板挟み   作:希望光

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破綻

 とある朝、今井リサは首を捻りながら登校していた。ここ最近見かけることがない洸夜のことを考えていたが故に。

 

「紗夜と日菜は体調崩してるだけで、家で安静にしてる……って言ってたけど、本当にそれだけなのかな?」

 

 呟いたリサは、不意に足を止めると自宅へと引き返す。

 

「……確かめなきゃ」

 

 決意を胸に、リサは駆け出すのだった——

 

 

 

 

 

 暗い部屋の中、彼は意識を取り戻す。ここしばらくの記憶が殆どないことに疑問を持ちながら。

 そして、上体を起こした彼は、枕元にあった自身の携帯の画面に目を向ける。

 

(俺の記憶がある日から5日も経ってる……?)

 

 その間に何があったのかを探る洸夜であったが、やはり無い物ねだり。これと言っていいほど何も分からなかった。

 

(なんもわかんねぇ……けど、俺の記憶が飛んでるってことは確かだ)

 

 今一度記憶が曖昧になっていることを確信した洸夜は、自身の現状を確かめる。

 両腕は二重に手錠で留められ、ほんのわずかな自由しか効かない。加えて両足も同様に二重に手錠で留められているため歩くこともままならない状態であった。

 

(取り敢えず……なんとかしなきゃ……)

 

 意を決した洸夜は、拘束を解こうと試みる。だが、きっちりと止められた手錠は外れる様子がない。

 

(固すぎる……。どうなってんだよ……)

 

 眉を潜めながらカチャカチャと手錠を動かす洸夜。すると、こちらへと向かってくる足音が聞こえて来る。

 

(……足音?)

 

 聞こえて来た足音は、まっすぐとこの部屋を目指して進んでくる。それを即座に理解した洸夜は、フッと全身の力を抜きベッドの上に体を倒す。

 

(意識のない間……なにされてるのかなんて……分からずにいた方が……何倍もマシだ……)

 

 そう強く念じ続ける洸夜の意識は、扉が開いたタイミングで途切れるのであった——

 

 

 

 

 

 羽丘女子学園2-Aでは、現在朝のSHRを行っていた。そんな中、とある空席を見つめる日菜。

 その状態が続いたままであった日菜だが、SHRが終わるなり教室を飛び出す。彼女が向かったのはお隣の教室2-B。

 

「友希那ちゃん」

「あら、日菜。どうしたの?」

 

 日菜に呼ばれ扉の方へと向かってきたのは鮮やかな銀髪を背中まで伸ばした少女。彼女はリサが所属するガールズバンド『Roselia』のリーダー兼ボーカルである湊友希那。首を傾げながら歩み寄って来る友希那に対して日菜は尋ねた。

 

「リサちーって、今日は休み?」

 

 日菜に問い掛けられた友希那はそっと頷いた後に言葉を紡いだ。

 

「ええ。今朝体調が悪いから休むと言っていたわ」

「ふーん。そっか……」

 

 友希那の返答に短く頷いた日菜は何かを考え込んだ後、笑みを浮かべ友希那に謝意を述べる。

 

「分かった。友希那ちゃんありがとう」

 

 短く告げた日菜は友希那に手を振ると、踵を返すと早足でA組へと戻り始めた。

 

「リサちー、仮病だよね」

 

 本日居ない彼女が仮病である、と確信を持った言葉を溢しながら——

 

 

 

 

 

 学校を欠席したリサは、氷川家の前へとやって来ていた。

 

「洸夜……大丈夫かな?」

 

 そう言って、とても不安げな表情を浮かべるリサ。それもそのはず。

 洸夜とリサは、周りには伏せているものの現在進行形で付き合っている。だからこそリサは、こうして学校を休んでまで洸夜の容態を確かめに来た。

 

「取り敢えず……誰か居るかな?」

 

 氷川家の呼び鈴を鳴らすリサ。しかし、反応が一向にない。

 

「留守……なんて事は無いよね?」

 

 そう呟いたリサは、玄関の扉へと手をかける。扉は鍵が掛けていられなかった様で、すんなりと開いた。

 

「……開いてる?」

 

 不審に思いながらも、リサは家の中を覗く。人気の無い家の中は暗さ故か、静けさと共に不気味さも醸し出していた。

 

「お邪魔します……」

 

 家の中の雰囲気に恐怖を感じながらも、リサは靴を脱ぎ上がり込むと迷う事なく洸夜の部屋へと向かっていき、扉の前に立つとその扉をノックする。

 

「洸夜、居る?」

 

 そう問い掛けるが、中から返事は返って来ない。

 

「洸夜、開けるよ?」

 

 意を決したリサは、その扉を開く。直後リサは、自身の視界に映った光景に言葉を失う。

 

「洸……夜……?」

 

 そこに()()()のは、手足に手錠を掛けられた上口元に布を巻かれた状態で、ベッドに横たわる洸夜の姿。

 そんな洸夜(好きな人)の変わり果てた姿に戦慄するリサであったが、我に返ると、即座に洸夜の元へと駆け寄る。

 

「洸夜、何があったの?!」

 

 体を揺すりながら必死に呼び掛けるリサ。だがしかし、洸夜は焦点の合わない曇った瞳のまま反応する気配がない。

 

「お願い……返事をして!」

 

 そう言って激しく洸夜を揺さぶるリサ。直後、洸夜の体がビクッと反応し、洸夜の瞳に光が戻る。

 

「洸夜……良かった……」

 

 涙を流すリサは、洸夜を強く抱き締める。もう二度と離すまい、その感情と共に。そして彼女は、洸夜の口元を覆っていた布を解く。

 

