『??の?? 序章 第一節(抜粋)』
『ぼんやりとした赤に揺蕩う俺は、遠い過去に想いを馳せていた。
その大半は、良き思い出だった。戦場を共に赴いた友、美しい花畑、俺を愛した伴侶。それらが、俺の人生は幸せだったという事を証明してくれる。
しかし、ある時の記憶に辿り着くと、息が苦しくなる。もし地面に二本の足で立っていたら、きっと震えていた。
これだけはとうの昔に心に根付いて、蝕んで、狂わせて。この記憶に爪を立てて剥がそうとしても、離れないのだ』
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俺は、さっきまで何をやっていた?
意識を取り戻した俺は、まず最初にそれを思考した。
「……敵が」
その疑問を探る為に1つ瞬きして周囲の状況を確認すると、半透明の敵が首を失い、今にも消滅しようとしていた。
そして、当の俺は右手の剣を大きく右に伸ばしていた。あたかも左から右へと振り抜いたかのような姿勢だ。
この状況から最短で予想できる事実に、あり得ないと首を振る。
しかし、それはもう特別なイレギュラーが介入されたとなれば、もしかしたらあり得る。
身体の制御を奪われた?
それとも、単純にこの記憶が消失した?
そう考えているうちに、敵は完全に消滅。砂のようなモノだけが残った。
「……レイナ、大丈夫?」
後者は、何らかの奇跡によって自分の力で、あるいは復帰したレイナの協力によって実現できるだろう。
自分の力のみであの霊体を討ち倒したというのはあまりにも信じがたいが……。
「あ、あれ? お化けが……あ、消えた」
「……なるほど、レイナが無事で良かった。本当に怖がってたみたいだけど」
あの様子では、レイナは復帰すら出来なかったようだ。
記憶の空白に突入する直前、確かレイナは尻もちを付いていた筈だ。
今立ち上がって、付いた草や土を払っている所を見るに、俺の記憶が失われている時間中は、恐らくずっと地面に座り込んでいた。
「はい。ごめんなさい、何の役にも立てませんでした……」
「気にしない、誰しも苦手なものはある。もし私の力が及ばないような敵が現れたら、任せるよ」
「はい、頑張ります」
内心、ため息をつく。
そうすると、俺は謎の力を発揮して件のモンスターの首を切り落としたのだろう。剣を見ると、僅かな赤みを伴った熱を放っていた。
正直柄をしっかりと持てていることに驚きだ。刀身から感じられる熱気は尋常ではない。
これが自分の仕業であると言われたならば、勘違いあるいは人違いであることを二度三度も言い返すであろう。
「ところで、見た? 私の活躍を」
あくまで「ケイ」の言葉というフィルターを通して、俺の記憶の空白の埋めるための説明を求めた。
しかしレイナはぽかんとした顔を見せて、そして申し訳無さそうな表情に変わる。
「ごめんなさい。まともに見えてませんでした」
「……そっか」
となると、この空白は謎のままになるな。
放置してしまうのは個人的によろしく無いが、仕方がない。
「周囲の状況を確認しよう、一緒に」
また別の個体が現れていたら厄介だ。記憶の件は諦めて、すぐに行動に移した。
先ほどの戦闘地点を起点に探り、十分程。どこに行っても平和そのものであり、新たな敵の姿や痕跡は見つけられなかった。
「結局、この一帯に現れたのはあの幽霊だけでしたね」
レイナと一緒に周囲を練り歩いてみたが、幸いにも2体目の敵は居らず、俺の僅かな記憶以外に損害は発生して無かった。
「ねえ御者さん、馬は落ち着いてる?」
「ええ、あなたが撃退したお陰か、落ち着きを取り戻したようです」
「よかった。それにしても、なんでこの場所に現れたんだろう……」
馬の反応をレーダーの様に扱うのは妙だが、馬たちが少しだけ落ち着いたタイミングの後現れた。
まるで何処からともなく生えて来た様である。或いは離れたところからテレポートしたか。
「現れた場所は……確かここだよね」
この辺りの地面を探ってみるが、どこにも幽霊の卵かそれらしき物は見当たらない。
しかし、完全に何もないという訳でもなさそうだ。
先ほどの戦闘の予兆として感じ取っていたあの第6感が、微かにだがこの辺りから感じ取れるのだ。
