【完結】産屋敷邸の池に豆腐を落とせば、鬼舞辻無惨を津波が襲う   作:【豆腐の角】

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10年振り? に、小説っぽいものを書いてみた。
スナック感覚でお読みください。
なお、味の保証はしない。
誤字脱字? あるんじゃないかな?
では、どうぞ。


そもそもの原因
()くして豆腐は落とされた


『私には何の天罰も下っていない。何百何千という人間を殺しても私は許されている。この千年、神も仏も見たことがない』

 

 ◆◇◆

 

 とある昼下がりの話である。

 雲ひとつなく晴れ渡った空の下、縁側で日向ぼっこに興じていた産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)は唐突に()()()を思いついた。

 

(そうだ。屋敷の庭にある池に豆腐を落とそう)

 

 いや、待てや。なんでそうなる? 

 

 そう思った読者(あなた)は悪くない。

 普通なら突っ込む。間違いなくツッコミを入れる。

 だが、彼は産屋敷だ。

 平安時代から始まって以来、予知能力とも言えるほどの直感力で様々な苦難を乗り越えてきた一族の人間である。

 自身の経験を含めた過去の実積があるため、彼が自分の直感を疑うことはない。

 そしてまた、それが外れることもなかった。

 

「あまね。豆腐を持ってきてくれないかな」

 

「豆腐、ですか?」

 

 耀哉の言葉に、彼女──産屋敷あまねは困惑した。

 

 彼女と耀哉は数日前に結婚したばかりの夫婦である。

 産屋敷の家系は古来より()()()()があって短命なため、少しでも長生きするために神職の家系から嫁をもらうという習わしがあった。

 そういった事情もあって、二人の出会いはお見合いの席が初見である。

 それ故に仕方のない話ではあるが、二人の付き合いも短く、まだ数日というものだった。

 とは言え、あまねも『産屋敷家の血筋は直感力に優れている』という話は聞いている。

 だが、それがどの程度のものかを彼女は理解しきれていなかった。

 

 しかし、他ならぬ夫の頼みである。

 あまねは首をかしげながらも豆腐を用意した。

 

 ◆◇◆

 

『神仏を見たことがない、だと? 天国と地獄がある世の中にいながら、千年生きた程度で神仏を否定するか』

 

『挙げ句の果てに、許されている……だと? そんなことがあるものか、馬鹿めがっ!』

 

『そう言うのであれば是非もなし。貴様が見くびってくれた神仏のチカラを見せてやろう』

 

 ◆◇◆

 

 耀哉は豆腐の乗った平皿を手に歩を進め、あまねもそれに追従して事の成り行きを見守る。

 

「さあ、どうなるのかな?」

 

 勘に従って行動を起こした耀哉としても、この先に何が起こるのかはわからない。

 何しろ、“こうすれば、きっと良いことが起こる”と勘が(ささや)いているだけなのだ。

 

 そしてついに、耀哉は豆腐を池へと落とそうと皿を傾けた。

 池に異変が起きたのは、その直後のことである。

 なんと、池のなかに、いや、水面(みなも)に少年の姿が映ったのだ。

 幼さの残る顔立ちからして、少年の年齢は十歳にも満たないだろう。

 しかも、向こうからも耀哉たちの姿が見えているようで、目を見開いて驚いている。

 

 当然の話だが、産屋敷夫妻と水面に映る少年が驚いている間にも時間の歩みは止まらない。

 故に、皿から離れた豆腐が水面に落ちるのも当然の事象だった。

 豆腐が水面に落ちれば、その衝撃で波紋が生まれる。

 当然、少年の姿が映る水面は荒れてしまい、正確な像を結べなくなった。

 少年の姿は波に揺られて消えてしまったが、消えたのはそれだけではない。

 池に落ちたはずの豆腐も一緒に消えてしまったのである。

 

 余談ではあるが、水面に落ちた位置は少年の(ひたい)辺りだった。

 豆腐が少年の額に当たって砕けていたように見えたのは、たぶん、気のせいだろう。

 

 ◆◇◆

 

『空から豆腐!? なんで豆腐?』

 

『言うてる場合か! 若に直撃したぞ!』

 

『若ぁ! 大丈夫ですか!? 若ぁ‼』

 

 ◆◇◆

 

 水面を凝視していた耀哉とあまねの間に、なんとも言えない雰囲気が漂う。

 あまりにも予想外すぎる展開に、お互いに言葉が出ないのだ。

 

「今のは、誰なのですか?」

 

 あまねはぽつりと呟いた。

 もちろん、夫からの答えを期待してのものではない。

 と言うよりも、答えなどわかるはずもないのだが、それでも口にせずにはいられなかった。

 

 先程も言ったが、あまねは神職に従事する家系の()である。

 だからと言うわけではないが、彼女は一般の人と比較すれば信心深い人間だった。

 その彼女の前で起きた不可思議な現象は、神仏の干渉を想像させるのに十分なものだったと言えるだろう。

 

 少し間を置いて、耀哉は口を開いた。

 

「誰、だろうね? それは私にもわからない。何しろ、勘に従って豆腐を落としただけだからね」

 

 そう言って、耀哉は苦笑する。

 わかりきった答えではあったが、あまねも元々から答えを期待しての問いではない。

 これ以上は考えても無駄だろう。

 そう思っていたのだが、彼の言葉には続きがあった。

 

「でも、近いうちにわかる気がするよ」

 

 そう言って、耀哉は柔和な笑みを浮かべた。

 その言葉が正しかったことを知るのは、わずか数日後のことである。

 

 ◆◇◆

 

