【完結】産屋敷邸の池に豆腐を落とせば、鬼舞辻無惨を津波が襲う   作:【豆腐の角】

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アンケートの結果が、
 
蛇足<設定資料集&シナリオ<原作時間軸
 
だったので、原作時間軸を書くことにしました。
原作が辛すぎるから、みんな救いを求めてるんだろなぁ。

なので、この話を投稿した辺りからタイトルの【読み切り】を削除し、1話目のサブタイトルも変更します。
 
あと、設定資料集&シナリオ(戦国時代編)の後書きに予告として、
 
設定資料集&シナリオ(江戸時代~原作開始前)
 
と書いていましたが、
原作時間軸のネタバレを含むので、公開しないことにしました。
あと、なるべく完結を目指したいので、過去の回想や修行、戦闘描写に関してはできるだけ薄めにします。
 
ご了承ください。
 
ところで、二次創作で竈門一家が無事に生き残る作品が少ない気がするのだが、何故だろうか?
 
半天狗
「炭治郎が可哀想だとは思わんのかぁぁぁ‼」
 
それでは、原作時間軸の本編をどうぞ。
 


原作時間軸の話
広がる波紋は小波に変わる(竈門家編)


『縁壱……お前の使う呼吸法に……後継者は出来たのか……』

 

『後継者、と言える者は相変わらず居りません。なかなか……難しいようなので』

 

『まあ……そうであろうな……○の呼吸は……強力なものだが……その分……使い手を選び過ぎる……鬼殺隊のなかでも……使える者は居らぬだろう……』

 

『はい。以前より兄上が危惧していた事態が……使い手どころか伝えることすら危うい状態になりつつあります』

 

『やはりか……なにかしら……対策は打ったのか……』

 

『一応は。鬼殺隊のなかだけでなく、人知れず後世に遺せるように、少し工夫をしてみました。幸いにも、それを伝えてくれると約束してくれた人物にも恵まれましたから』

 

『ほう……私が眠っている間に……良い出会いに……恵まれたのか……』

 

『ええ。彼らに会えた。ただ、それだけでも私は果報者だと思えます』

 

『そうか……それは……いつの日にか会ってみたいものだな……』

 

『お会いになりますか?』

 

『いや……下手に動けば……その者たちのことが……無惨(むざん)に気づかれる可能性も……ある……奴は……お前や私を怖れながらも……目の敵にしている……せっかく出来た協力者を……危険には晒せん……』

 

『それもそうですね』

 

『いつの日にか……偶然に出会うことがあるやも……しれんがな……』

 

 ◆◇◆

 

「おぉい、炭治郎。(うち)にも炭を売ってくれ」

 

「炭治郎ちゃん、家にも炭を売っておくれよ」

 

 宿屋の二階から雪化粧された町中を(なが)めていると、そんな声が聞こえてきた。

 どうやら、炭焼き屋が商品を売りに山を下りてきたらしい。

 チラチラと雪が降るほどに寒いこの時期だ。

 暖をとるための炭は必需品である。

 そのうえ、(旧)正月が近づいてきている時期も重なって、炭を売る側としても稼いでおきたいのだろう。

 

(この雪のなか、ご苦労なことだ)

 

 そんなことを思いながら、(るい)は道を行き交う町民たちの声を聞きいていた。

 

「女将さん、炭はどうだい?」

 

 売り子の声が累の耳に届く。

 若々しい声からして、売り子は子供らしい。

 子供が荷物を持って雪山を下ってきたのか、と驚いて視線を向けてみると、そこには(かご)を背負った少年の姿があった。

 身長は累よりも少し大きいようだが、まだ成長期前だろう。

 ならば、年頃としては十二か十三歳くらいだろうか? 

 会話を聞いていても、口調は(しっか)りとしていて大人びて見える。

 こんな雪のなかでも働くのだから、間違いなく働き者だと言えるだろう。

 両親は助かっているだろうな、と考えて、ふと自分の両親を思い出し、そして(かぶり)を振った。

 

(あれから何年経ったと思ってる……)

 

 そう考えて、未だに親離れ出来ないでいる自分を鼻で笑う。

 彼の境遇を知る者からすれば、そうなっても仕方がないと言うかもしれない。

 だが、累は強くありたいのだ。

 心と身体の両方で。

 もう、二度と大切なものを失うことがないように。

 

 物思いにふける累の頭を、誰かが優しく()でた。

 包帯だらけの大きな手で、累を気遣うように優しく撫でる。

 累はその手の主に目をやった。

 

「子供扱いしないでよ、()()()()

 

 累はむくれた様子で悪態を()いた。

 しかし、義父と呼ばれた手の主は累の頭を撫でるのをやめようとはしない。

 それどころか、累の様子を見て微笑ましげな表情すら浮かべている。

 

「無理に……強がる必要はない……」

 

「強がってなんかない」

 

 (いたわ)るように声をかけてくる義父に、累はつんとそっぽを向いて返した。

 

 隣にいるのは六つ目の鬼、黒死牟(こくしぼう)だ。

 彼のことを義父と呼び始めたのは、鬼になった累が餓死することを選び、死に(ぞこ)なってから(しばら)くしてのことだ。

 

 当時の累は両親が恋しくて(たま)らず、思い出しては泣いてばかりいた。

 そんな累を見かねてか、不器用ながらも優しく慰めてくれたのが黒死牟である。

 基本的に、黒死牟は寡黙な男だ。

 気のきいた言葉など思いつかず、ただ累のそばにいて、頭を撫でたり抱き締めたりしていただけだった。

 しかし、下手な言葉をかけられるよりはマシである。

 少なくとも、当時の累にはどんな言葉をかけても無駄だっただろう。

 そばにいて、ただひたすら聞き役に徹し、時には癇癪(かんしゃく)を受け止める。

 それを繰り返した結果が義父という呼び名で、累が新しく手に入れた大切な(きずな)の形だった。

 

