ノモセシティの外れの一角、そこに最近までなかったビルが建っていた。新ギンガ団のアジトだ。
「ふむ、ダークライを応用してこのポケモンの暴走を促す装置を作ったのがお前か。久しぶりだな、『黒岩 終呉(くろいわ しゅうご)』」
「ああ、そうだ。お前も数十年ぶりか。プルート」
ギンガ団のビルの研究所、そこで二人の初老の男性が話し合っていた。プルートと黒岩。黒岩は半分ほどが白髪になっているが、あまり歳は感じさせない。
「ダークライの技術を得るのには苦労したよ。現四天王の右京を騙すのが大変だった。そうそう、プルート、これを見てみろ。何か分かるか?」
黒岩が指差した先にある巨大なカプセル。緑色の液体が詰まっていて、その中にサーナイトが浮かんでいる。
「……鏡夜ランのサーナイトだな。何をするつもりだ?」
「……洗脳装置とでも言っておこうか。ポケモンの自我を奪い、従わせる。これまでよりずっと使えるようになるぞ。……洗脳液を作る際に金がかかるのと、一度に一体しか洗脳できないのが欠点だがな。しかし、この方法で八重春シンのパルキア、鏡夜ランのディアルガを完全に我らの物にした。更に八重春シンのポケモン、鏡夜ランのポケモンも全て洗脳させてある。これを使えば、薬を使いすぎて廃人になりかけている鏡夜ランなど恐れるに足らん」
「……お前は若返ったようだが、儂は一層歳を食ったようだ。良い発明が思いつかなくなってきている。ふむ、サターンの言うとおりバックアップに専念した方がよかろうか」
白い顎鬚を撫でながらわりと真剣に考え込む。黒岩は若さがあるようだが、プルートはもう引退の年頃になってきているかもしれない。
「ところで、『改良版』の製作の方はどうなっとる?」
「いや、まだだな。一応、コトブキシティを一発で瓦礫に変えることができるが……もう少し威力が欲しい。あれはまだ真価を発揮しきっておらん」
そうか、と小さく頷いたプルートは唐突に部下を呼び、小声で指示を与える。すると、数十秒後には下っ端ではない大柄の男が入ってきた。
「鏡夜ランは現在ナギサシティから、キッサキシティに移動したことを確認いたしております。奴らはキッサキシティを拠点にしているのではないかというのが、軍事班の見解となっております」
「よし、これからも監視を続けろ。下がれ」
「失礼します!」
大男が退出した後、プルートと黒岩は話し合いを続行させ、出した結論は、
「ふむ、キッサキシティを徹底的に破壊し尽くすか」
当の鏡夜ランはキッサキシティに滞在していた。場所は病院。ポケモンセンターが復旧しているとはいえ、町の人間の大半は病院で夜を明かしている。
「え~!? ラン君、それはダメだよ! 薬は用途を守らなきゃ……。一カ月分の薬を2週間で使い切るって……」
「依存性が出ているみたいで……効果が薄くなってきているんだ」
現在もランの表情は生気が無く、少し痩せている。本気で心配している二人だが、ランはそんな時でも笑顔で振る舞おうとする。
「もう少し食べたら? 少なすぎない?」
「……いや、食欲が無い」
「……女の子の私より食べる量が少ないよ……」
現在ランの食べる量は極端に少ない。3食の合計がヒカリの2食分ほどしかない。見るからに病人状態なのはわかるが、もう少し食べた方が身体にもいいんじゃないかと思う。
――3時間後、
「ごめんね、せっかく来てもらったんだけど……病院しか寝れるとこ、ないんだ」
「いや、いいよ」
「ごめんね……ってあ、あれ? ベッドの数が足りない……? どうしよ、困ったなぁ……」
スズナが真剣に考え始め、ぐるぐると辺りを歩き回っている。スズナはまだ10代だが、町のリーダーなのだ。政策などや、こういうところまでしなければならない。
