【完結】産屋敷邸の池に豆腐を落とせば、鬼舞辻無惨を津波が襲う   作:【豆腐の角】

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ご都合展開とかのタグ、要るかな?
 
それでは、本編をどうぞ。


広がる波紋は小波に変わる(浅草編)

 藤襲山(ふじかさねやま)で行われた最終選別を、炭治郎が()()()()()突破してから約二十日。

 炭治郎の姿は、東京の浅草にあった。

 

 鬼殺隊の隊服に身を包んだ炭治郎の背中には、左近次が作ってくれた木箱が背負われている。

 霧雲杉(きりくもすぎ)という木で作られた、非常に軽い木箱だ。

 左近次(いわ)く、岩漆(いわうるし)という特殊な漆で固めたため、強度も上がっているらしい。

 

 それはそうと、炭治郎の腰に巻かれた皮帯(ベルト)には日輪刀(にちりんとう)が挿してあるのだが、隠しもしないで堂々としているため、警官に見つかろうものなら追いかけられることは間違いない。

 なお、炭治郎が銃刀法違反(そのこと)に気づいているかどうかは不明である。

 しかし、ここは都会だ。

 あまりにも多い人の波が、炭治郎の姿を隠してしまっている。

 夜の暗さも相俟(あいま)って、炭治郎の腰にある刀に気づく者は少ないだろう。

 

 浅草の街並みを目の当たりにした炭治郎は、軽い過呼吸に陥っていた。

 炭治郎は田舎育ちである。

 これまで、二階建ての家屋以上の建物など見たことがなかった。

 さらに、建物自体の形もそうだが、使われている建材も見知らぬものがある。

 追い討ちをかけるように、浅草の夜は街灯や店舗から漏れ出る光でかなり明るかった。

 そのため、遅い時間帯にも関わらず、外を出歩く人の波は途切れることを知らない。

 発展した街の雰囲気や、夜らしからぬ独特な明るさ。

 慣れない人混みの影響もあり、炭治郎は人酔いをしていた。

 

「あ、あっちにいこう、禰豆子」

 

 足元をふらつかせながら、炭治郎は約一年振りに再会した妹の手を引いて、人の少ない路地へと歩いていく。

 入り込んだ路地裏は、民家が近いためか表通りに比べれば閑散としていた。

 しかし、その雰囲気は田舎のそれに近いものがあり、炭治郎の気分を落ち着かせるのにはちょうど良い。

 

(こんなところ、初めて来たなぁ……人が多すぎる)

 

 呼吸を整えた炭治郎は盛大なため息を吐くと、夜空に浮かぶ大きな月を見上げる。

 

 思い出すのは、黒死牟と累のことだ。

 本来の予定ならば、炭治郎と禰豆子の(そば)には黒死牟と累の姿があるはずだった。

 だが、この場に二人の姿はない。

 何故なら、最終選別を終えた炭治郎が狭霧山で黒死牟たちと合流してすぐに、再び耀哉から手紙が届いたからである。

 

 ◆◇◆

 

『炭治郎が初めての任務を終えるまでは、黒死牟殿たちは別行動をしたほうがいい気がするね。……勘だけど。あ、でも、今回は禰豆子と炭治郎は一緒にいても大丈夫そうだね。……勘だけど』

 

 手紙を読んだ炭治郎は思った。

 鬼殺隊の当主は勘だけで行動しているのだろうか? 

 思わず(つぶや)いてしまった言葉に、手紙を持ってきてくれた(かくし)──名を後藤と言うらしい──が、死んだような目をして『やっぱり、そう思うよな? その通りなんだよ』と相槌(あいづち)を打っていた。

 まさか同意を得られるとは思ってもみなかったが、それ以上に衝撃を受けたのは、その(にお)いである。

 後藤から感じた匂いは、物事を素直に表現する炭治郎をして、じつに例えにくいものだった。

 

「苦労、なさってるんですね……」

 

「わかるか……わかってくれるか!」

 

 炭治郎が(いたわ)りの言葉をかけた直後、後藤の涙腺が決壊する。

 

 そこから始まる愚痴祭り。

 耀哉が後藤に頼んだ無茶振りの数々が、出るわ出るわと大騒ぎした。

 余程溜まっていたのだろう。

 酒も入っていないのに、愚痴を(こぼ)す後藤の姿は(まさ)しく酔っ払いのそれだ。

 これを聞いていた左近次は遠い目をして意識を飛ばし、累は我関せずと言わんばかりに、数日前に目覚めた禰豆子と綾取りをして遊びだした。

 対応できるのは、炭治郎と黒死牟のみである。

 炭治郎は(すが)るように、黒死牟へと視線を向けた。

 

「耐えるのだ……これも……鬼殺の剣士が……果たすべき務め……」

 

 そう言う黒死牟の目は死んでいる。

 六つもある目、そのすべてが死んでいた。

 

「それ絶対に違いますよね! 匂いを嗅ぐまでもなく嘘ですよね!?」

 

 炭治郎はツッコんだ。

 

 あとで聞いた話だが、後藤と耀哉の関係は十年近く続いていて、ことあるごとに上司(耀哉)部下(後藤)を振り回しているらしい。

 そのたびに黒死牟が後藤の愚痴を聞く羽目になり、数年前からは相槌を打つだけの絡繰(からくり)人形と化している、とは累の言である。

 

『お(いたわ)しや、兄上……』

 

 そんな空耳が、聞こえた気がした。

 

 ◆◇◆

 

 累は辟易(へきえき)としていた。

 眼下に見える、浅草の街並み。

 すでに日は落ち、田舎ならば人気(ひとけ)の減り行く時間である。

 しかし、浅草の夜は違う。

 発展(いちじる)しい街には街灯が立ち並び、店舗から漏れ出る光もあって、道は明るい。

 その影響もあってか、夜だというのに人混みは途切れず、まるで川のように流れている。

 

