『──ね、ねえテオ! 僕聖剣に……!』
『知ってる知ってる。そんで明日には旅に出んだろ? なんべんもいわなくていいっつーの』
錆びた鞘に入った剣を担ぎ目を輝かせる幼馴染に対して、俺のテンションはとても低かった。
もうよい子は寝る時間、つまり悪い子が楽しむ時間。
15歳になったことで大手を振って酒を飲むことが出来る様になったので、これからとばを炙り、一杯やる予定だったというのに。
こいつが来ちまったせいでそんな空気は消し飛んでしまった。というかとば食べるな、お前のために用意してやったおやつじゃねぇぞ。
『しっかし、あのヤシドが勇者様になるとわな。旅の仲間とかは王様に派遣されんのか? 美人さんとか要求しとけよー?』
『……あのねテオ』
からかい果実水を呷れば、呆れたように勇者が笑う。
なに? 仲間は伝説になぞらえ集まってくるものだから王様からは旅の中で見つけろと言われた? その代わり金銭面などのサポートはする?
へぇそりゃなんとも、魔物退治という使命さえなきゃ素晴らしい旅になりそうだ。
最初は大変かもしれねぇが、そのうちいい仲間も見つかんだろ。なにせ勇者様伝説の再来だ、世界中のかわいこちゃんたちも集まってくるに違いない。
……そうだ、いいことを思いついた。
『なあヤシドく~ん、もしよけりゃ──』
『?』
◆
「……」
「ごめんな、最後までついていけなくて」
勇者パーティーの盾役である俺、戦力外となり離脱する模様。
……いやー長い長い旅ではあったけど、実質ちゃんと戦力になってたのは最初の30日ぐらいだったな。それ以降は敵も味方も全部強くなっていって盾でどうにかなる世界超えてたもん。
むしろ飯炊きとか道具の管理とかでよく持った方だと思いますはい。最後らへん盾役ってより従者だったよ完全。
「……ふぅ」
久々に、重たい荷物も無しに空を見た。
酷くいい天気だった。雲一つない青空に、さんさんと照り付ける二つの太陽も眩しくて……どうにか煙を足そうと、煙草を一つ取りだし銜え火種を探す。
けれど口から伝う感触に気がつき眉をひそめ、煙草を放した。
「なんだ、湿気てら」
「……はぁ、ほんとタバコが好きだね君」
「そりゃあ? なんならママのおっぱいよりも吸った自信があるね」
濡れた煙草を捨てるわけにもいかず、行き場を無くしただ左手の中で崩れていく。
思い出せばそうだ、朝は雨が降っていた。しっかり革の袋に入れていたつもりだったはずなんだが……最近あまり吸わなくなったから手入れが十分じゃなかったかもしれない。
この旅の中じゃ煙草を吸いたいと思った事は山ほどあるが……役立たずが娯楽品をわき目も振らずに使うほど図太い神経はしてなかったからな。
「相変わらず、テオはずっと変わんないね」
「困ってる人が居たら見過ごせない、お人よしのヤシドくんに言われる筋合いはないと思いまーす」
んまぁ、嫌な顔しますわね勇者様は。
まあお前は酒もタバコ嫌いだったから言いたいことは分かるけど……煙の中に含まれるスウィーティーな魔力の香の良さがどうしてわからないんかね。
溜息一つついて、野原に寝転ぶ俺の横に座る。
「……ねぇ、なんで盾を持とうと思ったんだい」
おおぅ、今更それを聞くのかヤシドくん。
まあ確かに、お世辞にも盾の才能がある人間じゃなかったけどさ。
一振りで魔物を二桁は軽く吹き飛ばしちまう聖剣に選ばれたお前や、鋼鉄の守りなんぞぶち抜いちまう魔槍の使い手。簡単にいくつもの魔法を同時行使する魔人……こんな連中のパーティーにいる盾が平凡だなんて笑っちまうよな。
使える回復魔法は自己用だし、皆が使うものよりか質も落ちる。
防御力上昇だって元が低いせいで大した実益もない。
「別に……ただあん時は盾役がいると思ったからだ」
丁度良く王様もそれっぽい盾くれたし。あっそう言えばその盾がさっきぶっ壊れちまったな。
直接言えないし、王様に謝っといてくんない? 弁償とかはナシの方向性で。
「……ねぇ、なんで庇ったのさ」
なんでって、盾役だからだよ。盾が回避してたら意味ないじゃんね。回避盾なんぞはやらないしロマンもいいとこだよ。
それにぃ? 今回は幻覚使う厄介な相手だったから……勘でお前守れたのはほんと運が良かった。
四天王最後の相手が絡め手満載の相手なんて誰も思わなかったからびっくりしたぜホント。
「なんでってそりゃあ……いいじゃん別に、守れたんだし……まぁ」
まぁそれ防いだから二度目も通用しなくなって、憐れ四天王はフルボッコにされた訳なんだが。
