にかできるようになってた。…多分あの時の経験が活かされてるのかな。」
「多分俺もだな、ちょうど《世界》が視えるようになったのは1週間前からだし。…うわ思い出しただけでも鳥肌が立つ。」
「…あれは地獄だった、もうあんな経験はしたくねぇ。」
(1週間前?確かその日は…)
まるでトラウマを刺激されたかのように震えだすスタンクとゼルを見てクリムは1週間前に何があったかを思い出す。そしてそこであった出来事を思い出し顔を引きつらせる。
(ま、まさか…)
ふと黒死牟の方を見ると先ほどまでの笑みは消え、苦虫を一ダースほどかみしめたような顔をしていた。
* * * * *
……時はさかのぼり1週間前。
「おい、あれ見てみろよ。」
いつも通り、今日の店を探すために街を散策する
「何だよ、普通の淫魔店じゃん…ん?」
その店は街の裏角にある以外は一見普通の店だったが、看板に書かれた内容が普通ではなかった。
「安ッ!?何だこの値段設定は!!いや、たしかにガチのサキュバスは大体安いけど…でもこれはいくら何でも破格すぎだろ!!」
「…さすがに詐欺なんじゃないですか?」
時間無制限で人数無制限、それでいて一人頭500G。《淫魔の狂喜乱舞》と看板に書かれたその店の値段設定は価格破壊という言葉すら生ぬるく感じるものだった。
「よーし、とりあえず入るぞ。」
「ボッタクリなら腕ずくで出ていくまでよ。」
しかしこの程度で怖気づくようなら、はなからレビュアーズなどやっていない。彼らはいつだってチャレンジャーなのだから。
「本気で言っているんですか?黒死牟さん皆さんを止めてください。」
「……もし問題が起きればどういった門番が出てくるのか…楽しみだな…」
(あ、だめなやつだこれ…)
黒死牟は店の内容よりも、もめごとが起きた場合に出てくるであろう店の《交渉人》と戦えるかもしれないことを期待していた。その様子を見てクリムは観念する、彼らを止めることは不可能であると。
「いいですか?この部屋に入ったら、向こう側から解放されない限り、出してはもらえません」
(……この女…いくつかの血が混ざっているのか…恐らく悪魔と豹の獣人……興味深いな…)
受付の言葉と共に一同はガラス張りとなった何かの実験室か拷問部屋のような部屋へと向き直る。
「オラーッ!!何してんだ!早く来いよ、タマついてんだろ!?」
「何怖気づいてやがる!それでも男か!?」
「根性とチ〇ポ見せてかかってこいや!!」
「途中、やり過ぎで死ぬようなことになっても、当店は一切責任を持ちません。以上のことを踏まえて中にお入りください。」
(……下級の鬼のようだ…理性というものが感じられん…)
獲物を待ち望む目でこちらを見つめる様子を見て、黒死牟はまるで低級な鬼のようだと思った。違いがあるとすれば低級鬼は血肉を、低級淫魔は精を求めて暴走しているということか。…あまり変わらないかもしれない。
「低級淫魔の詰め合わせ部屋かよ…」
「通りで安いわけだ。」
「でもこの金額で店が成り立つんでしょうか?」
「ああ、それでしたら心配ないですよ。中の淫魔さんたちから貰ってますし。かといってタダだと逆に警戒されて客が来ないんですよ。」
「なるほど、勉強になります。」
「……話に聞いていたサキュバスとやらとは随分様子が違うが…」
「サキュバスが様々な方法で誘惑して男を襲うのに対し、淫魔は一言で表すなら逆レイプって感じだな。」
「……理解した…」
つまりは血鬼術を扱える理知的な鬼をサキュバスとするならば、血肉に飢えた低級鬼が低級淫魔に当たると黒死牟は理解した。
「それにしてもいくら何でも酷過ぎませんか?もう帰りましょうよ…」
ガラス越しの低級淫魔の様子を見てクリムが至極真っ当な意見を述べる。しかしこれで止まるようなら
「ゼル、補助呪文を強めにかけてくれ。」
「おう!」
「って何で行く準備してるんですか!?」
「お前あそこまで言われて引けるのか?男として!!」
「単純にこんなところ入りたくありませんよ!!黒死牟さん帰りましょうよ!!」
「……そうだな…私が期待していたものは無さそうだ…」