 累は鬼になってから一度だけ、浅草の街を一人で出歩いたことがあった。

 その時は人の波に流されるばかりで、まともに進めやしなかったのを覚えている。

 挙げ句の果てに、思い出すのも忌々しい出来事が起こったのだ。

 それも、二連続で。

 何があったかを端的に言うと、人(さら)いに出会い、警官に迷子だと誤解された。

 それだけである。

 それだけで、ある。

 別に『飴玉あげるから』と言われて知らないおじさんについていったり、『お父さんを探そうか』と言った警官に肩車されて喜んだりなんかしていない。

 していないのだ。

 あの頃はまだ鬼に成り立てで幼かったからとか、そう言うんじゃないのである。

 義父にも黙って出歩いたのがバレて、大目玉を食らったとか、そんなんじゃないのだ。

 

 とにかく、累は二度と一人で表通りを歩かないことを決めていた。

 

「累……」

 

 街を見下ろす累に声をかけたのは、この場を離れていた義父の黒死牟だ。

 二人は数日前から浅草に来ているのだが、その際に、黒死牟は見知った気配を僅かながら感じ取ったらしい。

 

 その知り合いも鬼だというのだが、黒死牟と同じように無惨の血の呪いを外し、一時期は鬼殺隊に協力していたそうだ。

 ただ、鬼殺隊の人員が代替わりすれば、鬼と共にあることを許せない者も次第に増えていく。

 そのため、黒死牟と同じ時期に鬼殺隊から離れたという。

 

 その知り合いを見回りのついでに探しているようのだが、義父の表情を見る限り、今日も空振りだったようだ。

 

「今日も見つからなかったの?」

 

「ああ……無惨にも見つからぬよう……上手く隠れているようだ……」

 

 そう言って、黒死牟は肩を(すく)めた。

 だが、見つからなくて当たり前だと考えているようで、気落ちしているようには見えない。

 どうやら、本当に隠れるのが上手い鬼のようだ。

 

 一週間ほど前に累が倒した鬼──特定の年齢になった女性だけを狙う、地面に潜れる血鬼術(けっきじゅつ)を使う鬼──とは雲泥の差である。

 

 むしろ、数日の調査で見つかるようなら、無惨が先に見つけて始末していることだろう。

 無惨は計画性や(こら)え性はないが、裏切りや反抗を許さない(たち)だ。

 勝つのが難しい相手(黒死牟)ならまだしも、そうでない相手に刺客を送らないはずがない。

 そして、気配はするが姿が見つからない以上、無事でいることは間違いなさそうである。

 

「街にも異常はないよ。物取りとか酔っ払いの喧嘩ならあったけどね」

 

 累はそう言うと、再び街へと目を向けた。

 相も変わらず人が行き交い、なんとも息苦しく感じてしまう。

 

「それはそうと……炭治郎が……浅草に来たようだ……」

 

「炭治郎が? あ、初任務が終わったから?」

 

 累は僅かに驚き、納得した。

 耀哉からの手紙もあって狭霧山で再び別れた両者だが、あくまでも『初任務が終わるまでは』という内容だったために、任務を終えたら合流しようと話し合っていたのだ。

 その炭治郎から、鎹鴉(かすがいがらす)を通して連絡があったらしい。

 

「裏通りに……うどん屋の屋台が……来ているらしい……そこで……待っているそうだ……」

 

 裏通りと聞いて、累はホッと息を吐いた。

 それと同時に、待ち合わせ場所に納得もする。

 やはり、炭治郎も都会の雰囲気に慣れず、裏通りに逃げ込んだのだろう。

 

「わかった。待たせるのも悪いし、先に合流しようよ」

 

 累はそう言うと、鎹鴉に案内を任せて歩き始めた。

 黒死牟も、累の背を追い、歩き始める。

 しかし、鎹鴉に案内されて訪れたうどん屋に、禰豆子の姿はあっても、炭治郎の姿はなかった。

 

 もしも、累と黒死牟の二人が移動を始めるのが僅かでも遅かったなら、結末は変わっていたことだろう。

 だが、この時は誰も予想をしていなかった。

 まさか、雲取山にある自宅に残っていた無惨の匂いを炭治郎が覚えていて、たった一人で接触しまうなど、誰にも予想できなかったのである。

 

 ◆◇◆

 

(今日は厄日か……!)

 

 鬼舞辻無惨は苛立(いらだ)っていた。

 よもや、こんな場所(浅草)()()()()()出会(でくわ)すなど、思ってもみなかったからだ。

 しかも、あの子供は自分が『鬼舞辻無惨』だと確信を持って追いかけて来ていた。

 冗談ではない。

 無惨の擬態は完璧だ。

 ()()()()()()()()()()()()()をしてからは、姿だけでなく、気配すらも変えていたのだ。

 見ず知らずの人間に発覚するようなものではない。

 だというのに、あの子供ときたら無惨の存在に気付いただけでは飽きたらず、人の行き交う大通りで叫んでまわったのだ。

 もちろん、その場は素知らぬ振りをして立ち去ったが、今の無惨が使っている隠れ蓑(富豪の家族)には不信感を与えたかもしれない。

 元々いた旦那を殺し、遺された妻の再婚相手として入り込むという手間暇(てまひま)かけて作った隠れ蓑だ。

 手間をかけた分だけ棄て(がた)くはある。

 だが、場合によっては棄てることも考慮しなくてはならないだろう。

 考えれば考えるだけ忌々(いまいま)しい。

 自分の意思で移り変わるのならまだしも、今回はあの鬼狩りによって変わらざるを得ないことが、無惨をさらに苛立たせた。

 

