板挟み   作:希望光

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余白 裏

 とある休日、まだ人もまばらな早朝の時間帯の駅前には紗夜の姿があった。

 

「遅いわね……」

 

 しきりに時間を確認していると、彼女の前に洸夜がやって来た。

 

「ごめん……待たせた」

「遅かったわね。何をしていたの?」

 

 額から滴る汗を拭いつつ荒い息を整える洸夜へ問いかける紗夜。

 

「アラームの時間より遅く起きたことと、出る直前まで日菜の相手をしていたことが原因です。はい……」

 

 息を整え終えた洸夜は、未だに寝起きで回らない頭をなんとか使い紗夜の質問に答えるのであった。

 

「全くあの子は……貴方も貴方よ」

「ごめん……」

「もういいわ。それよりも早いところ行きましょう」

「……了解」

 

 頷いた後、紗夜と共に改札内へと入っていくのだった——

 

 

 

 

 

 列車を乗り継ぎ2人が訪れたのは海辺だった。海の側にある駅から出た2人を潮風が撫ぜる。

 

「潮の香りだ……」

「普段は嗅ぐことがないから新鮮ね」

「そうだな」

 

 眩い陽射しにより煌めく大海原を見据えながら、何故か安らぎを覚えた洸夜は微笑む。

 

「何かいいことでもあったの?」

「まあ、ね」

 

 紗夜の問い掛けに頷いた洸夜は歩みを進める。

 

「折角だし波打ち際でも行ってみるか」

「そうね」

 

 2人は海の方へと歩いて行き砂浜を踏む。寄せては返すさざ波を漠然と見つめる洸夜は無意識の内に紗夜に問いかける。

 

「最後に来たのはいつだったかな」

「小学校の頃、じゃなかったかしら?」

「そんなに経つのか」

 

 紗夜の言葉に悲壮感を覚える洸夜。そんな彼の手を取った紗夜は、彼を引き連れて歩き始める。

 

「ほら、人を待たせているのだから、行くわよ」

「あ、ああ……」

 

 力無く頷いた彼の表情は、暗く沈んでいた。これから先のことを懸念していると言わんばかりに。

 そんな調子で紗夜に連れられて歩くこと数分。2人は待ち合わせ場所に到着する。

 

「すみません、遅くなりました。今井さん、湊さん」

 

 2人が待ち合わせていたのは、友希那とリサであった。

 

「問題ないわ。私とリサもここへはさっき着いたばかりだから」

「そうでしたか……ところで、白金さんと宇田川さんは?」

 

 あたりを見回しながら、先に来ていた2人へと問いかける紗夜。

 

「あー、なんか2人とも急用が入っちゃって来れなくなったって……」

「そうだったのですか……」

 

 紗夜の言葉に頷くリサ。その表情は先程の洸夜同様に影を帯びていた。それを見ていた洸夜が口を開く。

 

「とりあえず……着替えて来る……?」

「そうね。こうしてる間にも時間は過ぎているものね」

 

 彼の言葉に頷いた一同は更衣室へと移動していくのだった——

 

 

 

 

 

 着替え終えた洸夜は、1人波打ち際に佇んでいた。水面に映る自身を見つめながら、何故自分はこうしてこの場にいるのか。なんのためにここにいるのか。際限なく考えていた。

 

「なんで……なんでだよ……」

 

 無力で歪な自身を理解している故、彼は自分を責め傷つけていた。同時に、自身が原因で全てを破綻させてしまったという先入観がそれを強めていた。

 

「——洸夜」

 

 自己嫌悪に浸っていた彼は、呼び掛けられたことにより現実へと引き戻される。

 

「リサ……」

 

 彼の振り返った先には、先程よりも僅かばかり明るい表情で水着を纏ったリサの姿があった。

 

「どうしたの、浮かない顔して?」

「その台詞、そっくりそのまま返すよ」

 

 軽く微笑んだ洸夜は再び視線を海原へと移す。そんな彼の隣にリサは並んで立つ。

 

「アタシもそんな顔してた?」

「うん。なんか、悲しそうな感じの表情(カオ)してた」

「洸夜もそんな顔してたよ」

「そっか……」

 

