「フーディン、“きあいだま”!」
ヒカリの命令を聞いたフーディンが両手に持っているスプーンから波動の塊を作り出し、目の前で飛んでいるゴルバットに狙いを定める。
「ゴルバット、“エアスラッシュ”!」
「撃って!!」
フーディンのスプーンからきあいだまが放出され、エアスラッシュと激突する。
しかし、威力の桁が違いすぎた。一瞬にしてエアスラッシュは飲み込まれ、きあいだまがゴルバットに直撃、ゴルバットを吹き飛ばした。
「わわ……もうポケモンいねぇーっ!」
最後のポケモンも倒されたギンガ団員は慌てて逃げ出そうとしたが、その退路はニドクインが防いでいる。
「盗ったポケモンは?」
「ディ、ディグダとコモルー……」
一応服を調べてみたが、あとは見つからなかった。ディグダとコモルーを取り返して、別の場所でギンガ団員を追い詰めているはずの彼に声をかける。
「ラン! そっちはどう?」
「ああ、問題ない。盗られたポケモンは取り返してる」
ラン、と呼ばれた黒髪の青年が振り向いて答える。以前、彼の服はベージュのコートだったが、今は黒のコートにチェーンをつけている。
ジャラジャラ、とチェーンの音を鳴らしながらヒカリの元へ歩み寄っていくランは現在ヒカリと二人で行動している。
彼らがシンの死を知ったのは目を覚ました翌日だった。同時にフタバタウンの全滅が知らされ、その時は危うく意識を落とすところだった。
ラン達を裏切った右京はどこにいるかわからない。しかも、現在ランの手持ちはチルタリスだけだ。他の5匹が行方不明となっている。おそらくギンガ団に持って行かれたのだろう。
「ラン、何暗くなっているの? ポケモン取り返すとか親の敵取るとかってのは今すぐできることじゃないんだよ? ほら、行こう?」
「ああ、そうだな。行こうか」
ヒカリとラン……彼らは現在付き合っている。誰にも邪魔されない場所で想いを打ち明けることができて、お互いを受け入れて二人の歩みはスタートを迎えることができた。
「おわっと……」
一瞬ふらついて倒れそうになるランをヒカリが支える。このやりとりもこの数日で10回くらいあった。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
ランの身体は今尚ダークライに蝕まれている。疲れやすいといった小さいことから、時折意識が飛んだりするという大きい事まで様々な異常がランの身体を蝕んでいる。
「ありがとうな、ヒカリ」
ランがヒカリに礼を言った直後、今度は本当に地面に膝をついた。慌ててヒカリが肩を貸して立ち上がらせる。
「無理しすぎたのかも。ゴメン、私が色んな所を飛び回ったからだよ」
「……ヒカリのせいじゃないよ。俺が軟弱なだけだ」
しかし、ランの顔色は悪く、息が上がっている。時刻も午後の5時だ。そろそろ寝るところを確保しないといけない。
手近な宿を見つけたので今日はそこに泊まる。一見すると女の子が病人を連れているように見える。実際ランは病人のようなものだ。寝れば悪夢に襲われ、殆ど眠れず、一日の睡眠時間が合計1時間に満たない。寝不足が身体に直にダメージを与えていることは否定できない。
故にランには医者からいくつかの薬が出されている。どれも普通の薬とはレベルの違うデリケートな薬だ。
一つは押し寄せる悪夢の中、無理矢理寝るためのキツイ睡眠薬。他には悪夢を振り払う覚醒剤クラスの危険な薬。使用料を間違えれば逆に幻覚に襲われるような薬だ。しかし、こういう危険な代物を使わないと、まともに行動することもできない。
ラン自身も危険を承知で服用している。しかし、悪夢を振り払う薬は弱いながらも依存性があるらしい。本当にごくごく微量から始めないと危険だと医者が言っていた。
「うわああああああああああああああああああああっ!!」
「ッ!?」
午前1時、突如悲鳴を上げて目を覚ましたのはランだった。それに伴ってヒカリも飛び起きる。
呼吸が荒く、大きく見開かれた目で辺りを見渡し、ヒカリを探す。