ちょっとだけ迷っていたヒカリが、ランのコートの裾を掴み、
「ス、スズナ、い、いいよ。私がランと寝るから。一人にするのは心配だし」
最後がすごく言い訳のように聞こえる。ヒカリはそれを自覚していたが、そのまま言い切った。
「いいの? ま、ヒカリちゃんの決めることだし、ラン君はそれでいいかな」
「ああ、それでいいよ」
やっぱりいつものランじゃない。どこか暗く、いつ死んでもおかしくない雰囲気が出てきている。ヒカリが傍にいると言うのはそれを心配しているのだろう。
(やっぱり、ラン君はヒカリちゃんとくっついちゃったか。残念)
スズナが心の中のどこかで想っていたランへの気持ちを打ち明ける前に、ヒカリとカップルになってしまった。
心の中では残念、と思いつつ、心のどこかでそれを望んでいたような気がする。
なにしろ、薬と悪夢で心身ともにぼろぼろになったランを支えるヒカリがとてもほほえましく見えるから。
「わわっと、大丈夫?」
「ああ、ちょっと眩暈がしただけだ」
なんともない、と言って立ち上がったランだが、直後にもう一度片膝をついた。その後も立ち上がろうとしては何度か片膝をついていて、不安が募る。
とりあえず、僅かに残っていた薬はキッサキの医者が新しいものを用意したので数量は問題ない。
スズナはランが視界から消えた後も呆然と眺めていた。その後、我に返り、別の所へ早歩きで移動する。
目的地は医務室。ランの薬を調達した医者もここにいる。ノックもせずに入り、残っている医薬品の数量を聞き、薬が必要な人への分配を決める。これもスズナの仕事だ。
いつも通りノックせずに入り、残量を問う。しかし、返事が返ってこない。
「……え?」
中はもぬけの空。医者はおろか医薬品も一つたりとも残されていない。薬箱の中の風邪薬まで一粒たりとも残されていない上に、どこからどう出たのかもわからない。
呆然して空の医務室を見渡し、顔面蒼白になったスズナの唇からは、医者の名が漏れ出す。
「黒岩先生……?」
2年前からキッサキシティで病院の院長をしていた医者、黒岩終呉は姿を消していた。
更に異常事態は続く。翌日、黒岩に代わって院長をすることになった医者がランの検査をすると、体内から恐ろしい物質が発見された。
「幻覚剤……だと……? 一体どこから……。持ってきた薬に異常はなかった。少々刺激の強い薬だが、こんなことは起こらない。……まさか、黒岩院長……! ラン君、すぐに君の薬を全て検査したい。持ってきてくれないか? 私は急いで薬を調合して幻覚剤を取り除いてみる。ラン君、今朝辺りから変なものが見えたりしなかったか?」
「……今も、息が苦しいですし、視界がぐるぐると回って……上下左右の感覚がおかしくなってます。……うわっ!?」
言った直後、ランは椅子から転がるように落ちた。立ち上がろうとするものの、何もないところを掴もうとしている辺り、禁断症状に近いものが起こっているのかもしれない。
「ラン君、僕が見えるかい」
「白旅先生が宙に浮いている……?」
やはり禁断症状。白旅は確信していた。ぶんぶんと空を振るランの手を掴んで半ば無理矢理にひっぱり起こす。
立ち上がらせる一方で頭の中では使う薬を考えていた。
(最近開発されたばかりの薬を使うか。いや、あれは副作用に何が起こるか分からない。となると既存の薬でちまちま治すか。ダメだ、時間がかかりすぎる。ギンガ団が暗躍している中、ラン君に時間はない。となると、可能な限り短時間で治すことが前提となる。ポケモンを使えば可能か? 使うのはプクリンやペラップか。効果のほどが不明だ。……やるしかない!)
