ウチのキャラクターが自立したんだが。リファインド   作:馬汁

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プロローグ
ウチのキャラクター、降臨。


「ううむ……」

 

 いかにも悩み多き青年の声が、彼一人しか居ないこの空間の中でポツリと吐き出される。

 

 しかしこれは、側から見れば「一人」と言うには間違っている。だからと、ここに「二人いる」と言うのも正確ではない。

 

 それは何故か? その二人の内一人の姿は生きた人間ではないからだ。

 ここに居るのは一人の人間と、一つの等身大の人形である。

 

 そしてここでは、何よりも不思議な様子を見ることができる。

 なんと、この人形こそが先程の悩み声を吐き出した者であり、対して普通の人間の姿をしている筈の彼は、こちらこそが人形だとでも言わんばかりに一切動くことがないのだ。

 

 つまり、人形と人間の立場が、まるで入れ替わっている。

 

 整った顔に程々の身長と筋肉を持つ、黒髪の男と、

 目も口も無い、全ての特徴を無にしたようない等身大の人形とが。

 

 一体どういう事だろう。

 その疑問を抱くと同時、また別の疑問が現れる。

 

 

 ここは、何処だ? 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 キャラクタークリエイトルーム。

 それがこの部屋の呼称であり、役割である。

 

 あらゆるVRMMO──このゲームにおいては、アクションを示す「A」も付き、VRAMMOとなる──に、初めて訪れる者全員が必ず行うのが、“キャラクターの作成”だ。

 

「ううむ……」

 

 その部屋で、俺は何度目かも分からない悩み声をひねり出している。

 先人達もこうして悩んだのだろうか、などと言う考えさえも割り込む余地はない。

 俺の頭は、目の前の存在をどうするかという議題で大会議を繰り広げている。

 

 因みに、今の俺の姿はマネキンとなっている。

 VRMMOの世界に降り立つ前に、身につける姿を決めていない新規プレイヤーは、マネキンの姿でこうしてキャラメイクを行わなければならない。

 

 髪型、髪色、顔の輪郭、目や口、鼻、顔の輪郭。各部位の筋肉や脂肪、身長。

 そして、これから行く世界にて生きる種族。職業。

 

 これらを決め、完成したその姿で冒険を始めるのだ。

『バーチャル・ファンタジー』と呼ばれるゲームの世界に。

 

 

 さて、未だに俺はこの男と睨めっこをしているのだが、俺の脳内で行われる会議では一切の進展がない。会議は踊りもせず、むしろ静まり返っている。

 俺はこの男をどうするつもりかと言えば、勿論の事着せ替え人形の如く……いや、体型も変わるからある意味人形以上か。

 兎に角この男の姿をあれやこれやと変えてしまい、これから行く世界での俺の姿となって完成、とするつもりである。

 

 一歩間違えれば男性同士がお互いを熱く見つめ合っているように見えるかもしれないが、俺にその気はない。

 この黒髪の男性は、俺自身を模したものだ。多少……いや大幅に美化されているとは言え、こうして見つめ合っているのでは鏡を見ているのと変わらない。

 

「んん……」

 

 何度目かも分からない唸りをまた上げる。

 自分を模したキャラクターが何故ダメなのか、と言うのはワケがある。

 

 この()()()()()姿()()()()()が、ヤケに美しい顔をしているのだ。

 美しいとは変な言い方だ、と思われるかも知れないが、確かにそこらの少女漫画やらゲームやらに出ていてもおかしく無い容貌なのである。美しいという単語が、この男を評価するに最適だ。

 

 これでは、俺の姿として今後のゲーム内で共にするには相応しくない。

 相応しくないと言うか、俺には過ぎたものと言うか……。

 

「……」

 

 とにかく、それがこの唸り声の原因だった。

 

 

 

 ……決めた。

 

 何分、いや何十分以上も悩んだ末に出た結論は、「俺とは全く違う容姿の別のキャラクターを作る」であった。

 そうすれば、現実での俺とのギャップで勝手に罪悪感を感じる必要はない。

 

 そうと決まれば、俺はこのキャラクターのデータの保存だけして、次にリセットしてから別のキャラクターを作り出した。

 自分では無い何かの人物、知り合いや既存の創作物の人物を除外するならば、それは必然的に、俺が人物像をイチから想像し、形作るということになる。

 

 なぜだろう。胸が高鳴るような、心が踊るような感じがする。これならば、満足できる姿が……────

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ────出来なかった。

 

 何故だ、という疑問を誰かにぶつけようにも、ここには誰も居ない。強いて言えば、目の前に居るエルフ戦士だけである。

 

