「鬼殺隊レビュアーだったが…」抜かねば無作法な「世界に飛ばされた件…」   作:抜かねば無作法

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 サンテレビがやられたようだな…やべぇよ、やべぇよ…どうすんだよこれ

 しかし!岐阜と滋賀が援軍に駆けつけてきてくれた!!まるで無惨戦で次々と増援にやってくる柱みたいで感動します。



 ちなみに今回は遅刻したにもかかわらず、真面目回で申し訳ございません(この小説の存在自体が不真面目とは言ってはいけない)


世ノ理ヨリ外レシ者

 「…そろそろこれの処遇を決めぬとな…」

 

 黒死牟は『デミア魔道具店』と書かれた名刺を眺めながら呟く。レビュアーズ仲間である俗物共を誘うことは非常に簡単だろう。行ってみたいと言えばおそらく快諾してくれる。問題はその中の一人が怪しい魔導士の興味対象となっていることだ。

 

 「…しかし奴はどこに行ったのだ…店にはいなかったようだが…」

 

 魔導士の興味対象であるクリムを探しているのだが、食酒亭にはいなかったので、時間つぶしもかねて街中を探していたのだが見当たらない。どうも、あの分身使いの女からは危険なにおいがする。自分だけならば多少リスクがあろうが目的のためならば飲み込めるが、仮にも異界の上位存在の一員であるクリムをあの女に引き合わせて問題ないのかと多少心配はあった。故にどうするか聞いておこうと思ったのだが、こういう時に限って探し人は見つからないものだ。

 

 「…さすがにこのような場所に…一人では来ないか」

 

 なんとなしに歩いていたらサキュバス街に来てしまったが、如何に俗世に染まったとはいえ、誘われたわけでもないのにクリムが一人で来るはずは無いかと思い直す。

 

 「また来てねー可愛らしい天使さん♡」

 

 …聞き間違いではないだろうか、いくら何でもまさかそこまで世も末なことは無いだろう。宗教的に見るのならば仏陀が一人で遊郭に遊びに来ているぐらいにぶっ飛んだことが行われているようなものだ。

 

 「…まさかな」

 

 一応確認のために声が聞こえた方角に顔を向けてみると『動く魔法粘液プレイ マジカルローション』と書かれた店から嬢と、顔と頭上の輪っかを朱に染めた良く見知った顔が出てきた。

 

 「……」

 

 「あああ…誰に誘われた訳でもなく一人で遊んでしまった。僕はもう駄目だ…」

 

 黒死牟は考えるのを放棄した。しかし探していた以上声をかけないわけにはいかないので、本人確認の意もかねて話しかけることにした。

 

 「…何が不味い?言ってみろ…」

 

 「何がって…天使である僕が一人で自発的に来てしまったとか、もう堕ちるところまで堕ちたとしか…って黒死牟さん!?」

 

 急に話しかけられしばらく気づかなかったクリムだが、振り返ると見知った顔がありギョッとする。黒死牟もこういう場合どうすべきか分からず少々困り、両者の間で微妙な空気が流れる。

 

 

 「どうしてここに!あ、あのこれはですね…違うんです、違うんですよ!」

 

 「…私のような者が言うのも違うかもしれぬが…世も末だな」

 

 「言わないでください!言わないでください!!僕だって本当はダメだって分かってはいるんですよ…でも体が勝手に」

 

 「…なるほど…既に精神まで蝕まれ、手遅れであったか」

 

 「そういう黒死牟さんこそ今日は一人でサキュバス街に来てるじゃないですか!!」

 

 「…いや…私は貴様を探していただけだ…」

 

 「僕を?何かあったのですか?」

 

 「……その輪を治す可能性があるやもしれぬ場所についてだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 その後、先人たちの知恵を借りようとスタンクとゼルに話を持ち掛けようとこれまでのいきさつを説明したところ、クリムは盛大にいじられることになった。その様子を見て黒死牟は少し酷なことをしたかと感じた。

 

 

「そうか、そうかすでに一人でヤってきた後だったか」

 

 「な、何ですかっ!み、皆さんまで!!」

 

 「いやいや、別に馬鹿になど一切していないぞ。俺たちは嬉しいんだお前の成長がな。」

 

 「違います!し、仕事でしょ!?レビューも書きましたし!!」

 

 「いいや、もう完全にはまってるな。仕事じゃなくてもお前は行く」

 

 「…いわく…体が勝手に動いた…らしい」

 

 「な!?黒死牟さん!ばらさないでくださいよ!!」

 

 「ほれ見ろ、やっぱり依存症になってるじゃないか」

 

 「好き勝手なことばかり言わないでください!!そんなことより黒死牟さん、今日は話すことがあって集まったんじゃないですか?」

 

 「そういえばそうだったな、クリムの成長ぶりにすっかり話が流れていたが、話って何だ?」

 

 「…それを説明するにはこれを見る必要がある…」

 

 黒死牟はテーブルに何枚かの紙を置く。

 

 「これは、サキュバス店の広告か何かか。デミア魔道具店…これってもしかしてクリムが行った魔法店とおなじ系列か」

 

 「性転換の宿屋とも同じだな、魔導士デミアのプロデュース店だ。しかもこれ系列店じゃなく本店だ。」

 

 「何かと思えば新しいサキュバス店の情報じゃないですか。というか黒死牟さんどうやってこれ見つけたんですか?…っは、もしかして黒死牟さんも僕と同じで体が勝手に…だから一人でサキュバス街に来ていたんですか!!」

 