「何年……一緒にいると思っている……顔を見れば……何を考えていたのか……そのくらいはわかる……」

 

「だから、大丈夫だって。さすがに僕だって親離れしてるよ」

 

「そうか……」

 

「そうだよ」

 

 あくまでも認めようとしない累の言葉に、黒死牟はふむ、と考え込む仕草(しぐさ)をする。

 そして、言葉の爆弾を投げ込んできた。

 

「ならば以前……私の布団に潜り込んできたのは……なんだったのか……」

 

「ぐふっ‼」

 

 累は()せた。

 確かに昔、累は両親を恋しく思うあまりに、眠る黒死牟の布団や(ふところ)に潜り込んだことがあった。

 だが、()()()()()()()()()()のは、もう何年も前の話である。

 しかし、ここ最近、別の要因があって布団に潜り込む頻度が上がっていた。

 

「あ、あれは僕のせいじゃない! あれは()()()()が久しぶりに川の字で寝たいからって言って誘ってきたんだ‼」

 

「そうだったか……?」

 

「そうだよ」

 

 累は憮然とする。

 だが、義父はさらなる爆弾を投げ込んできた。

 

「そう言う割りには……嬉々(きき)として……布団に潜り込んできたように見えたが……」

 

「ぶふぅ!?」 

 

 反射的に『起きてたのか』と言いそうになったが、その寸前で(こら)えることには成功する。

 しかし、累が言いたいことがわかったのか、義父は事も無げに言った。

 

「一流の剣士が……熟睡することは(まれ)だ……」

 

 つまり、義母に誘われた累が布団に潜り込む様は、しっかりと見られていたわけである。

 恥ずかしくなった累は頭を抱えた。

 鬼は生理的現象が起きない生き物だが、血流の変化はある。

 そのため、累の耳は真っ赤に染まっていた。

 

「ぐぁぁぁ……見られた、見られてた……! 滅茶苦茶恥ずかしい……‼」

 

「案ずるな……お前くらいの子供なら……添い寝を強請(ねだ)っても……不思議なことではない……」

 

 義父はそう言って(なだ)めたが、累は納得しなかった。

 何故なら、鬼の外見は基本的に変わらないからである。

 意図して一時的に変えることはできるが、基本となる『本来あるべき自分の姿』は変わらないのだ。

 つまり、今の累は“見た目は子供、頭脳は大人”なのである。

 その状態だとどのような苦労が付いて回るかは、某子供探偵を視聴すると理解しやすいだろう。

 

「ああ、もう! 恥ずかしいったらありゃしない‼ それもこれも全部、あの炭売りの子供が悪い‼」

 

 恥ずかしさのあまり、累は非のない無関係の子供にまで八つ当たりを始めた。

 その様子を義父が呆れたような目差しで見ている。

 

大人気(おとなげ)ない……」

 

「子供ですぅ! 義父さんが子供扱いするから子供ですぅ‼」

 

「先程の……子供扱いするなとの言は……なんだったのか……」

 

 累が本格的にへそを曲げ始めると、義父は苦笑しながら再び頭を撫で回した。

 

 ◆◇◆

 

 冬の時期であることも関係あるが、基本的に山間部の日暮れは平野部のそれと比べて早い。

 (ことわざ)にも使われる“釣瓶(つるべ)落とし”のように、あっという間に日が暮れる。

 さらに、今日は雪雲が広がる曇天(どんてん)だ。

 いつもより早く、辺りは暗くなってしまった。

 

「そろそろ……見回りに行くか……」

 

 そう言って黒死牟は腰をあげると、他人に見られても大丈夫なようにと顔に巻きつけていた包帯を巻き直した。

 壁に立て掛けてあった耀哉(かがや)から贈られた日輪刀(にちりんとう)を腰帯に挿し、長年愛用してきた編笠を手に取る。

 部屋から出ると、ちょうど宿屋の女将が通りかかった。

 黒死牟が女将に見回りに出ることを告げると、僅かながら事情を知る女将──この宿は『藤の花の家紋』を持たないが、昔から口伝(くでん)で鬼と鬼狩りの話は知っているようだ──は鷹揚(おうよう)にうなずいて宿の玄関へと先導する。

 

「無事にお戻りになることを願っております」

 

 そう言って、宿屋の女将は切り火を切った。

 黒死牟と累は、それぞれ女将に礼を言うと敷居を(また)いで外へ出る。

 

 宿の外に出た黒死牟は、厚い雪雲に覆われた空を見上げた。

 雪は降っていないようだが、それは今だけかもしれない。

 そんなことを思いながら、黒死牟は人気(ひとけ)の減った道を歩いていく。

 

「今日は僕と義父さん、どっちが町を回るの?」

 

 黒死牟の隣りを歩いていた累が問いかけてきた。

 ここ数年、二人が見回りをするときは町中と町の回りを二手(ふたて)に別れて行っている。

 累も日輪刀──以前、黒死牟が使っていた折れた日輪刀──を持っているため、単独で鬼を倒すことが出来るからだ。

 そのうえ、累は拘束力に()けた血鬼術(けっきじゅつ)に目覚めており、町中で戦いが始まっても被害を抑えることが容易だった。

 

「いつも通り……私が山中を……累は……町中を頼む……」

 

「わかった。……じゃあ、気をつけてね」

 

「うむ……」

 

