「………………………………」
ギンガトバリビル。そこに侵入した青年がいる。鏡夜ランだ。狙いは一つ、まだ開けていない南京錠の部屋があったのだ。そこを開けて、今回はそれで撤退する。
「アブソル、“シャドークロー”」
シャッと斬り裂かれた南京錠。その扉を開けると、そこには……
「……こんなにたくさん……いたのか……」
中には20匹以上のポケモンが捕まっていた。
ピッピ、ハヤシガメ、ヒノアラシ、キャモメ……たくさんいる。
とりあえず、これらを仮のボールに入れておき、持ち主を見つけ次第返すという感じだ。
さて、ポケモンを助けたのでこんな寒いところからはおさらばしようと部屋を出た、その瞬間、
警報が鳴り響き、扉が勝手に閉まりだした。
「なっ!? ふざけんな! 閉じ込められるなんて御免だ! ……ッ! ぐああ!!」
必死で走ったが、半歩間に合わず、脚が挟まれた。尚も無理矢理閉じようとする扉が、脚を変な方向へと曲げる。
今にも脚が半ばから引き千切れそうな痛みに、顔には汗が浮かび、目は閉じられている。今もギシギシと骨が軋む音が耳に入ってくる。
「ふははは……偶然とはいえ、このような格好になるとは……無様な姿だな、鏡夜ラン」
「プルート……貴様、何を考え……ッッ!!」
見下したような表情のプルートに怒鳴り返そうとするが、閉じようとする扉、痛みで言葉が続かない。
フン……と微笑を零したプルート。こいつが残虐な人間であることは二年前から知っている。
殺されるか……。ランは覚悟を決めたが、実際には決まっていない。未練はある。
「鏡夜ラン、前回こそ殺しそこなったが、今回は逃がさんぞ。構えろ」
プルートの指示。それでランの目に入ったものはモンスターボールではなく、10丁を超える拳銃。
「やれ!」
数瞬後、一斉に引き金が引かれる。動けもしないのにそれを回避するすべはない。それをよく分かっていたからこそ、閉じられた瞳には涙が浮かんだ。
(ヒカリ……!!)
高い発砲音、一つではなく10を超え、耳をつんざくような音がランの最後を告げる。
《終わらせない!!》
聞き慣れた声がランの耳に入った。それと同時にモンスターボールが開き、ポケモンが飛び出す。
ガガガガガン!! という硬いものが何かをはじいたような音がした。発砲音も止んだが、ランの身体には傷一つついていない。
恐る恐る目を開くと、そこには――――
「サーナイト、ブラッキー、……お前ら……」
《お怪我はありませんか》
サーナイト、ブラッキーの2匹がリフレクターを重ねがけして、銃弾の嵐からランを守った。奥では騒ぎ声も聞こえる。
「ムクホーク! “ブレイブバード”!!」
シンの声、何故ここに、と言いたくなったが、今は気にしていられない。
ムクホークのブレイブバードがギンガ団員を蹴散らし、ランの傍へ来た。
「……ッ、サーナイト! “サイコキネシス”!!」
《これを破壊するのですね。…………!!》
強烈な念波で扉を破壊することを試みた。だが、壊れきれずに残り、脚は相変わらず抜けない。しかも、中途半端に壊したため、半壊した扉にできた鋭利な部分が脚に刺さり、痛みが増した。
「く……うああ……」
気が付けば、足は真っ赤に染まっている。焦ったサーナイトがさらにサイコキネシスを加えようとしたが、ランがそれを止めた。
「サーナイト……ブラッキー、“サイコキネシス”を同時に頼む……!」
《次こそ……ブラッキー、行きますよ》
サーナイトの合図でブラッキーの念波とサーナイトの念波が同時に放たれ、扉は爆散した。
「うわああっ!」
爆発の衝撃で壁に叩きつけられ、肺の中の空気が一気に吐き出されて倒れ込んだ。脚を怪我していることで捕らえやすいと感じたのか、ギンガ団員がランの周りに集まってきた。
「ブラッキー、“シャドーボール”!!」
「ぐへああっ!!」
漆黒の球がブラッキーの額から放たれ、不用意にランに近づいたギンガ団員が背中にそれを受け、吹き飛んだ。
「レントラー、“ほうでん”!!」
ランの指示を聞き、ボールからレントラーが自分で飛び出し、辺り一面に電気を撒き散らした。ずざざっと危険を感じたギンガ団員が一気にランから離れた。
「ありがとう、皆。助かった……。さて、プルート、貴様はここで終わりだ」
「フン、まだ……儂は終わるわけにはいかんのだよ!」
言葉と同時にラン達の足元に投げられた、それは、
「うわっ!? 煙球か! ゲホッ、ゲホッ! くそ、ひでえじじいだな!」
当然、煙が晴れたときときには、プルートはおろか、ギンガ団関係者は一人残らず消えていた。
「チイッ、逃げ足の速い奴らだ。……つっ!」
駆けだそうとするが、足の痛みでその場に片膝をついた。
「ちょっ、病院行って治療受けないと!」