 「何だって!詳しく聞かせろ黒死牟。」

 

 「…いや…私は」

 

 「よく見たらこの店、魔法都市にあるみたいだな。しかも他の紙には地図にここからのルートが調べられて書かれてるし。」

 

 黒死牟の言葉を無視して一行はテーブルに置かれた紙を食い入るように読んでいく。彼らの中では黒死牟の行動は計画的にサキュバス店に行く熱心なレビュアーとなっていた。

 

 「どう見ても行く気満々じゃないか、黒死牟、お前…」

 

 「…何だ…スタンク」

 

 「どれだけ多くのサキュバス店巡り回って調べたんだ?魔法都市の情報とか俺も知らなかったぞ!」

 

 「さすが!クリムといい、覚えたての奴の性への情熱は違うな!!なんだか感慨深い気分になるぜ。」

 

 「…いや…これはクリムの輪を治す可能性で…」

 

 「いやいや、おかしいでしょ!!何でサキュバス店で輪っかの治し方が見つかるかもしれないとかなるんですか!?」

 

 クリムの突っ込みはもっともだろう。普通に考えれば体の一部が欠損したのに医者でもヒーラーでも修理屋でもなく、サキュバス店で治し方を見つけようなどと、頭がおかしいと言わざる負えない。

 黒死牟自身もぶっちゃけ自分の目的のためにサキュバス店に行くことになるとは思いもしなかったものだ。

 

 「あー俺も最初のころは何かに言い訳付けて、通ってたな。若いころを思い出すぜ。」

 

 「そうそう、それがいつしか生活の一部として自然に通うようになってさ。もはや懐かしさすら覚えるよ。」

 

 「…もう良い…」

 

 結局誤解が収まらず、自発的に行こうとしたということになっていることに黒死牟は困惑するが、次第にあれこれ言うのが面倒になり思考放棄することにした。

 

 「しかし、魔法都市は少々遠いな。ここからどれくらいかかる?」

 

 「…調べた限りでは早馬で4日程だ…」

 

 「なら、ケンタウルス輸送隊を手配するか…クリムお前はどうする?」

 

 「ぼ、僕は…」

 

 「遠慮するなって、お前もついていきたいんだろ?」 

 

 「は…はい!!」

 

 こうして男たちは本来の目的とは全く関係のない方向で、それぞれの目的のために動くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 「ほーこれが黒死牟が一押しする店か、なかなかレベルが高いじゃねぇか」

 

 街に来ている男たちが連れ歩いている女性を見ながらスタンクは感嘆の言葉を漏らす。美女で巨乳のお姉さんと3日間つきっきりでイチャイチャ生活が楽しめて、5000Gという新手の詐欺を疑う内容に内心心配していたスタンクであったが、街で歩いている男たちの顔を見るにその心配は杞憂であったと知る。

 

 「こりゃなかなかの大当たりなんじゃないか?初の10点満点もあり得るかもな。」

 

 「何だかみんなが同じお姉さんを連れ歩いてる光景って、よくよく考えなくても奇妙な感じですね。」

 

 「…確かにな…」

 

 奇妙なデザインの街に、待ちゆく人々が同じ顔をした女を連れ歩く光景は異世界にある程度慣れてきた黒死牟も感嘆の声を漏らす。

 

 「しかし信じられん、普通デコイ人形は一時のしのぎの身代わりでしかないのに…」

 

 「…本来はそのようなものなのか…」

 

 「ああ、昔捕まえた盗賊から聞いた話では普通のデコイの服を剥いだら乳も穴も何もなく、言葉も動きも単純なものなんだが、見たところ全てのデコイがとんでもなく精巧に形作られてる。こりゃとんでもないことだぜ。」

 

 ゼルは『透き通る世界』で周りのデコイを眺め感嘆の息を漏らす。微妙な違和感を除けば、それは生身の肉体そのもので、このデコイの術者がただ者でないことの証明になっていた。

 

 「…私も…これほど精巧な人形をこれだけの数を操る者は初めてだ…」

 

 上弦の弐であった童磨も大概狂った性能を持った人形を複数操ることが出来たが、さすがにこの街に来ている客全員分の人形を作ることは不可能だ。そんなことが出来るなら上弦の壱は童磨になっていただろう。

 

 「こりゃ黒死牟が言っていたクリムの輪を治す方法があるかもって話も眉唾じゃないかもしれねぇな。」

 

 「…最初からそう言っていたであろう…それを貴様らは」

 

 ムッとしながら黒死牟は呟く。どうやらサキュバス店に熱心な変態扱いされたことが、かなりキていたらしい

 

 「まぁそうカリカリすんなって。クリムも良かったな、気持ちイイことしながら治す手段が見つかるかもしれないなんて、レビュアーズの活動は祝福されたも同然だな。」

 

 天使の輪を治すための行為であるならばそれは神聖なことに違いないとスタンクは冗談交じりで述べる。信心深くはないスタンクだが、こういう時は調子よく便乗する。

 

 「すみません黒死牟さん、変に疑ってしまって。」

 

 「…いや、私も正直このようなことで見つかるとは思いもしなかった…やはり世界は広いというべきか…それよりも今回は貴様にとって有益なものになるやもしれぬが、同時に危険も伴う」

 

 「危険ってこれからどうなるんですか!?」

 

 危険という言葉に不安になるクリムに対して、黒死牟は説明を行うデコイを一瞥しながら呟く。以前、性転換の宿屋(上司の気持ちが分かる店)であった時とは髪型と色、そして胸の大きさが異なっており本当の姿というものが悟られないようにしているのだろう。しかしどこか狂気じみた雰囲気はそのままであったため同じ術者であることは確かだった。

