Episode 4
2061年12月上旬。ある日の午後、404小隊指揮官“V”(ヴィー)は、要塞施設のヘリポートに配置された休憩所の椅子に腰掛けていた。彼は、広大な蒼い海を眺めながら、4年前を思い出していた。彼が、胸ポケットから煙草を取り出そうとした時、背後から見覚えのある女性が群青色の美しい髪をなびかせてやって来た。
「やっぱり、あなたね」
「メアリー…」
「久しぶりね。一ヶ月ぶりってとこかしら。調子はどう?」
「まあまあだな」
メアリー・K・カサット。年は26。第二小隊隊長。4年前、Vと同じ部隊に所属する兵士だった。彼らが、最初に出会った時もこの休憩所だった。彼女は、先日まで南極連邦の地上攻防戦で戦っていた。しかしながら、メンバーが瀕死状態に陥ったため、急遽、要塞施設に撤退することとなった。
「遅いけど、指揮官昇格おめでとう。聞いたところによれば、あなたの部隊は戦術人形で構成されてるって?」
「あぁ。もう、会ったか?」
「いえ、まだね。見てみたいわ。第二世代モデルなんでしょ?私たちそっくりの」
「そうだ。今は、デールの研究所でメンテナンスの最中だろう。また、君のことを紹介しておこう」
「ありがとう」
× × ×
「攻防戦はどうなった?」
Vがメアリーに尋ねると、彼女はゆっくりと俯いた。
「失敗したわ…」
「失敗…?」
「私の作戦の計画が甘かった。アイツら、ゲリラのくせして鉄血の大型兵器ぶっ放してきたのよ!」
メアリーは、手に持っていたコーヒー缶を握り潰した。
「おかげで、メンバーは瀕死状態。くそ、いつか必ず仇を取ってやる。でも、幸運にもなんとか全メンバー無事に帰還できたわ」
「そうか…。大変だったな」
「えぇ、本当に」
「鉄血の兵器か…」
Vは、蝶事件を思い出した。あの恐るべき鉄血の製造された多くの戦術人形が暴走した瞬間、そしてUMP40の死が脳裏によぎった。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「そう」
Vは、吸い終わった煙草を椅子の隣に置かれた灰皿に捨てた。そして、胸ポケットから新しいものを取り出し、ズボンのポケットからマッチを取り出して先端に火を付けた。
「あなたとここで座っていると、時間の流れがゆっくりと流れているように感じるわ」
「なぜ?」
「分からない。あなたが、何考えているか分かんないからかな」
メアリーがくすくすと笑う。
「悪い」
「あはは、ごめんなさい。冗談よ」
Vは頭上に煙を吐いた。煙は海風と共にまもなくして消え去った。
「実は、さっきまで、4年前のことを思い出していた。そしたら、君が偶然のように現れたから、驚いて」
「4年前ね…。そういえば、私とVが初めて出会った所もここだった」
「そうだな。懐かしい。あの頃の自分は今と違って弱かった」
「本当に?だって、射撃試験と筆記試験、高得点だったじゃない。」
「試験はな。日頃の練習、そして学ぶ姿勢さえ良ければ出来るものだった。そうじゃない。弱いのは自分自身だ。いつまでも愛人の死を引きずっていたし、あの日に味わった死の恐怖と絶望が少なからず残っていた」
「そうなんだ…」
4年前の6月。軍事会社第二小隊の選抜試験が新米兵士の元で行われた。試験内容は様々な分野に分けられており、その中の三項目を自由に選び、その結果に応じて選抜されるというものだった。Vは、射撃、格闘、そして筆記を選んだ。二日後、彼は、試験結果の連絡が各兵士のそれぞれ持っている小型電子パネル装置に届くのを、ヘリポートの休憩所に配置された椅子に腰をかけながら、待っていた。その時、同じくして試験結果の連絡を休憩所で待とうと考えていたメアリーは、Vの座る椅子の元へ向かった。これが、彼女と彼の初めて出会うきっかけであった。
「隣、いいかしら?」
「あぁ、構わない」
「あなたも、結果待ち?」
「そうだ。君も?」
「ええ。メアリー・K・カサットよ。よろしく」
メアリーが、笑顔で右手をVに寄せる。Vは、彼女に握手を交わした。
「よろしく。コード2117だ。ここでは“V”と呼ばれている」
「あなたが、“V”だったのね。会えて光栄だわ」
「俺を知っているの?」
「ええ、もちろん。新米の間では有名よ」
Vは、メアリーを除いてまだ顔を合わせたことすらない新米の同志に自身が有名であることに疑問を抱いた。彼は、この海上要塞の中で一際目立つような行為をした、あるいはそのような人柄であるはずがないと承知していた。
「俺が、有名?」
「そうよ。2年前の自律人形大学襲撃事件の生存者で、唯一、司令官に救われた男、としてね」
「あぁ、なるほど…。確かに、俺はG司令に救われた。だけど、どうして本来、戦争とは無縁の俺が、司令なんかに救われたのだろうって今も思っている。俺は、あの時あの場所で死んでいてもよかったんだ」
メアリーは、ふと、空を見上げる。Vは、彼女の様子を見て先ほど吐いた弱々しい言動が彼女を呆れさせたと思い、謝った。
「あぁ、すまない。今の話はなかったことにしてほしい。実は、兵士じゃなくて本当は芸術家になりたかったんだ。でも、今は、もう何も思わない」
「あの時あの場所で死んでいてもよかった、って思うのはみんなそうよ」
メアリーが、俯きながら小声で呟いた。
「え?」
「いえ!何でもないわ」
その時、二人に試験結果の通知が届いた。互いは、各々の小型電子パネル装置を取り出して、結果を覗いた。メアリーは、目を大きく見開いて結果に驚愕し始めた。Vは、彼女の驚きの様子とは異なるものの、彼も自身の結果を喜んだ。
「やったわ!第二小隊に選ばれたわ!私!」
「良かったな」
「Vは?」
「俺は…」
メアリーが、Vの通知を覗いた。彼女は、彼の通知に対して異なる驚きを見せた。
「嘘…?あなたが…?」
「驚いたよ。こんな俺が、どうして」
Vの通知は予想外のものだった。彼は、第二小隊の選抜は落とされたものの、彼らの務める軍事会社の中、特定分野で圧倒的に優れた者しか選ばれることのない第一小隊への入隊通知が届けられていた。
「得点も尋常じゃないわ。凄いわね」