『家を出るのか?』

 

『……はい』

 

『そうか。……ならば、寺には行かず、自由に生きろ』

 

『自由に……?』

 

『寺に行けば、父上が連れ戻しに来るだろう?』

 

『確かに……』

 

『それに、な』

 

『それに……?』

 

『お前ほどの才を持つ者が長男に生まれなかったのは、何かしらの使命があるからなのではないか? と、考えているのだ。……だから、自由に生きろ。お前に果たすべき使命があるのなら、おそらくは使命(あちら)からやってくるだろう』

 

『わかりました』

 

『……達者でな』

 

『兄上も……お元気で』

 

 ◆◇◆

 

 産屋敷耀哉は鬼を狩る集団、鬼殺隊を率いる当主である。

 鬼殺隊の目的はただひとつ、鬼の首魁(しゅかい)である鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)とそれに連なる鬼を滅することだ。

 しかし、千年もの永きに渡って鬼を殺し続けてきたが、未だに元凶たる無惨を滅することはできていない。

 とは言え、ひたすら鬼を殺し続けていれば無惨の怒りを買うのも当然の話である。

 故に、産屋敷の一族は無惨や他の鬼に見つからぬように、定期的に屋敷の移動を繰り返していた。

 

 だが、ここで問題になってくるのが産屋敷の一族を蝕む病である。

 その病のために産屋敷の一族は短命であり、年を重ねるごとに身体の自由が奪われていくのだ。

 病が進行すれば歩くことさえも困難になり、具合が悪ければ身体を動かすだけで命すら危ういこともある。

 だからこそ、動けるうちに転居を済ませておく必要があった。

 

 そして、現・当主である耀哉も結婚を機に転居することにした。

 

 通常、屋敷を引き払うのは昼間である。

 鬼の弱点は太陽の光であるため、昼間は活動が制限されるからだ。

 さらに、移動に使われる道筋にも様々な配慮がなされている。

 まずは、ある程度は均されていて、凹凸の少ない道を選ぶこと。

 これは耀哉の体調を考慮してのことだ。

 次に、山間部は避けること。

 山間部は道が悪いだけでなく、日陰が多くて、太陽が沈むのも早いためだ。

 そして、雨や曇り、雪の降る日は移動を避けること。

 これは太陽の光が厚い雲に(さえぎ)られてしまい、鬼の活動できる状態になってしまうからだ。

 

 そして今回、耀哉の願いのもと、前代未聞の()()()()()()が決行されたのである。

 

 ◆◇◆

 

『あんれぇ? ○○でねぇか。そんな立派な身形(みなり)してどうしただ?』

 

『ご老人、○○を知っているのか? ○○は私の弟なのだ。弟は元気か?』

 

『あんれまぁ、兄弟でしただか。○○なら元気だべ。今は嫁さもらって……そうだ。もうすぐ子供が産まれそうだとか言ってただな』

 

『……そうか。それはめでたいな』

 

(息災なのはいいが、あやつに天命を感じたのは気のせいだったか? ……いや、そもそも○○は優しい男だ。自らの才をひけらかすような真似はすまい。そんな奴が自ら才を振るうとするならば……それなりの理由が要るはずだ)

 

『……ご老人。急ぎ、弟の家に案内してはくれぬか?』

 

『そりゃええが……急ぎなら(せがれ)に案内させるだよ』

 

『助かる。……どうにも胸騒ぎがするのだ。これが杞憂であればよいのだが……』

 

 ◆◇◆

 

 曇天での転居について、周囲は猛反対した。

 夜間の移動に比べれば可能性は低いとは言え、鬼が活動できる状況で転居を行うなど言語道断である。

 そのうえ、柱──鬼殺隊の最上位剣士の総称──による護衛までも断ったのだ。

 周囲が半狂乱になって取り止めるように嘆願しに来るのも無理はないだろう。

 しかし、いくら言い(つの)っても耀哉は首を縦には振らなかった。

 良い出会いが待っているはずだからと、頑として譲らなかったのである。

 

 直感に従っていると言われてしまえば、周囲に出来ることはない。

 彼らも産屋敷の一族が持つ直感力を知っているために、強く引き止めることができなかったのだ。

 彼らに出来ることは、ただ鬼に出会(でくわ)さぬようにと祈ることのみである。

 

 ただ、彼らは失念していた。

 耀哉が己の直感に従うままに、本来ならば通るはずの道から外れて進んでしまう可能性があることを、彼らはすっかりと忘れていたのである。

 

 ◆◇◆

 

『お久しぶりです、兄上』

 

『ああ、私の隊が鬼に襲われた時以来だな。……○○殿は息災か?』

 

『はい。妻も娘も元気に過ごしています』

 

『そうか。それは良かった』

 

『……して、兄上。今回は何用で?』

 

『うむ。私も鬼狩りになろうと思ってな。……私だけではないぞ? あの時の一件に関わった者たちや、その一族全員だ』

 

『それは……』

 

『もちろん、殿にも許可も頂いてきた。美濃との小競り合いが続くなかで、足元に不安の種を残したくはないとのことだ。……それと、私が殿の領内を優先的に見回ることが前提ではあるが、鬼狩りへの支援もしてくれると(おっしゃ)っていたぞ』

 

『それはまた……なんとも……』

 

『○○。これから、よろしく頼む』

 

 ◆◇◆

 

 鬼殺隊には鬼を狩る実動部隊のほかに、後方支援を主な目的とした部隊がある。

 その名を(かくし)と言う。

 彼らは情報収集だけでなく、鬼との戦いが大事になった際の避難誘導や後始末、被害者に対する支援などが主な任務となる。

 だが、ごく稀にそれらを上回る最重要任務を受け渡されることがあった。

 それが、鬼殺隊の当主一家が転居する際の手伝いである。

 