 短く返した洸夜は、そっと瞳を閉じ拳を強く握る。

 

「実際……悲しいから、そうなのかもしれない……」

「洸夜……」

 

 全身を僅かに震えさせ静かに涙を流し始める洸夜。そんな彼に寄り添ったリサは、彼の右手を自身の左手で取りそっと握る。途端、彼は激しく泣き始める。

 

「アアッ……ウアッ……ハッ……ごめんッ……ごめんね……ッ」

 

 嗚咽と共に謝罪を述べる洸夜。堰き止められていた内心が、抑えきれずに外へと溢れ出したのだ。

 自責の念に駆られる洸夜に対して、瞳に涙を浮かべたリサはそっと言葉を返す。

 

「洸夜は……何も悪くないよ……」

「でも……俺は……リサを巻き込んで……リサを傷つけて……リサを裏切って——」

「そんなこと言わないでよ……」

 

 彼は言葉を遮ったリサは、彼に抱き付き顔を胸に埋める。

 

「アタシはそんなこと思ってないよ。誰も……悪くないんだから……」

「リサ……」

 

 先ほどよりも一層涙を溢れさせた洸夜は、リサを強く抱きしめる。対照的にリサは彼の胸の中で静かに涙を流すのだった。

 

「アタシは……洸夜のためならなんでもするよ。だから、1人で抱え込んだり、自分を責めて傷つけないで」

「ごめん……ありがとう……こんな、不甲斐ない奴に……寄り添ってくれて……ッ」

 

 互いの思いを打ち明けてから暫くした後、浜辺に座り膝を抱え込み隣り合った2人の姿があった。

 

「海、綺麗だね」

「そう、だね……」

「もう、いつまでも沈んでないの」

「ごめん……」

「ほら、折角海来たんだからもっと楽しもうよ」

 

 立ち上がったリサは、洸夜に手を差し伸べ微笑む。対する洸夜もまた微笑みながら彼女の手を取り立ち上がる。

 

「それで、なにしよっか?」

「なにしようか」

「リサ」

「あ、友希那」

 

 相談している2人の元へ姿を現したのは友希那であった。

 

「どうかしたの?」

「用事があって呼びにきたの」

「そっか。ごめん洸夜、行ってくるね」

「了解。俺はここに居るよ」

 

 手を振りリサを見送った洸夜は、再び膝を抱え腰を下ろすとまた海を眺め始めた。だが、その様子は来たときとは違い明る表情であった。そんな調子で延々と海を眺めてる内に日が頂点へと達していた。

 

「暑い……」

 

 頬を滴る汗を羽織っていたパーカーの袖で拭った直後、彼の元に近づいてくる足音が彼の耳に届く。

 

「誰……って、湊?」

 

 問いかけと共に振り向いた彼の視線の先にいたのは先程リサを呼びに来た友希那であった。

 

「さっき私がリサを呼びに来た後からずっとここに居たの?」

「まあ、ね」

 

 短く返した洸夜は視線を友希那から外す。すると、彼の傍に友希那が腰を下ろす。

 

「さっきはごめんなさい。リサとの時間に水を刺してしまったわね」

「何か用があってリサの事を呼びに来たんだろ。それなら仕方ないさ」

「リサの言っていた通りの人ね」

「へ?」

 

 友希那の思いがけない言葉に目を見開き驚く洸夜。その様を見た友希那は笑みを溢す。

 

「良く貴方の話をしてくれたのよ」

「リサが……?」

 

 洸夜の言葉にそっと頷いた友希那は、語り始める。

 

「例えばそうね、初めて貴方と会った時の話とか」

「あー、短期バイトでCiRCLEにいた時のか……」

 

 照れ臭そうに後頭部を掻く洸夜は、海から視線を外す。

 

「あの日、初めて会ったにも関わらず優しく接してくれた。だから、貴方に惹かれたって」

「そっか……」

「それにこうして話してみて、私自身も貴方はとても優しい人とだと感じているわ」

 

 そう言った友希那は、洸夜に微笑みかける。

 