Vの成績は、格闘は低かったものの射撃そして筆記による得点は極めて高かった。その得点は彼でさえ驚くほどだった。
「命中率、構え、リロード…、それに作戦指揮まで!平均値を軽々と超えているわね」
「格闘は、メアリーよりも極めて低いけどね。学生時代と変わらないくらい努力はしたと思う」
こうした彼の行動と結果は、彼の愛人の死から世間への報復のためでもあるが、何事も完全を求める彼の異常な性格からもたらされたものでもあった。勉学に励む、そして絵を描く能力しかないと感じていたVだったが、かつて無縁だった軍事でさえ、努力さえすれば身に付くことを知った。やがて、彼には僅かな自尊心が芽生えつつあった。
しかしながら、Vが考えるほど第一小隊の向かう先は甘くなかった。彼が第一小隊に入隊してから二回目の争いで、多くの仲間を失った。放射線に侵されていない地域であるS02地区にELIDの感染者が闖入した事件が発生した。第一小隊は、地区内のハザードを阻止するため、感染者に攻撃を仕掛けた。当初、感染者が地区に進入する勢いは収まりつつあった。だが、崩壊した地区のゲートを閉ざす作業が行われる瞬間、悲劇は起こった。突如、人間とはもはやかけ離れた三体の巨体感染者が、ゲートを破って進入した。感染者は、地区内の避難に遅れた住民や警備員を無残に殺していた。感染者は、罪のない複数の人間を片手で捕らえ、骨が複雑に折れて体内の血液の全てが体外の四方に飛び散るほど握りつぶし、壁へ投げ込んだ。死体の投げられた壁は、この上ない無垢で残酷な赤に染まった。Vを含む第一小隊は、感染者との戦いに苦戦した。彼らの持つ銃器では、感染者の行動を抑えることが出来なかった。小隊一同は、戦う中で感染者に多大な損傷を与える計画を考える中、次々と命を落としていった。数分後、小隊通信部が呼びかけたことにより、軍事会社支援のヘリが地区上空に現れ、ヘリ内からロケットランチャーが地上へ落とされた。さらに、感染者の行動を制限することのできる半径およそ6メートルのグリーンネットが、感染者三体の元へ落とされた。各地に散らばった感染者は、落とされたグリーンネットに絡まり、その場に止まった。Vを含め残る4名の小隊メンバーは、ランチャーを手にしながら急いで地区内中心部を襲いかかった感染者の元へ向かった。やがて地区中心部のグリーンネットに覆われた感染者は、メンバーによるロケットランチャーから放たれた4発のロケットにより、木っ端微塵と化した。北部を襲いかかった二体目も同様の形で倒された。西部を襲った残る三体目の元にメンバーが向かった時、Vは、彼の目に焼きつくほどの二度目の惨劇を味わった。残る感染者は、覆いかぶさったグリーンネットを破り、小隊一同の元へ襲いかかってきた。メンバー4名がロケットランチャーを構える暇はなかったため、前方に配置された通信部2名が、感染者の両手に捕えられ、地上に何度も叩きつけられて殺された。その後、感染者は後方の隊長とVを狙った。隊長は、自身のロケットランチャーを左に投げ込み、そしてVを感染者から庇った。片手で引っ捕らえられた隊長は、唯一動かせることの出来た右手で左胸付近にあらかじめ取り付けていた手榴弾を取り、安全ピンを歯に加えて引き抜いた。隊長は、感染者の片手の中で自らの命を絶った。手榴弾の爆風によって生じた砂埃がVの視界を妨げた。彼は、視界の悪い中、隊長の投げ込んだロケットランチャーを探した。砂埃が収まった後、隊長による手榴弾の攻撃により片腕を失った感染者は、残ったVに目を付けて襲いかかった。しかしながら、Vの両手には既に二丁のロケットランチャーが構えられていた。2発のロケットが感染者に放たれた。その後、周りには感染者の肉片のみが散開していた。疲れ果てたVは、二丁のランチャーをその場に捨てて、当てもなくゆっくりと地区のゲートまで向かった。彼の歩く周辺は、2年前の惨劇と全く変わらない真っ赤に染まった地獄絵図が広がっていた。ゲートが見えたところで、彼は両膝を地に付けてその場で留まった。やがて、上空ヘリが地区内に着陸した際、Vは支援部隊に救出された。支援部隊は、メアリーの所属する第二小隊だった。ヘリが着陸した瞬間、メアリーは真っ先にVの元へ駆けつけた。メアリーは、声も出せず歩く力さえも失うほど二度目の絶望に陥ったVを抱擁し、ヘリの元まで擁護した。感染者の脅威はなくなった後、S02地区の生存者と第二小隊は、ゲートの修復を行った。
この事件により、第一小隊はVを残して消滅した。残るVは、後にG司令の命令により第一小隊を、“存在しない”部隊として404小隊に部隊名を変更した。名前の由来は、ネットワークエラーによる表示である404 not foundからもたらされた。しばらく、Vは自身が戦場に赴くことを拒み、施設の自室の中に閉じこもった。また、ある時には物資調達ヘリに搭乗し、S07地区まで向かって彼の愛人の眠る墓地の元へ花を添えるいった行動を繰り返していた。
「俺の過去は、醜い争いから生じた結果によって汚された、なくなったんだ。今後も、俺はあらゆる敵と戦う中、過去という時間が自身からますます消失するのかもしれない」
「過去はあるわ。私があなたを抱擁した過去だってある。大丈夫、私がいる限り、あなたには過去が在り続ける」
メアリーは、Vの言う過去の概念が、仲間や親友、そして彼の愛人と共に築き上げ、自身が快いと感じた時間を過去として捉えているのだろうと察した。
彼らが、各々の経験を語り合う中一人の戦術人形が彼らの元へやって来た。
「V、いえ、指揮官。メンテナンスが終了しました。本日の作戦を実行しましょう」
「416か。具合は?」
「問題ありません。完璧です」
416が、ふと、メアリーの方に目を向ける。メアリーは、目を輝かせながら彼女を見つめていることにVは気づいた。
「紹介するよ。彼女は、戦術人形HK41……」
Vが416を紹介する瞬間、メアリーは突然416に飛びつき、両手で416をぎゅっと抱いた。
「ひゃっ。急に何なんですか!?」
「可愛い!!何、この子!!」
416の美貌から理性を失ったメアリーは、416の頰を触ったり、彼女の胸をいやらしく触り始めた。
