板挟み   作:希望光

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急転

 彼の生活が狂い始めてから早3週間。この期間内、洸夜は1度も学校に行っていなかった。

 その事に違和感を感じていたのは、彼の親友である鹿島祐治。

 

「3週間も学校休むなんて……なにがあったんだ、洸夜……」

 

 昼休み特有の教室内の喧騒の中、自身の1つ前の空席を見つめながら呟く祐治。

 普段ならいるべきはずの人間がいないという現状。今では、いないことが当たり前になり始めている事に、祐治は驚きを隠せないでいた。

 

「取り敢えず担任になんて連絡してるのかを確認とってからあいつの家に行ってみるか……」

 

 そう決めた祐治は、机の上に広げてあった弁当箱をしまうと、教室を出て職員室へと向かうのであった——

 

 

 

 

 

 見慣れた暗闇の中で、意識を取り戻した彼は上体を起こす。幾度同じこと繰り返したのか。考える洸夜であったが、直ぐにどうでも良くなり再び横たわる。

 こんな生活を続けて早3週間。ひたすら暗い部屋の中で過ごし続けている彼には、体内時計と呼べるものは既に消え去っていた。

 

(後……どのくらい……こんな事は続くのだろうか……)

 

 この終わりが見えない()()()()()()()()()について考える洸夜。再度霞出した視界で、枕の傍らに置かれたスマホのロック画面に目を向ける。

 

(そろそろ……倉中(ウチ)の授業が終わる頃……だとしたら……)

 

 そう思った矢先、玄関の扉が開く音共に2人分の足音が聞こえてくる。

 

(また……始まるのか……)

 

 そう悲観する彼であったが、既に日常として捉えるほどに慣れておりそれ以上の追求はしなかった。

 そして、彼の部屋の扉が開かれる。

 

「ただいまお兄ちゃん。待った?」

「日菜、帰って来たら先に手を洗いなさいって言ったでしょ? 別に兄さんは逃げたりしない……いえ、逃げられないのだから」

 

 日菜の後ろから現れた紗夜が、日菜にそう告げる。

 

「それもそうだね。じゃあお兄ちゃん、ちょっと待っててね」

 

 それだけ言い残し、部屋を後にする日菜と紗夜。2人を見送った洸夜は虚な瞳をそっと閉じる。直後、洗面所より戻ってきた日菜が勢いよく洸夜の元に駆け寄る。

 

「お兄ちゃん、今日も楽しもうね?」

 

 不敵な笑みで意識のない洸夜に言葉をかける日菜。その傍らでは既にリボンを外し終えた紗夜がスカートを下ろしていた。

 

「あ、お姉ちゃん早い!」

「貴方が遅いだけでしょ?」

 

 そんな言葉を交わしながらも、2人は身に纏っている布という布を脱ぎ捨てていく。

 そして、脱ぎ終わった2人はそのまま、彼の横たわるベッドに上がっていくのであった——

 

 

 

 

 

 帰りのSHR(ショートホームルーム)を終えた祐治は、急いで荷物を纏める。

 

「おい祐治、今日の練習どうするんだ?」

 

 そんな彼に声をかけたのは、彼と同じバンドで且つ彼と同じ部活に所属する青年、一条雅人。雅人に声をかけられた祐治は、手を止めることなく雅人に言葉を返す。

 

「後で連絡送るけど今日は自主練。以上」

「え、どういうことだよ」

「急いでるから後でな」

 

 そういって教室を出ると早足で学校を去り駅へと向かって行く祐治。

 

「あいつの家ってどこだっけ……」

 

 駅に向かいながら考える彼の顔には、不安の表情が滲んでいた。休んでいると言ってはいるが、既に亡き者になっているのではないかなどと言った事柄が祐治の頭を過ったが故に。

 駅に着き改札を潜った祐治は、既にホームに止まっていた列車に滑り込む。

 

「……っと、メンバーに連絡して無かった」

 

 スマホを取り出し、メッセージアプリを開いた祐治は、メンバーに本日の練習を自主練とする旨を伝えスマホを閉じる。

 

「無事で……いてくれよ」

 

 親友の無事を祈りながら、祐治は列車に揺られるのであった——

 

 

 

 

 

「ん……んっ……?」

 

 息苦しさ故に目を覚ます洸夜。それとほぼ同時に感じるのしかかるような重さ。その正体を確かめるために、重いまぶたをそっと開く。

 

「……あ、お兄ちゃん起きた?」

 

 彼の瞳が捉えたのは、自身に覆いかぶさるようにしている日菜。その事から、先ほどの息苦しさは日菜がやったものだということが容易に想像できた。

 

「お兄ちゃん起きたならもう一回しちゃお」

 

 不敵に微笑んだ日菜は、彼の口を塞ぎにかかってくる。無論、彼女の口で。

 以前ならそのことに対して激しく抵抗していた洸夜だが、今となっては抵抗することも無駄だということを理解しており、無抵抗のまま逆にそれらを受け入れていた。

 

「……ぷはっ。お兄ちゃん、最近やっと素直になってきたよね?」

 

 小悪魔的な笑みを浮かべる日菜。そんな彼女に紗夜が声を掛ける。

 

「日菜、もう良いでしょう?」

 

 日菜に対して短く問うた紗夜は、 2人の間に割って入る。

 

「ちぇー。お姉ちゃんまた変わってよ?」

「わかってるわよ。だって洸夜は、()()のモノだもの」

 

 そう告げた紗夜は、日菜同様に洸夜に口づけをし口内を蹂躙していく。当初は激しい嫌悪と罪悪感に押しつぶされそうになっていた行為であったが、今の洸夜にとってはそんなことなどどうでも良く、寧ろ快楽に近いものになりつつあった。

