一応、終着点は遠いですが決めましたので、見切り発車にならないように気を付けたいと思います。
西暦2078年。人類の技術が少しだけ進歩した時代のイギリスで【赤ん坊の描いた犬が実体化した】騒動が起こった。
解明しようと名乗り出た研究者が続出したが匙を投げ出すのに時間はかからなかった……しかし、一人の研究者が超常現象の共通点を見つける事に成功する。
やがて超常が発現及び力量に対する法則を見つけ、自由に発現できる術を身につけた人々はその超常に魅せられ、長い時を経て騒動も落ち着き、学校を創られるまで沈静化していった。
人々は超常を操る人々を“歴史に名を刻む人々のように成長して欲しい”願いから、いつしか“偉能者”と呼ばれるようになった。
そして、時が進んでいった。
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西暦2113年四月。
あれから三五年と数ヵ月の月日が流れ、今を生きる人々が偉能者を恐る恐る受け入れた歴史を踏みしめながら築いた時代は一つの道しるべになりつつある。
そして、春風に当てられ鎮座する独特な形の門が特徴の建築物もその道しるべの一つである。
国歴立大暦高等学校。日本に数ヵ所しかない偉能者を育てる広大な土地を所有する学園であり、偉能者として目覚める事ができる偉能者誕生の地でもある。
その理由は学園長にあるのだが、それについては順を追って話すとしよう。
学園の中にある学長室に二つの人影がある。
一つは白髪で人柄の良さそうな朗らかな笑みを目の前の人物に見せている初老の老人。
もう一つはボサボサの襟首まである桜色のミドルへアで黒いタレ目気味の目。全体的に中肉中背の髪の色以外は地味でパッとしない印象の青年だが、その表情には目の前の人物に緊張している固さがあった。
「そ、その……な、何かしてしまったのでしょうか?」
震えながら老人に訪ねる青年に対し、老人はコロコロと笑いながら青年の緊張を解そうとする。
「そんなにビビらんでもええんじゃよ。気軽にひーちゃんと呼んで構わんぞ」
「言えないですよ!? 学園長相手に恐れ多いです!」
老人--学園長にビクビクしながら指摘する青年。狼の群れに投げ込まれた羊のような様子に学園長は苦笑して説明する。
「ワシが君を呼んだのは他でもない……GHP値の基準合格を果たした君を偉能者として目覚めさせようと思う」
学園長の一言に身を引き締める青年。その姿に学園長が続けて言う。
「ワシがどのように他人を偉能者に目覚めさせるかは知っとるかの?」
「え、その、はい……アリストテレスの能力ですよね」
青年の答えに学園長は頷き、青年の続きを言った。
「うぬ。正確には脳の出力を自由自在に変更できる能力じゃ……生前のアリストテレスが得た哲学が偉業として昇華され、出力を上げる事で高速思考による論理の組み立てや高速移動、動きを予知する等の芸当も可能じゃが、その本質は他人の思考回路に繋がる事でその人物を偉能者に目覚めさせる数少ない偉能覚醒能力……現存する最高レベルの能力じゃ」
『限定的な条件付きじゃがの』と付け加え、立派に育った白い髭を撫でながら立ち上がり、電気ポットで沸かしたお湯を急須に入れ、お茶を作り始めた。
「あ、あの……」
「ん? あぁ、そんな肩肘張った状態では体に毒じゃから落ち着くのじゃ」
「は、はぁ……」
「お茶が嫌なら炭酸にするかの? 宇治抹茶カスタードおでん風味しかないけどの」
「どこの会社がそんな未確認物体を作ったんですか!?」
……あ、人前でツッコんでしまった。
青年は恐る恐る周りを見ると、意外なものを見る目で学園長が青年を見ていた。窓に映った自身の顔を見ると、みるみると赤くなっていっていた。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、そういう感じで良いんじゃよ。リラックスした素の状態が最もやりやすいからのぉ……」
学園長は淹れたお茶を青年に手渡し、青年はゆっくりとお茶を喉に流した。熱すぎない人肌程に温かいお茶が全身をゆっくりと暖め、少しばかり全身の力が抜けていく。
「ふむ。もう少しじゃのう」
そう言った学園長が青年に座るように勧められ、青年は一瞬戸惑ったが学園長の視線に耐えきれずに来客用のソファに座った。シンプルな作りとは裏腹に優しく受け止める柔らかく上品な材質に内心驚く。
「この際じゃ、抱えた不安や戯れ言をこの老いぼれにブチまけなさい」
ニコニコと笑う学園長が青年の前に座り、会話を願うと青年は少しだけ落ち着かない様子をみせ、口を開いた。
「……その……どうして、偉能者になったのですか?」