 

 「はーいみなさーん今日もご来店ありがとうございます♡お並びの間に5000G、お釣りの無いようご準備願います♪」

 

 

 「…あの女からは不穏な空気を感じる…ゆめゆめ油断せぬことだ」

 

 「良くは分かりませんが、善処します。」

 

 「…さて鬼が出るか蛇が出るか…見ものだな」

 

 黒死牟は鬼狩りの柱と戦うときのような気持ちでこれからの出来事に臨む。

 

 

 

 

 

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

 「約束通り天使クンも連れて来てくれたのね、お姉さん嬉しいわ♪」

 

 「…こちらとしても目的があったため来ただけだ」

 

 人懐っこい笑みを浮かべながら話しかけるデミアに対して黒死牟は面倒くさいなと思いながら対応する。

 

 「んもう、つれないわね。それよりもこれからどうします?ガイドも出来ますのでこの都市の名所めぐりもバッチリですよ。それよりここまで長旅だったんでしょう」

 

 「…悪くはない…だが聞きたいことも積もりに積もっている…まずは落ち着けるところを探したい」

 

 「あー長旅でしたからね、先に宿を取りましょうか。それに私の方も公衆ではちょっとやりにくいことがありますしー」

 

 お互い人目を避けたいという利害が一致したため、二人はまず宿をとることにした。

 

 「…さて…ここでなら問題なかろう…早速ではあるが縁壱の居場所を教えてもらおうか」

 

 「そうねぇ…大体の場所は把握しているが確実にそこにいるかどうかは分からないってところかしら。最後に確認した場所自体は分かっているわ。もしも今もそこに住んでいるならばいるはずよ。」

 

 「……言っている意味が分からん…詳しく説明しろ」

 

 「そりゃ彼一人だけならば強力なモンスターがいる危険地帯だろうと問題ないかもしれないけど、奥さんと子供がいる状態でそれは難しいわよ。奥さんの方は普通の人間みたいだったし。」

 

 「……は!?」

 

 デミアの言葉は黒死牟に衝撃を与えるに充分であった。

 

 「見たところ彼女も転移者、しかも過去からの。それに他にも二人過去からと思しき転移者がいたわね、どうしてそんなことになったか非常に興味あるわ。」

 

 「…待て待て!奴が結婚?しかもどこかの領主に入ったなどではなく同じ時代の転移者だと…どういうことだ生前はそのようなこと聞き及んだことは無かったはずだが…」

 

 自分の知らない話を聞かされて、頭が混乱する黒死牟であったが、デミアは構わず話を続ける。

 

 「ほらほら早く現実に戻ってきて、とりあえず私が見て知ったことから話していくわよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 数年前…

 

 

 

 

 

 

 「追手が来たか、この村にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかぬ。気の毒だが…」

 

 (あ、これ本当にヤバい。上手く言い表せないけど本当にヤバい…)

 

 父から手下をやられたので様子を見てくるついでに、村人たちに見せ示して来いと言われ、全く乗り気でなくここに来たドラゴンことヘジンマールは見慣れない格好の剣士を見て己の死を確信する。

 全くこちらを脅威と認識せず、まるでそこら辺の草でも引っこ抜くかのように、こちらの命を命を摘み取ることが出来ると確信しているかのような所作。ゾワリとしたものがの全身を貫く。

 

 ―日の呼…―

 

 「お待ちを!!」

 

 喉への負担を完全に無視して、大声で咆哮すると、ヘジンマールは地面に頭をめり込ませる勢いで下げる。あまりの出来事に縁壱を含めた全員が唖然となる。

 

 「……?」

 

 「お待ちを!私の名前はヘジンマールと申します、あなた様のお名前を教えていただけないでしょうか!」

 

 「私は縁壱という者でしがない旅人だ。そなたのその姿勢、何の真似だ?」

 

 害は無いと判断した縁壱は刀を鞘に納め、話を聞くことにした。

 

 「そ、それはもう、縁壱様がただならぬ御方だと即座に理解できたからです。そのような御方にこれ以外のポーズをとることが出来ましょうか?いえ、できません!!」

 

 これは自分の人生を賭けた一世一代のギャンブルだ。もしもこれでも縁壱という剣士が自分を許さぬというのであれば、おそらく自分は死ぬだろう。そして、もしも縁壱という剣士が父を倒しきれなかった場合も同じく死ぬことになるだろう。それでもヘジンマールはこの行動が一番生存率が高いと判断した。

 

 「察するに、そなたはこの村を苦しめている輩の一味だと察するが…こちらに降伏するということで宜しいのか?」

 

 「ははぁ!縁壱様がそれを許してくださるのであれば!」

 

 「…私はこれよりこの村を苦しめている輩に話を付けに行くつもりだ。それを手伝うことも辞さないというのか?」

 

 「勿論でございます!!私も前々から悪いことは宜しくないと考えていましたので…」

 

 「縁壱さんコイツを信用するのは危険です!こういう奴は自分の都合が悪くなればすぐに意見を変えてしまいます!」

 

 ヘジンマールの言葉に縁壱の一行にいた少年が声を荒げる。ヘジンマールは肝が一気に冷えあがり、死が身近に迫り切っていることを痛感した。

 

 (ちょっ…不味い不味いってこれ!!折角命拾いしかけたと思ったらこの人何言っちゃってくれてんの!?死んじゃう、俺死んじゃうから止めて!!)