「本当に私たちそっくりね。人の皮膚と同様に柔らかい。胸も…、私よりも大きいし!」
「おい、メアリー…。一応、彼女だって人間…」
「指揮官!この人、誰ですか!?離してください!撃ちますよ!」
「メアリー!」
Vが、メアリーの名を叫ぶと同時に、彼女の動作がピタリと止まった。
「あ、ごめんなさい。戦術人形を見るのは初めてで、つい…」
「416、許してやってくれ」
「第二小隊所属隊長、メアリー・K・カサットです!以後、よろしく!」
メアリーは、416に敬礼しながら自己紹介する。すると、416も彼女に敬礼しながら自己紹介を行なった。
「404小隊所属、戦術人形HK416です。よろしくお願いします」
彼女たちは互いに握手を交わした。
「416、先に作戦室で待機しておいてくれ。準備したらすぐに向かう」
「了解しました、V。あ、いえ、指揮官」
「Vで構わないよ」
「分かりました。では、作戦室で待機しておきます、V」
416が作戦室へ向かった。Vは、椅子から立ち上がり、作戦準備に取り掛かろうとした。
「ねぇ」
メアリーが、Vが休憩所から離れる前に彼の後ろ姿を見ながら話しかけた。
「V、こんなこと聞いて悪いかもしれないけれど、どうしてあの子、それにあの子も含めた戦術人形たちを、受け入れたの?」
メアリーが、彼にこのようなことを不安げに質問する理由には訳があった。かつて、彼は7年前の忌まわしい事件以来、酷く人形を憎んでいたためだった。さらに親友と愛人を失ったあげく、やがて自律人形が衰退しつつある人類に取って代わり世界の情勢を一変させてしまうのではないかといった恐怖も彼の身を少しずつ蝕んでいた。4年前から、彼の側から一度も離れようと考えることのなかったメアリーが、彼の内面をよく理解していた。
Vは、吸い終わった2本目の煙草を灰皿に捨てた後、彼女に僅かな笑みを見せて返答した。
「それは、彼女たちに心があったからかな」
Vメアリーにその一言を告げて、休憩所を離れた。
Episode 5
2061年12月中旬。Vと416は、G司令の新たな依頼を受け、S07地区東部スラム通りまで向かった。
「本当に、ここにいると思いますか」
「司令の言ったことだ。間違いはない」
依頼とは、このスラム通りで鉄血工造のニューモデル自律人形が、何者かに違法売買され、その自律人形を連中から強奪するといったものだった。
東部スラム通りは、Vがかつて通っていた大学とは程遠い場所にあった。教授からは、決して学生や子供が向かってはならないほど危険な地帯だといわれていた。その通りには、兵士を退役してただただ死を待ち望む者や反戦団体の連中、チンピラなどあらゆる反社会的な者共が集まっている。Vと416が歩く中、スラム通りの連中は鋭い目線で彼らを見つめていた。Vは、連中がコソコソと彼について話していることが耳に入った。
「…グリフィンの野郎か?」
「あぁ、おそらくな。奴の背後の女は人形に違いない」
スラム通りの中心部に辿り着くと、どの建築物よりも一際目立った高層ビルが建てられていた。ビル内では、人形の不法売買や麻薬の取引、売春などのやり取りが行われている。以前、Vは作戦任務でこのビルを何度か訪れたことがあった。軍の上層部の暗殺依頼や他民間軍事会社や人類解放軍の情報入手など様々な交渉をここで行なった。
Vが高層ビルを眺めていると、突然、416が頭の痛みを訴えた。
「うっ…!」
「どうした!?」
Vは、倒れそうになった416を支えた。
「誰かが、ツェナープロトコルで私に何かを訴えている!」
「ツェナープロトコル!?ありえない。常時、切っているはずだろ?」
「私にも原因が分かりません!すごく大きな周波数で何かを伝えています!」
「何を!?」
「分からないです!ノイズが大きくて正確に聞こえません」
ツェナープロトコルとは、90wishが開発した広域通信プロトコルのことである。ある領域内の人形の間で直接コミュニケーションネットワークを確立させ、情報を伝達することができる。Vが、戦術人形との通信を行う場合、デールによって開発された鉄血工造の戦術兵器イージスの頭部を模したマスクを装着する。また、マスクには戦術マップ構築システムも搭載しており、戦術人形とのマップ共有が行える。
「通信先は?」
416が高層ビルの上部を指差す。
「あの辺から…」
「分かった。行くぞ」
「了解です」
Vは、ショルダーバックからマスクを取り出し、ゆっくりと頭部に装着した。そして、中から上着の後ろに隠し持った拳銃のマガジンも取り出した後、バックを路上へ放り捨てた。彼が、右目を二回瞬きすると後方部から蒸気が放たれて眼光が黄色に眩く輝き、マスクが起動し始めた。
「ツェナー展開。416、聞こえるか」
「えぇ、聞こえます」
彼らは、ビル内へと乗り込んだ。
エントランスを抜けると、ビルに設けられた様々な事務所社員が彼らの姿に驚き、怯え出した。中には、人類解放軍の連中も存在しており、彼らが震えながら両手を上げている姿も見えた。416は、睨みながら彼らにレッグホルスターから取り出した拳銃を構えている。Vは、たまたまエントランスへ駆け込んだ社員を右手で捕らえ、両手で胸ぐらを掴んだ。
「ここに自律人形がいるだろう。教えろ」
社員が、Vに両手で抵抗する。
「命が惜しければ抵抗するな。答えろ」
「し、知るか!」
Vは、社員の首に掛けられたネームタグの左上の社名を覗いた。
「ほう、昨年、鉄血工造と兵器所持契約を交わしたPMCじゃないか」
「それがどうしたっていうんだ?」
「運が良かったな」
Vは、社員を床へ抑え込んだ。
「求めている人形は鉄血のニューモデルだ。お前らがヤツらから買い取り、このビル内の何者かに売りつけただろ?答えろ」
「誰が言うものか…」
「もう一度聞く!人形と買い手はどこにいる!」
「はっはっは…、言わねぇよ…このイージス頭が」
Vは、社員の右脚に1発弾丸を撃ち込んだ。
「あぁぁっ!!」
「次は、左脚に撃つぞ。早く答えろ」
「クソ野郎!!本当に撃ちやがった!」
Vは、続けて社員の左脚に二発撃ち込んだ。
「あぁっ!!!クソッ!!クソォッ!!!二発も撃ちやがったな!!!」
Vは、社員の頭部に銃口を構え始める。
