史上初の「公道300km」を達成した裏であった出来事とは。
そんな彼に対して明日翔は……?
「小日向さんや美世さんはもう時速300kmは当たり前なんだよね?」
「そりゃそうじゃん。それ言ったらあたし達の方が日常的に……」
「それは普通に言っちゃダメかも」
「そだね」
「でも……普通じゃなかった。誰もやらなかった事をやろうとしていた人だっていた」
「その目標をステップアップしてレーサーになった……明日翔も同じじゃん」
次に思い出すのは当時の首都高を見てきた菊地真一。真の父である彼の語った事は「あの日」に繋がっている。
ある日街中で真と会ったあたし達。超有名人である真と普通に接していたのは今考えるとヤバいと思う。……希は心の底から嬉しそうだったけどね。
「真、聞いていい?」
あたしは聞いてみる。真の父親である菊地真一の事についてだ。
「父さんがレーサーになったワケ?……スピードが男のロマンって言ってたなあ……。ボクも影響受けたし」
「でも……ボクがスープラで走ってるのは父さんがあるな。父さんもスープラに乗っていて首都高を走ってたって聞いたんだ」
「スープラに!?」
菊地真一の娘である真の口から飛び出した事はなんと菊地真一も首都高ランナーだったと言うこと。
「真ちゃんはなぜスープラに?」
希が聞く。あたしはたぶん父の影響だと思ったけど実際返答はそんな感じだった。
「父さんに会いたいなら今会えるけど……」
「本当に!?」
あたしは思わず真の手を握っていた。真はびっくりしながらもあたし達をある場所に連れていく。
数十分後、真の家に到着する。真の家はごく普通の一軒家だ。家の近くには倉庫がある。
「父さーん、いる?」
真が玄関から父を呼ぶ。しかし返事はない。
「あれ、おかしいな。ずっと家にいたのに……」
真が頭を搔く横であたし達は玄関に飾られていた1枚の写真に釘付けになっていた。
「これって……」
「真ちゃん……と若い頃の真ちゃんのお父さん?」
真の母であろう女性に抱き抱えられた黒髪の少女と真に似た男性が収められた写真が。そして3人の後ろには黒い
「これが……スープラ?」
「うーん、明日翔は見た事ないのかもね。昔のスープラはリトラだし」
「ああ、それは昔撮った写真なんだって。……その直後にスープラは壊れてしまったけどね」
「父さんが入院する前に……スープラが写った最後の写真だって」
真が告げた事は衝撃的だった。
「真、誰か来てるのか?」
「父さん、おかえり!」
玄関の向こうに見える日産マーチ。当たり前のように街中を走っている車には不釣り合いな男性が。
「君は……如月の娘か」
「そうです。如月明日翔です」
あたしを見て誰かすぐにわかったらしい。彼はあたし達を茶の間に連れていく。
「……こんなんしかないがいいかい?」
「あ、ありがとうございます」
真一さんがお茶を持ってきてくれた。あたしは遠慮がちにお茶をすすってから話を切り出す。
「真一さん、あなたはあたしの親父の事を知っているんですよね。……教えてください、親父がどうしてああなってしまったのか」
「……あのR35は君の車かい?」
「そうです」
「なら、話は早いな。ついてきてくれ」
真一さんの後に続く。彼が向かったのはここに来た時に見えた倉庫。
サビが目立つ扉を開けるとガラクタが積み上げられていた。「それ」はガラクタの山の中に……。
「これが俺の車だったモノだ」
グシャグシャに壊れ、原型を保っていない黒い鉄クズ。
フロント部分であったのであろう部分に付いていたトヨタのエンブレムであたしは「それ」がスープラであった事を確信した。
「真も聞いてくれ。こればかりは話さないといけないと思っていたんだ」
真剣な表情で彼は話し始めた……。
俺は今から20年以上前に首都高を走っていた。
その頃は下道をツルんで走る奴の方が多かった。で、それに飽きた奴が首都高を攻めるようになったんだ。
当時としては峠なんて優しいくらいに要求される技術のレベルが非常に高く、失敗すれば死ぬ。そんな認識であるような場所だった。