 

 縁壱という剣士が自分の言葉よりも、一緒に旅をしてきたであろう少年の言葉を信じる可能性は十分にある。正直もう駄目だとあきらめかけたその時、救いの手は思わぬところから現れた。

 

 「狛治さん、この方はとても怯えてます。信じても宜しいんじゃないんでしょうか?」

 

 「恋雪さん…しかしここに来る道中も妙な輩に何度か襲撃を受けましたのですよ。それに剣道場の奴らのことをお忘れになられたわけではないでしょう!奴らも手を出さないと言っておきながら自分の欲のために約束を破って…恋雪さんも…慶蔵さんも…」

 

 「父がここにおられましたら、きっと更生を望むはずです。だからどうか…」

 

 (助かった、マジで助かりそうだ!!本当にありがとうございます!あなたは天使、いや女神だ!!) 

 

 ヘジンマールは恋雪という少女の言葉にかつてないほどの救いを感じる。その優し気な眼差しも相まって彼の目には恋雪が女神のように思えた。

 

 「…すみません声を荒げてしまって…悪い記憶を思い出してしまって少し熱くなっていたかもしれません。確かにそうですね、慶蔵さんならばきっと…」

 

 恋雪の言葉を聞き狛治という少年は警戒を和らげる。自分もかつては病に伏せる父親のためとはいえ盗みを繰り返していた。そんな自分を救ってくれた人物ならばこういう時どうするか…考えるまでもなかった。

 

 「それでいい、狛治。争いというのは好ましくない。ヘジンマールよ…」

 

 「は、はい何でしょうか、縁壱様!!」

 

 「そうかしこまらなくてもいいのだがな、気軽に縁壱と呼んで欲しい。それよりも話を付けに行きたいので道案内を頼みたい。」

 

 『そんな気やすく呼び捨てに出来るわけないだろ!!』と心の中で叫ぶが、もちろん口には出さない。少しでも不興を買いたくないからだ。

 

 「是非とも私にお任せを!しかしここからでは少々距離があります。もしもご不快でなければ私の背に乗って移動していただくことも可能ですが…」

 

 「よろしく頼む。すまぬが狛治、私が留守の間ここの守りを頼めるか?」

 

 「はい!この命に代えましても守り抜くと誓います!!」

 

 力強く答える少年の言葉に対して、縁壱は困ったような顔を浮かべる。

 

 「命は簡単に投げ捨てるべきではないぞ、お前が死ぬと悲しむ者がいるのだから。すまぬがうたよ、ここで皆と待っていてもらえるか。」

 

 「縁壱…言っても無駄かもしれないけど、あまり危ないことはしないでほしい」

 

 縁壱の妻と思しき女性は心配そうに縁壱を見る。そんな妻を縁壱は優しげな眼で見ながら答える。

 

 「うたよ、心配するでない話を付けに行くだけだ。」

 

 「でも…」

 

 「我らは異なる世界から来訪した者。あまり騒ぐべきではないのは分かってはいる。だが、ここの状況を見過ごすわけにはいかぬ。」

 

 縁壱は村の様子を見渡す。人間以外にもいくつかの種族がいたが、皆等しく疲れ、あきらめに似た目をしていた。

 

 「それに私たちは既に圧政を強いる者たちと戦ってしまっている。どのみち決着を付けねばなるまい。」

 

 ここに来る前に縁壱達を襲った哀れすぎる集団のうちの一つは、普段は村の住人たちが反逆をしないか見る仕事があった。しかしこの地とはかけ離れた東方の地に住む人間に似た顔立ちが突然やってきたため、外部勢力の侵攻の可能性を考慮して念のため消しておこうと襲った。

 結果は…わざわざ言う必要は無いだろう。一つだけ言えるのは、うたと恋雪に配慮して狛治と縁壱は頑張ったということだ。

 

 「ちゃんと帰ってきてくれよ…」

 

 「ああ、私はそう大層なものではないが今度こそ守り通すために必ず帰ってくると約束する。後は…ゴンド殿はどうなさいます?」

 

 縁壱はこの旅に同行していた唯一の人間以外の種族である、ゴンドという名のドワーフに質問する。

 

 「儂は付いていくぞ。」

 

 「ゴンド殿、これより先は命の保証は出来かねます、この村で待機していただくことは出来ませぬか?」

 

 「ぶわっはっはっは!!何を言うかと思えば、今更危険は承知の上じゃ。それにまだ儂はお主から報酬を貰っておらん、剣の極み、それを見るのがその剣に対する儂への報酬なのじゃからな!!」

 

 ゴンドは縁壱の腰にある自分が打った刀に視線をやりながら豪快に答える。説得は無理そうだと判断した縁壱はため息を吐き条件付きで許可することにした。

 

 「危険だと感じたらすぐに退散することを約束できますか?」

 

 「よいぞ、しかしそう簡単に向こうが逃がしてくれるかは疑問じゃがな。お主こそ儂が人質に取られても躊躇うなよ!!これは儂のわがままでもある。」

 

 「えーっと、話は纏まりましたでしょうか?」

 

 「ああ、道案内を頼む。」

 

 その言葉と共にヘジンマールの縁壱とゴンドはヘジンマールの背に乗る。一瞬、ヘジンマールの意識が遠くなる。絶対的な捕食者が背に乗って冷静でいられる生物は少ない。四肢がガクガク震え、肺が荒々しく酸素を取り込もうとする。

 

 (こういうのを人型種族たちは、死神の鎌を首に当てられているとか言うんだろうな。今の状況はまさにそうだ…)