 いつものように軽く別れの言葉を交わし、黒死牟と累は二手に別れる。

 黒死牟は離れていく累の背中を見送り、姿が見えなくなったところで山へと足を向けた。

 

 ◆◇◆

 

 山に近づくにつれて民家の数が減っていけば、当然、人工的な光も少なくなる。

 代わりに、風の音や木の葉が擦れる音が大きく聞こえるようになり、景色も人によっては心細さを感じるようなものに変わっていく。

 そろそろ町と山の境目と思われる場所に着いた時、黒死牟の耳に人の声が聞こえてきた。

 

「こら、炭治郎! お前、山に帰るつもりか!?」

 

 声が聞こえてくる方向に目を向けると、山道沿いに建てられた一軒家から、一人の老人が顔を覗かせている。

 老人の視線が向かう先には、籠を背負った少年の姿があった。

 

「危ねぇからやめろ」

 

「俺は鼻が利くから平気だよ」

 

 引き止める声に対して少年は大丈夫だと返すが、老人は譲らなかった。

 

「うちに泊めてやる。来い」

 

「でも……」

 

「いいから来い‼」

 

 渋る少年に対し、老人は行かせまいと強固に引き止める。

 引き止められた少年は、老人がそこまでして引き止める理由がわからないようだ。

 

「鬼が出るぞ」

 

 ほう、と話を聞いていた黒死牟は感心する。

 宿屋の女将もそうだったが、やはり、伝え聞くなどして鬼のことを知る、もしくは信じている者は少なからず居るらしい。

 鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)が拠点としていた京都や、鬼の被害が相次いだ地域ならば口伝でもしっかりと話が残っている。

 地域によっては、鬼が苦手とする“藤の花の香”を毎晩しっかりと()く所もあるほどだ。

 しかし、この奥多摩は京都からは遠く、都会と言えるような大きな町からも離れているために鬼の被害が少なかった。

 そのため、鬼の存在など眉唾(まゆつば)どころか、その話を聞いたこともない世代すらある。

 あの老人は、誰かから伝え聞くなどして鬼のことを知っているのだろう。

 

 引き止められた少年が、老人の家へと降りていく。

 その姿を横目に見ながら、黒死牟は再び山へと足を向けた。

 

 その時、一陣の風が吹き抜ける。

 

縁壱(よりいち)……?」

 

 なぜ、そう思ったのかは自分でもわからない。

 ただ、風が吹いた。

 それだけである。

 それだけのはずだ。

 だが、黒死牟は今の風に、死んだ弟の存在を感じていた。

 

 気のせいか? 

 そう思って、辺りを見回す。

 そして、再び老人宅へと視線を向けた。

 

「なん……だと……」

 

 老人の家に入る少年の姿が、室内の照明によって僅かながら照らされる。

 その横顔に見覚えはない。

 しかし、少年が耳につけていた飾りには見覚えがあった。

 

(あれは縁壱が身につけていた耳飾り。……まさか、ここなのか……?)

 

 昔、弟と交わした会話を思いだしながら、黒死牟は目を見張った。

 こんな山奥の片田舎に、弟が遺したものがある。

 そう思うと、不思議と胸が高鳴った。

 このまま老人の家に押し掛けたい衝動に駆られるが、頭の冷静な部分がそれに待ったをかける。

 そもそも、相手は年端もいかない少年だ。

 弟が遺したものについて知らない可能性が高い。

 それよりも、少年の両親や祖父母に話を聞いたほうがいいだろう。

 

(少年が帰ろうとしていた方向は……あちらか……)

 

 黒死牟は、先程まで少年が登ろうとしていた山道に視線を向ける。

 その道を行けば、少年の自宅にたどり着くことができるはずだ。

 自宅に行けば、少年の家族がいるはずである。

 そこでなら、弟が遺したものの話が聞けるだろう。

 もしかしたら、弟が遺したものを使()()()()に会えるかもしれない。

 

 知らず、黒死牟は笑みを浮かべていた。

 

 ◆◇◆

 

 通常、夜間に山道を歩くのは危険である。

 月や星の明かりがないとなれば尚更だ。

 石や木の根に足を引っ掻けて転倒する危険はもちろん、場所が悪ければ崖下へ転落することさえあり得る。

 しかし、鬼は違う。

 活動する時間帯が夜間なだけあって夜目が効き、昼間と同じくらいに周囲の景色が見えるため、多少の雨や雪でも気にならない。

 そのため、黒死牟は黙々と山道を登っていた。

 

(それにしても……遠いな……)

 

 黒死牟は半ば呆れていた。

 鬼がいないか見回るという建前のもと、少年の自宅を探して山を登り始めたのはいいが、民家どころか民家から漏れる光すら見当たらない。

 黒死牟が鬼だからさくさくと足を進めているが、普通の人間だったらこうはいかないだろう。

 鬼が出る出ないに関わらず、少年を引き止めた老人の判断は正しかったのだ。

 むしろ、この気温と足場の悪い状況で家に帰ろうとした少年の気が知れない。

 遭難したり、怪我をして動けなくなったらどうするつもりだったのか。

 

「む……明かりか……」

 

 僅かに見える人工的な光。

 それを目にした黒死牟は、(はや)る気持ちが抑えきれずに足を速めた。

 見えてきたのは木造家屋(かおく)

 おそらく、あれが少年の自宅だろう。

 黒死牟は建物内に人の気配を感じ取り──駆け出した。

 

「……‼」

 

 間違いない。

 間違えるはずがない。

 この三百年余りの間、ずっと探し続けていたのだ。

 かつては、(ちから)(およ)ばず騙し討ちに賭けるしかなかった怨敵(おんてき)

