ウチのキャラクターが自立したんだが。リファインド   作:馬汁

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ウチのキャラクター、泊まる。

『エルフ』

『元は精霊だった。元は神の使いだった。元はモンスターだった。元は異界の住人だった。

 彼らが何に由来する種族であるかは諸説あるが、エルフ達が受け継ぐ伝承も含め、どれも有力な説とは認められていない。

 人間に比べ非力だが、魔法能力に秀でており、精霊と呼ばれる存在との親和性が高い。エルフが多く住う国であるノース魔導国を始めとして、学問を重視する傾向が強い』

 

 

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「いや、悪いね。案内を任せてもらって」

 

 最初は露天の後ろでトーマの長い耳をじっと観察していたが、何もしないのも悪いかと思って、おもむろに近くの冒険者達に声をかけて客寄せしてみたり、そしたら彼に慌てて止められたりと、そうする事約数十分。

 

 幾らかの品が売れたところで、商品を片付けて帰る事になった。

 

「あんたは少し遠慮と言うものを覚えてくれ……」

 

「友達に遠慮はいらないでしょ?」

 

「親しき仲にも礼儀ありと言うぞ。あと友達になった覚えはない」

 

 相変わらず堅い男である。

 俺も俺で随分と軽い態度かもしれないが。

 

 一応、エルフのトーマの代わりに、彼よりかは幾らか高い筋力値を持つ俺が荷物を持っている。

 頼み事の対価に多少の手伝いはしているつもりだ。客寄せが余計だと言われたのは解せないが。

 

 何となく会話が終わっても、彼は会話を好まない性格なのか、再び口を開こうとしなか。

 お互いの沈黙に何とも思っていないらしく、黙々と帰路を進んで行った。

 

 

「……友達と言えば、あんたに言いたいことがあったんだ」

 

 トーマが思い出す様に沈黙を破る。

 

「言いたい事?」

 

「レイナさんだ。……彼女と友人になるなら、誠実に接してくれ。それが出来なければ、縁を切ってほしい」

 

「……うん?」

 

 縁を切れ……? 

 そこまで言うとは。よっぽど俺のことを信用していないか、或いはレイナの事を過激に気に掛けている様に聞こえるが。

 

「ある程度話していれば知ってるだろうが……レイナさんは純粋すぎる。リアルの知り合いと一緒に遊ぶのは兎も角、あんたみたいな見ず知らずの人間と友達になるのは危険だ」

 

 ……なるほど、俺への不信とレイナへの過保護の両方らしい。

 門等無用で縁を切れと言わないだけマシだろう。彼の言葉も、最もであるのだし。

 

「わかったよ。万が一にも邪な思いは抱かない。誠実な友達でいる」

 

 俺も彼女の無邪気には楽しませて貰っているが、一方で心配になることもある。というかこの現状もレイナのその性格から起因したものだ。

 トーマに言われずとも、俺はレイナには誠実な関わりを意識するだろう。中身が”俺“という事もあるから、より一層。

 

 それにしても、トーマがそんな事を言うとは……。

 よほど大事に思っているんだろう。いや、模索する気はミリもないが、しかしミクロ単位程度には気になる。もしかしたらトーマはレイナの兄かもしれない。

 

 

 と、説教だか忠告だかを受けて、しばらく歩いているとようやく目的の宿に辿り着く。

 看板には、事前に聞いていた通りの4文字、『年樹九尾』と書かれていた。

 

「おお、なんとなく小綺麗」

 

 玄関を入ってみると、入って直ぐの所にカウンター。そして机と椅子の並ぶ大部屋があった。いや、大部屋ではなく食堂かもしれない。

 が、内装は完全な和式という感じではなかった。もしかしたら、と現代日本の旅館を想像してしまったが、少し残念だ。

 

「ええっと、ここがカウンターか」

 

「呼び出しはそのベルだ。宿主さんが来る」

 

「ベルね。うん、ありがと」

 

「どうも。俺は部屋に戻る」

 

 それじゃあ荷物持ちもここで終わりか。

 預かっていた彼の荷物を渡し、階段を上がっていく彼を見送る。

 

「じゃあ」

 

「うん」

 

「さっきの件、忘れないでく────」

「お帰りなさい!」

 

「────……うん、ただいま」

 

 階段の上で、トーマとレイナが鉢合わせた様だ。

 遠くて少し聞こえづらいが、トーマの声の調子が少しだけ柔くなった様な気がする。

 

「ケイさんの案内をしてくれてありがとうございます。あと、これを。お手数を掛けたので、お礼です!」

 

「い、いや。いいよ」

 

「遠慮しないでください! ほんの気持ちですから!」

 

「……じゃあ、うん。……ありがとう」

 

「はいっ!」

 

 ……俺の時と対応の温度違いすぎない? 

