彼の日常が本筋に戻りある程度経った頃。教室の自身の席で、洸夜は突っ伏していた。そんな彼に祐治が声をかける。
「どうしたんだ?」
「ん……祐治か」
気怠げに顔を上げる洸夜を見た祐治は、心配そうに尋ねる。
「お前、顔色悪いけど大丈夫か?」
「なんとかね……。でも、頭が痛いかな……」
笑いながら答える洸夜だが、祐治は今の洸夜がとても無理をしていると言うことを瞬時に見抜く。
「……今、すごい無理してるだろ?」
「流石祐治……そこまでバレちゃうか……」
「伊達に親友はやってないつもりだ」
断言した祐治は、額を抑え項垂れる洸夜へと続けて問い掛ける。
「で、保健室行くか?」
問われた洸夜は、首を横に振った後にそっと口を開く。
「まだ……行かない」
「なんでだ?」
「皆んなに比べて、授業の進行度が遅れてるからだよ……」
黒板の方へと向き直りながら、理由を述べる洸夜。その瞳は真っ直ぐとしたもので、この状態の洸夜は何を言っても聞かないことを祐治は知っていた。故に祐治はこう告げる。
「そうか……だが、本当に無理だけはするなよ」
「うん……」
洸夜が頷いた直後、始業を告げるチャイムが教室内に鳴り響く。
「おっと、授業開始か」
「だね……」
短い言葉を交わし、2人は授業に臨む。そんな具合で午前の日程が終わった後の昼休み。
「洸夜、この後購買行かないか?」
「いいよ。で、その後学食?」
「そういうこと」
「了解」
頷いた洸夜は、祐治と共に購買へと足を運ぶ。
「相変わらず混んでるな……」
「だね。まあ、いつものことだろ」
苦笑しながら言葉を交わす2人はやりとりの後、長蛇の列に並んだ祐治は目当てのものを買い、洸夜の元へと戻ってくる。
「買えた?」
「ああ、この通り」
袋から取り出したメロンパンを掲げながら頷く祐治。
「んじゃあ、学食行くか」
「だな」
そう言って歩き出す2人だったが直後、洸夜の視界が激しく揺らぐ。
「……?」
何が起こったのか理解できないまま、彼は意識を手放してしまうのだった——
激しい頭痛と、慣れない感触に襲われながら洸夜は意識を取り戻した。
「……ッ……ここは……?」
重たい体を起こしながら、辺りを見渡す。自身が寝ていたベッドと、体重計や身長計といった器具。そして、棚に並べられた薬品と鼻をつく消毒の臭い。
「保健室か……」
自身が居るであろう場所を予測した彼は、大きな溜息を吐く。その直後、この部屋の扉が開かれる。
「気が付いたか……?」
「祐治……うん」
部屋に入ってきた祐治を一瞥した洸夜は、項垂れつつ力無く祐治の問いかけに応じる。
「俺、倒れたのか」
「ああ……今日はもう、帰ったほうがいいかもしれない」
「そうするよ……」
祐治の提案に頷いた洸夜は、ベッドから出て立ち上がる。未だ気怠い体を持ち上げて。
「これ……お前の荷物纏めておいたから」
「ありがとう……とりあえず職員室で担任に伝えてくる」
「ああ。気を付けろよ」
「うん」
頷いた彼は荷物を持ち扉を開き廊下へ出ると、職員室へと赴き担任にこれまでの経緯と早退する旨を伝える。
「そうか。1人で帰れるか?」
「はい。そこまで遠くもありませんし」
「気をつけて帰れよ」
「はい。それでは失礼します」
担任との会話を終えた洸夜は職員室を後にする。
「……早いとこ帰るか」
「あ、氷川君……」
呟いた彼は昇降口へと移動を始めようとした途端、背後から見知った声に呼び止められる。
「はい……って、小鳥遊」
彼を呼び止めたのは、先日彼に手紙を渡した『小鳥遊鏡花』。彼女はどこか心配そうに洸夜を見つめていた。
「もう……帰るの?」
「ああ……さっきまで意識失ってたからな」
苦笑しながらそう告げる洸夜は、何かを思い出し再び口を開く。
「俺がいない間、学級委員の仕事任せっぱなしになってたの悪かった」