 ()()()脇道へと入り込んだ無惨は、あの花札のような耳飾りをした子供を抹殺することを決め、パチリと指を鳴らす。

 すると、間髪いれず、上から何かが降ってきた。

 

「何なりとお申しつけを」

 

 降りてきたのは鬼だ。

 それも、二人いる。

 無惨は苛立ちを抑えながら、二人に指令を下した。

 

「耳に花札のような飾りをつけた鬼狩りの(くび)を持ってこい。いいな」

 

 二人の鬼は『御意』とだけ答えると、その場から消えるように立ち去る。

 無惨は忌々しい鬼狩りが死ぬ姿を夢想して、ほくそ笑んだ。

 

 だが、その笑みは長くは続かなかった。

 

 無惨の歩く先に、酔っ払いが千鳥足で歩いているのが見えたからである。

 無惨は小さく舌打ちすると、壁際へと避けた。

 しかし、酔っ払いの振り回す腕が肩に当たり、その視線が無惨へと向けられる。

 

「なんだテメェ」

 

 酔っ払いが無惨に(から)みだした。

 やはり、今日は厄日らしい。

 

 一応、擁護しておくが、悪いのは酔っ払いのほうである。

 無惨は道を譲るという、常識的な行動(!?)をしていたから尚更だ。

 まあ、無惨のことなので、通り過ぎたあとに『不快な酔っ払いどもを消せ』と配下の鬼に命じていただろうが。

 

 鬼狩りに続いて酔っ払いに絡まれたことで、無惨の堪忍袋は限界を迎えようとしていた。

 

(よし、殺そう)

 

 無惨が腕を振り上げかけた、その直後のことである。

 浅草の街に、警笛が鳴り響いた。

 

「なにやっとるか、貴様らぁ!」

 

 騒がしい足音と共に現れたのは、警官隊である。

 見間違いでなければ、先程の鬼狩りとの一件で駆けつけた者たちのようだ。

 無惨は()()()()もあるので、記憶力には自信がある。

 間違いはないだろう。

 警官たちは無惨から酔っ払いを引き剥がすと、何事かを話して解放する。

 酔っ払いたちはあっさりと引き下がり、浅草の街へと消えていった。

 

「いやはや、災難でしたね」

 

 警官の一人が無惨に話しかける。

 

「いえ、助かりましたよ」

 

 無惨はにこやかに笑う。

 不快な酔っ払いを追い払ったことで、無惨のなかで警官の株が上がっていたからだ。

 自分の部下もこれくらい有能ならいいのだが、などとは考えてはいない。

 考えてはいない、はずだ。

 自らを頂点とした組織の二番手に思うところがない、とは言わないが、考えてはいないのである。

 

 だが、今日の無惨は本格的に厄日らしい。

 話しかけてきた警官とは別の警官が、無惨を指差して、こう言ったのである。

 

「ああ!? こいつ、()()()()()()()()()()()っ‼」

 

 なんだ、それは。

 無惨の思考が一瞬にして真っ白になる。

 五つの脳が、一斉に仕事を放棄したのだ。

 無理もない話である。

 しかし、時の流れは平等にして無情だ。

 無惨の思考が停止している間にも、警官たちの会話は進んでいる。

 

「女児誘拐未遂犯? なんだそれは?」

 

「雲取山って、奥多摩方面にある山だったか?」

 

 事情を知らない警官たちが、首をかしげながら同僚に問いかけた。

 問われた同僚の警官は、制服の胸についた衣嚢(えのう)──ポケットのこと──から一枚の紙を取り出す。

 

「間違いないですよ! ほら、さっき()()()()()()()()()が落としていった紙! たぶん、これは雲取山の地元警察が作った手配書ですよ!」

 

 同僚の警官から手配書と思わしき紙を受けとると、警官隊のまとめ役と思われる警官が内容を読み上げ始める。

 

「なになに? 鬼舞辻無惨。雲取山で女児誘拐未遂の現行犯として手配中。顔を変えている可能性あり。特徴は若芽(わかめ)のような黒髪。梅干しのような瞳? ふざけてるのか、これ? ああ、でも、現物が目の前に居るし、特徴の内容は当たってるから正しいのか。余罪は殺 人(いつものこと)殺 人 未 遂(竈門一家は失敗した)殺 人 教 唆(人を食えば強くなるよ) 殺 人 強 要 (人を食わないと死んじゃうよ)脅 迫(私の事は黙ってろ) 強 盗 (死人には必要ないよね)、その他諸々……」

 

 読み上げが進むたびに、警官たちが無惨に向ける視線が冷たいものに変わっていく。

 だが、無惨の脳は仕事を放棄したままである。

 そして、無惨にとって都合の悪いことは更に続いていた。

 居合わせた警官の一人が、あることに気付いたのだ。

 

「そう言えば、この男。見たことあると思ったら、貿易会社の月彦さんじゃないか。この間、富豪の娘と結婚したって聞いていたが……裏でこんなことしてたのか」

 

「ああ、その富豪の娘って麗さんのことだろう? 前の旦那が若くして死んだから、再婚するって話で……あれ? 確か、前の旦那の死因は他殺で、まだ犯人は見つかってないって話だったような……」

 

 警官たちの視線が、再び無惨に集中する。

 女児誘拐未遂犯は間違いないとして、余罪の殺人という項目。

 前の旦那が死んだ直後に入り込んだ、現在の夫。

 しかも、相手は富豪の娘で、自分は貿易会社を持っている。

 怪しい。

 とても怪しい。

 警官としての勘が言っている。

 限りなく、真っ黒な『黒』だと。

 

 なかなか見事な推理力である。

 警官たちの推測は、正確に的を射いていた。

 