速断した白旅は無線で全員に一斉に連絡を取る。
「全員に聞きたいことがあります。この中で、ペラップ及びプリン、プクリンを持っている人はいますか? いたら医務室までお願いします」
無線を切った白旅は呆然とした表情できょろきょろと周りを見ているランの方へ振り返り、
「君は知らず知らずのうちに薬物に侵されている。大変だろうが、全力を尽くす。信じてくれるか?」
「……もちろんです。白旅先生」
そのあと、白旅はヒカリと会い、この事実を告げた。すると、ヒカリは顔面蒼白で部屋を飛び出し、ランのいる病室へと一直線に突っ走って行った。
病室の扉を破壊しそうな勢いで入り、ベッドの上で呆然としているランに飛びついた。
「ラン、聞こえる? ゴメン、気付かなかった。ランの身体が弱っていることしかわからなかった! そんなことになってるなんて夢にも思わなかった! わっ、私は……!」
ヒカリが瞳から大粒の涙をこぼしてランに言うものの、虚ろな瞳のまま感情の抜け落ちているようなランには届かない。ランの瞳はヒカリの方を向いていない。
「今までは、ランが私を守って来たけど、これからは私がランを守るから! だから、これからはもっと私を頼って!」
「ヒカ……リ……」
ポツリと呟いた一つの言葉。聴力的にはヒカリがなんとか聞き取れる程度の声だ。だが、その声はヒカリの心の奥深くまで入り込んだ。
「ラン! 聞こえる!? ……もっと私を頼ってね。ランを守るから。今まで守ってもらった分、私がランを守る。だから、安心して」
「……たの……む……」
途切れ途切れの小さい声。しかし、ヒカリにはしっかりと聞き取れている。十分だった。黒岩に騙され、薬物を身体に入れてしまった。白旅はこの薬はギンガ団の開発した奴じゃないかと言う。成分単位で調べた結果、記憶の混濁・破壊を促し、幻覚作用があるという。代わりに依存性を失ったものだが、ギンガ団にも時間が無かったのだろうか。そのまま使っているらしい。とりあえず、すべて燃やして消去した。
その後、鏡夜ランの意識は落ちた。
次にランが目を覚ましたのは朝だった。日差しが窓から入ってきて、それが目を覚まさせる。純白のカーテンが風に吹かれてゆれ、隣ではヒカリが椅子に座ったままうつらうつらとしていた。右手はヒカリの両手が優しく包み込んでいて、温かい気持ちが流れ込んでくる。
「……あ、ラン、起きた?」
「ヒカリ……ッ! うああああっ!!」
落ち着いたような息を漏らした瞬間、ランが突然うずくまって悲鳴を上げた。ヒカリもこれには仰天して、白旅を呼ぶことも忘れてランに問いかける。
「ど、どうしたの?」
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ラン!?」
悲鳴を聞きつけたのか、白旅が部屋に飛び込んできた。周りには数名の看護師とスズナがいる。
「どうした!?」
「わかりません。突然苦しみだして……」
「チッ、麻酔を打て! 検査する」
迅速に注射が打たれ、ランの身体に麻酔が入り、動きが止まっていく。その後、ランは白旅による検査を受けた。
2時間後、白旅が出てきて、その後に眠っているランが担架で病室に戻されていく。
ヒカリは医務室で検査結果を聞くことにした。
「さて、結果だけを言わせてもらうと、これは薬による幻覚作用だ。ラン君の身体はもうぼろぼろに朽ち果ててしまっている。ここまで相当無茶して来たんだな。本当は一年くらい休ませたいところだが、そうもいかないんだろう?
……あと、最後の要因としては、彼は今精神的に不安定な状態が続いている。本当なら自我を失っていたんじゃないかと言うほどにな。それが、あと僅かのところで踏みとどまっているのは君の影響じゃないかと推測する。覚えていてくれ、ラン君にとって君は彼の精神を支える最後の砦なんだ。精神科医をしていた私だから言えることだ。
……君がもしラン君の傍にいられなくなったら数日で彼は精神が崩壊する。もう崖っぷちなんだ」
白旅の話を寮の拳を握っているヒカリは真剣な眼差しで聞き続ける。そして、こう締めくくられた。
「君とラン君は、本当に似合っているよ。まるで若かりし頃の私を見ているようだ」
白旅が医務室から出て、ヒカリのその場に座ったまま自分が次にするべきことを考える。その中でも独り言が出ているのは彼女も精神的に参っているところがあるからだろうか。
「ラン……。うん、私が守らなきゃ。今までずっと守られてきたんだから、これからは私が守らなきゃいけないんだ」
すっ、と決心したように立ち上がり、力強い足取りでランのいる病室へ向かう。
その頃、エイチ湖の近くでこそこそと動く複数の人間がいた。ギンガ団の下っ端だ。キッサキシティの近くに何かを隠している。吹雪にもかかわらず迅速な作業で雪に埋められていく。僅か数分ほどで雪に埋まり、下っ端たちは何かのスイッチを押してから姿を消した。
一方、その数百メートル手前で、一人の青年が雪の中を歩いていた。凄い吹雪で視界が悪く、顔の前に手をかざして雪を防いでいる。
「ラン君が危ない、急がないと……! 『アレ』が爆発したらキッサキシティは消えてなくなってしまう。……『アレ』を止めないといけない」
青年の言う『アレ』、ギンガ団製広範囲殺傷爆弾、通称『ギンガ爆弾』
爆発まであと59分48秒。
黒岩終呉のモデルは、GOD EATERのオオグルマ・ダイゴです。(ただし半分白髪ですが)
白旅は……とある魔術の禁書目録の上条刀夜です。
人物像の参考になれば。