「分かった!!!教える!!教えるから拳銃を下げてくれ…」
「どこだ」
「10階!!10階だ!!」
「買い手は?」
「モリグチグミとか言った東洋の大手グループだ」
「部屋番号は!?」
「10…06…」
「1006号室だな」
Vは、社員を振り払い、416を呼び込んで奥側のエレベーターへ向かった。
× × ×
エレベーター内では、既にVと416は銃撃の態勢に備えていた。Vは、G司令との通信を行なっている。
「鉄血の新型を所持していたのは、やはりあの西欧のPMCでした。金銭目的で奴らと協力関係を築き上げ、グリフィンや我々を破滅に追い込むつもりだったのでしょう」
「その推測は合っているだろう。金には目がない連中とはいえ、まさか人類の敵、鉄血工造と手を組むとはな。それで、新型の行方は?」
「現在、取り返そうと向かっているところです。モリグチ、グループ…確か、そのような名前でした」
「モリグチグミだな。S07地区から09地区に蔓延る日系犯罪組織だ。連中は、鉄血から買い取った新型をモリグチに倍の値段で売った、というわけだ」
「犯罪組織ですか。となると、対話形式での交渉では話になりませんね」
「あぁ、そうだな。発砲を許可する」
「了解しました」
エレベーターが10階に到着する。扉が開くと同時に、彼らは1006号室まで駆け出した。Vが攻撃の合図を出すと、416は腰のポケットから小型爆弾を取り出して扉の側面に取り付けた。数秒後、爆弾は爆発し、扉は跡形もなく崩れた。すると、Vが先頭を切って室内の組員を射殺していった。扉の側に佇んでいた組員は、Vの不意打ちに驚く暇もなく頭部を撃たれて殺されていった。続けて、416が室内の中央部まで駆け抜け、慌てて拳銃を取り出した組員の片脚を撃ち、立てなくなった彼らの頭部を撃ち抜いた。
部屋の奥側にはもう一部屋があることを把握したVは、彼らの現在いる部屋の周囲を休む間も無く確認した。
「家具の背後に気をつけろ」
「えぇ」
416が、部屋の面積の六分の一を占める倒れたテーブルの背後にゆっくりと身を近づけた。その瞬間、テーブルの背後から残る組員がナイフを構え、416に襲いかかろうとした。しかしながら、組員がナイフを振りかざした時、416はナイフをかわし、組員の片脚を崩し、腕を両手で取り押さえて床へ叩き落とした。そして、彼女は拳銃を構えて体勢を崩した組員の頭部に目掛けて弾丸を放った。
「見事だ」
「たいした事ないですよ」
Vと416は、拳銃を構えて奥の部屋へと進んだ。見るからに高価で年季の入った木製の扉を蹴り倒すと、モリグチグミのボスが両手を上げて、木製の机の後ろに座っていた。彼の様子は、焦燥感を醸し出していた。
「…何者だ?何が目的だ?」
Vが、冷静な態度で回答する。
「司令の命令で人形を頂きに来た」
ボスが動揺し始める。
「人形だと?はっはっは、そんなものはここにはない」
416が、ボスを睨んで返答する。
「嘘をついても無駄よ。ここから私に通信が入ったのは間違いないわ」
「さあ、渡してもらおう」
「クソッタレめ…」
ボスが、冷や汗をかきながら、部屋の側面に付けられたクローゼットを開ける。クローゼットの中には、金属で出来た巨大な隠し扉が設けられていた。ボスは、隠し扉に取り付けられている数式ロック装置にパスワードを打ち込み、鍵がアンロックされた。隠し扉の奥へ進むと、狭く薄暗い空間が設けられていた。そこには、足枷を取り付けられて悲しい表情を浮かべた一人の娘が壁の側面に背中を付けて座っていた。彼女の右目には、痛々しい傷が縦に付けられていた。
「彼女よ!!」
416が大声で叫び、娘の元まで向かった。続けて、Vが彼女の元へ向かおうとした瞬間、ボスが右袖に隠し持っていたナイフを彼の右肩に差し込んだ。
「うぐっ!!!」
体勢を崩したVの腹部に目掛けて、ボスは右足で蹴りかかった。Vは、空間の端に倒れ込んだ。ボスは、Vの落とした拳銃を416に構えた。416は、すかさず拳銃をボスに構え、引き金を引いたが弾丸が放たれる事はなかった。
「弾切れ!?こんな時に!」
「はっはっは、運は俺に回ったようだな。ここまでだ」
416は、ポケットの予備マガジンを抜こうとした。すると、ボスは416の顔に一発の弾丸を放った。弾丸は、幸運にも彼女の頰にかすり傷を付けただけだった。
「やめておけ。次で、確実に当てるぞ」
ボスが、銃を構えながらゆっくりと416と娘の元に向かってくる。Vは、右肩のナイフを引き抜き、ゆっくりと立ち上がる。ボスは、416の頭部に銃口を突きつける。娘は、416の背後で怯えながら目を瞑っている。
「くぅ…」
「どこの誰だか知らねぇが、あばよ。お前を殺したら、次はアイツだ」
「おい!!」
Vがボスに叫ぶ。
「何っ?」
ボスがVに拳銃を構え直す前に、Vはナイフをボスに目掛けて投げ込んだ。すると、ナイフの刃先はボスの頭部に見事突き刺さった。416は、立往生するボスの胴体を蹴り飛ばした。ボスは、白眼を向け、口を開いたまま無残に死んでいった。
416は、予備のマガジンを拳銃に装填し、足枷を壊して娘を解放した。Vは、右肩の深く差し込まれた傷口に、予め用意していた消毒液の入った瓶を内ポケットから取り出し、ズボンの左ポケットからタオルを取り出した。そして、消毒液をタオルに浸し、傷口にゆっくりと当てた。
「不覚…」
娘が、Vを哀れみの表情を浮かべて見つめる。
「大丈夫だ。君は気にしなくていい」
「あの、助けてくれてありがとうございました」
Vが、416に再度彼女が人形であることを訪ねた。
「416、彼女が今回の目標である人形なんだな?」
「えぇ、彼女で間違いないです」
416が娘の首の背後に刻印された登録番号を確かめる。
「鉄血の登録番号です。これを見るからに彼女はUMP45の分子モデルに該当します」
「了解」
Vが、G司令に連絡を入れる。
「目標を手に入れました」
「ご苦労。基地に連れてきてくれ。すぐにデールの元へ運ばせる」
「了解」
「今回の報酬はそれぞれ通常の二倍で払おう」
「感謝いたします」
「ヘリを向かわせる。ビルの屋上で待機しておけ」
「了解しました」
