──── その日、私は思った。「情けない」、と。
──── だから私は剣を振るった。
『第一章 第三節』
『この世界に生まれ落ちた俺は、前世の記憶を受け継いだこの身体の調子を確かめた。
身体と記憶との齟齬で運動に支障が出るものの、魔法の行使には問題がなかった。むしろ扱える魔力量が予想以上に大きい。これは体質ではなく、魂が前世界線から引き継がれたせいだろう。
体といえば、俺は女性であるらしい。いや、下の確認までしたのだから、「らしい」を付けるのは不適当だ。
色々と思うところがあるものの、俺の決意が揺るぐことはないだろう。
俺は、彼女に会う。
だから、俺はここに居る。
まずは前世界線と現世界線の共通点、相違点を洗い出さなければ。
……その為に、両親に本やペンを強請ろう。変人扱いは予想に容易いから、気が進まないが』
──── その日、私は剣を振るった。
──── 私はまだ、「守りたい」と思っていた。
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コンコン、コンコン。
森を出て、無事村で朝を迎えた後、俺達はすぐ様王都に帰ってきて、この通り扉を叩いている。俺は──現在はこの身一つだけで、レイナは宿の方に向かったが──恐らく急を要するであろうと思い、やってきたのだ。
「愛しのケイちゃんが帰ってきましたよー」
コンコン、コンコン。
そろそろノックする手が痛くなってくるぞという頃に、一昨日ぶりの顔が出てきた。その顔には、先日会った時点では無かった寝癖が至る所で跳ね上がっている。
寝起きのところを起こしたのだろう、申し訳無さはあれど、それに相応しい理由は持ってきたつもりだった。
「……ケイさんですか?」
「やっと出てきた。そう、常闇の森でちょーっとイレギュラーに遭遇したケイちゃんたちだよ」
「はあ、しかし随分とはや……待ってください」
如何にも寝起きという顔が、表情だけ仕事モードに入る。
「イレギュラーですか。なるほど、それでこんなにも早く帰還したのですね」
「迂闊にぶっ倒れて、可愛くも無い人の泣き顔なんて見たく無いしね。それで、入れてくれるかな?」
「分かりました。所でレイナさんは?」
「宿で休んでる」
先日と同じ様に、机の方に案内される。
そこで、レイナに書いてもらったダンジョンの簡単なマップと依頼されたアイテムを机に並べる。
「先ずは依頼された物。指定された量は満たせてないけど、中途納品と言うことで一つ」
「ええ。……状態が良いですね、採取が手慣れているのでしょう」
「レイナが錬金術やってるからね。採取は殆ど任せてた」
「なるほど。そしてこちらが魔石ですね。この小包みや束に書かれた印が、森の地図に書き足されてる印の座標と関連しているという理解でいいですか?」
「そうそう、ちゃんと一個一個書いておいたよ。……で、肝心のこれ。丁度敵に囲まれてたから位置は正確には分からないけど、この辺りにダンジョンらしき物の入り口があった」
「ダンジョンですか。環境が環境なので、予想はしていましたが……なるほど。詳しく報告してくれますか?」
「元からそのつもりだよ」
帰り道の傍に用意した手書きの書類を見せつつ、ダンジョンについて事細かく説明していく。
内部構造、魔力の流れ、出会ったモンスター。一度喉を水で潤わせようかと思ったが、そうする前に報告できることを全て伝え終えた。
「ふむ……。質問ですが、外のモンスターと中のモンスターに、差異は感じませんでしたか?」
「差異は……うーん。幽霊さんは外の奴らより中の方が落ち着いてたね」
「そうですね。魔導霊体は、存在の維持の魔力を多く消費します。ダンジョン内は魔素が多いと仰っていましたね。だとすれば、ダンジョン内部の彼らに関しては、存在の維持に必要な魔力を危惧せず活動しているのでしょう。他に感じられた差は?」
「いやー。……出会うモンスターの殆どが、ダンジョン深部の方へ進んだり意識を向けていたりしてたね」
「そうですか……。これは他のダンジョンでは見られない特徴ですね。他には魔石が大きかったり、体格や強さに変化は無いのですね」
「それは無かった。……そういうのがあったら、なにか問題が?」
「これまで発見されなかったダンジョンです。その危険度を把握して、いち早くギルドへ報告、冒険者へ周知させないと、我先にと潜り込んだ冒険者が、あるいは貴方みたいに迷い込んだ人々が危機に晒されます」
「そっか」