戦いは無さそうだと、クリムの意見に同調し店から出ようとする黒死牟。しかしそれに待ったをかける者がいた。
「もしかして黒死牟怖いのか?ん?」
「……何…?」
「いやいや別に臆病者とかそういうこと言ってるんじゃないんだぜ。ただ剣士歴400年の黒死牟サンが逃げを選択することもあるんだなぁーって思っただけ。」
「……」
「レビューのことなら心配はいらんぞ、戦えないお前の分までしっかりやってみせよう。」
「こ、黒死牟さん、気にしちゃだめです!彼らの口車に乗っちゃ…ひっ!!」
クリムは何とか黒死牟を引き留めようとするが、その顔を見て戦慄する。不機嫌が溜まりに溜まって今にもスタンク達に斬りかかりそうだったからだ。
「……言いたいことはそれだけか?…この私が低級鬼の如き存在に臆するとでも…いいだろう乗ってやる…」
「そう来なくっちゃな!補助呪文かけとくか?」
「……必要ない…このような数だけの連中…片手間で事足りる…」
「さすが黒死牟!!男として憧れるぜ!」
「うむ、全くだ。実に豪快で男らしい選択、見習いたいほどだ。」
「無茶苦茶です!!こんなことに命を懸けるなんて!!」
憤慨するクリムに対しスタンクは優しく微笑むと、諭すような口調で述べる。
「いいかい、クリム…男には決して引いてはいけない時があるんだ。分かるね、今がその時だ。」
「分かりますが今は絶対その時じゃないと思います。」
いくらいい顔でいいセリフを言おうともやっていることはただの馬鹿だ。クリムは呆れてこれ以上ものが言えなくなった。
「話はまとまりましたか?それではみなさん、もう一度確認します。この淫魔の部屋に入ったら絞りきられるまで出してもらえません。泣いても喚いても、叫んでも漏らしてもです。絶対途中で解放してもらえませんし、私も助けに行けません。」
受付嬢の言葉と共に分厚い扉が開かれる。
「よし!行くぞお前たち!!」
「「「おう!(…良かろう)」」」
戦場へと歩みを進める男たち。その背は歴戦の古強者を思わせ実に勇ましいものだった。
「大丈夫かなぁ、みんな。」
クリムは不安だった、彼らは蛮勇と勇気をはき違えているのではないかと。
淫魔の部屋に入っていくらか経過したのち、黒死牟は全くもって想定外の事態に追いやられていた。
(……このままでは危険だな…何か策を考えないと…)
全集中“常中”と上弦の鬼としての再生力を駆使し、戦線を維持しながらも黒死牟は心の中で焦りの色を隠しきれなかった。
ここまで追い詰められたのは、柱三人と鬼食いの少年と戦った時以来だと感じるぐらいに。
(……低級な鬼と同じようなものと侮っていたが……不覚…慢心であった…)
店に来た当初に見た低級淫魔の様子からそれほど苦戦はしないだろうと知らず知らずのうちに心の奥底で慢心していたらこの様だ。
この世界はかつていた世界とは違う。自身の常識を超えた種族が共存する世界で一目で得られる特徴などほんの表面的なものでしかない。なのにこの世界で依頼をこなしていくうちに知らず知らずのうちに慣れが生じ、心に隙が出来てしまっていた。自身の不徳の致すところだ。
(……次から次へと…厄介な…)
相手は低級鬼のような様相を呈しながら、その実上弦の鬼や柱上位者に匹敵しかねない厄介さを有している。それでも一対一ならば多少手間取りはするだろうが、負けることはなかった。一番の問題…それは数だった。
「クソ!!このままじゃキリがねぇ!ゼル、まだいけるか?」
「まだな…だがこのままだとジリ貧になる!」
「こちらもそろそろ不味い!!黒死牟、何か策は無いか…って黒死牟はどこだ!?」
ブルーズは黒死牟に意見を求めようとするが、あたりを見渡してもスタンクとゼルの姿は確認できるのに黒死牟の姿が見えなかった。
「待て!!あいつ逃げたとかじゃないだろうな!?」
「さすがにそれは無いだろ、でも確かに姿が見えねぇ…ブルーズ、臭いでどこにいるか分かるか?」
「この状況では匂いが入り乱れすぎて良くわからん。」
