さて、そろそろ一章が動き始めます。
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あの夢から、一ヶ月近く経った。
その間にクックルーの対応やクラスメイトとの交流が深まり、中学生だった時とは全く違う環境になった。
最初にクックルーの対応は観察となった。
正直な話……選択肢が観察しかなかったと言うべきなのだろう。部屋に鍵をかけて出入りできない状況を作ればいつの間にか脱走し、一瞬でも目を離したらいなくなったと思えば突然現れたり、自由奔放な姿に教師陣や在校生が振り回されている。
一番驚いたのは学園長と一緒にお茶を飲んだり、ガーデニングを手伝っている所を目撃した事だろうか……
嘘か誠か、一部の教師がクックルーを危険な生物だと判断して事故を装って
『ピュイ?』
--全くの無傷だった。
この結果により警戒していた教師はハンマー投げよろしくに匙を投げ、クックルーに対しての判断を変えたそうだ。
……個人的に折れたように見えるのは気のせいだろうか……
なお、クックルーの世話係として自分の他にクラスメイト達が立候補してくれたのは嬉しかった。
……だけど、まだ言えてない悩みがある……それは……
「おーい。おーい日向」
自分が呼ばれる声に反応して顔を上げると、葉隠先生がダルそうな目でこちらを見ている。最初は慣れなかったが、この人はこの目がいつも通りの目なんだと理解できた。
「あ、すみません!!」
「集中するなとは言わないが、授業には耳を傾けてくれよ」
自分の謝罪と葉隠先生の声で小さく笑う声が聞こえる。羞恥心から顔が熱く、赤くなっている事が手に取るようにわかってしまった。
「さて、時間もそろそろだから授業のお
そんな自分を他所に葉隠先生は今日の授業について復習を始めた。黒板に赤、青、黄色で書いていき、白のチョークで説明を補強していく。
「我々
文章と同時に絵も書かれており、自分でも理解できると思う。絵が棒人間オンリーなのはあの人らしい。
「
葉隠先生は絵を描きながら説明するが、棒人間なので迫力や恐れがあまり伝わらない。
「そして“
そして、という言葉と共に黒板に書いていく。
「衝動に飲まれた者、または偉能を悪用する犯罪者を
基本的な事はここまでだ、と言った葉隠先生は一つの図を書き始める。
「忍者、侍、芸術家、犯罪者、王、騎士等の
赤、青、黄色で書かれた図を白のチョークで指して説明する。
「身体能力や身体を変化させる『身体系偉能者』、空間転移や毒の生成等の能力に長けた『技術系偉能者』、心や精神等の事象に干渉する『心魂系偉能者』……ここはテストに出るから覚えておけ」
「あの、例外ってなんですか?」
湊さんの質問に葉隠先生が渋い表情を見せる。周りには面倒くさいと言いそうな表情だが、自分には聞かれたくなかったように見えた。
「……
しばらくして重い口を開けた葉隠先生の言葉はこの学園に慣れてきた自分達にはあまり聞き覚えの無い言葉だ。
「……
「……この学園では差別用語に近い。あまり口にするな」
「う、うす」
クラスメイトの一人が小さく呟くと葉隠先生はその生徒を鋭く睨みながら牽制した。
「……簡潔に言うと入学の際にGHP値の基準値を越えたにも関わらずに偉能者に目覚めなかった者及び目覚めたかが弱い者を指す言葉だ」
「……」
その言葉に自分の胸が締め付けられる痛みが一瞬だけ感じた。
そう、言えてない悩みとは……自分が
事情を知る久楽さんや鍵宮さん、湊さんは大丈夫と言ってくれているが、自分にとっては申し訳なく思ってしまう。
他の教師が言うには『目覚めるには何らかのキッカケが必要』と言っているが、その気持ちが何なのかわからないままだ。
授業の終わりを示す鐘が鳴り響いた。
「今日はここまでだ。復習を忘れないように」
教室から去ろうとする葉隠先生。しかし、不意に立ち止まって振り向いた。
「そうそう。それと……代表戦のメンバー募集が迫っているので今週中に提出するように」
そう言うとスタスタと去っていった葉隠先生。
「……代表戦?」
自分は聞き覚えの無い言葉に首を傾げるのであった。
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「代表戦っていうのは、学年別代表トーナメントの略だよ」
昼休み。
日向は親しくなった四人と机を並べ、売店で購入したパンや弁当で昼食を食べながら葉隠先生が言っていた代表戦について質問すると鍵宮が説明してくれた。
「そんなのあったんですか」
「いや、多分日向ちゃんは聞いてなかったんだと思うんだけど……まぁ、高学年と戦う訳じゃないけど優勝したら学年最強の称号と学園長との話し合いの場を設けてくれるんだよね」
「僕は参加しますよ。強い方と戦える上に目的に近付く事もできますから」