 じんわりと働きだした無惨の思考は、警官たちの株を下方修正する。

 賢すぎる部下というのも、考えものだ。

 ならば、例え頭が悪かろうとも、言われたことを忠実にこなす部下のほうが扱いやすくていいのかも知れない。

 無惨のなかで、とある上弦の兄妹──特に染まりやすい妹のほう──の株が人知れず上がった。

 

「ちょっと、署までご同行願おうか? 月彦さん。いや、鬼舞辻(なにがし)さんとお呼びしたほうがいいのかな?」

 

 警官が無惨に手を伸ばす。

 ここでようやく、無惨の脳が活動を再開した。

 

 無惨は盛大に舌打ちすると、腕を振るって警官の頭を打ち据えようとする。

 だが、警官は体を(ひね)って無惨の腕を避けた。

 素晴らしい反射神経である。

 これに目を見開いたのは無惨だ。

 まさか、避けるとは思ってもみなかったからである。

 警官は腰に挿していたサーベルを素早く引き抜くと、()()()()()()()()()()()と共に刺突を繰り出した。

 

「なん……だと……?」

 

 一瞬の出来事だった。

 いや、普段の無惨であれば対処できた攻撃である。

 しかし、一時的に思考が放棄され、それが回復した直後の出来事であったため、無惨の行動が遅れたのだ。

 その結果、無惨の両腕と両太股がサーベルによって貫かれた。

 

「わははは! 見たか! これぞ我が月野家に伝わる月野式呼吸術がひとつ、突きの宮である!」

 

 警官は誇らしげに語る。

 戦国の世より語り継がれてきた、由緒正しき家伝の武術だと。

 

 月野式呼吸術。

 つきのしきこきゅうじゅつ。

 つきのこきゅう。

 月の呼吸!? 

 

「貴様、()()()の縁者かっ!?」

 

 無惨は目眩(めまい)がした。

 すべてが正しく伝わってはいないようだが、聞こえてきた呼吸音は同じものだ。

 

 一応、継国(つぎくに)の血縁と思わしき者は潰したはずである。

 少なくとも、同じ姓をもつ者たちは滅ぼしたはずだ。

 戦国の世では、土地もそうだが家名も重要な意味をもつ。

 特に、武家は家名を、家を残すために武勲を求めるのだ。

 それを大切にするのは、武家の当主であった()()()とて例外ではないはずである。

 まさか、(みずか)()()()()()()()()()()()はしないだろう。

 だから、同じ姓を持つ者を消し去った今、あの男の血縁は残っていないはずだった。

 

(いや、待て。呼吸法だけが他家に伝わったという形か……?)

 

 血縁が残っていたという可能性を考えたくない無惨は、別の可能性を考える。

 技術的なものだけ伝わったという可能性だ。

 むしろ、そうあって欲しい。

 かつて無惨を死の(ふち)まで追い詰めた、あの化け物の血が現代まで残っていたなど、考えたくもなかった。

 だから、都合のいい考えだとは理解しながらも、そうに違いないと無理矢理に自分を納得させる。

 

 とにかく、目の前にいる警官が刃を向けるのならば、無惨としては消すだけである。

 そう考えたのだが、それは叶わなかった。

 

 闇夜に響く、鴉の鳴き声。

 以前にも同じものを聞いたことがある無惨は、それが何を意味するのかを知っていた。

 

「ちぃ!」

 

 無惨は(きびす)を返して逃げに転じる。

 一刻も早く、この場を離れる必要があった。

 

「あ、おい、待て! この女児誘拐未遂犯っ‼」

 

 不名誉極まりない呼び名に、無惨の額に青筋が走る。

 やはり、ここで殺してやらないと気がすまない。

 無惨は足を止めようとしたが、再び鴉が鳴いた。

 それを聞いて、無惨は怒りを抑えるように奥歯を噛み締める。

 奴の──黒死牟の到着まで、もう間がなかった。

 

 ◆◇◆

 

「で? 炭治郎はどこをほっつき歩いてたのさ。しかも、禰豆子を置いて」

 

 累は怒っていた。

 炭治郎が待ち合わせ場所に居なかったこともそうだが、それ以上に、禰豆子を一人にしていたことに怒っていた。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 炭治郎は素直に謝った。

 累の怒りが(もっと)もなことだと、ちゃんと理解しているからだ。

 

「炭治郎。君がいない時に禰豆子が人を襲ってたら、どうするつもりだったのさ。切腹する? 切腹するの?」

 

 正論である。

 炭治郎からは、ぐうの音も出ない。

 確かに禰豆子は人を襲わなかったが、それは結果論である。

 まだ、禰豆子には確かな信頼性がない。

 人の血肉に反応してしまう状態なのだから、禰豆子の身の回りには細心の注意が必要なのだ。

 もしも、炭治郎がいない間にうどん屋の店主が指先を切ったりして出血した時、禰豆子がどう行動するのかは誰にもわからない。

 店主を襲うかもしれないし、襲わないかもしれない。

 狭霧山にいる間に左近次がかけていた暗示は、もしもの時に禰豆子が躊躇(ためら)う保険にはなっても、絶対に人を襲わないという保証にはならないのだ。

 だからこそ、最悪の場合を考えれば、炭治郎の行動はあまりにも不味かった。

 

 なお、長々と説明した内容は、すべて建て前である。

 累が気にしているのは、そこではなかった。

 

「炭治郎。ここは都会の裏道なんだよ? 人拐(ひとさら)いだって普通に出てきちゃう場所なんだよ。こんな時間に禰豆子みたいな可愛い娘が一人で歩いてたら、拐われたっておかしくないんだ」

 