これで魔王を守る障害もなくなって、晴れて勇者パーティーは魔王城に突入できる様になった。
戦力もほぼ満タン、むしろお荷物の俺が抜けてフルパワーで戦えるだろう。
全て上手くいく、世界は平和になるしいいことづくめだ。
だから──
「無傷でってのは、無理だったけどさ」
──だから、笑顔で見送ってほしかったよ。
下半身が吹き飛び、腹に穴が開き野に転ぶ俺の見た目は今どうなってるんだろうか。
魔人の反則気味回復魔法でも間に合わない、血を流しすぎたしなにより体の限界が来ている。即死に近い状態だったのを伸ばしてもらうのが精いっぱいだった。
痛覚を消してもらったおかげでなんとか今際の際に喋れてるのだって奇跡みたいなもんだ。
「ごめんな、最後までついていけなくて」
右腕で今にも泣き出しそうなアイツに伸ばそうとして、千切れ無くなっていたことを思い出す。
左手に握りしめていた、血濡れた煙草をまた口に銜えようとして、滑らせ落とした。開いた手をゆっくりと胸に置く。
心臓の鼓動はもう伝わらない。
「……僕が、僕が聖剣に選ばれなきゃ」
「連れてってくれって……言ったのは俺だよ」
ここで生きて帰れりゃ勇者守ったってことでお金ガッポガッポ、英雄ってことで女の子にキャーキャー言われてウハウハな日々だったんだがなー。
まさか四天王の奥の手があそこまでエグイとは。攻撃の前に立った瞬間「あ、これ駄目だわ」って悟ったもん。
……まあいいや、反応できたのはあの場で俺だけだったってのはなんだか誇らしいし。
「そうだ、スオウとエーナちゃんには……よろしく……言って」
「……あぁ」
今ここにはいない二人を思い出す。呪いの武器を物にした傑物と、魔王を裏切った魔人。
二人は俺の吹き飛んだ下半身を探しに行ってくれているらしい。いやーほんといい仲間でしたよ皆さん。
「……今何か、欲しいものはない?」
「あー……うーん……果物……煙草……酒」
「……そればっかだねほんと」
「うる……せ」
どれももう手に入らない。町までかなり離れてるしな。まあ味覚も嗅覚もちゃんとしてるか怪しいから別にいいか。
ああでも前小説読んだとき、死に際に煙草吸うのが少しハードボイルドな感じして憧れてたからやってみたかったかも。
……何かじっと見てんな、どうした。端正なお顔立ちな勇者様にそんな見つめられると照れますぜ。
「どう、した?」
「……いや、その流れだったら最後に、かわいこチャンって言いそうだけど……言わないなって」
「……あぁ、それは──ッ!?」
「っ!」
答えようとして血を吐いた。正確には、喉の奥から溢れて口から零れ落ちた。
──眠くなってきた、というよりかは力が抜けてきた。首を動かす力ももう無い。
……限界か。
かなり話した、治すのが無理だからって延命用に魔法掛けてくれたエーナちゃんにはほんと頭が上がらないや。
「ぇえっ……なん、だっけ?」
「──ごめん、喋らなくていい……! だからもうちょっとだけ、もうちょっとだけ頑張って……!」
コポコポと音を立てる喉を震わせる力も無くなっていく。
瞼が重くなっていく、せっかく軽かった体が沈む、魂だけが更に軽くなって体から離れ浮かんで行く。
何て言った今? 悪い、耳が遠くなったみたいだ……ごめんな。
……ああそうだ、かわいこチャンって言わない事についてだ確か。そうだな、いつも寝る時は美人と一緒に寝たいとか言ってたもんな俺。
でも、今はいいんだ。
だって──
「おま、え……の……か、おが……みれ」
結構お前、いい顔してるから──傷一つなくて、ほんと良かった。
「テオッ、テオ!!」
だから、泣くなよ。
笑ってる時のお前が一番なんだから、腐れ縁の勇者様。
旅ももう少し、頑張れ。
言いたいことを最後、胸にしまい込んで──体から心は切り離された。
◆
「──テオ! 起きてよ!?」
──覚醒、しない寒い。
取られた毛布を取り返すため目を瞑ったまま
掴むと引っ張られ寝床から落ちる。痛い。
「……いってぇな、怪我人に何すんだよ~?」
「テオが約束した時間に起きないからでしょ。また隠れてお酒飲んでたんじゃ……ないみたいだね」
瞼を開ける。そこには毛布を握りしめこちらを見下ろすヤシドが。
……うん? 少し細くなりました? なんというか旅立ったあのころみたいな華奢な勇者様がいるというかなんというか。
いえ旅の終盤は華奢でピカピカ光り放っておりましたけど。
周りを見る。寝床にしていた倒木、生い茂る木々。騒がしい鳥の声、森特有の匂いが目覚めを刺激する。
両手はヤシドが引っ張る毛布をがっちりと掴んでいて……あれ、何で両腕あるんだ?