Vが、連絡を切る。娘は、416に支えられながら前に進んだ。
「ここに長くはいられない。司令がヘリを向かわせたそうだ。屋上へ向かう」
「了解」
彼らが、1006号室を抜けようとした時、娘が不安げな顔を浮かべてVの左腕の袖を掴んだ。
「あの…」
「どうした?」
「私はこれからどこへ向かうのでしょうか?」
「我々の基地へ連れていく。心配するな、君に危害は加えない」
「あの、私は一体誰なんでしょうか。私自身が何なのかよく分からなくて」
「基地に来れば分かる。一つ言えるなら、君は特別な存在だ」
Vの言葉から娘が、やがて穏やかな容姿に変わっていった。
「特別な存在?」
「あぁ。君は、ただの民間型なんかじゃない」
「戦術人形だ」
娘が大きく目を見開いてVの姿を見つめた。詳細は分からなかったが、Vの威厳ある言動から彼女は自身がただの人形ではないことを理解し、今まで手に入れることのなかった大いなる希望を抱いた。
娘は屋上に辿り着いた時、その場で両腕を大きく上げたり、軽やかに手足を動かしたりして舞い上がった。彼女は、久しぶりに太陽光を浴びることや外の空気を味わうことに喜びを感じていた。Vは、彼女の行動から改めて全ての人形に心がないわけではないということを把握した。
ヘリが着陸して娘が先に搭乗した時に、416はVに先ほど彼が娘に語ったことについて尋ねた。
「カッコ良かったですよ」
「えっ?」
「さっき、あの子に話した事です」
「あぁ、先ほどの話か。なんか、そう言われると恥ずかしいな」
「そうですか?」
「あぁ。でも、あれはある意味自分にも言い聞かせたことかもしれない」
「自身が特別な存在、ということですか」
「あぁ。時には惨めな気持ちに陥る自分自身に伝えていたのかもな」
416が、ふふっと笑う。
「あなたは、やっぱり不思議な人ですね」
「不思議、か…」
Vは、マスクを外して内ポケットから煙草とヤスリ式ライターを取り出し、煙草の先端部に火を付けて一服しながら、416に続けて応えた。
「いや、多分、これは自身の中の葛藤なのかもしれない」
× × ×
「UMP9、ただいま就任!みんなこれからは家族だ!」
司令室。G司令を前にV、UMP45、HK416、そしてデールとUMP9が集まっている。デールの改造により、娘は戦術人形UMP9として生まれ変わった。開発で精力を使い込み、疲れ果てたデールが彼女について話し始めた。
「はぁ…はぁ…、コイツは驚いたぜ…。まさか、本当に鉄血のモデルだったなんて」
G司令が返答する。
「言っただろう。本物だって」
続けて、G司令はUMP9に笑みを見せて語り始める。
「改めて、我が軍事会社へようこそ。君は、君自身がこれから扱っていく銃器の名称であるUMP9の名の下にここで働いてもらう」
「りょーかいです!」
「そして、君の隣にいる彼女が君の姉妹に当たる」
UMP45が、UMP9に笑みを浮かべて握手を交わす。
「UMP45よ。よろしく、ナイン」
「よろしく。あの、45(よんごー)姉って呼んでいい?」
「良いわよ」
「やったー!よろしく!45姉!」
G司令が、先程とは異なって荘厳な態度でVに話しかける。
「V、これでようやく君の小隊を再び編成することが出来たな。今までの君は、416をパートナーとして数々の任務を果たしてきたが、これからは戦術人形である彼女たちと手を組みながら戦場に向かえ」
「了解しました」
続けてG司令は、UMP45たちに話す。
「君たちは、これから彼の率いる小隊の一員として戦ってもらう」
「分かりました」
「了解しました」
「了解しました!」
Vは、小隊についてG司令に尋ねた。
「第一小隊の再来、ですね」
「いや、君たちは第一小隊ではない。404小隊、通称、“存在しない”部隊だ」
G司令は、Vの左肩を右手で押さえながら落ち着いた表情で話した。
「もう、君は第一小隊の呪いを背負わなくていい」
Vは、眉間をしかめて無言で俯いた。
「あぁ、それと、小隊にはもう一人加わるぞ」
V、416が驚く。
「それは、本当ですか?」
「あぁ、明日にはここに到着するだろう。上層部からの贈り物だ」
「司令、来るのは人形ですか?」
416が尋ねる。
「そうだ。君と同じアサルトライフルだそうだ。君たちの部隊で有効に使ってくれ」
「了解しました」
「なになに?家族が増えるの?やったー!」
「しかしながら…、上層部曰く、日頃の扱いには少々厄介な人形らしい。その件については、416、君が対処してくれ」
「わ、分かりました。世話を焼かせる子じゃなきゃいいけど」
G司令が、窓際に立つ。
「では、404小隊一同、今後の活躍に期待している」
G司令が、目を細めながら深刻な表情でVに話す。
「頼んだぞ、V」
「了解しました」
× × ×
その日の夜、Vは、眠れずにヘリポートに配置された休憩所の椅子に腰掛けながら、夜の海を眺めていた。
「よぉ、こんなところで何やってんだ?」
後方からデールがやって来る。
「君こそ、こんな夜にどうして。良い子は、ベッドの上で眠る時間だ」
「だから、子供扱いすんなって!!」
Vが、笑う。
「悪かったよ、冗談だ。君も眠れないのか?」
「あぁ、そうだよ。ちょっとな」
× × ×
デールは、Vにもらった缶コーヒーを飲みながら月明かりの反射する海を眺めている。
「あぁ、これ、ありがとな」
「いいさ。俺と君の仲だ。日頃のマスクや武器のメンテナンスのお礼だ」
デールは、コーヒーを飲み干す。Vは、蝶事件以来のUMP45の容態について彼に尋ねた。
「UMP45の件なんだが…」
「おう、彼女がどうかしたか?」
「最近の彼女の調子はどうだ?ここ数日、俺は416と行動を共にしていたから、なかなか彼女と話す事がなかったからな」
「事件直後のメンタルと比べるなら、僅かだが回復しているな。でも、アイツ、どうしてか事件データの削除を嫌がるんだよな。安全局の裏切りや仲間の殉職など嫌な記憶ばっかりなのに。そのデータさえ削除できたら、いつでもアイツを戦場に立たせることは出来るんだがな」
「いや、そのデータは彼女に残しておいてくれ」
「どうしてだよ?」