 それが荷物を運ぶだけならばいい。

 基本的に家具などの荷物は当主一家とは違う道を辿(たど)って新たな屋敷に運ばれるからだ。

 誰に見つかろうが、鬼に見つかろうが問題はない。

 しかし、当主一家は違う。

 鬼に見つからないのはもちろんのこと、鬼に協力するような者に見つかるわけにはいかない。

 だからこそ、隠蔽に隠蔽を重ねて一般人や物に(まぎ)れるのだ。

 この際、普段は顔を見せないようにしている隠たちも覆面を外す。

 そして馬車や牛車の御者、はたまた人力車の俥夫(しゃふ)に成りすますのだ。

 

 そんな最重要任務に、隠に成り立ての少年が大抜擢された。

 彼の名は後藤。

 幸か不幸か、のちに耀哉から親友と呼ばれるようになる伝説の隠。

 その若りし頃の姿である。

 

 ◆◇◆

 

『……おい、○○』

 

『なんですか、兄上』

 

『なぜ鬼狩りはこうも……どんぶり勘定なのだ? 組織の運営をなんだと思っている?』

 

『そ、そう言われましても……』

 

『……お館様に会って、話をつけてくる』

 

『兄上!?』

 

『こんな運営をしているから台所事情が切迫しているのだ。その上、収入源がお館様の直感任せだと? 金脈を掘り当てたのは凄いのだろうが、その先が雑すぎるわ! ええい! 帳簿を持ってこい‼』

 

『……ちょうぼ?』

 

『……まさか貴殿ら、帳簿もつけてなかったとか言うまいな?』

 

 ◆◇◆

 

(俺、なんで人力車の俥夫をしてるんだろう)

 

 後藤は今日、何度目かわからないくらいに繰り返した疑問を頭のなかに浮かべた。

 

 彼は至って普通の隠である。

 鬼殺隊に入ろうとしたきっかけは家族を殺されたからという()()()()()理由だったし、剣術の才能がなくて鬼を倒せないが、何かしらの役に立ちたいと後方支援部隊である隠に志願したという、鬼殺隊ではよく聞く手合いの人間だ。

 間違っても鬼殺隊当主の転居を、さらにはお館様ご本人の乗る人力車を牽いていいような人間ではない。

 そういうのはもっと別の、それこそ勤続年数の長い者に任せるべき案件である。

 少なくとも、後藤はそう思っていた。

 その勤続年数の長い隠に話を振っても『恐れ多いわ!』と言われるのがオチだろうが。

 

 もうひとつ追加で言えば、彼は転居する際の移動の一部のみを手伝うものだとばかり思っていた。

 本来ならば、その通りである。

 鬼殺隊当主の屋敷がある場所は巧妙に隠蔽されて当然であるし、実際、屋敷を訪れる時には複数の隠たちが(たすき)を繋ぐようにして屋敷に招くという回りくどい方法を採用していた。

 

 だが、後藤は屋敷を出てからずっと同行している。

 

 山の奥にあった古い屋敷から出るときは、人力車の俥夫として牽引していた。

 もちろん、この時は任務に違和感など感じなかった。

 任務が始まったばかりなのだから当然である。

 

 山の麓まで降りてきてからは、牛車の御者として同行していた。

 この時も特に違和感は感じなかった。

 一緒にいた仲間が代わったときは、交互に代わっていくのかな? と思った程度だった。

 

 道の整えられた町に程近い場所まで来たら、馬車の御者として同乗していた。

 この時は違和感を感じてもよかったのだが、彼は都会的な街並みや道を走る鉄道馬車、そして遠目に見える列車の姿に目が行きがちで違和感に気づく余裕がなかった。

 

 町を離れて馬車が通りにくい場所まで来たら、再び牛車の御者として同行していた。

 さすがにこの時には違和感を感じていた。

 違和感を感じすぎてか、道を行く竹刀袋を持った親子らしき人々──顔をすっぽりと覆う(あみ)(がさ)(虚無僧笠)や、服の下までしっかりと巻かれた包帯が気になったというのもあるが──からの視線も気になり、気が気でなかった。

 

 そして現在、牛車でも通りにくい場所でまたまた人力車の俥夫をしている自分がいる。

 

 ちなみに、人力車にしても牛車にしても、馬車にしても、彼以外にもう一人くらいは仲間がついていた。

 だが、彼(または彼女)らは一区間だけで交代していき、結局、最初から今まで代わらなかったのは後藤だけである。

 

(……あれ? これって俺に対して秘密を守ってなくね?)

 

 どこかの山に住む天狗のお面をした元・柱が聞けば『判断が遅い!』と(しか)られるくらいには遅いが、まさにその通りである。

 

 後藤は困惑した。

 まだ隠になって少ししか経っていない自分が、何故こうも信用(?)されているのか。

 それがまるでわからない。

 

「あの……お館様? なんで俺だけずっと一緒に行動させてもらってるんスか?」

 

 敬語の出来ないお年頃の後藤は、ありったけの勇気を振り絞って尋ねた。

 人力車の後ろで補佐をしてくれていた同僚は、お前なに話しかけてんの!? とばかりに焦りを露にしている。

 正直、すまないとは思うが、こればかりは譲れない。

 このまま放置しておくととてつもなく凄いことになりそうな予感がするのだ。

 例えば、耀哉専属の隠とか、苦労しかしそうにない役職を言い渡されそうな嫌な予感である。

 

