【完結】産屋敷邸の池に豆腐を落とせば、鬼舞辻無惨を津波が襲う   作:【豆腐の角】

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スマホに機種変更したら使い慣れなくて、時間がかかるなぁ(笑)
次回は時間かかるかもです。

それでは本編をどうぞ。


うねった波は迫り来る(無限城編)

 風雲急を告げる鬼殺隊と鬼の長きに渡る戦い。

 その決戦の幕は、鬼側の手によって切って落とされた。

 

 鬼舞辻無惨が産屋敷邸に襲来したのである。

 

「私には何の天罰も下っていない。何百何千という人間を殺しても、私は許されている。この千年、神も仏も見たことがない」

 

 無惨は床に臥せった耀哉を見下ろし、傲慢に満ちた笑みを浮かべた。

 

 腹立たしいまでの自分本位な言葉に、耀哉は失笑する。

 わかっていたことだが、まるで意見が合わない。

 

 相手は千年もの間、他者に犠牲を強いてきた男だ。

 意見など合おうはずもなく、何を言っても無駄なのは当然である。

 

 だが、耀哉は敢えて反論した。

 

 時間稼ぎという意味もあったが、耀哉には無惨に対して言いたかったことがあったのだ。

 

「無惨。君は思い違いをしている」

 

 そう言って、耀哉は薄く笑う。

 

 無惨の願い──永遠の命は叶わない。

 真の永遠とは、世代を経ても受け継がれていく『人の思い』である、と耀哉は語る。

 

 無惨は『自分は許されている』と言うが、それは大きな間違いだ。

 この千年、彼は一度も許されたことはなく、何度も虎の尾を踏み、竜の逆鱗に触れ続けている。

 だからこそ、この千年間、鬼殺隊はなくならなかったのだ。

 

「それに……君が死ねば、すべての鬼が滅ぶんだろう?」

 

 無惨に対してずっと言いたかったことを言い切ると、耀哉は疲れたように息を吐いた。

 

 会話によって、それなりの時間を費やしている。

 柱たちが産屋敷邸に来るまで、そう時間はかからないだろう。

 

 無惨が耀哉を殺すために近寄ってくる。

 その表情はわからないが、気配からして愉快な気分ではなさそうだ。

 

 だが、言いたかったことを言い切った耀哉にとって、それはもうどうでもいいことだった。

 

 今、耀哉の胸中には鬼殺隊の勝利を願う思いとは別に、家族への思いが溢れている。

 

 隣で耀哉を支えてくれている あまね。

 最後まで一緒にいたいと言って譲らなかった ひなき と にちか。

 ここから遠く離れた新しい産屋敷邸に移っていった かなた と くいな。

 幼くも当主として立たなければならなかった嫡男の輝利哉。

 

 そして──、

 

(……さようなら、後藤くん)

 

 苦楽を共にした親友への感謝を胸に、耀哉は屋敷に隠された火薬の──いや、無惨討伐の口火を切った。

 

 ◆◇◆

 

 ()()()()()をまともに受けた無惨は混乱の極致にいた。

 

 吹き飛ばされた肉体の割合は全体の七割程。

 殺傷能力を上げるためか、細かい金属片が仕込まれていた結果である。

 

「おのれ産屋敷ぃぃぃ‼」

 

 怒りに満ちた咆哮が辺りに響く。

 

 死体同然の輩からの手痛い反撃。

 思わぬ抵抗を受けたために、無惨は激昂していた。

 

 懸命に身体を再生させながら、無惨は()()した産屋敷邸を(にら)みつける。

 

 自分をこんな目に遭わせた下手人が()()()()()()()()ために、無惨の意識は一点にだけ集中していた。

 

 だから、無惨は気づかない。

 

 今、彼の周囲には血鬼術によって産み出された肉の種子が浮遊している。

 爆発のどさくさに紛れて、完全に包囲されていたのだ。

 

 だが、怒りのあまりに視野狭窄に陥っていた無惨は気づけない。

 

 無防備な無惨の身体に、肉の種子が変化した棘が突き刺さる。

 

(固定された、だと!?)

 

 ここで漸く、無惨は自分が置かれた状況の不味さに気がついた。

 

 産屋敷邸に向かって、いくつかの気配が近づいている。

 おそらくは、柱たちだろう。

 

(──落ち着け。まだあわてるような時間じゃない)

 

 無惨は焦る自分を落ち着かせるために、事前に調べていたことを思い出す。

 

 近寄ってきている柱たちのなかに、最も警戒すべき黒死牟はいない。

 何故なら、黒死牟の動きは鳴女によって常に監視されているからだ。

 

 無惨が産屋敷邸に来る前にも確認をとったが、その時は蝶屋敷から出てきていないと報告を受けている。

 念のため、動きがあれば連絡するようにと言い含めてあるのだ。

 

 抜かりはない。

 

 今もまだ、鳴女からの連絡はないのだ。

 だから、無惨が焦る必要は欠片もない。

 

 ちなみに、蝶屋敷に太陽を克服した(志津)がいないのは調査済みである。

 さすがに黒死牟が居るときに調査は出来なかったが、隙をみて調べてはいたのだ。

 

 閑話休題。

 

 無惨の身体を固定する棘。

 それを吸収して無効化しようとした無惨の腹に、なにかが突き刺さった。

 

「貴様は……珠世!?」

 

 無惨は驚いた。

 ここに居るはずのない人物の一人が、目の前に居たからだ。

 