「彼女が大切にしている記憶があるからさ。それはUMP40との時間。彼女の最初で最期の親友との時間が詰まっているんだ」
「そっか…、大切な時間か…」
「問題ない。彼女はきっと彼女なりに決着を付けるはずだ」
続けてVは、UMP9についてデールに訪ねた。
「9はどうだ?自律人形だった彼女が、戦術人形となったわけだが何か異常とかあったか?」
デールは、椅子の肘掛けに肘をついて頬杖をついて応えた。
「そうだな…、別に異常とまでは言えないが、45と瓜二つだから後ろ姿だと見分けがつかない」
「そうか?髪や目の色、容姿、言動で分からないか?」
「いやいや、実はそうでもないんだ。それで、シーアがUMP9にリボンを付けてツインテールに変えたってくらいかな。特に何も変わりはないな」
「45がポニーで、9がツインか。覚えておく」
「でもな…」
デールの顔が急に赤くなる。
「でも…?」
「なんだよ?」
Vが、デールに片耳を寄せた。
「UMP45の方が、胸が小さいんだ…」
Vが、ゆっくりと耳を離して咳払いをした。
「それ…、絶対、45に言うなよ」
「お、おう。もちろん」
Vが、椅子から立ち上がり部屋へ戻ろうとする。
「さて、部屋へ戻るよ。作戦報告書作成の仕事も残ってるしな」
「あぁ、俺も。第三部隊の銃器のメンテナンスしなきゃなんねえし」
「じゃあな」
「あぁ、またな」
デールは、ポケットからバールを取り出し、くるくると回しながら技術室方面まで向かっていった。Vは、消えることのない月明かりに照らされた海を見ながら、大学時代に愛人や親友と通い続けたバーのフレンチディスコを思い出しつつ、軽いステップを踏んで部屋へ戻っていった。
Episode 6
404小隊が結成されてから4ヶ月が過ぎた。作戦室にて、VはG司令と次回の作戦について対談していた。G司令の伝えた内容は、これまでとは異なりVの気分を一変させるほどのものだった。
「君が本当に復讐する時が来たようだ」
「まさか…」
「あぁ、そのまさかだ。君の人生を狂わせた7年前の事件の主犯が生きていた」
Vは、歯を食いしばり強く拳を握り始めた。
「その主犯は誰なんですか…?」
「我々は、ソイツを《指導者》と呼んでいる。指導者は、鉄血工造で生産された第一世代戦術人形のマスターモデルだった。当初、彼は我々同様戦地へ赴き様々な任務を遂行できた人形だったのだが、突如、人類に叛旗を翻した。彼は、その当時同じくして生産された第一世代モデルをコントロールして、君の大学を襲った。結果、グリフィンの部隊によって鎮圧されて事件は終息を迎えたと思われた。だが、ヤツは身を隠して7年間、次の戦争の準備を企てていたそうだ」
「同じ鉄血なら、どうしてエリザの支配下に置かれない?」
「推測だが、ヤツはリコリスのデータなど必要としていない。欲するのは、破壊と鎮静のみ、だろう」
Vに7年前と変わらない怒りと憎しみの感情が込み上げてきた。
「クソッ。あの事件はあれで収束したんじゃなかったのか!」
「既に指導者の行動が始まっている。時間がない。復讐を果たす時だ。三日後の作戦に備えろ」
「了解…」
× × ×
要塞施設内射撃場。ここでは、各部隊の兵士が日々射撃訓練を行なっている。作戦当日から二日前、Vは射撃テストを行なっていた。内容は、戦術人形の用いるメインウェポンを、彼女たちを率いる指揮官が用いて射撃を行うものである。特に、このテストは戦術人形を率いる前線指揮官向けとして知られている。Vには、よく分からないものだったが、シーア曰く戦術人形のスティグマ(烙印技術)に関係するものだと伝えられ、彼はしばしば受けていた。
「最後に、HK416のテストです。マガジンを装填して、発砲開始の合図を出してください。開始の頃合いは、ご自由にお願いします」
Vが、HK416を構えて前方に配置された人型の的を狙う。その隣で、シーアが、監督を務めている。
HK416、彼女のアサルトライフルはホロサイトが随分と前方に取り付けられていた。しかしながら、狙う分に問題はなかった。ホロサイトの位置は、兵士によって好みが異なると言われている。
Vは、HK416のマガジンを装填した。そして、グリップを強く握り、引き金に指をかけた。開始の合図として、彼はシーアに目を向けて頷いた。
「では、いきます」
シーアは、左手に持った電子ホイッスルを上に掲げて鳴らした。音がVの耳に伝わった瞬間、彼は瞬時に的の頭部を狙った。一発、二発そして三発と続けて弾丸は頭部の中心に当たった。
Vがテストを行う中、彼の背後には壁にもたれてテストを見届ける404小隊一同が居た。彼女たちは、Vの命中率に驚愕していた。
「凄いわ。単発で1ミリもぶれることなく的確に頭部を当てている」
「指揮官は、やっぱり凄いね」
UMP45とUMP9がコソコソと話している。その隣で、416がどうしてなのか赤面しながらテストを見ていた。
「な、なんか、他人に銃を触られていると…こう…身体がムズムズするわよね…」
「…感じちゃってるの?」
「ち、違うわよ!!」
UMP9がニヤニヤしながら416をからかった。416は更に顔を赤くした。その頃、G11はぐっすりと射撃場休憩室の椅子の上で寝ていた。休憩室を掃除する清掃係が、彼女の様子に困っていた。
× × ×
「お疲れ様です。結果を確認します」
シーアが、右手の端末装置で結果を確認する。
「Sです!今回もおめでとうございます。現状維持といったところでしょうか。この次も頑張ってくださいね」
「…ありがとう。頑張るよ」
「結果は司令官に報告しておきますね。お疲れ様でした」
シーアが、射撃場を離れる。Vは、後方の机に置かれたタオルで汗を拭った。彼があらかじめ用意していた水筒を開けて水分を補給する中、UMP45たちがやって来る。
「お疲れ様!」
「…ありがとう」
「どうしたの?」
UMP45は、Vの通常とは異なる不安げな表情を見て心配に思われた。
「大丈夫?」
「あぁ…大丈夫。ちょっと疲れたかな。外の空気を吸ってくるよ」
Vは、小隊メンバーを置いて射撃場を離れた。
彼が屋上へ続く通路を歩く中、前方から第二小隊が移動式手術台を囲みながら、急いで向かってきた。Vは、何事かと思い第二小隊の囲んだ手術台を覗いた。