 すると、耀哉はさらりと言った。

 

「ああ、それはね。後藤くんとはとても仲良くなれそうな気がするからだよ。……勘だけどね」

 

「勘かよ‼」

 

 後藤は反射的にツッコんだ。

 

 その直後、後藤は人力車の後ろにいる同僚から奇妙な視線を向けられる。

 それは、お館様に名前を覚えてもらってる後藤って凄いんだなぁ、とでも言うような視線だった。

 

「いやいやいや! 後ろのあんたも何で俺にそんな視線を向けてんだよ! 俺はまだ十四で、あんたのほうが明らかに年上だっつぅの!」

 

「そう、私と後藤くんは(おな)(どし)なんだよ。親しい友達になれると思うんだ。……勘だけど」

 

「勘で友達を選ぶなよ! せめて少しは様子を見ろっての‼」

 

「え? 屋敷からここまでの道程(みちのり)で見てきたけど?」

 

「短いわ! 鬼に味方する悪人だったらどうすんだ!」

 

「それは大丈夫さ。私の直 感(サイドエフェクト)がそう言ってる」

 

「ちょい待て。今、何て言った?」

 

 やいのやいのと騒ぐ後藤と耀哉。

 耀哉の隣に座るあまねは夫が初めて見せる年相応な姿を前にして呆気にとられ、隠の同僚は当主と対等以上に話す後藤に対して尊敬の眼差(まなざ)しを強くした。

 

 馬鹿騒ぎをしながらも、一行は新しい屋敷への道程を進む。

 ここまでは、当初から予定されていた通りの道程である。

 問題が起こったのは、ここからであった。

 

 ◆◇◆

 

『兄上にも、私と同じような(あざ)が出たと聞きました』

 

『ああ、出たぞ。あれ以来、身体の調子が良くてな』

 

『そうですか。……ならば、それを皆に教えることは出来ませんか? 私の痣は生まれつきでしたから、どう伝えたものかと悩んでおりました』

 

『そう言えばそうだったな。……うぅむ、そうだな。……痣が出た時、身体中にグアアアァっと来てな。腹にグッとチカラを入れると、カッと身体が熱くなり、心臓がバクバクしてキンキンと耳鳴りもしていた。全身の筋肉がメキメキっとなって……』

 

『……あに、うえ?』

 

『○○? ……皆もどうした?』

 

『……もしかして、痣が浮き出た代わりに語彙力(ごいりょく)が死んだ?』

 

『……お(いたわ)しや、兄上……』

 

『なぜ泣く○○!?』

 

 ◆◇◆

 

「あ、後藤くん。すまないが、ここから左に曲がってくれないか?」

 

 耀哉が道を指示し出したのは、町から外れて人気(ひとけ)の減った農村地帯に入ってからのことだった。

 

「左に曲がったほうがいいんスか?」

 

「ああ。私の勘だけど、ね」

 

「はいはい、勘ね。また勘ね。勘でしか行動してねぇのかよ。お館様の一族は!」

 

「後藤くん。産屋敷家は勘で苦難を乗り越えてきた一族だよ?」

 

「そぉでござんしたね! 知ってましたとも! さっきまで説明されて聞いてましたからね‼」

 

 後藤は半ばヤケクソ気味に(わめ)いた。

 この時点で、彼にはすでに苦労人になる兆候が出ている。

 だが、彼が本当に苦労するのはまだまだ先で、今はほんの小手調べの時期である。

 そんな苦労と災難に彩られた人生が待っているとは露知らず、後藤は指示されるまま道を進んでいった。

 

 だが、彼はすぐに気付いた。

 

(……あれ? なんか、山の深いほうに進んでねぇか?)

 

 進む道に違和感を覚えたのは、竹林の雑木林が眼前に広がってからだ。

 その先には小高い山がそびえ立っていて、明らかに“なにか出ますよ”といった重苦しい雰囲気を放っている。

 

「……この道を進むんスか?」

 

「うん。よろしく頼むよ、後藤くん」

 

「あっさり肯定しやがった!?」

 

 耀哉からのお願いに軽い眩暈(めまい)さえ感じてきた後藤は、改めて進行方向にある道に目を向けた。

 山に近いせいもあってか、(あた)りに人通りはない。

 人通りが少なければ道が(なら)されることはないため、先程よりも荒れていて凹凸が多くなっている。

 移動するには不向きで、それほど速度は出せないだろう。

 

「……マジか。マジで進むのか」

 

 後藤は小声でぼやいた。

 しかし、上司からの依頼である。

 気が進まなくても、行かねばならない。

 

 ◆◇◆

 

痣者(あざもの)は早死にするらしいな。どうだ? 貴様も鬼にならないか?』

 

(こちらは満身創痍で救援は期待できない。しかし、こやつは神出鬼没。二度と遭うことはないかも知れん。ならば、この機会を逃すわけにはいかん)

 

『ありがたく……頂戴致します』

 

『○○殿!?』

 

『はははっ! 一人くらいは呼吸の使える剣士を鬼にしてみたかったのだ。さあ、貴様は与えられた血の量に耐えられるかな?』

 

『ぐうぅぅぅ‼』

 

『……ぬっ!? 貴様っ!』

 

『鬼舞辻無惨! その(くび)……もらった‼』

 

 ◆◇◆

 

 鬱蒼(うっそう)とした雑木林をゆっくりと進む。

 時間としては昼間だが、周囲はとても薄暗い。

 頭上まで覆い尽くす木々の葉が、ただでさえ少ない日の光を(さえぎ)っているからだ。

 まず間違いなく、この場所は鬼が活動できる空間である。

 