「私の拳を吸収しましたね?」

 

「上手くいった」と珠世が勝ち誇った笑みを浮かべる。

 その笑みは、無惨の背筋に冷たいものを感じさせるものだった。

 

「今、私の拳と一緒に吸収したのはなんだと思いますか? 鬼を人間に戻す薬ですよ!」

 

 状況が随分と変わったと珠世は語る。

 無惨は即座に薬の存在を否定しようとしたが、珠世の医師としての能力を知るだけに出来なかった。

 

 そして、ふと気づく。

 

 珠世が作った薬が無惨だけに使われるはずがない。

 

 無惨は猛烈に嫌な予感がした。

 

「まさか……っ! あの太陽を克服した鬼にも薬を……!?」

「あら、無惨の癖に察しが良いですね? ──もちろん、使いましたよ‼」

「貴様ぁぁぁっ‼」

 

 永遠の命という夢を奪われたことを知った無惨は激昂する。

 

 最早、生かしてはおけない。

 

 鬼を人間に戻す薬を作れる珠世も、その製造法を共有しているであろう鬼殺隊も、今夜のうちに滅ぼすことを今、決めた。

 

 だが、無惨は見落としている。

 

 己にとって都合の悪いことが続くあまりに、大事なことに気がつかない。

 

 珠世はどうやって無惨に近づいたのか? 

 そもそも、珠世は蝶屋敷に居たのではなかったか? 

 蝶屋敷にいた珠世がここに居るのなら、一番危険度が高いあの男は? 

 

 重要なことに気づいた無惨の背筋に怖気(おぞけ)が走る。

 

 そして、それはすぐ近くにまで忍び寄っていた。

 

「いつまで……珠世に触れている……」

 

 その声は今、絶対に聞きたくない声だった。

 その声は今、絶対に聞くはずがない声でもあった。

 

 無惨が吸収しようとしていた珠世の腕が、半ばから断ち切られる。

 

 その直後、珠世は何者かに抱きかかえられ、離れた位置に移動していた。

 

 さらに、無惨の視界はいつの間にやら縦にずれている。

 斬られたのだ、と理解したのは少し間を置いてのことだった。

 

「また貴様かっ! 黒死──!?」

 

 顔に青筋を立てて吠えるが、その直後に棘付きの鉄球が無惨の頭部を襲う。

 

 鉄球を投げたのは行冥だ。

 彼もまた、珠世や黒死牟と共に潜んでいたのである。

 

(鳴女は何をしていた……っ‼)

 

 無惨は内心で無限城にいる鳴女に怒りをぶつけるが、はっきり言って彼女に非はない。

 

 珠世と黒死牟は、愈史郎の『目眩まし』の血鬼術で鳴女に気づかれることなく産屋敷邸に移動し、行冥と共に潜んでいたのだ。

 

 ちなみに以前、浅草で無惨が炭治郎を抹殺するために放った刺客の鬼が『目眩まし』の血鬼術を目撃している。

 

 もちろん、この情報は無惨にも共有されていた。

 ただ、そのことを無惨が忘れていただけである。

 

「テメェかァアア! お館様にィィ何しやがったァア‼」

 

 怒りの形相で駆けてくる実弥を始めとして、次々に柱たちが現場にたどり着く。

 

「お館様ァ‼」

「お館様!」

 

 柱たちの姿を見た無惨は苦虫を噛み潰したような表情になるが、すぐに状況を覆すべく行動に出た。

 

「鳴女ぇぇぇ‼」

 

 琵琶の音が鳴ると共に、この場にいた者たち全員の足元に襖が現れる。

 

 その襖は、半壊した産屋敷邸の()()()()現れていた。

 

「不味い! ──累‼」

「任せて」

 

 黒死牟が叫ぶと、どこからともなく累が現れる。

 彼もまた『目眩まし』の血鬼術で身を隠していたのだ。

 

 それを見た無惨は舌打ちするが、落下しきる直前に大声で宣言する。

 

「今から貴様たちが落ちるのは地獄だ! 今宵、鬼殺隊を滅ぼしてやろう‼」

 

 ◆◇◆

 

 波乱の幕開けとなった決戦は、場所を無限城へと移していた。

 

 無限城を血鬼術にて操る鬼──鳴女は、内部に誘き寄せた鬼殺隊を全滅させるべく、壁や床を操りながら戦いの場を整える。

 

 この数ヶ月、無惨は各地に散らばっていた雑魚鬼を回収し、血を与えて強力な(ちから)を持った鬼を増やしていた。

 しかし、鬼殺隊の活躍によって数を減らされていたため、無惨が強化できた鬼は多くない。

 

 だからこそ、新たに加わった【上弦の陸】の能力はありがたかった。

 斬れば斬るほど数が増えるため、現在の無限城には【上弦の陸】が大量に蔓延っている。

 

 ちなみに、鳴女が内心で『ちょっと気持ち悪いな』と思っていたことは、無惨以外は誰も知らない。

 

 べべん、と鳴女は琵琶の弦を鳴らす。

 

 すると、城内の一部が動き、鬼殺隊の隊士たちを戦いの場へと誘う。

 

『出やがったな、賽目ぇぇぇ‼』

『こぉんの裏切り者がぁぁぁ‼』

『はっ! 雑魚どもが喚いてんじゃねぇよ‼』

 

 どうやら、鳴女の意図通りに鬼殺隊の隊士と【上弦の陸】の集団が出会ったようだ。

 たちまち斬り合いが発生し、敵味方入り乱れた混戦になっている。

 