 平安の頃より生きる、鬼の首魁(しゅかい)

 

 木製の雨戸を走る勢いそのままに突き破る。

 そして見えたのは、子供の首を(つか)んで宙吊りにする男の姿。

 

「見つけたぞ! 鬼舞辻無惨‼」

 

「──っ!? また貴様か‼」

 

 黒死牟の派手で大胆な登場(ダイナミックエントリー)に無惨は目を見開いた。

 だが、その後の判断は速い。

 

鳴女(なきめ)っ!」

 

 無惨が誰かの名を呼ぶと、何処からか琵琶の弦を弾く音がした。

 その直後、無惨の背後に(ふすま)が現れ、左右に開く。

 開いた襖の向こう側は、この家とは似ても似つかぬ別空間だった。

 そこに向かって無惨が飛ぶ。

 無論、背を向けるような真似はせず、怒りと恨みの混ざりあった視線を黒死牟に向けたままだ。

 しかも、その手は未だに子供の首を掴んでいる。

 黒死牟に対する盾の代わりか? 

 それとも、このまま連れ去るつもりだろうか? 

 何にしても、『子供を助けない』という選択肢は黒死牟の中にはなかった。

 

 ──月の……

 

 技を放とうとして、黒死牟は気づいた。

 無惨の周りに母親と思われる女性と、数人の子供がいる。

 首を掴まれて宙吊りにされている子供を助けようとしていたのだろう。

 このまま技を放てば、首を掴まれている子供は助けられるが、周りにいる者たちを巻き込むことになる。

 それでは本末転倒だ。

 

 黒死牟は技を放つことを諦め、雨戸を突き破った勢いを殺さずに一歩踏み込んで加速する。

 そうして無惨との距離を詰めると、黒死牟は()()()()()()()を一閃した。

 その直後、子供を掴んでいた無惨の腕が、(ひじ)の辺りからずり落ちる。

 

「おのれ、赫刀(かくとう)か‼」

 

 無惨が忌々(いまいま)しげに舌打ちするが、黒死牟の知ったことではない。

 無惨から開放された子供は襖の仕切り辺りに落ちたが、すぐさま家族の手によって襖の外──自宅内へと引き戻された。

 それを見た黒死牟は、さらに一歩踏み込み、襖の仕切りを越えようとして──、

 

「その子供にはすでに私の血を与えてある!」

 

 足を止めざるをえなかった。

 

 無惨を追うことは出来る。

 だが、その場合はここにいる者たちが、鬼になった子供の手によって皆殺しにされることだろう。

 累を連れてこなかったことが悔やまれるが、その場合は黒死牟がこの場に来ることが遅れていたはずだ。

 そうなれば、無惨か鬼になった子供の手によって皆殺しにされていた可能性が高い。

 一応、無惨が逃げるための口実として嘘をついている可能性もあったが、それは『透明な世界』で子供の姿を見た瞬間に消し飛んだ。

 

 黒死牟は、逃げる無惨に視線を向ける。

 

「次は……逃がさんぞ……」

 

 顔に青筋が立っているのが自分でも良くわかった。

 それほどの激情が、黒死牟の胸の内を暴れまわっている。

 血鬼術で作られた襖が閉じきる寸前──、

 

「この、異常者め……!」

 

 無惨の捨て台詞とともに、襖は完全に閉じて虚空に消えた。

 

 ◆◇◆

 

 未だ日の登らぬ明け方の町に、(からす)の鳴き声が響き渡る。

 それを耳にした累は、何事かと空を見上げた。

 鳴き声の主は鎹鴉(かすがいがらす)

 鬼殺隊が誇る最速の伝令である。

 

「何事?」

 

 累は、自分の腕に降り立った鎹鴉に問いかけた。

 

「緊急連絡です。雲取山(くもとりやま)に住む炭焼き小屋の住人が、鬼舞辻無惨によって鬼にされました。黒死牟殿が、累殿に急ぎ来てほしいと」

 

「雲取山? ちょっと離れすぎてない? それに、炭焼き小屋って……」

 

 累は疑問に思ったが、ふと前日の昼間にあった出来事を思い出す。

 

「もしかして、昼間に見かけた炭を売ってた子供の……?」

 

 あの働き者の子供か、その家族が鬼にされた。

 そう当たりをつけた累は、苦い顔になる。

 また、だれかの人生が無惨によって狂わされたのだ。

 なにも感じないはずがない。

 

 累は鎹鴉に道案内を頼むと、それを追って駆け出した。

 常人ではあり得ない速度で町中を駆け抜け、あっという間に町の外れに到達する。

 

 その時だった。

 

 山道沿いに建てられた一軒家から、炭を売りに来ていた少年が出てきたのだ。

 少年がいることに驚いて足を止めると、それに気づいた鎹鴉も累の肩へと降りてきた。

 

「君……もしかして、この先の炭焼き小屋に住んでる子?」

 

「え? そうだけど……」

 

 突然の問いかけに目を白黒させながら、少年は(うなず)いた。

 ああ、やっぱり。

 累は、己の予想が正しかったことを嘆いた。

 少年の家族に不幸があったことをどう伝えるか。

 それを悩んでいると、少年の後ろに続いて一人の老人が家から出てきた。

 老人は累の身形(みなり)を見て、腰帯に挿した刀を見つけて目を見開く。

 

「まさか、あんたは鬼狩り様か? ……もしや、炭治郎の家族に何かあったのか!?」

 

「え!?」

 

 老人の言葉に少年──炭治郎が驚いた。

 炭治郎の顔からは血の気が引き、青ざめている。

 

