深夜、ヒカリとハクはランがいないことに気づき、急遽ギンガ団アジトに向かった。
行ってみると案の定、分厚い扉が切り崩されていて、血の臭いが漂ってくるという有様だった。
「ラン、待っててね!」
ランとハクがギンガ団アジトに潜入する。
一回に下りたとき、鼻をつんざく血の臭いが気になったが、それよりずっと気になることがある。
「ねぇ、ヒカリちゃん。耳……澄ましてみて。何か聞こえない?」
ハクに言われ、耳を澄ましてみる。
「この美しい旋律……」
ヒカリは何か分かっていないようだが、ハクには何か分かった。顔が一気に青ざめる。
「ほろびのうた……? ラン君……」
ヒカリがハクの方を向く。そして、現状を理解した途端、走り出そうとしてハクに止められた。
「放してよ! 行かせてよ!!」
ヒカリが涙ながらに怒鳴る。だがハクは全く力を緩めない。
「もう手遅れだ。ここならほろびのうたの効果は届かないから、ここにいるべきだよ!」
「行かせてよっ!! ランが死んで一人になるくらいなら一緒に死んだほうがずっとマシよ!!」
ヒカリの華奢な腕からは想像もできないほどの強い力でハクを振りほどき、先へと突っ走る。
「ヒカリちゃん!!」
(ラン……ラン……なんでよ……! 何で一人で逝くの……?)
ほろびのうたはどんどん鮮明に聞こえてくる。そうそうすぐに効果の出る技ではないので、迷わなければランが死ぬ前にたどり着けるはず。
地下2階へと降りて、狭く、血の臭気の漂う廊下を駆け抜け、階段を下りる。
ほろびのうたは鮮明に聞こえて来ている。完全に効果圏内に入ってしまった。
ランが死ぬ前に一目会いたい。ヒカリの最後の希望だった。今の今まで運命というものには散々裏切られてきたから……。
ランに会いたい。その一心でヒカリは走り続ける。
一方、ランは無言のままでチルタリスとコロトックの奏でるほろびのうたを聴いていた。
「かっ、鏡夜ラン……貴様……道連れにしようというのか……?」
サターンが声を絞り出す。ランは無言のままで今度は瞳を一度閉じ、ゆっくりと開いた。
「ああ。だがな……ポケモンまで一緒に死なせる気はない。……サターン、プルート、黒岩。テメェらがどれだけ悪事を働こうが、ポケモンに罪はねぇ……」
ランのポケットから黄色で布製の小さい袋が取り出された。中身は見えない。瞳をもう一度閉じ、その袋の紐を指に引っ掛けて、くるくるとまわす。
(……シン、お前の所に俺も逝くからな。悲しむかもしれねぇが、どのみち俺は死ぬんだ。せめて、泣くのだけはやめてくれよ?)
黒く、綺麗な瞳を閉じたまま、心の中で親友で幼馴染の八重春シンに訴えかける。ほろびのうたは半分が終わり、後半へと入っていた。
「チルタリス、コロトック、チャーレム、レントラー、アブソル、サーナイト、ブラッキー、ゴウカザル、ムクホーク……フローゼル……カビゴン……ヘラクロス……ロズレイド…………お前らは、ヒカリとハクと一緒に生きてくれ。そして、最後の頼みだ……」
ランは黄色の布袋を開け、空中へ中身をぶちまけた。そして、口を開く。
「俺と、シンのことを忘れないでくれ」
袋から出てきたものは空中に散布され、部屋を包んだ。グレーながらに息苦しく感じず、むしろ落ち着くくらいのもの。
人に効果は発揮しないが、ポケモンに対してはたとえ絶命していてもその生命を呼び戻す神秘の灰。一体どこで発生するのか、どういった原理で生命を呼び戻すのか一切不明だが、効果だけは確実な代物、せいなるはい。
「うぐああっ!!」
プルートが息苦しそうな悲鳴を上げ、床に倒れた。黒岩が状態を見るが、首を横に振る。サターンは一度、プルートの方を見たが、すぐに視線をランに戻した。
「ほろびのうたの効果が出始めたな。……サターン、黒岩。足掻くのはやめようぜ」
「ラン!!」
突如、扉が開けられてヒカリが飛び込んできた。その瞬間、ランの表情が強張る。
「ヒカリ……!」
「ラン! 何で……一人で逝こうとするの!」
ヒカリが首を横に振る。その瞳から涙が降り落ちた。
「隠してて悪かったけど……、俺はもう長くないんだ。自分の死ぬ時くらい分かってるさ……。体調は悪化の一途を辿って、薬の幻覚はなくなったけど、もうぼろぼろで、それをさらに崩して生きているようなものだ。 ッ! がはっ!!」
ランがうずくまり、口から血の塊を吐き出した。慌ててヒカリがランを支えて立ち上がらせる。はぁ、はぁ、と荒い息を立て、冷汗が止まらない。
「鏡夜ラン……貴様……知っていてこれをしたか……?」
