【完結】産屋敷邸の池に豆腐を落とせば、鬼舞辻無惨を津波が襲う   作:【豆腐の角】

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 前回、情報を詰め込みすぎたので、今回は薄く感じるかも?

 それでは本編をどうぞ。


小波はやがて波へと育つ(蝶屋敷編)

 蝶屋敷。

 そこは花柱・胡蝶カナエが家族と共に暮らす屋敷にして、最新鋭の医療設備を所有する施設だ。

 さらには、身寄りや行き場のない鬼の被害者たちを救い上げる、駆け込み寺の役割も担っている。

 

 そして、()()()()()以降、竈門一家も蝶屋敷の一区画にお世話になっていた。

 

「ねぇねぇ。まだかな? まだかな?」

 

 居ても立っても居られないとばかりにソワソワした様子で、竈門家の次女──花子は母親の葵枝に尋ねる。

 そんな娘の頭を優しく撫でながら、葵枝は微笑ましげな表情を浮かべた。

 

「もう、花子ったら。お兄ちゃんが来るのは午後からになるって聞いてたでしょう? まだ午前中なんだから、今のうちにお仕事を片付けておきましょうね」

 

「はぁい」

 

 葵枝がそう言うと、花子は素直に従う返事をする。

 だが、その表情からは嬉しさが隠しきれていなかった。

 

 何故なら、今日は竈門家の長男(炭治郎)長女(禰豆子)が蝶屋敷にやって来る、待望の日だからである。

 

 元々は炭治郎だけが産屋敷邸と蝶屋敷を訪れる予定だったのだが、その直前に禰豆子が血鬼術に目覚めたのだ。

 そして、簡単ながら検査をした(珠世が調べた)結果、血の呪いが外れていることが判明したのである。

 呪いが外れさえしていれば、鬼舞辻無惨に追跡されることはない。

 ならば、家族のいる蝶屋敷へ出入りしても大丈夫だと判断されたのだ。

 

 つまり、今日は約二年ぶりに竈門一家全員が揃う日なのである。

 だからこそ、花子は朝から浮き足立ち、ソワソワとしていた。

 

 それは竈門家の男兄弟たちも変わらないようで、次男の竹雄と三男の茂も張りきって仕事を(こな)している。

 

 女性比率の高い蝶屋敷において、二人は数少ない男手だ。

 怪我人の世話をする病棟がある蝶屋敷には、治療や介護に必要な物資が毎日のように運ばれてくる。

 そのため、彼らは力仕事を任せることができる、貴重な戦力となっていた。

 今は蝶屋敷に届けられた重たい荷物の整理をしているらしく、同僚である不死川家の兄弟たちと協力して、玄関と倉庫の間を行き来している。

 

 喜色満面な様子で荷物を運ぶ二人の姿は、蝶屋敷の職員や滞在する者たちから微笑ましげに見られていた。

 

「茂、絶対に兄ちゃんが来る前に仕事を終わらせるぞ!」

 

「うん! しっかりやってるぞって良いとこ見せたいもんね!」

 

 そう言って二人は笑いあうと、声を合わせて重たい箱を持ち上げた。

 

 ちなみに、竈門家の末っ子である六太は、二年経った今でも仕事を割り振るにはまだ幼いと言える。

 だが、蝶屋敷の職員と一緒になって、入院患者の体調管理をする仕事をしていた。

 何より、幼い六太から体温計を渡されたり、体調を問われた患者は皆、ほっこりとした気持ちになるようだ。

 

 時折、怪我の具合を見た患者が発狂して暴れまわることもあったりするが、そこは年長組の男勢が出張って鎮圧し、寝台に縛り付けているので安心である。

 

 パタパタと走り去る花子の背中を見送りながら、葵枝はふと、二年前にお世話になった人たちのことを思い浮かべた。

 鎹鴉(かすがいがらす)からの連絡では、黒死牟と累も蝶屋敷に立ち寄ることになったと聞いている。

 炭治郎は怪我をしているため、会議には最初のほうだけ顔を出し、禰豆子と共に蝶屋敷に来る予定になっていた。

 だが、黒死牟らは最後まで会議に参加するようなので、蝶屋敷(こちら)に来るのは暗くなってからになるだろう。

 

 お世話になった二人のうちの一人を思い浮かべながら、葵枝は物思いに沈んだ。

 

 ◆◇◆

 

 約二年前。

 あの日から僅かな期間だが、葵枝は家族と共に黒死牟と生活していた。

 鬼殺隊の本部である産屋敷邸に連絡が届き、移動中の護衛役や隠蔽(いんぺい)作業を担当する(かくし)が来るまでは時間がかかる。

 それまでの間は町の宿屋に部屋を借り、息を(ひそ)めて生活することを余儀なくされていたのだ。

 

 そして、追手に見つかれば殺されてしまうという恐怖は、想像していた以上に子供たちの心身に大きな負担を与えていた。

 ただの琵琶の音や似た音に反応してしまうほどに、無惨の恐怖は子供たちの心に深く刻まれていたのだ。

 もちろん、それは葵枝とて同じである。

 だが、葵枝は母親として『子供たちを守り、安心させなければ』と気を張り続けていた。

 

 基本的に、鬼の活動する時間帯は夜である。

 それを身をもって知る子供たちは、夜の闇を恐れて気を張っていた。

 そのため、なかなか眠りにつけず、例え眠りについても微かな物音で起きてしまう。

 夜に眠れなければ昼にこそ睡眠をとるべきなのだが、これがまた難しい。

 周囲から聞こえる喧騒のなかに、琵琶の音が混ざろうものなら一気に意識が覚醒するのだ。

 そういう事情もあり、葵枝と黒死牟は昼夜を問わずに子供たちを落ち着かせ、眠りについても(そば)を離れずに見守っていた。

 

 眠ることで体力を回復する特殊な個体だとはいえ、黒死牟はあくまでも鬼である。

 そのため、極端に消耗しない限りではあるが、基本的には睡眠を必要としない。

 それに対して、葵枝は普通の人間だ。

 子供たちのことを優先していれば、いずれ限界が来るのは目に見えていた。

 

 そんな生活が数日ほど続いていた、ある日のことである。

 ついに、無惨の追手が竈門一家を襲ってきたのだ。

 

 始まりを告げる琵琶の音と、次々に聞こえてくる鬼たちの声。

 宿のなかにすら出てきた鬼の数を把握するのは至難の技だろう。

 黒死牟は葵枝たちに一纏(ひとまと)めになって伏せているよう伝えると、近場に出てきた鬼から次々に斬り捨て始める。

 その強さは圧倒的だったが、当時の葵枝にはそこまで気にする余裕などなく、早く終わってくれと願うばかりだった。

 

 やがて琵琶の音が鳴り止み、辺りに夜の静けさが戻る。

 

 息を潜めていた葵枝たちの耳に、こちら(葵枝たち)を気遣う黒死牟の声が聞こえた。

 

「大事ないか……」

 

「は、はい」

 

 部屋に戻ってきた黒死牟の姿を見て安堵した葵枝は、辛うじて返事を返す。

 すると、すうっと全身から(ちから)が抜けていくのがわかった。

 それと同時に意識が遠退き、目の前が真っ暗になる。

 緊張の糸が切れたことで意識を失なったのだ。

 

 そのことに気付いたのは、再び意識を取り戻したあとの話である。

 

 意識を取り戻した葵枝が初めに目にしたのは、自分(葵枝)に寄り添うように眠る子供たちの顔だった。

 ぼんやりしたまま上半身を起こすと、それに気付いた黒死牟が視線を向ける。

 

「起きたのか……まだ横になっているといい……眠っていたとはいえ……疲れが抜けきったわけではないだろう……」

 

 そう言う黒死牟の腕のなかには、すやすやと寝息をたてる六太の姿があった。

 それを見た葵枝は目を丸くした。

 六太は黒死牟の顔を怖がっていたのだから、当然の反応である。

 