川を埋め立てたりして完成した道。地形をそのまま形にした事で大小様々なコーナーが生まれ、その多さが「首都高」の難しさを助長したんだ。
俺は仲間達と走ってたがそいつらはいつの間にか首都高を降りていたんだ。
仲間達は「命を無駄にしたくない」って言っていた。当たり前だ。けど俺はやめなかった。
ミスって車を潰しても懲りずにまた走り出す。病気だったよ、俺は。
如月と会ったのは俺が首都高を走り始めて約半年の時か。
その頃俺は首都高で誰も達成できてない「時速300km」を狙っていた。
それを達成するために選んだ場所が超高速エリア湾岸線だった。
その頃湾岸で打ち立てられた
俺は国産車で、外車共もできてない事をやってやろうと思ったんだ。
如月は……スカイラインに乗っていた。ピカピカのR31に乗って俺に張り合ってきたっけな。
張り合ってくるけど走りは確かだったよ。セダンでよく追ってきたもんだと感心してた。
俺は発売されたばかりのスープラを買った。んでチューニングを依頼したんだ。その時に会ったのがRGOの大田やYMスピードの山本、そして北見淳だった。
今でこそRGOなど有名になったがその時に公道時速300kmなんて誰もやった事がない。ノウハウだってロクにない。手探りでやってくしかなかった。それでもスープラを仕上げてくれた皆には感謝するしかなかった。
スープラを受け取るちょっと前に山本が教えてくれたんだが実は俺のように本気で公道300kmを達成しようとした男がいたそうだ。
偶然にも車はスープラの先代の車であるセリカ
だがそれを達成する前に彼は事故であっけなく死んでしまったと。
山本は言った。
「生きて帰ってくるんだ。もう彼のような人を増やしてはいけないからね」
やがて完成したスープラを早速湾岸で走らせた。
250kmオーバーからの安定感は悪くなかった。踏んでいける。そう思った。このスープラならやれると。
「5速が伸びにくい……」
それでもすぐには300kmオーバーはできなかった。何度も何度もセッティングを繰り返した。気が遠くなるような作業。
それでも諦めずに俺はスープラと走り続けた。
そしてスープラを買って4ヶ月後のある日。
(一般車が少ない……今なら行けるかッ)
ブーストを限界まで上げ、スープラを前に走らせる。
流れは悪くなかった。最高速アタックにはベストな状態。
今しかない。そう思っていた。
(280km……まだだ)
スピードメーターの針が280kmを指し。
(288……290……あと……10km)
極限まで張り詰めた集中力。手汗が吹き出し心拍数が跳ね上がり、自分でもはっきりわかるくらい心臓の音が聞こえる。
ギリギリのスリルが俺の意識を支配していた。
そして。
(時速……300キローーーーーーーーッ!!)
スピードメーターは300kmを指した。それでも加速は終わらない。
(314km……!!嘘じゃないよな!?)
314km。それがスープラの叩き出した記録だった。
次の日には走り屋中にこの話は一気に広まり、俺は一躍注目を浴びた。如月にも話した。だが。
「お前は……バカだ」
如月の一言をその時の俺は褒め言葉と受け取っていた。だが如月が本気で俺を哀れな目で見ていた事をその時の俺は気づいていなかった。熱に浮かされたように俺は慢心があったのかもしれない。
その後、真が無事に生まれた。それもあり家族写真を撮ろうと提案した。
笑顔で写真に写った俺達。しかしその直後にその幸せは崩れる事になってしまった。
その日、俺は再び湾岸へ。
再度セッティングし直し、よりパワーアップしたスープラ。行けると俺は確信していた。
俺は如月の目の前で300kmを出すと決めた。本当に俺がやってやったと見せつけてやると。
神奈川方面へ向かい、雰囲気組の車や一般車を避けてゆっくりとスピードを乗せていく。
3車線をいっぱいに使ってコーナリングスピードを稼ぎ、全開で立ち上がる。
ブーストのタレはなかった。完璧な状態で行ける。そう思っていた。
(踏めーーーーーーーーっ!!)
