「鬼殺隊レビュアーだったが…」抜かねば無作法な「世界に飛ばされた件…」   作:抜かねば無作法

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 この三週間近く、いろいろなことがありました。
 9話の後藤さん(強)による酷過ぎる(誉め言葉)魔法詠唱に唖然としたり、クリム君のエロさに感動したり、無惨様が老人になり下がった挙句、汚いミーティ…もとい無ーティになってしまったり、『死罪が怖くてサキュバスが抱けるか』という新たなパワーワードが誕生したりといろいろありました。

 …とりあえず遅刻すみません。


世ノ理ヨリ外レシ者(後編)

 「あなたのここ…本来あったはずの何かが抜けているみたいだったからそこをいじくってみたらずいぶん面白いことになりそうね♪」

 

 「…貴様…よもやそこまで…」

 

 何故黒死牟が窮地に陥っているのか、それはデミアが自身の魔力を黒死牟の体内で循環することで、鬼舞辻無惨が自身以外のすべての鬼に仕込んでいた呪い…この世界に来て外れていたそれをデミアは簡易的に再現したためだ。

 

 「安心していいわよ、呪いを再度植え付けたとかそのようなことはないから。フフフ、だから心置きなくいっぱい気持ち良くなってねーそれそれ♪」

 

 「…ぬ…このようなことに屈する…私では…」 

 

 しかし無惨製の呪いのように死んだり大きく傷がついたりするようなものではない、せいぜい『悔しい、でも感じちゃう』となってしまう程度だ。本当にやばいものであるならば黒死牟もなりふり構わず反撃に出る。デミアはそのぎりぎりのラインを楽しんでいた。 

 

 「さっすが元上弦の壱さん、我慢強いわね。でもあとどのくらい持ちかしら?」

 

 「…ぬかせ…私を倒したくば…今の三倍は…何‼」

 

 「そっか三倍必要なんだ、じゃあお望み通り三倍にしちゃおうかしら♪」

 

 「まだだ…まだ終わらぬぞ…」

 

 「強情ね、いいことを教えてあげるわ。あなたが相手しているデコイは普通の客相手するときの6倍は魔力を込めてるの、ガチの戦闘ならそれでも難しいでしょうけど今の状況ならどうでしょうかね?」

 

 デミアの言葉を聞いた黒死牟は冷や汗が流れ落ちる感覚を覚える。しかし彼も侍を志した身、ここで果てる気はない。もう二度と生き恥をさらさぬと決めたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「散々絞り尽くすとはな…全く以て度し難い…」

 

 「ごっめーんちょっと珍しいサンプルが手に入りそうだったから気合はいちゃっただけなのよー許してくれないかしら♪」

 

 「…ここまで…誠意も何もない謝罪は初見だ…清々しさすらある。」

 

 血だけでなく半透明の白い液体も散々絞り尽くされた挙句に見せられた、誠意を全く感じさせないいたずらっぽい笑みの謝罪に対し、黒死牟は怒りを通り越し呆れすら覚える。

 

 「そもそも…本当に…それほどの量が必要なのであろうな?」

 

 「当然よ、新薬の開発にはサンプルがたくさんいるものなのよ。」

 

 どんと胸を張って自信満々に答えるデミアに黒死牟は『胡散臭いなコイツ』といった目を向けるが、よくよく考えればデミアが胡散臭かったのはすでに周知であったため、考えても仕方が無いと結論付ける。

 そもそも彼女以上に自身の目的のための物を作れる可能性がある存在を知らないため、頼らないという選択肢はない。

 

 「…此度は何も言わぬが…下手な利用を考えるのであれば…その時は…」

 

 「使わない使わない、ちゃんとした目的にしか使わないから。ちょっとは信用してよ♪」

 

 「…信じられる…間柄では無かろうに」

 