 だが、考えてみれば自然なことなのかもしれない。

 本来の六太はまだ甘えん坊な幼子であり、父親の炭十郎が亡くなったあとは、長男の炭治郎にべったりと付いて回っていた。

 だと言うのに、父親(炭十郎)長男(炭治郎)だけでなく、長女(禰豆子)も不在で母親(葵枝)は意識を失っている。

 そうなれば、頼りになるのは他の兄姉(けいし)たちなのだが、こちらも(おび)えが止まらないために六太が安心できる場所ではない。

 

 消去法で黒死牟の(そば)に寄っていたのだが、そこは意外なほどに落ち着く場所だった。

 

 そもそも、黒死牟とて人の親だったのだ。

 父性を備えていて当たり前なのである。

 そして、六太ほどの幼い子供は他人から寄せられる感情に敏感だった。

 だからこそ、黒死牟の視線に()められた慈愛の感情に気付けたのである。

 そのことを理解した六太が黒死牟に(なつ)くのは非常に早く、それ以降、べったりと張りつくようになっていた。

 

 六太の様子を見て気が抜けたのか、再び睡魔が葵枝を襲う。

 葵枝の状態を見て取った黒死牟は音もなく近付くと、その(かたわ)らに六太を寝かせた。

 

「今しばらく……眠るといい……葵枝殿は少しばかり……頑張りすぎだ……」

 

 黒死牟の声が葵枝の耳に優しく響く。

 その声に安らぎを覚えながら、葵枝は再び意識が遠退くなかでちょっとしたお願いをする。

 黒死牟は僅かばかり目を見張るが、すぐにクスリと笑って了承の(うなず)きを返した。

 

 黒死牟の手が、葵枝の手に軽く触れる。

 それを感じた葵枝の表情は、穏やかなものに変わっていた。

 

 本来なら支え合うべき(炭十郎)に先立たれ、女手(おんなで)ひとつで子供六人を育ててきた葵枝の心は、今回の一件で限界に達していたのだろう。

 それを察した黒死牟は、眠ってしまった葵枝の頬を優しく撫でる。

 

「今はゆっくりと……眠るといい……私がいる間は……ご夫君に代わり……守ってみせよう……」

 

 ◆◇◆

 

 眠りについた葵枝は、夢を見た。

 真っ暗な闇のなかで、家族を探してまわる夢である。

 周りが見えず、手探りで探しまわるが誰も見つからない。

 胸のうちに不安が広がっていくなか、空から柔らかな光が差し込んできた。

 空を覆っていた雲が去り、大きな月が見えるようになっていたのだ。

 優しく輝く月の光が辺りを照らし、探していた家族の姿も見えるようになっている。

 ホッと胸を撫で下ろすと、葵枝の周りに家族が駆け寄ってきた。

 もう離れることがないようにと、葵枝は子供たちと手を繋ぐ。

 そして、いつの間にか見えるようになっていた自宅に向かって歩き出した。

 

 炭治郎がいて、禰豆子がいて、竹雄と茂が傍にいて、花子と手を繋いでいた六太が、キラキラとした瞳で月を指差し、興奮するままに(はしゃ)いでいる。

 

 葵枝は月を見上げていると、とても安らかな気持ちになっていた。

 

 夜空に浮かぶ月は、天に輝く太陽のように明るくはない。

 だが、直視すれば目を焼かれる太陽と違って、いつまででも見ていられる優しい存在だ。

 

 だからだろうか? 

 葵枝は、夜空に輝く大きな月から目が離せなくなっていた。

 

 ◆◇◆

 

 嘴平(はしびら)伊之助(いのすけ)は孤児である。

 親に捨てられ、何故か猪に育てられ、近くに住んでいた 青年(たかはる)の祖父に言葉を教わり、山に住む動物たちと(ちから)比べをしながら生きてきた。

 

 そんな彼の生活に転機が訪れたのは、鬼殺隊の隊士と力比べをして勝ったときである。

 人よりも強いという鬼の存在を知り、最終選別のことを聞き出して参加した。

 山のなかで七日間過ごすという試験内容だったが、伊之助にとっては苦にもならない。

 元々から山のなかで生活していたのだから当然であったし、鬼と戦うのも動物たちとの力比べより楽しめる。

 ある意味で、充実した時間だったのかもしれない。

 

 正式に鬼殺隊に所属してからは、鎹鴉から鬼の居場所を聞き出して戦うという生活に変わった。

 外の世界で遭遇する鬼たちは手強かったが、倒すたびに己が強くなったことを実感できる。

 その感覚が心地好(ここちよ)く、伊之助は夢中になって鬼を探し始めた。

 

 そんな生活のなかで出会ったのが、同期の隊士である竈門炭治郎と我妻(あがづま)善逸(ぜんいつ)

 そして、鬼の累と禰豆子である。

 

 伊之助がホワホワとした()()を感じるようになったのは、彼らに出会ってからだろうか? 

 その感覚がむず(がゆ)くて反発するように大声や怒声をあげたりもしたが、正直な話をすれば嫌いではなかった。

 

 累と禰豆子とは藤の花の家紋をもつ家で別れたが、ホワホワする感覚は止まらない。

 怪我が治ってからも、それは変わらなかった。

 

 禰豆子と累が待つ町と、伊之助たちが請け負った次の任務先が同じ方角だからと同行した先で出会った、二体目の十二鬼月。

 その戦いで負傷した伊之助は、同じように負傷した善逸と共に蝶屋敷に運び込まれる。

 

 ちなみに、戦った十二鬼月は毒を使う鬼で、普通の嗅覚しかない善逸ですら(くさ)いと感じるくらいに刺激臭のきつい相手だった。

 嗅覚の鋭い炭治郎など、その(にお)いだけで戦闘不能になるほどのものだ。

 まともに戦えなくなった炭治郎を(かば)いながらの戦いだったために苦戦を()いられたが、最終的には救援に駆けつけた錆兎によって倒されたのである。

 

 閑話休題。

 

 蝶屋敷に運び込まれた伊之助を待っていたのは、今までに感じたことがない、特大級のホワホワだった。

 

 薄らぼんやりとする意識のなかで、伊之助は枕元で誰かが歌を歌っているのを理解する。

 聞こえてくるそれは、指切りの歌だった。

 その声の主を、伊之助は知らない。

 なのに、何故だか安らぎを感じている自分がいる。

 出会ったことのある誰とも違う声になのに──と、伊之助は戸惑った。

 けれど、伊之助の身体は、心の奥底に眠る何かは訴えている。

 その声の主を、自分は知っている、と。

 

 目を覚ました伊之助が目にしたのは、自分によく似た女の人だった。

 その人は目を覚ました伊之助を見るなり涙を流して抱きつくと、何度も何度も自分(伊之助)の名前を呼び続ける。

 伊之助は困惑した。

 知らない女性に泣きつかれる理由がわからない。

 それと同時に、抱きつく女性の腕のなかで、心底安心しきっている自分がいることに驚いていた。

 

 知らないはずの女性に名前を呼ばれて安心する。

 腕のなかに抱かれていると、心の底からホワホワする。

 これはおかしい。

 そう思うのに、身体は受け入れている。

 こんな感覚を、自分は知らないはずなのに。

 

 困惑する伊之助を余所に、女性は名前を名乗った。

 女性の名前は嘴平(はしびら)琴葉(ことは)

 伊之助の母親だ、と。

 

 嘴平伊之助は孤児である。

 孤児である、はずだ。

 だから、つい、衝動的に叫んでいた。

 

 ◆◇◆

 

『俺に母親はいねぇぇぇっ‼』

 

 物思いに沈んでいた葵枝の耳に、そんな叫び声と硝子(ガラス)の割れる音が聞こえてきた。

 驚いて音が聞こえてきた方向に振り向くと、ドタバタと足音を響かせながら、大きな猪がこちらに向かって走ってくる。

 いや、正しくは違う。

 猪の毛皮を被った人間だ。

 毛皮には硝子の破片がくっついているので、先ほどの破壊音はこの人物によるものだろう。

 