スープラはあの時のように加速、時速290kmへ。
以前のセッティングからコンマ2秒程早く300kmに突入していった。
この時点でスープラは306km出ていた。
直後、スープラの右リアタイヤに異変が起きた。
突然グリップを失いオーバーステアに陥りそうになる。
慌ててカウンターを当てたがそれがいけなかった。いや……もうそうなった時点でどうしようもなかったんだろう。
カウンターで姿勢を乱したスープラは俺のコントロール下から離れて暴れだした。
もう修正も出来ずにスープラの動きに振り回された。
俺の意識が残っていた時に最後に見た物は如月のR31だった。
次の瞬間、ドンって感じとは明らかに異質な感じの衝撃が俺を叩いた。何回か同じような衝撃が俺を攻撃した。
衝撃で意識が霞んでいく中で俺は不意に浮遊感を感じて地平がひっくり返っている事に気づいた。
スープラが止まった後、俺は走馬灯を見たんだろうな。真の顔が浮かんだよ。俺の意識はここで途切れた。
次に目を覚ましたのは真っ白な部屋の中。ベッドに横たわっていた。
恐る恐る自分の体がどうなっているのかを確かめた。そもそも自分が生きてるかを確かめたよ。300kmオーバーからのクラッシュは生きている方がよほどおかしいからな。
俺の全身に包帯などが巻かれていたが骨折などはなかった。打撲や内出血は酷かったが。
「気がついたか」
如月が立っていた。俺は自分がどうなっていたのかを尋ねた。
「……2ヶ月も?」
如月が語った事。それは横転する程のクラッシュをした俺は2ヶ月という時間意識不明だったということだった。そして。
「お前にやる。やるかどうかは自分で決めろ」
如月が渡してきたのはトヨタ系のレーシングチームのドライバー募集要項だった。
「レーサーか……。やってみたい」
「お前は周りを見れないのか!!」
如月は声を荒らげて俺に掴みかかった。
「お前がついさっきまで寝てる間にお前の妻はたった1人で家族3人を支えていたんだぞ!お前の入院費に真の世話に!お前は自分の事だけか!!」
直後如月に殴られた。何十発も殴られた後、如月は言った。
「勝手にしろ。求めてる物のリスクもわかってないバカにもう話すことはない」
それ以降俺と如月の交流は途切れる。
俺はレーサーデビューした後、しばらくの間はテストドライバーとして活動しレーサーになって約1年になる頃に俺は本格的にレースに参加していく。
チームにいた時のマシンはMR2。スープラとは正反対のコンセントで作られた車で俺は戦った。
チームに入って3年。
俺はチームとの契約が更新されなかった。つまりクビみたいな物だ。
しかし俺はレーサーを諦められず、自分でチームを立ちあげる決断をした。
「菊地真一レーシング」の名で全日本GT選手権に参加し始めた俺達のチームは苦難の連続だった。クラスはGT2。現在のスーパーGTでのカテゴリーで言うならGT300クラスか。
スポンサーの支援が受けられずに満足な活動もできず。だが仲間達と一つの目標に向かって協力する事が何より嬉しかった。中々勝てなかったが優勝した時の喜びは格別だった。
その時がレーサーをやっていてよかった、そう思えてな。
菊地真一レーシングを立ち上げて3年。
使用していた車のメーカーをトヨタから日産に変更した。
マシンはシルビア(S15)に。ストリート上がりの俺達がサーキットでどこまでやれるかを試すという俺達なりの信念に従っての選択だった。
S15を初めて実戦投入したレースで俺は今までにない活躍ができたと思う。機敏な動きで次々と前の車をパスしていく。
これこそ俺の求めていた車だとわかったんだ……。
結果、レースは見事優勝。
数戦ぶりの表彰台だった。そして優勝。シャンパンファイトがとても楽しかった。
表彰式後、ピットにやってきた人物を見て俺は思わず足を止めた。
「如月……」
「久しぶりだな……菊地。レースを見ていたよ」
数年ぶりに出会う如月。如月は当時の真と変わらない歳であろう女の子を連れていた。
「俺の娘だ。明日翔って言うんだ」
「おとーさんのしりあいなんですか?」
無邪気に俺に聞いてくる少女。
「ああ。昔やんちゃしていたよ(笑)」
「余計な事を言うな」