 

 唯一の救いは縁壱が殺気や敵意というものをこちらにあびせてはきていないということだった。もしもそうであったならば自分は確実に漏らしていただろう、そうなって不快感を与えずに済んだのは本当に助かったと思えた。

 

 「そ、それじゃあ行きますよ。」

 

 「龍に乗ることになるとは…人生とは分からぬものだ、やはり世界は広い。」

 

 感慨深そうに一人呟く縁壱とは対照的に、ヘジンマールは恐怖を必死に押し殺し、羽ばたく。

 

 

 「縁壱…どうか無事で帰ってきておくれ。」

 

 「大丈夫ですよ、うたさん。縁壱さんは負けない…絶対に。」

 

 「そうですね、あの人はとても強くて、凄く優しい方です。だから必ずうたさんのもとに帰ってきますよ。」

 

 空へと飛び立った縁壱たちを心配そうにうたは見つめる。

 一方の狛治はかつてこの世界で初めて縁壱に出会った時のことを思い返す。彼とは前の世界で邂逅することは無かった、しかしかつて人ならざる種族であった時の記憶から彼がかつての上司にトラウマを植え付けた剣士であることは察せられたため、会った時は絶望感に襲われた。

 実際に目の前にして、戦ってもまともに時間すら稼げないと直感で判断した狛治は事情を正直に話し何とか恋雪だけでも見逃してもらえるように頼み込んだが、彼は『守るべき者がいるのならば…絆を結んだ者がいるのであれば、その者のために生きよ。お前はもう鬼ではないのだろう。』と言いそれ以上の追及はしなかった。

 結局その後、恋雪からは『勝手に一人で死のうとしないでください!』と凄く怒られたのだが、狛治は縁壱が強い以上に、自分の師と同じ温かい人物だと理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「とまぁこんな感じよ。」

 

 「…奴にそのような存在がいたとは…聞いたことが無かった…いや、あの時の私は知ろうともしなかったのか」

 

 憎くて憧れた存在の意外な一面を聞かされた黒死牟は感慨深そうに言葉を吐く。しかしデミアからはさらに衝撃的な言葉が飛び出す。

 

 「ちなみに今はお子さんもいるわよ、おめでとうオ・ジ・サ・マ♪」

 

 「…何…だと」

 

 朗報、かつて親戚のおじさんムーブしていた黒死牟、自分が知らない間に本当に親戚のおじさんになっていた。

 

 「固まっているところ悪いけど話続けるね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで敵のアジトまで乗り込んだ縁壱は

 

 「ほう…我に物おじせぬとは、聞くだけ聞いてやろう、何が望みだ?」

 

 「私の家族に危害を加える者は、何人であろうとも容赦はしない。だが、私は本来この世界にあまり深く関わり過ぎるべきではない者だ。故になるべくならば穏便に済ませたい。望みは村人たちを苦しめるのをやめて欲しい、ただそれだけだ。」

 

 「フ…フハハハハハ!!我に向かって我に向かって大言壮言を吐きおる。まるで勇者気取りだな。」

 

 「私はそのような大した者ではない。聞きたいのだが、この世界では様々な者たちが共存しあっている、無論龍も含めてだ。なのになぜお前たちはそうしない、何か理由があるのか?」

 

 縁壱としては本能的な生物の縄張りのようなものがありこのドラゴンもそれに従っているだけだと考えていたので、そこまで手荒なことは避けたかったが、相手からしてみれば教会の最大戦力でもない勇者や大将軍でもない見知らぬ男の言葉は滑稽に思えた。故に笑いながら答える。

 

 「決まっておろう、強いものが弱いものを支配して何が悪い。それを歪める教会や国家の犬共こそ異常者なのだ。それに虫けら共が必死に足掻いている姿はなかなかに楽しめるものだぞ、その必死さが奴らがため込んだなけなしの宝をより美しくするのだからな。」

 

 「…弱肉強食という考え自体は自然の摂理として百歩譲って許容しよう。だが、人々を苦しめること自体の何が楽しい?何が面白い?命を何だと思っているんだ。」

 

 「つまらぬ虫けら共の命が我の楽しみになるのだから、むしろ感謝すべきであろうに。それに今も一つ楽しみが出来たぞ!貴様を殺した後じっくりと恐怖を刻んでからあの村を滅ぼしてやる、見せしめの意味も込めてな。」

 

 「…この世界の穢れか。」

 

 この世界は自分が想像もつかなかったほどに、あらゆるものが美しい。自分が生きた戦国の世とは違い、あらゆる種族が平和に共存しているこの世界に妻と共に来ることができたことに対して、為すべきことを果たせなかった自分にはもったいなさ過ぎると感じているくらいだ。

 しかしこの美しい世界にもそれを汚す存在がおり、あまつさえ妻をも殺そうとするのであればもはや言葉も容赦もいらない。

 

 「分かった、もういい…」

 

 縁壱から短く呟かれた言葉は驚くほど冷ややかな声なのに、感情の波というものが一切感じ取れなかった。それが途轍もなく不気味で怖かった。ヘジンマールもゴンドはもちろん、この地から離れた場所で様子をうかがっていた者さえ背筋が凍りつくような錯覚に陥る。

 

 そしてその時は突如訪れた。

 

 

 ―日の呼吸―

 

 その剣士が振るう赫刀は実に流麗な軌道を邪龍の体に描き、瞬く間に体の重要な臓器を実に正確かつ鮮やかに切り裂いた。その動きは時間にして瞬きをする間もあったか怪しいほどのものだったが、その場にいた他の者たち…この地から離れた場所でドワーフを通してみている者も含め全員が己の体内時間を極限まで圧縮して見惚れていた。