シンに支えてもらってようやく歩ける状態だ。挟まれた右脚には体重をかけられない。
後、病院で検査を受けたところ、骨には異常がなく、痛んでいるだけだった。ヤバいくらいに痛いわりには傷が浅いのは良かった。だが、暫くの間は入院せざるを得なかったのには変わりない。
「まあ、死ななかっただけ良しとするか。ありがとうな、サーナイト、ブラッキー」
《お怪我の方は大丈夫なのですか?》
「んー……痛いのには変わりないけど、まあ大丈夫だろ」
「安心しろ。ランが助けたポケモン達は俺が少しずつ返していくから」
「ああ、頼むわ」
《安静にしていてくださいよ?》
ちなみに病室はヒカリと同じ部屋になった。個室を希望した記憶があるが、どうも無視されたらしい。まあヒカリなら気兼ねなく喋れるし、いいんだけど。
「じゃあな~、安静にしてろよ~!」
ポケモンを返すために出て行ったシンを、手を振って見送った。その後ランは食事をとり、今はヒカリと話しながら時間を潰している。
「ええ~っ!! そんなぁ……心配かけないでよ。ランはなんでそう何度も何度も危ない事するのかなぁ……そんなこと繰り返してたらいつか死んじゃうよ。お願い、もう……無茶はやめて。ランが死んだら……私は……!」
「心配してくれているのは嬉しいけどさ、ギンガ団を潰すのも、捕まってるポケモンを助けるのも、それだけで十分危ないんだ。だから、危ない橋を渡って……その結果ギンガ団が消えて、捕まっているポケモンが全て持ち主の元へと返すことができたら、俺はどうなってもいい。……ははっ、無理な話だよな。分かってるんだ……本当は未練もあるし、生きていたいって思う。だけど、俺が死んで誰か……そうだな、ヒカリを守って俺が死んだなら未練はないと思う。…………だけど、これだけは言わせてくれ。……すまない。心配かけた」
目を閉じ、ヒカリに向かって深々と頭を下げた。正直ヒカリも突然の謝罪に驚いているが、すぐに次の言葉を絞り出す。
「何言ってるのよ……。ラン、君は一人で戦うっていうの? 周りに仲間がいるじゃない。シン……ジムリーダー……四天王……シロナさん……ナナカマド博士……お義母さんもいるじゃん……私だって……ランの力になりたいよ。ポケモンだって、常にランの味方じゃない。……だから、死んでもいいなんて言わないで……ランが死んだらなって……考えたくない……! 私は……貴方が……!」
必死で言葉を紡ぎだすが、最後が涙に隠れてうまく言えない。だが、言いたいことは十分伝わったようで、ランの表情には一種の安堵が含まれているように見える。
「それは……分かってるつもりだって。俺だって、ヒカリやシンをほったらかして死ににいくなんて馬鹿な真似しないから。だから、泣き止め。な?」
まるで年下の子供を泣き止ませるような言い方、それにヒカリが何か文句を言いたそうにしているが、当のランはそれを聞く気が無いと言うように布団を頭まで被っている。
「……ごめん、でも……仕方、無いよね。ランはそんな人だから。二年前も、何度ランが暴走して、一人で突っ込むのを止めたかなぁ……?」
ヒカリの追及するような声。しかしランには届いていない。もしくは聞いていない。はあ……、と小さくため息を漏らしたが、それすらも虚しく消えていく。
納得がいかなかった。何も言わないランに対して。既に寝てしまっているなら仕方がない。だけど、あれはどう見ても狸寝入りだ。
「……あー、わりいなヒカリ。俺、やっぱ止まらねえわ。限界まで無茶して、そんでハッピーエンドかっていえば、……どうだろうな。バッドが待ってるかもだし、ハッピーで終わるかも知んねえ。ま、そこは全て……俺の運次第だよ」
「……全然わかっていない。馬鹿……。私はね、ランに死んでほしくないんだよ? だから、無茶はやめて」
ふぅ……という小さなため息がランから出たのだが、あまりに小さかったためかヒカリには届かなかった。それよりも、ボールの中でサーナイトが何かを訴えかけている。
《まったく……自覚のない御主人様ですね。ヒカリ様はあれほど心配しておられるというのに……》
サーナイトにまで責められるラン。近くに助け舟を出すような人はいないので、ランは事実上勝ち目がない。
「ああ……もう、俺が悪かった。その代り、ヒカリが俺を止めてくれよ?」
「言われなくてもそのつもりよ」
ちっちっと指を左右に振り、任せなさいと言わんばかりに胸を張った。これで良しと思ったのかサーナイトもモンスターボールへと自分から戻っていく。
「ははは……。まあ、さ、ヒカリが心配してくれているってのは嬉しいさ」
軽く笑って、笑顔を見せた。二年前も、こうして笑顔を見せてくれた。それがある限りは大丈夫だろうとヒカリは思う。