如月にどつかれるが俺は続ける。
「俺は誰よりも速く走るってのが夢なんだ」
「かっこいい……!」
キラキラした目で視線を向けられる。
「明日翔、母さんと行っておいで。お父さんは話をするから」
「うん!」
少女は母親と共にどこかへ歩いていく。撤収作業をしていた仲間達もいなくなりピットには俺と如月の2人しかいない。
「お前はレーサーになってよかったのか?」
如月は俺に聞いてくる。
「そりゃそうだろ。俺は車くらいしか取り柄がないんでな」
「そんで家族に捨てられたらどうするのか考えているのか?」
「考えてないな。そうならないように俺は生きるだけだ」
「生きる……か。死にかけたお前が言うから説得力はあるが」
「そろそろ帰らなきゃな……」
仲間達を待たせてはいけない。慌てて準備を終わして立ち去ろうとすると。
「お前のやりたい事だけ見失うなよ」
如月の最後の一言はあっさりとしていた。
全日本GT選手権からスーパーGTに大会名称が変化しても俺達は継続参戦。
シルビアからZ33、そして1年前に新たに投入したGT-Rとマシンを変更しながら俺達は挑んだ。
だが……最後に優勝したのは4年前か。
ある時から勝てなくなり始めた。マシントラブルが原因で決勝レースでリタイアするなどチーム全体が崩れ始めた。
マシンを走らせるための費用に加えてマシンの性能向上のためのパーツ開発費、レースで壊れた車両の修理費などが雪だるま式に増える。雪だるまが崩れるように最初は走らせるための費用という僅かな崩れが整備費などが重なっていってどんどん崩れ最終的に崩壊。つまり破産という最悪の形。それだけは回避したいと尽力し続けた。
そんな俺達の努力も虚しく菊地真一レーシングはスポンサーからの支援も断られ始める。
結果資金集めは困難になり俺達は崖っぷちになっていた。
そして俺はスーパーGTから今年限りで撤退する決断をした。それはつまり菊地真一レーシングの解散を意味する。
俺はレーサーとしての活動から身を引こうと思っていたんだ……。
「俺はスピードだけを求めて結局何もかもを無駄にしたんだ……」
真一さんの表情は暗い。
「そんな事ないよ……だって父さんは諦めずに挑戦してたじゃんか!」
真が感情的に答える。真にとってもそれは悲しいらしく真は真一さんをどうにか元気づけようとしていた。
「父さんのようになりたくてボクは走ってるんだよ!」
「お前は俺のようになるな!」
真一さんが声を荒らげた。自身のようにならないでほしいという真一さんの思い。
……あたしは浮かんできたあるアイデアを口にしようかと悩んだ。
夢だってわかってる。でも真一さんだって頑張って形にしてみせたんだ。あたしだって……!!
「あたしを菊地真一レーシングのドライバーにしていただけませんか!?」
「やっぱダメか……」
真の家から帰るあたし達。結局断られてしまった。
「明日翔は……美世さんを目指してるの?」
希が不意に聞いてきた。
「……うん。だって……すごいじゃん。皆が注目するような人があたし達に近い事をやってたなんて。夢を叶えたなんてさ」
「そっか……。私は明日翔が羨ましいな」
「なんでさ?」
「明日翔は夢についてハッキリと言えるじゃん。私はそんな勇気ないから……。さっきみたいにズバって言えないからさ」
「レーサーになった今でも真一さんの言葉が忘れられない。物事に対しての熱さがそれでわかるもん」
「明日翔だって最初は大変だったでしょ?」
「そりゃそうじゃん。レーシングカーの操作普通の車と違うもん。よくエンストさせて怒られたし」
「加えてルールって縛りの中でどれだけ速く走れるか。ウェイトハンデとかいらないし(笑)」
「それじゃダメだよ。1人だけ目立っちゃうじゃん?」
「それもそうだけどさ」
物事に対しての熱さ。
あの時の真はどんな思いをしていたんだろうか?
あたしは曲がりくねったC1を駆ける黒いスープラを思い出した。
次回からは多少バトル描写が増える……はずです。
改行が多い小説だなあ(オイ)
《次回予告》
真一さんの話を聞いたあたしは真にある事を頼まれる。その内容は大勢の人をやがて巻き込む事になる走りに繋がる……!もちろんあたし達も……。
「真のスープラ……なんで?」