「そんなことないよ。鹿島君も手伝ってくれたし」
「祐治も……?」
「うん。氷川君の代理でって」
鏡花から告げられた事に驚く洸夜。自身の知らないところで、親友が己の代わりを務めていてくれたという事実に。
「そっか……祐治にもお礼言っとかないと……。それで、俺を呼び止めた理由は?」
「うん……この前のことの返事なんだけど……」
羞恥故か視線を逸らしながらそう尋ねる鏡花に対して洸夜は、やや申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「そのことか……その、小鳥遊の気持ちはすごく嬉しい。だけど、俺は他に好きな人がいるんだ……」
「え……」
驚きながら、洸夜の方を向く鏡花と対照的に視線を逸らす。
「だから……小鳥遊の返事に対して首を縦には振れない」
「そっか……」
「ごめん……」
「謝らないで。氷川君が悪いわけじゃないから」
瞳を潤ませながらそう返す鏡花。そんな彼女の心中を汲み取った洸夜は、静かにその場を後にする。
「ごめんよ……小鳥遊」
消え入るような声で呟いた洸夜はそのまま学校を後にした後、倉中駅から自宅の最寄り駅まで列車を使い、自宅へと向かっていく。
「疲れた……」
家に到着した洸夜は、荷物を適当なところに放ると一目散にベッドに倒れ込みここ最近の自身の体調について振り返る。
「そういえば……再び日常に戻った日から……徐々に体調がおかしくなっていった気が……」
彼の言葉にもあるように、洸夜は2人の妹の束縛から逃れた日から徐々に体調が悪化していた。
初めの頃は軽い倦怠感程度だったのだが、日を重ねるごとに頭痛や目眩が起こるようになり、最近は酷いと幻覚や幻聴に悩まされたり、悪夢に魘されろくに眠ることもできないと言った具合であった。
「どうして……2人から解き放たれた途端に……?」
そう思った途端、激しい睡魔に襲われ意識を手放すのだった——
自身のうなじ辺りを何かが這う感覚で、洸夜の意識は徐々に覚醒していく。
「なん……だ……?」
恐る恐る目を開き確認すると、自身の首筋に舌を這わせる紗夜の姿があった。
「紗夜……何を」
「気が付いたのね。見ての通りよ」
慣れ故か、紗夜の言葉に動じることなく直ぐに飲み込む洸夜。
「……そうかい。で、やっぱり手足は縛られてるわけ?」
「別に外してもいいのよ? でも、今の貴方なら間違いなく逃げるでしょ?」
「……どうだか」
視線を逸らしながらそう返す洸夜。その時の彼の表情は無関心、と言った具合であった。
「どうやら、体は正直なのね」
「……どう言うことだよ」
「言った通りよ。あなた自身が覚えていなくても、体がはっきりと覚えてるってことよ」
その言葉に眉を潜める洸夜であったが、理解には至らなかった。そんな彼は、紗夜へと問いかける。
「そういえば、紗夜1人?」
「あたしもいるけど?」
紗夜に問い掛けた直後、洸夜の視界に日菜の顔が現れる。
「はぁ……相変わらずどっから出てくるかわからないな……」
溜息混じりにそう返す洸夜。以前であれば驚いてところだろうが、幾度となく同じ状況を経験したため驚くことは少なくなってきた。
「それほどでも?」
「褒めてない褒めてない」
罰が悪そうに返した洸夜は、また1つ溜息を吐く。
「……2人に単刀直入に聞くけど、俺に何した?」
「憶えてないの?」
「憶えてたら聞かないね」
「確かにそうね」
洸夜の返答に何処か納得した様に頷いた紗夜は、先の問い掛けに応じる。
「貴方の意識がない時は、基本的に貴方の過敏な部分ばかりを虐めてたわ」
「なるほど?」
「後は、お兄ちゃんとキスしたりとかかなぁ」
紗夜の言葉に補足する日菜。それを聞いた洸夜の表情には、影が落ちるのであった。
「そうか……というか、それでも2人は満足しないわけ?」
「うん。だって、私達が満足するためにやってる訳じゃないもん」