ブルーズも黒死牟の姿が見えなくなってから臭いで何とか探そうと試みていたが、密閉された部屋に充満した雄と雌の匂いが邪魔をしてそれどころではなくなる。
だが、部屋のガラスや扉が破壊されていない以上この場所のどこかにいるのは確かだ。
そんな中、ゼルがあるものを発見する。
「…っちょっと待て!!あいつのマナを確認できた!」
「マジか!!どこだ?」
「…あそこだ。」
「な、信じられん!!」
三人が目にしたもの、それは低級淫魔によって形作られた山だった。当然黒死牟の姿は見えない…見えないのだが、低級淫魔のまるで何かに吸い寄せられているような様子を見て一同は察する。
「…あいつ生きてるんだろうな?」
「…マナが感じられたから生きてはいるんだろう、多分。」
「酷い光景だ…あまりにも労しい。」
黒死牟は山の中心部にいた。上弦としての再生能力と呼吸法の達人としての回復力の驚異的な早さは低級淫魔からすれば食べても食べても次から出てくるごちそうのようなもので、本能的に引き寄せられていたのがこの光景の原因だ。
これまで黒死牟の積み重ねてきたものが一気に裏目に出た形となる。
(……どうしたものか…)
一方山の中心部で力を吸収され続けている黒死牟は考える。今は呼吸と再生力で凌いでいるが、状況で言うのならば無限城の一室で上弦か柱の群れを相手しているような状況だ。さすがの黒死牟も数と質の両方の暴力を食らえばいつかは力尽きる。
(……少々危険だが手数を増やすか…)
今は刀(意味深)が一本しかないため体力の減りもそれに準じたものだが手数を増やせばそれだけ失われる体力も増える。
しかしながら一体すら倒すのに時間がかかるであろうこの状況では、仮に一体倒したとしても次の相手と戦っている時間がそのまま倒した相手に回復の猶予を与えることになってしまう。回復した敵がまた戦線復帰など戦場においては悪夢でしかない。
さらに言うならば、時間の経過とともにスタンク達の方にいる低級淫魔もスタンク達が倒れた瞬間こちらになだれ込むことになる。
(……こうなることが分かっていればクリムも連れてきたのだがな…奴の大太刀(意味深)ならばこの場において大いに役立ったであろうに…いや過ぎたことか…)
クリムの規格外の大太刀(意味深)ならばこの難敵相手にも通用する可能性が高かった。今更ながらクリムを多少強引にでも連れてこなかったことを黒死牟は悔やむ。
しかしいくら悔やんでも仕方が無いと思考を切り替え、目の前の問題の対処に専念する。
(……刀を体から生やす要領で問題は無いはずだ…)
侍としてあるまじき、刀を体から生やすという戦法…柱たちに敗れてからは二度と使うまいと心に決めていた技ではあるが、今は剣士の戦いではない。それにこんなところで死ぬのは本意では決してない。
意を決して体を変化させようと試みる。やり方は単純だ、そもそも鬼というのは新たに手足を生やすのは朝飯前な種族で、黒死牟の刀を体から生やすという戦法ももとはと言えばそこから派生及び発展したものだ。刀(意味深)を増やせない道理はない、そしてそれをいざ実行しようとして…
(…何だこの醜い姿は……こんな姿になってまで生き延びたいのか…違う私は…)
黒死牟は幻視してしまった、異形の侍ではなく全身から刀(意味深)を生やし、あまりにも醜悪な姿へと成り果てた自分の姿を…
『生き恥』や『惨めな化け物』、『お労しい』という言葉すら生ぬるく感じるほどのその姿は鬼となって久しい黒死牟に感じるはずのない強烈な吐き気をもたらす。
「……うっ…私は一体何を…なぜこのようなことを…教えてくれ縁壱…いやお前でも分からぬか……」
「黒死牟!?まだ意識があったか、大丈夫か?」
スタンクの呼びかけに答える余裕もない黒死牟はそのまま崩れかける。その様子を見てスタンクはいよいよ不味い状況になってきたと危機感を強める。
(畜生…ここまでだってのかよ…)
「ちょっとぉ!このままだと本当に死んじゃうんじゃないんですか!!」
「まー普通4人で入る店じゃないですからね…」
受付嬢の言葉を聞きクリムは絶望する。やはり彼らは勇気と蛮勇をはき違えてしまったのだ。