 

 レイナとトーマの関係性に改めて疑問を抱くが、今のところは置いておこう。

 パタパタという足音と共に階段を下りきったレイナが、俺を見つけて手を大きく振る。

 

「やあ。……もしかして私の事待ってた?」

 

「いえ! あ、いや……ちょっとだけ、まだかなーなんて思ってたりしてました」

 

「ごめんね。早速で悪いけど、ちょっとチェックインしてくる」

 

 チェックインという言葉だと若干高級ホテル感があるが、まあそれはとにかく。

 ベルをチリンチリンと鳴らして、カウンターの向こうにある扉の方を……に、居た。

 

「……」

 

 言い直す。扉の方に居た。

 半開きの扉から、顔を半分だけ出している女性が居る。

 どうやら、俺がベルを鳴らす前から俺たちの事を観察していたらしい。

 

「あー……。君が宿主さん?」

 

「……あなたが、レイナの友人さん、ね。用意は、してる」

 

 声が……小さい。

 言わんとしてる事はわかるのだが、この場に少しでも他者の話し声があれば聞き落とすかもしれない。

 

「この紙、書いて。置いて。裏面のルールも、読んで」

 

「う、うん。わかった」

 

 すると、ペンと紙、そして部屋の鍵をカウンター置いて、宿主は扉の方へ戻ってしまった。

 

「……あー。うん。すごく、物静かな宿主さんだね」

 

「それと筋金入りの面倒くさがりさんです」

 

 そこまで言うんならよっぽどなんだろうな……。

 

 置いて行かれた紙を見ると、名前や利用期間に関する項目が一番初めに、続いてログインする(現実における)時間帯や、食事の希望、料理当番の項目……んん? 

 

 料理当番? 

 一体どう言う事か、と思い、ルールが書かれていると言う裏側の方を見る。

 

『共用部の設備等は大切に扱ってください』

『希望する場合、朝食(一食200Y)を提供します。朝食を取らない場合、カウンター横のカレンダーに記入してください』

『この宿屋では、宿泊者が任意で朝食を担当して頂きます。朝食の為の予算と報酬は、その日の夕方までに宿屋へほうりこまれます』

『場合によっては朝食を様意 用意できないかもしれません』

『家はだいじに』

 

 ……らしい。

 後半につれて文面が適当になっているのは気のせいだろうか。

 

「ちなみにこれ全部宿主さんの手書きらしいです」

 

「面倒くさがりって言ってなかった?」

 

「……正確には、”人と関わる事に関しては面倒くさがり“です」

 

 苦笑いで伝えられる。俺も苦笑いしてしまう。通りで文章が傾いてると思ったんだ。

 この世界には印刷技術が無いのだろうか。せめてタイプライターがあっても良いだろうに。いや漢字が入り混じる日本語じゃ難しいか。

 

 ……って、そうじゃなくて。

 

「ていうか、料理当番って一体」

 

「紙に書いてある通りですよ。私たちがお料理するんです」

 

「……頭痛くなってきた」

 

 見たところ宿代は……相場は知らないが、装備の買い替え等で使いたい分を取っても、今の所持金でも7日間は過ごせそうだ。

 料理を担当すれば、手数料を含んだ材料費を貰える様だし、実質更なる宿代の節約にも……今から順番に加わっても、俺の当番は暫く先になりそうだ。

 

「……まあ、料理は出来るし。一応チェックしておこう」

 

 スキル無しでも料理自体は出来るらしいし、問題ないだろう。

 一応試運転は要るだろうけど。

 

 さて、特別目立った項目はこれぐらいか。後は適当に埋めて……よし。

 

「空きは……なし。じゃあここに置いておくね」

 

 聞こえているかは知らないが、扉の向こうに一声だけ掛けてから鍵を持って階段へ向かう。

 鍵に部屋番号が書いてあるから、迷いはなしいだろう。

 

「ケイさんの部屋番号は何ですか?」

 

「8号室だって」

 

「それじゃあ隣ですね!」

 

「お、先輩ちゃんが隣なら安心だね」

 

 キイキイと軋む床に頼りなさを感じつつも、部屋へ向かう。

 どうやら一番端の部屋の様だ。

 

 内装は……予想以上に、そして期待通りだった。

 清潔な室内である事はもちろん、もふふかベッドと木製の机と椅子が備えられている。床は何かの毛皮を使っているのであろうカーペットが敷かれている。

 

「良いね」

 

「ここの宿主さん、拘ってるので。他の宿が酷いというわけではないですが、宿賃以上の価値はあります!」

 

「うんうん、確かに宿賃以上……あれ、そういやお金払ってないけど」

 

「あ、私が払っておきました!」

 

 おお、それはありがた……え? 