「……いかにも鬼が出そうな感じだよなぁ」

 

「うん。出ると思うよ?」

 

 後藤がゲンナリとした様子で呟くと、耀哉はあっさりと肯定した。

 

「出るんかいっ‼」

 

 後藤は激しくツッコんだ。

 

「お館様の『出ると思うよ』は『必ず出ます』と同じ意味だろぉが‼ どうすんだよ! 一般人に扮装(ふんそう)してたから護衛なんていねぇぞ!?」

 

 そう叫んだ直後だった。

 竹藪(たけやぶ)が音をたてて大きく揺れたかと思うと、その奥から大きな岩が現れたのだ。

 いや、正しくは岩ではない。

 岩のような皮膚をもった、異形の鬼である。

 体長は七尺、いや、八尺(約3メートル)はあるだろうか。

 胴体だけでなく、四肢が丸太のように太い。

 そして、そのすべてを岩のような灰色の皮膚が覆っているのだ。

 姿形を見ただけでも、一般隊士では歯が立たない相手だと理解できた。

 鬼の弱点である(くび)も太い。

 おそらく、鬼に致命傷を与えられる刀──日輪刀(にちりんとう)でも一太刀では斬りきれないだろう。

 

 ◆◇◆

 

『……兄上が……鬼に……?』

 

『……ああ。無惨の隙を突くためだったが、血を飲んで鬼になった。そして奴の頸を斬りはしたのだが……』

 

『……死ななかったのでしょう?』

 

『……知っていたのか?』

 

『先日、なにやら激昂した様子で襲いかかってきたので……返り討ちにしたのですが……逃げられました』

 

『そうだったのか。……すまない。○○殿から頸を斬っても死なないことを伝えろと言われていたのに……』

 

『……いえ。それで……兄上は?』

 

『太陽の光を浴びて自決を……』

 

『そんなっ! ……兄上っ‼』

 

『……しようとしたので、手足を切り落として達磨(だるま)にしておいた。とりあえず、もって帰ってはきているぞ』 

 

『落ち着け○○! 確かに今の言い方だと○○殿が死んだように聞こえたが!』

 

『そうだ、落ち着け! こいつの言い回しが悪いのは昔からだろう‼ こら! 呼吸を使うな‼』

 

 ◆◇◆

 

 目の前に鬼が現れた。

 だが、この場に戦える者はいない。

 後藤は剣術の才能がなくて隠になった者だ。

 普通の鬼を相手にしても勝てる可能性が少ないのに、異形の鬼が相手では勝ち目はない。

 耀哉とあまねは論外だ。

 二人とも戦う者ではないし、そもそも戦いの場にいるのがおかしい人々である。

 残るは隠の同僚であるが、後方支援の部隊にいる以上、おそらく後藤と同じように戦いには向いていないだろう。

 

 しかし、万一ということもある。

 後藤は同僚に(たず)ねた。

 

「……俺、剣術の才能がなくて隠になったクチですけど、そっちはどうっスか?」

 

「俺は……呼吸が使えるし、最終選別も……突破してる」

 

「え!?」

 

 後藤は驚いた。

 鬼殺隊の最終選別と言えば、藤襲山(ふじかさねやま)という山に閉じ込められた鬼たちと戦い、七日間生き残れば合格という過酷な試練である。

 それを突破してるということは、実動部隊にいてもおかしくない、相応の実力を備えた人材だ。

 つまり、生きる希望が見えてきた、と思ったのだが、

 

「……ただ、鬼の前に立つと腰が抜けるようになってな。……実は今、腰が抜けて動けなかったりする」

 

「駄目じゃねぇかっ‼」

 

 後藤のツッコミが炸裂した。

 

 ◆◇◆

 

『目覚めるのに……五年もの歳月を……無駄にしてしまいました……申し訳ありません』

 

『いいえ、○○殿。貴方は目覚めてくれたうえに、鬼になってもなお、鬼殺のために働いてくれると申し出てくれている。これ以上なく、心強い味方です』

 

『鬼になった今……○○の名を名乗る気は……ありませぬ』

 

『……では、なんと呼べば?』

 

『○○○と……妻が……つけてくれた名です』

 

『わかりました。……では○○○殿、以後もよろしくお願いします』

 

『……御意』

 

(……あれ、もしかしなくても気づいてないよな?)

 

(ああ。奥方様と花柱、そんで○○殿が連れてきた鬼の医者が使ってた隠語、だろ?)

 

(酷使とか奉仕とか、意識がないからって(さか)って色々ヤってたのは……?)

 

(知るわけないだろ)

 

(……武士の情けだ。墓の下まで持ってってやるか)

 

(……だなぁ)

 

 ◆◇◆

 

 異形の鬼が一歩踏み出した。

 

「今日の俺は運が良い。目の前に餌が転がり込んできやがった」

 

 ジュルリ、と鬼は口から垂れた(よだれ)を拭う。

 かなり腹を減らしているらしく、興奮していて息は荒いうえに、目は血走っている。

 

 後藤はチラリと人力車へと視線を向けた。

 偶然ではあるが、人力車の屋根が衝立(ついたて)の代わりになって、異形の鬼からは耀哉たちの姿は見えない。

 現時点では、鬼の首魁である鬼舞辻無惨に耀哉たちのことが伝わっていないだろう。

 予断を許さないが、不幸中の幸いである。

 

 あとは、この場をどうやって切り抜けるかだ。

 

 ただ、逃げるにしても腰が抜けた同僚が道を塞いでいるため後ろには下がれない。

 前に進むにも、そちら側に鬼がいる。

 そのうえ、山道自体が人力車一台分の幅しかないのだ。

 通り抜けられるはずがない。

 

(あ、これ詰んだわ)

 

 後藤は死を覚悟した。

 

「今日の餌は質が悪そうだが量があるなぁ。大人と子供を合わせて()()とはな。場所もいいからゆっくりと食事が出来る。今日は本当にツイてるぜぇ」

 

「……ん? ろく、にん?」

 

 後藤は鬼の言葉に疑問を抱いた。

 自分と動けない同僚で二人。

 屋根で顔は見えないとは言え、人力車に二人。

 この場にいるのは、それだけのはずだ。

 あと二人はどこを数えて言ったのか? 

