【完結】産屋敷邸の池に豆腐を落とせば、鬼舞辻無惨を津波が襲う   作:【豆腐の角】

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今度の本誌が楽しみなような、読みたくないような……。

とりあえず、本編をどうぞ。


うねった波は迫り来る(柱稽古編)

 刀鍛冶の里と蝶屋敷が同時に襲撃されるという事件は、鬼殺隊に大きな衝撃を与えていた。

 

 おまけに鬼殺隊の隊士から裏切り者が出ていたことも判明し、さらには【上弦の陸】になっていたという事実も加わって、隊全体に少なくない動揺をもたらしている。

 

 そのうえで、志津が太陽を克服したことが鬼殺隊だけでなく、鬼側にまで知れ渡ったのだ。

 

 これらのことが一夜にして起こった影響で、鬼殺隊の上層部だけでなく、話を聞いた一般隊士までもが上を下への大騒ぎとなっていた。

 

 

 

 そんな激動の一夜から数日後。

 産屋敷邸では緊急の柱合会議が行われていた。

 

 会議場にはすでに柱が揃っていて、あとは耀哉が来るのを待つのみである。

 

 それまでの間、会議場に集まった柱たちは意見交換という名の雑談を行っていた。

 

「刀鍛冶の里と蝶屋敷が襲撃されたと聞いた時は耳を疑ったが……最小限の被害で抑えることが出来たのは、せめてもの救いであろうな」

 

 行冥が数珠と手のひらを擦り合わせて念仏を唱えると、腕を組んだ杏寿郎が(しき)りに頷いて同意する。

 

「刀鍛冶の里に黒死牟殿が居てくれたのが幸いだったな! そのうえ、上弦の鬼を二体も倒せている! これは大きなことだ!」

 

 すると、不機嫌さを隠しもしない小芭内が口をはさんだ。

 

「それはそうと、裏切り者の件はどうなったんだ? 裏切った挙げ句に少なからず世話になったはずの蝶屋敷に攻め込むような恩知らずが鬼殺隊にいたこと自体、俺は信じられないんだが?」

 

 小芭内と同じように感じていた者たちは多数いたようで、同調するように頷いている。

 

「俺が軽く調べてみたが、とある港町に行ってからの足取りが途切れてた。どうも、海に近い町を中心に地味に広がっている宗教団体に取り込まれたらしいな。信者の数もそれなりに居たが、みんな変な壺を持ってたり、魚の形をした派手な帽子を被ってたり、魚を(たた)える変な歌を歌ってたり……いやぁ、頭がおかしくなるかと思ったぜ」

 

 辟易した様子で天元が報告すると、宗教団体と聞いてピンと来たカナエは「ああ、それで【上弦の壱】が変な帽子を被っていたんですね」と納得した。

 

「裏切り者を叩きのめすのは決定事項として……不死川さんのお母さんは大丈夫なんですか? 太陽を克服したって聞いてますけど……」

 

 少し悪くなってしまった空気を変えるためか、無一郎が別の話題を取り上げる。

 

 すると、実弥は深々としたため息を吐いた。

 

「ああ。今は蝶屋敷じゃなくて()()()にいるから大丈夫だ。最初は動揺してたらしいが……今じゃ『洗濯物を干す手伝いが出来るようになった!』って喜んで外を出歩いてらァ」

「ああ、前々から洗濯物を干すアオイちゃんたちを見て羨ましそうにしてましたからね」

 

「おば様楽しいだろうなぁ」と、納得するように蜜璃は頷いている。

 その隣では、しのぶ が「あまり人目につくようなことはしてほしくないんですけどね」と苦笑していた。

 

「皆様、大変お待たせ致しました」

 

 そう言って部屋に入ってきたのは あまね だ。

 耀哉の姿はなく、彼女の両隣には輝利哉と かなた の姿がある。

 

「本日の柱合会議は夫の耀哉に代わり、私、産屋敷あまね が代理を務めさせていただきます」

 

 柱たちの表情が曇った。

 もしや、病状が悪化したのか? と、耀哉の容態を案じたのだ。

 

「あまね様、もしや……」

 

 行冥が代表して耀哉の容態を問う。

 だが、あまね から返ってきたのは、危惧していたような内容とは少し違っていた。

 

「先日の一件での心労が祟ったようで、体調を崩してしまったのです。回復すれば、再び皆様の前に出ることが出来ると思います」

 

 あまね の言葉に、柱たちは一斉にホッと息をつく。

 

 だが、それと同時に耀哉に心労をかけさせた者に対する怒りが向けられていた。

 

 一番わかりやすいのは実弥である。

「賽目とかいう野郎、絶対に許さねェ……!」と、内心の思いが言葉として零れ出ていた。

 

 口にしないだけで、他の柱たちも似たようなものである。

 

「本日、緊急の柱合会議を開かせていただいたのは、鬼の動きが変化したからです。おそらくは、志津様が太陽を克服したことに起因すると思われます」

「ここ数日のことですが、鬼の出現がピタリと止まりました。そして、一部の隊士からは『突然現れた(ふすま)に、鬼が飲み込まれた』という報告があがっています」

 

 あまね と輝利哉の話を静かに聞いていた錆兎が唸った。

 

「戦力をかき集めている、ということでしょうか?」

「おそらくは」

 

 次に鬼殺隊と鬼が戦う時は総力戦になる。

 この場にいた者たち全員の脳裏に、自然とそのような考えが浮かんだ。

 

「鬼舞辻無惨の狙いが志津様であることは明らかです。なので、志津様には身を隠していただくようにお願い致しました。秘匿性を上げるために、居場所を知る人員と接触回数は最低限で行う予定です。不死川様、黒死牟様もご了承ください」

「わかりました」

「承知しました……」

 

 実弥と黒死牟は当然とばかりに頷いた。

 