 「えーそんなこと言われるとお姉さん哀しいわ。じゃあさじゃあさ私が知ってることもっと教えてあげる。そうね、例えばあなたが生きた時代よりも後のことを話してあげようか?」

 

 「そのようなもの…私には必要ない…向こう側など…」

 

 黒死牟はこの世界には興味を持っているが、それはあくまでもこの世界に可能性を見出したからであって、元居た世界そのものにはそこまで未練はない。それに縁壱がこちらに来ているならば猶更聞きたいことなどない。

 

 「あら、あなたが死んだあと向こうの世界はとんでもなく変わったのよ。特に戦いについては太陽と同じ原理の爆弾だっていう核爆弾とか凄いわよ。」

 

 「何⁉…日輪と同じだと…詳しく聞かせろ…」

 

 日輪と聞き黒死牟の目が変わる。もはや性であるのかもしれない。

 

 「いいわよ、といってもこれは私も又聞きだし話してくれた人も作ってたわけじゃないってところだけは注意してね。」

 

 曰くその爆弾は太陽が活動するにあたっての反応と同じ核融合なる現象を起こし、数百、数千万の命を奪うことも可能で、さらに放射能という長きにわたり残る匂いも色も何もない毒を広範囲にばらまくという。正直聞いていて信じられ無い程だが、短い付き合いながらデミアがこういった事柄に対しては嘘はつかないだろうということぐらいは理解できていたため恐らくは真実なのだろう。

 

 「日輪の力を…爆弾に…やはりにわかには信じがたいが…事実であるならば…もはや剣技など意味をなさぬ世界になり果てているというのか…無常な…縁壱…貴様の言う…たどり着く場所が同じというのはこのような意味であったのか?」

 

 自身がずっと目指していた日輪の力が、まさかまさかの技も魂も不要な爆弾になり果て、刀など完全に駆逐され、弟の言っていた戯言が歪んだ形で顕現したとしか思えぬ時代にえも言えぬ悲しさと無常さを覚える。しかし話はそこで終わらなかった。

 

 「まだ他にもあるわよ。あなたたちの時代って月を眺める文化ってあったかしら?多分あったはずだとは思うけど。」

 

 「…ああ…」

 

 当然だ、自身の呼吸の名の元となったのは空高くに浮かぶ月が元なのだから。しかしそれを知ってか知らずかデミアはとんでもないことを口にする。

 

 「あなたが死んでから50数年後に人類は月に行くことになるって言ったらどう思うかしら?」

 

 「待て待て…それは何の比喩だ…まさか月とはあの空高くに浮かぶ月のことではあるまいな‼」

 

 自身の生きていた時代では神聖なものとして扱われていた月に人が行ったなど、さすがにそれはないだろう思うが、先ほどの信じられ無い爆弾の話を聞くとあり得ぬとは言い切れなくなる。

 

 「アポロ11号とかいう宇宙船があるんだけどそれが人を乗せて…ああ、あなたにもわかりやすく言うなら空高く飛べる船が月に行ったという感じね。ってちょっと大丈夫?」 

 

 「月に…人が…太陽の爆弾…あり得ぬ…私が求めたのは…そのような…歪んだ形…ではない」

 

 あまりにもそれまでの常識からぶっ飛んだ、それこそ文明開化における技術の進歩のスピードすら超えた自身の世界のその後を聞いて黒死牟は若干放心状態になる。戦国時代生まれには少々刺激がきつすぎたようだ。

 

 「…ともあれ…人が太陽の力を…手にしたというのであれば…鬼などもはや闊歩できぬであろう…まぁ今更私が気にすることではないが」

 

 そこまで人間の技術が進んだ世界ならば鬼は鬼殺隊が存続していようがいまいが、駆逐される運命にあると黒死牟は悟った。恐らくは鬼の首領である鬼舞辻無惨も生きてはいまい。だがそのことに対して特に思うことは無い、もう黒死牟は鬼には興味が無いのだから。

 

