スタンクは、シルビアの腰を持ち歩けないシルビアと共にロンバルディア皇帝の皇帝城内を歩く。
皇帝城はキロメートル単位の巨大な城なので、散歩を楽しむのに困らない。
スタンクが、シルビアを乗せた車イスを押して
「どうだ? 調子は?」
シルビアは微笑み
「ありがとうございます旦那様。とても良い気分です」
スタンクは嬉しそうに
「そうか…良かった」
と、告げるも、シルビアが来ているドレスの袖には、死が近づく硬化の後が見える。
シルビアは、自身の能力で服を構築できない程に弱っていた。
スタンクが頭を振って
「向こうにも行ってみよう」
「はい」とシルビアは微笑み幸せを噛みしめていた。
その頃、ネオは、海上にある海運財団の都市エンテイスに戻って、その地下施設でとある研究をしていた。
シルキーのシルビアの一部、髪の毛を貰って、それが延命する実験をしていた。
ナノマシンで、シルビアの髪である銀髪を調べ、その組成を研究してなんとか延命方法を探す。
ネオは頭を抱える。
この世界の住人は、ほとんどが炭素ベースだ。それはネオの世界と同じだが…極少数に妖精や、精霊といった炭素ベースではない存在達がいる。
その者達の組成は光と波動の塊、つまり、とあるエヴァの使徒のようなのだ。
光と波動、エネルギーで構築されている生命…。
そんな存在は、ネオの世界にはいなかった。
全くの未知だ。
なので、このデータを本国へ転送した。
そして、数時間後…。
出て来たのは、DIマンティスネオだった。
立体映像のDIマンティスネオが
「やあ、久しぶりだね」
ネオが
「さっそくだが…首尾は?」
DIマンティスネオは渋い顔をして
「残念だが…我々の世界にこのような生命体は存在しない。故に、対処は不可能だ」
ネオは苦しそうに額を掻き上げ
「そうか…」
DIマンティスネオが
「ナノマシンで組成を置換したとしても…その通りになるとは限らない。では、記憶や人格と情報体化して存続させれば…という話だが…。残念ながら不可能だ」
ネオが
「情報体化するには、受精卵の段階からずっと、情報ネットワークに接続して、リアルとデジタルで、二つの肉体を持つしかない」
DIマンティスネオが
「一応、記憶と人格の転写をしてそれらしく見せる事は、可能だが…。それは所詮、ただの影。命ではない。情報だ」
ネオが天井を見上げて
「驕っていたよ。オレ達は宇宙まで開発する文明だ。何とかなると思っていた所があったが…完敗だよ」
DIマンティスネオが
「我々は神ではない。万能でもない。どんな存在にも限界がある。その限界を直視して、お互いの限界を合わせて、新しい限界を突破するが、次の限界が出現する。この世に完璧なんて存在しないのだよ」
ネオが
「今の段階でやれる事は?」
DIマンティスネオが首を横に振って
「これ以上はない」
ネオは頷き
「そうか…分かった」
と、研究施設を後にした。
出口では、バサラが待っていた。
「お帰りアンタ」
ネオが俯き加減で
「弱音を吐いていいか?」
バサラが頷くと、ネオは「何も出来なかった」と…漏らした。
俯くネオをバサラは抱きしめてくれた。
日に日に、シルビアは悪化していく。
全身が硬化して、誰かの手を借りないと動けない程になった。
それをするにはスタンクだ。
スタンクは24時間、ずっとシルビアの看護を続ける。
「ほら、シルビア」
と、スタンクは、起こしたシルビアの口に料理を運ぶ。
シルビアは微笑み
「あ…り…が…と…」
もう、声さえ放つ力がない。
スタンクが微笑み
「良いんだよ。オレが悪かったんだからよ。何時までもシルビアを待たせて…本当に…どうしようもない」
そう、自分が今まで手をこまねいていた事、堕落して待たせてしまった事に、後悔が沸き起こる。
どうして、もっと真剣にやらなかったんだ!
そう攻める自分の声が聞こえた。
それが聞こえてスタンクが思わず涙すると、その涙を伝うホホをシルビアが、動きにくい右手で拭って、スタンクのホホを撫でて微笑み、そして
「あ…り…が…と…」
スタンクが涙を零して
「オレは、シルビアに感謝される事なんて無いんだよ。オレこそ、本当に今まで待たせて、本当にごめんな」
スタンクは、シルビアに抱きつき謝り続け、シルビアはスタンクの後頭部をポンポンと優しく撫でてくれた。
シルビアが皇帝城に来て一ヶ月、もう、シルビアの全身が硬化して動かせる事が不可能になった。
もう少しでシルビアの命が尽きようとしている、そこで、ベッドに眠るシルビアの手をスタンクが縋るように握り
「シルビア、シルビア」
と、涙していた。
喋る事も動く事も出来ないシルビア。
そこへネオが来て
「スタンク、これを使えば…シルビアと脳内通話できるかもしれん」
と、脳内通信用ナノマシンデバイスを持って来た。
通信用ナノマシンをシルビアとスタンクに打って、即座に通信が始まった。
”シルビア! 聞こえるか?”