 特に実弥は母親のことである。

 二度と無惨に触れさせてなるものかと、人知れず拳を固く握りしめていた。

 

 ◆◇◆

 

 柱稽古。

 

 岩柱である悲鳴嶼行冥が提唱した、合同強化訓練の通称である。

 

 今までであれば、柱は任務の忙しさから継子以外の隊士に稽古をつけることが難しかった。

 広大な警備担当地区の警戒に情報収集、自身の訓練などなど、やることが多かったためである。

 

 だが、鬼の出没がピタリと止んだ今、来るべき決戦に備えて組織の地力を底上げする余裕が出来ていた。

 

 一部の猪突猛進な者たちからは熱烈な歓迎を、一部の者たちからは汚い高音の悲鳴があがったのは御愛嬌である。

 

 しかし、日頃から似たような稽古をしていた極一部の者は苦もなく突破し、柱たちの下を転々としていた。

 

 言わずもがな、炭治郎たちである。

 

 ほかにも階級の高い隊士たちが食らいついていたが、次々と課題を突破していく炭治郎たちについていけず、一人、また一人と遅れをとっていく。

 

 結局、最後の稽古場である月柱の特別訓練にまでついてこれたのは、片手の指で数えきれる程度の人数であった。

 

 ◆◇◆

 

「赫刀と……透き通る世界?」

 

 炭治郎と善逸、伊之助とカナヲの四人は、初めて聞く単語に首をかしげた。

 

 赫刀のほうは見たことがある。

 以前、黒死牟と杏寿郎が使っていた場面を見たことがあるからだ。

 

 しかし、透き通る世界とはなんだろうか? 

 

 そんな疑問が顔に出ていたのか、黒死牟は簡単な説明をした。

 

 一言で言えば、人間の体が透けて見えるのだと言う。

 

 説明を聞いた四人はまたまた首をかしげた。

 やはり、他人の視点では見えないため理解しづらいのだろう。

 

 だが、その領域に入ることが出来れば相手の動きを先読みすることが可能になるため、戦いの場で優位になるのは間違いない。

 会得できるか否かは個人の才覚次第だが、訓練してみる価値はある。

 

 強くなれる、と聞いて伊之助はやる気を出した。

 単純であるが、そこが彼の良いところだろう。

 

 逆に善逸はやる気が見えない。

 

 だが、今回の件に関しては、黒死牟には善逸にやる気を出させる秘策があった。

 

「そんな奇妙な世界とか見たくもねぇよ。筋肉とか骨とか血管とか、誰が好き好んで見るかってんだ」

「そうか……それは残念だ……」

 

 黒死牟はあからさまに落胆したようなため息を吐くと、善逸に聞こえる程度の小声でぼそりと呟く。

 

「うまく使いこなせれば……服だけ透かして見ることも……出来たのだがな……」

「──!?」

 

 途端に善逸がすごい顔をして振り向いた。

 

「今の話……本当ですか?」

「ふっ……」

 

 黒死牟は、遠い昔に(縁壱)が通りすがりの女中を透かして見てしまい、赤面していたことを思い出して笑う。

 

 すると、その笑みを意味深なものとして受け取った善逸は、食い気味に迫った。

 

「今の話が本当だとすると……もしかして! ()()()毎日のように皆を視姦してたってこと!? な、なんて羨ま……いや! なんて奴だ! 嫁が七人もいて毎日のように乳繰り合ってるってだけでも許せねぇってのにっ‼ ──この変態がぁぁぁ‼」

 

 突然騒ぎ出した善逸に炭治郎と伊之助、カナヲは首をかしげるが、黒死牟は構わずに問いかけた。

 

「信じるも……信じないも……お前次第だ……訓練……してみる気は……あるか……」

「よろしくお願いいたします‼」

 

 素早い変わり身と綺麗な土下座に、話を聞いていた者たちは呆れたような視線を向ける。

 

 黒死牟にも妙な視線が集まっているが、努めて気にしないことにした。

 

 ◆◇◆

 

「なあ、茂」

「なに? 竹雄兄ちゃん」

「この間のカッコいい善逸さんは、幻だったんだな」

「そうだね……」

「でも……」

「でも?」

「なんか安心した」

「わかる」

 

 ◆◇◆

 

 炭治郎たちが新たな領域に入ろうと悪戦苦闘している傍らで、それ以上に過酷な訓練をしている者がいた。

 

 善逸の兄弟子にあたる雷の呼吸を使う剣士、獪岳である。

 弟弟子である善逸曰く、雷の呼吸の壱ノ型だけが使えない剣士らしい。

 

 彼は黒死牟との一対一の打ち込み稽古をしていた。

 

 ただそれだけなら炭治郎たちもやったことのある形式であるが、今回の訓練は殺気や威圧感を獪岳に叩きつけながらのものである。

 

 黒死牟から放たれる気配は凄まじい。

 

 対峙しているわけでもない炭治郎たちが、息苦しく感じるほどの圧力だ。

 実際に向き合っている獪岳は、どれほどの圧力を感じているのだろうか? 