「はぁ~っ。ヒデェ夢だ」
ランが見ていた夢はダークライによって作られる悪夢。その内容は、普通に歩いていた時、突然ヒカリの身体から血が溢れ出し、破裂するというものだった。
「ラン、大丈夫?」
「あ、ああ……なんとか、な……」
とはいえ、呼吸が荒くて冷たい汗が流れ落ち、身体が小刻みに震えている姿は大丈夫とはほど遠い。その状態でもランはヒカリを心配させないように振る舞ったり、ヒカリを守ろうとする。
「え、まだ使うの?」
ランは最近医者から言われている一日の服用限度量を上回る量の薬を服用している。ヒカリにはそれが心配でならないのだ。
確かに薬の効き目は薄い。だが、本来一カ月分の薬が僅か一週間で半分を割るとなると、相当な量を服用していることになる。
ランがある程度寝るには確かに服用限度を超える必要がある。普通の医学ではどうしようもない。それがダークライの悪夢だ。
「……悪いな、心配をかけていると思う」
顔色は相変わらず悪く、目の下にクマができているのは数日前からか。
時刻は午前2時。今日も眠れない日々が続く。
「ラン……ラン! ねぇ、聞いているの?」
「……っ、あ、ああ、悪い、ちょっと考え事をしていた」
場所はノモセとナギサの間。リッシ湖を超えてホテルを海岸沿いにナギサシティに進んでいる。朝から深刻な表情で考えているランは周りが見えていない。
ヒカリがその思考を無理矢理中断させると、我に返ったようになる。
「ギンガ団がアジトを別の場所に移したそうだよ。右京はどこ行ったか分かんないし、ジムリーダー達はそれぞれの街を守るために戻っちゃったから、行こうか」
「ああ、そうだな。とりあえず、ナギサでデンジさんから話を聞こう。それから……!?」
「見つけたぞ、鏡夜ラン! 貴様を殺せば出世できるって聞いてな。ここで待ち伏せしてたのさ!」
その直後にピストルの発砲音が鳴り、弾がランの身体を貫く。
「がぁっ……!」
「ラン!」
口からぼとぼとと血を吐いている姿を見たヒカリの瞳がキッとギンガ団員を睨み付け、
「ニドクイン! “アームハンマー”!!」
「うぃええ!? ダ、ダグドリオ、“だいちのちから”!」
ダグドリオが地面から熱と共に地震に近い攻撃を行おうとするが、その前にニドクインのアームハンマーがモグラたたきのようにダグドリオを叩き潰した。
「“どくづき”!」
「ぎゃああああああああ!!」
ニドクインのどくづきは容赦なくギンガ団員を殴りつけ、近くの木にその身体を激突させた。そのままずり落ち、起き上がってこない。
「ラン! 急いでナギサに行こう!」
「大丈夫だ。それより……何かが近づいてくる……!!」
一回一回の呼吸が荒く大きい。その中でランは空を睨み付けている。
「ハガネール、“アイアンテール”」
この声は……! そう思った瞬間、ランがヒカリを抱きかかえてその場から飛びのいた。次の瞬間、それまで二人のいたところにハガネールが落下してくる。
「ッ……!」
地面が抉れ、その破片がランに叩きつけられた。ヒカリを庇ったものの、身体中に裂傷ができ、その場で片膝をつく。
「見つけたぞ、鏡夜ラン」
「右京……! 貴様、何を考えている!」
右京は既に刀を抜いている。ランの手にはモンスターボール。もう片方の手はポケットに入っている。
「今まで何度もしつこく襲撃されたんだ。護身用の武器ぐらい用意するに決まっているだろ」
ランの右手に握られている物は携帯用のピストル。それを右京に突きつける。だが、その手は小刻みに震えていて、そういうものに慣れていないどころか使ったこともないのは一目瞭然だ。
「やめておけ。私には当たらない」
ランにピストルなど扱えない……それをわかって右京は言う。実際ランの指は引き金に駆けられているものの力が入りすぎていて引きにくい状態を作っている。
とはいえ万が一にも引き金が引かれたら右京は運が悪ければ死ぬ。お互いに動かない硬直状態を作るが、その場を制しているのは右京だった。