 

 それは邪龍の体をキャンバスとした一つの芸術の到達点だった。

 

 それは一つの剣術の到達点だった。

 

 それはまるで一体の精霊…いや、神の化身がこの地に降臨したかのようだった。

 

 

 (何が起こったというのだ!?殺気や敵意も一切感じられなかった!!いやそもそもいつ刀を抜いたのだ?…いやそんなことよりも斬られた所を再生せねば…)

 

 ドラゴンの生命力は強い、普通の生物ならば確実に死に至るであろう急所への同時破壊も致命打には至らず、再起することも場合によっては可能だ。ましてや自分は龍種の中でもとりわけ強い個体だ、この程度ならば死には至らないはず。

 そう思い体内のエネルギーを傷の再生へとまわす。しかしその時ある異変に気付く。

 

 (傷の治りが遅い!どういうことだ、俺は光、毒…いや様々な属性に対しても耐性があるはず!何だというのだこれは?)

 

 再生自体は出来ているが、自身の予想よりも若干遅いのだ。まるで傷口を何かを詰められて再生が邪魔されているような感覚。本来ならば自分はそういった攻撃に対しても耐性があるはずなのだ。だが、この痛みは決して幻覚などではない。

 それでも彼は知ることは無いが、これはまだ幸運な方だった。もしも光に弱い種族ならば彼はこの何十倍も苦しみ悶え、傷口を永続的に浸食され続けたのだから。

 

 (駄目だ間に合わない…このままでは!!)

 

 足掻くため攻撃に転じようとも、剣士の初撃で体の重要機関は全て損傷しているためすぐには出来ない。

 そして当然ながら相手もそれを待つほどお人よしではなかった。

 

 (そうか、これが死…圧倒的強者による搾取。)

 

 自分がまだ幼き頃、生存競争を経るときに感じたあまりにも久しい感覚。その感覚が心を支配する中でも彼は自分でも驚くくらいに比較的穏やかだった。種族共存を謳う下らない教会の尖兵共に殺される最期よりも、圧倒的に強い個に敗れる方がまだ自分らしくていい。

 

 

 

 

 

 「おお…何という事じゃ…太陽の神…日の神が降り立って…」

 

 ゴンドは滂沱の涙を流しながら、呟く。彼は元々縁壱という作家が自分の作った剣という名の筆がどのような芸術を描くかを見たいがために、刀を無償で作り、無理を言って旅に同行したのだが、今彼の目の前で描かれた作品は想像をはるかに超えた雄大さと美しさを兼ね備えたもので

 

 (勝った!俺は勝った!!生き残ったんだ、マジで降伏して良かった!にしてもあれだけ強いんだったら最初に言ってくれ…って戦いもせず降伏した俺が言うのも変か。)

 

 「そう大層なことではない、勝負は時の運であった。もしもかの龍の動きがもう少し早ければ死んでいたのは私かもしれん。正直背筋がひやりとしたものだ」

 

 

 (いやいや、絶対嘘だろ!!)

 

 ヘジンマールは確信した、もしも先に攻撃したのが父親であったとしても、多分縁壱は普通にそれに対処し、結果は何も変わらなかっただろうと。

 

(あーでも、降伏して正解だったなぁ。こんなとんでもない人がちょくちょく現れる世界だったらどの道俺たちのような組織は遠からず滅んでただろうし。)

 

 胃がキリキリと痛むのを我慢しながらもヘジンマールは安堵していた。

 ここに来る道中彼は元居た世界でさぞ名のある剣士であったのだろうと褒めてみたところ、『いや、私はそう大した者ではない。為すべきことも成し遂げられず守りたいものも守れなかった者だ。私程度の才覚を凌ぐ者など今この瞬間にも産声を上げている。』と返事が帰ってきたので、ヘジンマールは『アンタみたいなのがそうそういてたまるか!』と言いたいところであったがそこに突っ込むのは服従した身では野暮というものであろうと自粛した。

 

 (もし縁壱様が言ってることが本当だったらヤバすぎだろ…日本とかいう場所…)

 

 縁壱の音色からは嘘が全く感じ取れなかったため、もしも彼の言うとおりであるのならば、縁壱レベルの人物は彼の世界ではそう珍しいわけではないということになる。彼がいた世界からは転移者が時たまやってくるとかつて話には聞いていたが、そんな修羅の国の人員が敵に回るならばここで大人しくする意志を見せて、静かに暮らすのは大正解であったと言えよう。 

 

 (でもこの組織まだ残ってるところあるんだよな~)

 

 警備を担当していた悪魔は自身の話を聞いて、既に可能な限りの資産を持ってここから離れているだろう。

 彼曰く『私が対処するように契約を結んでいるのは教会関係者と国家関係者だけです。無所属の転移者相手に関しましては契約に含まれておりませんので、これは契約違反ではございません。問題があるとすれば契約内容に転移者に対する対処を入れなかった頭目にこそございます。』と実に悪魔族らしい言い分であったが、もしかするとこの機をずっと待っていたのではないかと邪推したくなる手際の良さだった。

 

 「と、ところで縁壱様、残党に関しましてはいかがいたしましょうか?」

 

 「そうであったな…逃げた輩に関してはこの世界の者たちを頼るほかない。散り散りに逃げた者を全員捕まえることは私にも不可能だ。」

 

 『アンタだったら逃げた輩全員追い詰めて処分できそうだがな』と思ったがそれが主の望みであればそうしようと思った。

 

