良く知っている気配に視線を校門へと向ける―――が、そこには自分の知っている赤髪の男の姿はない。その事実に首をかしげる。今確かに感じたのは師父の、イストの気配であった筈だ。だがおかしなことにその姿は全く見えない。いや、正確に言えば今もずっと、師父の気配を感じていられるのだが、その姿を確認する事ができない。そんな摩訶不思議な事態が発生していた。短く首を傾げ、そして思考する。やはり気のせいだったのだろうか、と。コロナとリオが此方に視線を向けているが、此方のしている事を解っていない。
あぁ、そう言えば多少は出来ますが……。
リオとコロナはまだ普通の範囲内だったなぁ、と思い出す。少なくとも自分の様な気配察知を出来る程敏感な感覚を持っていないし、自分の様な突き抜けた部分もない。そう考えるとヴィヴィオや自分と付き合っているにしては割と普通の友人たちなのではないかと思ったりもする。ともあれ、何か感覚に引っかかる様に感じているが、姿は見えないので多分似たような人か、もしくは別の人に引っかかっているのかもしれない。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです。ちょっと知っている気配だったと思ったんですけど、どうやら勘違いだったようで。なので何も問題ないです―――それよりもあの良い空気吸っている悪友をどうするべきかが今の問題だと思ってますので。えぇ、あの良い空気吸ってるやつです」
視線を再びステージの方へと向ける。そこにはマイクを片手に魔力を使ってキラキラ輝くヴィヴィオの姿がある。かなりいい空気を吸っているのは確定だが、客として入っているベルカ騎士団もこれ、かなりいい空気吸っているのではないだろうか。少なくともお前ら護衛の仕事とか巡回とか色々あっただろう、と言いたくなるが幸せそうな表情をしているのでそれは今回限り忘れる事にする。ああいう恰好や姿を迷う事無く、躊躇することなく実行できるヴィヴィオはある意味尊敬できる。ある意味では。全面的に尊敬する事はやっぱり無理だ。それは勘弁してほしい。
「ははぁ、楽しそうにしてるなあ、おい」
背後から聞いたことのある声がする。その声に振りかえれば―――そこにいたのは赤髪の男ではなく……女だった。
「あれ? イストさん……ですよね?」
「おう、俺だぜ」
そうは言うが、登場した師父は本人の姿ではない。まず髪は朱いが、身体が女のものだし、声も女のソレだ。眼鏡をかけているし、髪も長く、そしてポニーテールで纏められている。というよりも、肉体的にはどう見てもナルのそれだ。そこから導き出せる結論はユニゾン状態という事なのだが、服装はナルのバリアジャケット姿で、一体ユニゾン姿で何をやっているのだろうか。というより姿はナルのまま、意識は師父のものって可能な芸当なのだろうか。
「いやぁ、流石に日にちを思い出した時は焦った。その場で雪崩起こして、それに巻き込まれる様に麓まで流れて帰ってきてなあ」
「何で死んでないんですか……?」
魔力が使えない場所で雪崩に巻き込まれていて生きているとか軽く人間技には思えないのだろうが、完全に人類を止めてしまっているのだろうか。いや、元々人類かどうか怪しい芸当を何個もこなすような生物だったのでそこらへん本当に今更な話なのだが、
「師父、その姿は何ですか」
「変装。そのままで来ると疲れるから」
「あー……」
実際商店街を歩くだけでも凄い捕まるのだ、この男は。それだけの知名度をベルカでは誇っている。ミッドの方へと行けばそうでもないのだが、それでも有名人という人種は周りから嫌でも注目を浴びる。それと比べてユニゾンの姿であればまだ解らない方だ。実際こっちの姿で大々的に姿を目撃された事はないのだ。故に気づかれたとしても似たような人物、というだけで終わる。だから、まあ、理解はできる。ただ理解できる事と納得出来る事とは全く別の話だ。
やはり勝ち組。
なんか頭の中の想像だがナルが一人勝ち状態に高笑いを上げている光景を幻視する。いや、実際にはそういうキャラをしている訳ではないのだろうが、それに寧ろ同調率からして嫁と夫、という関係よりは二人で一人、という関係の方が正しいのだろうが。
「そう言えばイストさんここ数週間ずっと雪山の方に言ってたらしいですけど何してたんですか?」
「ちょっと雪山の方に引きこもりがいるんだけどそいつを引っ張り出そうとしてたんだけど予想を超えて腐ってたからちょっと更生に苦労している。今日終わったらまた戻らなきゃいけねぇんだよなぁ……なんでだろう、管理局時代よりも忙しい気がしてきた」