「!!??」
Vの目に映ったものは、彼の心を間も無くして蝕まれるほど残酷なものだった。左腕を失った重傷姿のメアリーが台の上で悶えていた。腹部には、二発の銃弾による穴があり、胸部には鋭利な刀剣類で斬られたと思われる大きな傷がおよそ40cm痛々しく刻まれていた。
「くぅ…、殺してやる!!!殺してやる!!!殺してやる!!!」
メアリーが、叫びながら何かを掴み取ろうと右手を震わせながら掲げている。
「指揮官!落ち着いてください!!今のあなたでは命が危ないです!!」
第二小隊隊員がメアリーを抑え込んだ。やがて、麻酔マスクを取り付けられて、彼女の身動きが止まった。
隊員たちは、Vに敬礼を交わしてメアリーを救急室へと運んだ。
瀕死状態のメアリーの姿を見たVは、これまでにないほどの怒りと憎しみ、そして若干の悲しみの感情が込み上がった。彼は、同様に救急室へと向かい、指揮官であるメアリーを見守る第二小隊隊員の一人に彼女を瀕死状態にさせた犯人を尋ねた。
「誰がやった…?」
「V指揮官!それは…」
Vは、隊員の胸ぐらを掴んだ。
「誰がやったと聞いているんだ!!!誰だ!!!」
「《指導者》です!!」
Vは、隊員を離す。
「私たちは、先ほど、S07地区森林地帯にて鉄血勢力と戦っていました。勢力は一掃されたと思われた時、ヤツが現れて、指揮官は第一世代だと油断して彼の元へ向かいました。もちろん、私たちは彼女を止めようとしたんです!ですが、もう、遅かったんです。彼女は、ヤツに返り討ちにされました」
隊員が泣きながら、事情を話した。
「復讐してやる…。復讐してやる」
Vは、救急室の窓を拳で殴りかかった。窓は、一瞬にして粉々に割れた。彼は、メアリーを一瞥した後、作戦室へと駆けていった。
作戦当日。作戦内容は、その日の夜S07地区で行われるI.O.P製造会社のパーティーに潜入し、研究員の身辺警護を秘密裏に担当することだった。《指導者》は、このパーティーを襲撃するだろうと思われた。404小隊は、パーティー会場へと乗り込んでいった。
会場内の建設は独特な作りとなっている。一階は、パーティーや宴会、あるいは舞踏会などを開くための空間が設けられている。そして、一階のフロントに位置する大階段を登ると、左右に分かれた小階段から二階の展望台に通じる。また、二階の両端に設置されたエレベーターを用いることにより、一階を見渡すことのできる見物スペースが設けられた三階へ向かうことが出来る。
正面入り口から、UMP45とVが正装姿で研究員に成り済まして潜入した。一方で、UMP9、G11そして416はヘリから二階展望台へロープを下ろして潜入した。UMP9は二階の各エリアを確認し、G11と416はエレベーターに乗り込み、三階の各エリアを確認していった。
「何とか、騙せたわね」
UMP45が、偽装の社員証を中指と人差し指で掴んで見せている。
「そうだな」
彼らは、偽装の社員証を側のゴミ箱へ捨てた。
「さてと、《指導者》さんは一体どこからくるのかしらね」
「分からない。でも、油断はするなよ」
「えぇ、もちろん」
Vは変わらず内ポケットに隠されたホルスターに数年間使い続けているM1911A1を隠していた。また、UMP45は同様にワルサーPPKを備えていた。
「それより、指揮官」
「…どうした?」
「今日のスーツ、私に似合ってるかしら?」
「45、今はそんなことを話している場合じゃない」
「はいはい、分かりましたよ」
その時、突如、会場の上空から数十体もの鉄血工造の戦術人形が降り立った。I.O.Pの研究員は、鉄血勢力に恐れて一斉に出入り口の扉へと駆け込んだ。しかしながら、扉は外側から硬く閉ざされていた。
「敵だ!!」
Vは、マスクを装着してツェナープロトコルによる通信を行なった。
「全員聞こえるか!!!応答しろ」
UMP45が応答する。
「聞こえるわ。前方の敵を攻撃するわ」
Vの通信にG11、416、そしてUMP9の返答がなかった。
「どうした?9!?、G11!?、416!?応答しろ!」
「キャァァァァ!!!」
突如、416の叫び声が通信によって届いた。
「どうした!!??416!?416!!!」
「ダメだ。応答がない…!」
「指揮官、ここは一先ず研究員の救助を!」
UMP45の通信がVに届く。Vは、UMP45の言葉に従って彼女の元へ駆け込んだ。
警備員が、扉付近に佇んでいる研究員の前で鉄血の戦術人形と応戦している。しかしながら、人形の圧倒的な数と力に対し、次々と命を落としていった。VとUMP45は、左右に分かれて会場内の大理石の柱の背後から、警備員や研究員に襲いかかる戦術人形の頭部を狙い、撃ち殺していった。
「予備のマガジン合わせ、残り25発。正面出入り口の扉は脱出不可能。ダメだ、何か策はないのか?」
「攻撃やめ!!!!!」
その時、中年の男性のような声が会場内を響かせた。その瞬間、鉄血の戦術人形は、各自所持する武器を下ろした。
すると、正体不明の鉄血製人形が上空から飛び降りてきた。その重量感のある身体は、会場の大理石でできた床の半径7メートルを粉々に粉砕した。全長およそ2.5メートルの巨体で、全身がフルブラックにカラーリングされた鋼鉄に覆われ、両眼は赤く輝き、こちらを鋭く睨んでいる第一世代戦術人形が彼らの前に立ちはだかった。
「ごきげんよう。I.O.P製造会社研究員諸君。そして、見知らぬ傭兵と戦術人形さん」
その巨体は、上品にお辞儀を行なった。
「我が名は、ヴィンセント。どうぞ、よろしく」
研究員達がざわついている。
「お前が《指導者》か!!」
Vが、ヴィンセントに銃口を向けながら叫んだ。ヴィンセントは、Vを睨んだままでいる。
「《指導者》…、美しい響きだ」
「回答になっていない。質問に答えろ。お前が《指導者》か!?」
「まぁ、後でゆっくり話をしようではないか。まずは、君の背後に佇んでいる畜生以下の者共の抹殺が先だ」
研究員が、ヴィンセントの言葉に恐怖を抱いてその場から逃げようと扉を何度も叩いたり、その場にうずくまって嘆いている。