 

 そんな疑問が後藤の脳裏を(よぎ)る。

 すると、人力車でじっとしていた耀哉が口を開く。

 

「……ああ、助けが来たようだね」

 

 その言葉が合図だったかのように、一人の男が人力車の横をすり抜けて現れた。

 音もなく現れたために驚いたが、男の姿に見覚えがあった後藤は声をかける。

 

「その編笠。あんた確か……」

 

「少し……さがっていろ」

 

 そう言って、男は鬼の前に立った。

 手には竹刀袋が握られていて、今は口紐がほどかれている。

 後藤は慌てて止めようとしたが、耀哉たちのこともあってすぐには行動できず、オロオロしながら後ろを振り返った。

 すると、そこには編笠を被った子供に引きずられながら後ろに下がる、腰の抜けた同僚の姿があった。

 なんとも反応に困る絵面である。

 

「いやいやいや! 呆けてる場合じゃねぇし! そもそも、鬼は日輪刀で頸を斬らないと死なねぇし!」

 

「気遣い痛み入る……だが……無用な心配だ」

 

 そう言って男が竹刀袋から取り出したのは、大正時代では銃刀法違反で持つことすら許されない刀だった。

 

「いや、何で刀を持ってんだよ一般人」

 

「こう見えても……鬼殺隊の隊士……だったからな」

 

 そう言って男が刀を鞘から引き抜く。

 それは間違いなく日輪刀であった。

 しかし、その刀身は半ばから折れている。

 一太刀では斬れそうにないほどに太い鬼の頸を、折れた刀身で斬れるとは思えない。

 後藤は男を止めようとしたが、それよりも先に鬼が襲いかかってきた。

 

「ごちゃごちゃとうるせぇんだよ、餌どもが! おとなしく喰われろや!」

 

 八尺もの巨躯(きょく)に相応の筋肉を搭載しておきながら、鬼の動きは想像以上に機敏だ。

 だが、鬼の前に立つ男に焦りは見えない。

 

 ──月の呼吸 壱の型 闇月(やみづき)(よい)(みや)

 

 次の瞬間、鬼の頸が宙を舞った。

 

 ◆◇◆

 

『家を……ふたつに割ろうかと……考えている』

 

『なぜです?』

 

『私の……せいでもあるが……鬼舞辻に……目をつけられたからだ』

 

『なるほど』

 

()しくも……我が子も双子……家を割るには……都合が良い』

 

『家を割るならば、新しい家名を考えなければなりませんね』

 

『兄の○○は……殿が養子縁組を……薦めてくだされた……弟の○○にはトキトウと……名乗らせるつもりだ』

 

『トキトウ?』

 

『“時”の“遠く”まで続くように……とも考えたが……縁も遠くなりそうでな……代わりに……“透明な世界”が見えるようにと……願をかけて……“透”の字をあてた……故に……“時透”だ』

 

 ◆◇◆

 

「……は?」

 

 それは後藤の声だったか、それとも頸を斬られた鬼の声だったのか。

 とにもかくにも、鬼の頸はいとも簡単に断ち斬られ、八尺ほどもあった巨躯はボロボロと崩れ落ちた。

 

 後藤は目を(こす)った。

 先程までは死を覚悟していたはずなのに、気がつけば危機は去っている。

 これは夢か何かかと思っても仕方がないだろう。

 

「いや、おかしいだろ! 明らかに一太刀で斬れるような首の太さじゃなかっただろ!? それを一太刀? 折れた刀で一太刀とか物理的にあり得なくねぇか!?」

 

「あ、そっちなんだ。気にするの」

 

 後藤の叫び声に編笠を被った子供がツッコむ。

 しかし、騒ぐ後藤には聞こえていないようだ。

 

 鬼を斬った男は刀を鞘に納めると、そのまま無言で立ち去ろうとした。

 

「待ってくれないかな」

 

 そこに待ったをかけたのは耀哉だ。

 しかし、男は足を止めるような素振りもなく、そのまま立ち去ろうとしている。

 耀哉はさらに言葉を重ねた。

 

「待ってくれないかな、()()

 

 ピタリ、と男の足が止まる。

 

「……お館様、月柱(つきばしら)なんて……今の柱に居ましたっけ?」

 

「お館様……だと?」

 

 自分の知っている情報にない柱の名に、後藤は疑問の声をこぼした。

 その声に反応したのは耀哉ではなく、立ち去ろうとしていた男のほうだ。

 

「はじめまして。私が今の鬼殺隊当主、産屋敷耀哉だ」

 

 耀哉が人力車のなかから自己紹介すると、男は慌てた様子で平伏する。

 

「お館様と……知らなかったとは言え……とんだ御無礼を」

 

「いいや、それは仕方のない話だよ。まさか、鬼殺隊の当主がこんな迂闊な真似をするとは思わないだろうからね。……でも、こんな形でなければ貴方に遭うことは出来なかったと思うよ」