 「私からすればあなたの弟の方がよっぽどトンでもな存在なんだけどね。核兵器や宇宙船はあくまでも向こうの世界の法則の範疇の中で作られたものなのに対し、聞く感じだと縁壱サンは向こうでもその強さだったのでしょ?法則も何もあったもんじゃないわよ。」

 

 「奴については…今更驚きはせぬが…貴様にそこまで言わせるとはな…他にはどの様な話がある?」

 

 「おや、興味が無かったんじゃないのかしら?」

 

 「…ついでだ…聞いておけるものはすべて聞いておく…」

 

 「いいわよ、もともと私を講義目的で借りる人もいるくらいだし。」

 

 その後も黒死牟はいろいろな話をデミアから聞くことになった。曰く人間が片手で手持ち出来る電話、曰く様々な種類の光を出す装置がとんでもなく小型されて実用できること(これにより隠れ住んでいる鬼も駆逐されたと確信)、曰く日本に水素爆弾と同じような毒を撒き散らす核兵器が二度投下されたこと(日本がそれでも滅びなかったことに黒死牟は驚いた)、曰く飛行機という空飛ぶ船が何百人もの人間を乗せ、ものすごい速さで世界を飛び回ること、曰く空のさらに上の宇宙という空間には太陽すら飲み込む黒き星(ブラックホール)が存在すること、どれもこれもこれまでの常識を完全に破壊するには十分な内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「クリムよ…貴公は何か妙なことをあの女からされたりしたか?」

 

 「変なこと?いえ特には、最初はちょっと不安でしたけど、魔法使いのお姉さんとのデートは、とても楽しかったです。」

 

 「…どのように過ごしたのだ?」

 

 「街を観光したり食事をしたり彼女がいるとこんな感じなのかなって気分になって、でも最後は消えると一緒に遊んだことも忘れちゃうのかなって、すこし寂しくなったりもしましたけど次に来たときも、ちゃんと覚えてくれてるようなのでまた来たいです。」

 

 「…そ、そうか…満足そうで何よりだ…」

 

 黒死牟としてはデミアとそんな生活などしようものなら、心休まる時が一時もないと思えたのだが、さすがにレビュアーズとしてある程度活動してきた中で多少は空気を読むことを覚えたためクリムの嬉しそうな表情をあえて崩すようなことはしなかった。

 

 「黒死牟さんは何かあったのですか?」

 

 「…いや…私も目的は達した…問題は無い…はずだ」

 

 「そうかそうか達したか、どこか浮ついた表情してたからもしやと思ったが、達したなら良かった。」

 

 「今回はお前が主催者だったからちゃんと満足できたようで何よりだぜ。」

 

 「…貴様らの思うような意味ではないがな…そういう貴様らはどうだったのだ?」

 

 「そりゃ最高だったさ。何と言っても魅力は3日間ずっと遊び放題というその異常なコスパだろ。朝はおいしい朝ごはんまで作ってくれるし、昼は遊びに行ったりとイチャイチャ感がとんでもねぇ。あれで値段が普通の店の一時間と同じくらいとかよっぽどのロリコンか貧乳至上主義者以外、満点以外の選択肢はないな」

 

 「…満足そうで何よりだ…」

 

 ある程度予想通りのスタンクの感想に黒死牟は特に突っ込みを入れなかった。ここで反論して戦うというのも楽しいのかもしれないが、今回は黒死牟としても衝撃的なことが多すぎたため、ある程度クールダウンする時間が欲しかった。

 

 「俺は期間中、魔法について懇切丁寧に、斬新かつ高度な授業をして貰ってたな。あんな魔法概念がひっくり返るような高度な授業、普通に習ったら何十万Gかかるか分からんぞ。しかも休憩エッチも出来る、間違いなく満点だな。」

 

 「…成程…そのような目的であるならば…此度の店は最適であったと言えような」

 