「満足するため……じゃない?」
「貴方がそれを1番よくわかっているはずよ」
紗夜にそう告げられた暫しの後、洸夜はその言葉の意味を理解する。
「なるほど……ね」
そう返した洸夜は、自身に対して激しい嫌悪を覚える。まさか実の妹に刷り込まれて、それを覚えてしまったということに。
「だから俺は激しい頭痛に襲われたってことか」
今まで起こっていた不調が禁断症状のようなものであったことを即座に理解した洸夜は、2人から目を離す。
「こんな体にして……どうしよってんだよ」
「まだわかってないの?」
洸夜の言葉に驚愕の反応を示す日菜。そんな日菜を見ていた洸夜は、日菜から視線を逸らす。
「わかってたら聞かないって……」
不貞腐れた様子でそう返す洸夜に、日菜はこれまでの核心とも言える返答をする。
「決まってるじゃん、お兄ちゃんを私達の“モノ”にするためだよ」
光の灯らない瞳のままそう告げるてくる日菜。対する洸夜は、その言葉により背筋に悪寒が走る。
「そのためだけにここまでするのか……」
「こうでもしなければ、貴方はわからないでしょ?」
日菜と同じく、光の灯っていない瞳で尋ねる紗夜。そんな2人に対して洸夜は、一抹の恐怖感じつつも反論する。
「……そんなこと」
「そんなことあるよ。お兄ちゃんは、何回言ってもすぐに他の女の子が近づいてくるよね?」
「それは……」
そこまで言って彼は言葉に詰まる。今までの自身の周りの人間関係を顧みた際に、日菜の言っていることが正しかったがために。
「だから、前みたいに注意したりお兄ちゃんを見張ったりして近づけないようにしてた。それでなんとかなってた。けど今は、リサちーと付き合ってたんだよね? 私達の知らないところで? だから、こうするしかなくなっちゃったんだよ?」
日菜の言葉を黙り込んだまま聞き続ける洸夜。そんな彼に対して、とどめを刺すかのように日菜がとある一言を突きつける。
「言い換えると——お兄ちゃんが悪いんだよ? こうなっちゃったのは全部、私とお姉ちゃんの気持ちを裏切ったお兄ちゃんのせいなんだよ?」
「俺の……せい……?」
日菜から告げられた一言が、洸夜の胸に突き刺さる。ここまでに至る事柄は全て自身の行いによるものなのか?
その言葉が引き金となり、洸夜の中にあった自身に対する嫌悪が爆発してしまい、ショックのあまり気を失ってしまうのであった——
翌日の朝、祐治が教室へと入ると窓の外を呆然と眺める洸夜の姿があった。
「洸夜、お前もう大丈夫なのか?」
「ああ。色々心配かけたね」
軽く微笑んだ洸夜は、机に広げたノートにペンを走らせていく。
「自主勉か?」
「そ。昨日もできなかったからね」
そう答えた彼を見て、祐治は少し安心する。以前の——いつも通りの彼が戻っていたことに。
「ま、元気になったなら良かったよ」
「ありがとうな」
そう言って、2人はまた日常へと戻る。そんなこんなで1日を過ごした後、帰宅した洸夜は暗い自室へと入る。
「……ただいま」
「遅かったわね」
「これでも普段のお兄ちゃんよりかは早いと思うよ」
部屋の中にはすでに紗夜と日菜の姿があった。
「それじゃあ、始めましょう——兄さん?」
「今日も楽しもうね?」
紗夜と日菜になされるがままの洸夜。彼はすでに、2人の妹という名の
彼は、今日もまた着実に2人の妹が愛してやまない“モノ”として作り替えられていくのであった——
以上で『前後』の方は終了となります。
お付き合いの方、ありがとうございました。
その後を少し書いた方がいいか
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書いた方がいい
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いらない