 「いや、私はそのようなものは望まない。私はこの美しい世界で、今度こそ家族と静かに暮らすことだ。小さな家がいい、愛する人の家族が見え、手を伸ばせばすぐに繋げ届く距離。それが私の望みだ。」

 

 「(この人それマジで言ってんの!?あんなに強いのに!!)で、でしたら今回の件は組織の内乱で滅んだということにしておきましょう。それであれば縁壱様が目立つことはございません。」

 

 「ああ、そうしてもらえると助かる。私たちは本来この世界に深く関わり過ぎるべきではない存在だ。」

 

 一応今回の戦いで何かあった時のために組織にいた悪魔との連絡手段をヘジンマールは持っているため裏工作は可能だろう。当然のことながら有名にならないためには、村に労働させるために繋がりがあった役人どもも目立たぬように処理しなければならない。目立てば教会の連中が来てしまう恐れがある。

 その作業を考えるとまた頭痛と吐き気がしてくるが、やらないわけにはいかない。失敗したら命が無いものだと考えるほかないだろう。

 

 「かしこまりました!!この全身全霊を以て、御身のために働かせていただきます!!」

 

 「太陽の神が降り立って…何と美しいのじゃ!!」

 

 「…私は何かしでかしてしまったのであろうか?」

 

 未だに滂沱の涙を流しながら自分の世界に入り浸るドワーフと恐怖と胃痛で震えるヘジンマールを見て縁壱は心底不思議そうにつぶやく。

 無論、縁壱は自分が前の世界で常人よりも丈夫に生まれたことは知ってはいるが、ここは見たことも聞いたこともない種族や景色が数えきれないくらい存在する世界だ。なので自分程度の存在など全然珍しくもなんともないと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…とまぁ私が知っている範囲はこんな感じよ。あれだけの力を持っていながら望みが、『今度こそ家族と静かに暮らすこと』だの『愛する人の家族が見え、手を伸ばせばすぐに届く小さな家がいい』って言うんだからびっくりしちゃうわよね」

 

 「…奴らしいといえば、奴らしいな…昔から欲というものがまるでなかった」

 

 自分の知っている縁壱要素が出てきたことに対して黒死牟はどこか安堵する。特に本人は控えめなつもりなのに、ぶっ飛んだ行動をするのは昔から変わっていないという点に懐かしさすら覚える、これぞ自分の知る縁壱だ。

 

 「それで今度はあなたの番だけども、あなたは私に何を望むのかしら?」

 

 「……私の望みは――」

 

 デミアの話を一通り聞いた黒死牟は自分の望みを答える。かつてやりきれなかった望み、そのための第一歩。

 

 

 「…可能だと貴様は考えるか?」

 

 「ん~何とも言えないわね、転移者の中でもあなたのような種族は初めてだから…って普通の魔導士なら言うところでしょうけど、この私にかかればそんなに難しいことじゃないわよ。とりあえずあなたの体組織を採らせてもらえるかしら?」

 

 「…良かろう」

 

 デミアは持ってきた注射器を黒死牟に刺し、血を採取し始める。その最中にデミアはある疑問を問いかける。

 

 「でも、いいのかしら?多分私だったら欠点だけを解決した状態に仕上げてあげることも出来るけど。」

 

 「…いや、これで良い…これでなくては意味がない」

 

 「随分と物好きね。まぁ、気が変わったらいつでも言ってちょうだいね。」

 

 デミアには黒死牟の考えがまるで理解できなかったが、生態サンプルさえ手に入るならば特に気にすることは無いかと割り切る。それに黒死牟の願いはこの生態サンプルから開発できるかもしれない薬を作るうえで通るであろう道であったためその被験者として最適だと考える。

 

 「…それと可能であればこの痣の副作用を治す薬も作れるか?」

 

 「縁壱サンにも同じような痣があったけど、それってやっぱり何か意味があるのね。」

 

 「…これは力が増す寿命の前借だ…これに酷い形で覚醒してしまった者がいる…さすがに不憫だ」

 

 思い出すも忌々しい出来事である『淫魔の狂喜乱舞』での醜態、その際に痣に覚醒してしまった者がいた。黒死牟としても戦いや修練の過程で痣に覚醒してしまうのであれば特にどうこうするつもりはなかったのだが、さすがにあのようなことで寿命の前借をしてしまうのは戦士としてあまりにも不憫に過ぎたので、可能であれば治療法を頼むつもりだった。

 

 「見たところあなたはその寿命の前借から逃れているみたいだから、この血から解決策を探ってみるとするわ。」

 

 試験管に移された血を眺めながら妖艶な笑みを浮かべるデミアに対して、黒死牟は本当にこいつに任せて大丈夫なのかと感じた。

 

 「それで提案なんだけど私があなたの望みをかなえることが出来たら一つ頼みたいことがあるのよ。もしもあのイレギュラー君と戦うことがあるんだったら、血を少しでも採ってきてくれたらありがたいなって。」

 

 随分と無茶なことを言うもんのだと黒死牟は思った。今まで戦いで傷を負ったことが無い相手から血を採って来てほしいとか、そんな余裕はどこにも無い。

 

 「…一応善処してやろう」

 

 「頼むわね♪」

 

 「…しかしなぜ奴にそこまで拘る?貴様のことだ、単に物珍しさや強さの秘密を解き明かしたいだけではないだろう」

 