「リサが好きになったのも良く分かるぐらいにね」

「優しいなんて……そんな事ないよ……」

「少なくとも、どんな状況であれ他者を思いやるだけの気持ちがある人は優しい人だと思うわ。さっきみたいに」

 

 会話の後2人の間には静寂が訪れ、ただただ波の打ち返す音のみが辺りに響いていた。すると、それを突き破るように洸夜が口を開く。

 

「なんで……そんなに買い被ったように言うの……?」

「……そうね、貴方にリサの事をしっかりとお願いしたいから、かしら」

「リサの事を……?」

「ええ」

 

 頷いた友希那は、真っ直ぐな視線で洸夜の瞳を見つめ続ける。

 

「私が言うのもおかしな事かもしれない。でも、私はRoseliaのリーダーとして、何よりリサの幼馴染として貴方にお願いしたいの」

「……良いのか、俺で?」

「ええ。貴方といる時のリサはとても幸せそうだった。だから、これからもリサの事を傍で支えてほしいの」

「分かった」

 

 友希那の願いに深く頷く洸夜。対する友希那はそれを見て満足げな笑みを浮かべる。

 

「何かあった時は私も相談に乗るから、言ってちょうだい」

「その、ありがとう」

 

 ぎこちなく笑った洸夜は謝意を伝える。それとほぼ同時に新たな足音が2人の耳に届く。

 

「ここにいたんですね、湊さん。それに洸夜も」

「紗夜、それにリサ……」

 

 2人の視線の先に立って居たのは紗夜とリサだった。

 

「用事はもう済んだの?」

「ええ。お待たせしてしまいすいません」

「大丈夫よ。それで、この後はどうするの?」

「とりあえず、お昼過ぎたし何か食べに行かないって紗夜と話してたところ」

「もうそんな時間だったのね。それなら、何か食べに行きましょう」

「少し先の海の家でいいかな?」

 

 リサの提案に頷いた一同は移動を始める。そこから暫く歩いた時のことだった。

 

「すいません、もう1つ用事があるのを忘れていました。先に湊さんと今井さんで海の家に向かってもらっててもよろしいですか?」

「私は構わないわ」

「アタシも、一応構わないけど……」

「すいません。洸夜、私の用事に付き合ってちょうだい」

「……ん」

 

 短く返答した洸夜は、紗夜に続き2人と別れ歩いていく。その際、彼は激しい胸騒ぎを感じた。

 そして数分程歩いた後、紗夜は歩みを止め洸夜もまた同様に歩みを止める。

 

「それで、用事ってのは……?」

 

 人気の無い浜辺を見渡しながら問い掛ける洸夜。すると突如、目の前の紗夜が彼に飛び掛かり洸夜は抵抗する暇もなく砂浜に倒れ伏す。

 

「何のまね……ッ?!」

 

 言葉を遮るようにして、紗夜は洸夜に口づけをする。そして、彼の口内に自身の舌を滑り込ませ激しく蹂躙する。

 

「……随分と楽しそうだったわね」

 

 呼吸を荒げ瞳の端に涙を浮かべる洸夜を、馬乗りになった紗夜は冷たい視線で見下す。彼女の中には先程までの洸夜の行動により、点火してしまった嫉妬の炎が激しく渦巻いていた。

 故にここまでの大胆な行動へと発展してしまったのだ。

 

「楽しそうって……ハァ……俺はただ……」

「——貴方は私と日菜の()()だと何度言えばわかるのかしら?」

 

 冷たい言葉を突きつけた紗夜は、洸夜の羽織るパーカーのジッパーを下ろす。それにより、彼の素肌が陽の光に晒される。

 

「本当はあの2人の前でこれを晒してもよかったのよ? でも、あなたがそれを嫌がっていたからそうはしなかった」

 

 彼の顕になった上半身には、無数の『跡』があった。彼が妹達の所有物だと示される『証』が。

 

「それがどう言う事なのか、もう一度よく考えてちょうだい」

 

 その言葉を皮切りに、紗夜は()()()()()()()を蹂躙していく。眩い日差しの元で、まるで誰かにその様子を見せつけるかの如く——

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