驚く日向に蛇崎は呆れ、空元は参戦する意思を強く見せる。ふと、空元の言葉に日向は首をかしげた。
「目的? それって一体……」
「おやおや~? エントリーするのかい~?」
聞こうとした直後、空元の後ろの席から黒髪のパーマ気味なショートヘアの目元がタレ目の女性が声をかけてきた。
「む? 桜井さん」
「けど、それはムリかな~」
「それは一体どういう事ですか?」
タレ目の女性--桜井が空元の意思をやんわりと否定し、湊が質問すると手元に一枚の紙を取り出した。その紙には『代表戦参加メンバー申請用紙』と書かれている。
「私達もエントリーするからさ~そして、すでにメンバーも集まって最後のエントリー用紙が我々の手中にあるんだな~これが~」
「むむ!」
先に先手を打たれた事に気付いた空元は考える表情を見せる。最も、空元を除く日向達四人には空元が『どうすれば紙を奪えるか』を考えているのか察して日向と蛇崎、鍵宮は苦笑を浮かべる。
「けど、折角人数も揃えたのにチャンスもないんじゃ、可哀想だね~」
すると桜井は空元を指差し、一つの案を提案してきた。
「どうだい~? ここはひとつ~空元率いるAグループと私率いるBグループによる最後のエントリー用紙を賭けた一年代表戦のシュミレーションでの勝負ってのは~」
「望む所です! しかし、そちらには損得はあまり無いのでは?」
渡りに船な案に快諾する空元だったが、向こうにメリットがあまり無いことに気付いて質問する。
「そうだね~だったら~……私達が勝ったあかつきには~そっちのメンバー達で男女関係無くチア衣裳を着て応援してもらうよ~」
「……うわぁ……」
「すごい嫌!!」
桜井の言葉に思わず顔を歪めて、嫌悪な感情を隠さずに溢してしまう湊と鍵宮。すると蛇崎の後ろの席から数人の男子生徒が立ち上がった。
「それを聞いて安心した……」
「何のメリットも無しに受けるには分の悪い勝負だった」
「そんでお前ら乗り気なんだ!?」
「いや、俺はあまり……」
「ならやめとけ田中!!」
チャラそうな男と痩せて細長い男の二人組が戦う意思を見せ、田中は日向達から視線を背けながら答える。
「いちいちうるさいぞ蛇崎。お前はバニー服を着て応援される事を知った上で言ってるのか?」
「あ、青馬……!」
チャラそうな男--青馬から放たれる謎の気迫に圧される蛇崎。そんな蛇崎に青馬が続けて言う。
「女子に応援されるなんて滅多に無い……さらにバニー服を着てくれるなんて仮に彼女が出来てもそんなことやってもらえるかわからんだろう!!」
「……まずは彼女、出来てから考えたら?」
勢いよく大声で主張する青馬だったが、湊の一言に崩れるように地面に倒れた。
「……わかってる……わかってるさ……だけど夢ぐらい見させてくれよ……」
「しっかりしろ青馬! 傷は深いぞ!」
「湊ちゃーん! その台詞はエッジ効き過ぎだよー!! せめて『そういうお店に行けば』くらいでお願いー!」
「……私、そこまで彼らを見くびって無いですが……?」
どこか涙声な青馬を元気付けるように言う細長い男。蛇崎は湊の言葉にやんわりと指摘する。
「ふ……ふふ……まぁいいさ……」
「俺達は桜井や黄嶋に応援してもらうから……!!」
「あ、うちは遠慮します」
立て直した青馬と細長い男の言葉に教室内にいた八重歯の少女--
「はっは~わかるかな~加減を弁える男子を集めて遊ぼうと思ってたら、うっかりホンモノを誘い入れちゃった私の気持ちが~」
笑いながら言う桜井だが、声は乾いて目が笑ってない様子に沈黙して見つめるだけの日向達。その空気に耐えられなくなった桜井が口を開いた。
「敗北を知りたい」
「戦歴に残したくない!!」
思わず鍵宮は叫んだ。例え好きな人が目の前にいても叫ばずにはいられなかった。
「嫌ならやめていいんだよ桜井さん!! いや、むしろやめて!!」
「起こした獅子の恨みは買いたくないんだな~」
鍵宮が止めるように説得するも桜井は後戻りは出来ないと悟って流した。
「そういうわけだから、是非とも勝負して我々を打ち負かしたまえよ」
「迷惑!!」
また教室に鍵宮の声が響いた。教室にいなかった者は突然の事にこっそり教室内を見ようとする。
日向達のように教室内にいた人は鍵宮の言葉に対して静かに頷いた。
そして、放課後。
ここに代表戦のメンバーを決める前哨戦が幕を開けた。
後半へ続きます……後半? 急いで書いてますよ。
~歴史トリビア~
勝海舟はある航海で38日間の内の34日間も荒天だった時に船酔いで私室にこもり、艦長らしき仕事は何一つやらなかったがサンフランシスコに着くと、急に元気になって『俺が艦長だ!』といわんばかりに船長面をした事がある。
なお、福沢諭吉もその時一緒に乗船していましたが、その時の勝海舟の態度に嫌気がさしたのか、死ぬまで福沢諭吉と勝海舟は仲が悪かったようです。