「まあ、そういうことなんだけど……死者はいるのかい?」

 

「死者はいません。一人、鬼にされてしまいましたが……」

 

「鴉が喋った!?」

 

 炭治郎と老人は人語を話す鎹鴉に驚くが、その語られた内容に(がく)然とした。

 

「今、家族の誰かが鬼にされたって……」

 

「炭治郎!」

 

 老人が、呆然とする炭治郎の両肩を掴んで揺さぶる。

 

「しっかりしろ! ここで呆けてる場合か‼」

 

「三郎爺さん……」

 

「そうだね。彼は僕が自宅まで連れてくよ。……家族の最後に立ち会うことになるかも知れないけど……」

 

 累の言葉に、炭治郎は息を飲んだ。

 

 ◆◇◆

 

 無惨が去り、鎹鴉に累への伝令を頼んだあと、黒死牟は耀哉から与えられた日輪刀を(なが)めていた。

 その刀身は新品同様で何も付着していない。

 だが、黒死牟は刀身のどの辺りが無惨の腕を切り落としたかをはっきりと覚えている。

 

(お館様から戴いた刀でなければ、無惨の腕に刀身が届いていなかった)

 

 かつて、耀哉が黒死牟に新しい刀を渡すときに言った『折れた刀と新しい刀。その僅かな差で誰かを救うことが出来るかもしれない』という言葉。

 その話をされてから、すでに数年の時が流れている。

 しかし、今日という日まで、それらしき出来事は起きなかったのだ。

 もしかしたら、今回の件で助けた子供が、耀哉の話にあった『助けられる誰か』なのかもしれない。

 

(お館様の直感が助けるべきと判断した子供。ならば、鬼殺隊にとっても重要な存在となるやもしれん)

 

 ふと、黒死牟は助けた炭焼き小屋の一家に目を向けた。

 鬼にされた子供は、家にあった縄で軽く拘束してある。

 だが、意識の戻らない今は布団に寝かせられていた。

 その周りを囲むように、鬼にされた子供の家族が座っている。

 黒死牟は『透明な世界』で鬼にされた子供を見て、身体の変化がどの程度進んだのかを確認した。

 結果を言えば、まだまだ変化の途中であり、意識が戻るのもまだ先だろう。

 

「あの……禰豆子(ねずこ)は……娘はどうなるのでしょうか?」

 

 恐る恐る、母親が話しかけてきた。

 先程まで無惨の脅威に(さら)されていたためか、未だに血の気は戻らず、体も僅かに震えている。

 それでも気丈に振る舞っているのは、これ以上、子供を不安にさせないためだろう。

 

 母親の名は竈門(かまど)葵枝(きえ)と言った。

 鬼にされた子供は竈門家の長女で、名を禰豆子というらしい。

 無事だった子供は四人いて、上から順に、

 次男の竹雄。

 次女の花子。

 三男の茂。

 四男の六太。

 竈門家の父親はすでに他界しているそうで、あとは前の日に町へと炭を売りに行って、まだ帰ってきていない長男がいるそうだ。

 

 葵枝からの問いかけに、黒死牟はどう答えたものかと悩む。

 やることは変わらないのだが、それをどう伝えれば衝撃を少なくできるかと悩んだのだ。

 

 黒死牟が腕を組んで言葉を選んでいると、どこからか人の叫び声が聞こえてきた。

 その声は段々と近づいてきていて、室内にいた子供たちもそれに気づいたのか、眠る禰豆子を守るようにして身を寄せあっている。

 聞こえてくる叫び声の主はもう近くまで来ているようで、一応、黒死牟は警戒のために刀に手を伸ばした。

 その直後、庭先に何かが舞い降りる。

 それと同時に『ぐへっ!?』と何かが潰れたような声が聞こえたが、気のせいだろう。

 

「義父さん、来たよ」

 

 舞い降りたモノの正体は、鎹鴉に呼びに行かせた累だった。

 ただ、その背には見知らぬ子供が背負われている。

 どうやら、先程まで聞こえていた叫び声の主は、背負われていた子供のようだ。

 累は急いでこちらに来るために、木の枝を足場にして次々と飛び移って来たらしい。

 

「炭治郎!」

 

 背負われた子供の姿を見て声を上げたのは、黒死牟の隣りに座っていた葵枝だった。

 累が背負っている子供こそが、町に行っていた長男らしい。

 

「──はっ!? 母ちゃん!」

 

 半ば茫然自失としていた子供──炭治郎は、母親の声に反応して正気に戻った。

 そして直ぐ様、累の背を降りて礼を言うと、慌てた様子で母親に抱きつく。

 

「兄ちゃん!」

 

「炭治郎お兄ちゃん!」

 

 母親の声を聞いて長男の帰宅に気づいたのか、次々と弟妹(ていまい)たちが家から出てきた。

 炭治郎は弟妹たちの名を呼び、無事を確かめるように抱き締め返す。

 

 そして気づいた。

 一人、足りない。

 

「禰豆子は? 禰豆子は、どうした?」

 

 炭治郎に問われ、次女の瞳から涙が(こぼ)れた。

 それを見て、炭治郎は察したようだ。

 いや、気づきたくなかった、と言ってもいい。

 

「鬼になったのは……禰豆子、なのか……」

 

 炭治郎の(つぶや)く声に、弟妹たちは泣き出した。

 

 ◆◇◆

 

 累は鬼にされた子供──禰豆子を、自身の血鬼術で生み出した糸で拘束しながら、竈門一家の様子を盗み見る。

 皆一様に涙を浮かべ、黒死牟からこれから行うことの説明を聞いていた。

 