 鳴女は再び琵琶の弦を弾いた。

 

 今度は別の区画が動き出し、新たに戦いの場を整える。

 

『きぃぃぃたぁぁぁなぁぁぁっ‼ れぇんごぉくぅぅぅ‼』

『むっ!? 貴様は……あの時の【上弦の弐】か‼』

『こいつは……‼』

『どうした、冨岡。あいつを知ってんのかァ?』

『姉さんを……襲った鬼……っ‼』

『あ゛……?』

 

 柱たちを【上弦の弐】がいる区画に誘導したが、何やら因縁がある組み合わせを導いてしまったらしい。

 

 鳴女は知らない話なので、これは不可抗力というヤツである。

 

 彼女に罪はない。

 

 気を取り直して、鳴女はさらに琵琶を弾く。

 それに合わせて区画が動き、一部の鬼殺隊を追いたてた。

 

 行く手にあるのは、鳴女もお近づきになりたくない鬼の住み処である。

 

『おやおやぁ? ──うわぁ! 可愛い娘がいっぱいだぁ! そっかぁ、俺の要望通りに女の子を送ってくれたんだね! あとで鳴女ちゃんにお礼を言わなくっちゃ!』

『あの鬼は……志津さんを襲った変態鬼!?』

(うちの子)が、女性を好んで襲う変態だって言ってたわね』

『変態……女の敵……っ!』

 

 なお、鬼殺隊の女性たちが『変態』という度に、鳴女も頷いていたのは余談である。

 

【上弦の壱】からの要望を叶えた鳴女は、またまた琵琶を鳴らした。

 すると今度は壁が動き始め、鬼たちを一ヶ所に集め始める。

 

 そこには数人の人間と一人の鬼がいた。

 

『四方から鬼が来てるけど……糸で出入り口を塞げば、こっちには来れないでしょ』

『糞がっ! オイこらテメェ! ここを開けやがれ‼』

『自分で開けたら? ──出来ればの話だけど』

『ぶっ殺すっ‼』

『おいおい。誰が、誰を派手にぶっ殺すって?』

『裏切っただけでなく、お館様にまで刃を向けるとは……最早、男らしくないとか、そういう次元の話ですらないな』

 

 無限城に産屋敷たちを引き込んだまでは良かったが、現状では、討ち取るまでには到らなそうである。

 

 鳴女は意識を切り替えると、凄まじい速度で移動する一団に目をつけた。

 

『炭治郎! あっちからカナエさんたちの声がするぞ‼』

『わかった! ──ん? カナヲや しのぶさんの匂いも、同じ方向からする……。たぶん、みんな一緒にいるんじゃないかな?』

『なら、さっさと合流しちまおうぜ! ──どけどけぇ! 伊之助さまのお通りじゃあ‼』

 

 その一団に向かって、鳴女は下弦の鬼と同程度に強化された雑魚鬼をけしかけるが、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)とばかりに蹴散らされていく。

 

 これは無理だな、と鳴女は判断した。

 

 いくら鬼を集めても、所詮は戦い慣れていない雑魚鬼。

 柱稽古を経て強くなった炭治郎たちの敵ではない。

 

 ならばと、鳴女は【上弦の陸】の分裂体を向かわせる。

 あれなら時間稼ぎや体力を削るのに役立ってくれるだろう。

 

 鳴女は次なる標的を探して、城内の状況を見てまわる。

 

 そんな彼女の背後に忍び寄る者がいることなど、気づく余地もなかった。

 

 ◆◇◆

 

『ウヒャハハハ‼ どぉした煉獄ぅ‼ 逃げてばっかりじゃないかぁ?』

 

 次々と襲いかかってくる腕の群れ。

 その物量を前にして、杏寿郎は攻めあぐねていた。

 

 この場には義勇と実弥もいるのだが、そちらにも手が回っているようで連携をとれそうにない。

 

「むぅ……これはいかんな!」

 

 杏寿郎は赫刀化させた日輪刀で腕を斬るが、斬ったそばから数倍に増えた腕が向かってくるので本体に近づけずにいる。

 

「うわ、何あれ。気持ち悪い」

「まぁた七面倒くさい奴に出会ったなぁ……」

 

 その声は、無一郎と有一郎のものだ。

 どうやら、二人とも無事でいたらしい。

 

「ちょうどいい! 時透兄弟! ちょっと手ェ貸せェ‼」

 

 実弥の声が響くと、二人は「了解」と軽く返して手の海に飛び込んだ。

 

 だが、やはり数が多すぎる。

 

 全員が日輪刀を赫刀化させて腕を斬っているのだが、それでも処理が間に合わない。

 

 もう少し手が欲しいなと思っていると、そこに聞き慣れた声が響いた。

 

「キャアァァァ!? 何あれ何あれ!? 気持ち悪いわ‼」

「蜜璃、少しだけ下がってくれ。俺が処理する」

 

 蜜璃と小芭内である。

 

 大切な人をかばうために前に出た小芭内が、迫り来る腕の群れを斬り裂いていく。

 

 手数が増えたことで状況を打開できるかと思われたが、事態は思わぬ方向へと動き出していた。

 

『今の声……女か?』

 

 蜜璃の声を聞いた【上弦の弐】が動きを変える。

 

『女……美しい女……つまり恋雪……っ!?』

 

 その狙いは──蜜璃だ。

 