 (経験者)に指摘されて初めて気付いたのだろう。

 炭治郎はハッとして禰豆子を見た。

 禰豆子は町でも評判の美人だと言われていたのは炭治郎も知っている。

 何しろ、密かな自慢だったのだから当然だ。

 その禰豆子が誘拐される可能性があることを、炭治郎は考えもしなかった。

 

「すまない、禰豆子! 兄ちゃんが悪かった‼」

 

 謝る炭治郎の頭を禰豆子が撫でる。

 許しているのかどうかは累にはわからないが、炭治郎の表情を見る限り、ちゃんと許してもらえたようだ。

 

「それで? 何があって禰豆子のそばを離れたのさ。ちゃんとした理由があるんだろう?」

 

 一応のケジメがついた所で、累はため息を吐きながら話題を変える。

 そんな累を見ながら、炭治郎はおずおずとわけを話し始めた。

 だが、その話は最初で(つまず)くことになる。

 

「じつは、鬼舞辻無惨を見つけて……」

 

「──は?」

 

 累は目を丸くした。

 今、炭治郎は何と言ったのか? 

 

「いや、だから、鬼舞辻無惨を見つけたんだよ」

 

「ええ……」

 

「俺の家に残っていた匂いと同じものがしたから、慌てて追いかけたんだ。そうしたら、人間の家族と一緒にいた無惨を見つけて……」

 

 思わず、累は天を(あお)いだ。

 様々な匂いが入り乱れる浅草の街で、無惨の匂いを正確に嗅ぎとったことは凄いことだ。

 それは間違いない。

 しかし、街中で鬼舞辻無惨を刺激したことだけはいただけない。

 無惨が街中で暴れだしたらどうなっていたのか、考えたのだろうか? 

 

「ああ、いや。それはないか」

 

 累は黒死牟から聞いていた無惨の性格を思い出して、考えを改める。

 

 鬼舞辻無惨は気位(きぐらい)が高いだけの臆病者。

 

 その通りなら、人目を引き付けるような直接的な行動はしないだろう。

 むしろ、自分の存在を隠すために、ほかに注目を集めるものを生み出すはずだ。

 そう考えて、累は顔を(しか)める。

 

「……ねぇ、炭治郎。もしかして、新しく鬼が生み出されなかった?」

 

 そう尋ねた瞬間、炭治郎の顔が固まった。

 どうやら、図星らしい。

 累は炭治郎を叱りつけようとして、思い止まった。

 

 もしも、炭治郎のように、街中で鬼舞辻無惨に出会った場合、累は怒りを抑えて擦れ違うことが出来るのか? 

 

 そう考えると、自信がなかった。

 おそらく、炭治郎と似たような行動をしていただろう。

 たぶん、鬼殺隊にいる者たちは皆そうではないだろうか? 

 黒死牟ならば、自分を律することが出来るだろうか? 

 いや、黒死牟は三百年もの間、無惨を探し続けてきた男だ。

 無惨への思いが長期熟成され過ぎて、一番危ないかもしれない。

 

 累は(かぶり)を振ると、気持ちを落ち着けた。

 

「……ごめん。さすがに僕でも突っ走らない自信がないや。──それで、新しく鬼にされた人は? まだ、人を食べてない?」

 

 累の問いかけに炭治郎が答えるよりも早く、

 

「──おい。いつまで待たせる」

 

 知らない声が割り込んできた。

 

 ◆◇◆

 

 緊急性が高い時に使われる、通常時とは違う鎹鴉の特殊な鳴き声。

 それを聞きつけた黒死牟が現場を訪れた時には、すべてが終わったあとだった。

 警官が集まる路地裏には、少量だが血痕が残っている。

 また、犠牲者が出たのか。

 そう思った黒死牟は、拳を握りしめた。

 

「何人……犠牲になった……」

 

 黒死牟は鎹鴉に問いかける。

 だが、返ってきた答えは意外なものだった。

 

「死者どころか、怪我人すらいませんよ。警官が上手く立ち回りましたから」

 

 黒死牟は驚きを(あらわ)にする。

 まさか、負傷者すらいないとは思わなかったからだ。

 

「相対した警官のなかに、呼吸法を使える者がいましてね。……たぶん、あなたの縁者ですよ。家伝のつきのしき? 呼吸術とか言ってましたから」

 

 鎹鴉の言葉に、黒死牟はなんとも言えない微妙な顔をする。

 たとえ(継国家)は途絶えようとも、己の細胞が増えて残っていたことは喜ばしいことだ。

 だが、家伝で伝わる内容に関しては、もう少しきちんと伝わらなかったのか? と、文句を言いたくもあった。

 なんだよ、突きの宮って。

 

 なお、現世の政治に(うと)くなっている黒死牟は知らないことであるが、この時期は士族の解体が進んでいるため、先祖は士族だ、武士の出だ、という話が増えていた。

 そんな世のなかにあって、しっかりと継承されていたのが呼吸法である。

 その理由が己の出自を証明するためか、はたまた、就職活動に有利だったのか。

 そこについては詳しく言わないが、本家や分家に限らず、士族から平民になった者も含めて、それぞれが何かしら家伝の呼吸法や流派をしっかりと継承し、身につけていることが多かった。

 もちろん、なかには呼吸法とは名ばかりのものもある。

 だが、そんな雑多な家伝のなかにも正しく継承されているものは、確かにあるのだ。

 そのひとつが、(くだん)の月野式呼吸術である。

 

 ちなみに、三百年以上の時をかけて、本家と分家で別れたり、派生したりしているので、現存するすべての呼吸法の名前を網羅しようとすると大変な目に遭うのは間違いない。

 

 さらなる余談だが、幕末の京都に雷のような速さで駆け抜ける抜刀斎がいたとか、とある三番隊の組長が突撃すると風で地面が削がれるとか、そんな連中が日夜暴れまわるから大工の仕事が減らないし、民間人もおちおち寝ていられないから、刀を持っている者は誰であれ嫌われてた、という話があったとか、なかったとか。