青年の言葉に老人は面を食らった表情になる。その顔を見た青年は聞いてはいけない話題だと察し、顔色を悪くする。
「す、すみません! 聞いちゃいけない事だったなんて知らなくて、えっと……」
「いやいや、大丈夫じゃよ。大抵の人は話する必要が無いくらい落ち着いてて、そういう話題を投げてくる子がいなくて少し驚いただけじゃ」
「そ、そうなんですか……?」
「うむ。ここに来る者達は目標を持った者が多く……学園長としては誇らしいことじゃが、個人的にはこうやって話す機会が少なくなるのは寂しくての」
白い髭を撫でながら答える学園長。
「この学校の校章はご存知かの?」
「えっと、花……ですか?」
「惜しいが花束じゃよ」
コロコロと笑いながら学園長は淹れたお茶を飲み、語り始めた。
「花には様々な言葉がある。希望や前進を意味するガーベラ、永遠に変わらない事を伝えるスターチス、永遠の愛を示すチューリップ、薔薇なんかは色違いの他にも本数や組み合わせで意味が変わる……良い意味もあれば、悪い意味もある」
青年は学園長の話を静かに耳を傾け、その様子に満更でもない様子を学園長は見せた。
「ワシはそんな花を咲かせる生徒達が好きなんじゃよ。例え不器用で不格好な形でも、誰かの力になりたい願いは罪なんてない……誰もがあらゆる花を咲かせる可能性に溢れているのじゃ」
一通り言ったのか、学園長はお茶を飲む。少し温くなってしまったが、喉を潤すには調度良い。その話を聞いた青年は言葉をこぼした。
「……じゃあ、学園長は動物ですね」
青年の言葉に学園長の動きが止まる。しばらくして、突然動きを止めた学園長に青年は戸惑い始める。
「……え? あれ!?」
「参考までに聞きたいのじゃが、何故そう思ったのかの?」
学園長の質問に青年は答えた。
「えと、その、あ、あの……」
「落ち着きなさい。いくらでも待つからの」
「……その……自分達が、立派な偉能者という花に成長する様子を見守り、間違った道を進もうとしたら止めてくれる人だと思ったからです」
青年の言葉にポカン、とした表情で青年を見つめる学園長。その様子に青年はしどろもどろで訂正し始める。
「え、あ、そ、その、動物と言っても花を愛でるイメージで食物的な意味で--」
「……く……くく……クファファファファファファファファファファファファ!!」
突然大声で笑い出す学園長に今度は青年が呆然とした表情となった。
「……が、学園長?」
「なに、独特のイメージに笑っただけじゃから気にしなくてよいよ。センスがハイカラじゃ」
「……は……はぁ……」
「……まぁ、昔はケモノじゃった時もあったからのう」
学園長の言葉に目を点にする青年。その際に学園長が小さく呟いた言葉を青年は聞き取れなかった。
「では、始めるかのぅ……あまり長く待たせると他の教職員に怒られてしまう。深く息を吸って、吐いてを繰り返し、全身の力を抜くのじゃ……そう……その調子……」
リラックスを勧めるように話しかける学園長。青年はその言葉を聞きながら次第に意識が遠くなっていく感覚と共に沈んでいく。
「時間にして二十分程で君は目を覚ます……今は……のま………こ…………う………--」
声が遠くなる感覚と共に聞こえづらくなり、遠くなっていく感覚を最後に意識がなくなった。
唯一覚えている事は一つだけ。
二十分後。その時に目覚めた自分は偉能者になっている。
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青年が去った学長室。座りながら此度に入学してきた生徒達のプロフィールを読む学園長。
歴代最高の偉能者、爆弾を抱えた者、問題を背負った者……様々なある意味で個性が溢れる情報の中に一つだけ異質な者があった。
それは、先程の青年のプロフィールだった。目的もなく、夢もなく、まるでいる事が間違いだと言いたげな雰囲気の青年だが、学園長は彼に眠っているモノがあると感じた。
……“じゃあ、学園長は動物ですね”
先程の言葉を思い出し、小さく笑う学園長。
……どことなく、昔のワシに似ていたのう。
「……日向歩……」
プロフィールの名前欄を読み、小さく呟いた学園長は窓から見える外の景色を見つめた。春風に乗って桜の花弁が宙を舞い、青空の彼方へ飛んでいく。
……彼は一つ二つ何かを抱えているが、少なくとも根は善良じゃ。ただ、問題があるとすれば……
「今年は何かが起こりそうじゃ」
学園長の呟きは誰にも届くことなく、そのまま空に消えていった。
次回から一部の自己紹介と共にゾクゾク出てきます。
~歴史トリビア~
花言葉を利用して草花を楽しむ習慣が日本に輸入されたのは、明治初期とされる。
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