「リサ……何でここに……」

「洸夜が心配だったから様子を見に来たの」

「そう……だったのか」

 

 リサの言葉を聞いた洸夜は、申し訳なさそうに俯いたかと思うと、突然顔を上げリサにこう告げる。

 

「リサ、急いでここを出ろ」

「え……どうして?」

 

 突然の洸夜の言葉に理解が追いつかないリサ。そんなリサの問い掛けに、洸夜はこう返す。

 

「2人が……もう時期ここに来る」

「紗夜と、日菜が……?」

 

 信じられ無いと言った表情のリサに頷く洸夜。

 

「だから、早くここを出ろ」

「でも、洸夜を置いて行くなんてできないよ……」

 

 その言葉に対して首を横に振る洸夜。

 

「俺は……一緒には行けない」

 

 洸夜がそう言い切った瞬間、リサは自身の唇を洸夜の唇に重ねる。ほんの僅かでも、彼を感じていたかったが故に。そして唇を離したリサは、自身の荷物を掴むと立ち上がる。

 

「じゃあね……洸夜」

 

 瞳に涙を浮かべながら洸夜に別れを告げ扉を開く。その直後、リサは後ずさった。

 扉の先には既に()()が居たからである。

 

「さ、紗夜……どうして……」

「それはこちらのセリフです今井さん」

 

 そう返した紗夜は、洸夜の方を見る。

 

「意識が戻ったのね」

「……」

 

 紗夜の言葉に目を背け返答しない洸夜。紗夜の方もそれは予想できていたらしく、そこから先目立った言及はして来ない。

 

「それで、今井さんはここでなにしてたの?」

「それは……洸夜のお見舞い」

「——お見舞いなのにあんなことするの?」

 

 背後からかけられた言葉に振り向くリサ。そこには、先程までは無かった日菜の姿があった。

 

「日菜……?!」

「ねぇ、どうなの?」

 

 光の宿っていない冷たい視線のまま問い掛ける日菜。

 そんな日菜に怯み、リサは言葉を返すことができなかった。

 

「そ、それは……」

「まあさっきのでリサちーとお兄ちゃんがどういう関係なのかは大体分かったけどね」

 

 そう言って紗夜同様に洸夜の方を見る日菜。

 

「……悪いか?」

 

 日菜のこと睨みながら返答する洸夜。

 

「当たり前じゃん。だってお兄ちゃんは——()()()()()なんだよ?」

「……え?!」

 

 日菜の言葉に驚愕するリサ。そんなことなどお構いなしで日菜は続ける。

 

「と言う訳だよリサちー。私達のモノを横取りするなら……容赦しないよ?」

「……止めろ」

 

 瞳から光の消え失せた日菜がリサに釘を刺した途端、黙り込んでいた洸夜が彼女をを制す。

 

「リサには何もしないでくれ」

「え、どうして? お兄ちゃんに纏わり付く悪い虫なんだよ?」

「俺からの頼みだ。聞いてくれるなら、ちゃんと2人の言う通りにする」

「それって……」

 

 洸夜の言葉の意図に気付いたリサは、恐る恐る彼の方を向きに問い掛ける。

 

「多分リサの思ってる通り」

「……ッ! そんなことしたら……!」

「分かってる。でも、リサのためなんだ……」

「……いいよ」

 

 日菜は洸夜の提案を呑み頷く。

 

「今回は見逃してあげる。でも——次は、ないよ?」

 

 無言で頷いたリサは、振り返ることなく部屋を後にする。そして、紗夜の横を通り過ぎた瞬間の事だった。

 

「——もう、普通の日常を送れると思わないでくださいね

 

 紗夜の口から冷たく放たれたその一言が、リサの心に突き刺さるのだった——

 

 

 

 

 

 数日後、CiRCLEとあるスタジオ内にてRoseliaのメンバーは練習に励んでいた。その最中、友希那は幼馴染であるリサに対して違和感を覚えた。

 

「リサ、どうかしたの?」

「……え、なんで?」

 

 友希那の言葉に対して首を傾げるリサ。その際の表情は、どこか疲れを感じさせるものだった。

 

「あまり顔色が優れてないわよ?」

「う、うん……ちょっと体調が、ね」

「そう。無理はしないで頂戴。一度休憩を挟んでから、もう一度行くわよ」

 

 そう言って、一度練習を切り上げるRoseliaの面々。大きく深呼吸したリサの元に紗夜が歩み寄り、そっと耳打ちする。

 

「今井さん、誰にも公言していませんよね?」

「うん……」

 

 力なく頷くリサ。リサはあの日以来、学校にいてもバンドの練習をしていても見張られているという状況に、心身共に消耗していた。それは、洸夜もまた同様であった。

 

「お兄ちゃん、意識ある?」

「……ウッ……アアッ」

「あは。まだあるんだね。じゃあ、そのまま無くさないように頑張ってね。なくなったらどうなるか……わかってるよね?」

 

 そう言ってまた、日菜は洸夜を求める。意識が何度も飛びそうになりながらも、洸夜はそれに耐え続ける。意識が飛んで仕舞えば、リサの身に何が起こるかわからないが故に。

 

「そう言えば、もう直ぐお姉ちゃんが帰ってくるね」

 

 紗夜の帰宅。それはつまり、この地獄がまだまだ続くという宣告でもあった。日菜が先に述べたように紗夜が帰ってくると、2人で洸夜への蹂躙を始めていく。

 今日もまた、彼女達の()()に近付けられて行くかの様に——

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