――ノモセシティ――
「あ、師匠!」
「だからさぁ、お前の親父さんとは知り合いだが弟子入りを認めた覚えはないぞ? そもそもお前はシロナさんに勝ったんだろうが。むしろ誰かが弟子入りに来ると思うが」
「いいじゃんよ、俺が勝手になったんだから」
「……まあ、いいか。ところで、何の用なんだ?」
「ああそうだった。このキャモメ、ここのジムの誰かのポケモンじゃないか?」
ギンガトバリビルに捕まっていたポケモンの内の一匹、キャモメがここのジムのトレーナーが元の持ち主じゃないかとシンは考えた。案の定、つい最近このジムのトレーナーがキャモメをギンガ団に盗られたという話をマキシは聞いていた。
「そうか、悪かったな。ありがとうよ!」
「ああ、俺、頑張ってるからな! じゃあなぁ!」
とりあえず、今はシンオウを適当に回ってポケモンを取られたという話の聞き込みをして、その人に会い、見てもらうのを繰り返し、4匹のポケモンを持ち主の元へと返した。
「ヒノアラシだのカメールだのが難しいな……」
シンが呟いたとおり、シンオウ以外のポケモンは探しにくい。逆説で言えば、一度見つけることができれば返しやすいのだが。
「ええと、ヨスガでは……二人。ああ、あの人っぽいな」
シンが人から聞いた情報を頼りにポケモンを奪われた人を探し、ようやく見つけた。この人が終われば今日は終了にする。
「あの、すみません」
「……なんですかな」
「突然のことですみません。最近、ギンガ団にポケモンを奪われませんでしたか」
ギンガ団というワードを聞いた瞬間、紳士のような初老の男性はシンをキッと睨み付けた。シンは訳を話す必要があると見て、紳士が怒り出す前に事情を話し終えた。
「そ、そういうことですか。……奪われたのは、ペルシアンです」
「ペルシアンですね。…………ええと、あ、この子ですか?」
シンが見せたモンスターボールの中にはペルシアンが入っていて、それが紳士の目を輝かせる。
「おお……お前、無事だったのか!」
「貴方のポケモンのようですね。どうぞ」
「おお……ありがとうございます。また、私のペルシアンと出逢える時が来るとは……」
目に涙が浮かんでいる紳士。よほど大切なポケモンだったのだろう。別れ際にもう一度お礼を言われ、シンは都合5匹目のポケモンを返した。
今日はそろそろトバリシティに戻らないと、と思い、トバリへの帰路につき始めたとき、女性に呼び止められた。
「はい、なんですか?」
シンを呼び止めた女性は身長が180㎝くらいはありそうな人で、腰に刀を差している。何ともいえない威圧感があり、思わずたじろぎ、一歩、二歩と後ろへ下がる。
「八重春シンだな」
「……そうだ、それがどうした」
凄まじい威圧感に圧倒されながらもシンは言い返した。女性はまるで返答が分かっていたかのように笑い、次の問題を切り出してくる。
「鏡夜ランは現在どこにいる」
「ランなら今は……ッ! おっと、言うわけにはいかねえ。アンタは誰だ」
「フッ……ランに続きお前もか。まあ仕方あるまい。私が四天王になった直後にチャンピオンロードで崩落事故が起きたのだから」
「まさか、お前は……右京なのか!?」
「そうだ。そして、鏡夜ランの居場所を吐かないなら、力ずくで聞く」
言い終わった直後、シンの背筋に冷たく、否な予感が走り抜ける。本能のままに一歩、後ろへ飛び下がった。
直後、地面が大きく抉れ、中からハガネールが飛び出してきた。出てきた位置はさっきまでシンがいた場所。もし当たっていれば、怪我では済まされない。
「なっ、なにを……!?」
シンの背中に冷たい汗が何本も流れ落ちる。およそ四天王とは思えない奇襲。それも一切の手加減なしで殺す気かと思わせるほど。いや、殺す気かもしれない。
「勘が良いな。“あなをほる”を回避するとは」
「ごっ、ゴウカザル! “フレアドライブ”!!」
「ハガネール、“ストーンエッジ”」
炎を纏い、突っ込むゴウカザルをぎりぎりまで引き付け、ぶつかる直前になってハガネールが強力な技、ストーンエッジを使ってきた。
ゴウカザルに避けるすべはなく、尖った岩が次々とゴウカザルに突き刺さった。
「ゴウカザル! くそ、強ぇ!」
戦闘不能となったゴウカザルをモンスターボールに戻し、次のボールを取り出した。
「まだやるのか」
「ムクホーク! “そらをとぶ”!」
「ッ!」
突然の逃走に右京は完全にタイミングを削がれた。その間にシンはムクホークに乗って空の彼方に消えてしまった。
その頃、ヨスガから一気にトバリまでたどり着いたシンは着地した後、空を忙しなく確認していた。
「どうやら、撒いたみたいだな……」
謎の人物、右京。彼女が本格的に動き出すのはこれから……。