『男に用は()ぇぇぇ‼ 恋雪を寄越せぇぇぇ‼』

「またそれか‼」

 

 謎の理論を展開した【上弦の弐】の叫びを聞き、杏寿郎は呆れた声をあげた。

 

「え? え? え? キャアァァァ‼ なになに!? いったい何なのぉぉぉ!?」

 

 急に狙われ始めた蜜璃は、困惑しながらもバタバタと逃げ回っている。

 

「何がどうなっている!?」

 

 そんな状況の変化に、小芭内は苛立ちを隠せない。

 蜜璃に迫る腕を次々に斬っていくが、勢いが衰える様子はなさそうだ。

 

「手伝います!」

 

 そう言って援護にきたのは有一郎である。

 

 小芭内は加勢しに来た有一郎に礼を言うと、敵が蜜璃を狙う理由に心当たりがないかと問いかけた。

 先程の杏寿郎が言った『またそれか!』という言葉の意味を、継子である有一郎なら知っているのではないか? と考えたのだ。

 

 煉獄家の事情が絡む内容になるため、有一郎は迷ったが、考えてみれば炭治郎を始めとした数人が知る話でもある。

 今さら隠すようなものでもないだろうし、相手は一時期だけとはいえ、煉獄家に世話になっていた小芭内だ。

 

 話しても問題はないだろう。

 

「煉獄さん!」

「ん? 構わないぞ!」

 

 杏寿郎にも了解をとり、有一郎は煉獄家とのいざこざや過去の事情を簡単にまとめて話す。

 

 その間にも、迫り来る腕を斬っているのは流石である。

 

 ちなみに、説明を聞き終わった小芭内の顔に青筋が立ったのは、事情を知る者からすれば当然のことだった。

 

「つまりあれか。蜜璃はその恋雪という人物に見間違われているのか?」

「見間違われているというより、もう判断がつかな──」

「蜜璃が美しいのは認める。──だが、手を出すというなら容赦はしない……っ‼」

(あ、駄目だコレ。話を聞いてない)

 

 黒い瘴気を放ち出した小芭内の様子を見て、有一郎は匙を投げた。

 

 蜜璃はというと、小芭内から『美しい』と言われて嬉しかったのか、顔を真っ赤にして照れている。

 体を左右に揺するたびに凄いことになっているが、小芭内の癇癪を恐れた有一郎は見なかったことにした。

 

 

 

【上弦の弐】が蜜璃を優先して狙う影響もあって、ほかの者に対する攻勢が弱まっている。

 

 それを好機と見た杏寿郎は、義勇と実弥、無一郎と連携して【上弦の弐】の本体へと迫った。

 

 ──水の呼吸 拾壱ノ型 凪

 

 義勇が迫り来る腕を細切れに斬り刻み、間合いを詰める手伝いをし──、

 

 ──霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海

 

 無一郎が【上弦の弐】への道を斬り開く。

 

 そうして見えたのは、丸々とした肉の塊だった。

 腕を生やすことに特化させた結果、人の形を留められなくなったらしい。

 

 だが、その影響で(くび)が肉に埋もれて見えなくなっている。

 このままでは、(くび)を斬るのは不可能なことだと思われた。

 

 しかし、ここにいるのは柱のなかでも屈指の攻撃力を誇る【炎柱(えんばしら)】と【風柱】である。

 

 ──風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

 実弥の突撃が肉の防壁を削ぎ落とし──、

 

 ──炎の呼吸 玖ノ型 煉獄

 

 杏寿郎の一撃をもって、(くび)を斬り落とした。

 

 ◆◇◆

 

「そら! 胡蝶印の毒付き苦無(くない)だ! こいつは派手に効くぜぇぇぇ‼」

 

 天元は矢継ぎ早に苦無を投げつけ、それをすべて命中させていく。

 苦無を受けた者はすぐに苦しみ出すと、どろどろになって溶けていった。

 

「毒を使うのは、あまり男らしくはないが……そうも言ってられなくてな。──悪く思うな!」

 

 そう言うと、錆兎は毒の塗られた特殊な小太刀で斬りかかる。

 

 この小太刀は【上弦の陸】である賽目対策に作られた特注品で、刀鍛冶の里が総出で作り、隊士全員に支給されていた。

 

 刃を受けた者たちは苦しみながら倒れ、腐ったように溶けていく。

 

 ──血鬼術 溶解の繭

 

 二人に負けじと、累も次々に【上弦の陸】の分裂体を繭のなかへと閉じ込めている。

 

 そんな彼らに守られていた一団のなかに、本来なら戦いの場に出てくるはずのない者たちがいた。

 

 耀哉と あまね。

 そして、にちか と ひなき である。

 

 彼らも鳴女の生み出した襖のなかに落とされ、累によって無事に着地し、現在は護衛されているのだ。

 

 周囲に響き渡る戦いの音を聞きながら、耀哉は不思議に思っていた。

 

 何故、自分は生きているのだろう? 

 

 予定では、屋敷と共に消し飛ぶはずだった。

 そうして無惨の力を削いだあと、鬼殺隊の総攻撃で決着をつけるつもりだったのだ。

 

 火薬による自爆が不発だったのだろうか? 

 

 そんなはずはない。

 

 大きな爆発があったのは、目の見えなくなった耀哉でもわかる。

 体のいたる所が痛いのは、その証左と言ってもいい。

 

 ならば、何故? 