 

 チラリと様子を窺うと、獪岳は目を見開いたままで硬直していた。

 その全身からは滝のような汗が流れ、呼吸も荒れたものになっている。

 構えた木刀を何度も握り直しているが、体の震えが止まらず先端が定まっていない。

 

 しかも、この訓練で使える雷の呼吸は、壱ノ型に限定させられていた。

 

 明らかに異質な訓練である。

 

 だが、黒死牟はこれを“必要な荒療治”だと言っていた。

 

 さすがに個人の内面や過去に触れるために明言はされていなかったが、おそらく、獪岳という隊士は鬼に対する恐怖心を持っていて、それを克服するための訓練なのだろう。

 

 下手をすれば獪岳の心が折れかねない訓練だ。

 

 だが、それは本人も承知している。

 

 獪岳が自ら望んだ以上、誰にも止められなかった。

 

「どうした……かかってこないのか……」

「く……くそぉ!」

 

 ──雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

 落雷のような音が鳴るほどの踏み込みと共に素早い動きで接敵し、獪岳は木刀を振り抜こうとする。

 

 だが、その技のキレは善逸の繰り出す霹靂一閃を見慣れている炭治郎たちからすれば、明らかに見劣りするものだった。

 

 もちろん、そんなものが黒死牟に通用するはずもない。

 

「踏み込みが甘い……」

 

 霹靂一閃の進路上に、するりと割り込んできた黒死牟の手。

 そこに顔から突っ込み、勢いのまま投げ飛ばされる。

 

 獪岳は空中で体勢を整えようとするが、少々間に合わず、不完全な状態で床に落下した。

 なんとか受け身だけはとれていたようで、直ぐ様立ち上がると木刀を構える。

 

 ちなみに、投げられたあとに寝転んだままで居たら、黒死牟の持つ木刀が獪岳の頭を狙って振り下ろされていた。

 日頃、黒死牟から手解きを受けている者から見ても、かなり厳しい訓練である。

 

 獪岳が突っ込み、黒死牟が投げ飛ばす。

 それがひたすら繰り返された。

 

 どれくらいの時間が経ったのだろうか? 

 

 雷鳴のように轟いていた踏み込みの音も聞こえなくなり、今ではただの足音に成り下がっている。

 風を斬るような音を出していた振りの速さも、幼い子供が振り回したような弱々しいものになっていた。

 

 だが、獪岳は立ち上がり続けている。

 何度も投げ飛ばされ、床に体を打ちつけようとも、獪岳は立ち上がり続けていた。

 

 何時の間にそうなったのだろうか? 

 獪岳の荒い呼吸の音だけが訓練場に響くようになっている。

 

 訓練場にいた誰もが、二人の訓練を見守っていたのだ。

 

 黒死牟は、倒れている獪岳を見下ろしながら問いかける。

 

「どうした……終わりか……」

「ま、だ……まだ……っ!」

 

 よろけながらも立ち上がる獪岳は、荒い息づかいをそのままに木刀を構えた。

 

 ──雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

 それは最早、技ですらない。

 前のめりに倒れる体にそって腕を振るだけの、ただの悪足掻きだった。

 

 黒死牟がさらりと対応すると、獪岳は再び訓練場の床へと沈む。

 

「もう終わりか……獪岳……」

 

 容赦なく、黒死牟は床に倒れている獪岳に声をかけた。

 獪岳もそれに応えようと、体を無理矢理にでも動かそうとする。

 

 だが、体が震えてなかなか立てない。

 それだけ体が疲弊しているのだ。

 

 木刀を杖の代わりにして立ち上がろうとしたが、その途中で力尽き、獪岳は意識を手離した。

 

「ふむ……やはり……行冥殿の言う通り……気骨はあるか……」

 

 倒れた獪岳を見下ろしながら、黒死牟が独りごちる。

 

 その後、黒死牟は獪岳を米俵のように担ぎ上げると、訓練場を後にした。

 

 それまでの訓練風景を見ていた者たちはハッと我に帰ると、中断していた訓練を再開する。

 

「あんなにボロボロになってまで訓練するなんて……」

「なかなか骨のある奴だったな! 俺も負けていられねぇぜ! 」

 

 炭治郎と伊之助は素直に感心すると、訓練に打ち込み始めた。

 それに釣られるように善逸も再開するが、どうしても獪岳のことが気になるのだろう。

 どことなく、気が入っていない様子である。

 

 こうして、月柱による特殊訓練は初日を終えたのだった。

 

 ◆◇◆

 

 獪岳は夢を見ていた。

 子供の頃の夢だった。

 

 その頃の獪岳はまだ、()()()と一緒に住んでいた。

 

 盲目で泣き虫だけど、とても優しい先生。

 獪岳は、先生──悲鳴嶼行冥のことを親のように慕っていた。

 

 寺には自分以外にも同じような境遇の子供たちが一緒に住んでいて、時々喧嘩をすることもあるけれど、ひとつの“家族”としてまとまっていたように思う。

 

 それを壊してしまったのは、獪岳だ。

 

 ある日、獪岳は寺のお金を黙って使ってしまった。

 何に使ったのかは、今ではもう覚えていない。

 きっと、くだらないことに使ったのだろう。

 

 それを家族に咎められ、罰として一日、寺の外に追い出されることになった。

 

 悪いことをしたら罰を受けるのは当たり前。

 それくらいのことは、当時の獪岳にも理解できていたはずだ。

 

 だが、その日だけは何故か受け入れられなかったことだけは覚えている。

 

 寺から追い出された獪岳は、悪態を吐きながら夜道を歩いていた。

 別に寺から離れる必要はなかったのだが、むしゃくしゃしていて大人しくしていられなかったのだ。

 

 そんな時に出会ってしまったのが、人間の血肉を食らっていた最中の鬼である。

 

『こんな夜中にうろつくなんざ、不用心な餓鬼がいたもんだなぁ?』

 

 口元についた血を拭いながら、鬼が嗤う。

 

 その足元には、こちらを向いて虚空を見つめる人だったものが転がっていた。

 

 獪岳は息を飲んだ。

 

 鬼の存在は先生から聞かされていた。

 だが、現実に目にすることなどないだろう。

 そう高を括っていたのだ。

 

 

 

 この後のことは、しっかりとは覚えていない。

 正気を取り戻したのは、すべてが終わったあとのことだった。

 

 遠くに見える、住み慣れた寺。

 そこから聞こえる、獣のような叫び声。

 

 思い出せるのは、自分が言ったとは思えない言葉の数々と、実際に行動に移したという記憶。

 