「どけっ! ばば──」

 

 この瞬間、猪男の末路は決まった。

 

 凄まじい音が鳴る。

 葵枝の頭突きが炸裂した音だ。

 

 猪男が大の字になって倒れ伏すと、一人の女性が慌てた様子で廊下を走ってくる。

 

「琴葉さん」

 

 葵枝は走ってきた同僚の名を呼んだ。

 

「ああ、葵枝さん! ちょうどよかった! 今こっちに──きゃぁぁぁ‼ 伊之助ぇ‼」

 

 琴葉は葵枝の足元に倒れている猪男に気付くと、慌てて駆け寄り抱き寄せた。

 琴葉の言う『伊之助』という名前に覚えのあった葵枝は、もしやと思い、問いかける。

 

「……まさか、琴葉さんが長年探していた──」

 

「息子ですぅ! 息子の伊之助ですぅ‼」

 

 わんわんと泣きじゃくる琴葉を前に、葵枝は自分の頬が引き()るのを自覚した。

 

(頭突き、食らわせちゃった)

 

 やってしまったとばかりに額に手をあてた葵枝は、すぐに琴葉に謝罪する。

 

 その後、騒ぎを聞きつけた竹雄と茂たち男組が到着し、伊之助は担架で病棟に逆戻りすることになった。

 

 余談ではあるが、このときの衝撃により、伊之助は赤子だったときの記憶を僅かながら思い出したらしい。

 

 ◆◇◆

 

 柱合会議での役割も終わり、怪我の治療を理由に場を辞した炭治郎と禰豆子は、隠の後藤とその同僚に背負われながら蝶屋敷へと移動していた。

 

 炭治郎は、家族との約二年ぶりになる再会に胸を踊らせ、ソワソワとしている。

 家族とは手紙でやり取りしていたが、やはり、直接会うのとでは色々と違うのだ。

 その証拠というわけではないが、箱に入る前の禰豆子に家族に会いに行くと話をすると、目を輝かせて喜んでいた。

 

「おぉし、着いたぞぉ」

 

 そう言って後藤が足を止めたのは、広々とした敷地をもつ屋敷の前である。

 後藤が言うには、炭治郎たちがいる場所はあくまでも蝶屋敷の病棟であり、その周囲にある建物の大半が蝶屋敷に付随する施設の一角なのだという。

 

「さっきの柱合会議で増築が決まったからな。まだまだ蝶屋敷の所有地は広がるぞ」

 

 後藤は何気なく言っているが、蝶屋敷は建物と設備を含めて相当な資金がかかっている。

 もちろん、そのことに炭治郎が気付くことはなかった。

 

 蝶屋敷の玄関まで来ると、ちょうど訪問客が帰るところだったらしい。

 帰ろうとして扉を開けた黒髪短髪の人物が、後藤に背負われた炭治郎を観察するように見つめていた。

 白い道着から見える肉体は鍛えあげられ、細身ながらもがっしりとしている。

 隊服こそ着てはないが、おそらくは鬼殺隊の隊士だろう。

 

「額に傷痕。耳に花札みたいな飾り。──なるほど、お前が竈門炭治郎か」

 

 炭治郎を観察していた道着の人が納得したように頷くと、開きっぱなしになっていた玄関に向かって大声を出す。

 

「葵枝さぁん! お宅の長男がきたぞぉ‼」

 

 その声が聞こえたのか、奥のほうからドタドタと慌ただしい足音が複数聞こえてくる。

 そして、足音の主たちが姿を現した。

 

「兄ちゃん!」

 

「お兄ちゃん!」

 

 次々と現れる弟妹たちが、炭治郎──ではなく、彼を背負っている後藤へと突撃する。

 その体当たり染みた抱擁を受けるたびに、後藤の肺から空気が吐き出された。

 

「ごふっ!? ぐふっ! お、俺はあ゛ぁ!? がん、げへぇ‼ ……なぃ……だろ……‼」

 

 後藤の抗議する声は、受けた衝撃の前に阻まれる。

 四発の突撃を受け止めた後藤の顔は青()め、息も()()えになっていた。

 

 なお、その様子を見ていた同僚の(かくし)が『受けきって倒れなかった後藤さんってスゲェ』とか思っていたのは余談である。

 

「竹雄! 茂! 花子! 六太!」

 

 弟妹(ていまい)たちの名を呼ぶ炭治郎の目尻に涙が溢れた。

 二年ぶりの再会だ。

 当然である。

 だが、二年という歳月は炭治郎にひとつだけ大きな衝撃を与えていた。

 

 それは、身長が伸びている、ということである。

 とくに竹雄の背が最も伸びていて、今はまだ伸び始めの時期だという。

 名は体を表すとは言うが、竹雄の成長は(まさ)しくそれだ。

 

「兄ちゃんの身長ぐらい、すぐに追い越すかもね」

 

 ニヤニヤしながらそう言った竹雄の姿に、炭治郎がちょっとだけ嫉妬したのは内緒である。

 

 ちなみに、炭治郎の身長は一年前からあまり変わっていない。

 なんとなく、炭治郎は落ち込んだ。

 

「ねぇ、ねぇ! 禰豆子お姉ちゃんは?」

 

 花子がキョロキョロと禰豆子の姿を探す。

 すると、禰豆子の入った箱を背負った(かくし)は『それなら、ほら』と玄関の上がり口に荷を下ろした。

 その声を聞いた竹雄は覆面の下に誰がいるのか気付いたようで、気安い感じで挨拶をする。

 

「あ、やらかした玄弥さんだ。(こんに)ちわっす」

 

「ああ、炭治郎兄ちゃんに腕を折られたって話題になってた玄弥さんかぁ。(こんに)ちわっす」

 

「話を聞いたおば様に腕ひしぎ十字固めを極められてた玄弥さんだ。久し振りに来たんだし、おば様を呼びますか?」

 

「ぐあぁぁぁ‼ わざわざ説明すんなよ恥ずかしい! 俺だってちゃんと反省してるっつぅの‼」

 

 竈門家の弟妹たちからの情け容赦ない言葉に、箱を背負っていた(かくし)──不死川(しなずがわ)玄弥(げんや)は頭を抱えて(もだ)えた。

 そこに追い討ちをかけるように、六太の呟きが続く。

 

「かなたちゃんのお犬さんになったんだよね」

 

「ごふっ!?」

 

「お、お犬さん?」

 

 弟の言葉に困惑した炭治郎は、説明を求めて竹雄に視線を向ける。

 その視線を受けた竹雄はガシガシと自分の後頭部を掻きながら、後藤に助けを求めた。

 後藤は一瞬だけ『俺が説明するのか』という目をしたが、仕方ないとばかりに長々とため息を吐く。

 

「玄関先でやるような話じゃないし、取り敢えず、室内(なか)に上がらせてやれよ」

 

 後藤が言い(よど)んでいると、まだ帰っていなかった白い道着の人がそう提案する。

 それもそうだと思い直した一同は、場所を移すことにした。

 

「なんか、すみません。引き止めるような形になっちゃって……」

 

 炭治郎は後藤に背負われたままで、移動の提案をしてくれた道着の人に頭を下げる。

 すると、相手は朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「いいって、いいって。まあ、オレも瑠火(るか)さん──人を待たせてるし、もう帰るからな。あとは家族水入らずでゆっくりしなよ」

 

 そう言って、道着の人は(きびす)を返した。

 その時、ふわりと漂ってきた匂いを嗅いだ炭治郎は、ふと、あることに気付く。

 

(あれ? あの人、もしかして──)

 

 去っていく道着の人の背中──『素流』と書かれている──を、炭治郎はぼんやりと見送った。

 

 ◆◇◆

 

 病棟内にある食堂に場所を移した炭治郎たちは、改めて、玄弥が『かなたという人物の犬になった』という経緯を聞くことになった。

 ちなみに、道すがら合流した葵枝は、小さくなった禰豆子を膝の上に乗せて抱擁したり、髪を結ったりしている。

 