 

「耀哉」

 

 ぐるぐると同じ思考を繰り返す耀哉の耳に、最愛の人の声が届く。

 

 音が聞こえづらいのは、爆発音で耳がやられたせいだろう。

 鼓膜が破れたりしたわけではなさそうなので、時間と共に回復する程度のものだ。

 

 ハッと我に返った耀哉は、声のした方向に顔を向けた。

 

「すまない、あまね。……ちょっと、動揺していたんだ」

 

 耀哉はそう言うと、周りの状況を尋ねる。

 

 そうして驚いたのは、自分たちが今いる場所が、無惨の拠点であること。

 耀哉とあまねだけでなく、ひなき と にちか も一緒にいること。

 

 そして、今は天元と錆兎、累に守られ、鬼の攻勢に耐えているのだと言う。

 

「あ。義父さんが来た」

 

 賽目たちを繭に閉じ込めていた累が、急速に近づく者の存在を感じ取り、その正体を呟いた。

 

 その呟きから間もなく、黒死牟が現場に到着する。

 黒死牟の腕のなかには、珠世が抱きかかえられていた。

 

「珠世……お館様を頼む……」

「任せてください」

 

 珠世はさっと耀哉に近づくと、怪我の有無や容態を確認していく。

 

 そうしている間、黒死牟は累たちに加勢して、押し寄せる賽目たちを押し止めていた。

 斬っては増殖してしまうため、錆兎と同じように特殊な小太刀を使うか、はたまた、血鬼術で生み出した刀で貫き、壁や柱、天井に固定していく。

 

 そんななか、耀哉は気になっていた疑問をぽつりと呟いた。

 

「どうして……私は生きているんだろう?」

「それは……」

 

 問われた あまね も答えを知らないようで、言葉を詰まらせる。

 

 その答えは、思わぬところから返ってきた。

 

「そりゃあ、お館様! 後藤が色々と地味に頑張ったのさ‼」

 

 耀哉の呟きは、耳の良い天元にも届いていたらしい。

 

 だが、後藤が頑張ったとはどう言うことだろうか? 

 

 曰く、いきなり音屋敷に突撃してきた後藤は、天元に頭を下げて爆発物に関する知識を勉強していたと言うのだ。

 さらに、そういった知識を求めて外部の様々な人々のもとを訪れていたらしい。

 

 そうして出来上がったのが、爆発の威力を決まった方向にだけ解放する特殊な爆弾である。

 耀哉を爆発に巻き込まず、攻撃したい相手だけを狙えるようにと試行錯誤を繰り返した後藤の努力の結晶だった。

 

「後藤くん……」

 

 耀哉の瞳から、一筋の雫がこぼれ落ちる。

 

 死ぬつもりだった自分と違い、親友は必死になって命を捨てなくても済むようにと努力をしていたのだ。

 

「あなた……」

 

 耀哉の手を、 あまね の手がそっと包み込む。

 

 何故だろうか。

 耀哉には、あまねが泣いていることが理解できていた。

 同じように、二人の娘も泣いている。

 きっと、離れた場所にいる子供たちも泣いている気がした。

 

(後藤くん。僕は、生きるよ)

 

 耀哉はここにはいない親友に思いを馳せる。

 

 残された寿命が少ないとしても、救ってもらったこの命が尽きるまで、精一杯生き続けよう。

 そして、もう一度会い、礼を言わなければならない。

 

 耀哉の体に、僅かながら活力が戻る。

 心なしか、体を蝕んでいた病の痛みが和らいだような気がした。

 

 ◆◇◆

 

「あああっ! もう! こいつら邪魔なんだよ‼」

 

 倒しても倒しても、一向に減らない賽目の群れ。

 

 それにうんざりしたのだろう。

 我慢の限界と言わんばかりに伊之助が怒声をあげた。

 

「ヒィィィ!? また追加で来たぁぁぁ‼」

 

 せっかく数を減らしたところに敵の増援が現れ、それを見た善逸が悲鳴をあげる。

 

「この先に皆がいるはずなのに……‼」

 

 炭治郎も焦りを露にするが、次から次へと増援がやって来るので敵の数が減らない。

 

 気のせいでなければ、敵は明確な意図をもって炭治郎たちを集中して襲いに来ている。

 

 実際、その考えは正鵠を射ていた。

 

 先日の蝶屋敷の一件で、賽目は炭治郎を殺し損ねている。

 その結果、賽目は無惨からの臨時収入を受け取れなかったのだ。

 本来ならば無惨に八つ当たりされてもおかしくない状況なのだが、太陽を克服した鬼の話もあって、お咎めなしとなったのである。

 

 その上で、今回も同じように報酬を願い出たところ、無惨は了承した。

 無惨としては、どうしても太陽を克服した鬼を手に入れたかったのだろう。

 

 そのため、今回こそはと躍起になっているのである。

 

 新たに現れた増援を相手取る炭治郎たち。

 すると、そこに思ってもみなかった味方が現れた。

 

 ──雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟

 

 一瞬にして、かなりの数の賽目たちが毒を受けて崩れ落ちる。

 

 それを成したのは、善逸の兄弟子である獪岳であった。

 

「誰が襲われてんのかと来てみれば……お前らかよ」

「獪岳!? ……と、行冥さん」

「南無……」

 

 助けに来て損したと言わんばかりに、獪岳はため息をつく。

 

 ちなみに、行冥の瞳から一筋の涙が流れていることと、ついでのように名前を呼ばれたことに関連性はない、はずだ。

 