「鬼は……人を食うことで……飢えを満たす……そして……食べた人間の数だけ……より強くなる……」

 

「禰豆子も……人を襲うようになるのですか?」

 

「そうだ……」

 

 黒死牟に肯定され、家族全員の顔から血の気が引いた。

 次いで、母・葵枝の視線が禰豆子へと注がれる。

 そこにあったのは、化け物になってしまった娘の未来に対する不安と心配だけだった。

 

(ああ。やっぱり、この家族は『良い家族』だ。ちゃんと家族の(きずな)で繋がっている)

 

 竈門一家の様子を見て、累は安心する。

 

 鬼殺隊の真似事を続けていれば、鬼になった家族を庇う者たちに出会うことは少なくない。

 だが、なかには鬼になってしまった家族を早々に見限り『さっさと斬ってくれ』と頼む者もまた、一定数はいたのだ。

 そのことに対して累は怒りを覚えたが、黒死牟から『本心ではないこともある』と(なだ)められることもあった。

 

「本来なら……この娘が目覚める前に……(くび)を落としてやるのが……最善ではある……鬼となり……豹変した娘の姿を見るのは……辛かろう……」

 

 黒死牟がそう言うと、それを拒絶するかのように炭治郎と竹雄、茂が禰豆子を庇うため、跳ねるようにして移動する。

 そんな家族の姿が、累の胸を熱くした。

 

「心配せずとも……その娘の頸は……斬らん……」

 

「どういう、ことでしょうか……?」

 

 葵枝は(いぶか)しげに尋ねる。

 

「その娘は……鬼にされたばかり……当然……人を食ったことはない……ならば……ひとつだけ……試せることがある……」

 

「試せること?」

 

「餓死……そして……餓死を越えた……その先だ……」

 

 黒死牟の言葉に、葵枝は首をかしげた。

 餓死はわかる。

 飢えて死ぬことだ。

 だが、その先とは何なのか? 

 それがわからない。

 

「最初に……言っておくが……可能性の低い話だ……餓死するまで追い込まれた鬼は……稀に……それを乗り越えることがある……」

 

「つまり、人を食べなくても生きていけるようになる、と?」

 

「そうだ……代わりに……睡眠を必要とするが……それは……たいした問題ではない……」

 

 黒死牟の説明に補足すると、この餓死を乗り越えることが出来るのは、人間を食べたことのない鬼だけだ。

 家族に庇われた鬼に試したことは幾度となくあるが、大抵は人を食ったことがあり、それらの者は餓死を乗り越えることは出来なかった。

 

「問題は、禰豆子が餓死を越えることが出来るかどうか、なのですね?」

 

「その通りだ……」

 

 葵枝は、禰豆子へと視線を向ける。

 このまま綺麗な姿で死なせてやるのか。

 はたまた、苦しんで餓死する可能性もあるが、それを乗り越えるのを願って待つべきか。

 それを悩んでいるのだろう。

 ややあって、葵枝は黒死牟に向き直る。

 その瞳にはひとつの覚悟が、『最後まで見届ける覚悟』が宿っていた。

 

「禰豆子は、必ずや乗り越えます。決して、人食い鬼にはなりません」

 

 葵枝の力強い言葉に、黒死牟は眩しいものを見るように目を細める。

 

 その直後、獣が吠えた。

 いや、正しくは獣ではない。

 

「禰豆子!?」

 

「禰豆子姉ちゃん!?」

 

 吠えたのは、先程まで意識が戻らなかった禰豆子だ。

 それはつまり、人間から鬼への変化が終わったということを意味していた。

 禰豆子は体を激しく揺らして暴れるが、累の血鬼術で首から足の先までを蓑虫(みのむし)のように拘束されているため、布団の上からは動けないでいる。

 

「禰豆子! しっかりしろ! 人食い鬼なんかになるんじゃない‼」

 

 最も近くにいた炭治郎が、禰豆子の肩を押さえながら呼びかけた。

 それを皮切りにして、禰豆子の弟妹たちが次々と呼びかける。

 だが、禰豆子は変わらず身を(よじ)るようにして暴れ回っていた。

 それでも、家族は禰豆子に呼びかけ続ける。

 

「禰豆子!」

 

「姉ちゃん!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「禰豆子姉ちゃん!」

 

「ねーちゃ! ねーちゃ!」

 

 どれだけの時間を呼びかけ続けただろうか。

 駄目なのか。

 やはり、無理なのか。

 そんな思いが炭治郎と弟妹たちに(よぎ)る。

 それは累にも伝搬し、知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。

 諦めにも似た、暗い雰囲気が室内に(ただよ)う。

 

 その時、葵枝(母親)が動いた。

 

「禰豆子……しっかりしなさい‼」

 

 凄まじい勢いで、禰豆子の額に葵枝の頭突きが炸裂する。

 

「──へ?」

 

 突然のことに、累は目が点になった。

 さすがに黒死牟も驚いたらしく、石のように硬直している。

 

「うわぁ、禰豆子お姉ちゃん痛そう……」

 

「母ちゃんのお仕置き頭突き。滅茶苦茶、痛いんだよなぁ……」

 

「確か昔、あれで猪を撃退したことがあるって言ってたよな」

 

 花子に茂、竹雄がそれぞれ自分の額を押さえながら解説した。

 なお、葵枝が頭突きで猪を撃退した話は()()()()である。

 

 母親からの愛ある頭突きを受けた禰豆子は、しばらく硬直していた。

 その額から血が垂れてきているのを見ると、凄まじい威力だったことが(うかが)える。

 やがて、禰豆子の両目から涙が溢れ出した。

 その瞳には、僅かながら理性の光が見える。

 

