シンの死から4日。葬儀を済ませた彼らは再び戦いに身を投じた。その葬儀にランとヒカリは参列していない。彼らはその時はまだ目を覚ましておらず、昏睡状態が続いていた。それからというもの、オーバがヨスガの奪還に失敗し、トバリ、ハクタイ共に空振りという結果に終わった。
ランはどんどん体調が悪化していき、今は人工呼吸器をつけないと生命活動もままならない状態まで来ている。対し、ヒカリは少しづつではあるが、体調が戻ってきている。あと数日あれば目を覚ますかもしれないと医師が言っている。
だが、予断は許されない。銃創がまだ残っているのだ。今は手術をすることはできない。やはり衰弱は酷く、手術ををしたはいいが麻酔から覚めないという最悪の結末を迎える可能性が僅かながらにあるそうだ。
ダークライの情報はいまだに無い。可能性の高い2か所が共に空振りだったのだ。さらに最近マキシが留守の隙をついてノモセが僅か2時間で占拠されてしまった。
よってマキシも現在ランのチームに入っている。他、ハクタイのナタネ、ミオのトウガン、ゲンが合流した。
ジムリーダーやそのクラスが4人も追加されたことでランのチームも巻き返しを見せている……かと思ったらそうでもない。
ギンガ団のレジギガス、ロトム、パルキアに押され続けているのだ。他にもレジロックやレジアイス、レジスチルも絡んでいる。
ロトムとパルキアや、元々シンが所有していたポケモンは何を使ったのか不明だが暴走を起こしていて、手に負えない。攻撃力の高いゴウカザルやへラクロスがポケモンを薙ぎ払っているのだ。
ゴウカザルのフレアドライブの一撃でマキシのフローゼルがノックアウトされたりパルキアのあくうせつだんでこっちのポケモンが一掃されるなど凄まじい威力に押されるという点は変わりない。
今は二手に分かれていて、クロツグ、マキシ、デンジ、ナタネがヒカリの護衛に、右京、スズナ、ゲン、トウガン、オーバがランの護衛についている状態だ。
ランの意識は当分戻らない。ヒカリはできるだけ早く戻って欲しいが、今日中は無理だろう。情報が無い今、無理に動くわけにはいかない。
キッサキシティにギンガ団が来る様子はない。既に半壊している街なので言っても意味が無いと思っているのだろう。ランのベッドの傍でチルタリスが心配そうに顔を覗き込ませている。
「おい、右京、コイツ……一体何に絡んでやがんだ?」
トウガンが右京に問いかけるが、右京は黙って首を振るだけで何も言わない。最初にランがダークライの暴走に巻き込まれたことだけを伝えると、右京はそれ以上喋らなかった。
「鏡夜ランは……ダークライに生命力を持って行かれている。できるだけ早くダークライを捕まえないと鏡夜ランの命はない」
「なっ……! シンオウの中に入るんだろ!? なら虱潰しに探せばいいじゃねえか!」
トウガンが声を荒げて右京に反論するが、右京は首を横に振るだけで探そうとはしない。
「ッ……! もういい! ゲン、スズナ、オーバ! ダークライを探しに行くぞ!」
「そうだね。僕は探しに行くよ。右京さんには留守番をお願いできるかな?」
右京を残して全員が部屋から出て、ダークライを探しに行った。
それから約10分後、
「フッ……。見つかるはずなどないさ。ダークライは……私が所持しているのだから」
右京がモンスターボールから呼び出したポケモンはダークライ。見た目は暴走を起こしている様子などない。
「ダークライ、“ゆめくい”」
右京が技を指示した、その対象はラン。ダークライが近づいていき、ランの生命力を吸い取っていく。一定量を吸い取るごとにランの身体がビクッと痙攣するが、右京は微笑を浮かべたままだ。
「そこまでにしろ」
技の途中にもかかわらずゆめくいを中断させる。ダークライはそれに従って技を止めた。
「戻れ」
ダークライをモンスターボールに戻した右京は懐から金属製の何かを取り出した。
蛍光灯の光を反射して光るそれは大振りのナイフ。暗殺用にも使える凶器だ。
ランの呼吸は既に止まっているが、人口吸気はそのままにしてある。
「貴様が……貴様が私の家族を皆殺しにしたのだ。ずっと心に誓ってた。貴様は私の手で殺すと」
ランの上で切っ先を向けていたナイフをすっ、とランの身体に落とし、抉りこませる。
口から人工呼吸器の中に大量の血が噴き出し、透明な呼吸口に赤い血がべっとりとついた。ナイフを身体から引き抜くと、そこからも大量の血が溢れ出してランの身体とベッドを赤く染める。本来ならチルタリスがいるはずなのだが、今はいない。
飛行タイプのポケモンを持っていないゲンのために乗せていっているのだ。