 なお、玄弥は話すのは止めてくれと訴えたが、食堂にやってきた不死川家の弟妹たち──弟の(ひろし)、こと、就也(しゅうや)に妹の貞子(ていこ)寿美(すみ)──が参加したことにより、その意見は却下されていた。

 現在の兄弟間における(ちから)関係が良くわかる話である。

 

「まあ、取り敢えず説明するとだな」

 

 そう前置きして、後藤は玄弥──不死川家に起こった出来事を話し始めた。

 

 ◆◇◆

 

 そもそもの始まりは、不死川家の母親が無惨の手によって鬼にされてしまったことである。

 母親に関しては、禰豆子と同様に黒死牟らのおかげで大事に至らずに済んだのだが、家族の混乱は凄まじかった。

 

 特に、長男である実弥は荒れに荒れた。

 不死川家の父親は、他人に恨まれることを重ね続けたあげくに刺されて死ぬような(くず)野郎である。

 そんな男から、小さな体で子供たちを守り通してきたのが母親だった。

 そんな大切な存在が、横から現れた鬼舞辻無惨(誰とも知れない糞野郎)に鬼にされたのである。

 これからは母親を守り、親孝行していくことを心に決めていた実弥にとっては憤懣(ふんまん)遣る方無い話だっただろう。

 落ち着くまでに時間を要したが、最終的には竈門家と同じように、不死川家の者たちも母親に飢餓状態を乗り越えさせる決断をした。

 そして、禰豆子と同じように、僅かながら理性を取り戻すことに成功したのである。

 

 その後、不死川家の母親は(しばら)く黒死牟たちが預かることになった。

 竈門家と違うのは、不死川家の者たちは無惨と接触したわけではないので、追手を心配する必要がなかったことだろう。

 問題は、これから先の不死川家の収入と、母親が帰ってきたときにどうするのか、である。

 

 収入に関しては何とかなるだろう。

 普通に生活してもいいし、この頃には黒死牟専属の鎹鴉がいたため、鬼殺隊の支援を頼ることもできた。

 だが、母親の件は簡単にはいかない。

 いくら不死川家の者たちが共に暮らすことを望もうと、鬼を憎む者たちはいい顔はしないだろう。

 最悪、鬼になった母親を斬りに来るかもしれない。

 

 ならば、どうするか? 

 

 実弥が出した結論は『文句がある奴は(ちから)で黙らせる』というものであった。

 父親の血が騒いだとか言ってはいけない。

 

 なお、家族を守るために(ちから)を求める姿は、家族の絆を見るのが大好きな累に受けが良かったのは余談である。

 

 もちろん、黒死牟もただ見ていたわけではない。

 放おっておくと何をしでかすかわからなかったので、多少の軌道修正はしたのだ。

 

 (ちから)を求めるなら鬼殺隊に入るのが近道だと(さと)し、まずは育手(そだて)を紹介してもらうように説得した。

 隊士になれば階級に応じた給金も支給されるし、家族を養うことも出来る。

 一軒家を買うことが出来れば、そこに母親を(かくま)うこともできるだろう。

 もしも、柱にまでなることが出来れば、鬼殺隊内部での発言力も大きくなるため、もしかすれば母親を(かくま)う必要もなくなるかもしれない。

 

 黒死牟の説得が功を奏して発奮(はっぷん)したのか、はたまた、元々から才に恵まれていたのか。

 鬼殺隊に入隊した実弥は柱にまで上り詰めた。

 

 ここまでが、不死川家と実弥についての話である。

 そして、ここからが問題になっている玄弥の話だ。

 

 風柱にまで上り詰めた実弥だが、そんな兄の背中を見ていた弟の玄弥は心配だった。

 なにしろ、毎回のように兄は身体に傷を負って(稀血の匂いで鬼を誘き寄せて)帰ってくるのである。

 心配しないほうがおかしい。

 だから、少しでも実弥の負担が減るようにと、玄弥が鬼殺隊の隊士になることを目指すのは時間の問題だった。

 

 しかし、玄弥には呼吸を扱う才能がない。

 どんなに修行しても、呼吸法が身につかなかったのである。

 玄弥は焦った。

 すぐそばに、見様見真似で『花の呼吸』を身につけた天才がいたのも悪かったのかもしれない。

 

 そうしている間に、自我を取り戻した母親が蝶屋敷にやってきた。

 最初は誰もが驚きはしたが、実弥が柱になる前から蝶屋敷の主人が『鬼に対して理解ある人物(カナエ)』に代わっていたため、大きな騒動にはならなかったのは救いだろう。

 それから(しばら)くは肩身の狭い思いをしていたが、それも日々の積み重ねで解消されていった。

 

 玄弥は安心する。

 母親のことは大丈夫だ。

 弟妹たちもしっかりやっている。

 何かあっても、蝶屋敷の人たちが助けてくれるだろう。

 ならば、残る心配は実弥()だけだ。

 

 このとき、内心で焦りを(つの)らせていた玄弥を蝶屋敷に押し止めていた(かせ)が外れた。

 後顧の憂いがなくなった影響で、目的に向かって邁進することが出来るようになったのである。

 

日輪刀(にちりんとう)さえあれば、俺は兄ちゃんの(ちから)になれるはず……!)

 

 気持ちだけが先行し出した玄弥は、そんな危険極まりない考えに到達する。

 それと同時に、気にくわない奴(花の呼吸を身につけた天才)が蝶屋敷の住人に内緒で最終選別に参加することを小耳に(はさ)んだ。

 それを知った玄弥は、自分も最終選別に参加することを決意する。

 

 そして、藤襲山(ふじかさねやま)で行われた最終選別を、玄弥はボロボロになりながらも切り抜けた。

 何度も死ぬような目に遭ったが、泥臭く藻掻(あが)いて生き抜いたのだ。

 だが、山を下りてきた玄弥が目にしたのは、集合場所の広場に無傷でやってきた天才の姿だった。

 藤襲山での七日間が、玄弥の精神をギリギリまで削っていたのも悪かったのだろう。

 圧倒的な実力差(現実)に、玄弥の心は限界を迎えようとしていた。

 

(日輪刀……そうだ。日輪刀さえあれば……)

 

 見えてしまった現実(もの)に蓋をして、玄弥は日輪刀を求める。

 日輪刀さえあれば、実弥の助けになれるという根拠のない幻想に(すが)ったのだ。

 その結果、とにかく日輪刀が欲しかった玄弥は正常な判断ができないまま、耀哉の娘である かなた を殴ってしまう。

 

 そのことを知ったとき、兄である実弥はどんな顔をしただろうか? 

 

 実弥の妻である蔦子と、たまたま居合わせた面子(めんつ)の説得によって事無きを得たが、それでも怒りは治まらなかったらしい。

 実弥は、玄弥の首根っこを引っ掴んで謝罪に向かったのである。

 

 産屋敷邸に来た実弥と玄弥は、耀哉とあまね、かなたを前に土下座して()びた。

 そのときに、玄弥は かなた から、こう言われたのである。

 

『許してあげてもいいですが、条件があります』

 

『条件……?』

 

『鬼舞辻無惨の(くび)を持ってきてください』

 

 このとき、たまたま同席していた後藤は思った。

 あかん(待てや)滅茶苦茶怒ってる(一寸たりとも許す気ないやろ)、と。

 

 さすがに条件の内容が酷かったために、その案はなかったことにされたが、代わりに出してきた案こそが『例の話(シリアスは死んだ)』なのである。

 

『なら、あなたは私の犬、もとい──専属の(かくし)になってください』

 

『おい、待てやチビッ子。なんで今、犬って言った?』

 

 つい突っ込みを入れた後藤は悪くないだろう。

 むしろ、年齢一桁が言っていいような台詞ではない。

 

 あとから聞いた話だが、かなた は以前から父・耀哉と後藤の関係が(うらや)ましかったらしく、自分だけの(かくし)が欲しかったらしい。

 それを聞いた耀哉とあまね、後藤がどんな顔をしたのかは、お察しである。

 というか、そんな()に見られていたと知って後藤は泣いた。

 