 獪岳の態度に善逸はなんとも言えない表情をする。

 だが、人の感情を匂いとして感じ取れる炭治郎と、盲目だからこそ嘘を見抜ける行冥は、獪岳がちょっとした嘘をついていることを察していた。

 

「ありがとうございます! 助かりました!」

「別に助けに来たわけじゃねぇよ。たまたまだ。たまたま」

「獪岳はこう言っているが……ちょっとした嘘をついている」

「はい! 大丈夫です! わかってますから!」

 

 炭治郎の返しに、行冥は微笑を、獪岳は「何が?」というような表情をする。

 

 だが、次いで紡がれた炭治郎の言葉を聞いて、獪岳は慌てだした。

 

「心配して来てくれたんですよね!」

「違うわ‼ たまたまだっつってんだろ!?」

「大丈夫です! 俺は鼻が効くんで!」

「鼻が効くから何だ!? 違うもんは違うんだよ‼」

 

 炭治郎と獪岳の押し問答は二、三周したが、埒が明かない。

 最終的には獪岳が「失せろテメェら‼」とキレて、炭治郎たちを先に進ませることで解散となった。

 

 その押し問答の際に、獪岳の“音”を聞いた善逸が、その真意を察して嬉しそうに顔を緩ませていたのは余談である。

 

 ◆◇◆

 

 東京の浅草。

 

 そこはかつて、炭治郎と無惨が出会い、そして、珠世と愈史郎に出会った因縁の土地である。

 

 現在、無限城では鬼殺隊と鬼の決戦が行われているが、それは表社会には何の影響もない話だ。

 いつものように、浅草の街は人混みに溢れ、忙しくも穏やかな時間が流れている。

 

 そんな浅草の町の裏通りに、賽目の本体はいた。

 

 無限城での決戦など知らぬとばかりに、浅草の町で寛いでいたのだ。

 

 無論、そのことは無惨も承知している。

 むしろ、今回の一件では無限城の外にいることを推奨していた。

 

 なにしろ、賽目の血鬼術は本体が倒されるか、術の媒体になる血がなくならない限りは際限がない。

 そして、外の世界にいれば人間を喰らうことで力を取り戻せるため、決戦の場に留まる利点が皆無なのだ。

 

 この時点で、鬼殺隊は詰んでいる。

 

 いくら鬼殺隊の柱たちが強かろうが、所詮は人間。

 体力には限界があり、戦えば戦うほどに武器も消耗、あるいは破損していく。

 そして、無限城のなかではそれらの補給は出来ず、時間さえあれば全滅するのは自明の理だ。

 

 最大の障害だった黒死牟も、結局は日輪刀がなければ鬼を倒せない。

 最終的には力尽きることになるだろう。

 

 状況は、明らかに鬼側が有利である。

 少なくとも、今のまま物事が推移すれば、勝つのは無惨なのは間違いない。

 

 賽目は無惨側に乗り換えたことを自画自賛し、調子に乗っていた。

 

 だからこそ、気づけない。

 

 今日の浅草の街には警官が多く出歩いていて、先程から賽目にチラチラと視線を送っていることに。

 

 そして、それに気づいた時には──、

 

「──スミマセン。あなたは賽目さん、で間違いありませんね?」

「あ? 警察ぅ? 警官が俺に何の用だよ?」

「ああ、大したことではありませんよ。──ちょっと……仕置きに来ただけですから」

 

 彼の命運は尽きていた。

 

 ◆◇◆

 

「あれぇ? (かい)()殿、もしかして死んじゃった?」

 

 口から吐く息が白くなるほどの冷気が漂う大広間。

 その中央に陣取っていた【上弦の壱】──童磨は、仲の良かった同僚の気配が消えたことを察して呟いた。

 

 しかし、そこに悲しみはない。

 むしろ、女の子を(物理的に)食べるのを独り占めできる、と喜んでいた。

 

 だが、その訃報から時を置かずして、賽目まで気配が消えたとなれば話は別だ。

 

 無惨側に残った戦力は童磨と鳴女の二人だけ。

 そして、鳴女は上弦の鬼になったとは言え、元々から戦闘には向かない鬼である。

 そのため、童磨は実質一人で鬼殺隊と戦わねばならなくなった。

 

「不味いなぁ、怒られちゃうよ」とぼやきながら、童磨は手に持っていた鉄扇を一振りして冷気を放つ。

 

 それだけで、不意打ちを仕掛けようとしていた しのぶ とカナヲを退かせると、追撃として氷で出来た(つた)を伸ばし、あっという間に部屋の隅へと二人を追いやった。

 

「だぁぁぁっ! チクショウ! 全部凍るとかふざけんな‼」

「そーだ! そーだ!」

 

 氷で出来た人形に追いかけられる伊之助が罵声をあげると、善逸も悲鳴を混じえながら同調する。

 

 先程までの童磨なら、苦笑するくらいで流していただろう。

 しかし、今ではもう、童磨を取り巻く状況が違う。

 

「強くてごめんねぇ。俺、こう見えても【上弦の壱】なんだ。……もっと遊んでいたいけど、そろそろ、ちゃんと働かないと不味いみたいなんだよね。──だから、君たちの遊び相手を残していくよ」

 

 ──血鬼術 結晶ノ御子

 

 童磨は鉄扇の上に氷の人形を生み出すと、自らの戦力を増やし始めた。

 

「善逸っ! 伊之助っ!」

 