「お、お疲れ様です」
そんな言葉を受けとりながらナルっぽい師父は此方の頭の上に手を置いて、そして撫でるとそのまま歩き去って行く。
「はっはっはっは! ま、適当に見学してるから用があったら適当にアッ―――」
横から高速でやってきたなのはが師父を横から思いっきり蹴り飛ばし、吹き飛ばしたその姿をバインドで拘束し、そしてそのまま確保すると歩き去って行く。その片手にビール缶が握られている辺りこれから死ぬほど飲むのだろうかと戦々恐々としながら思い、師父達の方から視線を外す。
「ママ―――!」
「ヴィヴィオちゃ―――ん! 超可愛いよ―――!」
「ありがと―――!」
何時も通り狂っている親子の姿を眺め、そして少し離れた位置で微笑ましそうに眺めるユーノの姿を発見し、あぁ、やっぱり親子だなぁ、と妙な納得をした所で視線を高町家とその犠牲者から外す。リオ、コロナ、そして自分の三人で視線を合わせ、そして頷く。
「にげ―――場所を移そう」
コロナの提案に異議を唱える者は一人としていなかった。
◆
ヴィヴィオ・アイドル・ライブ会場から少し離れた入場者用の休憩スペースはお菓子やグッズを購入した多くの入場者や学生の姿で溢れていた。そのスペースの一角、開いているスペースを三人で占拠する。本来ならまだ働いていなきゃいけない時間で、これはサボリにも似た様な事をしているのだが、先ほどの光景にどっと疲れてしまったので流石に責める人間は誰一人として存在しないと思う。ともあれ、手元にはグラウンドの屋台で売っていたジュースやパイ等を適当に買って集めてきたものが集まっている。まだ昼前で昼食を取るには早い時間だが、昼食時間に都合よく休みを取れるとは限らないし、ちょくちょくこうやって買ってきたものを摘まむのが正しいのかもしれないと思う。
ともあれ、
「ヴィヴィオちゃん輝いてるなー」
ここからでもステージは見れる。なんかアクロバティックにダンスをしているヴィヴィオが周りから陛下コールを受けながら輝いている。もう打撃系聖王アイドルでも始めた方がいいんじゃないだろうか。絶対に天職だと思う。
「む、このパンプキンパイ中々ですね……ですけどやっぱりどうしても身内の物と味を比較しちゃって美味しい、と素直に言えないのは悲しい事ですね……」
「あぁ、うん。日頃から美味しいものを食べちゃうと舌が肥えちゃって中々普通の料理とかを美味しく感じなくなっちゃって困るよね。うちのお父さんとか一回ディアーチェさんからおすそ分けで色々貰ったんだけど、それ以降良く聞いてくるんだよね”まだか? おすそ分けはまだか? 頼めない?”とか割と頻繁に。それに対抗意識燃やして母さんが料理を本気習い始めたのが嬉しいけど」
意外と影響力あるなあ、と身内を見て思う。何気に家の料理が美味しいと外食する理由がなくなるので経済的にもかなりグッドだと思う。でもまあ、やっぱり舌が肥えてしまうとそれだけ外で食べる時に困る。そこらへんちゃんと理解している為、あまり美味い不味いを外では言わない様にしているが、それでもそういう味の違いは分かってしまうし、どうしても考えてしまう。
「しかしなのはさん元気だったなぁ」
「ユーノさんも何だかんだで若干あちら側に踏み込んでるよね」
「いえ、ユーノさんは寧ろ笑って微笑ましく見ている限りは巻き込まれないって悟ってる側の人間なので。あと最近聞いた話ですとツッコミに疲れたから暫くやめると」
「ツッコミって仕事だっけ」
まあ、大体ボケが多い中では義務になりがちではあると思う。実際ボケ放置していると状況がどんどんと混沌となって行くので、放置すると逆に危ない。
「ツッコミで思い出した。そう言えば今日ティアナさんを見かけたけど他の六課の人たちは来るのかな」
「ツッコミで思い出されるとはティアナさんも中々不憫枠に足を突っ込んでるとは思うけどどうなんだろう。割と大集合してる感じはするけど」
「あ、それなら私さっきティアナさんと話してきましたけど、皆割と有給ぶんどって来たそうですよ。去年ほどのスケールになるかどうかはわかりませんが。確かスバルさんの所は確定らしいですけど。たぶん屋台めぐりしているでしょうし適当な屋台に視線を向ければ見つけることできるんじゃないでしょうか。ほら、あそことか―――」