 それらを思い出し、足が震え、吐きそうになり──、

 

『──っ‼』

 

 再び獣のような叫び声を聞いて怖くなり、転がるように逃げ出した。

 

 

 

 それからの生活は激変した。

 

 食べ物を盗み、泥水をすすり、なんとか命を繋ぐという惨めな様。

 家族同然に思っていた者たちを死に追いやったことを思えば、当然の報いだとも思える状況だった。

 

 あの夜以降、安眠すらまともにしていない。

 

 夜な夜な悪夢を見るからだ。

 自分のせいで死んだ家族が次々に現れては、獪岳のことを責めてくる。

 

 そんな夢を見るたびに、謝りながら飛び起きていた。

 

 ある程度の時間が経つと、ひたすら『俺のせいじゃない』と繰り返しながら夜明けを待つようになっていた。

 

 精神的に参ってしまい、自己弁護をしなければ耐えられなかったのだ。

 

 

 

 そんな日々を送っていた、ある日のことである。

 

 獪岳は、鬼を狩る者──鬼殺隊の噂を耳にした。

 

 その話を聞いた獪岳の頭に浮かんだのは『鬼を殺せば、償いになるだろうか?』という考えである。

 

 たくさんの鬼を斬り、どこの誰とも知れぬ者たちを助けていれば、自分を責める家族たちの怨念が許してくれる日が来るだろうか? 

 

 心のどこかで『自分は悪くない』と叫んでいる自分もいたが、そうではないことは獪岳自身がよく知っている。

 そう言って自分を誤魔化し、正当化し続けるのにも限界が来ていたのだ。

 

 

 

 獪岳が弟子入りしたのは、桑島慈悟郎という育手(そだて)の老人だった。

 

 そこで日々、剣術と呼吸法を学ぶ。

 厳しい修行だったが、手抜きは一切しなかった。

 

 強くならなければ、死んだ者たちの幻影が獪岳を責めるように見てくるからだ。

 

 だが、どれだけ強くなろうと、幻影が向ける目は冷たく、責めるものだった。

 

 そんなある日、急に弟弟子が出来た。

 善逸という、ひたすら泣きわめくだけの、ただただ(やかま)しい奴である。

 

 慈悟郎曰く、女に騙されて借金を抱えていたところを拾ってきたらしい。

 

 なんでそんな奴を拾ってきたのか。

 そう思ったが、少なくとも家族を生け贄にした自分よりは上等な人間である。

 

 だから、口にはせずに言葉を飲み込んだ。

 

 

 

 善逸はとにかく修行を嫌がった。

 

 こっそりと逃げ出しては連れ戻される。

 そんな光景が、毎日のように繰り広げられていた。

 そのたびに獪岳が稽古をつけてもらう時間が削れるのだから、堪ったものではない。

 

 獪岳は、善逸を嫌うようになっていた。

 

 さらに悪いことは続く。

 

 獪岳が壱ノ型が出来ないのに対して、善逸は壱ノ型だけが出来るようになったのだ。

 それを知った途端、幻影が向ける視線が冷たくなった気がした。

 

 何故、あんな情けない奴に出来ることが、お前には出来ないのか。

 全力で取り組んでいないから、いつまで経っても習得出来ないのではないか。

 

 そんな幻聴すら聞こえてくるようだった。

 

 獪岳が壱ノ型が使えない理由はわかっている。

 はっきり言えば、獪岳は鬼が怖いのだ。

 

 あの夜に出会ってしまった鬼から与えられた恐怖が、今もなお獪岳の心を縛っている。

 

 それでも、獪岳は鬼を斬らねばならない。

 

 鬼を斬り続けていなければ、死んだ者たちの無言の責め苦に耐えられなくなる。

 

 鬼を斬って、斬って、斬り殺し続けて、いつか許してもらえる日を、獪岳は待っていた。

 

 許される日など来ないことがわかっていてなお、待ち続けるしかなかったのだ。

 

 ◆◇◆

 

「糞が……」

 

 寝台の上で目が覚めた獪岳は、開口一番に悪態をついた。

 思い出したくもない過去を、夢という形で見てしまったからである。

 

 最近は見なくなっていた過去の夢。

 

 それを見てしまったのは、きっと、思わぬ形で行冥に会ってしまったことと、今日の無茶苦茶な訓練のせいなのは間違いない。

 

「目が覚めたか……」

 

 声をかけられ、顔だけを声の主に向けてみると、そこには黒死牟が立っていた。

 

 どうやら、獪岳が目覚めるのを待っていたらしい。

 

「ずいぶんと……(うな)されていたな……夢見が……悪かったのか……」

「ええ、まあ……それなりに……」

 

 顔をしかめて返事を返すと、黒死牟から手拭いを渡される。

 

 気がつくと、寝汗が凄いことになっていた。

 

 着ていたのが隊服ではなく、病人用の寝間着になっていたのは、誰かが着替えさせてくれたのだろうか。

 その寝間着が汗をたっぷりと含んで肌に張りつくようになってしまっているので、着替えが欲しいところである。

 

「着替えなら……そこだ……」

 

 寝台の傍らにある、背の低い引き出し付きの机を黒死牟は指差した。

 そこには、綺麗に折り畳まれた寝間着が置いてある。

 

 風邪を引かぬようにと汗を拭きながら着替えていると、黙っていた黒死牟が口を開いた。

 

「鬼に……恐怖を覚えることは……恥ではない……何故……それを知りつつ……刃を振るう……」

 

 黒死牟からの突然の問いに、獪岳は沈黙を維持する。

 

「剣術の……才能があろうとも……鬼に恐怖し……後方支援に……まわる者も多い……故に……誰も咎めは……しないだろう……」

 

 そう問われて、獪岳は押し黙った。

 