恐らく、この感覚の元は下から。この地面の下に、何かカギがあるのだろう。
「……と言っても、掘り返すわけにはいかないか」
この情報は持ち帰って、諸々のアイテムを納品する序に話してみることにしよう。
「一呼吸挟んだら、出発しますか? 幽霊が一斉発生している訳じゃなさそうですし、これ以上出てくる事は無いと思います」
「そうですね……。魔法使いと魔法剣士のパーティなら、あのような特性のモンスターなら対処できるでしょう。ケイさんが1人で倒せたぐらいですし」
「えっへん」
「だからと言って一人突撃なんてしないでくださいよ」
「はい」
レイナの忠告に俺はしゅんと俯いた。
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伐採所でのひと悶着も一区切り。ちょっとの気休めを挟んでから出発したのだが……。
「……それにしてもさ」
「はい?」
「この揺れどうにかなんない?」
「我慢してください」
俺たちの移動手段はこの馬車。休憩中に目覚ましい改修が行われたという事はなく、俺の脳や腹を揺さぶる振動は相変わらずであった。
「さすがに少しは慣れたけど」
「馬車酔いって慣れるものなんですか?」
「分からないけど、ここに実例がある。……そうだ、折角だしトランプやろうよ、トランプ」
「うーん、普通慣れないと思うんですけど。あ、カードはそこに置いてますよ」
「はいさ。先ずは何をやろうか。ババ抜き?」
馬車の揺れによって時折カードの束が跳ねてしまうが、それぐらいの不都合を許容して俺らは遊び始めた。
まず最初にババ抜きを試した。お互いに曖昧に認識しているルールを軽く擦り合わせて、始める。
「これだ!」
「残念、それはジョーカーさんです!」
「くっ。せめてシャッフルを……」
ハズレを掴まされたり。
「ふふふ、今私の手にはジョーカーがある……」
「2人だと、ジョーカーって誰の手にあるか無条件で分かりますよね」
「……あ、ほんとだ」
適当なハッタリをかまして、新しい発見を得たり。
「こういう時に、ウノ! って宣言するゲーム無かったっけ?」
「再現出来なくはないですが、トランプでやるゲームじゃないですよね」
「うん。確か専用のカードがあるんだっけね。……あ、上がった」
「これでケイさんの最初の勝ちですね!」
と、このゲームでの俺の戦績は1勝2敗だったが、俺が拗ねる暇もなく次のゲームへ。
記憶力を競う神経衰弱において、そのルールと俺の性質ではシナジーが発生し得ると予測していた俺は、やはり無類の強さを発揮した。
「ここで無暗に開拓したら相手にチャンスを与えてしまうだろうから……」
「神経衰弱ってそこまで戦略的なゲームでしたっけ?」
ちょっと頭を使って優位を確保してみたり。
「私も開拓を控えます!」
「私も! ……ってやったら、ゲームの進行止まるねこれ」
「……ルールも開拓しちゃいましょうか?」
「おお、大胆だね。でも私はそういうの好きだよ。どんどんルール開拓しちゃおう」
カードゲームを知らないなりに、ルールを足しては引いてはを繰り返して。
ゲームの中でゲームをする。なんていうへんてこな状況を俺らなりに楽しんで、いつの間にか数時間の旅路は終わりに近づいていた。
ふと視界の隅に写った光景に、振り返った。
「……森だ」
遠目にだが、明らかにその異常性を認識できる程に成り果ててしまっているその森は、ある冒険者の死を始まりにして今や特殊なモンスターや異常な環境を抱えるまでになっている。
言うまでもなくあれが常闇の森と呼ばれる場所だろう。
「村で降りて、森へ出発しますか? ここから降りて出発する事も出来ますけど」
「村で補給するものはあるかな」
「特にないですね。水は魔法で十分確保できますし、食料は現地でたくさん採れますし」
「ふむ。御者さん、村までは後どれぐらい?」
「道を辿って1時間程です」
「調査の時間は、日が沈むまでに済ませたいですね」
「レイナは村の位置を把握してるんだよね」
「はい。方位磁石があれば辿り着けられると思います」
村から依頼を受けているわけじゃないし、一旦寄る必要もない。日が沈むまで3時間程という微妙な時間だが、調査に割けないわけじゃないのだ。