適当な屋台に指を向けると、そこには青髪と紫髪の女性が二人、横に並びながら山の様に食べ物を両手いっぱいに詰んで、それを持ち歩く姿があった。そんな桁外れの量を持ち歩いたり購入するのは自分が知っているのでもスバルとギンガのナカジマ姉妹だけだ。その少し離れた位置を見ると、銀髪眼帯の女―――チンクが両手で顔を覆っている光景が見える。あぁ、やっぱりアレって家計圧迫しているんだろうなぁ、と今更ながらそれを眺めて思う。
「まあ、いるんじゃないでしょうか。どっかに。うん、どっかに」
「見なかった事にしていいか」
「元機動六課スタッフって個性的過ぎるから探そうとすれば物凄い早く見つかるよね……」
アレで目立っているのではなく風景に紛れているというから少しこの祭りは頭がおかしいと思う。まあ、元からベルカの頭の悪さは古代を見れば証明されているというかクラウスの時代を見ても頭の悪さと発想の悪さは凄い。
ともあれ、
「今日は平和に終わりそうにないねー」
「何時もの事だけどね」
本当に何時もの事だ。視界の端を赤毛の少年が全力疾走で駆け抜けてそれを追いかけるピンクと紫がいた様な気もするが、関わった時点で負けなので極力見なかった事として話題にすら出さないでスルーする。これは基本中の基本であり、日常的に行われている事だ。
「お―――い! お―――い! あ、もう来―――」
もちろん聞こえなかったふりをするのも基本である。視界に入らない様に横に座っている人を盾にし、見えない様にして心の安心感を得る。世のなか関わってはいけない事があるのだ。
「さっきスバルさんとギンガさんがめちゃくちゃ買い込んでたけどやっぱりアレって食費とか家計を圧迫するのかな? いや、スバルさんもギンガさんも割と給料もらってるからそこから購入しているんだろうけどさ。いや、地味にどれ位かかってるか気にならない?」
そう言われるとそうだ。毎日あの量を普通に食べているのだからやはりそれなりにお金はかかっているのだろう―――というか何であれだけ食べているのにあのスタイルを維持できるかが激しく知りたい。自分でさえ割と運動をしているつもりだ。少なくとも体のスタイルを落とさない程度の鍛錬は行っている。筋肉だって成長の妨げにならない程度には付けているし。だけどあれだけ暴飲暴食しておいて、スタイルの維持を余裕で出来ているとか少し卑怯ではなかろうか。
「家計とかで気になったんだけど、アインハルトんとこはどうなってんだ?」
「どう? とは」
リオがいや、と言葉を置く。
「いや、イストおじさんの家に置いて貰ってるのは解ってるけどさ、アレってどういう扱いなの? お泊り的な? お金は実家の方から出ているとか。もしくは完全に家の子みたいな感じに置いて貰っているのとか」
「あぁ、それは後者の方ですね。なんというか名前が変わってないだけでほとんどバサラ家の子って感じですね、私。師父とかも完全に父親の様に甘えて来い、何て言ってきますし。なので私も本当の父親だと思って師父の事は敬愛させてもらっています。いえ、本当の父と行っても実父と比べますと天と地ほどの扱いの差があるんですけど。というかむしろ実の両親の方が全く本当の両親という感じの扱いになってないんですけど」
「あー……そういえば両親の事がそんな好きじゃなかったよね……」
嫌い、というわけではない。寧ろ無関心というのが今の自分に対しては正しいのかもしれない。それに今の”家族”の方が遥かに楽しいし、優しいし、良い環境なのであっちの方は正直どうにでもなれと思っている。最低限生まれたストラトスの子供としての義務は果たすつもりではあるし、もうそれでいいじゃないか、と。
と、集めた菓子を食べて軽いサボリ時間を満喫していると、校内に響くアナウンスが聞こえ始める。
『はぁーい! 此方St.ヒルデ放送部ですー! 本日午後からはグラウンド前ステージでちょっとした腕相撲大会を開催予定です! 商品は色々とでますが、そこは適当に流します。見栄を張りたい方、大人げなく勝利したい方、どうぞご参加ください! 以上、St.ヒルデ放送部でしたぁー!』
アレ、あの声どっかで聞いたことありますねー……。
ともあれ、この放送を聞いて黙っていられる程ウチの身内も大人しいものではないと思う。
パパが女になって帰ってきた! 普通なら自殺もの。
雪山でヒッキー……一体誰なんだ……。
という事でこのお祭りが終われば秋から冬になり、ヴィヴィッドの物語もちょっとした新しい展開を迎える事になります。それまでもうチョイだけ馬鹿騒ぎの日常をお楽しみください。冬に入ったら少しだけバトル周り増えるでしょうし。