 突然、そんなことを聞かれるとは思わなかったこともある。

 それ以上に、獪岳が鬼殺を続ける理由を話したくはなかった。

 

 話すとなれば、獪岳が過去にやらかしたことを告げる必要がある。

 

 あれは後ろ暗い過去であり、己の恥部だ。

 出来れば話したくはないし、知られたくもない。

 

 しばらく黙っていると、再び黒死牟が口を開いた。

 

「これは……人伝(ひとづて)に聞いた……話だが……自分が助かるために……同じ寺で暮らしていた者たちを……鬼に食わせると言った……そんな子供が……いたらしい……」

 

 獪岳の体がびくりと跳ねる。

 

 黒死牟が切り出した話の内容は、獪岳にとって身に覚えがあるものだった。

 

「へぇ……そうですか。とんでもない(くず)がいたもんですね」

 

 我ながら、白々しい。

 獪岳は自嘲しながら吐き捨てる。

 

 そんな獪岳の様子を観察しながら、黒死牟は表情を変えずに話を続けた。

 

「その子供は今……鬼殺隊に……入っているらしいが……如何なる気持ちで……鬼を斬っているのか……お前には……わかるか……」

 

 言われて獪岳は察する。

 黒死牟はすべてを知っていて、それでも敢えて(ぼか)した状態で問いかけてきているのだ。

 

 その意図は、わからない。

 

 獪岳は肩から力を抜いた。

 隠すのも、取り繕うのも無駄だとわかったからだ。

 

 ややあって、獪岳は重たい口を開く。

 

「罪滅ぼし、が、したい、じゃないですかね?」

「ほぅ……」

 

 つっかえながらも、なんとか言葉にした獪岳を、黒死牟は目を細めて見つめる。

 

「家族同然に育ててもらっておきながら、鬼に食わせるなんて真似をしたんですよ? 普通、許してもらえるわけがないでしょう。……それがわかっていても、そうしていなけりゃ自分がやったことに押し潰されちまう。……たぶん、そんな気持ちです」

「そうか……」

 

 黒死牟はそう言うと沈黙した。 

 

 獪岳が言った言葉に嘘はない。

 実際、獪岳の今までの時間は、そのために費やしてきた。

 

 これからもそうだ。

 獪岳には鬼を斬り続ける以外に道はない。

 そう思っている。

 

「これからも……鬼殺を続けるのなら……少し……態度を改めよ……お前は少々……度が過ぎる……」

 

 黒死牟にそう言われ、獪岳は言葉に詰まった。

 指摘された点について、身に覚えがありすぎるからだ。

 

 獪岳の鬼殺隊内部での評判がよろしくないのは、先日の戦闘時に先輩隊士である村田の反応から見ても明らかである。

 

 これもまた、獪岳が積み上げてきたものの結果だった。

 

「私の……言いたいことは……わかったか……」

「……ッス」

 

 獪岳の返事に満足したのか、黒死牟は薄く笑みを浮かべる。

 

『えっ!? 素直で綺麗な獪岳とか気持ち悪いんですけど!?』

 

 唐突に、獪岳の脳裏に弟弟子の声と姿が浮かぶ。

 

(ウッセェ、善逸、黙ってろ)

 

 それにイラッとしながら、獪岳は頭の中からそれを追い出した。

 

「獪岳……」

「──っ! はい」

 

 黒死牟の呼びかけに、獪岳は反射的に返事を返す。

 もしかして、先程の脳内会話が口から漏れていたかのだろうか? 

 

 もしも、そうなら恥ずかしい。

 

 そんな獪岳の様子に構わずに、黒死牟は続けた。

 

「明日からは……私を含めた柱を相手に……稽古をしてもらう……」

 

 柱との稽古と聞いて、獪岳は風柱との稽古を想起する。

 成す術もなく、という訳ではないが、あまり手が出せずにタコ殴りにされたのは記憶に新しい。

 

「柱と戦い……その実力が認められれば……推薦を受けることが……あるやもしれん……」

「推薦?」

 

 柱と戦えと言われて気を引き締めるが、推薦と聞いて首をかしげる。

 

 戸惑う獪岳を余所に、黒死牟の話は続く。

 

「柱からの推薦が……複数……得られたならば……新たな柱として……認められることも……あるだろう……」

「は?」

 

 自分が柱になる。

 

 そう聞かされた獪岳の心は、驚くほどに凪いでいた。

 その事実に、獪岳自身ですら戸惑いを覚えている。

 

 柱になることは、獪岳の目標でもあった。

 

 そこまで登り詰めることが出来れば、贖罪の証になるのではないか? と、そう思っていたのだ。

 

 だが、いざ柱になれる機会を与えられた獪岳の心は凪いでいる。

 

 これは、柱になる手段が問題なのだろうか? 

 

 いいや、違う。

 

 誰かに認めてもらいたいという欲求は間違いなくあった。

 だが、認めてもらうだけでは駄目なのだと心が叫んでいる。

 

(柱になったからって、どうなるってんだ? あの人に、どんな顔をして会えって……)

 

 獪岳は、岩屋敷でのことを思い出す。

 

 

 

 基本的に、柱と一般隊士が出会うことは少ない。

 そのため、岩柱が悲鳴嶼行冥であると知ったのは、実はこの時が初めてだったのだ。

 

 それを知った時、獪岳は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 鬼が寺を襲い、子供たちが犠牲になり、行冥は鬼殺隊に入ったのだと想像するのは簡単である。

 

 つまり、今の行冥は獪岳の罪の証でもあったのだ。

 

 あの時の獪岳は、とにかく行冥に会わないように努めていた。

 とにかく避けて、避けて、避けまくって課題を達成し、挨拶もそこそこに山を下りてきたのである。

 

 行冥が涙を流していたようだが、あの人はいつもあんな感じだからと無視していたのだ。

 