 デコイとはいえデミアから直接的に授業を受けられるのであればゼルのような魔法詠唱者にとってはまさに最高の店と言えるのだろう。黒死牟もかつて呼吸法を学び始めたころは、高揚感を感じたものだが、それと似たようなものだと思えばこの喜びも納得できる。

 

 「で黒死牟、お前の方はどうだったんだよ?」

 

 「そうだな…多少釈然としない点はあったにせよ…目的の大半は大きく進んだ故満足ではある…それに…」 

 

 (貴様のかつての戯言…『私たちはそれ程大そうなものではない 長い長い人の歴史のほんの一欠片』…よもや我らの故郷で為されているやもしれぬとはな…時代の流れとは存外馬鹿にできものやもしれぬな)

 

 「黒死牟さん、もしかして笑っています?」

 

 クリムは黒死牟の顔を見てある変化に気付く。今まで黒死牟は笑うことは少なく、笑うときも好戦的な笑みであったが、今はどこかも物憂げながらも達観したような付き物が少し落ちたような顔だった。

 

 「本当だ、お前のそんな顔初めて見るぜ‼お前そんな顔できたのかよ!」

 

 「剣で戦うとき以外にも笑うことが出来るなんて、びっくりしたぞ。」

 

 「…失礼な輩だ…だが…そうだな…確かに私は狭い世界しか見てなかったのかもしれぬ…そのきっかけを作ったことだけはほんの少しだけ感謝してやろう。」

 

 「素直じゃねーな、店で楽しかったなら素直になりゃいいのに。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日彼らのレビューは町から村へ、人から人へ、瞬く間にばらまかれ広がってゆくことになる。

 

 

 

 

 とある山間にある果樹園では

 

「なんだよこれ!」

 

「ちょっと俺…ミカン山売ってくる!」

 

 目先の快楽のため土地を売ろうと画策する者が現れ

 

 

 

 とある都市では…

 

「こ…こりゃ研究なんかしている場合じゃないぞい!」

 

「俺、今日から錬金術に乗り換える!」

 

 目先の利益のため無謀な分野に挑戦する者が現れ

 

 

 

 とある戦場では…

 

 「かかかか…彼女だってー!」

 

 「行きたい!超行きたーい!」

 

 「全軍!ただちに出撃だ!」

 

 「た…隊長!軍規違反は重罪では」

 

 「うるさい!死罪が怖くてサキュバスが抱けるか!目標!魔法都市!」

 

 目先の欲望のため軍機違反も辞さない輩が現れ

 

 

 

 

 

 またとある村では

 

 「全く…このような不浄なものを書く輩の気が知れん。」

 

 青年はその紙を一瞬見て…思い切り破り捨てた。

 

 「一体どのような面しているか一度拝んでみたいものだ…っと俺が今破いたのか。」 

 

 かつては盗みを働いていたとはいえ、基本的には武人気質かつ愛妻家であった青年からしてみれば、遊郭に入り浸り感想を拡散するような輩は全くもって言語道断だと思えた。もしもそのような輩が目の前に現れたら、自身の妻や恩人一家の目を汚す恐れがあるので拳で対応してやろうと心に決めた。そう考えると性急に破いてしまったのは失敗だったのかもしれない。

 

 (そういえばさっきの紙、一瞬俺が知っている奴がいたような気がしたが…気のせいか。)

 

 破く前に一瞬見えた表記に自分が知る名前と顔が見えたような気がしたため、思い返してみるが、自身の知る者の中にサキュバス店に客として入り浸っている者はいなかったため(かつての同僚の内の二人はあくまでも情報収集と狩場にしていただけ)、何かの思い過ごしであろうと青年は結論付けた。

 

 「そんな誰とも知れない輩のことよりも、今後は家やあの人たちの家にはこんなものが行き届かないようにしておかないといけないな。」 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼:黒死牟

 

 

 