 

 そう言って耀哉は肩を(すく)める。

 耀哉自身、ここに至るまで様々な無理を押し通してきた自覚があった。

 曇天での転居に始まり、護衛の不在、さらには予定していた道筋からの逸脱。

 極めつけは鬼がいるとわかっていながら道を突き進むという愚挙である。

 しかし、そのすべては目の前にいる男に遭うためだった。

 

 ◆◇◆

 

『ここにいたか……○○』

 

『兄上』

 

『そろそろ、か?』

 

『はい。もう……長くはありませぬ』

 

『そうか』

 

『私は成すべき時に、成すべきことを成せませんでした。……口惜(くちお)しゅうございます』

 

『そう……自分を卑下することは……ない……お前は……後世に遺せるものを……遺したのだから』

 

『しかし!』

 

『それにまだ……私がいる』

 

『──っ!』

 

『お前が……成せなかったことは……私が引き継ごう……だから……安らかに……逝くといい』

 

(かたじけ)のうございます……あに、う、え』

 

 ◆◇◆

 

「それで、後藤くんの質問に答えるとだね。彼は今の柱じゃないんだよ。大まかに言うと、三百年くらい前の時代に存在した柱になるね」

 

「はぁ? 三百年前?」

 

 後藤は困惑した。

 当たり前の話だが、()()は三百年も生きられない。

 百年以上も生きているとなれば、それはもう()()()()()()

 

「……人間じゃない??」

 

 奇しくも、後藤は正解を言い当てた。

 ギギギッと、錆びた(ぶりき)のように後藤は平伏し続ける男に顔を向ける。

 すると、ちょうど男が編笠を脱ぐ所だった。

 

 編笠の下から出てきたのは──六つの目を持つ異貌(いぼう)だった。

 

(めっちゃ鬼やんけ)

 

 後藤は内心でツッコんだ。

 

 ◆◇◆

 

『そこの小僧……少し待て』

 

『なんだ、お前は。俺に何か用か?』

 

『その手に持っている……瓢箪(ひょうたん)の中身は……なんだ?』

 

『こ、これか? これは……さ、酒だ。隣りの道場に住む住人が近々(ちかじか)祝言を挙げると聞いてな! 酒を差し入れてやろうと思ったのだ!』

 

『そうか……酒か』

 

『そうだ、酒だ』

 

『ならば……飲んでみろ』

 

『へぁ!?』

 

『貴様が……それを酒だと言うのならば……今……ここで飲んでみろ』

 

 ◆◇◆

 

 鬼を斬った男が編笠を脱いだとき、あまねはハッと息を飲んだ。

 男が鬼だったからではない。

 その顔に見覚え、いや、見たことのある人物の面影を見たからだ。

 

 ──あの時の()()()()

 

 声に出さなかっただけマシだろうが、不名誉な覚えられ方である。

 

 ◆◇◆

 

『これは……そなたが殺ったのか?』

 

『そう、です。僕が、父さんと、母さんを……っ!』

 

『そう、か』

 

『僕は、何てことを……っ‼ お願いしますっ! 僕を、殺して、ください……僕は……僕はっ!』

 

『鬼が死ぬ手段は……いくつかある……日光を浴びるか……日輪刀で頸を斬られるか……そして……餓死するかだ』

 

『僕は、取り返しの、つかないことを、しました。だから……苦しんで、死にたい……っ!』

 

 ◆◇◆

 

 耀哉は目の前にいる男の姿を見て、当時の彼が支えていた産屋敷家の当主が遺した手記を思い出していた。

 

 当時、産屋敷家の当主は六歳の子供だった。

 そんな年齢の子供に組織の運営などできるわけがない。

 そのうえ、当主になったということは父親を亡くしたばかりであるということ。

 その心境がいかなるものであったかは想像することしか出来ないが、不安と恐怖が渦巻いていたことは間違いない。

 頼るべき大人だが、鬼殺隊の場合はそのほとんどが復讐鬼である。

 頼りにするどころか、むしろ暴走しないように手綱を握る必要さえあった。

 

 そんななか、幼い当主に手を貸してくれた存在がいた。

 それが彼、継国(つぎくに)巌勝(みちかつ)である。

 元々、巌勝は武家の当主であった。

 組織を運営するための知識もあり、責任感も強く、そして鬼殺隊に入った理由も鬼への復讐心からではない。

 そういった要素が重なった結果、巌勝は幼い当主が頼ることが出来る、数少ない大人だったのである。

 当主の手記に『口にはしないが、第二の父だと思っている』と記されていることからも、どれだけ信頼していたかを察することができた。

 

 手記の後半で、彼の実弟の娘を例外的に妻に迎えたため、伯父と呼べるようになったとの一文があったのは余談である。

 

「貴方がずっと戦い続けていてくれたことを、私は嬉しく思うよ。後藤くん。これを彼に渡してくれないかな」

 

 そう言って耀哉が持ち出したのは、一振りの日輪刀だった。

 耀哉が僅かに刀を抜くと、色の変わっていない普通の刀身が姿を現す。

 

「少し前に、鬼殺隊の皆と一緒に戦いたくて、無理を言って刀を振ったことがあるんだ。……恥ずかしながら、十回も振れなかったけどね。これは、その時に振った刀だよ。折れた刀の代わりに使ってくれないかな?」

 

「それは……」

 

「折れた刀と新しい刀、その僅かな差で誰かを助けることが出来る。……そんな日が来る気がしているんだ」

 