「って怪我人? え、テオ怪我したの!?」
「えっ、いや……腕も足もある、な? お腹空いてないもんな」
手で触り目で見て確かめる、これまた綺麗な腕と足。冒険の中で少しでもと鍛えたそれなりに逞しい腕はどこへ? 女性の様な細さと白さがあり思わず違いに驚く。
あれれ、四天王の幻覚に紛れた姑息な一撃を受け死に掛けになっていた俺はいずこ?
「はぁ……変な夢でも見てたの? 僕は毛布とか片付けて置くからさっさと着替えてご飯お願いね」
「あ、あぁうん……? あれ、今日はスオウの番じゃ」
「すおう? 誰のこと言ってるのさテオ?」
あれれ、スオウが通じてない?
……周りの景色的に、ここ最初の穴に突入する前にキャンプした場所?
つまりええと旅立ってから7日ぐらい頃? 仲間も誰もいない最初も最初の頃?
……マジで今までの全部夢? えぇ……あんな感動的な別れしておいてこれはないでしょ夢先輩。
「はあ……まじかぁ……臭い台詞吐いちまったよ夢の中で。……しょうがねぇか。おいヤシド、朝はパンとスープでいいよなー?」
「あ、うんよろしく」
最悪な朝だ、これはもうリンゴをコトコトにてコンポートもデザートに添えるしかない。
ため息交じりに髪を解いて近くの川に水を汲みに行く。あれ、俺こんな髪柔らかかったっけ?
しっかしほんと嫌な夢見たなぁ……まあいいか、生きてんだし。
第一あんな死に方似合わないわ俺。寝タバコして小屋に燃え移って焼死とかの方がそれらしいってホント。
「おうおうまだ綺麗な水の色してんなぁ」
旅が進んだ夢の中じゃ魔物どものせいで見るからに毒ですって色合いの時とかもあったからなぁ。
ここなら沐浴も出来そうだ、魔物倒したら帰りに誘うか。
さぁてさっさと水を汲んで……?
「……うん?」
瓶を川に入れようとしてふと思う。はて、
以前と変わらぬ青髪、けれど髪質は柔らかく、少し伸びて肩甲骨の所まで伸びている。
視線を降ろす、自分の記憶の中の旅立ちの日よりも細く、勇者を馬鹿にするなんてできないレベルに華奢になっている手足。
というかなんか、身長縮んでないか俺。
……瓶を一旦置き、そーっとシャツを捲る。
男が見てがっかりするレベルのツルペタが一瞬俺を期待させるが、記憶の中より筋肉が無くなっている。胸筋とかがない分胸囲は縮んでいるかもしれない。
……そーっと、パンツの中を覗く。
ない。
「……? あれ、マ……マイサーン……?」
脱ぐ、どこにもない。なにもない、竿も玉もない。
何これ怖い!?
「──や、ヤシドっ俺って女の子だったっけ!!?」
「はぁ?」
──拝啓、夢の中の勇者へ。
夢が覚めたと思ったら女の子になっていたんだけどどうしたらいい?
次回投稿は1/21 17:30予定
~オリキャラ説明~
・テオ 男→女 16→15
勇者のおこぼれが狙えるとパーティー参加を決意した元男。
しばらくは盾職として活躍していたが、聖なる武器もなにもないので次第に冒険の過酷さに付いて行けなくなる。
それでも最後までと粘った挙句、敵の攻撃を受け死亡。
……という夢を見たのか? と起きてみると女性になっていた。
好きな物は果物、酒(果実系)、魔煙草(フルーティーなフレーバーな物)。
あと女。
skimaにてkuku様(https://skima.jp/profile?id=46137 )に挿絵を描いて頂きました! 目次、1話後書きにて掲載させていただきます。
中性的な容姿と大人な鎧がとても素晴らしく、本当にありがとうございました!
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