 彼が「俺の写し」に次ぐ二人目のキャラクター……ではなく、五人目である。

 

 二人目に作られたのは、如何にも青春を謳歌していそうな日本人少年の剣士。

 三人目は、ドラゴーナと呼ばれる種族の魔法使い。

 四人目が、低い背のドワーフと巨大な盾のギャップを感じさせる騎士。

 そして五人目が彼、大剣を携え、耳の尖ったエルフである。

 

「どうすれば……」

 

 これだけやっても満足できないのは、俺が人の姿を作る才能がないのか、あるいは満足できる基準が高すぎるのか。

 

「……」

 

【ピロピロン】

 

 パラメータを弄る効果音と、時折鳴る俺の足踏みの音だけしか聞こえない空間に、異質な電子音が軽快に鳴る。

 何なのだろうと思い、説明書の内容を思い出しながらとある一言を言い放つ。

 

「『メニュー表示』」

 

 俺のコマンドにより表示されるのは、選択不可能の項目がいくつかあるメニュー画面。

 選択可能となっている数個の内一つ、メールのアイコンに触れる。

 

 確か、思考だけでも十分操作できるんだったか。機会があればやってみるか? 

 

 そんな事を思い出しながら、通知音の元であるメールの一つを開く。

 母の名前が差出人の項目に書かれている。知識としては知っていたが、こちらでもアドレスの登録さえすれば現実世界からのメールも受け取れるらしい。

 

『差出人:母 タイトル:お昼の時間よ~』

『その頭に被ってるものを取らないと、うっかりコーヒーをヘルメットにこぼしちゃうかもしれないわ』

 

 タイトルだけで本題を全て伝え、本文の中身にユーモアのある文章を書き詰めるとは。俺の母が愉快なのは、何時になっても変わらない様だ。

 メニュー画面に一緒に表示される時刻表示をみると、なるほど確かに昼飯時を示していた。

 

 キャラメイクも一区切りとしよう。

 メニューからゲームを終了させる項目を選択すると、視界が暗転し、意識が現実に引き戻される────

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「あらま、本当に起きちゃった。ぶいあーるってところにもメールが届くのねぇ」

 

 頭に乗っかっていた装置を外し、食卓に向かえば母にそんな事を言われた。

 あのVR装置を購入した時点で知っていたと思っていたが。

 

「こう言っちゃうとアレだけど、半信半疑だったのよ」

 

 へえ、半信半疑に。

 まあ分からないでもない。今までテレビや宣伝で知るのみだった技術の最先端が、今手元にあるのだ。

 一般人としては、よく分からない仕組みですごそうな物という認識だ。

 

「でも届いてよかったわ。ほら、今日のお昼は貴方が好きなハンバーガーよ」

 

 ハンバーガーだと? 例のバーガーレストランからお持ち帰りでもしたのだろうか。

 しかし食卓に乗っている皿には、パンズもレタスもない、デミグラスソースを被ったパティ……もといハンバーグであった。またか。

 

 むう、何時も言っている筈なのだが、母は相変わらずハンバーグの事をハンバーガーと呼び続ける。

 何度指摘しても治らないのだから、俺は諦めている。

 

「ほら、冷めちゃう前に食べちゃいなさい。創也(そうや)

 

 現実に戻ってきてから空腹を感じていた俺は、母の言葉に反対もせずに席に付いた。

 

 頂きます。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「そういえば」

 

 存分にソースの味の絡まった柔らかい肉を堪能していると、母が話しかけてくる。

 食事を進める手は止めず、耳だけ傾ける。

 

「この前お部屋のお掃除をした時、こんな物が」

 

 ────は。

 

 目を見開き、ハンバーグに刺さったままのフォークを忘れて固まってしまう。

 母が手に持っているそれは、俺が封印するように保有していたノート……、所謂、黒歴史である。

 当時の俺の奇特な感性でもって書き、そして描かれた一冊だ。

 

「いやあ、創也って以外と絵が上手なのね? 絵描きに就職しようとしなかったのかしら?」

 

 それはどうでもいいんだ母よ。今すぐそのノートを、そのまま俺の手に渡すのだ。

 だからページを捲るな、その中身を見るな、微笑ましそうな顔をするんじゃない! 

