板挟み   作:希望光

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序幕


 ——氷川洸夜は、3つ子の長男であり2人の妹がいる。

 片一方は努力でポテンシャルを高め、片一方は生まれながらの才能が高い。そんな中、彼はどちらにも属さない所謂『平凡』と言うものであった。才能があるわけでもなく、特段努力をすると言ったこともない。

 

 故に彼は、2人とは違い秀でたものの無い、全ての面に於いて平均的な者であった。

 そんな彼は、対照的であるが故に多々衝突する事のある姉妹の仲裁役を買って出ることが多い。

 

「貴方はまた!」

「だって〜」

「はいはい……一旦落ち着こうな」

 

 現に今も、この様に仲裁に入っている。そんな紗夜と日菜だが、とある1つの事に於いては一致している。

 それは、兄である洸夜への異常なまでの執着である。洸夜がクラスメイトの女子と話していたという事を聞いただけで、2人して洸夜の部屋に押しかけ事実確認を取るといった行動が多々見られた。

 

 その際の2人は、目から光が消えており殺意の様なものまで感じられたとか。だが、現在は久しく鳴りを潜めており洸夜にとっては平和な日常が保たれていた。そんなある日、洸夜が学校にいる時であった。

 

「あの氷川君……」

「……どうかしたか、小鳥遊?」

 

 洸夜に話しかけてきたのは、彼と共に学級委員を務める少女、小鳥遊鏡花。

 

「その……これを……」

 

 そう言って鏡花は、1通の便箋を手渡すと走り去っていった。

 

「……手紙?」

 

 訳がわからない、といった様子で洸夜は首を傾げる。すると突然、洸夜の肩を何者かに叩かれる。驚いた洸夜は、即座に振り向く。

 

「なんだ、祐治か……」

 

 振り向いた先にいたのは、洸夜の親友である鹿島祐治。

 

「良かったな洸夜」

「なんで?」

「多分それ、恋文ってヤツだ」

「……ラブレターってことか」

 

 それを聞き、複雑な表情をとる洸夜に祐治が問いかける。

 

「ん、どうかしたのか?」

「いや、なんでもないさ」

 

 そう答える洸夜であったが、やはり浮かない表情であった。

 

「ま、なんかあったら言ってくれよ」

「うん。ありがとう」

「じゃあ、俺は部活があるんで」

「ああ。またな」

 

 そう言い残して走り去る祐治を見送った洸夜は、荷物をまとめ下校する。帰り道、洸夜は普段は跨ってる自転車を手で押しながら歩いていた。先ほど貰った手紙について考えていた故に。

 

「恋文……ねぇ」

 

 中身はどう言ったものなのか。それ以前に2人の妹に気付かれたらどうなるか。絶え間なく思考を続けつつ橋を渡った瞬間、洸夜は聞き馴染みのある声で呼び止められる。

 

「——お兄ちゃん」

「日菜……」

 

 今、最も会いたくない人物の1人、日菜であった。

 

「……どうしたんだ、こんなところで」

「うーん、なんかお兄ちゃんと帰りたいなーと思って迎えに来ちゃった」

「家で待ってりゃいずれ帰ってくるのにか?」

 

 苦笑しつつ日菜の言葉に返答する洸夜。

 

「うん。早くお兄ちゃんに会いたかったから」

 

 満面の笑みでそう答える日菜。そんな無邪気な妹の姿に、洸夜の頬も緩むのであった。

 

「取り敢えず帰るか」

「うん」

 

 2人は、たわいも無い会話をしながら自宅へと向かう。そして家が近づいて来た頃、不意に日菜がこんなことを尋ねる。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「何か、隠してる事ない?」

「……なんでだ?」

 

 突然の問いかけに、洸夜は立ち止まり首を傾げる。それに合わせて、日菜も足を止める。

 

「お兄ちゃん、どこかよそよそしいもん」

「え、よそよそしい?」

「うん。それに——知らない子の匂いがする」

 

 日菜の言葉を聞いた途端、危険を告げるかのように洸夜の背中を悪寒が走る。

 

「私、分かるんだよ? 人の匂いとお兄ちゃんの匂いの違い」

「……俺から、その違う匂いがするってことか?」

 

 冷や汗を垂らす洸夜の傍らで、日菜はゆっくりと頷く。

 

「それで、お兄ちゃんが何かを隠そうとしている。これは、何かあるよね? 寧ろないっていう方が無理があるよね?」

 

 問い詰めてくる日菜。その瞳は、先程まであった無邪気さを失い、暗く冷徹なものへと成り果てていた。

 

「……あった」

「何が?」

「今日、一緒に日番やってた女子と黒板消すときぶつかった」

 

 答えた洸夜を日菜は見つめる。そして何かを納得したらしく1人で頷く。

 

「ふーん。お兄ちゃんがそういうならそんなんだろうね」

「……ああ。俺の不注意だ」

「今回はそれで信じるよ。もし嘘だったら——分かってるよね?」

 

 見下す様な視線で問いかける日菜。その表情に洸夜の体は竦む。蛇に睨まれたカエルの様に。

 

「もちろん……」

 

 頷いた洸夜は、ハンドルに掛けた手を強く握る。その傍ら、日菜が少し前に出たかと思うと、軽やかに身体を回しからの方へと振り返る。

 

「じゃあ、帰ろっか」

 

 先程までの殺気を帯びた表情とは一転し、無邪気さを漂わせる表情で。

 