先手に動いたのも右京。ヒカリの位置を確認するために僅かに視線を逸らした瞬間に姿勢を低くして真っ直ぐに突っ込んだ。
「がはっ……!」
いきなり刀で斬るのではなく、手に握られているピストルを先に弾き飛ばす。その直後に刀の柄でランの鳩尾を突き刺す。
「げぼっ……おぇ」
やりようによっては刀で突き刺すより大きいダメージを与えることができる。そして実際にそうなった。胃液が逆流して口から吐き出される。
「ラン!!」
そして、今度こそ、ランは斬られ、その場に前のめりに倒れる。まだわずかに意識があるようだ。
「ハガネール、“アイアンテール”」
「やめて! ランが死んじゃう!! ……! ピクシー! “じゅうりょく”!」
「ガギッ……?」
一度空中に飛び出てからランに攻撃を加えようとしていたハガネールは、じゅうりょくで地面に叩きつけられた。
「ニドクイン、“アームハンマー”!」
ニドクインの腕が変化し、ハガネールを砕こうと接近する、が、
「ミカルゲ、“サイコキネシス”」
「ニドクイン!」
サイコキネシスでニドクインの意識が吹き飛び、その場に倒れる。同時にじゅうりょくも解け、ハガネールが自由の身となる。
「やれ」
「ラン――――――――――――――!!」
ハガネールの鋼鉄の身体がランに叩きつけられれば、間違いなくランは即死する。ぶつかる場所や強さによっては普通ではないグロテスクな状態になる可能性もある。
「ガブリアス、“ドラゴンダイブ”!」
突然ハガネールの身体が吹き飛んだ。代わりにランの盾となるように降り立ったポケモンはガブリアス。
「シロナさん!」
ヒカリも驚いているが、一番驚いているのは右京。シロナは右京の方を見据えている。
「貴女が何故ラン君を狙ったのか、やっと理解できたわ。確かに、分からなくもない」
「……?」
ヒカリには意味が分からない。ランが何かしたのだろうか。
「この資料、ラン君がとある場所で起こした戦闘によって30人が死亡している。その中に貴女の弟が含まれているわね」
シロナが持っている資料には本当にそんなことが書いてあるのだろうか。ヒカリは言葉も出ないままに資料を見つめる。
右京はそのままだが、額に汗が流れているのはヒカリにも見えた。
そして、それを見てシロナが話を先に進める。
「そうね、
「え? じゃあ、本当じゃないんですか?」
ランがそんなことは絶対にしないと思いたいヒカリは藁をも掴む思いでシロナに問い返す。シロナが何も言わずに頷いた時、ヒカリはようやく安堵の息を吐いた。
「ったく、何だよその資料……。ギンガ団から奪った奴じゃないのか……?」
「そうだ! 貴様が……私の弟を殺したんだ!」
怒号を上げ、刀の柄を強く握りしめる。
「だが、この情報は偽物よ。ギンガ団が作り上げ、貴女がランを狙うように仕向けられた罠。貴女の弟を殺したのはギンガ団よ」
「なん……だと……?」
「貴女は騙されていたのよ。ラン君はそんな殺人はしていない」
直後、ガシャッ、という音が聞こえた。右京が刀を取り落とした音だ。その身体は小刻みに震えていて、唇まで真っ青になっている。
「ラン君を病院へ。それと……ダークライを操ってラン君に悪夢を見せているのも貴女ね」
シロナの言葉に驚きつつも怪訝な瞳で、
「は? 確かにダークライを操ってはいるが……悪夢とはなんだ? 私がダークライを手に入れたのはランの意識が無い状態で繋ぎ止めておくための物だぞ?」
「は? どういうことよ?」
今度はシロナが絶句する番だった。右京がダークライを操っているのに悪夢は見せてないという。証拠としてダークライ自体も預かったが、たしかに何かしているようには見えない。
「貴女は戻ってポケモンリーグを守って。チャンピオンロードを崩したとはいえ……不安は拭えないから」
「わかりました。……申し訳ない」
一言、だが、確かな詫びを入れた右京はヨルノズクに乗って飛び去って行った。暫し呆気にとられるヒカリだったが、
「ラン君を病院に連れて行きましょう。銃創があるわよ」