”ああ…聞こえます。ああ…こうなってもアナタと会話できるなんて、嬉しい。私は幸せ者です”
”頼む、死なないでくれ。オレは…オレは…お前がいないと…”
”アナタ…迎えに来てくれて嬉しかったです。わたくしは、遠くでもアナタの話を聞いたりして、本当に我が身のように嬉しかった。私との約束を果たすために必死に頑張っている。本当に嬉しかったです”
”違う、違うんだよ。オレは…適当に言い訳してサボっていた。本当なら、もっと早くに…迎えにいけたんだ。なのに、なのに、オレは…”
”良いんですよ。難しい事は、私も分かっていましたから…”
”シルビア…お願いだ。生きてくれ、どんな形でもいい。生きてくれ…頼む”
”アナタ…私は…もう、十分に幸せにして貰えました。だから、アナタも、スタンク様も幸せになってください”
”バカ野郎! そんな事を言うな!”
”本当に、最後に…アナタと…一緒になれて…幸せ…で…し…た…”
シルビアの硬化が最終まで達した。
シルビアの全身は、綺麗な結晶に変貌して砕けて崩れた。
「うあああああああああ」
スタンクは泣き叫び、砕けたシルビアの破片を必死に掻き集めてしまう。
だが、掻き集めれば集める程、結晶は砕けていって、砂のようになってしまう。
「ぐそおおおおおおおおおお」
と、スタンクはシルビアだった結晶砂を握り締めて泣いた。
その後、粛々とシルビアの葬儀が行われて、スタンクは終始、泣き叫び、それをゼルやネオが押さえて、進んでいった。
皇帝城のシルビアと共に過ごした部屋で、虚無のように膝を抱えるスタンク。
そこへ、ロンバルディア皇帝が来て
「預かっていたモノがある」
と、結晶投影機をスタンクに渡す。
スタンクが、その結晶投影機のスイッチを入れると、そこにはシルビアが映っていた。
ベッドにいるシルビアが微笑み
「旦那様、いえ、アナタ…本当に迎えに来てくれて、ありがとうございます。
これがアナタに渡っている時は、わたくしは、この世にいないでしょう。
ですから…」
と、告げるシルビアが涙して
「でも、やっぱり、死にたくない。やっとアナタと暮らせると思ったら…もっと生きていたい。もっと、アナタと過ごして、これから…もっともっと…」
と、涙で崩れるシルビアに、ネオの妻達ティアマとレティマ、アマティアが来て、その背中を撫でる。
三人は身重なのに、シルビアの為に頑張ってくれている。
泣くのが落ち着いたシルビアが
「でも、アナタを思うと…わたくしは…アナタに幸せになって欲しい。だから、アナタ…わたくしがいなくなっても、幸せになってください。約束してください。必ず幸せになるって」
と、指切りの小指を向ける。
それは、かつてスタンクが幼い事に、つまみ食いをして、怒られた時にしてくれた、やさしいチョップのようだった。
スタンクは、ボロボロと涙を零してしまう。
死んでも自分の幸せを願ってくれるシルビアに。
映像のシルビアが
「じゃあ、わたくしは、天国でアナタが幸せになるのを見守っていますから…」
と、微笑んで終わってくれた。
スタンクは、涙を零している部屋で、不意にベッドの下に何かを見つける。
それは、シルビアに昔、渡した木彫りの指輪だった。
若い自分がシルビアに約束として渡した婚約指輪、シルビアがいたベッドの下に転がっていた。
そう…シルビアは亡くなって砕ける寸前まで、この木彫りの指輪を大事にしてくれていた。
それをスタンクは握りしめ
「シルビア、シルビア」
と、名前を呼び続けて泣いた。
その声をドア向こうで、ゼルが静かに聞いていた。
三日後…。
「じゃあ、戻るか!」
と、スタンク。
「おう」
と、頷くゼル。
皇帝城から去る二人に、ロンバルディア皇帝が
「行くのか?」
スタンクが頷き
「オレ等は、所詮、気ままな冒険者。それだけさ」
ロンバルディア皇帝が
「ここには、シルビアの核だったモノが置かれている。再び、シルビアと似たシルキーが復活するかもしれんぞ」
ゼルが
「引き抜きかい?」
ロンバルディア皇帝が
「私は、優秀な人材が大好きだ。私の手元に幾つも置いておきたい」
スタンクが背を向け
「悪いな。それはもう…シルビアじゃあねぇ」
ロンバルディア皇帝が「ふん…」と溜息を吐き
「そうか。では、何時か借りを返す事を期待しよう」
スタンクが左手を上げて
「おう、何かあったら気軽に言ってくれ」
と、告げて歩く。
スタンクの左手の薬指には、あのシルビアが大事にしていた木彫りの指輪が填まっていた。
ネオが正面の門から戻ってくる時に、スタンク達と交差する。
スタンクが
「悪いな。色々と世話になった。この借りは必ず返すぜ」
ネオが腕を組み
「むかし、とある男から言われた事がある。ライアーってヤツでな。
世界は、絶対に忘れない…と。
どんなに人知れず亡くなる存在があっても、それは世界が憶えている…と。
全ては無にならない。
だから、自分の全てを受け止めて前に進めばいいってな」
スタンクは笑み
「慰めてくれてんのか?」
ネオが頷き
「ああ…」
スタンクが腕を回してネオを掴み
「ありがとうな。でも、大丈夫だ。オレはオレの全てを抱えて前に進むさ」
と、贈ってゼルと共に皇帝城を後にした。
ネオはそれを晴れやかな顔で見送った。
そう、見送った。清々しく見送ったのに…。
一ヶ月後
帝都にとあるリリスガールレビューが届く。
スタンク達のサキュ嬢レビューだった。
ネオは、その記事を皇帝城のテラスで見詰めて額を抱えた。
成長したんじゃあないのか?
スタンクは、この悲しみを受け止めて、ハッスルして元気よく生きていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次話もよろしくお願いします。