 こうして、玄弥はかなた専属の()になったのだ。

 

 なお、あまり(飼い犬感覚)の扱いに、怒髪天を()く勢いだった実弥の怒りすら鎮火したのは余談である。

 

 ◆◇◆

 

「まあ、こんな感じだわな」

 

 そう言って話を締めくくると、後藤は温くなったお茶で(くち)を湿らせた。

 その隣りでは、玄弥が顔を真っ赤にして頭を抱えている。

 食堂内になんとも言えない微妙な空気が流れるなか、一羽の鎹鴉が窓枠に止まった。

 

「オイ、カナタ様ガオ呼ビダ! イヌ! 急ゲ!」

 

 鎹鴉の指令を聞いた炭治郎は顔を引き()らせる。

 炭治郎に専属でついている鎹鴉もなかなか(くち)が悪いが、この鴉も相当なものだ。

 

 指令を受けて去っていく玄弥の背中は、炭治郎の目には、いつぞやの後藤の姿と重なって見えていた。

 

 去っていく玄弥(後藤二号)に向かって、炭治郎は無言で手を合わせる。

 どうか、玄弥の心に平穏が来ますように──と、ただただ祈るのであった。

 

 ◆◇◆

 

 太陽が西に沈みきった頃に、黒死牟たちが蝶屋敷へとやってきた。

 柱合会議自体は早めに終わっていたのだが、日が沈むのを待っていたら、この時間になったらしい。

 

 善逸と伊之助に再会を果たし、治療を受け終えていた炭治郎はもちろん、以前から交流のあった蝶屋敷の面々も黒死牟たちを歓迎した。

 

「土産だ……皆で……分けあうといい……」

 

 そう言って差し出されたのは、高級菓子のカステラと木箱に大量に詰め込まれた瓶入りのラムネだ。

 お土産を見た者たちは一斉に歓声をあげ、蝶屋敷の年少組は興奮して黒死牟に飛びついている。

 

 そんな黒 死 牟 の 姿(鬼が平然と受け入れられている光景)を見ていた善逸や伊之助は、未知の空間に迷い込んだような奇妙な感覚に襲われていた。

 

「何というか、普通に受け入れられているのな」

 

 ぽつりと善逸は呟いた。

 実際、異様な光景ではある。

 鬼殺隊にとって、鬼とは不倶戴天の敵だ。

 一緒にいるなどあり得ない。

 善逸や伊之助には禰豆子に累という特異な前例があるから受け入れられるが、他の隊士に受け入れられるかと言われると微妙である。

 

「まあ、こんな光景が見れるのは蝶屋敷だからこそだよ。他の場所じゃあ無理だね。それに、今でこそ顔を(さら)してるけど、前は顔を隠してたし」

 

 いつの間にか近くに来ていた累がそう言うと、善逸と伊之助にお土産のラムネを差し出した。

 

「あれ、俺たちも貰っていいのか?」

 

「のどや食道、胃をやられてるわけじゃないだろう? なら──」

 

「うおぉぉぉ!? なんじゃこりゃぁ!? 口のなかがビリビリシュワシュワしやがるぜ!?」

 

 先にラムネに口をつけたのだろう。

 伊之助は未知の感覚に大興奮している。

 

 無邪気な伊之助の姿に毒気を抜かれたが、善逸の懸念も(もっと)もな話だ。

 事実、今の蝶屋敷で鬼の存在が受け入れられているのは、カナエが自身の考えを広めて、風柱の実弥とその母親が日々の実績を積み重ねていたからである。

 そうでなければ色々と難しかっただろう。

 

 今日の柱合会議で鬼殺隊に味方する鬼がいることを伝達することになったが、これからも信用を得るためには実績を積み上げるしかない。

 結局のところ、やることは変わっていないのだ。

 

「ま、コソコソしなくて良くなった分、気楽ではあるのかな? ──義父さんは別だけど」

 

「ああ、まあ、あれ(六つ目)はなぁ……」

 

 年少組に群がられている黒死牟を見て、善逸は苦笑する。

 蝶屋敷では受け入れられているが、六つ目の人間など一般的にはいるはずがない。

 なので、黒死牟が外出する時は、相変わらず包帯と深編笠(ふかあみがさ)が必要なのだ。

 

 ちなみに、初めて黒死牟を見た善逸は、その姿と“音”に恐怖して気を失いかけた。

 一緒にいた珠世の姿を見て持ち直していたが、危うく、黒歴史が増えるところだったのである。

 

「伊之助、伊之助! ほら、カステラも美味しいよ! 食べて、食べて!」

 

 善逸が危なかった記憶を思い出している その横で、十数年ぶりに奇跡の再会を果たした母と子の団欒(だんらん)があっていた。

 母親(琴葉)息子(伊之助)にべったりと張りつくように構い倒す姿は、失った時間を取り戻すのに必死になっているようにも見える。

 対する伊之助は、初めこそ反発するように離れようとしていたが、手作りのおにぎりやらお菓子やらを食べさせられるうちに慣れたのか、今では大人しくされるがままになっていた。

 

「ほら、伊之助。あーんして」

 

「あーん」

 

「おいしい? おいしい?」

 

「うめぇ……」

 

「よかったぁ‼」

 

(なんだこれ……滅茶苦茶ホワホワする……)

 

 胸の奥から湧いてくる不思議な感覚に、伊之助はいまだに戸惑っている。

 だが、心地好く感じるその感覚に身を任せることにしたようだ。

 

 こうして、蝶屋敷の(にぎ)やかな夜は()けていくのであった。

 

 ◆◇◆

 

 夜も更けて皆が寝静まった頃、胡蝶カナエの姿は私室にあった。

 蝶屋敷の一角に作られた、カナエ個人用の和室である。

 和室と言っても個人のために用意された空間である以上、窓や扉の施錠が可能で防音や防諜対策は万全だ。

 窓や壁も特別な造りで空気の振動も伝わりにくい仕様のため、室内で大声や楽器を鳴らしても外には伝わらないという仕様になっていた。

 

 なお、蝶屋敷に存在する個人部屋はすべて同じ仕様であるため、夫婦や恋人たちによる夜の運動会が行われていても、戸締まりにさえ気をつけておけば安心である。

 

 そんな部屋のなか、卓袱台(ちゃぶだい)を挟んだ対面には、どこか居心地が悪そうな様子の黒死牟が座っていた。

 卓袱台の上にはお揃いの湯飲みが一式と、茶菓子の入った(かご)がひとつ置いてある。

 

「こうやって二人きりでゆっくりするのも久し振りですねぇ」

 

「そうだな……」

 

 カナエの言葉に返答を返す黒死牟は、本当に居心地が悪そうだ。

 その理由は、次のカナエの言葉に集約されていた。

 

「ここ二年は禰豆子ちゃんに構ってばかりで、私のことは()ったらかしでしたものねぇ」

 

 痛いところを突かれたのか、黒死牟は言葉に詰まる。

 

 一応、擁護しておくと、手紙は出していたのだ。

 こうなる可能性を恐れていたのもあるが、黒死牟は真面目な男である。

 しばらく会えないからと言って、完全に放置していたわけではない。

 カナエの任地範囲内にいるときは、お互いの都合がつく範囲で密かに会えないかと探ったりもした。

 

 まあ、柱は忙しいのでほぼ会えなかったが。

 

 それはそれとして、実際問題、禰豆子の件に関しては仕方のない話だ。

 何しろ、鬼に関する案件である。

 黒死牟以上に安心して任せられる人物はいない。

 それはカナエも理解していた。

 理解しているうえで、このような態度をとっているのだ。

 

 それは何故か? 

