「沢田さん」
男に突然殴られたツナ、あまりの出来事に吉常は困惑した。
困惑する吉常を他所にその男は透かさずツナの胸ぐらを掴んだ。
「大丈夫。気にしないで、お久しぶりですお兄さん」
(えっ、知り合いなの)
「よくノコノコと日本に帰って来られたな沢田、また約束を破っておきながら」
「すみません。お兄さん」
(約束…破る…てかお兄さんってどういうことだ)
「なんだこのガキは」
「ガキって、俺学生ですけど」
「そうか。それはすまなかった」
「沢田さんを離してください」
「なんだ沢田の知り合いか」
胸ぐらから手を離す男。
「ハルの学校の生徒です」
「学生を連れて何をしとるんだ。貴様は」
「ハルに頼まれて職場体験をさせてるんです。お兄さん」
「職場体験だと、この時期の学生は勉強に精を出しているはずだろう」
「それが将来の目標が定まらなくて悩んでいるんです」
「フム…丁度いい。俺の職場を見学させてやろう。沢田お前が俺の相手をしろ」
「待ってくださいお兄さん。俺明日イタリアに戻るんです」
「そんなことは知らん。お前の『罪』を清算することの方が先だ」
(なんだこの人無茶苦茶だー)
「沢田さん。なんなんですこの無茶苦茶な男」
「俺の名は笹川了平。沢田の知り合いだ」
「あんたに聞いてない」
(笹川了平って2階級制覇中のボクシングのチャンピオンじゃんか。沢田さんの人脈どうなってんだよ)
「いや、あなたチャンピオンってことは一般人殴っちゃダメでしょ」
「沢田はこの程度では死なんぞ」
「そういう問題じゃ無いでしょ、プロライセンス持った人は一般人殴っちゃダメなんでしょ」
「そんなことは俺と沢田の間では関係無い」
(この人イカれ過ぎだろー)
「吉常君。大丈夫」
「沢田さんでも…」
「わかりましたお兄さん。いつ伺えばいいですか」
「明日の朝5時だ」
「わかりました」
「そこの学生。職場見学をしたいならその時間に『並盛ジム』に来い」
「大谷吉常です。ボクシングに興味は無いけど、こんな犯罪行為見過ごせないんでお邪魔します」
「うむ。ボクシングの素晴らしさを見学して行くといい」
そう言い了平は走り去って行った。
翌朝。
(並盛ジムって確か、あった。沢田さんとあの人三浦の知り合いの美人さんもいる)
「ごめんねツナ君。お兄ちゃんがまた無茶言って」
「お兄さんとの約束を守れなかったからね。これは必要なことだよ」
「でも…」
「沢田さん。おはようございます」
「おっ、吉常君おはよう」
「ツナ君この子は」
「ハルのところの生徒さんで、大谷吉常君。訳あって俺がここ数日面倒見てたんだ」
「わーハルちゃんの生徒さんなんだ。笹川京子ですよろしくお願いします」
「大谷吉常です。…あの笹川ってもしかして」
「ああ京子ちゃんはあの人の妹なんだ」
(嘘だ…絶対嘘だ)
「おう沢田来たな」
扉を開けて既に戦闘準備万端の了平が出てきた。
「吉常とやらも来たか」
「えぇ…」
「お兄ちゃん。どういうことなんでツナ君を殴ったの」
「きょ、京子。なんでお前がここに」
(本当にこの二人兄妹なんだ…)
「私が話しておいたからね。久しぶりだね京子と沢田」
奥から女性が1人出てきた。
「どういうことだ」
「京子から昨夜電話があってね『沢田の頬が誰かに殴られたみたいに腫れてるんだけど、本人が話してくれないのどうしたらいいかなって』そしたらアンタが丁度沢田と決闘するなんて言うもんだから、京子に教えたのよ」
「余計なことをせんでいい」
「中学からのダチが心配そうに相談してくるんだ。手を貸すに決まってんだろ」
「花…」
(沢田さんあの人は誰です)
(笹川花。旧姓『黒川花』、俺と京子ちゃんが中学の頃からの付き合いの同級生で。お兄さんの奥さんなんだ)
「聞いてしまったのなら仕方ない。リングに上がれ沢田。始めるぞ」
「ちょっとお兄ちゃん」
「これは『男と男の約束』なんだ京子。京子は帰っていろ」
「なんでそんなことでツナ君とお兄ちゃんが」
「京子ちゃん大丈夫。これは俺のケジメとして必要なことなんだ」
「ツナ君…」
リングの上に立つ2人の男と見守る3人
(沢田さん華奢な身体だと思ってたけど。凄くしっかりした身体付きしてるな…)
「あの…花さんでしたっけ」
「なんだ三浦のところの生徒。大谷だっけ」
「二人の約束の内容ご存知ですか」
「いや。知らない…ただ予想だけど京子がらみだと思うよ」
「京子さんがらみ…ですか」
「二人の共通点は京子だからね…まあ女の勘だけど」
決闘が始まる。
(沢田さん現役世界チャンピオンの攻撃全部かわしてる。マジでかこれ)
「身体は訛ってないようだな」
「日々の鍛練は行ってますから」
「なのに何故だ。何故あの約束は守れんのだ」
「…」
「答えろ沢田ーーーーー」
了平の渾身の右ストレートがツナの頬に当たる。ツナは一瞬で力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
「ツナ君」
京子は透かさずリングに上がる。了平をじっと見詰める。
「京子…」
「お兄ちゃんの馬鹿」
「うっ」
「京子ちゃん。お兄さんを責めないでこれは俺の罪にたいする罰だから」
「ツナ君でも」
了平が差し出す手にツナが捕まる。
(頼んだぞ沢田)
(はい)
鎮まりかえるジム。
「…これがボクシングだー」
(いや、テレビで放送されるような光景見せてくれ。いくら場を盛り上げるためだとしても、ボクシングの魅力伝わらないよ)
「…無理矢理過ぎ、そんなんでボクシングの魅力伝わると思ってんの」
「勿論だ。なぁ大谷吉常」
了平以外の人達は彼の表情で察した。
「なんだ京子。お前まで何故そんな目で見る」
「悪いね。この男こういう奴でさ、良かったら今日の放課後また来な、本当のボクシングの魅力を見せてやるよ」
「ありがとうございます。花さん」
「京子達はどうする」
「俺達は予定通り。イタリアに戻るよ」
「行くんですか」
「うん。あっちでの仕事をほっぽり出す訳にはいかないからね、なるべく時間作って日本に戻るからさ。頑張って自分の道を見つけな」
ツナは1枚の写真を取り出す。
「…俺のいない時はこの人を頼りな、話は通しておくから」
ツナ達と別れた吉常はその日登校した。
「あんた、この数日なにしてたの」
「お前には関係ねーだろ石田」
「サボり」
「うるせー、三浦の知り合いに人生相談してたんだよ」
「三浦先生の知り合いってどんな人よ、成果はあったの」
「お前に答える義理はない」
窓から見える飛行機の後を目で追う吉常。その日の吉常は空を眺める時間が多かった。