 いやいや、流石にそのお金ぐらいは払うつもりだったんだけど……。

 

「えっと、幾らしたの?」

 

「取り敢えず一週間で1600Yです。あ、一週間も泊まらないならキャッシュバックも出来ます」

 

「はい2000Y。生憎1000Yが5枚しかないんだ、余りは要らないよ」

 

「いえいえいえ! 私の好意ですから、受け取ってください!」

 

 紙幣がレイナの手によって丁寧に押し返される。

 

「いやいや。助けて貰ってばかりだからね。借りが多いと申し訳ないよ」

 

「いいえそんな事は!」

 

「いいやそっちこそ」

 

「いいえ────」

「いいや────」

 

 

 

「……何やってんだよ、あのケイ」

 

 結局、ご近所迷惑と言う事で、この場はレイナが宿代の600Yを、俺が1000Yを持つ、で決着が付いた。

 

 

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 ・

 

 

 宿は決まり、日は沈み、店はポツリポツリと灯りを消し始め。逆に街灯や民家の窓から光が漏れるのが見られる様になった頃。

 

「ん、暇だ」

 

 俺は宿の部屋で孤独に寛いでいた。

 このもふふかベッドはなかなか寝心地がいい。毛布を背にして横たわっているだけだが、この仮想の体が眠気に沈んでしまいそうである。

 

 

 仮想の体といえば、ケイ。彼女の事だ。

 今の俺は、言ってしまえば「役者」のそれである。ロールプレイヤーとしては当然の事当て嵌まる単語であるが……。それはとにかく、役者として振る舞うには問題が1つある。

 

 俺は、ケイの事を殆ど知らない。

 

 キャラメイクを終えてこの世界に降り立つまで、ずっと衝動の様なもので行動していたから、あれ以上の情報を知らない。

 

 あれとは、そう。ケイの設定。或いはケイの人生のあらすじとも言えるあの文章。

 そこには、彼女が人生2度目で且つ性転換の経験者であり、魔法と剣に関しては熟練していると書かれていた。

 後は時間遡行に至る迄のきっかけだろうか。

 

「よくよく考えたら、知らない事だらけ、か」

 

 ……思えば、あの本。俺が黒歴史ノートと呼んでいる、あの本。

 キャラクターの設定ばかりが並んでいたが、

 

「ケイにだけは、絵が……あった」

 

 そうだ。ケイ以外のページは流し見ていたが、確か他のキャラクターは文章で設定が書き上げられているだけだった。

 だが、ケイには絵がある。それも落書きの様な、取り敢えず大まかな特徴だけといった絵ではない。なんというか……、綺麗だった。

 

 綺麗、と言うのは……まさにその通りとしか言いようがない。

 特徴はもちろん、明文化されていない特徴まで詳細に描かれていたのだ。体格、髪型、顔立ち、目つき、そして装備品。

 最後の物だけはこの体に再現する事が叶わなかったが、そこまで絵が描き込まれていたからこそ、俺はこの姿を正確に写すことができた。

 

 

 それだけ、このノートを作っていた頃の俺は、このキャラクターにご執心だったのだろう。

 最も、とっくにその頃の記憶など失せてしまっているのだが。

 

 ……寝てしまおう。

 一度頭を休めて、明日には何か依頼を受けて小銭を稼ごう。

 冒険だ。俺がこの世界に求めるのは、冒険と、それと程々な仲間である。

 ああ、昔の記憶をすっかり忘れてしまった俺でさえ、冒険心というものは未だに根を張っているらしい。

 

 そう思うと、なんだかいい夢が見れる気がしてきた。

 根拠もなくそう思って、天井から垂れる紐を引き、暗くなった部屋でベッドへ潜り込んだ。

 

 

 ……この世界、普通に電気通ってるんだな。

 




『魔道具』
『魔力を利用して効果を発揮する道具の総称。大きく2種類に分けて、魔石をバッテリーの様に扱い効果を発揮するもの、空気中の魔力を利用して効果を発揮するものがある。
 冒険者にとって馴染み深いのは、火属性の魔石を燃料に光を灯すランタンだが、ある程度の技術力を持つ地域では、殆どの建物や道路で照明としての役割を果たしている魔力灯が、非常に身近な存在となっている』


結論(つまり):ケイちゃんそれ電気じゃなくて魔力灯って言うんですよ。

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