 

 黒死牟(愛する夫)譲歩(言質)を引き出すためである。

 つまり、打算ありきの態度なのだ。

 それがわかっているからこそ、黒死牟は下手に発言することが出来ない。

 謝罪の言葉はもちろんのこと、仕方がないなどと言おうものなら責め立てられて、泣き落としにかかって対応に困っているうちにカナエの欲しがっている内容の言質をとられるに決まっている。

 

 なお、これらはすべて経験談だ。

 ちなみに、黒死牟(巌勝)とカナエの夫婦喧嘩の勝率は、(10)(0)である。

 どちらが(0)で、どちらが(10)かは論ずるまでもない。

 

 黒死牟は頭を抱えた。

 どう考えても、自分にとって良くない未来しか見えないからだ。

 

 黒死牟はちらりとカナエ(愛するの妻)の顔を(うかが)う。

 ぷくりと頬を風船のように(ふく)らませたカナエは、黒死牟の視線に気づくとプイッとそっぽを向いた。

 

(うむ。カナエ(うちの妻)はいつ見ても可愛い)

 

 どこぞの青年と似たようなことを考えた直後、そうじゃないとばかりに(かぶり)を振って雑念を追い出す。

 

 黒死牟は長々とため息を吐いた。

 どう考えても勝てる道筋が見つからない。

 まあ、いくら足掻(あが)いても、カナエが女の涙(伝家の宝刀)を使った時点で決着がつくのだ。

 黒死牟の悩んだ時間は結局のところ、無駄なものでしかない。

 カナエの()ねた可愛い姿(黒死牟主観)が見れるという意味では有益かも知れないが、そこは受け止め方次第である。

 

「どうしても……お前以外の女を……抱かねばならんのか……」

 

「……その言い方は(ずる)いですよ、巌勝様。独り占めしたくなるじゃないですか」

 

「独り占めしてくれて……構わないのだが……」

 

「駄目です」

 

 カナエは黒死牟の誘惑(?)をきっぱりと跳ね除けた。

 これほどカナエが継国家の血筋──というよりも、側室や子供に拘るのには理由がある。

 元々は武家の娘だったから、という理由ではなく、もっと切実で、もっと感情的なものだ。

 

「だって、巌勝様を引き止めるのは私だけじゃ無理だったじゃないですか」

 

 そう言われ、黒死牟は再び言葉に詰まった。

 

 カナエが言っているのは、三百年前に継国巌勝と鬼舞辻無惨が対峙(たいじ)したときの顛末(てんまつ)を指している。

 あの日より、巌勝は鬼として、黒死牟として生きてきた。

 だが、その裏側で泣いた女がいる。

 それが継国カナエだった。

 

 確かに、前世のカナエは武家の娘だ。

 戦国の世でもあったし、夫と死別するなど珍しくもない。

 そう教わり、覚悟を決めて継国の家に嫁いできた。

 だが、巌勝が半死半生の状態で帰ってきたとき、カナエの覚悟は(おお)いに揺らいだのである。

 それだけ巌勝のことを愛していたということでもあるだろう。

 そして、巌勝がそうなった時の話を聞いたとき、カナエはひとつの事実に思い至ったのだ。

 

 巌勝は命を賭して、無惨の(くび)を斬ろうとした。

 そこにどんな葛藤があったかは、本人にしかわからない。

 だが、心の天秤が傾いた先は、家 庭(妻と子供たち)ではなく使命感(無惨の討伐)だった。

 

 無論、巌勝が家庭を、カナエのことを大切に思っていなかったわけではない。

 むしろ、逆に信頼していたからこその判断である。

 例え巌勝が志半ばで倒れたとしても、カナエならばしっかりと家を守ってくれると信じていたから、無惨の頸を狙ったのだ。

 

 だが、継国カナエは納得しなかった。

 巌勝の思いや考えは理解しよう。

 しかし、それを受け入れるかどうかは、カナエに選択権があるはずだ。

 そして、継国カナエは武 家 の 妻 で あ る(夫が命を賭して使命を果たせるように支える)よりも、巌 勝 の 妻 で あ る(家族のもとに必ず帰ると決意をさせる)ことを選んだのである。

 

 だからこそ、継国カナエは巌勝に密かな思いを寄せていた初代・花柱の栗花落(つゆり)カナエを誘惑した。

 義弟(縁壱)が連れてきた鬼の女医(珠世)さえも巻き込んだのも、そのためだ。

 一般的な立場の弱い者や後ろ楯のない者と(ねんご)ろな関係を持ち、さらには子供まで出来れば言うことはない。

 責任感の強い巌勝は、それだけで見捨てられなくなる。

 自分が死ねば、その者たちが路頭に迷うことになるとわかっているから、己の命を粗末に扱うことはなくなるだろう。

 事実、巌勝──黒死牟は己の命を粗末に扱うことはしなくなった。

 

 だが、時代が流れた大正の世には、黒死牟を引き止める者はいない。

 胡蝶カナエだけでは足りない。

 義息子である累の存在だけでも足りない。

 偶然にも栗花落カナエ(前世の自分)の子孫を拾い、それに気づいた黒死牟が我が子のように可愛がっている娘もいるが、まだ足りない。

 

 だから、胡蝶カナエは願うのだ。

 もっと家族を増やし、自縄(じじょう)自縛(じばく)になってくれと。

 家族の数だけ黒死牟の(かせ)が増えるのだ。

 大いに結構である。

 他者との繋がりが増えるたびに、黒死牟(巌勝)が無惨と刺し違えて日の光を浴びながら消えてゆく悪夢から遠ざかるのだ。

 

「カナエ……お前との子だけでは駄目か……」

 

「もちろん、私も巌勝様との子供が産みたいですよ。──でも、今は駄目です。私は花柱ですからね。戦線を離れるわけにはいきません」

 

 そう言って、カナエはため息を吐いた。

 数年前に上手くすれば引退が出来そうな瞬間があったのだが、奇しくも、それが元で黒死牟と遭遇することが出来たのだ。

 当時は黒死牟との運命的な出会い(再会)に浮かれていたので気づくのが遅れたが、あの時に上手く立ち回っておけば、今頃は柱を引退して子供を授かっていたかもしれない。

 

 もちろん、そんなことは口には出さない、というよりも、以前、ぼやいていたのを妹のしのぶに聞かれた際に、両頬を思いっきり引っ張られて怒られたのは姉妹間の秘密である。

 

「だからこそ、側室候補を集めたんですよ。まあ、嘴平さんは息子さんと再会したばかりだから(しばら)くはそっとしておくとして、不死川さんは珠世さんが『鬼が妊娠できるようになる薬』か『鬼を人間に戻す薬』を完成させるのを待たないといけませんね。珠世さん自身も同様、と。残るは竈門さんと()()さんなんですけど──」

 

 カナエの話を聞いた黒死牟は、盛大にため息を吐いた。

 

「カナエ……本人の意思を……無視してはいかん……」

 

「そう、ですね」

 

 黒死牟の言葉に、カナエはばつが悪そうな顔をする。

 

「まあ、嘴平さんは巌勝様との接点が蝶屋敷と手紙くらいしかありませんでした(交流がなくても落ちかけてます)し、最近来たばかりの塚山さんは巌勝様に会ったこともないです(何度か逢えば落とせると確信してます)し……」

 

 黒死牟は同意するように頷いた。

 それと同時に話の流れ、その潮目が変わったのを直感的に理解する。

 上手く立ち回っておけば、側室だの何だのという話を有耶無耶に出来るかもしれない。

 

 もちろん、そんなはずはないのだが。

 

「──それなら巌勝様。ひとつだけ約束してくれますか?」

 

「む……」

 

「巌勝様のことを(にく)からず思ってる人たちのことを、拒まないであげてください」

 

 黒死牟は目を丸くする。

 正直な話をすれば、彼女たちから向けられた視線の意味に気づいていなかったわけではない。

 ただ、そこまで慕われる理由が黒死牟にはわからなかった。

 

 そんな内心を察したカナエは、黒死牟(困惑する夫)の鼻先を指先で弾いて困ったような顔をする。

 