日が沈めば、常闇の森は危険が極まると事前に知っている。会敵や地形の影響で移動が滞らない限り、深入りしないようにすれば日没前に出られるだろう。
常闇の森から出ても、その近辺はそれなりなモンスターが居るが、しかし私達が遅れをとる様なものでもない。
「じゃあ……、今行っちゃう?」
「行きましょうか」
そう決めた俺たちは、カードを整理もせずに束ねて荷台の隅に置くと、代わりに各々の武器を手に取った。俺は剣と小さな盾を。レイナは杖を。
「御者さん」
「ええ、後ろ耳にですが聞いていましたよ」
「ありがとう。この太陽の位置なら、日の入りまで3時間ぐらいになると思う。それぐらいの間調査して、暗くなり始める頃には村へ戻るよ」
「村の方々には説明しておきますね」
「うん、お願い。出来そうなら宿の予約もお願いできるかな、なんて」
「そこまでは管轄外ですが、まあ、気が向いたらやっておきますね」
森で調査対象を集めるのに3時間。必要量が揃えられるとは到底思えないが、その時は村へ一旦帰還すれば良い。
宿が無くても馬車で寝泊りできるだろう。
減速しきった馬車から、いよいよ俺ら2人が降り立った。
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森の中に立ち入ると、まるで洞窟の中にでも踏み入れた様な暗闇が広がっていた。
鳥のさえずり、虫の鳴き声、草木のさざめき。それらが聞こえる事は一切なく、狼の遠吠えの様な物が時折俺たちの警戒心を刺激する。
これは確かに、常闇の森だ。
それに、ここでは空気中の魔素が豊富だと聞くが……。
「寒いとも暑いとも言えない、微妙な空気感だね……」
最近生えてきたこの
納得した俺の後ろで、レイナが地図を開く。魔石ランタンによって照らされた地形図を見つめている様だ。
「私達はここから入ってきたので、魔花の採取地点の中で近いのが……この辺りですね」
「……よく現在位置がわかるね」
「丁度目印があるじゃないですか」
「……?」
「分かってない風な感じですね。ほら、見て下さい。ここの道の形状と配置、私達が通ってきた所と同じですよ」
ああ、本当だ。
道の形状が特段独特だという訳でもないが、地図上に書かれた岩や木の配置に覚えがある。といっても、特に意識していなかったから、「そういえばそんな感じだったかも」というぐらいでしか無い。
「すごいな、レイナは」
「そ、そうですか?」
冒険者として抜け目がない。
やはり先輩はすごい先輩だと、俺は再認識した。
それにしても、そよ風が肌を撫でて、それが妙にくすぐったい。
「う」
「う?」
日の光が一切届かないせいで涼しい空気が、今度は肌寒いとまで感じそうだ。
腕をさすっていると、レイナが不思議そうな目で見てくる。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっとそよ風がね」
「風ですか?」
しかしレイナは不思議そうにしている。
確かに彼女の魔法使い装備は、肌の露出が少ないように見えるが。
「……でも、なんにも風は感じませんよ?」
「またまたー」
「うーん……?」
……?
本当に風を感じていないらしい。いや、まあ。身長差で感じる風が違うだけか。服装も違うし。
「でも、あの草とかは全然揺れてませんけど……」
そう言われてみれば、たしかにそうだ。
肌をくすぐるぐらいの風量なら、葉先が少しは揺れるはずだが、それが無い。
「……気の所為?」
「んもう、しゃんとして下さいね! 私一人じゃ、またあの幽霊が出たとき何も出来ないんですから!」
「うん、わかったよ。警戒だって少しも欠かさないよ」
「本当に大丈夫なんですかー?」
ぷすー、と頬を膨らませてレイナが見てくる。
もしかしたら、風だと思っていたこれは第六感によって得ていた感覚なのだろうか。
そうすれば、俺は魔力を感知しているという事になる可能性が高い。
俺に特別な才能があるのだとか、異能の才を持ち合わせているとも考え難い。
ステータス不足にも関わらず魔法を習得できていたりと、この通りスキルも無しに魔力を感知できていたりと……何かが、ゲーム側が想定していない何かが起きているのかもしれない。
……デスゲームなんか起きたりしないよな?
半自立。