何の音もない静かな部屋には血の赤で染まったランとナイフを持って微笑を浮かべている右京の二人しかいない。
「しかし、いいのか? 意識戻ったばっかりだぞ」
「大丈夫です。ランがどんどん悪くなってるなんて……!」
突然、扉の向こうから声が聞こえてきた。この声は……クロツグとヒカリ。
ここに来る前に逃げなければならない。急いで窓を開けて病室から出ていき、ヨルノズクに乗ってどこかへ飛び去った。
遅れて約10秒後、扉が開かれてヒカリが入ってきた。
最初は瞳を閉じていたが、鼻を刺すような臭いが脳裏に血を思い起こさせ、目を開いた。そこで見たものはベッドの上で血まみれの状態で倒れている鏡夜ラン。
ヒカリは一瞬目の前で起こっている事態を理解できなかった。呆然と立ち尽くし、数瞬後にようやく思考が現実に追いつく。
「ラン!? 誰か! 医者を連れてきてください! 急いで!」
「「何があった!?」」
マキシとデンジが同時に入ってきて部屋の中の惨事を目の当たりにする。クロツグが医者を呼びに走り去り、ナタネが悲鳴を上げる。
「全員、アイツらと連絡をとれ!」
マキシ、デンジ、ヒカリ、ナタネがそれぞれ連絡を取る。ヒカリとナタネは恐怖からか声が震えている。
全員が連絡を取り終わった時、デンジが、
「右京と連絡が取れねえ。アイツ……何考えてんだ……? ただの偶然かもしれねえが」
「スズナは戻ってくるそうだ」
マキシが、スズナが戻ってくる旨を伝えた。丁度その時にクロツグが医者を連れてきてヒカリ達が病室から追い出される。
血まみれのランは危篤状態に陥っていて、緊急手術をすることになった。腹部が抉れているのでそれを縫っておくのと、ポケモンを使った再生術でこの状態を脱するのが目的だ。
約15分後、スズナが病院まで戻ってきた。ヒカリ達の表情は重く、暗い雰囲気が漂っている。それはヒカリだけでなく、クロツグやマキシであってもそうだ。
「ランは、なんでこんなにひどい目に遭うんだろう? 何かあるのかな。……私の知らない何かが」
「わからん。だが……何かありそうだな。……ランの意識が戻ったら聞くか」
クロツグがヒカリの横に座ってヒカリに話しかける。見た目は変わっていないが、クロツグも焦って来ている。
「……でも、それは……」
無暗にランの隠していることを知りたくないという考えが働いたのだろうか、クロツグの提案に消極的だ。しかし、知らない限りは下手に動けない。……全てはランの意識が戻ってからだが。
「まぁ、聞くしかないわな。……ランの野郎、何を隠しているか全部吐いてもらうぞ」
「ラン……本当はランが話してほしいけど……。何でいつもいつも隠すんだろう……。2年前もそうだったよね」
ここにはいないランに問いかけるような呟き。現在ランは手術で危篤状態を脱しようとしている。手術から既に2時間。まだ終わるとは思っていない。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」
階段を駆け上がってヒカリ達のいる廊下にたどり着いたのはスズナ。頬が紅潮していて、息が切れている。おそらくキッサキについた後は深い雪に足を取られつつもずっと走ってきたのだろう。
「ラン君は!?」
「まだ、手術中だ。静かにしていてくれ」
「そうですか……」
空いている椅子にスズナが座ると隣に座っているナタネに、
「……シンオウ中の街と無人島を捜索しましたが見つかりませんでした。……誰かが既にダークライを所有しているんじゃないですか? それと、右京さんと誰も連絡が取れません」
「こっちも右京と連絡が取れないの。ラン君はこの有様だし……。オーバ達は出払ってるしね」
ナタネの話が終わると再び沈黙が訪れる。ひたすら考え込んでしまうような嫌な沈黙だ。耳鳴りがする。それはクロツグ達も同じだ。だが、ヒカリと彼らには決定的な違いがある。
――――――――ヒカリはシンの死を知らされていない。
故にヒカリはシンが何故ここにいないかを疑問に思っている。だが、暫くの間……せめてランの意識が戻るまでは黙っておこうと決めていた。今のヒカリは精神的に不安定でそんなことを知ってしまえばその場で気を失ってしまうかもしれない。
可能な限りシンのことにつながる会話は避けていた。それはナタネも心得ている。だが、さすがに今のは不自然だった。
「シンはどうしたの? あれから見てないけど……」
ヒカリの何気ない一言だが、全員の背筋が凍りついた。特にクロツグはギクリ、と明らかに身体が強張ったのが見て取れる。
「い、いや、出払っている。なんでも……隠れやすそうな場所を探すとか言ってたな」