「ギンガ団のボスはいねぇ。テメェら3人で動かしてんだろ」
「やはりな……うぐあっ!!」
サターンが倒れ、その命をこの世から消した。黒岩は見向きもせず、ランを見据える。
「忘れているな。まだ、レジギガスがいる。コイツがいれば十分だ! シンオウを滅ぼすには十分すぎるくらいだ!! 今頃テンガンザンの山頂で暴走を起こしておるころだろう!!」
黒岩が笑う。最後の虚しく、乾いた笑い。ランを嘲笑する、相手を見下した笑い。
だが、それでもランの表情は変わらない。
「俺には、まだ仲間がいる」
丁度同じ時刻、テンガンザン山頂では戦火が上がっていた。
「ジュカイン、“リーフブレード”!」
ナタネが命令する。ジュカインは、素早い動きでレジギガスへと近づいて斬り裂き、巨大で、赤い眼のレギガスが僅かに怯ませた。
「ライチュウ、“ボルテッカー”!」
「エンテイ、“だいもんじ”!」
「ボーマンダ、“ドラゴンクロー”!」
デンジ、オーバ、右京が立て続けに命令を出す。3匹のポケモンはほぼ同時に強力な技をレジギガスにヒットさせた。身体に大きな亀裂が入っていて、右腕がだらりと下がっている。執拗な攻撃で動きを封じた右腕。これだけでも戦況は右京達の方に大きく傾いてくれた。
「スイクン、“れいとうビーム”! 足元を狙って!」
「ミロカロス、スイクンに合わせて“れいとうビーム”!」
シロナのミロカロスとスズナのスイクンの口から凍えるビームが発射され、迷うことなく足元にぶち当たり、レジギガスの足と地面を凍結させた。巨体が動こうとするが、足が動かない。
「スカタンク、“つじぎり”!」
「ブニャット、“はかいこうせん”!」
マーズとジュピターがそれぞれに命令を出す。ブニャットの口からは冗談としか思えない威力の光線が吐き出され、レジギガスが大きく怯んだところにスカタンクが通り抜け、それと同時に斬り払った。
レジギガスが怯む。暴走し、圧倒的な強さを持ったが、シロナ、右京、デンジ、オーバ、ナタネ、スズナ、ジュピター、マーズの波状攻撃の前に圧倒されているのはレジギガスの方だった。
僅かによろめき、攻撃が不発に終わる。それを好機と見た右京が刀を抜いて、ポケモンに命令を下した。
「行けるぞ! 一気に決める!!」
ランとヒカリが横に並んで、黒岩を見据える。ほろびのうたは既に終わっていて、どちらが先に死ぬか分からない。
既に一部のポケモンが倒れていて、たった今もコロトックが力尽きた。この技はボールの中に入っているポケモンには効果が出ない。
ランの話を聞いた黒岩は顔を青くして、慌てふためく。さらに、ランの携帯に連絡が入った。
『鏡夜ラン! レジギガスを仕留めたぞ!! キッサキ神殿に再封印できる!』
「ありがとう。……あと、すまない。世話になった。また会うことはないと思う。じゃあな」
一方的に会話を打ち切り、通話を切った。携帯をポケットにしまって黒岩の方を見据えなおす。ランの余裕のある表情と違って黒岩は汗を流して一歩、二歩と下がっている。
「黒岩、テメェもここまでだ。大人しく死にやがれ」
「きっ、貴様……うあああああっ!!」
ついに黒岩が力尽き、ほぼ同時にチャーレムが倒れた。今、この場に立っているのはランとヒカリ、チルタリスだけ。
「ヒカリ」
「ラン」
「俺達の使命は終わった。……あとはハクに任せられる。アイツも分かってくれるさ」
ランが左手でヒカリを抱き寄せた。ヒカリの両腕はランの首を巻いて、二人の唇が一つに重なった。ゆっくりと唇を離し、ランが言葉を紡ぎだす。
「ありがとう。愛しているよ。また、必ず会おう」
「ラン……ありがとう。大好きだよ」
それぞれの両腕が相手の背中を抑え、強く抱きしめあった。二人の瞳からは涙が零れている。そして、
二人は抱きしめあったまま、崩れ落ちた。
鏡夜ランの戦いに終止符が打たれると同時、彼の生命もそこで尽きた。
昇る。
昇る。
昇る。
俺達はこれから天国に逝くのだろうか。なぁ、ヒカリ。
うーん。でも……私達の背中には綺麗な白い羽があるし、明らかに天空に上っていってるよ?
だよな……。いや、俺はヒカリがいるし、ギンガ団はさすがに終わったろ。逝こうぜ。シン達が待ってる。
うん。……あ、ラン。手、繋ご?
あ、そうだな。っと。よし、逝こうか。……ん?シン?
ラン!久しぶりだな! ……お前も死んじまうなんて思ってなかったぞ。
俺だって死にたくはなかったけどよ。もう死にかけだったし、ならやるだけやって死んでやる。って感じだったな。
そうか。ところで、ランとヒカリは付き合ってんのか?