 なお、真偽のほどは定かではない。

 

 閑話休題

 

「それで……出てきた鬼は……どうなった……」

 

 顔の中央にある目の目頭(めがしら)を揉み解しながら、黒死牟は問いかける。

 鬼は疲れることはないはずだが、とても疲れているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「出てきたのは鬼ではありません。鬼舞辻無惨です」

 

「なん……だと……」

 

 黒死牟は目を見開いて驚いた。

 鎹鴉も同意するように頷いている。

 

「よもや……同じ街に居ようとは……」

 

「前回の遭遇からは二年。その前は……どのくらい昔になるのか、わかりませんね」

 

「それで……無惨は……どこへ消えた……」

 

「雲取山の時と同じです。(ふすま)の奥に逃げましたよ」

 

 黒死牟はため息を吐いた。

 襖を通しての移動は厄介すぎる。

 改めて、そう実感したのだ。

 

「無惨を……斬る前に……襖を生み出す鬼を……斬らねばならんな……」

 

 黒死牟はそう呟くと、空間移動が出来る血鬼術をもつ鬼を優先的に滅するべきだと記憶する。

 

 ほかに見るべきものはなさそうだ。

 そう判断した黒死牟は、現場を離れようと(きびす)を返した。

 すると、ちょうどその時、空気が小さく震える。

 空振とは珍しい。

 何事だろうか、と辺りを見回してみると、街の外れにある建物付近から煙が舞っていた。

 それも、一度や二度ではない。

 明らかに戦闘が起こっている。

 その派手さから言って、人間同士の戦いではなく、鬼との戦いだ。

 戦っているのは累だろうか? 

 それとも、炭治郎だろうか? 

 はたまた、その両者か? 

 

 眼下で働く警官たちは、この戦闘には気付いていないようだ。

 距離がありすぎることと、街の騒がしさが原因だろう。

 だが、気付かれないほうが都合がいい。

 事後に身を隠すのが楽だからだ。

 

 黒死牟は、戦闘があっている建物に向かって跳躍する。

 向かった先に、探していた尋ね人がいるなどとは思ってもいなかった。

 

 ◆◇◆

 

 それは偶然の出来事だった。

 浅草の夜道を散策していて、たまたま遭遇した小さな騒ぎ。

 普段ならば、人目につくのを避けて通り過ぎていたはずの出来事だった。

 

「鬼舞辻無惨‼ 俺はお前を逃がさない‼」

 

 その声を聞くまでは。

 ドクンと、心臓が大きく跳ねたのがわかる。

 声のした方向に視線を向ければ、男性に馬乗りになった少年が、人混みに紛れて去り行く男に怒りの視線を向けていた。

 その男を見て、納得する。

 

(鬼舞辻……無惨っ‼)

 

 まさか、こんな近くに、こんなすぐそばに、家族の仇がいるとは思わなかった。

 脈が早まるばかりで安定しない。

 今すぐにでも飛びかかって、息の根を止めてやりたい衝動に駆られる。

 だが無理だ。

 彼女──珠世は医者であっても剣士ではない。

 どう足掻いても、無惨に勝てるはずもなかった。

 怒りと悔しさが、珠世の胸のなかを暴れまわる。

 しかし、それを表に出さないように、感情の手綱を握って(なだ)めすかした。

 

 気付かれてはいけない。

 気付かれるわけにはいかない。

 もし、気付かれれば、待っているのは無意味な死だ。

 それはいけない。

 鬼舞辻無惨に一矢報いるまでは、無意味な死だけは避けなければならない。

 

 そう自分に言い聞かせて、その場は耐えていたのだ。

 

 その後、珠世は騒ぎを起こした鬼殺隊の少年を診療所に招いた。

 もちろん、診療所に連れてくるからには隠蔽工作をするようにしてある。

 隠蔽をしてくれる助手の愈史郎は『完全に隠せるわけではない』と言っていたが、珠世とて、それは理解していた。

 愈史郎には苦労をかけるが、それでも、珠世は鬼になった者を人間として扱ってくれた心優しい少年と(よし)みを通じておきたかったのだ。

 

 鬼にされた男性を地下牢に拘束し、男性の妻は肩を噛まれていたので手当てを施す。

 そうして待っていると、愈史郎が鬼殺隊の少年を連れて戻ってきた。

 ただ、連れてきたのは少年一人だけではなく、鬼の少年少女を連れてだったが。

 

 珠世は大いに困惑した。

 何故、鬼殺隊の隊士が鬼を二人も連れているのだろうか? 

 だが、同時に納得もした。

 この二人を知るからこそ、少年は憎しみだけで鬼を見ることがないのだろう、と。

 思いもよらない出会いだが、珠世は心から安堵する。

 本当に、この鬼狩りの少年とは上手く付き合っていけそうだ。

 

 その安堵が、まったく予想もしていない方向から引っくり返されるとは、思いもよらなかった。

 

 ◆◇◆

 

 炭治郎を待っていたという鬼の青年に連れられて、累は町外れの診療所を訪れていた。

 そこで待っていたのは女性の鬼で、名を珠世というらしい。

 この診療所の主で、医者だという。

 案内役をしていた青年の鬼は愈史郎という名前らしいが、珠世以外に対する態度が悪いので、あまり好きにはなれそうにないな、というのが累の感想だった。

 

 話を聞いてみると、珠世は『鬼を人間に戻す薬』の研究をしているらしい。

 炭治郎に接触したのは、鬼を人だと言える優しい人物ならば協力してもらえるのではないか、と考えたからだという。

 

「鬼を人間に戻す薬を作るには、たくさんの鬼の血を調べる必要があります」

 