その言葉で我に返り、ランの歩幅、速度に合わせてナギサシティへと向かう。
――ナギサシティ――
ラン達はナギサシティの病院にいた。ランの身体の中に弾丸が残っていたが、運良く弾丸の口径は小さく、傷も浅かったため、包帯を巻いてわりとすぐに退院できた。
「しっかし、まいったな……」
ランが見ているのは薬箱。中には一カ月分の薬が入っているはずだ。今日は8日目。しかし、その残量は4割くらいしか残っていない。
「こんな量で一か月持つわけねぇ……」
ランが一日で飲む量は本来飲む量の約1,5倍だ。副作用よりも依存性の方が心配になってくる。いくら弱いとは言っても依存性は依存性だ。飲む量が増えているのかもしれない。ヒカリはそこが一番心配なのだ。依存性が出てきたらランの人格がどうなるか分かったものではない。
「ラン、足りないなら飲む量を減らしてみよう? 効果は出るかもしれないよ」
「ヒカリ……ダメなんだ。少しづつ……飲む量が増えてきている。依存性ってヤツだ」
「ラン……」
既に出ていた依存性はランの身体を逆に蝕んでいく。薬が足りなくなった時、ランの身体に潜んでいる蝕みは解放されるかもしれない。
医者は依存性こそあるものの、覚醒剤等にみられる禁断症状はないと言っていた。しかし、それは通常の寮を服用していた場合。ランのように異常な量を服用した場合の前例はなく、どうなるかは推測できない。
ランの体調がずっと悪いのも関係しているのかもしれない。
大体、いつも最初は通常量を服用するのだが、悪夢で無理矢理起こされ、再度その半分ほどの量を飲んで寝ている。
「……ッ、やっぱ慣れないな、この薬は」
「なら、尚更だよ……。こんなにたくさん飲んで……あとで何が起こるか分からないんだから。こんな副作用に何が起こるか分からない薬……」
ジャラ、とチェーンの音を鳴らして振り返ったランは、ヒカリの耳元で、
「ヒカリは本当に優しいな。……大丈夫。ヒカリを一人にはしないし、もう離れない」
かああっ、と顔が赤くなるのが自分でも分かる。ランの、どこも変わっていない暖かい声がヒカリに直接送り込まれていく。
「ヒカリが傍にいてくれる限り、二度とあんな無様な姿を見せることはない」
(わわわわわわわわっ!! こ、こんなの……今までなかったよぉ……)
わたわたと慌てるヒカリを見てランがちょっとだけ怪訝そうな表情になった。それを見たヒカリが我に返る。
「そ、そうだ! 泊まるとこ……探さなきゃ。ね?」
「あ、そうだな」
ヒカリとランが手を繋いだ状態で歩いていく。その二人の後ろには夕焼け。明日も晴れそうだ。
「……………………!! うあああああああああああああああああ!!」
「ッ!!」
悲鳴を上げたのはラン。今回、少し飲む量を減らしてみたところ、いつも通りに悪夢に叩き起こされた。
「ダメか……」
やはり飲む量が足りない。はぁ、はぁ、と荒い息をついて薬を服用しようとする所に声をかけられた。出所は勿論ヒカリ。
「……不安だよ。ね、ねぇ、ラン……え、えっと……その……」
顔を赤くして、戸惑いながら言葉を紡いでいく。そして、最後に出た言葉は、
「一緒に寝ない?」
「はっ? ……え? ヒ、ヒカリ?」
戸惑っているのはランも同じ。服用も忘れてヒカリの言葉を一つ一つ確認していく。
「え、ええと? 一緒に寝る?」
コクリ、と頷くヒカリの頬は真っ赤になっていて、声もまともに出ないのだろう。
「ま、いいけどよ」
ランの声もぎこちなく、硬くなってしまっている。ランには似合わないくらい頬が赤くなっていて、恥ずかしがっているのが一目瞭然だ。
する、とヒカリの足がランの寝ているベッドに伸びていく。ランは既にベッドの中に戻っている。薬は飲んでいないが、気にはならない。
数十秒かけてヒカリの身体がベッドに入り、その手がランの背中に回され、ランの手もヒカリの背中に回り、どちらとも言わずに抱き寄せる。
「大丈夫。こうやって……暖かさを感じていられるんだから」