確かに必要なことだ。俺たちは真っ直ぐ出口へ行けたが、それが出来ない他の人にとってはまさに迷宮。補給も休息も難しいダンジョンでは、実力以外の諸々までもが求められる。
「常闇の森で遭遇するモンスターと、強さは同等に近い、と……。深部に移動もしくは注意を向けているとなれば、深度によって敵の遭遇頻度や強さが変動するでしょう」
「私たちは戻るルートを辿っていったから、楽だったけど」
「そうでしょう」
他にも幾つか話し合ったが、私たちの僅かな探索によって得た情報は、新たに事実が判明させることもなく依頼主のノートに書き溜められてゆく。
これぐらいだろうか。これ以上の情報提供は、彼と同じ様に頭を傾けて思案しないと出来ない。それだと情報提供というより、仮説を思いつき考察していっている様な物だ。
「議論はここまでとしましょう。本分ではないでしょうに、ご協力に感謝します」
「ああ、良いんだよ。冒険者で魔法使いとあれば、謎を疑い解を見抜くのは当然さ。ついでに好奇心旺盛だもの」
「確かにそうですね。それでは、これをもって依頼完了とし、報酬を用意しましょうか。依頼品は全てでは無いですが、最低限以上の物を納品していただけましたし、それを補って余る程の発見をしてくれました」
「良かったの?」
「元より、常闇の森には何処かに魔力の大元が存在していると踏んでいたのです。魔花等を分析して、保有している魔力から大元の位置を算出するはずだったのですが、あなたはそれを直接見つけたのです。危険を冒しての事だったでしょうし、この手当も含めて……本来の7割増というのはどうでしょうか」
「……その好意の上で賃上げ交渉するのは、個人的に気に食わないな。私はそれで受け取るよ」
「そうですか? ……では成立という事で、この依頼書を依頼処へ持って行ってください。依頼完了の印と追加報酬の旨を書き足しておきました」
「ありがとう。また機会があったら、その時は楽しい冒険に送り出してね」
出来れば今回みたいな事が程々に起きる程度の冒険を。
「考えておきましょう。それではまた」
「うん、また」
別れを告げて部屋を出る。去り際に、視界の脇で小さな姿が四足で駆けているのを見つけたが、それはすぐに見失ってしまった。今のは黒猫だろうか。
しかし気にする程ではない。俺は報酬を受取りに、その金額の重さに期待しつつ歩きだした。
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「お、おお……これはちょっとした大金ですね。半分ももらっちゃって良いんですか? 私はポーション売りで稼ぎがあるので、ケイさんがもう少しもらって良いんですよ?」
元々それなりの危険度が想定された依頼。それの7割とあれば、レイナの言う通り結構な金額となった。
「色々無理を聞いてくれたからね。貰ってよ」
「あ、そう言われると……。はい、貰いますね」
「……思ってたより無理させてた?」
「はい、今思うとそうですねー」
「あー……」
本当に迷惑を被って誠に遺憾である。と言った風な顔だった。
今までは苦労している最中だったから見逃されていたが、余裕が出来てから改めてお説教、と言う事なのだろう。これは拙い。
「割りに合わないリスクに飛び込む様な事してたのは謝る。ごめん……」
「……ふふ、なーんて。私はなんとも思ってませんよ」
「へ?」
「前、お母さんから教えられた事があるんです。「友達が居るからこそ、無茶が出来るんです」って。今回は、ちょーっと加減を間違えただけですよ」
「レイナちゃん……」
「探索中、何度も助けられましたしね」
なんて事だ。やっぱりレイナちゃんは優しい。魔法使いだったり錬金術師だったりするが、実際は聖母か天使なのかもしれない。
「けど……」
「けど?」
「友達というのでしたら、あだ名で呼び合いましょう。ケっちゃん」
「へ? あ、じゃあ私も……ええっと?」
「……」
期待と悪戯心で7対3だろうか。俺はどういう風にレイナちゃんの事を呼ぶのだろうと、キラキラと輝く瞳が突き刺してくる。或いは、女友達が居ない俺に対して、一体どれほどの時間の間あだ名の決定に苦心するかを、面白げに眺めているのかもしれない。
瞳を一対と一対で見つめあって数秒、頭に思い浮かんだ安直なそれを、恐る恐る口にした。
「レイちゃん……じゃダメ?」
「大丈夫ですよ、ケっちゃん! これからもよろしくですからねっ」
……どうやら彼女とは、今後もよろしくされる事になるらしい。
いやー。2週連勤。けど一章は書き切りました。
一章を終わらすだけでこんな様ですけど、今後もザラにあると思ってくださいな。