ああ、そうだ。……ところで、下から昇ってくるあのでけぇのはなんだ?
ん? なんだあれ。
やっと追いついた……。シン君、最近までいたのにいきなり消えたからビックリしちゃったよね。
ハク!?
ああ、そうか。ラン君もヒカリちゃんもこっちの僕は知らないんだったね。…………僕は確かに5年前、死んだよ。でもね、苦戦している君達を放っておけなくて、何とか降りてきたんだ。
一緒にいた僕が幻覚みたいなものだったことは謝るよ。でも、……君達3人は今死ぬべきじゃない。
だけどな、ハク。もう死んだんだ。一緒に逝こうぜ。
ううん。君たちの生命を呼び戻す方法は一つだけあるよ。僕の命を使うことだ。でも、僕は既に死んでいる。だけどね、命自体はあるんだ。惜しいものじゃないよ。既に死んでいるから。レックウザ、頼んだよ。
おい、ハク! 一体何をするんだ!?
てんくうポケモン、レックウザの背中でラン君とヒカリちゃんが誓いを行う。なんでもいいよ。僕は無理だけど君達は生き返る。……ラン君、お願いね。
ハク……。わかった。お前の気持ちまで無駄にはできない。ヒカリ、レックウザの背中に移動して……誓いな……何をするんだ?
例えば……誓い……誓い……。はっ、そうだ! 誓いのキスとか?
ヒカリ!? ……でも、考えてみれば何かを言うわけでもなさそうだし、試してみるか。まあまず、先決はレックウザの背中に行くことだけどな。
うん……。うん、ランも乗った? うん、乗ってるね。じゃ、お願い……。
ヒカリ……。じゃ、いくな……
ふふっ……ラン君とヒカリちゃん、似合っているよ。ねぇ、シン君。
ああ、そうだな。ランの奴……隅に置けないなとは前から思ってたけど、気持ちを隠したがるアイツが付き合うなんて持ってなかった。
ぷは、なんか長かった?
いや、どうだろう。……うん、長かったかもな。苦しかった?
ううん。そんなことないよ。って、嘘!? 降りるんじゃなくて落ちるの!?
うおいいいいいいいい! ハク!落ちるってねぇだろ! ヒカリ、捕まれ!
……なぁ、ラン。気づいているか。俺もお前もレックウザに乗ってるんだぞ?
あ、ほんとだ。ははは、落ちているかと思って焦ったぜ。
じゃ、戻ろうぜ! 元の世界によ。シンのポケモンも待っているし、俺のポケモンも持っているからな! で、死んだと思っている奴らをびっくりさせてやるんだ! ただいまってな―――――――――――!!
気づいたら、俺はベッドの上にいた。隣のベッドにはシンが寝ていて、その反対側にはヒカリが寝ている。
俺が目を覚ますと、ヒカリとシンも立て続けに目を覚ました。
「あ、起きた? 本当に心配したんだよ? あんなところで二人で倒れているから」
「シンは?」
「そこにいるじゃん」
よく分からない。ハクがいないのは分かるが、気にしている様子はないし、シンが生きていることにも何も言及してこない。
「ハクは……」
「ハク? だれ? その人」
「え……? 美月ハクだよ。知っているだろ?」
スズナは暫くの間考え、それから首を横に振った。どういうことだ。心の中で考え、シンとヒカリの方を向く。
二人とも首を縦に振った。……と言うことは、ハクの存在が消えた? 俺達を生き返らせてくれたから、同時に存在そのものが消えた?
せいなるはいの効果だろう、ポケモン達は全員元に戻っている。
その後、俺は色々な人に聞いて回ったが、答えは一緒だった。
美月ハク? 誰だその人……。と。
ギンガ団が完全に潰れてシンオウには平和が訪れた。
俺達3人は程なくフタバタウンへ戻った。全てが元通りになっていたよ。燃え尽きて瓦礫の山になっていた家は全て直っていて、家族もみんな生きていた。義母も生きているし、シンの家族もみんな生きている。ヒカリの妹もいたし、マサゴタウンもなんともないそうだ。
ハクの力とレックウザの力はシンオウを元に戻した。
俺はポケモントレーナーとしてヒカリとまた旅に出ることを決めた。ヒカリも合意してくれたし、ギンガ団の残党がいるかもしれないからな。
そうだ、俺はマサゴヘ行ってすぐにヒカリの御両親と会ってきた。喜んでくれたよ。二人とも俺ならヒカリを預けられるって。嬉しいけど、ちょっと気恥ずかしいかな。何かもう少し先のことまで決めるような言い方だったしさ。
俺は永遠にポケモントレーナーであり続ける。愛する奴と、ずっと一緒にいられるだけではない。いつか、シンオウを出てイッシュ地方に行ってみたい。
俺の物語は一つ、ここで終止符を打ったけど、また新しい物語がある。だから、旅に出るんだ。俺の旅はまた始まる……。
どうでしたでしょうか。美月ハクはGEのレンがモデルです。
ちなみに、ハクや右京みたいに公開されていない人もいますので、活動報告に書いてみます。