何もかも分かるようになりたかった
何もかもわからないようになってしまった
18,心の中の衣替え
大怪我と言うほどではないけれど万全とは言えない体調で気合を入れて二課に行けば追い返され、仕方ないといつもの店にご飯を食べに来れば目の前には負傷の原因がこちらを見つけて固まっている。ただでさえ考えないといけないことが多いのどうして難関ばかりが立ちふさがるのか
「久しぶりね、また会うことになるとは思わなかったわ」
「……ああそうだな。アタシもこんなことになるなんて考えてなかったぜ」
そうは言ってもクリスちゃん。ここに来れば遅かれ早かれこうなることは予想出来たんじゃないの?私が常連だってことは前回の流れとかで分かると思うんだけどな。
「私こっちに座るから、灰皿は無しでお願いね」
奥にいるマスターに声を掛けクリスちゃんの前に座らせてもらう。机の上のナポリタンはまだ半分以上残ってるし会話する時間ぐらいは有るでしょう。虎穴に入らずんば虎子を得ずなんて大仰に言わなくても色々危険性はあっても今情報が欲しい。
「なんで勝手に座ってんだよ! 他にも空いてる席あるじゃねーか!」
「釣れないわね、料理が来るまで暇なんだし少しぐらいお話しましょうよ。また奢ってあげてもいいわよ?」
「缶コーヒーでチャラって言ったのはお前のほうだろ……」
口では拒絶の意思を示しながらも語尾は弱く、そのまま席に座るクリスちゃんを見ればツンデレな可愛い女の子にしか見えない。本来であれば目の前の少女は可愛い後輩を痛めつけた敵なのだ。それでも彼女の背景を知ってしまっている私には彼女に明確な敵意を向けることが出来ないでいる、これこそ正に甘さなのだろう。
「んで、何しに来たんだよ。仲良しこよしをしに来たってんならお呼びじゃねーぞ」
「いやいや、職場を追い出されちゃってね。最近仕事中に怪我して入院してたんだけどやっと退院出来たから労働に勤しもうとしたもっと休めって追い返されちゃったの」
そこまで言うとクリスちゃんは顔を小さく顰める。優しすぎるぐらいのこの子に気持ちを隠すなんて厳しいかもね。それが良いところなんだけど。
「そりゃあ、ご苦労さまなこったな。話したい事ってのはそれだけか? なら冷める前に食っちまいたいんだけど」
そう言いながら視線でまだまだ残っているナポリタンの存在をアピールしてくる。聞きながらでも食べればいいのに真面目な性格なのか、緊張しているのか。
私はジェスチャーで食べる様促して、思い返せばまだ注文していないことに気づき適当にお腹に溜まりそうなメニューを注文する。食前にコーヒーって気分でもないしぼんやりと口の周りをどんどん汚しながらも美味しそうに食べ進めていくクリスちゃんを眺めている。こちらが気になるのかこちらに視線を送ってきたクリスちゃんと視線が合うとプイと横を向かれてしまった。
「こんなに仲良くなったんだし名前ぐらい教えてくれても良いんじゃない?」
「なんで教えなきゃいけないんだよ。理由も必要もねえじゃねえか」
「私の名前は立浪紫香。私の名前を知ったんだから教えてくれてもいいじゃない。必要性は私が知りたいから」
「何言ってんだよお前……」
まあそうなるよね。あまりも一方通行すぎる。
「……クリスだ。それ以上は駄目だ」
不貞腐れた様な顔でそう教えてくれたクリスちゃんは本当に可愛く見える。そして何よりこれで名前を呼んでしまっても怪しまれくなったのが気持ち的に大分有り難い。
「ありがとうねクリスちゃん。いま職場で妹みたいな子が何人かいるからクリスちゃんもその仲間入りかな」
「はあ!? 何がどうなったらそんな考えになるんだよ! それにちゃん付けはやめろ!」
いやー、やっぱりこの打てば響く感じ楽しいわ。これは愛されキャラNo1も伊達じゃない。
「良いじゃないの。しかし名前を教えてくれて助かったわ。これでも公務員でね、こんな時間からふらついてる女の子で名前も言えないような事情があるなら出るとこに出ないといけないから」
「アタシを家出少女がなにかだと思ってんのかよ…… やらないといけない事あるから学校言ってないだけだ」
「そのやらないといけないことって何か教えてくれたりする?」
「そ、それは…… あれだ守秘義務があるんだよ!」
なら仕方ないと大げさに肩をすくめる。そんな事をしている内に私の注文が到着する。それを確認したからかクリスちゃんが席を立つ。
「これでもうアタシがここにいる理由はねえな。これでサヨナラだ」
「あら残念。でもどうせならこんな時はサヨナラじゃなくてまたね、って別れたいところね」
「アタシはもう会いたくねえよ。……ったく、喋り過ぎちまった……」
最後の方は聞き取れなかったけど背中で雑に手を振りながらクリスちゃんは出ていった。今回も奢ってあげても良かったんだけど、それはそれで怪しいしきっとあの子は対等な関係で行ったほうが良さそうだと思う。
目の前の料理を頂きながらこの後どうするか考えながら久しぶりにゆっくりした時間を過ごした。