 珠世はそう言うと、累と禰豆子の血も調べさせてほしいと頼んできた。

 人を食べずとも活動できる累と禰豆子の状態は、極めて稀なものだという。

 累は同意するように頷くと、そうなった経緯を口にした。

 

「まあ、僕らみたいに『人を食べたことがない鬼を、餓死するまで追い込む』なんて真似、早々できるものじゃないしね」

 

「え……?」

 

 累の言葉を聞いた珠世は目を丸くする。

 どういうことかを累が説明すると、珠世は額に手を当てて深々とため息を吐いた。

 まさか、医学方面ならまだしも、根性論や精神論で飢餓状態を克服してくるとは思わなかったらしい。

 

「まあ、偶然の産物だけどね。長いこと生きてる義父さんも、僕が餓死に失敗するまで知らなかったみたいだし?」

 

「父さん……? 累さんには、お父様がいるのですか?」

 

「義理の、だけどね」

 

 そう言って、累は肩を(すく)める。

 そこでふと、累は義父が人探しをしていたことを思い出した。

 もしかして、目の前にいる珠世こそ、黒死牟の探していた知り合いなのではないのか。

 愈史郎は、絶対に違うだろう。

 黒死牟と愈史郎が仲良く話している姿など、まったく想像できない。

 

「義父さんは黒死牟っていうんだけど……」

 

「こっ、こくしぼう!? まさか、巌勝(みちかつ)様のことですか!?」

 

 珠世の反応は劇的だった。

 目を見開いて驚いたかと思えば、頬を朱に染めて口元を手で隠し、その後、目に見えるほどに狼狽(うろた)える。

 周りから見れば、明らかに特別な何かがありますよ、と言っているようなものだ。

 それに気づいてか、愈史郎が騒ぎだして『黒死牟って誰だ!?』と累に噛みついてきたが、知ったことではない。

 それよりも気になるのは、義父と珠世の関係だ。

 

(え? なに、あの反応。義父さんと何かあった? あったって反応だよね? しかも、巌勝(みちかつ)って義父さんの本当の名前じゃないか。それを知ってるってことは、それくらい深い仲だったってこと? まさかの浮気案件? 義父さんが? ああ、いや、義父さんは元々武家の当主だったって話だし、側室が居てもおかしくないのか。なら、そっちの線かな? ……だったらいいなぁ。いくら義母さんが()()()()()だとはいえ、家庭内不和とか勘弁してほしいし。あ、でも、今の義母さんなら喜んで受け入れそうだ。今も何やら手を打ってるみたいだし、屋敷に行ったら色々とトンデモナイコトになってそうだなぁ……)

 

 愈史郎の声を右から左に受け流しつつ、累は今後の家族関係を真剣に考えた。

 

 その時だ。

 壁を何ヵ所も破壊しながら、複数の何かが診療所のなかを飛び回る。

 敵襲だと気付いた時には、部屋のなかは滅茶苦茶になっていた。

 

 累は、鬼舞辻無惨に対する警戒心が甘かったことを悟る。

 黒死牟は言っていたではないか。

 鬼舞辻無惨は臆病者だと。

 ならば、身を隠して安全を確保したあとに、痕跡を消そうと考えて追っ手を放つのは当然である。

 竈門一家の時もそうだったのだから、今回も同じように動くに決まっていたのだ。

 だからこそ、なぜ鬼の接近に気がつかなかったのか、と悔やんでいた。

 

 しかし、この件については累を責められない事情がある。

 累は預かり知らぬことだが、愈史郎の血鬼術は人や建物の気配、匂いまでを隠蔽することが出来た。

 だからこそ、警戒していたはずの累も、匂いに敏感なはずの炭治郎も鬼の接近に気がつかなかったのだ。

 

「鬼は、正面に一体。でも、感じる気配は二体分。隠れている奴は……木の上か。炭治郎、目の前にいる鬼を任せてもいい? 木の上にいる鬼は僕がやるよ」

 

 累は素早く状況を判断すると、手分けして鬼を倒すことを提案する。

 炭治郎は『わかった』とだけ返事をすると、油断なく鞠を持った鬼に向き直った。

 

十二鬼月(じゅうにきづき)である私に殺されることを光栄に思うがいい!」

 

 鞠を持つ鬼──朱紗丸(すさまる)は上着を脱ぐと、二本だった腕を六本に増やす。

 

 こうして、戦いは始まった。

 

 

 

 

 

 そして、あっさりと終結する。

 

 いや、そもそもの実力に差がありすぎたのだ。

 累は鬼殺を続けてきただけあって、実力もさることながら、戦いの経験値が違う。

 一風変わった血鬼術を使う鬼──矢琶羽(やはば)では、相手にもならなかった。

 鬼殺隊に入って日の浅い炭治郎も、狭霧山で元柱である左近次と錆兎に鍛え上げられ、さらには藤襲山で十を超える鬼を斬り、初任務も終えて実力と自信をつけている。

 たかが複数の鞠を投げるしか能のない鬼が勝てるはずもないのだ。

 

 なお、累は『弱い鬼を倒させて実力を把握し、そのあとに本命をぶつけてくる作戦』だと警戒していたのだが、そんなことはなかった。

 大真面目に追っ手は二体のみであり、さらなる追加はなかったのだ。

 なんとも()()な結末である。

 

「この鬼は、自分のことを十二鬼月って言ってたけど……十二鬼月ってなんだ?」

 

 そもそも、十二鬼月について説明を受けてなかった炭治郎は首をかしげた。

 普通とは違う、特別な鬼なのは理解しているようだが、その内容はわかっていないらしい。

 累が十二鬼月について軽く説明すると、炭治郎は少し期待するような目をして珠世を見た。

 

「じゃあ、今の鬼は無惨に近い血をして……」

 