 「そうねぇ…簡単に言うと彼が世界の法則から明らかに外れた存在だからかな。どう考えても彼って前の世界の地球じゃ生まれそうにない存在でしょ?だから世界の法則から外れるってどういうことか調べてみたいと思ったわけ。」

 

 「…世の理を乱す者か…その点については同意だ。」

 

 「それにこのお願いはあなたにとっても悪いことじゃ決してないと思うわよ。彼の生態サンプルがあればあなたを"縁壱″にすることも出来るかもしれないわよ。」

 

 

 その言葉を聞き、黒死牟は目を見開き固まる。デミアが言った提案、それはまさに黒死牟がかつてずっと抱いてきた願いそのものだったからだ。デミアはさらに悪魔の笑みとも言うべき表情を浮かべ、その方法を説明し始める。

 

 「クローン技術というものがあって…あ、クローン技術っていうのは簡単に言うと生物の体から採れる設計図を基に対象と同じ肉体を製造する技術のことなんだけど、これがあればあなたも"縁壱″になれ――」

 

 

 

 ―月の呼吸― 壱ノ型 闇月・宵の宮

 

 デミアの言葉を最後まで待たず、黒死牟は腰に差した刀を反射的に抜刀して横薙ぎに一閃する。月輪の斬撃がデミアを両断し、二つに分かれた体が音を立て床に倒れた。

 

 「…それ以上は貴様には関わりのないことだ…」

 

 倒れたデコイを一瞥すると少しだけピクリと動くが、やがて活動を停止したのか動かなくなり、煙のように霧散する。しかし黒死牟は油断することなくドアの方をにらみつける。

 

 「あらあら、随分と乱暴するわね。普通だったらこれでサービス終了なんだけど、今回は私が誘った身だし、先に不躾なこと言ったから今回はカウントしないわ。」

 

 「…貴様の下らん遊びに付き合う気はない」

 

 「ごめんごめん、お詫びにあなたにかけられていた防護魔法をもっと強力なものにしてあげるからさ。」

 

 黒死牟は自身の刀に目をやる。刀の一部が窓から差し込めた日光によって焼き切れており、防護魔法を一部解除されたことを認識する。

 

 「…前の人形の仕業か…」

 

 「正解、私のデコイはリョナプレイにもある程度耐えられるように作られてるのよ。だからあなたにかけられた防護魔法を解除するくらいの時間は十分にある。ちなみにこの街にはどれくらいのデコイが存在しているでしょーか♪」

 

 

 性転換の宿屋(上司の気持ちが分かる店)で体液(意味深)を採取したと言っていたが、既に自身の弱点と自分にかけられた防護魔法の種類も把握済みだったのだろう。そしてこの街に存在している人形の数からいって自分を太陽で焼き殺すのは訳が無いだろう。

 覚悟はしていたが罠ともいえる環境に自ら飛び込んだことに対して少々迂闊過ぎたかと考える。

 

 「…食えない女だ…気味が悪い」

 

 「でもあなた分かってここに来たんでしょ?罠に飛び込んでも成し遂げたい何かがあるから…っとこれで今までの防護よりもさらに強力になったわよ。」

 

 「…貴様のことだ…奴にも同じようなことをしたのであろう?」

 

 「あの時はもうちょっと手荒かったわね。色仕掛けが絶対に無理そうだったから、戦闘用に調整したデコイを十数体送り込んだわよ」

 

 「…奴にとってはいい迷惑だな」

 

 黒死牟は縁壱に同情した、こんな狂人に目を付けられるなどハッキリ言ってたまったもにではない。送り込まれたデコイについてはどうなったか聞かなかった、聞かなくても大体察せられるからだ。

 

 「失礼ね、ちゃんと後で回復魔法をかけて、その上でお詫びに異世界の暮らしを裏からサポートするつもりだったわよ…でも見事に瞬殺されたわ。本体で行ってみようかとも考えたけどいくら何でもリスクが高すぎるから、その場は〝目〟を付けるだけにしたの。後は最悪寿命で死ぬのを待って遺体からサンプルを頂戴すればいいかなって♪」

 

 「…正直貴様は依頼を達成したら死んで欲しいと願う」

 

 「ひっどいわねぇ、これでも彼が安心して暮らせるよう裏から手を回したりしてるのよ。その対価にちょっとだけ貰うのよ。」

 

 「…貴様と話していると頭が痛くなりそうだ」

 

 かつてはこの世に生まれてこなければよかったのにとさえ思った弟に対して幼少期ぶりに本気で同情した。

 

 「そんなことよりもまだ生体(表記揺れ)サンプルで採り終えてないものがあるのよ、それを採らせて頂戴な♪」

 

 「…血は既に採り終えたであろう…肉も必要なのか?」

 

 「違うわよ、採りたいのはあなたの精液よ」

 

 「……」

 

 曰く、血液と同じで生物の全情報が入っている液体で、初見のサンプルを知るためにこれほど適したサンプルは無いとのことだった。その話通りならばクリムもスタンクの言う通り気持ちイイことをしながら治す方法を模索されているということだろう。あの天使(割と穢れた)がこの狂人の本質を見ないままでいられそうなのはいいことだと言える。

 

 「…貴様のような輩に無作法というのは憚られるが…目的のためであるならば…抜かねば無作法というものだろう…」

 

 黒死牟は釈然としないながらも、目的のためならやむなしと先ほど抜いた刀とは別の刀(意味深)を抜くことを決意した。




 長くなったのでちょっと分割。

 縁壱ってどこまで盛っていいんだろう?
 デミヤさんってどこまでマッドにしていいんだろう?

 さじ加減が分からん…

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