(皆さんどうかご無事で…僕には祈ることしかできません。)
天使が人間のために祈るという審判の日もかくやという状況。ガラス越しで繰り広げられる光景もそれにふさわしく悍ましいものだった。
(まぁ…何だかんだヤりたい放題やって楽しい人生だったか…)
薄れゆく意識の中でスタンクの脳裏にこれまでの軌跡が走馬灯のごとく流れ出す。
父親と反りが合わず、剣一本を持って家を飛び出したこと。そのまま冒険者となり、根無し草の生活をしながら世界を巡ったこと。その中で知ったサキュバス店の魅力に大いに感銘を受け、股間の羅針盤に従うようになったこと。
いつしかエルフにナーガに犬獣人にハーフリングに悪魔…様々な種族だが、同じ志を共有する同士も増え色々と馬鹿をやったものだ。それに加え最近では見た者がいないとされる天使に異世界から来た剣士まで加わった。本当にいろいろなものを見た人生だった。
(あぁ、もう一度行ってみたい店もあったんだけどな…あとメイドリーとも一発ヤっときたかったなぁ…)
人生に悔いが無いかと問われれば、絶対にノーだろう。それでも危険と隣り合わせの冒険者家業をやってきたのだ。根無し草の死にざまなどこんなものかと納得しかける。
しかし心の奥底では彼はまだ死を受け入れてはいなかった。
(ってこんなところで終われるかよ!!お前もそう思うだろ、なぁ!!)
薄れゆく意識の中でスタンクは己を奮い立たせ、目覚める自身の一番の相棒に語り掛ける。
いつも愛用している剣は今手元にはない。だが人生の中で誰よりも何よりも自身と共にいた剣は残っている。まだ戦いは終わっていない。
(例え相打ちになっても…いや違うだろ俺は!!俺にはまだ見ぬサキュ嬢がいるんだ!全員と遊ぶまで死ねるか!!)
相打ちでは意味がない、例え泥を舐めてでも足掻いて生きてみせる!!
それはかつて別世界の地球という星に存在した鬼殺隊…手足をもがれようとも、おのれの命を燃やし尽くしてでも悪鬼を滅そうという信念とは違うもの、生きるために戦う信念であった。
(落ち着け、呼吸を整えろ、こういう時のために呼吸法を習得してきたんだろ!!)
生き残るために必死に役立ちそうなことを思い出そうとする。少しでも長く、少しでも生き残る確率を上げるために。
『型を教えることは出来ない?そりゃまた何でだ、常中まで使えるようになったんだぞ。不足ってことはねぇだろうが。』
『…いや、貴様の場合は元より培った剣の技がある…無理に既存の呼吸の型に合わせる必要は無い…』
『でも知っておいて損は無いだろ。』
『……そもそも既存の呼吸は元は鬼を滅することを目的として編み出されたものだ…だが貴様は鬼、この世界では吸血鬼と言った方が正しいのか…それだけを相手すればいいわけではないのだろう…』
『なるほどな、確かに俺の相手(意味深)はエルフに人間、獣人、有翼人、淫魔他にも様々な種族だからな。一つの種族に拘るっていうのは性に合わんかもしれねぇ。』
『(淫魔?)…然り……挑むべき相手が多岐に渡るであろう貴様の剣技(意味深ではない)に対しては私としても口を出すべきではない…故に貴様の型は貴様自身で見つけるほかない……』
『つまり俺だけの型を見つければ、さらに夜の性活に強くなるってことだな!』
『……そういう話は聞いたことはないが…まぁいい…一つ私から言えるのは道を見つけ出すには強い意志が必要だということだ…そのためには一度死の淵に陥る必要があるやもしれぬ…』
(そうだ!あらゆる種族と戦う(意味深)のが俺のスタイルだ!!鬼退治のためなんかじゃない、今こそ俺の本当の道を…)
敵は強大、だが生き残るには戦って勝つしかない。かつて言われたように今こそ己の型を完成させる時だ。
自分の生き方を改めて見つめなおしたスタンク。変化はその時に起こった。
それは白いドラゴンだった、白いドラゴンのような何かが自身の剣(意味深)に顕現したのをスタンクは確かに見た。
(…何だこれは?俺の剣(意味深)にドラゴンが…ゼルが使った中にこんな補助呪文は無かったはず。だが幻覚じゃねぇ、これは一体?)