 そんな彼の意識は、徐々に徐々に微睡んでいく。

 

「兄さん、もう離さないわよ」

 

 その言葉を最後に、彼は快楽に意識を預けるのだった——

 

 

 

 

 

 かつて親友に教えられたことを頼りに、祐治は洸夜の家を探して歩き回っていた。

 

「確かあの時……ここの角を曲がってとか言ってたよな」

 

 記憶にある事柄を全て捻り出して道を選んでいく祐治。だが、その記憶も数年も前のことなので殆ど色褪せており、行き詰まってしまう。

 

「参ったな……」

「あら、貴方は……」

 

 千日手(詰み)になった祐治が頭を抱えていると、突如声をかけられる。

 

「確か、鹿島君だったかしら……」

「湊さん……」

 

 祐治が出会ったのは、バンド『Roselia』のボーカルでありリーダーの湊友希那であった。2人はCiRCLEを利用する際に面識があった。

 

「こんなところで何をしているのかしら?」

「いや実は……友人の家を探しててな」

「友人の家?」

 

 祐治の答えが意外だったようで、驚いた様子で首を傾げる友希那。その手前で、祐治は話を進める。

 

「ああ。氷川洸夜ってやつなんだが」

「洸夜……?」

「知ってるのか?」

「ええ。紗夜を通じてね」

 

 友希那の返しに納得する祐治。そんな祐治に、今度は友希那が問いかける。

 

「ところで、洸夜に用があるって……彼になにがあったのかしら?」

「ああ……ここ3週間ずっと学校に来てなくて……」

「なるほど。それで紗夜の家を探してるってわけね」

 

 祐治の返答を聞いた友希那は、納得したように頷く。そして、暫し間を置いた後に口を開く。

 

「それなら、私がそこまで案内するわ」

「本当か?」

「ええ。ついてきて頂戴」

 

 頷いた祐治は友希那の後に続き歩いていく。そうして特に会話と言った会話もないまま歩くこと数十分、2人はとあるマンションの前に辿り着く。

 

「ここが、洸夜達の家……?」

「ええ」

「そっか。その、ここまでありがとな」

 

 短く礼を述べた祐治は、親友の宅へと歩みを進める。その途端、友希那が彼へ制止をかける。

 

「待って」

「どうかしたか?」

「私も少し気になるから行くわ」

 

 唐突な友希那の言葉に、驚いた様子で固まる祐治だったが数瞬の後に首を縦に振る。

 

「ああ……分かった」

 

 言葉を交わした2人は氷川家の前に向かい、呼び鈴を鳴らす。その数秒の後、玄関の扉が開かれる。

 

「はいどちら様……」

「紗夜」

「湊さん?! それと……」

「鹿島祐治だ」

 

 紗夜に対して短く名乗った祐治は、間髪入れずに紗夜へと本題を切り出す。

 

「で、だ。単刀直入に聞くが洸夜はどうしてる?」

「洸夜……ですか? 今は眠っていますが……」

「その……無理を承知で頼むが、会わせてくれないか?」

「私からもお願いするわ」

「湊さんまで……わかりました。起こしてくるので少しお待ちください」

 

 そう言って家の中に消えていく紗夜。残された2人は、ただただ無言のままでいた。

 

「お待たせしました。彼は自室にいます」

「分かったわ」

 

 招き入れられた2人は真っ直ぐに洸夜の部屋へと向かう。そこには机に向かって座っている洸夜の姿があった。

 

「洸……夜……?」

「祐治……と、湊か」

「大丈夫……なのか?」

「……ああ」

 

 開いていたPCを閉じた彼は、立ち上がり2人の側まで歩み寄る。

 

「鹿島君から聞いたけれど、この3週間何をしていたのかしら?」

「ああ、そのことなんだが……」

 

 掛けていたメガネを外し、上着の裾付近でレンズを拭いた彼は2人から視線を逸らしたまま答える。

 

「精神的にきちゃってな……」

「病んでた……ってことか?」

「ああ……情けない話だよな」

 

 苦笑しながら言葉を返す洸夜に対して、今度は友希那から問い掛けが行われる。

 

「大きな怪我をした、とかではないのね?」

「ああ。その……心配かけた」

「とりあえず元気そうでよかった。明日から学校来るのか?」

「ああ。そのつもり」

「そっか。それがわかれば良いや。その、いきなり悪かったな」

「いや、俺の方こそ悪かった」

 

 互いに謝罪をし笑い合う祐治と洸夜。その様子を友希那はそっと見守っていた。

 

「じゃあ、また明日」

「ああ。湊も、ありがとう」

「いいわ。それじゃあ」

 

 部屋を後にしていく2人を見送った洸夜は、力なくベッドの上に倒れ込む。あの2人のお陰で、今の生活からは解放された。

 だが、元の日常に戻れるのだろうか? そんな不安を抱えたまま、彼は意識を手放した——

 

 

 

 

 

 翌朝、何事も無かったかのように教室に入って来た洸夜は、祐治に挨拶を飛ばす。

 

「おはよう」

「おはよう、洸夜」

「こ、洸夜か……?」

 

 驚いた様に洸夜へと声を掛けたのは雅人。対する洸夜は、不思議そうに首を傾げながら返答する。

 

「そうだけど?」

「え、大丈夫なのか?」

「無事じゃなきゃここにいないね」

 

 冗談まじりに答えた洸夜は、苦笑しつつ自身の座席に着く。

 

「相変わらずなところを見ると、本当みたいだな」

「そういうこと。まあ、心配はかけた」

 

 そう返したところで始業を知らせるチャイムが鳴ったため3人は授業に臨む姿勢へと移る。こうして、彼の日常は本筋へと戻ってきた。

 しかしながら、彼はもう戻れないところまで落ちてしまっていたことに気付いていなかった——

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