人誑(ひとたら)しなところは昔から変わらないですね。本当に老若男女を問わないんだから。──まあ、同じような感じで昔 の 私(継国カナエと栗花落カナエ)も落とされたわけですけど……」

 

 カナエはそう言うと、黒死牟に抱きついた。

 ふわりと、女性特有の良い香りがする。

 突然のことに黒死牟は驚いたが、ややあって、カナエを抱き締め返した。

 

「来る者は拒まない。──約束、してくれますか?」

 

 黒死牟の腕のなかで、カナエが切なそうな声で問いかける。

 それを聞いた黒死牟は白旗をあげるしかなかった。

 

「それで……お前が納得するのなら……」

 

「良かった……」

 

 心底ホッとしたような、安堵の声がカナエの口から漏れる。

 どうやら、カナエは『来る者拒まず』という約束を取りつけたことで、それを話の落とし所と定めたようだ。

 

 こうして、蝶屋敷の夜は()けていく。

 このときに交わした約束が、今後にどう影響してくるのか。

 それは、誰にもわからないことである。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 大正こそこそ噂話(壱)

 

 竈門 葵枝

 

 あらためて紹介するまでもないが、炭治郎と禰豆子の母親。

 二人以外にも竹雄、茂、花子、六太と、総勢六人の子供を産んで育ててきた女性。

 夫である炭十郎が原作開始前に亡くなっていることもあり、かなりの苦労人でもある。

 原作での炭治郎の過去回想においても炭十郎の姿は痩せ細っていたので、かなり長い期間、病弱な夫の介抱をしつつ子育てをしていたようだ。

 

 本作では黒死牟のおかげで一家全員が無事であり、蝶屋敷にお世話になるようになった関係で生活環境が改善している。

 

 今回の話でもわかる通り、黒死牟に思慕の情を持っていたが、炭十郎のこともあって忘れるつもりでいた。

 ただし、目敏(めざと)い花柱にはすぐに看破されてしまう。

 色々と話し合いをしていたのだが、思わぬところから花柱側に援護が入った結果、気がつけば側室候補になっていた。

 

 六太

「お母さん。僕、弟か妹が欲しい」

 ↑無垢なる瞳。

 

 葵枝

「え!? ち、ちょっと六太……どうしたの?」

 ↑顔真っ赤 & 困惑。

 

 花子

「えぇぇぇ? 私は妹がいい‼」

 ↑兄姉弟はいるから妹がいると全部そろう。

 

 葵枝

「花子までどうしたの!?」

 ↑動揺中。

 

 その後、(しばら)くしてから葵枝は側室候補になることを受け入れる。

 炭十郎が夢枕に立ったのか、はたまた、ただ単に開き直って自分の心に正直になっただけなのかは定かではない。

 

 ちなみに、病弱な夫を持つ身であったためか、産屋敷あまねと仲が良い。

 ついでに『とある方面の希望と願望』が似ているため、そちらでも気が合うようだ。

 

 あまね & 葵枝

「……(だって、いつも──だったものねぇ)」

 ↑一瞬だけ目が合って、すぐに逸らす。

 

 

 

 大正こそこそ噂話(弐)

 

 嘴平 琴葉

 

 皆さまご存知(ぞんじ)嘴平(はしびら)伊之助の母親。

 

 原作では例の『とっととくたばれ糞野郎』に殺されているが、本作では鬼殺隊の規模が大きくなって隊士が増えた影響で助かっている。

 ただ、男運の無さはそのままだったようで、家庭内暴力や嫁姑問題は変わらなかった。

 

 原作同様に例の宗教団体に保護されたのちに逃亡。

 伊之助を崖下の川に落として逃がしたのだが、その直後に周辺調査でやって来ていた鬼殺隊の隊士に保護された。

 その際には『とっととくたばれ糞野郎』も、同じ任務で調査に来ていた別の隊士に見つかっており、琴葉を追うのに時間を要した模様。

 ヤバい鬼に追われているのを気配で察した隊士が琴葉を逃がすことを優先したため、伊之助を回収することが出来なかった。

 

 その後、琴葉から鬼殺隊に宗教団体の実態についての情報が渡り、複数の柱による強襲で例の宗教団体は壊滅している。

 しかし、そこまでやっても『とっととくたばれ糞野郎』を討ち取ることは出来なかった。

 

 なお、琴葉の逃走時と拠点の強襲で、数多くの隊士(当時の柱を含む)が死亡している。

 多くの死者が出たことを琴葉はとても気にしていたが、誰一人として責めるような言葉を発する者はおらず、しっかりと被害者として認識して扱っていた。

 そのこともあり、琴葉は伊之助を探したい本心を抑え込み、恩返しのためにも蝶屋敷で働くことを決意する。

 

 上記の理由により、蝶屋敷に保護されたあとは看護師として生活していた。

 顔も良く、ちょっと抜けてるところが可愛らしいため、蝶屋敷では今でも人気が高い。

 

 治療に来た一般隊士や(かくし)に生き別れになった息子の話をして情報を集めるが、なかなか手がかりは見つからなかった。

 

 そんななかで、最も精力的に探してくれたのが花柱が引き合わせてくれた鬼ぃちゃんである。

 一般隊士や(かくし)よりも身軽に動けただけで、別に(ひま)だったわけではない。

 鬼ぃちゃんは最終選別にそれらしき名前を名乗った人物が居たことや、義息子()からの定期連絡で同姓同名の人物が炭治郎と共にいることを知って手紙で知らせたりもしていた。

 

 おかげさまで鬼ぃちゃんへの好感度は意外と高い模様。

 

 花柱

(計画通り……‼)

 ↑新世界の神顔

 

 琴葉

(そっかぁ、あの(ひと)の子供を産んで欲しかったのねぇ……伊之助に弟妹を作ってあげるのもいいかなぁ)

 ↑勘の鋭い人

 

 

 

 大正こそこそ噂話(参)

 

 不死川 玄弥

 

 家族愛が空回りした結果、二次創作でも数が少ない(かくし)ルートに突入してしまった不憫 兼 苦労人枠。

 不本意ながら後藤二号を拝命する。

 

 思春期に突入して女性と上手く話せなくなったが、隠の覆面をしていると大丈夫だと最近になって気づいた。

 なお、産屋敷かなたは別枠。

 

 お館様の娘である かなた を殴った件で、兄である風柱との仲が険悪になりかけた。

 ついでに母親からはお仕置きとして、腕ひしぎ十字固めを極められている。

 しかし、さすがに犬扱いされているとなると同情が湧いたらしい。

 行き先で玄弥と風柱が出会うと『大丈夫か? 元気でやっているか?』と気遣われるくらいの仲に収まっている。

 

 身体が大きくて丈夫、という部分を買われて耀哉と あまね から かなた の嫁入り先の候補にされていることは知らない。

 

 耀哉

「娘がああ成った責任を取ってもらわないとね」

 ↑仏のような笑顔。

 

 あまね

(……)

 ↑目を逸らす。

 

 

 

 大正こそこそ噂話(肆)

 

 産屋敷 かなた

 

 最終選別で玄弥に殴られた(と思われる)子。

 

 原作では明確に誰が殴られたのかは判明していないが、姉妹の違いは髪飾りくらいしか判別方法がないため、単行本とにらめっこして かなた に決めた。

 

 原作で亡くなった姉たちは髪飾りが違ったので除外。

 十七巻で名前が紹介された時は髪飾りが外れていたので判断出来ないが、次のページで あまね から着物を受け取る場面の並びをそのまま適用すると、髪飾り的には かなた になる。

 なお、髪飾りが長男の輝利哉と同じ形なため、彼とは双子かもしれない。

(五つ子だった模様。あまね様、お疲れさまです)

 

 玄弥を自分専属の()にするために交渉術を披露する──が、さすがに『相手が受け入れられない条件』と『相手に受け入れさせたい条件』の落差が酷い。

 しかし、要求通りに玄弥を得たので満足している。

 