 

 しかし今の俺は動揺しきっていて、まるで凍結されたように動かない。思考も殆ど停止している中、あの一冊をじっと見つめることしか出来なかった。

 

「あら? この子可愛いわねぇ。この女の子は貴方が考えたの? それとも初恋相手がモデルだったりして!」

 

 そう言って俺に見せつけてきたページは、当時の俺が思いつくがままに書かれたであろうキャラクターが並べられたページだった。

 そんな事を言われても、その本のキャラクターの7割以上は女性なのだが。それよりもその本を今すぐ手放してはくれないだろうか。

 一部、奇妙だったり、際どかったりするキャラクターまでもが居るのだから、勘弁して欲しい。

 

「……確か、キャラクター、って言うのかしら?」

 

 

 母がその言葉を発した直後、俺はピシリと固まった。

 

 脳裏に過ぎったのは羞恥心などではなく、何かの輝きであった。

 一瞬だけ光がピカリと輝いたのは、アイデアを伴う豆電球によるものか、あるいは何処かの神がもたらした救いの光だろうか。どちらなのかは知らないし、誰にも分からない。

 

 けれど、その光が俺の動揺と羞恥を掻き消し、そして行動力を呼び起こしてくれたのは確かだ。

 

 

 俺は右手を真っ直ぐ伸ばすと、黒歴史ノートを掴み取る。特に強引に引っ張る必要もなく、母はあっさりと手放した。

 本を取り戻した俺は、まるで思い出すかのようにキャラクターのページを丁寧に、何度も捲り……、そしてとあるページに辿り着いた時、俺はこの本を書き上げた過去の俺を褒めたくなった。

 

 俺の様子を見ていた母の目線が、まるで「一体どうしたの?」とでも言うように訴えかけてくる。

 しかし俺はその目線にさえ気にかけず、俺はそこに書かれた文章と立ち絵にのみ意識を向けていた。

 

 ページ毎に書かれている”キャラクター”を説明する文章。その殆どは立ち絵などは描かれていないのだが、とある1ページだけは例外であった。

 

 俺は、”彼女”の姿をじっと見つめた。

 

 頭に六法全書でもぶつけられたかのような錯覚をなんとか押さえつけ、その姿の横に書かれた文章に食い入るように読み始めた。

 

 ケイ

 

 ・若くして老熟した精神を持つ。

 ・本質はややお茶目な性格。

 ・その経験から、戦いの技術、特に魔法に関しては横に並べる者は、世界中に数人居るか居ないか程度。

 

 ・未来の数十年後、とある日に恋人を亡くす事を、彼は()()していた。この運命を覆すため、長年の研究を経て作り出された魔法を使い、誕生(ゼロ)へと時間を巻き戻したのが、彼女だ。迎える二度目の人生で決意したのは、来る日の為に、誰かを守る力を高める事。これ一つだった。

 が、何かの間違いか、2度目に自身が誕生したその日、性別が反転していたことに気付く。元は男性だった筈が、今世では女性として命を授かった。授かってしまう。

 元男性とは言え、女性としての人生を16年間歩んできたので、心身ともに女性のそれに染まりかけている。変わらないのは、前世から染み付いた、彼女への想いだけだった。

 

 

「……」

 

 その設定を見て、俺はほんの数秒の時間を思考に費やす。

 

 ……そう言えば、あのゲームでは男でも女性キャラで遊ぶことが出来る。

 それと、演技(ロールプレイ)を行う者たちもある程度居ると聞いたことが……。

 

 思考の末、口が右の頬へと引きつられる。

 残りの食べ物を早々と口へかきこむと、母の事を見向きもせずに、再びVR世界へと飛び込んでいった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 はて、さっきまでこの空間には、唸り声を上げるマネキンがいたはずだが。

 

 しかし今では、迷いもせずキャラクターの容姿を次々と変えていっているマネキンが代わりに居る。

 

 

 

 しかも今度はさっきとは違って、作っているのは女性の姿である。

 

 一体どんな変化があったのか、姿を組み上げる作業には迷いがなく、完成した所で『モデルデータ保存』と書かれたパネルに触れ、作業を止めた。

 

 

「……」

 

 

 その女性は銀髪を持ち、ポニーテールの形で纏められている。

 裾がやや短めの灰色のマントで肩を包んでいて、その下に白いシャツを着ている。

 スカートを履いているが、腰の辺りにポーチが備え付けられたベルトが巻き付いている。

 

 

 どこか見覚えがあるその姿……、いや、見覚えのあって当然の姿がそこに在った。

 

 年は10代の真ん中辺りか、それぐらいの若さの姿のそれを作成したマネキンは、ただその姿を見つめていた。

 その視線に性的な意図は全く感じられない。ならば無感情に視線を向けているのか。しかし、それもまた違う。

 

 

 

 ならば、その視線をどう例えるべきか? 

 

 

 

 絵を評価するように見る絵師の視線か、

 

 決闘の場でお互いを睨み合う剣士の視線か、

 

 作り上げた砂の城を見上げる子供の視線か、

 

 

 

 あるいは……

 

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