 それを見た累は息を飲んだ。

 

「絆だぁ……! 本物の……本物の絆だぁ……‼」

 

 感極まって、累の瞳からも大粒の涙が流れる。

 母親の愛が鬼と化した娘に届き、失っていた理性を取り戻した。

 なんて、なんて(とうと)い絆だろう。

 

「頭突きで猪を……なるほど……葵枝殿もまた……女傑(じょけつ)であったか……」

 

 腕を組ながら、黒死牟は何やら違うことに納得していた。

 

 ◆◇◆

 

 僅かながら理性を取り戻した禰豆子は、その後、眠りについた。

 その眠りは一時的なもので、さらに言えば、まだ飢餓状態を乗り越えたわけではない。

 むしろ、これからが大変なのだと黒死牟は説明する。

 

「このまま人を食わず……自我を完全に取り戻すか……血鬼術を……扱えるようになれば……その頃には……無惨の掛けた血の呪いも……外れていることだろう……」

 

「わかりました。……娘を助けて頂き、ありがとうございます……!」

 

 葵枝は三つ指をついて、深々と頭を下げた。

 それに続いて、子供たちも思い思いにお礼の言葉を連ねる。

 黒死牟はそれを手で制すると、話を続けた。

 

「今回の一件は……無惨にとって……都合の悪い話が……多すぎる……間違いなく……証拠の隠滅に……走るはずだ……」

 

「証拠の隠滅?」

 

「竈門一家は……無惨の顔を見ている……人相書きでも作られれば……その顔は二度と使えまい……」

 

 殺人事件の犯人が、目撃者を消して回るようなものである。

 黒死牟の説明に、葵枝たちは納得した。

 

 まあ、相手が無惨なので、擬態を含めて使える顔が減るのが腹立たしいという理由が追加されるかもしれないが。

 

「何にせよ……この地にはもう……留まることは出来ない……どこか遠くに……身を寄せることが出来る……そんな場所に……心当たりはないか……」

 

「そう言われましても……」

 

 葵枝は困った。

 竈門家は代々この場所で炭焼きをしてきた一族だ。

 近くの町ならともかく、それ以上の遠方に身内や知り合いはいない。

 葵枝の実家にしても似たようなものだった。

 

 葵枝が答えに(きゅう)していると、何かに気づいたのか、黒死牟が庭先へと顔を向ける。

 累や葵枝らも()られて庭先へと視線を向けると、ややあって、一人の男が姿を現した。

 

「鬼殺隊か……」

 

 黒死牟が確信しながらも問う。

 男は顔をしかめると、黒死牟に問い返した。

 

「そう言う貴様たちは……鬼か」

 

「いかにも……」

 

 黒死牟の返答に鬼殺隊の男だけでなく、葵枝や炭治郎たちも驚く。

 それと同時に、竈門一家は『道理で色々と詳しいはずだ』と納得した。

 

「ふむ……最早(もはや)……隠す意味はないか……」

 

 黒死牟はそう言うと、被っていた編笠を外し、顔に巻き付けていた包帯を解く。

 (あらわ)になった黒死牟の素顔を見て、皆それぞれ驚いた。

 

「目が六つもある!」

 

「すげぇ!」

 

「格好いい……!」

 

 竹雄と茂、花子はわりと好意的な声をあげる。

 花子に関しては、六つ目のことより顔の造形に対しての感想らしい。

 葵枝は口に手をやり、目を丸くしていた。

 驚いてはいるが、恐怖は感じていないらしい。

 末っ子の六太は泣いていた。

 おそらく、見た目が怖かったのだろう。

 獅子舞いの獅子や鬼に(ふん)した大人に怖がるようなものだと思えば、年相応の反応と言える。

 そして、炭治郎はと言うと──、

 

(目が六つもあるなんて、どんなふうに見えてるんだろう? 目が回ったりしないのかな? 点眼(目薬)とか大変そうだし。眼鏡が必要になると特注品になるよな……)

 

 ちょっとズレたことを考えていた。

 なお、黒死牟は炭治郎からの憐憫(れんびん)にも似た視線に困惑している。

 

「六つ目の鬼……まさか」

 

 鬼殺隊の男が目を見開き、何かを口にしようとした。

 しかし、それより先に、男と黒死牟の間に鎹鴉が割って入る。

 間に割って入ったのは、黒死牟と累に専属でついている鎹鴉だった。

 

「水柱、冨岡義勇殿ですね?」

 

「そうだ」

 

 鬼殺隊の男──義勇と鎹鴉の会話に、黒死牟はほう、と感嘆の声を漏らす。

 義勇の外見から推測するに、年頃は二十歳(はたち)前くらいか。

 その若さで、鬼殺隊で最上級の剣士にだけ与えられる称号である『柱』を名乗ることが許されている。

 それはとんでもないことなのだ。

 

「こちらにいるのは黒死牟殿。上層部でも一握りしか存在を知らない月柱です」

 

「知っている。世話になったことがあるからな」

 

 黒死牟は首をかしげた。

 次いで、累に視線を向ける。

 累も首をかしげ、黒死牟に対して首を横に振った。

 累にも覚えがないらしい。

 もしかしたら、知らずに手助けをしていたかもしれないが、少なくとも二人の記憶にはなかった。

 

「それなら話が早いですね。現状、黒死牟殿の存在は秘匿されております。鬼殺隊の隊員たちは、大半が鬼の被害者。不用意に刺激するものではありません。ですので、水柱様も他言無用に願います」

 

「わかった」

 