クリスちゃんと仲良くなれた(主観100%)次の日未だに出勤の許可が出ていないので今日は翼ちゃんと奏ちゃんのお見舞いにでも行こう。そう思い立って昼前から家をでた。まだ意識の戻っていないはずの翼ちゃんにはお花を、奏ちゃんには果物の盛り合わせをとお見舞いの品を用意して病院へと向かう。意識が戻った後と退院した時に連絡を送ったのに未だに返信のない奏ちゃんと響ちゃんどちらも心配だけど、まずは居場所がわかりそこに行けば確実に会えるはずの奏ちゃんの方からということだ。
病院に到着し受付を済ませまずは翼ちゃんの方へと足を運ぶ。良く分からない様々な機械を取り付けられ体中に包帯を巻いている姿は痛々しい。それでも静かに眠るその顔に苦悶の表情が見られないのがせめてもの救いかな。あまり長居しても仕方ないので専用の場所にお見舞いの花を置いて奏ちゃんへの病室に向かう。家を出る時に改めて連絡は入れたけどそれの返事もないし、いよいよ真面目によろしくない状態かもしれない。
「奏ちゃん? 入るわよ」
そう言って病室の中に入って私は目を疑った。確かに天羽奏の姿をした人間がそこには居た。だがまとうオーラというか雰囲気がどうしても一致せず別人に思えてしまった。
「……ああ、姐さんか。来るなら来るって連絡くれよ」
「何回メールしたと思ってるの。返事も無いし心配したんだから」
「え? ……ああゴメン。充電切れてたみたいだ」
それが本当なら結構な期間充電切れに気づかなかったってことだし、嘘なら嘘で本当の事を言えないぐらい追い込まれているということだ。
こうなってはもう正面からぶつかるしか無いだろう。こんな奏ちゃんを見て回りくどい事をするなんて私自身が待ちきれないし耐えられない。
「ハッキリ聞くけどどうしたの?」
「なんのことだよ」
「とぼけるならもう少しうまくやりなさいな。今更変な誤魔化しは通さないわよ」
そこまで言って奏ちゃんの返答を待つが俯いてしまい何も動かない。それなら仕方ない。あんまり年下の良心に付け込むのは好きじゃないけど緊急事態だ。
「前に奏ちゃんが言ったのよ? 仲間をもっと頼れって。なら私のことも頼ってくれないと」
それを聞いてやっと私の方を向いてくれた。そうして何かを話そうとするが話せない、どう話せばいいかわからないとそう感じるような奏ちゃんだった。
「別にまとめようとか考えなくても大丈夫。思ったこと、話したいことを適当に口に出すだけでも楽になるものよ」
そうして少しづつ胸の内を話し始めてくれた。要約すればその場で一番年長の自分が助けるどころか足手まといになっていたこと辛かったらしい。
「私は翼も響も守れると思ってたんだ。でもいざノイズよりも強いやつが出てきたら何も出来ない。それどころかリンカーが切れれば足手まといで二人に守られて何も出来なかった。こんな自分が嫌で辛くてもうどうして良いかわからないんだ……」
奏ちゃんは一見いつも明るくて考えるより先に動く様なタイプにも見えるけど実際はいつも周りのことを考えているし。悩み苦しむことも多い普通の女の子なのだ。
「ゴメンね。そんなに苦しんでいる時に近くに入れなくて。奏ちゃんが優しいのは知ってるからそれに甘えちゃってた。私がどうにかしないといけなかったのに本当にごめんなさい」
奏ちゃんを胸に抱き精一杯の謝罪を口に出す。こんな重荷を背負わせちゃいけないんだ。そんなものは私が持っていかなくては行けなかったんだ。
「奏ちゃんは私のせいににすれば良いんだよ。私があの場にもっと早く到着していれば、響ちゃんを任せなければ。私が悪いんだ、奏ちゃんが辛くなる必要は無いんだ」
「そんなことはない! 響は頑張ってた! 姐さんだって一人で戦ってたし、アタシがもっとしっかりしてれば……」
「じゃあ、誰も悪くないんだよ。みんな全力で頑張って駄目だったんだ。みんな悪くないし、みんなが足りなかったんだ。もう一度みんなで頑張るしか無いんだ……」
「ああそうだな…… 頑張ろう、一緒に頑張ろう……」
そして私達はそのまま五分ほど抱き合ったままお互いの悔しさを分かち合っていた。
「くそー、恥ずかしい所見せちまった」
「もっとお姉さんを頼りなさい。いつでも受け止めてあげる」
お互い表面上はいつも気軽さを取り戻した。でもきっと胸の内にはまだ重くのしかかっているはず。でもそれでも私も奏ちゃんも暗い顔して過ごすよりは明るく笑いながら、歯を食いしばって進んでいくほうが似合っている気がする。
いつもの年齢いじりが来るかと待っていると何もなく、少し拍子抜けの気分になった所に今まであまり見たことの無い静かで優しい笑顔を浮かべた奏ちゃんがいた。
「頑張らなきゃって思ってやってきたけど、姐さんも翼も響も、二課のみんなも頼れる仲間なんだ。また失敗するかもしれないけどこれだけ支えてくれる人がいるんならアタシは進んで行けるよ」
それは今でも記憶に残っている奏ちゃんの最期の笑みにも似た、でも決定的に何かが違う笑顔だった。でもそれはとても魅力的でアイドルでもないシンフォギア装者でもない一人の天羽奏として一歩を踏み出した。そう感じさせてくれるものだった。