 増えた氷の人形に追われる二人を助けようと、炭治郎が向かう。

 だが、その行く手を二体の氷像が遮った。

 

 ──血鬼術 寒烈の白姫

 

「くっ……!」

 

 氷像が放った氷の風を避けながら、炭治郎は悔しげに歯噛みする。

 

 獪岳と行冥のおかげでカナエたちと合流出来たはいいものの、先程から氷の人形に行動を邪魔されてうまく立ち回れない。

 

 この大広間にいる鬼殺隊の隊士は六人。

 カナエとしのぶ、カナヲの三人だったところに、炭治郎と善逸、伊之助が援軍で駆けつけた形だ。

 

 その六人を相手に、童磨は自身と同程度の血鬼術が扱える氷の人形を五体も作って対抗している。

 

 柱稽古で習得した赫刀はともかく、透き通る世界は氷で出来た人形相手には無意味だ。

 なにしろ、人形には血も、骨も、筋肉もない。

 先読みする材料がないのだから、動作の起こりを読むことが出来なかったのである。

 

「これは……困ったわねぇ」

 

 事前に童磨の情報を聞いていたにも関わらず、状況を打開できないことにカナエも困り顔だ。

 

 正直な話、童磨の血鬼術に対しては有効な対策がない。

 

 一応の対策として日輪刀と同じ素材で作った銃を持ち込んでみたのだが、隙をみて当てても傷つけることさえ出来なかった。

 

 遠距離からの攻撃が駄目なら近づくしかないのだが、そうなると童磨や人形が撒き散らす冷気が厄介である。

 それを吸い込めば肺が傷つけられ、まともに呼吸を行うことすら難しくなるだろう。

 

 すると、そこに吉報が舞い込んだ。

 

『上弦ノ陸、賽目ノ消滅ヲ確認ー‼』

 

 鎹鴉がもたらした吉報を聞き、カナエは満面の笑みを浮かべる。

 

 無惨側の戦力の大半を担っていた鬼が消えた。

 ならば、多くの味方が手透きになっているはずである。

 この状況ならば、この場の脅威を取り除く有効な手段が打てるだろう。

 

 カナエはそう判断した。

 

「外の状況が変わったみたいだし、こちらも切り札を切りましょう!」

『切り札?』

 

 カナエを除いた全員の言葉が重なる。

 しのぶとカナヲも、カナエの言う切り札のことを知らないらしい。

 二人とも、困惑しながら首をかしげていた。

 

 カナエの言葉は、もちろん、童磨にも聞こえている。

 そのため、人形を一度身の回りに集めると、何をするつもりかと警戒を露にしていた。

 

 すぅっと、カナエは深く息を吸い込むと──、

 

「キャー! 助けてー! おーかーさーれーるー‼」

 

 それはそれは、見事な棒読みを披露する。

 

『──はぁ?』

 

 童磨を含めた全員が呆気にとられ、カナエに視線を向けた。

 

 カナエの行動がどういった意味を持つのか? 

 それがまるでわからない。

 

 しかし、その答えはすぐに理解することになった。

 

 突如として、轟音と共に無限城が揺れる。

 

「なんだ!?」

「地震……?」

「……いや、違う。これは──」

 

 突然の揺れに動揺しながら、カナエを除いた全員が身構えた。

 

 段々と近付いて来ているらしく、そのたびに音と揺れも大きくなっている。

 

「まさか……」

 

 無限城の壁や床を破壊しながら突き進む。

 そんな馬鹿げた荒業を実行できそうな人物に、心当たりがある者たちは顔を引きつらせる。

 

 童磨もそれに気づいたようで、同じように顔が引きつっていた。

 

 天井が大きくひび割れる。

 その次の瞬間には、天井に大穴が空いていた。

 

 天井だった残骸と共に落ちてきたのは──、

 

「俺、今からこの人の相手をするの? うっそだぁ……」

 

 怒りに満ちた相貌で童磨を(にら)みつける黒死牟である。

 

「私たちでは貴方を倒せない。……なら、倒せる人を呼べばいいんですよ」

 

 そう言って、カナエはとても良い笑顔をした。

 

 顔に青筋を立たせた黒死牟を見た童磨は、完全に及び腰になっている。

 

「俺の! 家族に! 近づくなぁぁぁ‼」

 

 黒死牟の拳が童磨の頬を捉えた。

 殴られる直前、童磨は黒死牟の背後に『蜘蛛のような顔をした異形の何か』を幻視する。

 

「ぶふぅっ!?」

『殴ったぁぁぁ!?』

 

 まさかの拳による攻撃に、見ていた者たちは驚いた。

 

 日輪刀による斬撃を予想していただけに、想定を上回る速度と軌道で迫った拳を避けることが出来ず、童磨はまともに受ける。

 

 別に、幻を見て『え? 何それ?』と動揺したわけではない。

 

 殴られた勢いのまま、童磨は大広間に作られた池へと頭から突っ込んだ。

 

「うわぁ……」

 

 その声は誰が発したものか、定かではない。

 しかし、声の主が感じたことだけは、その場にいた全員に伝わっていた。

 

 怒りで息を荒くした黒死牟がぐるんと首を回してカナエを見つけると、一足飛びに近寄り抱き締める。

 

「大丈夫か……なにか……されていないか……」

「私は大丈夫ですよ。巌勝様が助けてくれましたから」

「そうか……」

 

 黒死牟はそう言うとホッと息を吐いた。

 