 そう言われてしまえば、受け取らないわけにはいかない。

 耀哉から後藤を経て、巌勝へと刀が受け渡される。

 刀を受け取った巌勝は数歩さがると、再び平伏した。

 

「ありがたく……頂戴致します」

 

 ◆◇◆

 

『ああっ! ○っ! ○っ!』

 

『父さん! 母さん! 僕が、僕が悪かったよう』

 

『○、いいんだ。いいんだよ』

 

『父さん、母さん。僕は地獄に行くよね? 父さんたちがいる天国には行けないよね?』

 

『そう、だな。○は天国には行けない。……○はまだ生きているからね』

 

『……え?』

 

『○、よく聞きなさい。○は出会いに恵まれたんだ』

 

『父さん? 何を言ってるの?』

 

『この川岸にしか咲かない青い花は、花札のような耳飾りをした方が護ってくれているの。だから、あなたを鬼にした男が、あの花を手に入れることは絶対にないわ』

 

『母さん? 青い、花?』

 

『坊っちゃんはまだやり直せますよ。だから、あの男を倒す手助けをしてください。そうすれば、きっと坊っちゃんもご両親が待つ天国に行けるようになりますから。……私のことはお気になさらず。死に方が前世と同じような感じでしたから、私が前世でやらかしたことへの報いを受けただけですよ』

 

『お医者のおじさま? 前世って……なんのこと?』

 

 ◆◇◆

 

 その後、後藤たちは本来進むはずだった道へと戻り、新しい屋敷を目指した。

 別れ際に一悶着(ひともんちゃく)あったのだが、それらを含めて後藤には箝口令(かんこうれい)が出されているので他言することはできなくなっている。

 まあ、話したところで信じてもらえるような内容でもないのだが、念のためということだろう。

 

(三百年前の柱が鬼になってまだ生きてて今は“黒死牟(こくしぼう)”って名乗ってるとか一緒にいた累とかいう子供も実は鬼だったとか人を食べなくても寝てれば大丈夫とか鎹鴉(かすがいがらす)も連れて行かせたからいつでも連絡できるようになったとか今度から直接的なやり取りが必要な時は俺が専属で動くとかそんなんいきなり色々言われて納得できるかってぇの‼)

 

 後藤は内心で『耀哉の阿呆ぉ‼』と連呼する。

 内心とは言え、上司を名前呼びしていることに気づいているかは知らないが、この適応力があるからこそ友達に選ばれたのかもしれない。

 

 ちなみに、後藤にのみ口止めがなされたのには理由があった。

 現場にいた同僚は、異形の鬼が襲いかかった時に緊張が頂点に達したのか、あっさりと気を失ってしまったのだ。

 結果として、継国巌勝こと黒死牟の素顔と存在をハッキリと見たのは、産屋敷夫妻を除けば後藤だけだったのである。

 

「……さて、後藤くん。今日、最後のお願いをしてもいいかな」

 

「あ、はい」

 

 後藤は反射的に返事をした。

 それを後悔するまであと十秒ほどである。

 

「たぶんね、このあとね、柱の皆に怒られると思うんだ。だから……一緒に怒られてくれないかな」

 

「なに言ってんだオメェ」

 

 両手をモジモジさせながら頼み込む耀哉の姿に、後藤は素の表情で返した。

 そんな二人の姿を見ながら、あまねは笑いを噛み殺している。

 

 この後、怒る柱の姿や威圧感を体と心に刻みつけられた後藤は、柱に会うと体が震えだすようになったという。

 

 ◆◇◆

 

『川岸に咲く……青い花……やはり……そこにあったか』

 

『……知ってたの?』

 

『そうではないかと……思ってはいた……やつが……鬼になった時のこと(平安時代)を……考えれば……陰陽師が……関わっていても……不思議ではない』

 

『陰陽師?』

 

『生きた人の身のまま……三途の川まで行けるのは……陰陽師(やつら)くらいだ』

 

『……そうなんだ』

 

『陰陽師が……関わっている以上……処方された薬とやらは……(まじな)いの類いだ……おそらくは……産屋敷一族の命を対価に……チカラを得ているのだろう』

 

『……じゃあ、お館様の一族が途絶えたら?』

 

『呪いの基点は……あの男だ……奴に近い血筋が途絶えれば……次は奴の近くに居た者が……対価を支払うことになるだろう』

 

『うわぁ……呪いと(のろ)いが同じ文字な理由がわかった気がするよ』

 

『故に……斬らねばならん……絶対に……生かすことは……できん』

 

 ◆◇◆

 

『カカッ! これはなかなか愉快な形に歪んだのう!』

 

(しか)り、然り!』

 

『さてさて、神仏を虚仮(こけ)にした罰当たりよ。己が傲慢の報いを受けるといい‼』

 

 ◆◇◆

 

 これは本来、悲劇が(つづ)る物語である。

 しかし、未来で余計な一言を言ったがために、あるべき流れは歪んでしまった。

 故に、これは喜劇の物語である。

 この物語の結末が如何(いか)なるものになるのかは、まだ誰も知らない。

 




書き始めたことに後悔はないが、途中で力尽きた。
久しぶりすぎて文章が出てこないね、ホント。
読み切りなので続きはない、と思う。
設定資料集みたいなのは、書くかも知らん。
お目汚し、失礼しました。
 
2020.02.19. アンケートの結果を受けて、原作時間軸の話を書くことになりました。
三話目からは原作時間軸の話(小説)が始まります。
よろしくお願いします。
 

続き、要る?

  • 設定資料集&シナリオは要る。
  • 原作時間軸の話が欲しい。
  • 蛇足は要らない。

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