素朴な幸せでオペレーターを籠絡する話。 作:杜甫kuresu
ちなみに題名ですがノリで付けました、全部ノリです。もっとぶっちゃけると本文も大体ノリです。
「フロストリーフ。傭兵をやっていたが、今はお前に命を預ける。命令とあらば、何でも従おう」
そいつの外見は、まあ傍から見れば大分胡散臭かった。予め自己紹介されていなければ通報されかねない。
白衣の上から支給ジャケット、適当にコーディネートしたというのが見て取れる。昏いフードの奥から視線は感じるが、この身長差でも見通せない。
だがそれに打ち勝つくらいに放つ気配は無害というか、普通だった。戦場を見たこともないんじゃないかというような…………そう。
金持ちの息子のような雰囲気だ。あまり好きではない。不自由なく育ち、真っすぐで、それでいて清純。
理由は素質ではなく、生まれの富と豊かさ。認めたくはないが、人は生まれで性質が変わってしまう。変わらなかったラッキーな人間。
「…………どうした。体調でも悪いのか?」
多分そういうことではないのも知っていた、憐れみというやつだろう。見飽きた。
ヤヒトはハッとして首を振る。
「お前は、戦場に出るのか?」
「……? 当たり前だ、そのために此処に居る」
今更すぎる質問だ。少年兵に馴染みがない組織でもあるまい、行きがけにも幾らか擦れ違った。ロドスアイランドはそういう子供の保護にも一役買っているのが想像がつく。
だというのにこの男。
「お前が戦場に出るのは、俺。嫌だな」
ああ、そうか。それはそうだな。
お前の気持ちで戦場が過ぎ去ってくれるなら、その言葉だってもう少し温かい解釈が出来たかもしれない。
「私は読み書きを学ぶ前から斧を握ってきた。それが私の個性だからだ」
「斧を振らない私に、お前は一体どんな価値があるというつもりだ?」
でもそんな事はない。自分でも空気を凍らせてしまったのが分かった。
しかしこんな甘い男に私はどんな視線を寄越せばいい? これがあの天災を生き延びた指揮官だと?
到底信じられない、戦場は取捨選択の究極系の世界だ。集団の為に個を殺し、高い利益を求めて安い命を切り売りする。非情とも言うが、そんな情でどうにか出来る事はない。
そんな夢はもう持っていない。
――だというのに。何だ、気持ちが悪い。
「…………違う」
「それは多分、違う」
絞り出すような声が耳障りだ。苦しい。
なんで今更私に熱を寄越すんだ。ようやくこうやって凍らせたのに、生きるのはそうだと言い聞かせてるのに。
つまらない感情論だと切って捨てれるはずなのに。叶いっこないのに。割り切りの利かない無能の台詞のはずなのに。存在しないと学んできたはずなのに。もう要らないのに。
分からない。いや、それは嘘か。
「…………そうか。それはお前の采配次第だな」
縋ってしまうじゃないか、温かい方が本当は好きだ。
だから近寄らないでくれ。私は突き放せない。
「…………もしかして、ドクターに何か言われたか?」
「えっ?」
振り向くわけでもなくドーベルマンから飛んできた質問に思わず聞き返してしまう。まだ施設案内の途中だった。
本当はヤヒトが案内を務める予定だったらしいが(というかアレも配置を覚えてないらしく、リハビリと言うか記憶活性化を兼ねているとも言っていた)、私の様子を見るなり辞退してしまった。無理もない。
そういうのは慣れている、それでも出来る仕事を選んでいるし、こうやって別の人員を配備する程度の柔軟性の有る場所だというのもさっき理解した。ロドスアイランドは受容性が高い、なんて言い方をしてもいい職場なのだろう。
「罵倒されたりはしていない。分かっているだろうが、あの男は無害だ」
「それは勿論そうだろう、というより甘い男だ、アーミヤと組み合わせるとある意味厄介なくらいな」
ドーベルマンが少しだけ振り向く。
「噂をすれば居たな。Dr.ヤヒトもロドスアイランドの重要な一部だ、少し見ていくと良い」
「そんな適当な」
まあ付いてこい、と言われるままに通路の角から視線だけ寄越す。
確かにあの不審なフード姿、ヤヒト以外にそう居ないだろう。
「相変わらずシケた面してんなあ、ヤヒト! 飯食ってんのか?」
「それが結構エグい飯食ってんだわ、3日連続レンチン炒飯」
えぇ…………此処には立派な食堂も有るじゃないか、何が悲しくてそんな一人暮らしのウルサス市民みたいな食事を摂る必要があるんだ?