 

 

 うつむいて苦い顔をする獪岳を余所に、黒死牟は部屋を出ていこうとしていた。

 入り口の扉を開けて部屋を出る直前に、ふと、何かを思い出したかのように足を止める。

 

「ひとつ……言い忘れていた……」

 

 そう言うと、黒死牟は肩越しに振り向いた。

 

「自分が助かるために……同じ寺で暮らしていた……者たちを……食わせると言った……子供の話だが……」

 

 黒死牟はふと笑う。

 

「寺にいた者たちは……誰も死んでいないそうだ……私は……行冥殿から……そう聞かされている……」

「……は?」

 

 獪岳はぽかんと口を開けて固まった。

 その顔を見た黒死牟は満足そうに頷くと、今度こそ部屋を出る。

 

 あとに残されたのは、思いもよらないことを聞かされた獪岳だけだった。

 

 ◆◇◆

 

「なんで……寺に居たみんなは無事だったんですか?」

 

「南無……。以前、黒死牟殿が滞在した際に、白打の基礎を学んだのだ。己が他者より強い故に、(ちから)の使い方を知るべきだ、と仰られてな。そのおかげで子供たちを守れたのだ。……人の縁とは、やはり尊いものだな」

 

「……俺の九年間はいったい……」

「……獪岳。そなたの九年間がなければ、私を含めた者たちが、お前を許すことはなかっただろう。そのことは、覚えておきなさい」

「……!」

「獪岳」

「……はい……」

「……辛かったな」

「……ごめんなさい……先生……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 ◆◇◆

 

 その日、産屋敷邸の一室には床に臥せった耀哉と、甲斐甲斐しく介護する あまね。

 そして、(かくし)の後藤の姿があった。

 

「やぁ、後藤くん。来てくれたのか」

「……大丈夫か? 体調、悪いんじゃないのか?」

 

 布団に横になった耀哉は、全身のいたる所に包帯を巻き、皮膚が爛れていない場所のほうが少ないという有り様だ。

 重病人と言って差し支えない、悲惨な姿である。

 

「はは。見苦しい姿ですまないね。もう……時間がなさそうなんだ」

 

 床に臥せった耀哉の姿に、後藤は拳を強く握りしめる。

 

 耀哉は、まだ二十三歳。

 人生はまだまだこれからだと言える年齢だ。

 

 それなのに、誰から見ても死が近づいているのがわかる姿をしている。

 

「また、なんか無茶振りか? 今度は何をして欲しいんだよ……っ!」

 

 後藤は努めていつも通りに声をかけた。

 声が震えていたのは、きっと気のせいだろう。

 

「ふふっ。今日はね……」

 

 耀哉は、勿体(もったい)振って笑みを浮かべる。

 

 それを見た後藤は直感的に理解した。

 この笑みは、ろくでもないことを言い始める前兆だと。

 だが、その無茶振りも、あと少ししか聞いてはやれないだろう。

 

 後藤は耀哉の願いを叶えてやろうと決意して──、

 

「──ちょっと、あまねを抱いてやってくれないかな」

「寝言は寝て言え」

 

 手のひらを返した。

 

「いやぁ、だって、私がいなくなったあとのことを考えると──」

「だからって、自分の奥さん他人に抱かせようなんて何を考えてんだよオメェはよ‼ 病人じゃなきゃぶん殴ってんぞ!?」

 

 何故か嬉しそうに笑う耀哉に後藤は怒鳴る。

 

 視力を失っている耀哉には、後藤の表情はわからない。

 だから、布団を何度も叩いて『俺は怒っていますよ』とわかりやすく主張した。

 

「あまね様もなんとか言ってくださいよ! この馬鹿、言うに事欠いて──」

 

 そこで後藤は気づいてしまう。

 

 あまね が頬を赤く染めながら、挙動不審なくらいに体を揺すり、隣の部屋に視線を向けては戻すという動作を繰り返していることに。

 

 油が切れた(ぶりき)のように首をまわし、後藤は隣の部屋へと続く襖に視線を向けてみる。

 

 すると、わずかに開かれた襖の奥に、綺麗に敷いてある布団が見えた。

 

 見えて、しまった。

 

「なんであんた乗り気なんだよ!?」

 

 後藤が怒鳴ると、耀哉が「ぐふっ!」とむせる。

 そのむせ方は、笑いを堪えるのに失敗した時のそれだ。

 

「相変わらずの……はぁ……良い突っ込み……くふっ!」

「息を切らしながら言うこっちゃねぇよ!」

 

 後藤が再び布団を叩くと、耀哉は呼吸を整える。

 

「はぁ……はぁ……あまねに対しても……くくっ……良い突っ込みだった。……そのまま突っ込んでくれないかなぁ……性的に」

「まだ言うか!」

 

 怒鳴る後藤に対し、耀哉は薄く笑みを浮かべた。

 

「だって、そうなれば私と後藤くんは穴きょ──」

「──言わせねぇよぉぉぉ‼」

 

 後藤、渾身の突っ込み。

 

 耀哉は再び笑いを堪えるのに失敗してむせた。

 そのまま大笑いを始めて咳き込むと、体勢を横向きにしてもらい、あまねに背中を(さす)ってもらいながら呼吸を整える。

 

 少し間をおいて、ようやく呼吸が整った耀哉は再び笑みを浮かべていた。

 

「ああ、可笑しかった……」

「そらぁようござんしたね」

 

 後藤が不貞腐れたように言うと、耀哉が「ぶふっ!」と思い出し笑いをする。

 

 呆れたような目で耀哉を見ていると、耀哉は唐突に言った。

 

「……もう、十年近い時間が流れたんだね」

 

 後藤は、それが何を指して言った言葉なのかを察する。

 

 耀哉が後藤を親友だと言い始めた()()()から、それだけの時が過ぎていた。

 