「ああ……」

 

 洸夜は沈んだ気持ちのままそう答え、日菜と共に歩き出すのだった——

 

 

 

 

 

 帰宅した洸夜は、夕食をとり自室へと篭っていた。椅子に座り周囲を一瞥した後、漸く小鳥遊から受け取った便箋を露わにする。

 

「……開けてみるか」

 

 呟きながら封を切る洸夜。そして中身を取り出した瞬間、その手紙が横から伸ばされた手によってひったくられる。

 

「……何かしら、これ?」

「紗夜……?!」

 

 洸夜が振り向いた先にいたのは、上の妹である紗夜であった。

 

「お前、いつから……」

「今さっきからよ。で、これは何?」

 

 そう言って広げた紙を洸夜に向ける。

 

「……分からないから開けたんだが」

「嘘ね」

 

 洸夜の言葉を即座に否定した紗夜は、懐から黒い機械を取り出しその電源を入れる。

 

『良かったな洸夜』

『何が?』

『多分それ、恋文ってヤツだ』

『……ラブレターってことか』

「……?!」

 

 そこから流れてきたのは、今日あった学校での祐治との会話。

 

「貴方はこの時点でわかっていたはずよ?」

 

 洸夜へと告げる紗夜の瞳は、光を失い鋭い刃物のようであった。そんな紗夜の視線に晒され硬直している洸夜だったが、ふと我に返ると壁に掛けてあった制服の襟元に手を伸ばす。

 

「……盗聴器か?!」

 

 襟の裏側に仕込まれていた機械を引き抜きながら、洸夜は戦慄する。いつからこんなものが仕掛けられていたのかと。

 

「いつから……」

「——お兄ちゃん」

「……日菜?!」

 

 洸夜に追い討ちを掛けるかの如く、クローゼットの中から日菜が姿を表す。

 

「……嘘ついたらどうなるか……わかってるんだよね?」

「……ッ」

 

 日菜に圧倒された洸夜は、一歩引き下がる。それに合わせてジリジリと詰め寄ってくる日菜。一歩、また一歩と下がるうちに、洸夜はとうとう窓際まで追い込まれてしまった。

 

「……ヤベ」

 

 窓に手をつけた洸夜は小声で呟く。逃げ場がない状況に危機を覚えながら。

 

「で、結局貴方は分かっていたのでしょ。手紙の中身を」

「こう言うことがないように周辺は固めてたけど、まさか同じ学校の同級生もその対象だったなんてねぇ」

「俺の周りを……固めてた?」

「そうだよ。お兄ちゃんに()()()が寄り付かないようにね」

 

 その一言を聞いた洸夜は、既に妹達が危ないを通り越していることを察する。それと同時に、これ以上は不味いと感じた。

 

「腹括るしか……!」

 

 この場から離れるために意を決した彼は、後ろ手で窓の鍵を開くと目にも留まらぬ速さでバルコニーへと飛び出す。そしてそのままの勢いで、柵を超え身を投げ出そうとした。

 

「ッ……?!」

 

 直後、彼の首元に強い刺激が走り全身から力が抜けていく。それによりバランスを崩し倒れそうになる洸夜だったが、なんとか柵を掴みダウンを回避する。

 

「な……なんだ……」

 

 薄れ始めた意識の中、振り向いた彼の視線に映ったのは日菜の手に握られたスタンガン。

 そのスタンガンに注意を取られていると、彼に再び強い衝撃が走る。ここで洸夜の意識は途切れてしまうのだった——

 

 

 

 

 

 数日後、CiRCLEに併設されたカフェスペースにて、長い茶髪をポニーテールに結った少女と共に卓に着いた紗夜の姿があった。

 

「ごめんね、練習終わりに呼び止めちゃって」

「いえ、構いません。それで、聞きたいことというのは?」

「その、最近洸夜の事見かけないけど……どうしたのかなと思ってね」

 

 紗夜に洸夜の事を問うた少女の名前は今井リサ。紗夜の所属するバンド『Roselia』のベーシストで、洸夜とも面識があった。

 

「そのことでしたか……」

「うん。何かあったの?」

「実は、体調を崩して寝込んでるんです」

「え、そうだったの?!」

 

 紗夜の口から飛び出した答えに心底驚いた様子のリサは、続けて紗夜に問いかける。

 

「お見舞い行った方がいいかな……?」

「本人が『移したりしたら大変だ』、と言ってたので……」

「そっか……じゃあ明日、日菜にお見舞いの品持たせるよ」

「ありがとうございます。では、そろそろ時間なので」

「うん。気をつけてね」

 

 リサの言葉を背中に、紗夜は帰路に着く。帰宅すると、真っ直ぐに部屋を目指す。自室ではなく、()()の部屋に。

 

「あ、お姉ちゃん」

 

 部屋に入ると、ベッドに腰をかける日菜が出迎えた。その傍らには、手と足に手錠をかけられ、口はガムテープで塞がれた洸夜が横たわっていた。横たわる彼の目は暗く濁っており、既に生気を感じられるものではなかった。

 

「ただいま日菜、兄さん」

 

 軽く微笑みながら、リボンを緩める紗夜。

 

「また今日も楽しみましょう」

「うん。お兄ちゃんも楽しいよね? 楽しくなくてもやって貰うけど」

「だって貴方は——逃げられないのだから」

 

 今日もまた、監禁された洸夜は2人の妹に挟まれる。2人が愛してやまない、唯一無二の()()として——

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