もちろんこの店にドラゴンがいないことはスタンクも重々承知しているし、ゼルにかけてもらった補助呪文にこんなオーラを出させるものはない。このドラゴンは本当の意味で道を見つけ〝型を使いこなしている証″として顕現している物なのだが、スタンクはそこまでは分からなかった。
だが白いドラゴンのような何かが自身の剣(意味深)を纏う様を見てスタンクは確信する。
この力ならば戦える、状況を切り抜けられる。
「理屈は分からねぇが、いける!!今の俺ならば!」
その眼はいつもの気だるげなものとは全く違う、燃え盛る炎のような強い決意と覚悟が宿っていた。
死中に活を見出したのは何もスタンクだけではない。ゼルやブルーズもまた極限状況下で新たな境地へと至ろうとしていた。
(スタンクの奴…そうだよな、こんなところで死ねるかよ!!)
ゼルは必死に生き残るための方法を模索する。200年以上生きてきた中でもとびっきりの窮地であることは間違いなかったが、それでもこんなところでは死んでいられない。
体感時間を圧縮し、己の感覚を研ぎ澄ませ、何とか敵の弱点を探ろうとする。そしてそこで見た…
(見えた…マナの流れだけじゃ無い!骨格、筋肉、内臓の働きさえも!これならば的確に攻めることが出来る!!)
普段感じているマナの流れに加え、相手の体の詳しい構造まで読み取り、より効率的な反撃行動に移るゼル。かつて炭焼き一家の親子は神楽を舞い続ける事のみに全神経を集中する事を起点として到達したが、ゼルはエルフとしては珍しいぐらいに動き回り様々なものを見てきた観察眼と極限状況下における賢者タイムによる明鏡止水の境地でその域に到達した。
(生きる!生きてアイスちゃんと…否、色んな嬢とまだまだ遊びまくる!!そのためにも、負けてられるか!!)
生きようとする意志は何よりも強い。その思いが例えどれほど俗物的であろうともだ。
ブルーズはゼルのように観察眼が特に優れているという訳ではない。しかし己の肉体一つで戦いライオン獣人並みの戦闘力と精力を誇るレビュアーきっての肉体派である彼は、肉体の活性化についても柱以上に心得がある。
この戦いにおいても無論それを使ってきた彼だが、この極限状況下においてそれがさらに飛躍する。
(体が熱い!!全身に力がみなぎるようだ!これならば!!)
今までに感じたことのない身体機能の向上、まるで体の中心からマグマが噴出したかのような錯覚を覚える暑さ。その顔の毛並みの一部は赤く染まっていた。
未来を閉ざさんとする巨悪に追い詰められた者たちの反撃が今始まる!!