「後藤くん。……私はね、自分がこんなに笑うことが出来る人生を送れるとは、思っていなかったんだよ」

 

 産屋敷家の人間は短命である。

 

 その短い命を削って鬼殺隊を維持し、鬼を倒すことだけに人生のすべてを捧げてきた。

 歴代の産屋敷家当主がそうであったように、自分も同じように生きて、死ぬのだろう。

 

 そう、思っていた。

 

「君と出会ってからの日々は……本当に楽しかった」

 

 耀哉は穏やかな笑みを浮かべた。

 見ただけで、心の底からそう思っているのがわかる。

 そんな笑顔だった。

 

「ありがとう、後藤くん」

 

 思わず、後藤は天を(あお)ぐ。

 そのまま何も言わず、胸のなかを駆け巡る感情が落ち着くのを静かに待った。

 

 ややあって、後藤は再び耀哉に顔を向ける。

 

「何を言ってんだよ、湿っぽい! ……ほら! 早く用件を言えよ! どうせ、今日も無茶なことを言うんだろ? ちゃんと叶えてやっからさ! ──あ、でもさっきの『あまね様を抱いて』は無しだからな? それ以外なら何でも叶えてやるよ!」

 

 無理矢理に作った笑顔を浮かべ、努めて明るい声で先を急かした。

 耀哉も「そうだね」と同意しながら、呼び出した用件を伝える。

 

「じつはね、火薬を集めて欲しいんだ」

「火薬?」

 

 後藤は首をかしげたが、過去に似たような話があったことを思い出した。

 

「そういや昔、花火がしたいって駄々をこねてたことがあったよな」

「そう言えば、そうだったね。……打ち上げ花火は『鬼を誘き寄せかねないから』と却下されて、手持ちの花火で我慢しろって言われて……懐かしいなぁ……」

「子供たちと一緒になって、線香花火で誰が一番長く保っていられるか? なんて勝負もしましたね……」

 

 当時を思い出したのか、あまねも一緒になって笑いあう。

 

 ちなみに、線香花火の勝負で勝ったのは耀哉だ。

 

 一番長く保ちそうな花火を勘で選んでいたため、後藤から『そんなことにまで勘に頼るのか』と呆れられていたのは良い思い出である。

 

「確かに花火はしたいけど……今回はちょっと違うんだ」

「というと?」

「後藤くんにはね、この屋敷を吹き飛ばすための火薬を用意して欲しいんだよ」

「……は?」

 

 後藤は耳を疑った。

 

「この屋敷を? 吹き飛ばす? ……何で?」

 

 なんとなく嫌な予感がしているのだろう。

 後藤の表情が険しいものに変わっていく。

 

「近いうちにね。無惨がここに来そうな気がしているんだ」

「それを……迎え撃つために……?」

 

 耀哉は頷くと、後藤に「お願い出来るかな?」と問いかける。

 

「耀哉」

「なんだい?」

「死ぬ気か……?」

「そうなるね」

 

 耀哉はさらりと言ってのけた。

 もしも、耀哉が弱っていなければ、後藤は殴っていただろう。

 

「なんでだよ……っ!」

 

 絞り出すような、苦しげな声だった。

 そんな声をさせてしまったことに罪悪感を感じながらも、耀哉は答える。

 

「私がもう長くないのは……わかるだろう? だけど、君に何も伝えずに逝くことは……不義理だと思ってね」

 

 後藤は奥歯を噛み締めた。

 様々な感情が入り乱れて、叫びだしたくなるのを堪えるためだ。

 

「後藤くん。私が黒死牟殿に初めて会った時に、日輪刀を渡しただろう? ……あの時の話を覚えているかい?」

「……ああ。刀を振ってみたけど、そんなに振れなかったって話だろ」

「あの時、私は『皆と一緒に戦いたくて』って言ったけど……本当はね、自分の手で無惨を討ちたくてやってみたことなんだよ」

 

 そう言って、耀哉は表情を歪める。

 

()は……鬼舞辻無惨を許せない……っ‼ 彼奴さえいなければって! 何度思ったことか……っ‼ だから最後にっ! 彼奴に……一矢報いて……目にものを見せてやりたいんだ……っ‼」

 

 それは産屋敷家当主の言葉ではない。

 産屋敷耀哉という、個人の思いが詰まったものだった。

 

 その激情は、後藤も理解できる。

 何故なら、彼も『鬼に奪われた』人間であり、剣術の才能がなくて(かくし)になった男だからだ。

 

 後藤の心は揺れていた。

 

 耀哉の気持ちは理解できる。

 出来ることなら叶えてやりたい。

 

 だが、耀哉が死ぬことだけは許容できなかった。

 

 ふたつの思いがぐるぐると、後藤の頭のなかを巡っている。

 

 そこに、耀哉はだめ押しとばかりに言葉を重ねた。

 

「後藤くん。僕の最後の願いだ。……どうか、叶えてくれないか?」

 

 ◆◇◆

 

「あれで、良かったの?」

「ああ」

「もっと、言い方があったんじゃ……」

「実を言うとね。もう、勘が働かないんだ」

「それは……」

「無惨が来るのはわかってる。──でも、そこから先に関することに、勘が働かないんだ」

「何故、勘が……?」

「それはたぶん……その時には私が──」

 

 ◆◇◆

 

 ふらふらとしながら産屋敷邸の廊下を歩く。

 後藤の顔は血の気を失い、真っ白になっていた。

 

 頭のなかも滅茶苦茶で、耀哉の自爆を止めたいのに止められないという、出口のない迷路から抜け出せないでいる。

 

 いや、耀哉の自爆を手伝うという出口は見えているのだが、そこにたどり着きたくない、というのが正しいか。

 

(俺は……どうしたらいい?)