「いや、今の連中は十二鬼月じゃないよ。弱すぎる」

 

 炭治郎の期待を、累はあっさりと否定する。

 十二鬼月には瞳に階級が刻まれていることを教えると、炭治郎は落胆して肩を落とした。

 

「落胆するのもわかるけど、上弦の壱とかになると真面目に戦うのが馬鹿らしくなるくらいに強いよ? あれは義父さんじゃなきゃ無理。僕じゃ倒せない」

 

「上弦の壱……ちなみに、どのような感じだったのですか?」

 

 興味を引かれたのか、珠世が累に問いかける。

 累は数年前に見た様子を思い出しながら、問いに答えた。

 

「外見とか人格面は()()()省くけど、氷の血鬼術を使う鬼だったよ。何でも凍りつかせる風を吹かせたり、氷柱(つらら)とか氷像を作って襲わせたりとか? 手札が多かったのは印象に残ってる」

 

「なんでも凍りつかせる風……その鬼に対して呼吸は使えるのか?」

 

()()()無理」

 

 そう言って、累は遠い目をした。

 炭治郎と珠世は首をかしげる。

 

「普通、じゃなければ大丈夫なのか? まあ、黒死牟さんは鬼だから大丈夫だとは思うけど……」

 

 炭治郎の言葉に、累はゆるゆると首を横に振った。

 

「義父さんはね、正面から氷の血鬼術を突破したよ。義父さん曰く『呼吸に関しては、鼻から息を吸い、口のなかで氷と空気を分離させ、温まった空気だけを肺に送ればいい。残った氷は口から吐き出すだけだ。難しく考えることではない(上空ニ万メートルに行くには必須な技術)。体が凍りつくのは、常に身震い(シバリング)をし続けていれば防げる。(ゆえ)に、大した問題ではない。氷の粒が混じった風なら、剣圧で吹き飛ばすだけだ。対処するのは容易い。それ以外の攻撃は形があるのだから、人形であろうと生み出されるたびに破壊すればいい。ならば、普段からやっていることと変わらぬだろう?』……だって」

 

 なんとも言えない空気が、禰豆子を除いた四人の間に流れる。

 おそらく、この時の四人の思考は一致していただろう。

 

「黒死牟さんって、意外と脳(どこの美食四て)──」

 

 その後、話にあった黒死牟本人が登場したことにより場は混迷を深めたが、それはまた別の話である。

 

 ◆◇◆

 

 大正こそこそ噂話

 

 本作の『上弦の壱』さんは、黒死牟のことが滅茶苦茶 苦手です。

 よかったね、初めて理解できた感情だよ(白目)

 

 上弦の壱

「え? いや、待って。その理論はおかしい! 絶対におかしいから‼ え? 実演するって……今、吐き出したのが、俺が血鬼術で振り撒いた氷を口のなかで固めたもの? 本当に? えぇ……」(ドン引き)

 

 

 

 

 

 大正こそこそオマケ話(壱)

 

 黒死牟

「ふむ……珠世殿たちが……安全を確保できるまでは……同行すべきか……」

 

 愈史郎

「同行者などいらん! 帰れ! ……ですよね、珠世様!」

 

 珠世

(おおお落ちついて珠世。同行するだけ! 一緒に行くだけだから……)

 

 愈史郎

(思い悩む珠世様もまた美しい!)

 

 珠世

(ああ、でも! むりムリ無理! は、恥ずかしい! 過去のあれこれが思い出されて顔を合わせられないっ‼)

 

 黒死牟

「まあ……無理()いはせぬ……今までも……問題がなかったのならば……む……」

(着物の裾をちょっとだけ引っ張られた)

 

 珠世

「よろしくお願いしましゅ……」(噛んだ)

 

 愈史郎

(噛んだ珠世様も美しい! だが、同行者はいらんっ‼)

 

 累

(鬼にされた旦那さんと保護した奥さんのこと、絶対に忘れてるよね)

 

 

 

 大正こそこそオマケ話(弐)

 

 黒死牟 VS 上弦の壱 を見ていた神仏

 

 神仏(壱)

「俺、これだけ見て腹筋を板チョコにする自信あるわ」

 

 神仏(弐)

「マジか」

 




 
次回はいきなり【柱合会議】に飛びます。
響凱さんは軽く触れる程度でやります。
ですが、那田蜘蛛山編はありません。
累が味方にいる影響で、那田蜘蛛山に鬼が集まっていないのです。
なので、残念(?)ながらサイコロステーキ先輩はサイコロステーキになりません。
唯一無二の見せ場が消えた()
もちろん、数少ない女性隊士の尾崎さんも死にません。
やったぜ!
原作で累の家族役をしていた鬼たちの生死は不明です。
百年以上も長く生きてる上弦の鬼は、改変の波が小さい時期に生まれたこともあって(一部を除いて)影響を受けてませんが、明治以降は改変の影響が大きくなってきていて、鬼になってなかったり、そもそも生まれていない可能性もあったりします。
 
母蜘蛛ちゃんは『いつも大切にしてくれていた人』の所で幸せになってほしいよね?
姉蜘蛛も同上。
父蜘蛛は累くん並みに家族への思い入れがあったのかな?
兄蜘蛛? 知らんなぁ(笑)
 
ところで、無惨様が貿易会社を持ってたのを知ってる人ってどれだけいるんでしょうか?
貿易会社の(つて)や富豪の家からの依頼という形で海外からも『青い彼岸花』の情報を集めていたと推測できるけど、結局は見つかってないみたいですね。
原作で『青い彼岸花』の扱いがどうなるのか、楽しみです。
 
それでは、また次回もよろしくお願いします。

2020.03.18. 冒頭にあった神仏の会話は不必要だと判断したので削除しました。

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