* * * * *
「す…スタンクさん!ゼルさん!ブルーズさん!黒死牟さん!起きてください!!」
戦いは終わった…彼らの戦いぶりは、鬼退治に例えるのならばたった4人の隊士で同数以上の上弦を道連れにするという鬼殺隊の歴史に残るほどのものだった。だが悲しいかな、相手の…上弦級の数があまりにも多すぎたのだ。
そしてこれは誇り高き鬼退治ではない。敗者は打ち捨てられ、無様にぼろ雑巾のように転がるしかないのだ。
クリムの叫びが雨の中虚しく木霊する。そんな中、黒死牟が辛うじて意識を取り戻す。
「……天の使い…クリム…ならば私はまだ生きているのか…」
「そうですよ!生きてるんですよ!!だから頑張ってください!!」
「…不覚であった…」
起きたと思ったらすぐに気を失う黒死牟。鬼としての再生力ももうほとんど残っていない。
「あ、ちょっと起きてください!!目を覚ましてください!!こんなところで死んじゃだめですよ!!」
クリムは決して忘れないだろう。彼らの雄姿を…スタンクが見せたドラゴンのごとき戦いぶりを…ゼルが見せた見事なまでの攻めを…ブルーズが見せた生命力あふれる奮闘を。そして上弦の鬼に恥じない再生力と長きにわたり鍛え抜かれた技をもって最後まで奮戦したが力およばず次の客が来る直前、黒死牟がもだえ苦しむようにガラスを両手で掻き毟っていた姿を…その黒死牟に地獄の餓鬼の如く、群がり覆いかぶさり貪る低級淫魔たちの姿を…
鬼:黒死牟
零
……地獄…餓鬼の群れ…これが罰…
* * * * *
「いやーやっぱ嫌なことを忘れるにはこういうのが一番だな。」
「結局こういう店に寄っちゃうわけですか…」
「そう固いこと言うなって、息抜き(イキ抜き)はたまには必要だろ?」
「いつも抜いているような気がしますけど、二重の意味で…」
「……同感だ…」
火山のふもとにある町に予定よりも早く着いた一行は、旅の途中で思い出した嫌な記憶を忘れるため、いつもの如くサキュバス店探しを行っていた。
そんな彼らだが、今は別段プレイの最中ではなく腹ごしらえを行っていた。
「火属性でもないのにこんな店に来るなんて、ほーんと好きねぇ♡熱くないのぉ?」
「熱い。」
「す、少し火力を落としたりできない?」
「無・理♡」
訂正しよう、これもプレイの一環なのかもしれない。
「何はともあれ早速。」
「あンッ♡」
箸でつかんだ肉を焼き肉の要領でサラマンダー娘の胸に当てる。すると内包される熱量により肉は見る見る焼き上がり、ちょうどいい焼き加減となった。
「うん、旨い!」
そうはいってみたものの、スタンクにはただエロいだけの焼き肉にしか感じなかった。もしも地球の日本という国の三元日にやっている格を決める番組のように目隠しをされて普通の焼き肉と食べ比べろと言われれば、まず正解する自信はなかった。
しかし違いが分かる者たちもいた。
「マジだ!!めちゃくちゃうめぇ!!」
「魔石なんかよりもはるかに濃厚な魔力が染みわたってますよ!!」
「……肉を焼いて食せば…効果が下がるとばかり考えていたが…これは確かに…寧ろ生肉よりも…」
「エロいだけじゃねぇな、ヤバいぞこれは…」
「火炎魔法じゃこんなに魔力は残りませんよ!!」
「……なんと…妖術でも不可能なのか…」
「ああ、普通は焼いた時点で分散してしまう。ここまでしっかり残ってるのは俺も初めてだ!!」
「この魔力厨共め…」
盛り上がりを見せる連中に危機感を覚えたスタンクは何とかエロに話を戻そうとする。
「フフ、この乳首の形が浮き出た焼き加減、実にエロくていいよなぁ。」
「ちょっとスタンクさーん…」
「ここもいいよな!!」
「いやそれどこの焼き跡ですか…なんか毛のようなものが?」
具体的にはアワビという貝類に似た形と毛のような何かが付いた肉だった。
「まだまだ!!暑さに耐えれるうちにガンガン行くぜ!フランクフルト二本くれ!!」
悪乗りは一度始まると加速し続ける。そんな中黙々と食べていた黒死牟は何かを思い立ったのかおもむろに動き出す。
「お、黒死牟もフランクフルトいっとくか?」
「……いや、それはいい…ただ確かめたいことがある…」
そういうや否や黒死牟はサラマンダー娘の体に手を当てる。
「あぁん♡ダ・イ・タ・ン…」
「……なるほど…確かに凄まじい熱量だ…童磨の冷気にも耐えうるやもしれぬ…」
「黒死牟さん!?」