 

 何度目になるかわからない自問自答。

 

 耀哉を死なせたくない。

 だが、耀哉が言うには、その時こそが鬼殺隊にとって、無惨を倒せる最大の機会だと言う。

 ならば、そのために準備を整えるのが当然で、結果として耀哉の命は失われる。

 

「ぬがぁぁぁ‼」

 

 行き場のない怒りに駆られ、後藤は建物の柱に頭を打ちつけた。

 

 痛い。

 だが、気分はまるで晴れない。

 

 すると、音を聞きつけたのだろう。

 廊下の角から輝利哉が顔を出す。

 

「後藤さん!? 何をやってるんですか!?」

「あ、輝利……」

 

 そう言う輝利哉の姿を見て、後藤は固まった。

 

 産屋敷家の子供は短命であったため、男子は十三歳になるまで女装させて育てるという決まりがある。

 

 輝利哉は産屋敷家の嫡男だ。

 だから、今までは女物の着物を着せて育ててきた。

 

 だが、今の輝利哉はきちんとした男物の服を着ている。

 

 それは、産屋敷家の当主を耀哉から引き継いだということを意味していた。

 

「その格好は……」

 

 後藤が問いかけると、輝利哉は目を伏せる。

 その手は、震えていた。

 

「今日中に、私はここを離れて新たな産屋敷邸へと移ります」

 

 そう言って、輝利哉は後藤を直視する。

 

 後藤は言葉に詰まった。

 

 子供らしからぬ強さに気圧されたと言ってもいい。

 

 だが、輝利哉はまだ八歳だ。

 本当なら、もっと親に甘えていたい年頃だろう。

 

「後藤さん。……父のことを、よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げた輝利哉に、後藤は衝撃を受けていた。

 もう、輝利哉は両親と生きて会うことはないのだと、覚悟を決めてしまっていたからだ。

 

 後藤は目眩がした。

 

 いつか来ると、わかっていたことではある。

 だが、いざ目の当たりにすると痛々しすぎて、直視できない。

 

 今まで、家族並に身近な距離にいた後藤にとって、これはキツかった。

 

 このまま、終わらせていいのか? 

 まだ、何か出来ることがあるんじゃないか? 

 

 後藤は(かぶり)を振ると、ひとつの決意を固める。

 

「輝利哉様。……俺に、任せてください」

 

 そう言って輝利哉に一礼すると、後藤は産屋敷邸を後にした。

 

 ◆◇◆

 

「輝利哉、泣いているの?」

「後藤さんが……任せろって……」

「え……?」

「何でだろう? 後藤さんに任せておけば大丈夫だって……もう一度、父上たちに会える気がするって……そう思うんだ……!」

 

 ◆◇◆

 

 大正こそこそ噂話(壱)

 

 獪岳(かいがく)

 

 拗らせた性格をした善逸の兄弟子。

 原作では無限城にて【上弦の陸】として登場し、善逸と交戦、死亡する。

 

 性格やら言動やら、なかなかの悪役を演じていた。

 

 なお、原作で善逸の指摘した“心の箱”に穴が開いているという話だが、その穴がどうして開いているのか? という問いかけに対する解釈次第で、獪岳という人物の印象は大きく変わる。

 

 本作では『ただの自己顕示欲が強い悪党』ではなく『過去の過ちを後悔しているために、そうならざるを得なかった人物』だと解釈させてもらった。

 

 今回の話のあと、数人の柱から推薦を受けて【鳴柱(なりばしら)】に就任した。

 

 就任後、柱になったことを慈悟郎に直接報告。

 それにあわせて過去の過ちも説明する。

 

『こんな馬鹿でも弟子と名乗っていいだろうか?』と尋ねたところ、慈悟郎からは『どんなになろうと弟子は弟子。見捨てはしない』と言われて拳骨を落とされた。

 

 あまりの痛さに獪岳は涙したが……。

 

 それ以降、獪岳は慈悟郎から贈られていたが『着る資格がない』としていた羽織を纏うようになる。

 

 善逸との仲も改善した──かに見えたが、気のせいだったらしい。

 結局は相変わらず(?)の模様。

 

 

 

 大正こそこそ噂話(弐)

 

【岩柱】 悲鳴嶼 行冥

 

 盲目ながらも鬼殺隊最強と呼び名の高い男。

 いつも数珠を鳴らしているか、静かに泣いている。

 詳しくは原作を読もう。

 

 本作では豆腐の波が押し寄せた結果、過去の悲劇が回避された。

 

 ちなみに、寺に住んでいた頃に同居していた子の一人が押し掛け女房として岩屋敷に住んでいる。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 大正こそこそオマケ話

 

 珠世

「ついに完成したわ! 鬼を人間に戻す薬‼」

 

 愈史郎

「やりましたね、珠世様!」

(さすがは珠世様だ! 誇らしげな表情もお美しい‼)

 

 しのぶ

「私も大変勉強になりました!」

 

 珠世

「いいえ、いいえ! しのぶさんの協力でこんなに早く薬が完成したんです! こちらこそ、ありがとうございました‼」

 

 珠芽

「……ねぇ、ねぇ。お義母さん」

 

 珠世

「なぁに、珠芽?」

 

 珠芽

「私ね、そのお薬を使ってあげたい(ひと)がいるんだ」

 

 珠世

「それは……」

 

 珠芽

「……ダメ?」

 ↑上目使いの『お願い』ポーズ。

 

 愈史郎

「駄目に決まっているだろう! ──そうですよね? 珠世様‼」

 

 珠世

「いくらでも持っていきなさい‼」

 ↑親馬鹿(?)発揮中。

 

 しのぶ

「!?」

 

 愈史郎

「珠世様ぁぁぁ!?」

 




今回も読んでいただき、ありがとうございます!

次回は無限城編ですね。

また次回もよろしくお願いします!
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