 義勇はあっさり(うなず)くと、(きびす)を返して歩き出す。

 そこに待ったをかけた者がいた。

 黒死牟である。

 

「竈門家の者たちは……無惨の顔を見ている……どこか……(かくま)える場所はあるか……」

 

 無惨の顔を見ている。

 そのことに義勇は目を見開くと、目を閉じて思考の海に沈んだ。

 ややあって、義勇はひとつの候補を挙げる。

 

(ちょう)屋敷ならば」

 

「そう……か……わかった……」

 

 候補地の名を聞き、黒死牟は歯切れ悪くも頷いた。

 黒死牟の後ろで累が笑いを(こら)えているが、その理由は義勇にも竈門一家にもわからない。

 

 鎹鴉に事の次第(しだい)を伝えたあと、黒死牟は葵枝に向き直った。

 粗方(あらかた)の話は終わったが、一部は竈門一家の了承を得ずに決めたものもある。

 それらを含めて、これからどうなるのかを話す必要があった。

 

「そなたらは……蝶屋敷に向かえ……近くの町に……『(かくし)』の者たちが……迎えに来る……」

 

「はい。何から何まで……ありがとうございます」

 

 葵枝は今日、何度目かわからない三つ指で頭を下げる。

 実際、葵枝だけでは今後の予定も立てられず、路頭に迷っていただろう。

 

「構わぬ……鬼にされた……禰豆子だが……そなたらと共には……行けぬ……無惨の……血の呪いで……居場所が割れるからだ……」

 

 そう言われ、葵枝は禰豆子に視線を向けた。

 未だ眠ったままの娘の頭を、そっと撫でる。

 離れたくはない。

 しかし、葵枝たちは無惨に狙われている。

 一緒に行くわけにはいかなかった。

 

「だったら! 俺が禰豆子と一緒に行きます!」

 

 そう言って立ち上がったのは炭治郎だ。

 

「俺は無惨? とかいう奴と()ってはいないし、何より! 家族を一人にはしておけない‼」

 

 炭治郎の宣言を聞いて、黒死牟は()もあらんと納得する。

 三百年以上前の話だが、黒死牟とて長男であったのだ。

 炭治郎の言に、何かしら感じるものがあるのは当然だった。

 

「炭治郎……」

 

「大丈夫だよ、母ちゃん。禰豆子を一人にはしない」

 

 炭治郎の言葉に葵枝は涙ぐむ。

 

「禰豆子を、お願いね」

 

「うん」

 

 炭治郎は力強く頷くと、黒死牟へと頭を下げる。

 しかし、黒死牟は難色を示した。

 鬼となった禰豆子はともかく、炭治郎というお荷物を守りながら、無惨や強力な鬼と戦えるとは考えていないからである。

 

「ついてくるのは……いいとしよう……だが……自衛の手段は……必要だ……それに……」

 

 黒死牟は少し言い(よど)むと、未だこの場に留まっていた義勇へと問いかけた。

 

「この少年に……呼吸法を学ばせたい……この近くに……育手(そだて)は居るか……」

 

狭霧山(さぎりやま)(ふもと)に、鱗滝(うろこだき)左近次(さこんじ)という老人が住んでいる。冨岡義勇に言われてきたと、そう言えばいい」

 

 義勇はそう言うと、今度こそ用件は終わったとばかりに踵を返す。

 去り行く義勇に、炭治郎は慌てて頭を下げた。

 

「僕たちも狭霧山に行くの?」

 

 一応の確認として、累は黒死牟に尋ねる。

 

「私は……竈門一家が……この地を離れるまで……護衛を続ける……累は……炭治郎と共に……狭霧山へ向かえ……」

 

「禰豆子は?」

 

「一緒に……連れていくといい……万が一にも……蝶屋敷への道を……知られるわけにはいかん……」

 

 黒死牟の言葉に、累は同意するように頷いた。

 

 ◆◇◆

 

 ()くして、竈門家を襲った出来事は一応の決着を見た。

 この事件をきっかけに、豆腐の起こした波紋は小波へと成長する。

 そして、やがては鬼舞辻無惨の身に、津波となって襲いかかるのだった。

 

 ◆◇◆

 

 大正こそこそ噂話

 

 黒死牟さんは無惨を見つけたことで、自分が竈門家に何をしに来たか忘れています。

 思い出したのは竈門一家と別れたあとで、狭霧山に行った炭治郎に聞けばいいかと開き直りました。

 

 

 

 大正こそこそオマケ話

 

 後藤

「んじゃまあ、鬼舞辻無惨の人相書きを作りますんで、どんな顔だったかを思い出してください」

 

 竈門家子供一同

「はぁい!」

 

 後藤

「なんか特徴とかありました?」

 

 六太

「ワカメ」

 

 後藤

「は?」

 

 茂

「ああ! 若布(わかめ)だ若布!」

 

 後藤

「えぇ?」

 

 竹雄

「確かに若布っぽかったなぁ……」

 

 後藤

「いやいやいや……」

 

 花子

「あとね! お目々が梅干しっぽかったの‼」

 

 後藤

「(無言で天を仰ぐ)」

 

 葵枝

「(笑いを堪えている)」

 

 後藤

「葵枝さぁん……(まともな意見を求める目)」

 

 葵枝

「ふふふっ、若布と梅干しでしたね」

 

 後藤

「アンタもかい‼(裏手ツッコミ)」

 




 
後半になるにつれて筆が進む進む。
皆様にも楽しんでいただけたなら幸いです。
次回は狭霧山編を予定しています。
 
それでは、またよろしくお願いします。
 
※アンケートは入れ忘れていたので、一旦削除しました。
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