「オイオイ何やってんだ黒死牟!?お前にかかってるのは日光に対する耐性で火には…」
慌てるゼルとクリムに対して黒死牟は感心したかのように感想を述べると、サラマンダー娘を触った方の手を上げる。その傷は既に塞がっており、見た目ではとてもやけどをした手には見えなかった。しかし熱はまだ残っているようで内部まで再生しているかは定かではなかった。
「ああ、そうか触れたそばから再生しているのか。いつ見てもとんでもない再生力だなオイ。」
「……その通り…だから直で確かめたかった…知らぬで後悔など…繰り返すべきではない…」
思い出されるは一週間前の苦い記憶。慢心の結果知らぬで負けたなどという言い訳などしたくもない。故に自分の体を張ってでも知るべきことは知ることにした。
「しかし熱い…そろそろ限界か。」
「俺もだ…息は耐えれるが暑さが和らぐわけじゃないからな。」
その後フランクフルトを使い一通り遊んだ二人だったが、如何に呼吸法をもってしても暑さ自体を緩和する効果などありはしない。
「クリムは…なんか別のところが限界って感じだな。」
「ほっといてください!!」
すっかり熱くなってしまった大太刀(意味深)を押さえながらも見るからに限界といった様子のクリム。
「ねぇどうするぅ?お兄さんたちぃ♪お望みならこの後別室に行ってぇ…抱くことも出来るわよ♡」
「「死んでしまうわ!!」」
当然の意見であった。彼らの剣(意味深)は耐火性があるわけではない。しかも失えば二度と帰ってこないのだ…というよりそもそも命の危機があった。
しかしサラマンダー娘は納得しない。
「えー?こんな半端なところでおあずけぇ?アフター半額でいいからさー」
「「そういう問題じゃねぇ!!命に係わるんだよ!!」」
「じゃあさそちらの天使ちゃんと六つ眼のお兄さんはどうかしらぁー?特に天使の子の方はすっごく辛そうじゃない!」
「え…あ…その…」
「別室行って続きしましょ?ね♡」
そういってサラマンダー娘はクリムを抱きかかえる。しかし不思議なことにクリムは体はもとより服すら燃えることが無かった。
「あいつ火耐性あんのかよ…」
「羨ましいな…てかあの服何でできてんだ?」
「……確かに興味深い…天の衣…実に不可思議だ…」
「あとそっちの六つ眼のお兄さんはどうするぅ?私以外にも持て余してる子はいるけどぉ?」
六つ眼のお兄さん…誰のことかは今更言うまでもない。大方先ほど触ったときに見た目上は火傷をしなかったので火に耐えられると判断されたのだろう。
「言われてるぞ黒死牟、どうするんだ?」
「今回は煽りじゃなくて引くべきだ。いくら再生力が高いといっても火が効かないわけじゃないんだ、あまり無理はするなよ。」
さすがに今回は自分たちも無理なので突っ込めとは言う気にならない二人。しかし黒死牟の返答は意外なものだった。
「……より詳しく知るいい機会か…良かろう…ここまで言われれば抜かねば無作法というもの…」
「さっすが!!乗りがいい人は好きよぉ♡」
「おいおいマジかよ…勇気は買うが、どうなっても知らねぇぞ。」
「い、一応言っておくがレビュー宜しくな…」
「……任せておけ…心頭滅却すれば炎も問題ない…」
一週間前に続き無謀なチャレンジを試みる黒死牟を見送る二人。ハッキリ言ってその背中は無謀な挑戦者にしか見えなかった。
鬼:黒死牟
七
……サラマンダーというのは実に不可思議な存在だ…鬼であれば血鬼術で…魔術師ならば妖術を用いて…同じように炎が出せるのであろうが…ただそこに存在し生きているだけで同じようなことが出来るとは…もしも太陽の力を…日の光を同じように扱える種族…生まれながらにして持った種族が存在するのであれば…奴がかつて私に言っていた戯言も少しは意味あるものやもしれぬ…ただ…まぐわうためには心頭滅却し業火に耐える必要があるとだけは…書いておこう
「……この世界には奴の戯言を真実にする者がいるのだろうか…いても可笑しくはないやもしれぬ…」
「最後までヤッたのか…お前…同じレビュアーズとして尊敬するよ。」
「ただ、言いたくはないんだけどな…」
「お前ら臭い!!」
「全身から焼肉臭がひでぇ!!」
「な…仕方ないでしょ!!」
「……解せぬ…」
戦いは数ですよ、兄上…
北米で打ち切りRTAをやらかしたヤベーアニメと毎週の展開が精神を殺しに来るヤベー漫画。最近はこの二つを交互に見ることでバランスを取っています。