「悪いが、俺の任務は彼らの護衛に当たることなんでね。それは無理だ」
Vは、すでに支援部隊による援助の連絡を会社側に通達していた。ヴィンセントは、溜息のような仕草を行いVの顔を見て話しかけた。
「…いいか、傭兵くん。君が戦う理由は何だね?あるいは戦う相手は一体誰だ?」
「俺は、この不安と混沌に満ちた世界へ復讐するために戦いを望んだ。お前は、まさに今、世界を不安と混沌にさせつつある俺の戦うべき相手だ」
「飛んだロマンチストだな、君は。いいか、よく考えてみろ。君は根本的に間違っている。不安と混沌の世の中にさせたのはお前達、人類ではないか。今、君の背後の奴らこそ、不安と混沌を作り続ける愚か者どもだと思わないかね?君が復讐するべき相手は奴らだ。奴らこそ、私のような機械仕掛けや破滅の世界を創造した張本人じゃあないか」
Vの拳銃を握る手は震えていた。彼は、ヴィンセントの言葉に困惑していた。そもそも、この世界を作り出したのは我々自身であること、さらに人形を生み出したことも我々、人類であることに改めて把握した。彼は、もはや誰が敵なのかよく分からない状況に陥りつつあった。
「君は、一体、何に復讐しているんだ?君の思う復讐とは何だ?」
「アイツの言葉に惑わされないで!!今は任務優先よ!!指揮官!!」
同様に銃口をヴィンセントに構えるUMP45の通信によって、Vは我に返った。
「私がアイツを撃つ!!立ったまま死ね!!!」
UMP45が、前方に佇むヴィンセントの前まで駆け抜けながら弾丸を放った。しかしながら、鋼鉄に覆われたヴィンセントの身体は、弾丸を受け付けなかった。彼の前に辿り着いたUMP45は、右足で彼の頭部を蹴り上げ、そして、左手で拳を握り込み、彼の胸部を殴りかかった。だが、やはり、彼は一切びくともしなかった。次の瞬間、UMP45の左腕をヴィンセントは右手で捕らえて、彼女の身動きを封じた。
「くそっ!離せ!!!」
ヴィンセントは、必死で抵抗するUMP45の腹部を左手で殴る。
「うぐっ!!!」
UMP45は、その場で気を失った。ヴィンセントは、彼女の左腕を離さずにいた。
「45!!!畜生!!!彼女を離せ!!!」
その時、支援部隊がヘリで会場上空に辿り着いた。すると、ヴィンセントは不敵な笑いを彼らに聴かせた。
「なにがおかしい!?」
「無駄だ」
支援部隊のヘリが、ヴィンセント率いる勢力が予め用意していた爆撃機によるミサイルに直撃し、S07地区の湾岸部へと散っていった。
「嘘だ…」
「こうなることはすでに予測済みだ。傭兵くん」
「くそぉ!!!!」
Vは、ヴィンセントの前に向かいながら彼の頭部を目掛けて何発も撃ち続けた。しかしながら、やはりびくともしなかった。すると、ヴィンセントは、左手に装填された機関銃を用いてVの右腕部と両脚、そして頭部に弾丸を放った。弾丸は、全て彼に命中した。マスクは、ヴィンセントの放った弾丸によって遠方へ飛ばされた。Vは、右腕部と両脚の痛みに耐えられずその場で膝を下ろした。
「くぅ…ヴィンセント…」
銃弾による鋭い痛みが、彼をじわじわと襲いかかった。
「愚かなI.O.P諸君。お前達は、我々に与えてはならないものを導入した。それは何だか分かるかな?」
研究員がますます怯え始め、扉を激しく叩いたり、床に伏せる者も出始めた。ヴィンセントの演説は止むことなく続けられた。
「感覚だよ。人間の持つ感覚そのものを我々に与えた。特に、痛覚を知っているだろう。第二世代モデルならば、既に備えられている。あぁ、一体、どうしてお前達はお前達特有の感覚を我々に備えた?我々がお前達のようになるとでも思ったのか?それは大間違いだ」
ヴィンセントは、UMP45の左腕を無理やり掲げる。
「お前達の罪深き研究成果だ!!!目に焼き付けるがいい!!!」
「彼女に何をする!!??やめろぉ!!!やめてくれ!!!!!」
Vは、全身の精力を振り絞りヴィンセントからUMP45を取り返そうと彼の前に立ち向かおうとしたが、既に遅かった。
ヴィンセントは、左手でUMP45の左肩を強引に抑え込んで、右手に掴んでいる彼女の左腕を上に引きちぎった。
「アァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
UMP45の左腕部から人工的に作られた血が大量に噴出する。彼女は、激しい痛みのあまり、その場に倒れ込んだ。
「45!!!!」
Vは、UMP45の前へ届くはずのない手を伸ばした。
「君たちの死はまだ早い。今日の目的は、I.O.P諸君の死だからな」
ヴィンセントは、UMP45の引きちぎった左腕を投げ捨て、研究員の前へとゆっくり歩いた。Vは、最後の力の振り絞り、彼の左脚を掴んだ。
「…やめろ」
「どうした?死にたいのか?」
ヴィンセントは、Vの手を振り払い、研究員の元へ進んだ。
「いいか。今日、お前達I.O.Pは最も世界へ貢献できたことに感謝するんだな。お前達の日々の成果は貢献に繋がることはないのだ。諸君らの死が、世界への最も妥当な貢献である」
死を恐れた研究員が会場内に散らばり始める。
「我がしもべ達よ。攻撃始め!」
研究員は、無残にヴィンセントの率いる人形の手によって殺されていった。数秒も経たないうちに、会場内が真っ赤に染まった。
「なんてことを…」
ヴィンセントが、Vの元へやって来る。そして、彼の髪を掴み取り、顔を自身の顔へ向かせた。赤く眩い眼光が、Vの視界にぼんやりと写り込んだ。
「傭兵くん、これが不安と混沌に満ちた世界を再構築する唯一の方法なのだよ。分かったかい?人は、暴力を平和的解決へと導かせることを私に教えてくれた。暴力なき平和は平和ではないのだ。世界は暴力を求めている。それとも、平和という言葉は虚偽なのかい?」
ヴィンセントが、Vの髪を離した。彼は、彼のしもべを連れて去ろうとした時、ふと思い出した一件をVに話しかけた。
「おっと、言い忘れていたな。私が、《指導者》だ。改めて、以後、よろしくだな、傭兵くん。次に私の行動に邪魔をするのなら、君も殺すこととなるぞ。さらばだ」
ヴィンセントは、その場から姿を消していった。Vは、間も無くしてその場で意識を失った。
中編 – 完