「どんなに離れた場所にいても、妻の危険に駆けつける夫の姿……っ! 絆だ……っ! 本物の絆だぁ……っ!」

 

 天井に空いた大穴から声がする。

 気づいた者たちが見上げると、そこには累の姿があった。

 どうやら、黒死牟についてきたらしい。

 

 イチャつきだした黒死牟とカナエを見ながら、累は「絆だ絆だ」と連呼しながら涙を流す。

 そんな累の姿を周りの者たちが引き気味に見ていたのは余談である。

 

「痛いなぁ……両親にも殴られたことないのに」

 

 殴られた頬を擦りながら、童磨が池のなかから足場へと這い上がってきた。

 

 黒死牟はカナエたちに下がっているように伝えると、童磨へと向き直る。

 

「今日は……逃がさんぞ……」

「ははっ。俺は相手したくないんだけど……無理だよねぇ。──だから、全力で足掻かせてもらうよ?」

 

 先に仕掛けたのは童磨の作り出した氷の人形だ。

 

 黒死牟へと血鬼術を繰り出しながら、様々な妨害工作を繰り出していく。

 

 粉氷による視界不良。

 生み出した氷像による物理的な視界の封鎖。

 氷である点を利用して、視認しにくい池のなかからの奇襲。

 

 例え無駄であろうとも、使えそうな手段はすべて使っているといった感じである。

 

 それに対して、黒死牟は己の肉から生み出した刀を持ち出すと──、

 

 ──月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月

 

 すべてを薙ぎ払った。

 

「もうやだこの(ひと)

 

 童磨が死んだような目をして呟くが、それでも諦めたわけではない。

 すぐに氷の人形を補充すると、再び黒死牟の視界を遮るように立ち回り始めた。

 

 再び黒死牟が氷像ごと人形を薙ぎ払い、童磨へと飛びかかる。

 

 ──血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩

 

 黒死牟が振るう日輪刀が(くび)に届く直前、童磨のもつ血鬼術のなかでも最大規模の術が放たれた。

 

 童磨が手のひらの上に乗れるほどに巨大な菩薩像が、黒死牟へと手刀を振りおろす。

 黒死牟は容易く(かわ)すが、童磨の本命は菩薩像による攻撃ではない。

 

「──あっ!?」

 

 最初に気付いたのは誰だっただろうか? 

 

 すべて砕いたと思われていた氷の人形が、池のなかから飛び出てきたのだ。

 しかも、その人形の手には──、

 

「日輪刀!?」

 

 見ていた者たちから驚きの声が上がる。

 

 日輪刀は鬼殺隊の武器。

 鬼が持っている道理はない。

 

 そう思い込んでいた。

 

 だが、童磨は黒死牟を倒すために、過去に殺した鬼殺隊の隊士が持っていた日輪刀を回収していたのだ。

 

 黒死牟の(くび)に、氷の人形が持った日輪刀が迫る。

 

 そして──、

 

「──ですよねぇ……」

 

 黒死牟の(くび)に当たった日輪刀は、いとも簡単に折れてしまった。

 

「素人が刀を振るったとて……斬れはせん……貴様に剣の心得があったなら……まだ……話は違ったろうが……」

 

 そう言って、黒死牟は日輪刀を構える。

 

 童磨は逃げ出そうとして──、

 

 ──月の呼吸 拾漆ノ型 無月滅界

 

 刺突の壁に飲み込まれ、跡形もなく消滅した。

 

 ◆◇◆

 

 大正こそこそ噂話(壱)

 

 後藤特製の爆弾

 

 今で言うところの【クレイモア地雷】のようなもの。

 無惨に重傷を与えられる特注品。

 

 ちなみに【クレイモア地雷】が製造されたのは1950年代以降、製造に必要な理論が発表されたのを見ても1940年代半ばなので、後藤は耀哉の命を守るためだけに爆薬技術に関する時計の針を約三十年は進めたことになる。

 

 

 

 大正こそこそ噂話(弐)

 

 月の呼吸 拾漆ノ型 無月滅界

 

 本作オリジナルの【月の呼吸】の型。

 目にも止まらぬ連続突きで、射程内にいる相手を塵にする。

 

 名前の元ネタはオサレな死神の技と、時の番人の隊長が放つ、壁に当たると不動明王が彫れる技。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 大正こそこそオマケ話

 

 鳴女

(あ、これ。終わった)

 ↑童磨が消え去るのを見た。

 

 珠芽

「──えいっ!」

 ↑無惨の血の呪いを外す薬を注射。

 

 鳴女

「!?」

 ↑無惨の血の呪いが外れた。

 

 珠芽

「鳴女さん! もう大丈夫だよ! 一緒に逃げよう‼」

 

 鳴女

「む、零余子? 貴女、どうして……」

 

 珠芽

「お義父さんとお義母さんに頼んで、お義兄ちゃんに連れてきてもらったの!」

 

 愈史郎

「……」

 ↑不満そうな顔。

 

 鳴女

「お義父さん? お義母さん? それに、お義兄ちゃん……?」

 ↑頭上で疑問符が乱舞している。

 

 珠芽

「さぁ、一緒に行こう!」

 ↑ぐいぐい引っ張ってる。

 

 鳴女

「待って! ちょっと待って!」

 ↑気になる情報が多くて混乱中。

 

【このあと、無事に説得できました】




今回も読んでいただき、ありがとうございます!

次回は最終回です。

それでは、またよろしくお願いします!

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