 ……かねてより行くつもりであった店ではあったが…この店を仕切る女の技量は確かに素晴らしいと言えるだろう…分身たちは見た目こそ同じなれど様々な場所の文化や種族にも詳しいので…妖術や知識…さらには客に合わせた性格の変化を駆使するのでそれぞれの種族、思想、文化に合わせた戯れが可能だ…わが故郷の日ノ本及び地球の歴史すら知っているのはさすがに驚きであったが…難点は希少な種族の場合は…何をされるかわからぬ気味悪さがある点か…この女の本質は非常に厄介ではあるだろう…基本的には客には見せぬらしいが…ともあれ…この女は私が必要とする者の準備の大半を可能としているため…非常に不本意ではあるが…これまでの常識を覆してくれた礼も含めて…非常に不本意ではあるが…十とした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、魔王城にて。

 

 「久しいなデミアよ、此度は何用だ?」

 

 「近々調べたいものがあるから、高純度魔導測定器借りてもいいかしら?」

 

 「それは構わんがアレはどうなったアレ?地球からの転移者たちがよく言う飛行機とかいう技術。アレはこちらで再現できそうか?」

 

 「無理無理、この世界でそんなもの飛ばしても魔素の壁に耐えられずにあっという間に爆発四散…」

 

 「えー飛行機超魅力的だったんだけど…数百人、数百トンも音速超えて世界中に運べるとか魔法なしでもおつり来そうな技術なのに」

 

 「…爆発四散するのがこれまでの考えだったんだけど、最近例外にできそうな存在を発見をしたわ。」

 

 「それはどんなものだ、教えろ教えろ‼」

 

 「新しい理論を発見した訳ではないけど、数年前に異世界…つまりは地球から来たある剣士(・・・・)を解析することね。」

 

 ちなみにデミアはあえて言わなかったが可能性はもう一つある。天使の輪の一部を解析し、この世界との接触のオンオフを切り替え魔素の壁はおろか空気抵抗の影響すらも無視して移動する方法。これまで発見されなかった天使が突如この世界に現れたということは本来の完全な彼らは下界における法則が当てはまらない故に干渉不可能な種族ではないかと仮説を立てていた。

 もっともこの方法は一歩間違えば教会全体を敵に回すため、大規模な商売には決して向いていないという欠点があったが。 

 

 「して…その異界の剣士というのはどのような存在なのだ?」

 

 「う~んと…そうね、簡単に言うならば異世界転移者の妄想である『異世界に転生して俺TUEEEE‼』を素で可能なスペックの肉体に聖人並みに謙虚な魂を詰め込んだ存在かしら。」

 

 「…さっぱり分からん。もう少しまともな例えは無いのか?」

 

 「じゃあ、さっき飛行機をこっちで作ったら魔素の壁に耐えられずにあっという間に爆発四散と言ったけど…もしもその法則から抜け出せる力を持った存在がいるとすればどう思う?」

 

 「それは確かにとんでもないことだな。しかしそ奴は剣士というのであって、運び屋ではないのだろう。なれば具体的にどのように法則から外れておるのだ?」

 

 「察しの通り、別に彼自身は別に空を飛んだり凄腕の運び屋だったりするわけではないわ。最初から説明すると彼がいた世界、つまりは地球に住む人間たちは基本的にはそこまで身体能力が高いわけではない、故に道具を使っての殺しに特化する傾向がある。転移者たちが話す兵器類がその最たる例ね。」

 

 「ああ、核兵器とかぶっちゃけやりすぎなくらいだしな。ああいうのはこの世界には要らぬ。」

 

 現在のオーク政権下で平和と秩序が曲がりなりにも保たれているこの世界では魔素だの法則だのを抜きにしてもこの世界には無用の長物。ああいったものは蟲毒のような世界にこそ必要なもので、魔王デスアビス自身も仮に政権を取れたとしても再現するつもりのないものだった。

 