ガチガチの言葉になってしまって、さすがにヒカリも疑うような素振りを見せたが、信用してくれるのか、黙り込んだ。
(すまねえ。だが、今はダメなんだ)
口には出さず、心の中でヒカリに謝罪を入れる。シンはもういない。彼女がそれに気づくまでにそれほど時間はかからないだろう。だが、今のヒカリにシンの死を受け止めたうえで歩いていけるか、と言われれば答えはI don’t no.と返すしかない。Noとは言い切れないが、それでも受け止めきれず、自身にのしかかる重圧に負けてしまうかもしれない。
今のヒカリにはその重圧を一緒に“支えてくれる人”が必要だ。クロツグ達はその“支えてくれる人”は鏡夜ランだと考えている。
時計を見ると、時刻は午後の8時になっている。手術の開始時刻が午後4時30分だったので。既に3時間30分が経っている。腹が減ってくるわけだ。クロツグにはそれが生きている証のように思える。
「……飯を買ってくる。皆、何か欲しいものはあるか?」
「俺も頼む」
「あ、私も欲しい。お腹すいた。あと、スズナにも買ってきて」
「了解。ヒカリは何かいる物はあるか?」
「いえ、……ちょっと食欲が無いので」
「了解。早めに戻るようにする」
クロツグが全員の食事を買いに行くと、やはり訪れたのは沈黙だった。誰もが黙り込み、話そうとしない。特にヒカリは思いつめているところがあるようで、誰かのサポートやケアが必須となっている。
クロツグはほんの10分ほどで帰ってきた。その手からぶら下がっているビニール袋の中に全員の食事が入っている。
「ほい、マキシ。スズナ、ナタネ。……ヒカリ、ちったぁ食わねえとダメだぞ。ほら、食いたい時でいいから」
クロツグが半ば無理矢理におにぎりを渡すが、ヒカリは食べようとしない。クロツグ自身は売っていた弁当を開けて食べ始める。
ヒカリ以外の全員が食べ終わった時、医者が手術室から出てきた。
「とりあえずは成功だ。体調も明らかに良くなっている。それと、確実な原因も判明した。“ゆめくい”だ。本来はポケモン勝負で使うものだが……それを応用したんだろうな。たしかに昏睡状態の相手にゆめくいを使えばひたすら生命力を奪い続けることができる。とりあえずは割り込みをかけておいた」
「ありがとう。助かる」
「鏡夜君は元の病室に運んでおくよ。意識はないけど面会は可能だ」
医者が立ち去った後、ほっ、と一息ついたクロツグ達。ヒカリはようやくおにぎりを食べ始めた。ランが助かったことで少し食欲も出たのだろう。
病室は掃除されていて、血まみれだったシーツも新しいものに取り換えてある。そのベッドに鏡夜ランは寝かされていた。とりあえず相手の攻撃はゆめくいなので目を覚ませば勝ちだという。クロツグ達はランが起きるまで病室の外で待つという。今病室にはランとヒカリの二人しかいない。
「ラン……早く目を覚ましてね」
そっとランの手を握り、願いを込める。すると、今度はヒカリの視界があやふやになって何かに吸い込まれるような感覚がヒカリを襲う。
声を出す時間もない。吸い込まれた先は……よく分からない、不思議な世界だ。しかし、
(暖かくて、優しい感じ……? もしかして……突飛すぎる考えだけど、ランの意識の中……?)
とはいえ、常識で考えればありえない。否、今起こっている様々なことが常識では推し量れないものばかりだ。こういうことも起こったりするかもしれない。
この世界では自分は浮いているようで、泳ぐように進むようだ。少しづつ進んでいくと、奥に誰かがいるような感じがした。
「ラン!」
奥にいる人が鏡夜ランであることはすぐにわかった。急いで泳ぎ進む。
「ヒカ……リ……? 何でここに……」
ランも少しづつヒカリの元に進んでくる。お互いの距離は最初20m以上あったが、どんどん縮まっていく。10m……5m……そして、
その距離はゼロとなってお互いの手を取った。
「ラン……久しぶりだね」
「ああ、本当に久しぶりだな。……ヒカリ」
優しく微笑んできたランを見てヒカリの中で眠っていた感情が爆発する。
ヒカリがランの胸の中に潜り込んで抱き寄せ、腕を背中に回す。そして、
「ラン、貴方のことが……好きなの……」
それまで半開きだったランの瞳が大きく開いた。ランに抱きついたまま涙を流していく。
「ヒカリ……俺もだ。2年前から……ずっと……ヒカリのことが……好きだったんだ……!」
ランの手もヒカリを抱き寄せ、お互いに力強く抱きしめた。そして、どちらとも言わずお互いの唇を寄せ、重ねた。
その瞬間、何かが弾けるような音がして周りの世界が半透明から海のようなアクアブルーになる。二人はそのまま浮き上がっていき―――――――――――――――――――――!!