 じつは玄弥にある種の執着を持っているのだが、それは最終選別で乱 暴 さ れ た(殴ったり髪を引っ掴んだりされた)ことが切っ掛けだった。

 かなた曰く、なんか変な扉(被虐性欲)が開きかけた気がするらしい。

 今は玄弥に無理難題を吹っ掛けて、苦労しながら駆けずり回る姿を楽しんで見ている。

 かなた曰く、なんか変な扉(加虐性欲)が開きそうな気がするらしい。

 両方の扉が開いてしまうと手がつけられないので、玄弥には早めに対処して欲しいところ。

 

 なお、どちらの扉も年齢一桁が感じていいものではない。

 いくら早く大人にならなければならないからって、お館様のお宅は教育が進みすぎ。

 

 じつは、身近に元凶がいる模様。

 

 最近では玄弥の首に鎖付きの首輪を着けようかと、真剣に悩んでいる模様。

 

 ちなみに、かなた がこのまま成長すると『誘い受け』とか『女性優位からの逆転即落ち2コマ』とかになる可能性が高い。

 

 かなた

「お母様の部屋にあった御 本(女性側総受け本)は勉強になりますね」

 ↑興奮気味。

 

 あまね

「……」

 ↑汗が止まらない。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 大正こそこそオマケ話

 

 炭治郎

「……」

 ↑空を見上げて放心している。

 

 実弥

「なにバカ(づら)してんだァ、お前?」

 

 炭治郎

「あ……えっと……」

 

 実弥

「風柱の不死川実弥だァ。覚えなくてもいいぜェ?」

 

 炭治郎

「あ、はい! 大丈夫です、覚えました!」

 

 実弥

「そうかい。──で、何をボケッとしてやがったんだ?」

 

 炭治郎

「えっと……」

 

 実弥

「悩んでますって(つら)してたぜ?」

 

 炭治郎

「……じつは、うちの母親が再婚? するかもしれなくて……」

 

 実弥

「……ほおゥ」

 ↑察した。

 

 炭治郎

「その、急な話だったんで、頭が追いつかないというか……」

 

 実弥

「あぁ……もしかしなくても、月柱関係か?」

 

 炭治郎

「え、わかるんですか!?」

 

 実弥

「まあ、胡蝶姉が色々やっててウチの母親も()()になってっからなァ……」

 

 炭治郎

「ああ、そういう……」

 ↑納得した。

 

 実弥

「まあ、ウチの親父は暴力ばかり振るう糞野郎だったから、お袋が幸せなら良いかとは思ってるんだがなァ」

 

 炭治郎

「そうなんですね。──ウチの父は病弱だったけど、家族仲は良かったんです。だから、急には受け入れられなくて……」

 

 実弥

「なるほどなァ……」

 

 炭治郎

「黒死牟さんのことは嫌いじゃないんです。ただ、父さんのことを考えると、いいのかな? って考えちゃって……」

 

 実弥

「お前のお袋さんは月柱のことをどう思ってるんだ?」

 

 炭治郎

「好き、みたいです。なんか、蝶屋敷に来る前に色々あったみたいで……」

 

 実弥

「あぁ、ウチのお袋も似たような感じで惚れてたみたいだなァ」

 

 炭治郎

「そうなんですね。──まあ、それで反対するのも悪いかなって考えてて、俺以外の家族も乗り気だし、結局は俺の心の問題なんですよね」

 

 実弥

「まあ、そうだな。──だが、ひとつだけ覚えとけ」

 

 炭治郎

「なんですか?」

 

 実弥

「お前のお袋とウチのお袋が月柱の内縁の妻になるとだな、俺経由で冨岡の野郎と親戚関係になるんだよ」

 

 炭治郎

「ああ! そうですね‼」

 ↑キラキラした瞳。

 

 実弥

「……なんで喜べるんだ、てめェ」

 

 炭治郎

「いや、お世話になった方ですし」

 

 実弥

「……そうかい」

 

 炭治郎

「義勇さんのこと、嫌いなんですか?」

 

 実弥

「元々嫌ってたからなァ。蔦子の影響で冨岡の野郎が言葉が足りねぇだけだってのは理解できたがよォ。それを直せって言ってんのに、(わざ)とかってくらいに理解しやがらねェ」

 

 炭治郎

「あ、あははは……(義勇さぁん!)」

 

 竹雄

「あ、兄ちゃん。それに実弥さん。こんにちは」

 

 実弥

「おう、竹雄か」

 

 炭治郎

「あ、そうか。竹雄は蝶屋敷にずっと居るから知ってるのか」

 

 竹雄

「うん、まぁね」

 

 実弥

「そういや、竹雄はお袋さんの再婚? 話はどう思ってんだ?」

 

 竹雄

「ああ、俺は反対しないです」

 

 炭治郎

「やっぱりか……」

 

 竹雄

「いや、最近まではちょっと悩んでたけど、兄ちゃんが来てからは悩まなくなったかな」

 

 炭治郎

「俺が来てから?」

 

 竹雄

「うん。──ほら、善逸さんっているじゃん」

 

 実弥

「誰だ、それ?」

 

 炭治郎

「俺の同期です」

 

 実弥

「へェ。……そいつがどうしたって?」

 

 竹雄

「その善逸さんが禰豆子姉ちゃんに色目を使うんだよね」

 ↑目からハイライトが消える。

 

 炭治郎

「あぁ、まあ……」

 ↑よく知ってる。

 

 竹雄

「そのうえで、カナヲ姉ちゃん──は、訓練でも触れられないからともかく、アオイ姉ちゃんとウチの花子、なほちゃん、きよちゃん、すみちゃんに不死川さん()の貞子ちゃんと寿美ちゃんに馴れ馴れしいんだよね」

 ↑目が笑ってない笑顔 & 青筋が立つ。

 

 実弥

「ほほゥ?」

 ↑片手の指を鳴らす。

 

 竹雄

「兄ちゃんも機能回復訓練に参加してるんだから知ってるだろ? ──って言うか、言われた当事者だったろ? 善逸さんってば『女の子に触れるんだぞ(中略)女の子はおっぱい二つ、お尻二つ、太もも二つ(中略)幸せ‼ うわあああ幸せ‼』って庭で大騒ぎして顰蹙(ひんしゅく)を買ってたじゃないか」

 

 炭治郎

「ああ……」

 ↑遠い目。

 

 実弥

「ほほゥ?」

 ↑両手の指を鳴らす。

 

 竹雄

「ちなみに、今は機能回復訓練から逃げ出して遊び呆けてます」

 ↑ゲス顔。

 

 実弥

「そうかい。──なら、ちょうどいいじゃねぇかァ。柱直々に訓練をつけてやるぜェ……‼」

 ↑青筋顔 & 両手の指を鳴らす。

 

 竹雄

「行ってらっしゃーい」

 ↑満面の笑み。

 

【実弥、善逸を探しに立ち去る】

 

 炭治郎

「……善逸、大丈夫かな……?」

 

 竹雄

「兄ちゃん、さっき言ってた母ちゃんの話だけどさ」

 ↑切り替えが早い人。

 

 炭治郎

「あ、ああ」

 

 竹雄

「黒死牟さんが居たら、姉ちゃんに変な男は寄ってこれないと思うんだよね」

 ↑綺麗な笑顔。

 

 炭治郎

「ああ、なるほど!」

 ↑納得した顔。

 

 竹雄

「度胸のある変なのが来てもさ、黒死牟さんに勝ってからにしろって言えばいいし」

 ↑とっても綺麗な笑顔。

 

 炭治郎

「なるほど! それは安心だな‼」

 ↑超納得した顔。

 

【その頃の実弥】

 

 実弥

「選べェ。訓練に戻るか。俺に殺されるかァ」

 

 善逸

「ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛‼」

 




 
 今回も読んでくださり、ありがとうございます!

 しっかし、竈門家の家族視点だと善逸の評価を上げるの厳しいな。
 まあ、わかってたけど()

 次回は蝶屋敷編の続きとパワハラ会議の予定です。
 文量的に混ざるかも?

 それでは、また次回もよろしくお願いします!
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