話を聞いていた学生服の少女も同じ意見らしい、げんなりした顔でメッシュの入ったブラウンヘアーを掻きむしる。
「医者の癖に不健康なやつだな、もちっとマトモなもん食えよ」
「時間も体力もないっすね。食ってるの深夜だし」
「あっ、深夜に食堂でごちゃごちゃしてるのお前かよ! 女が怖がってんだぞアレ」
夜中に食堂からゴソゴソと物音がするのを想像すると普通に怖い。
げんなりした顔色をどんどん深めていく少女に反してヤヒトは随分ヘラヘラとしていた。
私に向ける困惑とはまるで似ても似つかない…………本当はもっと、温かい笑い方が出来る男だったらしい。全く私も嫌われたものだ。
「いや~悪い悪い、マジで忙しいんだよ。今日はカップラーメンにするから許せ」
「食ってるものの問題じゃねえだろ…………そんな忙しいのか?」
そりゃ忙しいっすよ、と何処かの井戸端会議のように手をふる。随分とちゃらけた男らしい。
「早く仕事を思い出さないとならないからな、記憶喪失ってのも辛いねえ」
「身体を大事にしろ。飯を出してくれるやつぐらい居るだろ」
ヤヒトがフード越しに頭を掻く。動作を見るには何だか遠慮がちな風、立ち姿が少しだけ寂しそうな色を帯びていた。
向かい合う少女の瞳が困っているような、敢えて言うなら降参だと言わんばかりの歯がゆい表情。彼女の言わんとする事はわかる。
諦めきったような乾いた笑い声が、酷く痛々しく映ったのだろう。
傷だらけなのに理由も教えてくれない子供のような、稚拙さの籠もった強がり。隠し事の仔細は分からないが、しかし言いにくいことだけがはっきり分かる。
「夜も遅いしな。俺一人のためにロドスの活動を遅らせるのも忍びない」
しかも、それがなまじっか正しい。
言いしれぬ痛々しいほどの温かさが、彼の心をじわじわと食い潰している。多分誰もがちょっと気づいているけど、その小さな歯車のズレを誰も直そうとはしない。
違うだろう。アイツに限って。そんな風に、確信が持てない。
その火に預かろうなんていう私は何とみっともない話か。何より。
「…………欲しけりゃ作ってやる。粗末なもんで良ければな」
私には不器用なりの手の差し出し方もわからない。
冷たい手先がいつか彼の心も冷やしてしまうんじゃないか、そんな直感が脳裏をよぎる。
あの医者のことが心配などという高尚な気持ちじゃなくて。
ただ単に、私は怖いんだ。その体が温かければ、もしも私の手先が本当に冷たければ。きっとそれは、私の血肉がどれだけ凍りついてしまったかの証明になってしまうから。
欲しくて、怖くて、遠くて、近い。
ドーベルマンを余所に、私はそのフード姿を見るのを辞めた。
フロストリーフって末端冷え性っぽいよね。温めてあげたいけど私も末端冷え性なんですよ。
だから会ったなら「どっちがより冷たいかでマウントを取り合う冷え性特有のアレ」をしたいと思います、ちょっとフッと笑ってくれると死ぬ。殺して。