 「そんな中でその剣士は私が戦闘用に調整したデコイを苦も無く短い時間で破壊し竜種を事も無げに切り捨てた、しかも底を全く見せずに。そして一番重要なのはその強さは地球にいたころから変わらずに有していたという点よ。」

 

 「そんな…ことが可能なのか⁉ここにきてから強くなったではなく、元からその強さだと…あり得ぬ‼」

 

 その言葉にデスアビスは目を大きく見開き驚愕する。その剣士の強さにではない、デミア謹製のデコイや竜種を倒せる存在という点だけで考えるならば、この世界においても魔王や教会の兵器共ならば可能であろう。彼女が驚いたのはここに来る前からその強さだったという点だ。

 デミアとて地球に直接行ったわけではないため、地球での法則を完全に知っているとは言えない。だがこれまでの転移者たちの話からおおよそどのような法則が働いている世界なのかは理解しているだろう。だからこそ彼女が世界の法則を超えたと言ったのが信じられ無かった。

 

 「地球の人間が地球で振るえる力の限界値と物理法則をはるかに超えた力を発揮できる存在。つまりは世界の法則を超えた存在という訳か…とんでもない奴がやってきていたものだ。」

 

 「さすがに私も驚いたわよ。でもほぼ間違いなく事実よ。だからこそ凄く面白いのよ♪」

 

 デスアビスとは対照的にデミアは実に楽しそうな表情を浮かべる。

 これまでデミアは様々な発見をしてきた。新しい魔法や画期的な新薬、数えればそれこそきりがない。だがそれはあくまでも世界の法則の中でまだ発見されていなかった法則や組み合わせを発見しただけで、世界の法則そのものを超えたわけではない。そんな中に現れた世界の法則を超える存在。デミアにとって天使の輪と同じくらいに興味深い存在だ。

 

 「あ~可能だったら彼の体の隅々まで調べつくして何が違うのか見てみたいわ♪いや彼は死んでからこの世界に来たらしいから魂も見てみたいわね」

 

 「確かに世界の法則を超えることができれば莫大な恩恵があるであろうが教会の連中がどう思うか。下手に面倒ごとになっても困るぞ。」

 

 「新しい輸送法の開拓くらいなら信仰にそこまで影響しないからうるさくないんじゃないかしら。そもそも教会は転移者云々に関してはそこまでうるさくはないことだし。」

 

 「おお、なればもしその剣士の仕組みを解明できれば、夢だった飛行機が夢でなくなるやもしれぬというか。で、具体的にはどういう風にその剣士を調べるのだ?」

 

 「情報によると彼は80過ぎ位で寿命で死んだみたいだからそこがねらい目ね。ただし寿命で死ぬ間際でも剣術はそのままだったらしいから気を付けないといけないわね。」

 

 その情報を聞いてデスアビスはげんなりする。

 

 「滅茶苦茶すぎる…幽霊になっても戦えるとか言われたらさすがに嫌になるぞ。」

 

 「心配ないわ、そんなことができるなら彼が殺したがっていた鬼舞辻無惨とかいう生物がその後ものさばることはなかったでしょうし。というわけでその時になったら彼が住んでいる場所と教会に根回しお願いね。」

 

 「…政権が取れたらな。」

 

 「彼が寿命で死ぬまでにいけるかしら?そこだけがどうも不安だわ。」

 

 タイムリミットはあと60年ほどだが、悪魔族が与党になるには数百年かかると考えているデミアはため息をついた。

 

 「ま、政権を取るための政治活動資金についてはちょっとした当てがあるんだけど聞く…」

 

 「無論聞くに決まっておろうに‼早く言うのだ!」

 

 即答且つ今までで一番力強い返答だった。資金が大切なのは例え世界を隔てても変わらないということがよく分かるやり取りであった。

 

 「慌てない慌てない、この間採ったばかりのある転移者さんのサンプルを使った、画期的な新薬の開発何だけどさーコレ実用化出来たら多分凄く売れると思うんだよね。」


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